16. その他

2つの「総研」

 

前回のブログで保険学雑誌に掲載された論文をご紹介した際、

「なお、保険学雑誌は学会メンバー以外でも購買できますが、
 HPにアップされるのは2年後とのことです。ご参考まで。」

と締めてしまったのですが、東京勤務・在住のかたであれば、
閲覧できる場所がありました。それは損保総研の図書館です。

損保総研(損害保険事業総合研究所)の図書館は、
受付で登録すれば誰でも利用できます(本人確認あり)。
ただし、土・日・祝祭日と12時~13時は休館です。

私もここの図書館にはたびたびお世話になっています。
HPで蔵書検索できるのですが、実際に足を運んだほうが、
いろいろと見つかるようです。
場所は淡路町で、損保会館の2Fにあります。
損保総研のHPへ

なお、損保総研ではセミナーも頻繁に開催しており、
特別講座や講演会などは、やはり誰でも参加できます。
さすがに有料ですが、2時間のセミナーで7000円程度です。
時間帯も18:00以降なので、会社帰りに出席できますね。
ちなみに私も今月22日(月)に登場します...

「損保総研」と似た名前の「損保ジャパン総研」
(損保ジャパン総合研究所)は、旧安田火災海上保険が
創業100周年記念事業として設立したシンクタンクです。

HPで総研レポートを公開しており、タイムリーなテーマが多いです。
最近掲載された、ファカルティフェローの小林篤さんによる、

「再保険の進化と最近の再保険市場
 -再保険の多様性とファイナンス理論の浸透-」

主任研究員の多田修さんによる、

「活況を呈し始めた保険リンク証券への期待
 -キャットボンドを中心とした動向-」

はいずれも力作で、私には大変参考になりました。
損保ジャパン総研のHPへ

※写真は中山道・鳥居峠です。
 旧街道というよりは、ほとんど登山の趣でした。
 昔の旅は大変だったんですね。

 

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江戸東京博物館

 

保険アナリストらしからぬブログが続きますが、
ご推察の通り(?)夏休みということでご容赦下さい。

今回は両国にある「江戸東京博物館」です。
娘の宿題に付き合って足を運びました。

ここは江戸東京400年の歴史と文化を展示する博物館です。
常設展示室は「江戸ゾーン」「東京ゾーン」に分かれていて、
実物大の長屋や昭和の民家が再現されていたり、
明治時代の銀座煉瓦街や鹿鳴館の模型があったりと、
歴史好きには大変楽しいところでした。

特に印象に残ったのは「モダン東京」の時代です。

1923年の関東大震災から空襲で焼け野原となるまでの約20年間。
タクシーやバスが走り、日本初の地下鉄も登場しました。
丸の内や日本橋にはオフィスビルが立ち並び、
サラリーマンや働く女性が増えました。
今の私たちの日常生活の原点といったところでしょうか。

それにしても、博物館の建物は巨大でしたね。
7階建てですが、普通のビルの20階くらいの高さがあります
(62.2メートル)。

入口に鈴木俊一・元都知事の石碑がありました。
このかたは新宿にあの巨大な都庁舎を建て、
跡地にはこれも巨大な東京国際フォーラムをつくった人です。
この博物館もいわゆる箱物行政の典型といったところでしょうか。

 

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食品サンプル

 

娘と一緒に、かっぱ橋道具街に行きました。
お目当ては「食品サンプル」です。

かっぱ橋道具街には食品サンプル店がいくつかあり、
どこのお店にも本物そっくり、いや、本物以上に
美味しそうな「料理」が並んでいました。

もっとも、中学生が気軽に買えるようなものではありません。
牛丼や鰻丼は5000円程度、パスタは8000円程度、
にぎり寿司がセットで1万円といったところです。

写真のサトウサンプルで、図らずも社長から
サンプル業界の現状についてお話を伺うことができました。

時々テレビで芸能人がサンプル作り体験をしていますよね。
お湯の中に色のついたロウを流し、エビのてんぷらや
レタスなどを作るのが定番でしょうか。

実際の食品サンプルは今やロウ細工ではなく、
塩化ビニールなどプラスチック製なのだそうです。
本物の食品サンプルは熟練職人による手作りなので、
値段がそこそこするのは当然かもしれません。

ロウ製品の寿命は5年程度なのに対し、
よくできたプラスチック製だと20年以上持つとか。

製品の寿命が4倍に延びても、価格を4倍には
できなかったのでしょう。結果的に売り上げが落ちてしまい、
そこで、プロ向けの商売だけではなく、キーホルダーなど
個人のギフト用に力を入れるようになったのだそうです。

さらに最近はこの業界も安い中国製品に押され、
非常に厳しいようです。

現在のところ、日本で職人が作るサンプルとは違い、
中国製サンプルは半年で劣化してしまうとか。
しかし、品質よりも安さを重視する顧客も多いのでしょうね。

考えてみれば、いわゆる高級店ではサンプルを使いません。
サンプルを使う店は、品質よりも目先の安さに向かいがち
というのも何となく理解できる話です。

とはいえ、今や日本の工芸品とも言うべき食品サンプル。
どこかに活路はあるように思えるのですが。

 

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いすみ鉄道

 

先日、千葉の市場めぐりの際に乗った「いすみ鉄道」は、
外房線の大原から、養老渓谷に近い上総中野までの路線です。
黄色い小さなディーゼルカーがとことこ走っています。

廃止対象となった国鉄木原線を第三セクターで存続したものの、
その後も利用客が減り、路線の存続が危ぶまれていました。
しかし、2009年に公募により就任した鳥塚亮社長のもとで、
いすみ鉄道は路線存続に向けて頑張っているようです。

2011年度の決算データを見ると、旅客運輸収入9076万円に対し、
運輸雑収、旅行業、売店業の合計が9864万円と、
旅客運輸収入を上回っています。
このような地方鉄道は珍しいのではないでしょうか。

以前から旅客運輸以外の収入が多かったわけではなく、
2009年度以降、明らかに付帯事業の収入が増えています。

旅先でもいろいろな気づきがありました。
例えば、途中下車した大多喜駅の駅名表示を見ると、
「デンタルサポート大多喜駅」となっていました。

これ、駅名命名権を募集したのですね。
「日産スタジアム」など施設の命名権は一般的ですが、
駅名というのは画期的なアイディアですね。

「ビール列車」「伊勢海老特急」「鉄道員(ぽっぽや)体験」
なんていう企画もあるようです。

鉄分の濃い社長なので、鉄道ファン向けの仕掛けもたっぷり。
国鉄時代のディーゼルカーを譲り受けて走らせたり、
硬券入場券(←わかりますか?)を販売したり。

訓練費用700万円を自己負担するという条件付きで
運転手を公募したりもしています。

詳しくは社長ブログを見ていただければ、
いろいろとご理解いただけると思います↓
いすみ鉄道社長ブログ

 

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房総の小江戸

 

平日ですが、ちょっと一息。

先の3連休に訪れた大多喜は、徳川四天王の一人、
本田忠勝が整備した城下町です。

1590年に北条氏が滅亡し、徳川家康が江戸に入った際、
警戒していた安房の里見氏の勢力を抑えるため、
重臣の本田忠勝を大多喜に配置したそうです。

当時の石高は10万石でしたが、政権が安定するにつれ、
城主の石高が減り、17世紀半ば以降は2万石で推移しています。

丘の上にある城から見ると、夷隅(いすみ)川が大きく蛇行し、
外堀のようになっていて、その内側に町が広がっています。
城下の町を歩くと歴史的な建物があちこちに残っており、
確かに「房総の小江戸」といった雰囲気を感じます。

豊乃鶴酒造(写真左)という蔵元があったり、
湯葉を売っていたりしたので、水のいい土地かと思い、
「商い資料館」という古い商家を改装した施設で
係の女性に聞いた(実際には話しかけられた)ところ、

「大多喜は井戸を掘ると茶色い水が出るんですよ」

とのこと。意外な返事でしたが、実はこれ、天然ガスなのです。

大多喜は「天然ガス発祥の地」で、明治時代に井戸を掘っていて
偶然見つかったそうです。
タバコの吸殻を落としたら燃え出したので、びっくりしたとか。
1931年には日本初の天然ガス事業会社も設立されています。

「少し前に爆発事故があって、大変な騒ぎになったんですよ。
 勤務中の警官がトイレでライターに火をつけたらドカーン。
 『何となくガスの臭いがした』と言っていたらしいのですが、
 だったら普通そこで火はつけませんよねぇ」

なんて話も飛び出しました。

調べてみると、確かにそのような事故がありました。
2010年3月5日の深夜、交番内の男子トイレで爆発があり、
警察官が顔と手に軽いやけどを負ったそうです。
地中の天然ガスが、排水管を伝ってトイレ内に充満したのではと
みられています。

ちなみに大多喜の天然ガスは無臭のようですが、
「何となくガスの臭いがした」のかどうかは不明です^^

「房総の小江戸」でガス爆発の話を聞くとは思いませんでした。

 

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千葉の市場めぐり

 

今回は「市場」と言っても金融関連ではありません。

連休中、早朝に千葉方面に行く用があり、
夕方には東京駅で待ち合わせ、という条件のもと、
この間のフリータイムを使って千葉の勝浦と大多喜に
行ってきました。

勝浦は「日本三大朝市」の町です
(あと2つはどこだかご存じですか?)。
400年以上の歴史があるとか。

漁港なので海産物が多いと思っていたところ、
意外にも魚関係はそれほど多くはなくて、
どちらかと言えば野菜が中心のマーケットでした(写真左)。

今の季節だと、トマト、なす、ししとう、じゃがいも、夏大根...
まあ、地元の無人スタンドに並んでいる野菜たちと変わらない
(千葉と横浜は同じ首都圏ですからね^^)のですが、
地元客と思われる皆さんが、野菜をたくさん買い込んでいました。

巨大きゅうりを売っているおばちゃんがいて、
「これ、ずいぶん立派ですね!」と話しかけたら、
「忙しくて収穫するのが遅れたら、育っちゃったのよ。
 やわらかくて美味しいのよ」
とのこと。本当でしょうか?

連休中だったので観光客も結構いました
(知人に偶然出会ってびっくりしました)が、
ローカル色の強いマーケットという雰囲気でしたね。

勝浦を後にして、今度はローカル線(いすみ鉄道)で大多喜へ。
ここでは毎月5と10のつく日に朝市が開かれています。
野菜中心のこじんまりした市で、勝浦よりも
さらにローカル色が強い雰囲気でした(写真右)。

ただ、すでに11時だったので、会場の夷隅神社に行くと、
大半の店が片付けに入っていました。

「もう終わりなんですね」とおばあちゃんに声をかけると、
「(片づけながら)いやいや、まだやってるよ。
 トマトなんかどう? ばら売りもするよ。塩もつけるよ」

気がついたときには洗ったトマト(ばあちゃんが洗ってくれた)を
丸かじりする私がいたのでした。
足元には、ばあちゃんが出してくれた塩が新聞紙にのっています。
ばあちゃんと雑談しながら食べるトマトは実に美味しかったです。

大多喜やいすみ鉄道については、別の機会にとっておきましょう。

 

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勝沼とワイン

 

勝沼(山梨県甲州市)に行ってきました。
東京から電車で甲府に向かうと、山を抜けて、
雄大な景色が広がるところがあります。そこが勝沼です。

勝沼と言えばワイン。
全国一のワイン産地で、街のあちこちにワイナリーがあります。

日本でワインが作られるようになったのは明治になってからです。
山梨県は殖産興業の一環として明治3年にワイン醸造を始め、
勝沼でも明治10年に「大日本山梨葡萄酒会社」が設立されました。

さらに同じ明治10年には、2人の青年(高野正誠、土屋龍憲)を
フランスに派遣し、ワイン醸造技術を学ばせています。
この2人が帰国して勝沼のワイン作りが広がっていくのですが、
当時の勝沼の人たちの熱い心が伝わってくるようです。

勝沼が製糸業でも製茶業でもなく、ワインの醸造に情熱を傾けたのは、
もともと当地でブドウを作っていたためだと思います。

日本にブドウが入ってきたのは明治以降と思いこんでいましたが、
勝沼ではなんと平安時代末期にブドウ栽培が始まったとのことです
(奈良時代に僧行基が持ち込んだという説もあります)。
江戸時代にはブドウは甲州名物として有名だったそうです。

ただ、殖産興業としての評価は微妙なところでしょうか。
食生活の違いからワインは国内ではそれほど売れず、
生糸や茶のように海外に輸出することもできませんでした。

山梨のブドウは今でも生食用として栽培されるものが大半です。
生食用のうち出荷できなかったものをワインにするという時代が
長く続いてきたようです。
農家にワイン用のブドウを作ってもらうのは難しかったのでしょうか。
そうかといって、醸造業者が自らブドウを生産したくても、
農地規制により生産することができませんでした。

左の写真は勝沼で見かける典型的なブドウ畑です。
右は白ワインで有名なヴュルツブルグ(ドイツ)のブドウ畑です。
勝沼の棚栽培よりも、右のような垣根栽培のほうが
ワイン用のブドウ栽培には適しているようなのですが...
 

しかし、時代が変わり、品質向上に力を入れるワイナリーも増え、
国産ワインが内外で注目されるようになってきました。
殖産興業はまさにこれからかもしれませんね。

 

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横浜外国人墓地

 

山手の横浜外国人墓地のなかに初めて入りました。
考えてみれば墓地が観光名所になっている町は、
あまり多くないかもしれませんね。
横浜外国人墓地の公式HPへ

開国交渉にやってきたペリー艦隊の乗組員が亡くなり、
埋葬場所を提供したのが外国人墓地の始まりなのだそうです。

ここには生麦事件の犠牲者である英国人リチャードソンや、
日本の鉄道の父・モレル、ビールの父・コープランドなど、
文明開化の功労者も数多く眠っています。

ところで、私が訪れた際に、たまたま霊柩車がやってきて、
白い棺を車から運び出し、埋葬しようとしていました。
すぐには気がつかなかったのですが、棺のままということは、
火葬ではないということです。

ボランティアのかたに確認してみると、やはりそうでした。
ここは土葬が認められている墓地なのですね。
「かなり深くまで掘るので大変なんですよ」とのこと。
いやいや、びっくりしました。

 

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中学受験

 

インフルエンザ騒動の次は中学受験でした。
私自身は未経験なのですが、高校受験や大学受験とは
ずいぶん違うものなのですね。

まず、一部の難関校を除き、入試は複数回あります。
A中学は1日と2日と4日、B中学は1日と3日と4日、という具合です。
いくつかの中学を受けるのが一般的なのだと思いますが、
「絶対A中学に行きたい!」という人は、A中学を3回受けられます。

ちなみにわが家では、1日=A中学、2日=A中学、3日=B中学、
4日=A中学、という予定を組んでいました。

多くの学校で、入試結果が当日発表されるというのも
中学入試の特徴なのでしょうね。
しかも、掲示だけではなく、ネットで公表されるのです。

午前中に試験を受け、その日のうちに結果を確認し、
翌日以降の作戦を立て直す、というのがスタンダードのようです。

「なかなかネットにつながらない」という声もよく耳にしたので、
発表5分前にテストのつもりでつないでみたら、もう結果が出ていて、
半信半疑のまま、あっけなくわかってしまいました。
便利ですが、感動は薄いような気がします。

あと、これは地域によると思いますが、地元の小学校は
入試本番の日は欠席扱いになりません。
かつてはそうではなかったと思うので、それだけ中学受験が
特別なものではなくなった、大衆化したということかもしれません。

※写真は湯島天神です。

 

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高知の路面電車

 

高知では「とでん」と呼ばれる路面電車が健在です
(土佐電気鉄道なので「とでん」)。
路線長25kmは広島に次ぎ第2位。
日本各地で活躍した車両がゴトゴト走っていて、
なつかしい感じがしました。

ただ、いろいろ見てみると、どうも高知県の交通政策は
相変わらず自動車中心のようで、民間会社が運営する
路面電車はかなり厳しそうです。

何より車両がかなり老朽化しています。
写真右の「ハートラム」は1編成だけ(2002年に導入)。
大半は製造されてから50年もたっている車両のようで、
これにはびっくりです。

レトロな雰囲気はよいのですが、旧型車両は揺れますし、
スピードが非常に遅いので、時間がかかります。
新型車両なら乗り降りも快適なのですが。

JR高知駅とのアクセス改善や路面の芝生化など
何もしていないわけではないのは理解できるのですが。
他の交通機関とのアクセスや停留所の改善など
広島などほかの都市と比べると取り組みはまだまだ。

2010年作成の「高知都市圏の交通計画マスタープラン」では、
人口減少や高齢化、中心市街地の衰退を示したうえで、
「都市機能がコンパクトに集約した都市構造を目指す」
としています。ここまではよくわかる話です。

ところが、このマスタープランのなかで、交通施設の
整備方針として掲げられている内容はなぜか道路の整備ばかり。
公共交通については別途検討するとしていますが、
プランとして中途半端な感は否めません。
高知都市圏の交通計画マスタープラン(PDF)

検討するうちに路面電車が廃止、なんてことにならぬよう
願うばかりです。

 

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