日本企業のリスクマネジメント意識が変わる?

今週のInswatch Vol.1136(2022.5.16)に寄稿した記事をご紹介します。
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企業のリスク意識の低さ

以前(2020年6月)のプロフェッショナルレポートで、「(変化の兆しが見られるとはいえ)日本企業のリスクマネジメントに対する意識が総じて低く、最低限の保険にしか加入していない」と書きました。
例えば、2011年の東日本大震災による経済損失が20兆円規模だったのに対し、支払われた保険金額は1兆円をはるかに下回るものでした(家計向けの地震保険を除く)。また、3メガ損保グループによるコロナ関連の保険金支払いはそれぞれ数百億円に達したものの、そのほとんどは海外事業によるものでした。
日本企業が最低限の保険にしか加入していなくても、経営者が直接コントロールできない外部環境の急激な変化による損失発生は「仕方がないもの」として許される雰囲気があったのかもしれません。あるいは、企業向け保険の主要チャネルが企業代理店となっていて、企業のリスクマネジメント部門との十分な連携がないままに保険を手配してきたのかもしれません。

ガバナンス改革の進展

しかし、ここにきて、日本企業のリスクマネジメント意識を高めるような風(保険ビジネスにとっては追い風)が強まっているのを皆さんはご存じでしょうか。
1つはコーポレートガバナンス改革の進展です。松田千恵子先生の著書 『コーポレートガバナンスの進化』(2021年、日経BP)から引用すると、「戦後以来強固であったメインバンクガバナンスの枠組みも、90年代後半には揺らぎをみせます。それまでのメインバンクガバナンス(主要取引銀行によるガバナンス)から、エクイティガバナンス(株主によるガバナンス)へ、世の中は移り行くことになったのでした。コーポレートガバナンス・コードはこうした流れを決定的にしました(44ページ)」ということで、日本企業の経営者は債権者思考から株主思考への対応を迫られています。

利息収入が得られる債権者とは違い、株主は出資した企業の価値が高まらなければ、リターンを得られません。ですから、株主は経営者に対し、出資先のリスクに応じたリターンを求めます。
問題は企業がどのようなリスクを抱えているかです。コーポレートガバナンス・コードは、適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを上場会社の取締役会に求めています。外部環境の変化を自らのリスクとして捉えず、経営努力の範囲外なので「仕方がない」とする経営姿勢を、これまで債権者は許してきたとしても、株主は許しません。メインバンクガバナンスが過去のものとなった現在において、経営者はリスクマネジメント体制を構築し、取るべきリスクや避けるべきリスクを明確にしたうえで、事業を遂行する必要があるのです。リスクのプロである保険業界の出番が増えそうですね。

気候変動リスクへの対応

もう1つは近年、企業が気候変動リスクへの対応を強く求められるようになったことが挙げられます。保険会社も事業を通じ、顧客企業の気候変動対応の支援を求められています(金融庁「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を参照)。
気候変動リスクへの対応がなぜ「追い風」なのか。顧客が気候変動に備えて保険に加入するようになるからでしょうか。いえいえ、この話はそのような表面的なものではありません。
考えてみましょう。顧客企業は気候変動の影響を把握するだけでいいのでしょうか。そうではありません。経営者に求められているのは、気候変動を含めた全社的な機会とリスクを把握することです。気候変動リスクだけを把握しても、そもそも全社的なリスクマネジメントができていなければ、当然ながら持続可能な経営とはなりません。

保険業界はコーポレートガバナンス改革の進展と気候変動対応という2つの追い風を生かし、日本企業のリスクマネジメント意識改革に大いに貢献していただきたいと思います。
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※写真は舞鶴公園のシャクナゲです。

 

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上場生保グループのEV

上場生保グループの2021年度決算の発表がありました。
ちらっと眺めただけですが、中核子会社のEV(エンベディッド・バリュー)があまり増えていない(あるいは減った)のが意外と言えば意外でした。

金融市場の環境はざっと以下の通りでした。
(2021年3月末 ⇒ 2022年3月末)。

<国内金利>
10年国債利回り 0.10% ⇒ 0.22%
30年国債利回り 0.67% ⇒ 0.91%

<米国金利>
10年国債利回り 1.74% ⇒ 2.34%

<国内株式>
日経平均株価 29179円 ⇒ 27821円

<為替>
円ドルレート 110.70円 ⇒ 121.69円

そして各社の単体EVはこちらです。

第一生命  51274億円 ⇒ 49766億円(▲3%)
太陽生命  11146億円 ⇒ 11345億円(+2%)
大同生命  20588億円 ⇒ 21481億円(+4%)
かんぽ生命 40262億円 ⇒ 36189億円(▲10%)

かんぽ生命は自己株式の取得(3588億円)と、新契約価値がマイナスという特殊要因があるものの、他社は新契約価値の上乗せがあるうえ、国内金利が上昇し、円安が進んだにもかかわらず、EVは増えませんでした。個別には他の要因もありますが、海外金利の上昇がかなり効いた模様です。
国内金利が上昇するとEVはかなり増えるのですが、海外金利が上昇すると逆にEVが減ってしまうということが、T&Dとかんぽ生命のIR資料(EVの感応度分析)で示されていました。

もっとも、過去にEVの感応度分析で国内と海外に分けた開示があったのはT&Dだけ(グループベースのみ)だったので、ここまで海外金利の影響が大きいとはわかりませんでした。外貨建債券の保有残高が増えたので、内外を分けた金利の感応度分析の情報が不可欠なのだとわかりました
(加えて為替の感応度も必要ですね)。

※大学のバラが見ごろを迎えています

 

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3年ぶりのリアル開催

23回目となるRINGの会オープンセミナーは6月18日(土)、3年ぶりのリアル開催です。場所はいつものパシフィコ横浜となります(ライブ配信も行います)。
お申し込みはこちらからどうぞ。

今回のプログラムはこちらです。「NEXT MOVE」をテーマにした3部構成となります。
第1部は感染症の専門家として知られる松本哲哉先生による基調講演と対談です。私は対談相手として登壇することになっています。
続く第2部は保険業界の働き方改革を探るというもので、組織変革の専門家として注目されている沢渡あまねさんが、旧態然とした保険業界に物申す企画(と私は勝手に解釈しています)です。第三者に言われないとわからないことは多いので、個人的には最も注目しています。
最後の第3部は、第1部と第2部を踏まえ、RINGの会のメンバーである保険代理店の経営者がディスカッションを行うというものです。今年のセミナーの裏テーマ(?)は「保険会社と共に考える」とのことですが、代理店評価制度にも切り込むとのことで、どこまで踏み込んだ話ができるか期待しましょう。

毎年1000名を超える規模で開催してきたオープンセミナー。コロナ禍の直撃を受けて2020年は中止となり、昨年はライブ配信を行いました。今回はいよいよ観客を迎えての開催となります。

オンライン配信には、全国どこにいても視聴できるというメリットがあります。昨年のクオリティを考えると、プログラムから学ぶだけであれば、オンライン参加でも十分かもしれません。
しかし、この2年間、数多くのオンライン会議やセミナーに参加し、オンラインでの講演や授業を行ってきた経験からすると、わざわざ週末の横浜まで出向くだけの価値はあると思います。
とりわけ登壇者からすると、こちらから一方的に話をする状況であっても、出席者の反応がわかるかどうかは大きいのですね。もちろん、オンライン配信や録画であっても最大限の努力をするのですが、オンライン配信を経験したおかげで、対面の場合には無意識のうちに参加者の反応に合わせて話し方を変えたり、内容を調整したりしているとわかりました。

ということで、貴重なリアル開催のイベントですし、久しぶりに仲間と会える機会になるかもしれません(ただし、懇親会はありません)。横浜で多くの方にお会いできることを楽しみにしています。

 

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金融機関の気候変動対応

金融庁は4月25日に「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を公表し、現在意見を募集しています(5月26日まで)。
さすがに気候変動の話を耳にしたことがないというかたはいないと思いますが、いろいろな機関がそれぞれペーパーを出しているので、全体像をつかむのはそう簡単ではないと感じます。このペーパーでは最初のほうで「気候変動を巡る議論・背景」をまとめてくれているので、現在の状況がざくっとわかって便利かもしれません。

金融庁が「金融機関」と言う場合、実質的には銀行など預金取扱機関を指すことも多いです(単なるひがみ?)。しかし、このペーパーは保険会社も対象です。例えば、気候変動に関連する機会及びリスクの認識と評価について、「保険会社においては、リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)の一環として、気候変動に関連する機会やリスク、およびそれらを踏まえた戦略やリスク管理、資本の状況の妥当性を評価することも考えられる」という注記があったりします(21ページ)。

顧客支援の具体的な進め方についての記載は、銀行と保険会社に分かれています。
保険会社のところでは、「企業や産業が脱炭素化を進めつつ、自然災害の激甚化への強靭性を高める観点からは、保険会社の役割も重要である」としたうえで、生命保険会社については投資行動を通じた支援、損害保険会社については保険商品の提供を通じた支援に関する記述がみられます(42ページ~)。

もっとも、銀行にしても保険会社(特に損保)にしても、顧客支援として本質的になすべきことは変わらないのではないでしょうか。
顧客企業がやるべきことは、気候変動の影響を把握するだけではなく、気候変動を含めた全社的な機会とリスクの把握です、気候変動による影響だけ頑張って把握し、TCFD開示を行っても、全社的なリスクマネジメントができていなければ、持続可能な経営とはなりません。ですから銀行や保険会社に求められるのは、全社的なリスクマネジメントの構築支援ということになります。
事業会社のリスクマネジメントが総じて発展途上であり、保険の手当てを人事部や総務部が行っている現実を踏まえると、リスクの引き受けを本業としてきた保険会社にとってビジネスチャンス到来と言えるかもしれません。
コーポレートガバナンス改革と気候変動対応を切り口に、事業会社に目覚めてもらいましょう。

※戦前に存在した共同火災という会社のファイアマークを発見しました。竹原(広島県)にて。

 

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生保の情報開示充実は喫緊の課題

インシュアランス生保版(2022年4月号第4集)に執筆したコラムです(見出しはブログのオリジナル)。このブログの読者には目新しい内容ではありませんが、経営情報の利用者として繰り返し声をあげていきます。
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最近、生命保険会社のディスクロージャーの現状について改めて確認する機会があった。経済価値ベースのソルベンシー規制(新たな情報開示を含む)の導入まで、まだ数年を要することを踏まえると、契約者保護の観点から緊急性の高い最低限の情報として次の3点の早期開示を強く求めたい。

資産内容の開示不足

まず、資産内容の開示として、「10年超の公社債の内訳」「信用格付別の資産」「外国証券・その他の証券の内訳」を示す必要がある。
生保にとって金利リスクの管理は極めて重要だが、「有価証券残存期間別残高」の開示が「10年超」でひとくくりとなっていて、外部からは管理状況がほとんどわからない。
また、昨年11月の本欄で「生保の資産運用方針」を取り上げた際にも多少触れたが、生保がメディア向けに資産運用方針を説明し、「海外クレジット投資に注力」「オルタナティブ投資を強化」などと報じられても、開示情報が乏しく、実際の行動がどうだったのかを確認できない事態が続いている。

外貨建負債の情報がない

2つめは、外貨建負債の残高開示である。外貨建ての保険の販売状況も開示情報からはよくわからないのだが、円建てよりも予定利率が高い外貨建保険を提供している会社は少なくないとみられる。ところが、各社のバランスシートに保険負債としてどの程度外貨建ての負債が積み上がっているかを示す情報はほとんどないに等しい。
おそらく外貨建負債の為替リスクは外貨建資産を持つことでヘッジしているはずなので、現在入手できる情報だけでは、外貨建資産が増えたからといっても、それが資産運用戦略の一環なのか、あるいは外貨建負債が増えたからなのかを判断できない。
漢字生保の場合、外貨建資産は一般勘定資産の3割程度を占め、重箱の隅をつつくような話ではない。

個人向け配当のタイムリーな開示を

3つめは、個人向け有配当商品の契約者配当総額である。各社は決算発表時に「配当準備金繰入額」を示しているものの、このなかには団体保険や団体年金保険の配当原資も含まれている。
団体保険は基本的に1年間の保障を提供するもので、その配当は保険料の事後精算という性格が強い。団体年金保険は運用商品であり、その配当は保証利率を上回る運用成果を還元するものである。いずれも個人向け保険の配当とは性格が異なるため、これらを合わせて「配当性向」「配当還元割合」などとして示しても、個人保険や個人年金保険の契約者にとって有益な情報ではない。
多くの会社が年度決算の結果、個人向け保険としてどの程度の配当を実施したのかを知る手掛かりを出していないのは異常である。

以上の3点は最近浮上した課題ではなく、筆者は何年も前から開示を求めてきたものである(上場会社はいずれも自発的に情報を開示するようになった)。非上場会社には自発的な開示を期待できないというのであれば、あとは制度開示に期待するしかなさそうだ。
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※キャンパスの緑が濃くなりました。ツツジもきれいです。

 

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最新の金融システムレポート

日本銀行が21日に公表した「金融システムレポート」に、ウクライナ情勢が日本の金融システムに及ぼす影響というBOX(巻末のコラム)がありました。
本邦金融機関のロシア向け与信残高は71億ドルと限定的(トップ3はフランス、イタリア、オーストリア)で、ドルを中心とした外貨資金繰りに特段の問題はみられず、ロシア関連の債券・株式の保有も少ないことから、現時点では影響は限られているという結論でした。
もちろん、先行きには大きな不確実性があるとも述べていて、サイバー攻撃の増加にも注意が必要とのことでした。

レポートの本編で今回私が気になったのは、地域金融機関が投資信託の残高を引き続き積み増していることと(本編19ページ)、今さらではありますが、上場銀行のPBRが0.5倍を下回る水準で低迷していること(同70ページ)、つまり、株式市場からの評価が極端に低いことの2つでした。

投資信託のうち、増加が目立つのは「マルチアセット」だそうです。レポートによると「保有投資信託のうち5割程度が、海外金利系投資信託と海外金利を主たるリスクファクターとするマルチアセット型投資信託となっている」「(マルチアセット型は)リスク量の変動を適時に把握することが難しいほか、市場の変動が大きいストレス局面では、必ずしもリスク分散の効果が十分に発揮されなかった事例もみられている」とのことで、「利息配当金の増収を企図して」という発想だとしたら、ちょっと心配ですね。

金融システムレポートには「ハイライト」や「概要」もあり、本編の全体像を知りたい方はこちらが便利です。金融分野の勉強をしている学生の皆さんにも、このレポートは(簡単ではないけど)おすすめです。

※藤の花がきれいでした。

 

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生命保険・医療保険の加入状況

シニア向け医療保障が好調?

土曜日の日経に「マネーのまなび」というページがあり、そのなかで「生命保険文化センターの調査では、医療保険や医療特約に加入する80歳以上の世帯は2021年に8割超と18年の6~7割程度から増加した」という記述と図表を見つけました
(記事のタイトルは「認知症、家族が保険手続き 事前登録で支払い請求も」)。
実態調査にこんな図表があったかなぁと思い、同センターのサイトを確認してみたところ、速報版には掲載がなく、確定版になってから掲載される図表でした。

図表を見ると、確かに70代や80代の医療保険・医療特約の世帯加入率が前回調査よりも大きく上がり、他の年代と遜色ない高水準となっています。この統計には振れがありそうだとはいえ、これだけの変化が生じたのは記事のとおり、シニア層が医療保障に新たに加入したためではないかと考えられます。
総じてシニア層には貯蓄があり、日額5000円の入院保障と最大10万円程度の手術保障を得るために、年間8万円とか10万円とかの保険料を支払う(しかも終身払い)ような保険に加入するのが合理的とは思えないのですが、ニーズがあるということなのでしょう
(先進医療給付金がアピールポイントなのでしょうか?)

死亡保険金額の減少

他方で、保障中核層の死亡保障の充足状況はどうなっているのでしょうか。結論を先に言うと、実態調査を眺めただけではよくわかりませんでした。

30代や40代が世帯主である世帯の普通死亡保険金額(民保ベース)は年々小さくなっています。下記のように、15年前の2006年調査と比べると、2021年は当時の約7割の水準です。世帯主だけだと保険金額は2000万円前後まで小さくなります。

 30代前半 3221 ⇒ 2273
 30代後半 3782 ⇒ 2589
 40代前半 4164 ⇒ 2516
 40代後半 3991 ⇒ 2837
 (単位は万円)

世帯年収別の図表では、死亡保険金額が年収が高くなるほど大きくなっているので、家計に余裕がなく、必要な保障を得られていない30代や40代世帯が増えているのかもしれません。
ただし、保険会社(特に伝統系)の商品戦略の影響で、この統計に反映されないと思われる、生前給付保障など死亡保障の代替となる保険に切り替わっている可能性もあります。

ちなみに、加入保障内容の充足感をたずねた図表では、「十分」「ほぼ十分」という回答が調査のたびに増え、今回初めて5割を超えました(「不十分」「やや不十分」という回答は30%台で安定しています)。
皆さん、本当に十分と言えるほどの保障を確保しているのでしょうか?

※キャナルシティ博多でミニライブをやっていました。

 

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保険料率の納得感

今週のInswatch Vol.1132(2022.4.11)に寄稿した記事をご紹介します。
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水災料率の細分化

これまで全国一律だった火災保険の水災料率が、リスクに応じた料率に細分化される見込みです(2024年度から導入と報道されています)。水災リスクが低いにもかかわらず、高リスク契約者と同じ保険料率を負担するのは確かに納得感がなく、結果として低リスク層の水災補償離れが進み、付帯率は年々下がっています。
リスクに応じた料率を導入しても、そもそも火災保険は強制加入の保険ではなく、低リスク層の水災補償離れに歯止めをかけるのは簡単ではないかもしれません。家森信善教授が実施した意識調査によると、住宅購入前にハザードマップ等で自然災害のリスクを確認したという回答が全体の8割に達しており、水災リスクを確認したうえで住宅を購入するという行動はかなり定着している模様です。付帯率を下げ止まらせるには、料率をハザードマップ等とリンクさせることに加え、低リスクであっても無リスクではないことを住宅保有者に理解してもらい、加入を促す取り組みが求められます。

「一律掛金・一律保障」共済の場合

リスクの異なる加入者が同じ料率というのは、低リスク加入者が高リスク加入者を支えているということなので、強制加入でもないかぎり、このような仕組みは長続きしないはずです。
ところが探してみると、死亡率や入院発生率の異なる加入者が同一の掛金で同一の保障を得られる仕組みがあります。それは生協共済の「一律掛金・一律保障」タイプの商品です。
例えば、福岡県民共済の総合保障2型の場合、死亡保障や入院保障などのパッケージの月掛金は、18歳から60歳まで一律2000円となっています。18歳から60歳までの死亡リスクや入院リスクが同じはずはなく、若い加入者がシニア加入者を支えていることになります。それでは、加入者の多くがシニア層かといえば、少なくとも数年前に全国生協連を取材した時点では、そのようなことはありませんでした。
比較的若く、低リスクであるにもかかわらず、多くの人が自発的にこの共済に加入する理由はよくわかっていません。共済を提供する協同組織は相互扶助を理念としていますが、その理念に共感した加入者が多いとも考えにくく、つまるところ、月々2000円という掛金の絶対水準の魅力が大きいのではないでしょうか(他にも「割戻金が期待できるから」「長く続ければ自分が支えられる側に回るから」「保険会社は利益優先だと思うから」といった理由も考えられます)。この金額であれば、厳密に考えると不利だとわかっても、納得感があるということではないかと思います。

自動車保険の等級制度の場合

他方、個人向け自動車保険はご承知の通り、「ノンフリート等級制度」や「型式別料率クラス」などにより、リスクに応じた保険料率に近づける仕組みとなっています。
とはいえ、等級制度が本当にリスクに応じた料率を実現しているかといえば、少し考えればそうではないとわかります。運転者のリスクが毎年変わるということはなく、ただ、保険会社には運転者のリスクがよくわからないので、実際にリスクが顕在化した(=保険金を請求した)かどうかに基づいて料率を動かす仕組みとしています。ですから、事故を起こしやすい高リスク運転者によるものであっても、慎重なドライバーがたまたま巻き込まれてしまったものであっても、事故が発生し、保険金を請求すれば等級は同じように下がります。それでも等級制度が長年続いているのは、この仕組みが社会から相応の納得感を得られているためではないでしょうか。

納得感のある料率を実現できるか

以上のように、「一律掛金・一律保障」共済やノンフリート等級制度のように、保険の原理としてはリスクに応じた料率が望ましいとしても、納得感があると考えられているのであれば、必ずしもそうではない料率の仕組みであっても長続きしている事例があるとわかりました。
低リスク層の水災補償離れに歯止めがかかるかどうかは、低リスク層にとって納得感のある料率(あるいは仕組み)となるかどうかにかかっていると言えそうです。
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※写真は長府の功山寺。高杉晋作が挙兵したところだそうです。

 

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契約内容の変更

今回は保険約款に基づいて契約内容を変更する(した)というニュースを2つ取り上げます。

総合医療保険の保障内容変更

少額短期保険のjustinCase(ジャストインケース)は4月6日、「コロナ助け合い保険」をはじめ、同社が販売した全ての総合医療保険において、みなし入院の保険金額を10分の1に減らすと発表しました(7日から適用)。
ニュースリリースはこちら
よくあるご質問

保険会社が既契約の保障内容を変更できるという内容を約款で定めているのは今回のジャストインケースだけではありません。ただし、この条項が発動され、契約者に不利益な内容の変更が行われた事例はこれまで聞いたことがありませんでした
(契約者に有利な内容の変更が行われた事例は耳にしたことがあります)。

ニュースリリースの下のほうにある「保険料収入と保険金支出の推移」を見ると、オミクロン株の爆発的な感染拡大を予測できなかったというよりも、おそらく逆選択を避けられなかった、つまり、濃厚接触者になったらこの保険に加入する、PCR検査を受ける予定の人が先にコロナ保険に加入しておく、といった動きを読めなかったのではないでしょうか。

保険会社にとってコロナ感染症に関連する保障(補償)の提供は、感染症なのでリスクが独立していない(=大数の法則が働かない)ということだけみても取り扱いが難しいとわかります。ジャストインケースはもともと、エッセンシャルワーカーなどの不安解消を念頭に、2020年5月という早期にコロナ助け合い保険を発売しており、善意が悪意に打ち負かされてしまったようにも思えます。
とはいえ、抜かずの宝刀が抜かれてしまった影響について、保険業界としてはしばらく注意してみていく必要があるかもしれません。

団年一般勘定の予定利率引き下げ

ん?と思った方がいるかもしれませんが、団体年金一般勘定の予定利率見直しは、約款に定める基礎率変更権に基づくものです。日本生命は4月6日、予定利率を現行の1.25%から、2023年4月1日から0.50%に引き下げると発表しました。

すでに2021年10月に第一生命が予定利率を引き下げているので、NHKをはじめ、ここまで多くのメディアが取り上げるとは思いませんでした。日本生命が何かをしようとすると、メディアにニュースバリューが大きいと見なされてしまうので、これでは機動的な動きがとりにくく、この点は経営者に同情してしまいます。

もっとも、2020年12月20日のブログで書いたように、今の団体年金一般勘定はリスクに見合ったリターンが得られにくく、ALMも難しいと考えていますので、タイミングとしても、0.50%という水準にしても、もう少し説明してほしいというのが率直な感想です。

団体年金一般勘定の資産構成をサイトで公表しているのは第一生命だけのようです。各社とも契約者向けの公表資料を作成していて、古巣のR&Iがこの資料をもとにニューズレター『年金情報』で時々取り上げています。これによると、日本生命は第一生命よりも「外国公社債」の割合が低く、「貸付金」「外国株式等」の割合が高いとのこと。詳細は『年金情報』2021年6月21日号をご覧いただければと思いますが、それなりに資産運用リスクを抱えているのは間違いなさそうです。

※写真は長府毛利邸(山口県下関市)です。ミツバツツジがきれいでした。

 

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水災料率の細分化

3月31日に金融庁が火災保険水災料率に関する有識者懇談会の報告書を公表しました。
保険料率を決めるのは金融庁ではなく保険会社(参考純率は損害保険料率算出機構)なので、本報告書は「損保料率機構及び損害保険会社による適切な検討を促すため」に「様々な分野の有識者から聴取した意見を取りまとめたもの」という建て付けになっていて、メンバーの皆さんには申しわけありませんが、何とも不思議な報告書となっています。

すでに料率細分化を行う前提であれば、主要な論点は、高リスク契約者の保険料は高くなるので、どうやって高リスクであることを理解してもらうか(&どこまで保険購入可能性に配慮するか)。そして、水災補償を外す傾向が強い低リスク契約者に対しては、ある程度リスクに応じた料率になるなかで、どうやって補償のメリットを感じてもらうか。この2点に尽きるのはないかと思いますし、具体的な案(通常は複数)をもとに議論しないと一般論から先に進めません。
ただ、資料や議事録を見るかぎり、有識者懇談会では具体的な案について検討した形跡はなく、報告書にも「どの程度の料率較差が望ましい」といった具体的な指針は示されていません。

他方で、3月11日の日経電子版(有料)は「2024年度から導入する個人向けも1.5倍程度の差がつく見通し」と報じました。日経が勝手に数字を作ったとは考えにくく、おそらく業界のリーク情報なのでしょう。読売も3月8日に「損害保険業界は2024年度から新たな区分に基づく保険料を導入する方向で調整」と報道しているので、業界ではすでに準備が進んでいるとうかがえます。

気になるのは懇談会での議論です。業界からの情報提供がなかった(したがって何も議論していない)というのであれば、私がメンバーだったら納得いきませんし、もし懇談会で業界案について議論したのであれば、資料を公表し、報告書に反映すべきです。どうもすっきりしないですね。

ちなみに同じ日経記事に、「保険はリスクの異なる契約者が大量に加入することで保険金を支払う確率が均一化する『大数の法則』が根幹になる」とあります。こんな大数の法則の定義は聞いたことがありませんし、ここで問題となるのは大数の法則ではなく、保険の相互扶助性をどう考えるかです。授業のネタとして取り上げようかな。

※花筏や桜吹雪を楽しみました。

 

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