生保の営業職員チャネル

1週間ほど前の日経新聞に「生保が営業職の定着策(会員限定)」という記事が出ていました。生保各社が営業職(営業職員のことでしょうか?)の退職を減らす取り組みに力を入れているというもので、主要8社の在籍率の推移を調査したそうです。

まず、8社の調査をしたのであれば、8社のデータ(1年後から5年後まで)を記事中で使うだけではなく、そのまま出してほしかったです。紙の新聞はスペースの制約があるものの、電子版にはありません。メディアはファクトを出すのが重要な役割ではないでしょうか。

そのうえで、入社5年後の在籍率25%というのをどう考えるかです。
拙著『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』の150ページには、次のような記述があります。

「2005年に発覚した保険金不払い問題を経て、各社は新契約に過度に偏重した営業活動を改め、顧客訪問活動など既契約を重視する営業活動に舵を切りました」

「採用後の教育を重視し、固定給を増やすなど、早期退職を減らす取り組みもターンオーバー(大量採用・大量脱落)の改善に効果を上げたと考えられます」

確かに採用後1年程度で辞めてしまう営業職員はかなり減りました(記事には入社1年後の在籍率が平均71%とありました)。
在籍する営業職員の協力によって採用となった新人職員が、地縁・血縁に頼った販売が一巡すると営業活動が滞ってしまい、早々に退職に追い込まれるとともに、その職員が獲得した保険も短期で解約となるというパターンは、かつてに比べれば減っているのかもしれません。
もっとも、5年後の在籍率が25%まで下がってしまうということは、採用後の教育を重視し、育成期間の固定給を増やし、既契約重視の営業活動に舵を切っても、「採用⇒縁故販売⇒退職⇒解約」というパターンは変わっておらず、サイクルが長くなっただけという可能性もあります。

早期退職は減っていても、大手各社の公表データをつなぎ合わせると、営業職員による保障性商品の販売は総じて低調です。教育制度の拡充や給与体系の改善で在籍率が多少改善したとしても、このビジネスモデルが今後も持続可能なのかという疑問は残ります。

生命保険は本来、主に個人の生死にかかわるリスクマネジメントの手段の1つです。もちろん、ネットが普及した世界でも、「信用できる相手から話を聞いて買いたい」というニーズはあるでしょう。
しかし、いくら「生命保険(保障性商品)はニーズがネガティブなのでプッシュが必要」とか、「○○さんが勧めるのだから大丈夫」ということはあるにしても、そもそも大手4社合計で毎年2万人も採用し、資格取得によるふるい落としもほとんどない職員が、リスクへの備えを相談する相手となりうるのでしょうか。そこに根本的な疑問があるのですね。貯蓄性の強い商品であれば、なおさらです。

個人差がかなり大きいのは承知のうえで、問題の本質は営業職員の退職ではなく、今の採用数や採用方針を続けるのかどうかではないかと思います。

※秋の深まりを感じます。福岡大学にて。

 

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日本アクチュアリー会の年次大会

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1304(2025.11.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
2週間ほどのツアーを経て、ようやく福岡に戻ってきました。福岡も朝晩はかなり寒くなりました。
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アクチュアリーとは

1年前にもご紹介しましたが、アクチュアリーは数理業務の専門家で、保険会社経営には欠かせない存在です。拙著『保険ビジネス』の第7章では、「生命保険を提供するには超長期にわたるリスクを適正に評価するアクチュアリーが不可欠ですし、損害保険会社が引き受けるリスクは多様化・複雑化しており、やはりアクチュアリーの役割は大きいと言えます。保険会社では商品開発部門や主計部門(経理部門)、年金部門、リスク管理部門などに所属しているアクチュアリーが多いようです」と述べています。
日本でアクチュアリーと名乗るには、日本アクチュアリー会の資格試験に合格し、正会員として認定される必要があります。第1次試験5科目、第2次試験2科目の計7科目に合格しなければならず、全科目合格までには最低でも2年、平均的には約8年かかる難関資格です。

資産集約型再保険

先週11月6日から7日にかけて、アクチュアリーが日ごろの研究成果を発表する年次大会が東京で開催されました。参考までに、このうち私がアドバイザーとして関与しているERM委員会による2つのセッションについてごく簡単にご紹介しましょう。

1つは「資産集約型再保険」に関するセッションでした。
損害保険会社が引き受けたリスクの一部を他の保険会社に出再(しゅっさい)しているのはよくご存じかと思います。例えば、2018年度には大規模な自然災害が相次ぎ、保険金支払額が損保業界全体で1.5兆円を超えました。しかし、再保険を活用していたため、元受会社の実質的な支払負担は半分程度におさまりました。
生命保険の分野でも再保険は活用されていますが、ここ数年で急速に増えているのが、この資産集約型再保険という取引です。
金融庁「2025年 保険モニタリングレポート」によると、グループ外への出再の目的として、財務戦略の高度化や資産運用リスクの移転のほか、「再保険会社の運用力の活用」が挙がっていました。レポートには、海外の資産運用会社が設立した再保険会社がこの取引に積極的に参画していることや、特定の法域(バミューダ)に所在する再保険会社との取引が顕著であるといった指摘もありました。

年次大会のセッションでは、市場の現状とリスクについて詳細な報告がありました。あくまで個人的な見解ですが、この取引の本質は、規制が求めるソルベンシー比率の改善という「おまけ」のついたファンド投資であって、投資先の不透明さや流動性の低さ、リスク対応の難しさなど、かつてのサブプライム問題を彷彿させるものがあります。

エマージングリスク管理

日本語では「新興リスク」とでも呼ぶのでしょうか。拙著『利用者と提供者の視点で学ぶ保険の教科書』では、「現在は存在していない、もしくは個人や組織として認識していないが、環境変化などにより認識が必要となるリスク」として紹介しました。
例えば「サイバーリスク」は、多くの人がインターネットを使うようになってから新たに登場したリスクです。こうしたリスクは環境変化や技術革新などによって、今後も現れることでしょう。皆さんが顧客企業のリスク診断を行う際にも、すでに見えているリスクだけではなく、こうした新たに重要となりうるリスクにも目配りする必要があるのですが、保険会社といえどもそう簡単なことではありません。

セッションでは、新型コロナ禍やトランプ関税、インフレといった近年浮上した重要なリスクについて、十分な管理ができていたのか、その経験から何を学べるのかといった、興味深いディスカッションが行われました。
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※横浜・大倉山のカフェからの景色です。

 

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台北でのカンファレンス

先週末の保険学会に続き、今週は台湾の保険安定基金(TIGF、日本の保険契約者保護基金に相当)が主催した保険ERMカンファレンスに報告者およびパネリストとして参加しました。
このカンファレンスは今回が14回目とのことで、私は過去にも登壇したことがあります。今回は規制・監督当局である金融監督管理委員会が後援したうえ、テーマが「新たなソルベンシー規制およびIFRSの導入」だったためか、過去よりも出席者が多かったように思います。

台湾では2026年からTW-ICSと呼ばれる経済価値ベースのソルベンシー規制(IAISのICSに準拠)と、国際財務報告基準IFRSの第17号(保険契約会計)が同時に導入される予定です。IFRSは強制適用で、上場・非上場に関わらず、すべての保険会社が対象となります。もっとも、TW-ICSのほうはリスク評価に関する移行措置が取られ、フル適用まで最長15年の猶予が設けられています。
カンファレンスでは主催者のあいさつや写真撮影(!)のあと、BNPパリバグループのアクチュアリーがEUソルベンシーIIの経験を話し、続いて韓国アクチュアリー会のJUN会長が韓国でのK-ICS導入の経験を紹介したあと、私が日本における経済価値ベースのソルベンシー規制導入について説明しました(もう1人、シンガポールからの登壇者が医療保険制度について報告)。

東アジアではこのところIAISのICSに準拠したソルベンシー規制を導入する動きが進んでいます。韓国では2023年のIFRS強制適用と同じタイミングでICSに準拠したK-ICSの適用が始まり(ご参考:2023年9月17日のブログ)、2026年には日本と台湾が続きます(日本では会計はそのまま)。
韓国では導入後に金利水準が下がり、K-ICSに低下圧力がかかった2024年から25年にかけて、ハイブリット調達を行う保険会社が急増したそうです。また、収益性の高い長期の保障性商品に注力する動き(=CSMの増加が期待できるという観点)も見られるとのことでした。

もっとも、韓国や台湾での過去の調査を踏まえると、日本以上に監督当局の影響力が強く、一部の大手を除き、保険会社のリスク管理がソルベンシー規制に依存しがちだという印象があります
(東南アジアではより強くそのように感じますが)。
日本はそうならないと期待しつつ、引き続きアジア各国の動向にも注目していくつもりです。

 

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新たなソルベンシー規制への期待

8月4日のブログでご案内したとおり、日本保険学会の全国大会で「共通論題・新たなソルベンシー規制への期待と今後の展望」の座長(兼報告者)を無事努めることができました。全国大会での座長は初めてでしたが、いかがでしたでしょうか?

当日は、まず金融庁の伊藤さんが「新たなソルベンシー規制導入のねらい」、次に会計学者の上野先生が「ESR規制とディスクロージャー:保険規制と企業会計の整合性」、金融庁OBで金融規制に詳しい湯山先生が「保険セクターとプロシクリカリティ」を、最後に私が「新規制は保険会社の経営危機を回避できるのか」をそれぞれ20分間報告したうえで、登壇者どうしのパネルディスカッションを行いました。
詳しくは後日の『保険学雑誌』をご覧いただくとして、パネルディスカッションでは私から報告内容を確認させていただいたうえで、学識者から伊藤さんへの質問、私の報告(経営危機を回避できるのか)をたたき台にした議論、残された課題についての議論という流れで進めました。

実務の皆さんはおそらく半年後の規制導入が迫っているなかで、現実的な準備を進めていることかと思います。そのような時期に、「規制上のESRは万能ではない(=第2の柱、第3の柱が重要)」「新規制導入がゴールではない」「銀行規制では流動性リスク対応は第2の柱」「金融庁のリソース不足は大きな課題」「監督会計の見直しを検討すべき」といった大きな議論を学会メンバーだけではなく、金融庁の伊藤さんとともにできたのは、意義があったのではないかと自負しています。
登壇していただいた皆さま、ありがとうございました。

【おまけ】
拙著『保険ビジネス』の一部がこちら(地震、台風…自然災害で多額の保険金を支払っても、保険会社が破綻しない理由)に掲載されています。ご参考まで。

 

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軍艦島に上陸

週末(10月19日)開催のRIS(全国学生保険学ゼミナール)九州ブロック報告会(中間報告会)に続き、次の週末は日本保険学会の全国大会(日曜日に登壇します)、その後も台北でのカンファレンスやJARIP研究発表大会、日本アクチュアリー会の年次大会など、大きな行事が続く季節となりました。その合間を縫って、ちゃっかり念願の軍艦島上陸を果たしました
(前回2019年7月は台風の影響で上陸できませんでした)。

軍艦島は通称で、正式には端島(はしま)と言い、長崎港から約18kmの海上にあります。ツアーでいただいた資料によると、19世紀初頭に石炭が発見され、1890年(明治23年)に三菱が経営権を取得。海底炭鉱の島として日本の近代化を支えたそうです。
出炭量が増えるにつれて人口も増え、1916年(大正5年)には日本初の鉄筋コンクリート造の高層アパート(30号アパート)が完成し、その後も集合住宅が次々にできました。1960年(昭和35年)ころには5000人以上の人々が暮らしていたというから驚きです。「人口密度が高く、顔見知りが多かったため、犯罪が少なかった」とか、「緑が少なかったので屋上庭園を造ったり、隣りの島に行って土に触れたりした」といったエピソードもうかがいました。

※トップの写真は端島小中学校
 こちら(下)は大正5年の30号アパート

しかし、エネルギー革命で石炭の需要が減り、炭鉱は1974年(昭和49年)1月に閉山。3か月後には無人島となり、そこから約50年がたっています。2015年に世界文化遺産に登録されたものの、風雨にさらされ続けた建物はボロボロで、ガイド氏によると「毎年形を変えている(=崩壊が進んでいる)」とのことでした。なかでも大正5年の30号アパートは、いつ崩れてもおかしくない状態なのだそうです。
そのため、島に上陸できるのはツアーに参加した人だけで、歩ける場所も南西の限られた場所だけでした。

先週(10月15日)清水建設が、端島炭鉱の保存・整備・公開活用のため長崎市と連携協定を結んだというニュースがありました。第1弾として研究拠点を設置し、その後具体的な取り組みを詰めていくそうです。
しかし、これだけ劣化した建物をどうやって修復していくのか、その手法は確立されていないようです。さらに言えば、どの状態に修復・復元すべきなのかという難問があります。建設当初の状態にするというのはないとしても、廃墟の状態を維持すべきなのか、あるいは人々が生活していたころの姿を復元すべきなのか。私たちが軍艦島の価値をどこに見出すのかによって答えは変わってきそうです。

 

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自然災害と車両保険

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1300(2025.10.13)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。なんと、1300号なのですね!2000年8月が1号なので、26年めということでしょうか。おめでとうございます。
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地下駐車場での冠水

先月、三重県四日市市の地下駐車場が大雨で浸水し、200台以上の車が冠水するという事故がありました。本件では防水設備の不備により施設管理者の責任が問われるかもしれませんが、原則としては駐車場で冠水した車の修理は車の所有者が行うことになっています。
このようなときに役に立つのが車両保険です。しかし、損害保険料率算出機構によると、23年度末の車両保険の加入率は約47%と、対人賠償責任保険や対物賠償責任保険(いずれも約75%)に比べると低い水準です。
もっとも、約47%というのはややミスリードで、自家用普通乗用車、自家用小型乗用車、軽四輪乗用車だけでみれば、加入率は約55%です。これに自動車共済を加えると、加入率は約6割とみられます。

保険料の負担

とはいえ、自家用の3車種でも約4割が車両保険に加入していないということになります。もちろん、なかには古い車に乗っていて、十分な保険金額を設定できないというケースもありそうですが、車両保険に加入すると毎年の保険料がかなり高くなってしまうというのが、加入を見送る最大の理由ではないかと考えています。あくまでイメージですが、車両保険を付けなければ年間保険料が3万円、車両保険を付けると6万円、といったレベルでの違いがありますよね。
車両保険の保険料が大きくなりがちなのは、自動車保険のなかでも支払保険金の総額が大きいからです。同じく料率算出機構のデータによると、23年度の支払保険金のうち車両保険が全体の4割以上を占め、最大種目となっています。対人賠償責任保険は1件当たりの支払保険金が約95万円と大きい(車両保険は約40万円)のですが、支払件数が少ないので、支払保険金の総額は全体の3割強にとどまります。

自動車ユーザーにとって、毎年の保険料は大きな関心事項です。例えば、ソニー損害保険が8月に公表した全国カーライフ実態調査(2025年)によると、車の諸経費で負担に感じるものとして、「ガソリン代・燃料代」「自動車税」「車検・点検費」に次いで「自動車保険料」が高い割合で挙がっていました。
また、チューリッヒ保険が23年に公表した「自動車保険の見直しに関する実態調査」でも、ダイレクト型で自動車保険に加入したという回答者の割合がやや高い(35%)ことを踏まえても、現在加入している自動車保険で重視したポイントとして「保険料の安さ」が「事故対応」とともに上位に挙がっていて、保険料への関心の強さがわかります。

風水災害への備えとしての車両保険

ただし、車両保険が大雨による冠水など、地震などを除いた自然災害でも使えるという情報は自動車ユーザーにどの程度浸透しているのでしょうか。ネットで話題になったように、「自賠責保険は補償の対象外」という報道がなされるなど、自賠責保険と任意の自動車保険のちがいも常識ではなさそうなので、車両保険が交通事故だけではなく、一般的には風水災害による損害でも補償対象となると知っているユーザーは意外に少ないのではないでしょうか(あくまで個人の印象ですが)。
9月17日の日本損害保険協会によるニュースリリースによると、8月上旬の低気圧・前線による大雨での保険金支払額は約323億円で、このうち130億円が自動車保険(車両保険)だったそうです。風水災害への対応というとまずは火災保険ですが、車両保険も役に立っているということを保険業界はもっとアピールしてもいいのかもしれません。
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※懐かしのブルートレイン!門司港にて。

 

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日銀短観のグラフ

日本銀行の全国企業短期経済観測調査、いわゆる日銀短観の業況判断DIは、日本の景気動向をつかむうえで最も注目されている指標の1つです。調査は四半期ごとに行われ、10月1日に直近(2025年9月)の調査結果が公表されています。
ニュースでも大きく取り上げられるのですが、たまたま目にしたNHK夜7時のニュースでは、このようなグラフを使って説明していました。

このグラフを見ると、先行きの悪化が心配になりますよね(特に非製造業)。景気後退が近いのではないかと思ってしまいます。
しかし、グラフをよくよく見ると、非製造業の縦軸は25~35ポイントなので、下がるといっても製造業をはるかに上回る水準です。製造業のものを含め、こういうグラフは作ってはいけない典型的な例ではないでしょうか。

参考までに、日刊工業新聞の日銀短観の記事では、次のようなグラフを掲載していました。多少スケールを修正しているとはいえ、これならミスリードはないでしょう。
企業は先行きを警戒しているものの、景気の基調は底堅いと読むのが妥当と言えそうです。

「こういうグラフは作ってはいけない」という事例は残念ながらメディアで時々見かけます。
作り手に何らかの意図があるのかどうかはわかりませんが、私たちはだまされないように気をつけなければなりませんね。

※この週末は横浜・大倉山のお祭りでした。

 

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書評『中華料理と日本人』

週刊金融財政事情(2025年9月23日号)に載った書評「一人一冊」を当ブログでも紹介します。今回は『中華料理と日本人--帝国主義から懐かしの味への100年史』を取り上げました。
振り返ってみると、前回(2025年5月)は『日本庭園のひみつ』、前々回(2025年1月)が『日本の歴史的建造物』、2024年9月が『Z世代化する社会』、2024年6月が『「モノ言う株主」の株式市場原論』、2024年2月が『財閥のマネジメント史』でした。このところ経済・金融以外が目立ちますが、評者の個性ということでご容赦ください。

以下、引用となります。

日本の中華料理の意外な歴史をたどる

先日イスタンブールに滞在し、トルコ料理を味わう機会があった。トルコ料理はフランス料理、中華料理とともに世界三大料理の一つに挙げられることが多い。日本でも知られるケバブはもともと中央アジアの肉の串焼きで、垂直な串に肉を重ねて焼くドネルケバブの他にもさまざまな種類がある。ギリシャ料理のような、茄子やトマト、ピーマンにオリーブオイルを使った料理も多く、ヨーグルトを多用し、ピラフなど米料理もよく食べられている。
これらの料理には、現在のトルコを中心にアジア、アフリカ、ヨーロッパにまたがる広大な領土を支配した、かつてのオスマン帝国の存在が関係していると考えるのが妥当であろう。

同じようなことが日本における中華料理にも言えるというのが本書の主題である。私たちがイメージしやすい中華料理はたいてい日本式のものであり、餃子やシュウマイ、ラーメンなどは、もはや実質的に日本料理となっている。
例えば、餃子は満州在住の日本人に親しまれ、第二次世界大戦後に満州からの引揚者が主に焼き餃子を提供することで、日本で本格的に普及した。また、北海道の郷土料理とされるジンギスカン料理も、もともと日本の中華料理の一つだった。日本が大陸で勢力を広げていた時期の北京で生まれ、1932年に建国された満州国の名物料理とされ、やがて日本でも広まった。

日本と中国の交流には長い歴史があり、江戸時代の長崎では中国料理をベースにした卓袱(しっぽく)料理が誕生している。ところが、日本の大都市で中華料理が身近な食べ物になったのは意外にも新しく、1920年頃からとのこと。関東大震災後の東京では、中華料理がおいしくて栄養のある料理として受け入れられ、中華料理店や中華料理を兼業する洋食店が増えたという。その後、料理ごとにさまざまな経緯があって、中華料理が日本食の一部へと変わっていったそうだ。

植民地として支配した地域の料理が本国に伝わり、帝国主義の影響下で普及していくという、世界史的な考察は非常に興味深い。たしかに20年頃の日本は台湾、朝鮮半島を支配し、さらには中国東北地方にも進出する植民地帝国だった。英国やフランス、オランダなど当時の欧州列強と同じ現象が日本でも見られたということになる。
ちなみに「カレー」という言葉はイギリス人がインド料理の総称として用いたもので、イギリスからのカレー粉を通じて日本でも広まったとされる。

※写真は肥前浜(佐賀県)の酒蔵通りです。

 

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メディアの利用時間と信頼度

9月10日からPIVOTというビジネス映像メディアで「いま知っておきたい生命保険・損害保険」「保険ビジネスの未来」という動画が同社のアプリまたはYouTubeで配信されています。
自分ではSNSに流れてくる動画などを観る習慣がなく、拙著『保険ビジネス』のプロモーションとして、果たしてこの動画がどれくらい広がっているの見当もつきません。ただ、複数の同僚の先生に声をかけていただいたので、もしかしたら意外に観られているのかもしれませんね。

以前のブログで紹介したように、総務省の情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査によると、2020年には平日のネット利用時間がテレビ(リアルタイム)視聴時間を初めて上回り、40代までは「テレビ」<「ネット」となりました。その後、2022年調査では休日もネットがテレビを上回り、直近の2024年調査では50代も平日は「テレビ」<「ネット」となっています。
しかも、2020年まではテレビの視聴時間は平日、休日ともに概ね横ばいだったのですが、それ以降は視聴時間が年々減っているようです。

他方で、各メディアの信頼度は直近調査で新聞が59.9%、テレビが58.2%、ネットが27.0%となっていて、30代と70代はテレビがトップ、それ以外は新聞がトップです。10代から30代の新聞閲読時間はゼロに近いのですが、そこそこ信頼されてはいると。ただし、2020年調査では新聞が66.0%、テレビが61.6%だったので、信頼度は徐々に下がっています。
もっとも、新聞やテレビの信頼度が下がったからといって、ネットの信頼度が上がったわけではありません(2020年は29.9%でした)。人々は信頼できないかもしれないと思いつつ、ネットへの依存を高めていることになりますね。

※福岡・百道(ももち)浜のビーチです。

 

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保険会社の名前

報道によると、2027年4月に合併する三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の新会社の名前は「三井住友海上あいおい損害保険」となるそうですね。さらに、グループを統括する持株会社MS&ADインシュアランスグループホールディングスの名前も「三井住友海上グループ」に変更するとのこと。報道が正しければ、確かに持株会社のほうは2010年に「MS&AD」としたときには「ん?」という印象でしたが、それでも15年たつので、よく決断したと思います。
ちなみに会社は9月12日付けで「現時点で決定している事実はありません」としています。

拙著『保険ビジネス』のコラムで取り上げたとおり、保険業法の規定により、生命保険会社の名前には「生命保険」、損害保険会社の名前には「火災保険」「海上保険」「傷害保険」「自動車保険」「再保険」「損害保険」のどれかが必ず入っていなければなりません(外国保険業者を除く)。保険会社が合併すると、この条件を守ったうえで、新たな名前を考えることになります。
これまでの合併事例を見ると、いずれか片方の名前がそのまま使われたケースは吸収合併の時くらいしかなく、両社の名前が何らかの形で残っているケースが多いようです。かつては「損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険」のように、非常に長い名前となってしまった会社もありました。

もっとも、同社は現在「SOMPOひまわり生命保険」ですし、グループの中核損保は「損害保険ジャパン」、持株会社の名前も「SOMPOホールディングス」なので、「安田」「日産」「大成」「日本」「興亜」「NK」などは入っていません。ただし、グループのブランドとしては「SOMPO」と「損保ジャパン」の両方ということになるのでしょうか。
その意味では、東京海上ホールディングスは当初の「ミレアホールディングス」を2008年に改め、ブランドとしては「東京海上」に絞っていますし、(報道のとおりであれば)持株会社の社名を「三井住友海上」にするというのもグループのブランド戦略としては理解できます。

上場する保険持株会社で中核会社の社名がそのまま使われていない事例としては「T&Dホールディングス」もあります。中核生保である太陽生命の「T」と大同生命の「D」ではなく、「Try」と「Discover」の頭文字をとったものです。「T&D」を使うようになってから早くも四半世紀が過ぎましたが、太陽生命と大同生命の社名はそのままなので、資本市場ではともかく、消費者へのブランド浸透という点ではなかなか難しかったのではないでしょうか。

※イスタンブールは猫の町でした!

 

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