
週刊金融財政事情(2026年7月14日号)に載った書評「一人一冊」を当ブログでも紹介します。今回は『戦国日本VSヨーロッパ グローバルヒストリーで読み解く信長・秀吉・家康の対外戦略』を取り上げました。
以下、引用となります。
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教科書には載らない戦国史の事実
長崎観光の定番スポットである大浦天主堂(グラバー園の近く)は、現存する日本最古の教会で、国宝に指定されている。その正式名称は「日本二十六殉教者聖堂」で、16世紀末に豊臣秀吉の命令で処刑された26人の殉教者(1862年に聖人となった)に捧げた教会である。堂内には19世紀に描かれた「日本二十六聖人殉教図」も展示されている。
かつて日本史を学んだ人は、長崎に行ったことがなくても、織田信長と同じくキリスト教を擁護していた秀吉が一転してバテレン(宣教師)追放令を出したことを覚えているだろう。そして前述のとおり、宣教師とキリシタン26人を長崎で処刑したと記憶しているのではないだろうか。
ただし、私たちが学校で学んだ歴史は、キリシタン勢力の拡大に手を焼いていた秀吉による「(日本における)新興宗教への対応」であった。一方、大浦天主堂や隣接するキリシタン博物館の展示は、当然ながら「弾圧を受けた宗教者の目線」によるものだ。いずれも「政治や侵略の色」は薄い。
ところが本書によると、そもそもキリスト教化と植民地化はスペインの海外戦略の両輪で、実際、当時の長崎はイエズス会の支配下にあった。強大な軍事力を持つ日本を武力で征服するのは難しいため、キリシタンを増やし、キリスト教の国にする思惑があった。秀吉はその野望に気付いたため、キリシタン対応を一転させ、その中で殉教事件も起きた。驚くべきことに、スペインがこの事件を口実にして武力に訴え、世界戦争となる可能性もあったという。

本書は、2020年に放送された『NHKスペシャル戦国〜激動の世界と日本〜』を書籍化したものだ。地球規模での人やモノの動き、文化の伝播に着目する「グローバルヒストリー」の視点で戦国史を見直し、この時代の日本が世界史に影響を与える存在だったことを明らかにしている。
例えば、戦国最後の戦いである大坂の陣(1614〜15年)で、徳川方がオランダ製やイギリス製の大砲を使ったことはよく知られている。では、「豊臣方にカトリック勢力が協力した」「徳川方の勝利に貢献したオランダが日本の銀を得てスペインに対抗した」「平和になった日本で失業した侍をオランダが傭兵として植民地争奪戦に活用した」といった話をご存じだろうか。
本書には資料に裏打ちされた興味深い話が次々と登場する。戦国日本は、豊富な鉱山資源を持ち軍事的にも強大で、世界史の最前線にいたのだと分かる。
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