07. 規制・会計基準

金融庁が新たな健全性規制の法令案を公表

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1256(2024.11.11)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。主に保険流通に関わる皆さんにも知っていただきたい内容です。
アクチュアリー会の年次大会(2日目)は対面・オンラインのハイブリッド開催でしたが、予想以上に対面参加のかたが多く、パネルディスカッションが盛り上がってよかったです。
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新規制の導入が秒読み段階に

金融庁の動向と言えば、保険流通に関わる皆さんには、金融審議会の作業部会で議論が進む制度改革の行方が気になるところだと思います。
他方で金融庁はこの10月末に、「経済価値ベースのソルベンシー規制」と呼ばれることの多い新たな健全性規制の導入に向けて主な法令等の改正案を公表し、意見募集を開始しました。
今回の改正は、現行のソルベンシーマージン比率を中心とした健全性規制を30年ぶりに大きく見直すというもので、規制が求める支払余力の厳格化や、経済価値ベースの考え方の採用など、現行規制の弱点を克服する内容となっています。2025年度決算から新規制に基づく報告が始まる予定なので、保険会社にとって残された時間はそれほど多くありません。
先週都内で開催された日本アクチュアリー会(ア会)の年次大会では、新規制に関連したセッションがいくつもあり、私もその1つ(パネルディスカッション:経済価値ベースのソルベンシー規制の原点に立ち返る-新規制を有意義なものにするために-)で進行役を務めました。

保険数理の専門家・アクチュアリー

アクチュアリーとは、確率や統計などの手法を用いて、将来の不確実な事象の評価を行い、保険や年金、企業のリスクマネジメントなどの多彩なフィールドで活躍する数理業務のプロフェッショナルです(ア会のサイトより引用)。超長期の保障を提供する生命保険や、多様で複雑なリスクに備える損害保険が成り立つには、アクチュアリーによるリスク分析が欠かせません。
24年3月末現在、ア会の会員数は5601人で、このうち2273人が生命保険会社に、863人が損害保険会社に所属しています。一般に「アクチュアリー」とは正会員のことを指し、難関とされるア会の資格試験に合格し、正会員として認定されているのは2121人だけです。
ちなみに私自身はアクチュアリーではなく、主にア会の専門委員会(ERM委員会)のアドバイザーとして関わっています。

保険会社のリスク管理高度化を目指して

話を新規制に戻しましょう。会員向けの年次大会の内容について多くを語ることはできないのですが、私たちのパネルディスカッションでは、「規制が求める新たなソルベンシー比率(ESR)を守りさえすればいいという話ではない」「経済価値ベースの考え方をいかに社内や社外(メディアなど)に浸透させるか」「保険会社のアクチュアリーは何をすべきか」といった議論を行いました。
健全性規制の主な目的は、保険会社の経営が悪化し、契約者が不利益を被るのを避けることです。それには単に規制を厳しくするというのではなく、保険会社自身のリスク管理の高度化を促すべき、というのが近年の健全性規制の考え方となっています。しかし、規制当局が本当に保険会社の経営行動を変えることができるのかという「そもそも論」もあって、今回の新規制にしても、保険会社が「規制が求めるESRを守りさえすればOK」と考えてしまうと、リスク管理の高度化にはつながりません。どのようなことでも、他者に何かを促すというのはそう簡単ではありませんよね。

なお、新規制導入の経緯や規制の本質などに関心のあるかたは、10月末に発売した拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』(日本経済新聞出版)をご覧ください。2008年に出版した『経営なき破綻』の続編という位置づけで、副題に「生保経営大転換を読む」とありますが、新規制のもとでの損保を含めた保険会社経営のあり方について述べています。難しい数式などは一切使っていませんので、ご安心下さい(笑)。
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※実家でタコパ!久しぶりに3兄弟が集まりました。

 

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保険行政の動向

先週27日(金)に金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」での議論が始まりました。事務局説明資料「ご議論いただきたい事項」には、さらなる検討が必要と考えられる論点として以下の4つが挙がっています。

・大規模な保険代理店における募集品質の向上
・保険仲立人(ブローカー:筆者注)制度の活用促進
・企業向け火災保険の赤字継続
・損害保険会社による便宜供与や企業内代理店の目指すべき姿等。

企業向け火災保険の赤字について議論するのであれば、そもそも企業向け火災保険が赤字なのかどうか、情報開示から始めていただきたいです。この点について、メンバーの柳瀬先生が「家計・企業保険別の情報開示が必要」という意見を出していて、心強いかぎりです。

同じ日に金融庁は2024事務年度の金融行政方針(実績と作業計画)を公表しました。
損害保険市場の信頼回復と健全な発展に向けて金融審議会で議論する状況となっているにもかかわらず、例年どおりの「持続可能なビジネスモデル構築に向け、各社の内部管理態勢の高度化も含め、保険会社との対話を実施する」というのはやや違和感があるところですが、他方で保険会社のソルベンシー規制のところには、次の記載がありました。

・2024年秋頃を目途に法令等の改正案をパブリックコメントに付す予定であり、引き続き関係者との対話等を行いつつ、2025 年度の新規制の円滑な導入に向けた準備を進める。

・監督会計について、具体的な論点が明らかな課題について対応する。また、経済価値ベースのリスク管理との整合性や財務会計に関する見直しの動向等も踏まえつつ、そのあり方について検討を行う。

・保険会社から提出される各種データの見直しやリスクとソルベンシーの自己評価に関する報告書(ORSAレポート)の活用等を通じたモニタリングの高度化について、さらなる検討を進める。

1点めは、すでに5月29日公表の「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」で示していたとおりですが、2点めと3点めには注目です。
特に3点めは重要だと思います。新たな規制を導入するのが目的ではなく、規制導入はあくまでスタート地点に立ったということなので、これをどう使っていくかが当局には問われています。今回の作業計画を見て、そのような問題意識を金融庁が持っていることが示されているのではないかと(楽観的に)理解しました。

※写真は東京駅です。

 

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国内債の含み損

生命保険会社の2024年4-6月期決算では、長期金利の上昇によって保有する国内公社債の時価が下がり、各社の「含み損」が拡大。その点に着目した報道がいくつかありました。

生保の国内債含み損、08年以降で最大に(日経・有料記事)
大手生保4社、国内金利上昇で債券評価損が拡大(Bloomberg)

国内債の含み損拡大は、リスクをとった結果、期待に反して損失が発生した、つまり資産運用で失敗したというのではありません。会社全体としては金利リスクを小さくしているにもかかわらず、保険会社が資産サイドの時価情報しか公表していないため、あたかも損失が膨らんだかのように見えてしまうという話です。「満期保有目的の債券」や「責任準備金対応債券」だから時価評価しなくてすむ(したがってソルベンシーマージン比率はほとんど下がらないですよ、Bloombergさん)、というのは本質的な論点ではなく、経営状態を示すうえでの情報開示や説明が足りないということではないかと思います。経済価値ベースのバランスシートが公表されていれば、こうした誤解は起きにくいかもしれません。

とはいえ、現行の保険会計は経済価値ベースのソルベンシー規制導入後もそのままなので、さらに金利が上がり、国内債の含み損が拡大すると、監査人から減損処理を求められるのではないかという懸念はあります。時価下落の原因が信用リスクの増大ではなく、市場金利の上昇だけであれば、オーバーパーの債券でないかぎり「回復見込みがある」と言えそうなものです。どうなのでしょうか。
ただし、解約の可能性をどの程度考えておくべきかという難しい問題はあります。解約返戻金を支払うために、含み損を抱えた国内債の売却を迫られることになるかどうかです。このところ一部で注目されている「ESRの大量解約リスク問題」にも通じるところがあるのですが、経営不安に伴う解約増加の過去データはあっても、金利が上がるとどの程度解約が増えるかという日本の過去データは見当たりません。それに、銀行が預金代替として販売した一時払いの貯蓄性商品と、遺族保障ニーズに応じた平準払いの長期保障性商品では、金利感応度はかなり異なるでしょう。一律に線を引くというのは無理があるように思います。

いずれにしても、メディアの不勉強を責めるのは簡単ですが、金融市場や規制などの経営環境が変わる場面では、とりわけ丁寧な情報開示が必要ではないでしょうか。

※訳あって広島に来ています。

 

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金融庁のリソース拡充を

猛暑が続くなか、ようやく季節行事(定期試験&採点やオープンキャンパス)が終わり、キャンパスが静かになりました。
さて、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1244(2024.8.5)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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有識者会議の指摘

金融庁が6月に公表した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書は、いわゆる「損保問題」を受けた今後の保険業界の動向を知るうえで重要な手掛かりです。
ところで、この報告書の6ページに、次の2つの注記が付いているのをご存じでしょうか。「(大規模代理店に対して)金融庁及び財務局によるモニタリングを強化すべきである」のところです。

「IMFによる日本に対する金融セクター評価プログラムにおいては、金融庁に対し、保険監督に適切な人的リソースを配置し、立入検査を通常の監督プロセスの一部として実施すべきであること、及び大規模代理店等に対しては直接的な監督を行うなど、保険代理店等に対するリスクベースの監督業務のプロセスを開発すべきであること、との指摘もある」

「金融庁及び財務局において、保険会社及び代理店へのモニタリング強化のために必要な人員増強を行うべきである、との指摘もある」

2つめのほうは、会議のなかで(特に第4回)、金融庁の人員強化を図るべきだという意見が複数のメンバーから出たためだと思いますが、1つめのほうは多少解説が必要かもしれません。

IMFの指摘とは

IMF(国際通貨基金)の金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、IMFが加盟国の金融部門の安定性を評価するプログラムで、日本を含む主要国は5年に一度審査を受けています。いわば金融庁が外部から検査を受けるという枠組みです。FSAPの指摘を金融庁は重く受け止めます。
2023年から24年にかけてのFSAPでは、IMFは日本の保険監督について、全体的には良好な水準としたうえで、かなり本質的な指摘をしています。例えば次のような指摘です。

・金融庁の保険監督アプローチはリソースの制約のため事後対応となっていることが多い。

・監督のほとんどは業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個々の保険会社の定期的な監督サイクルの一環として行われていない。

・集中的な監督は主に問題が特定されてから開始され、多くはリスクが顕在化してから行われる。

「リスクの芽を摘むこと」ができるのか

筆者が任期付職員として保険行政に携わっていた約10年前の金融庁では、通常のモニタリングのほか、主要会社には概ね一定の周期ごとに立ち入り検査を行っていました。問題がある会社だから立ち入り検査を行うというのではなく、検査対象の保険会社の事業特性やリスク特性に基づき、当時の保険検査マニュアルから数項目を対象にして検査を実施していました。そして、当時もリソース不足は深刻でした。
その後金融庁の検査・監督方針が変わり、「従来の検査・監督のやり方のままでは、重箱の隅をつつきがちで、重点課題に注力できないのではないか」「バブルの後始末はできたが、新しい課題に予め対処できないのではないか」「金融機関による多様で主体的な創意工夫を妨げてきたのではないか」といった、主に銀行検査に関する問題意識のもとで、検査・監督一体の継続的なモニタリングへ移行し、2018年には検査局が廃止されました。

保険分野は大きな販売部隊(代理店を含む)を抱えているうえ、銀行に比べると、保険会社の経営内容は総じてわかりにくいとされているにもかかわらず、周期的な立ち入り検査をなくしてしまったことで、問題の早期把握が難しくなった点は否めません。
かつての検査が「重箱の隅をつつきがち」だった面はあるにせよ、頻繁な異動等により保険分野の知識が必ずしも十分ではない検査官でも、保険分野に明るいベテラン職員の支援を受けながら、ある程度時間をかければ問題を発見することができました。ところが、現在の「継続的なモニタリング」では、保険分野の知識がないと、表面的になぞっただけで終わってしまいます(保険会社は自らに都合の悪いことを当局に進んで示すでしょうか?)。結果として、近年は問題が発覚してから立ち入り検査を行うというスタイルになってしまったようです。
朝日新聞の柴田秀並記者は近著『損保の闇 生保の裏』のなかで、「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」と述べていますが、まさに同感です。

有識者会議メンバーやIMFが指摘するように、金融庁は保険監督に適切な人的リソースを配置して、保険分野の抱えているリスクや顕在化した問題に対処する必要があるでしょう。少なくとも、たまたま現場に配属された担当者の頑張りだけでは無理があると思います。
あるいはIMFが以前から提案するように、健全な保険市場を育てるためには、政府予算の制約を受けにくい「保険サービス監督機構」のような組織の実現を目指すべきなのかもしれません。
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※週末はオープンキャンパスでした。

 

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新ソルベンシー規制の「残論点の方向性」

金融庁が5月29日に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」を公表しました。あれ?「最終基準案」じゃないんだ?とは思いつつ、ようやくここまでたどり着いたということなのでしょう。お疲れさまでした。
ちなみに「概要」の最終ページ「新規制導入に向けたタイムライン案」には、赤字で「2024年5月 基準案公表」とありますが、この「基準案」とは今回公表した「残論点の方向性等について」を指すようです。

今回の「残論点の方向性等について」(つまり基準案)はこれまで挙がっていた論点に対する暫定案をまとめたもので、逆に言うと、論点として挙がっていなかったことについての記述はほとんどありません。ですので、例えば第1の柱の標準的手法について確認したければ、フィールドテストの仕様書など、他の資料にあたる必要があります。
2024年秋頃の「法令等パブコメ」までには最終基準案としてまとまった資料が出るのでしょうか?

金融庁は早期是正措置として、これまでのソルベンシーマージン比率(SMR)に代わり、ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)を発動基準として、その水準に応じて段階的に監督介入を行うことになります。例えばESRが100%を下回ったら介入を開始し、35%を下回ったら業務停止命令です。
MCR(最低資本要件)の水準を0%ではなく35%としたのは、早期是正措置は事業の継続を前提にした制度であり、MCRも破綻処理のトリガーではないので、「一般に債務不履行のおそれがあるとされるCCC格の一つ上のB格相当の格付における破産確率に概ね対応する水準と仮定した格付機関の公表データに基づく試算や、EUのソルベンシーⅡの事例も参考に」したとのこと。つまり、業務停止命令の発出イコール破綻と捉えるのは正しくないということですね(保険会社が法的破綻を申し出る重大な考慮要素ではあります)。このあたりはもう少し丁寧な説明が必要かもしれません。
なお、これまでSMRとともに早期是正措置の発動基準となっていた実質資産負債差額は、新たな枠組みでは外れることになりました。

注目している第3の柱では、法定開示項目として、これまで出ていた項目のほか、「有価証券に係る補足情報」「保険負債の商品別差異調整に係る情報」が加わりました。定性的な開示事項の「リスク管理情報」には、「ORSAの経営への活用を含む、ORSAに係る基本方針及び体制等」ともあります。
もっとも、具体的な開示内容がまだ私にはわからないので、どこまで有用性の高い情報が出てくるか、引き続き注目していきます。

参考までに、フィールドテスト(2023年)の結果概要では、ESRの感応度分析だけではなく分子、分母それぞれの感応度分析も出ていますし、「金利」ではなく「円金利」と「米ドル金利」の変動に対する感応度となっています(為替の感応度もあります)。

※写真は東京・銀座です。

 

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日本の保険行政

空港の売店で朝日新聞記者の柴田秀並さんの新著『損保の闇 生保の裏』を見つけました。
副題に「ドキュメント保険業界」とあり、ビッグモーター問題に多くの紙面が割かれていますが、目にとまったのが次の記述です。

「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」(110ページ)

「金融庁内での保険課の立ち位置は微妙だ。(中略)局長クラスで『銀行のことは詳しくないので』と言ったら金融庁幹部として失格だが、『保険は知らないので』とは言えてしまう風潮が漂う。筆者もかつて保険担当の審議官にこう言われ、面食らった記憶がある」(200-201ページ)

念のため申し添えておくと、私の取材コメントではありません(笑)。とはいえ、当局による保険会社および代理店への実効的な検査・監督を確保するには、今の体制では不十分ではないかと私も思います。

同じような問題意識をIMFも持っていることが示されています。5/14公表の「金融セクター評価プログラム(FSAP)最終報告書」の47ページには、日本の保険監督について、全体的に良好な水準としたうえで、次のような記述が見られます(植村意訳)。

「金融庁の保険監督アプローチは資源の制約のため事後対応となっていることが多い」
「ほとんどの監督は業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個社の定期的なリスクアセスメントがなされていない」
「集中的な監督は総じて問題が特定されていることについて、それも多くはリスクが顕在化してから行われる」

そういえば日本金融学会での長官講演(5/18、埼玉大学)でも「損保問題」はスルーされてしまい、がっかりしました。

※週末は東京でした。

 

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ESR規制と生保の資産運用

簡易保険加入者協会の委託研究として2022年度から関わってきた「ESR規制と生命保険会社の運用に関する研究会」の報告書が同協会サイトで公表されました。
この研究会は経済価値ベースのソルベンシー規制と生命保険会社の資産運用について、若手を含めた研究者で議論を行うというもので、私が座長を務めました。報告書は前半(第1部)が議論の主な内容、後半(第2部)は議論を踏まえた若手研究者の報告要旨となっています。

座長としてこだわったのは、規制以前の話として、そもそも生命保険会社は顧客に何を提供していて、それにはどのような資産運用が必要となるのかをメンバーで確認することでした。「そこから話をするのか!」と心配する向きもあったそうですが、実際の保険会社の姿を議論の出発点にしてしまうと、どうしてもバイアスがかかると考えたためです。

毎回メンバーどうしの議論が活発に行われ、議論の主な内容は「第6章:本研究会での主な議論・論点」としてまとめていますので、ご覧いただければと思います。
保険会計に関しては、もっと時間があれば「業績とは何か」「会計情報で誰が何を見たいのか」という議論をしたいところでしたが、時間切れで両論併記のようになっています。
他方でメンバーの意見が一致したのが、研究者から見ても「現状の情報開示は不十分」という話で、第5章の最後に以下のコメントを示しています。

・この研究会でわかったのは、データがあまりにも出てきていないということ。開示の底上げが必要で、特定の一部の会社のみが開示しているという状態では研究を進めようがない。

・新たな規制の第3の柱については外部関係者が声をあげないと、どうしても金融庁と業界の検討が中心になってしまい、業界からは積極的に開示したいという声は出にくいので、結果として妥協案的なものにまとまってしまう可能性がある。

・なぜ開示が重要かということを訴えていかなければならない(エージェンシー理論)。単に我々が知りたいというだけではなく、生命保険会社というインフラを機能させるためには開示がないといけない。

・「これだけリターンがありました、でも、これを作り出すためにこれだけのリスクがありました」というように、リスクとリターンを両方開示するといい。

・金融庁の報告書に掲載されている、「各リスクにおける更なる内訳の開示について、会社の戦略的ポジションが明らかとなる情報が含まれる場合、競争上の不都合が生じるおそれがある」という保険会社からの意見について、「競争上の不都合」とは何に対して言っているのか理解できない。

このような厳しい声が研究者からあがっていることを、生命保険業界や金融庁はわかってほしいです。

※キャンパスにいろいろなキッチンカーが出店しています。

 

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金融庁が有識者会議を設置

損保問題の有識者会議に関して、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1228(2024.4.8)に論考を寄稿しました。当ブログでもご紹介いたします。
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昨今の保険金不正請求問題(いわゆるビッグモーター問題)および保険料調整行為問題(同カルテル問題)を受けて、金融庁が「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」を立ち上げ、3月26日に第1回の会合がありました。
金融庁はYouTubeでの動画配信(アーカイブなし)のほか、当日の資料を公表しています。
そこで「事務局(=金融庁)説明資料」と「日本損害保険協会説明資料」を比べてみました。

そこから見えたのは、金融庁による厳しい見解です。2つの問題の背景には構造的なものがあるため、金融庁は個社や業界の自主的な取り組みだけでは是正が難しいと認識しています。
着地点はまだ見えませんが、是正に向けた何らかの制度改正が行われ、保険流通に関わる皆さんの業務に影響が及ぶと考えておくべきかと思います。

保険金不正請求問題

損保協会の説明資料では、主な要因として「保険金支払管理態勢が不十分」「効率的な損害調査の実施の弊害」「修理工場による不適切な保険金請求」「一部代理店によるコンプライアンス意識の不足」を挙げ、それぞれについての対応状況を説明しています。さすがに損保協会としても単なる個社問題とはとらえていないことがうかがえます。

これに対し、金融庁の説明資料では真因分析として、行政処分の対象である損保ジャパンおよびSOMPOホールディングスの「営業優先・上意下達の企業文化」「内部統制機能の欠陥」「リスク認識の甘さ」を挙げています。行政処分の対象はあくまで個々の会社なので、そのような書きぶりになっています。
ただし、「(有識者会議で)ご議論いただきたい事項」には、次のような記述があります。

・大規模乗合代理店への実効的な指導・監督の確保
・大規模乗合代理店との関係に左右されない支払管理態勢
・大規模乗合代理店などの適切な評価
・(兼業の)乗合代理店による比較推奨の適切な実施
・損害保険代理店による利益相反が生じる業務禁止または防止措置の実施
・(保険料調整行為問題との共通論点として)代理店への本業支援のあり方
・(同)保険会社および代理店への実効的な監督・検査

裏を返せばこれらは構造的な課題であって、個社または業界の取り組みだけでは解決が難しいとする金融庁の見解がよくわかります
(最後の「実効的な監督・検査」は庁内の保険行政への理解・認識不足とそれに伴うリソース不足を有識者に指摘してほしいのかもしれません)。

保険料調整行為問題

損保協会の説明資料では、主な要因を「他社との接触機会が増加」「保険契約引受時に行ってはいけない行為が曖昧」「独禁法に関する啓発取組みの不足」「代理店を含むコンプライアンスリスク管理体制が不十分」としているので、対応策は考え方・留意点の提示や教育の徹底などが中心です。

これに対し、金融庁の説明資料では、行政処分に至った問題点として「企業保険分野における環境要因」「営業担当者への強いプレッシャー」「独禁法等に関する不十分な教育・監督」「コンプライアンス・顧客本位の意識の欠如」を挙げています。
さらに「(有識者会議で)ご議論いただきたい事項」は次の通りです。

・共同保険における適正な競合環境の整備
・保険契約以外の要素を反映した取引慣行の是正
・リスクに応じた適正な保険料を提示できる保険引受管理態勢の確立
・企業内代理店のあるべき姿
・独禁法等の遵守に向けた法令等遵守態勢の確立

こちらは業界と金融庁の見解の違いがより鮮明です。起きたことは独禁法違反などですが、金融庁は法令等の遵守にとどまらず、企業向け保険の取引慣行や企業内代理店にもメスを入れようとしています。
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※福岡城址(舞鶴公園)の桜です。何とか間に合いました。

 

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保険負債がマイナスに!

今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1212(2023.12.12)では、IFRS(国際財務報告基準)に関する話を書きました。当ブログでもご紹介します。
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保険会社の負債

事業会社に比べると、保険会社の財務諸表はかなり特徴的です。なかでも生命保険会社ではバランスシート(貸借対照表)の負債が大きく、その大半を責任準備金などの保険負債が占めています。事業会社の負債は銀行借り入れなど債権者から受け入れた資金なのに対し、保険会社の負債は加入者(保険金受取人)に将来支払うであろう保険金や給付金、解約返戻金などを計上したものです。
ところが今年度に入り、なんと保険負債がマイナスという生命保険会社が現れました。

保険負債がマイナス

ライフネット生命の決算短信でバランスシート(2023年9月末、連結ベース)を確認すると、負債の大半は繰延税金負債となっていて、保険契約負債がほとんどありません。他方で資産のなかに「保険契約資産」という見慣れない項目があって、291億円も計上されています。

財政状態の説明には、次のような記述があります。

「保険契約は一般的には負債として計上されるものの、当社グループは以下の表『保険契約負債の内訳』のとおり、個人保険の保険契約負債はマイナスとなることから保険契約資産として計上しています」

参考までに、同社の2023年3月期の決算短信では、負債530億円のうち保険契約準備金(大半が責任準備金)が509億円を占めていました。どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。

IFRSの採用

理由は、ライフネット生命が今年度から会計基準としてIFRS(国際財務報告基準)を採用したことと、同社の歴史が比較的浅いうえ、保有契約が平準払いの保障性商品だけで、満期保険金や解約返戻金がないことです。

やや専門的になりますが、ライフネット生命の決算短信やIR資料などを参考に説明します。
これまでの会計基準(日本基準)では、契約獲得時の保守的な予定死亡率や予定利率に基づいて算出した責任準備金などを保険負債として計上していました。これに対し、IFRSでは保守性を排除し、会社が最善と考えた前提に基づいて将来キャッシュフローの現在価値を計算し、これに「リスク調整」と「CSM」を加えたものを保険負債として計上します(リスク調整とCSMの説明はとりあえず省略します)。

将来キャッシュフローの現在価値とは、将来の支出(保険金支払額など)の現価から将来の保険料収入の現価を差し引いた金額です。平準払いの「定期保険」「終身医療保険」「就業不能保険」「がん保険」を主力とするライフネット生命の場合、会社が最善と考えた前提に基づいて将来キャッシュフローを計算したところ、おそらく今後の支出が保険料収入を下回る状態が何年も続くのでしょう。全体で見て将来の支出が将来の保険料収入を下回る計算結果となり、保険負債がマイナスになりました。つまり、この前提によれば、同社はいわば加入者への借金を負っていないことになります。

ただし、保険負債がマイナスだから儲かるということではなく、収益性を見るには、先ほど説明を省略したCSMの動きに注目してください。CSMは将来利益を表す負債で、CSMが増えていけば将来利益も総じて増えていきます。
ライフネット生命のCSMは、2023年3月末の836億円から9月末には875億円に増えていることがIR資料からわかります。

保険会計のあり方が問われる

IFRSを採用すれば、財務諸表の利用者は、日本基準では把握できなかった生命保険会社の財政状態をつかむことができるようになります。
ただし、日本ではIFRSの採用は強制ではなく、あくまで任意です。このため、今後はIFRSを採用した会社と、引き続き日本基準でのみ決算結果を公表する会社が併存することになります。さらに、2025年度に経済価値ベースのソルベンシー規制が導入されると、「IFRSの財政状態」と「日本基準のバランスシート」に「経済価値ベースのバランスシート」が加わり、利用者は消化不良に陥ってしまうかもしれません。

これまで本誌でもしばしば取り上げてきたように、保険会社の経営内容を把握するうえで日本基準には問題が多いという現状があります。そろそろ日本の保険会計のあり方について、本格的に方向性を打ち出すべき時期に来ているのではないでしょうか。
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※今月はあと二回、東京に行きます。

 

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サムスン生命のIR資料より

先週訪問した韓国では、今年(2023年1月)から保険会社の会計基準とソルベンシー規制が変わりました。
ソルベンシー規制は、日本のソルベンシー・マージン比率のようなRBC規制から、経済価値ベースのK-ICS(キックスと呼ぶようです)に移行し、会計基準はIFRS4号から17号になりました(より正確にはIFRS9号と17号の組み合わせ)。
日本の経済価値ベースのソルベンシー規制導入は2025年ですし、会計基準は現行のままです。台湾でもIFRS17号と新たなソルベンシー規制を導入するのは2026年となっていますので、東アジアでは韓国が先行したことになります。
もっとも、K-ICSのほうは申請すれば最長10年の移行期間が認められるそうなので、業界全体としてどれだけの会社がIFRS17号とK-ICSの世界に移行したのかは未確認です。

最大手サムスン生命のIR資料を見ると、同社は移行期間を申請せず、会計基準はIFRS17号、ソルベンシー規制はK-ICSのもとで経営管理を行っていることがわかります。

決算結果の概要(Earnings Results)を見ると、2022年までの同社は新契約年換算保険料と純利益、保険引受利益、資産運用利回り(定義は未確認)、RBC比率などを主要指標として示していました。それが2023年上半期では、新契約のCSM(契約サービスマージン)をはじめCSMの動向、保険サービス利益の内訳、資産運用利益の内訳、K-ICS比率などと、主要な指標が大きく変わりました。
とりわけCSMを経営の重要指標としているところが目を引きます。アクサやアリアンツなど欧州大手保険グループの生保事業でも今年から同様の開示が見られるので、グローバル投資家にとっては格段に比較しやすくなったと思います。

こうなってくると、今後の日本勢の動きが気になりますね。

※写真は柳川ひまわり園です。

 

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