14. 書評

『Z世代化する社会』

先週から今週にかけてヨーロッパにおりまして、現在(9/1)はスイスにいます。週末を利用してルツェルンに行ってきました。
それにしても、スイスフランがこんなに高くなっているとは。1スイスフランは100円くらいと思っていたら、まさかの170円。ビール1杯で6フラン(約1000円)もするのは日本からの旅行者には厳しいです。

ということで、今回は週刊金融財政事情(2024年9月3日号)に載った書評「一人一冊」をブログでご紹介します。舟津昌平さんの『Z世代化する社会』を取り上げました。

私たちが生きている世界の一端を知るために

評者はかつて韓国ドラマ『冬のソナタ』にはまっていた。毎回の放送を楽しみにしていたところ、たまたま最終話に関する某評論家の「ネタバレ」コメント(主人公に関する重要な設定だった)を視聴直前に目にしてしまい、ひどく後悔したことがある。このトラウマがあるためか、書評では著作の内容にどこまで触れていいか、悩むことが多い。とはいえ、本書を紹介するのであれば、この「例え話」を引用するのが最も効果的だろう。

ある村で、若者だけに感染する病が発見された。若者が次々と病気にかかっていく。それを見て、お偉いさんや親族は「これだから若者は」「生活がたるんでいるのでは」「昔はこんなことなかった」などと若者を責め、病の原因を若者の資質に求める。ところが、この病気は「若者であるほど早く感染する」だけで、実はすべての年齢層に感染するものだった。かくして村は老若男女を問わず、この病気に侵されていくのだった──。

本書は「Z世代」と呼ばれる若者たちの中でも、著者に身近な大学生(著者の舟津氏は1989年生まれの経営学者)を中心に観察することで、われわれが生きる社会を読み取ろうとしている。
野村総合研究所によると、Z世代とは90年代中盤から2010年代序盤生まれで、それ以降はα(アルファ)世代と呼ぶらしい。Zとαの違いは正直よく分からないが、いずれもスマートフォンの普及と関係があるのだろう。10年代前半にスマホが普及した際、今の大学生は10歳前後だったので、早い人は小学生の時からスマホに接している。そしてα世代では生まれた時からスマホがあった。

著者の丹念な取材によってZ世代の実態がよく分かる。彼らは、バーチャルとリアルの混然一体とした世界の中で、監視し合い、最適化を目指し、ビジネスのターゲットとして飲み込まれている。パーソナルレコメンデーション(ネット企業などが過去の視聴履歴などを踏まえ個々の嗜好(しこう)に合った提案をすること)の進化も彼らに影響を及ぼしている。友人同士でも、互いに誰が何を見ているのかは分からない。さらに、若者の支持を集めるインフルエンサーの影響力が強まっている。インフルエンサーは集客のために世界を「推し」と「アンチ」に分類し、その単純で安易な世界観が、若者に着々と浸透しつつあるという。

若者の方が影響を受けやすいというだけで、社会のZ世代化は着実に進んでいる。

 

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「モノ言う株主」の株式市場原論

2024年6月18日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は丸木強さんの『「モノ言う株主」の株式市場原論』です。先週の株主総会関連ニュースと合わせてご覧ください。
文体がいつもとやや違うのは、私が間違えて「ですます調」で原稿を出してしまい、それを編集で直していただいたためです。

時代がアクティビストに追いついてきた

「個人的な見解ではあるが、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れしていなければそれでいいとは思っていない」。

誰の発言だろうか。アクティビストにも思えるが、実は金融庁の栗田照久長官。5月に埼玉大学で開催された日本金融学会春季大会の特別講演での発言だ。
東京証券取引所は昨年3月、すべての上場会社を対象に、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請し、特に「PBR1倍割れは、資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは、成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される一つの目安」とした。要請を受けた多くの企業が自社株買いなどでとりあえずPBR1倍超えを目指している現状を踏まえ、その場しのぎの対応に走るのではなく、資本コストを意識した持続的な収益成長が重要だと警鐘を鳴らした。
本書の「はじめに」には「時代がアクティビストに追いついてきた」とあるが、まさにそのことを印象付ける発言だった。

アクティビストは「モノ言う株主」とも称される。著者の丸木氏はあえて書名に使ったのだと思いつつ、評者はいい加減やめたほうがいいと考えている。スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードで株主と経営者の対話を求めるようになってもう10年も経つ。政策保有に代表される「モノを言わない株主」のほうが問題だ。
とはいえ、アクティビストとはどのような投資家で、どのような考えに基づいて活動しているのかを知る上で、アクティビストファンドの当事者による本書は貴重である。読者は、「金の亡者」の自己主張ではなく、資本主義の本質や日本企業の課題を気軽に学ぶことができる。

ただし、著者は株主価値を毀損させる存在には容赦なく切り込んでくるため、読者は覚悟が必要かもしれない。例えば、アクティビスト対策を指南すると喧伝している証券会社や信託銀行等のフィナンシャル・アドバイザー、経営コンサルティング会社、弁護士などについては手厳しい。アクティビストのみならず一般株主の利益にもまったく寄与しないアドバイスを行い、高額の報酬を受け取る「資本市場の寄生虫」だと指摘する。
読者諸氏の仕事は、果たして顧客企業の株主価値向上に寄与しているだろうか。再確認してみてはいかがか。

※この花、最近よく見かけるような気がします。

 

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日本の保険行政

空港の売店で朝日新聞記者の柴田秀並さんの新著『損保の闇 生保の裏』を見つけました。
副題に「ドキュメント保険業界」とあり、ビッグモーター問題に多くの紙面が割かれていますが、目にとまったのが次の記述です。

「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」(110ページ)

「金融庁内での保険課の立ち位置は微妙だ。(中略)局長クラスで『銀行のことは詳しくないので』と言ったら金融庁幹部として失格だが、『保険は知らないので』とは言えてしまう風潮が漂う。筆者もかつて保険担当の審議官にこう言われ、面食らった記憶がある」(200-201ページ)

念のため申し添えておくと、私の取材コメントではありません(笑)。とはいえ、当局による保険会社および代理店への実効的な検査・監督を確保するには、今の体制では不十分ではないかと私も思います。

同じような問題意識をIMFも持っていることが示されています。5/14公表の「金融セクター評価プログラム(FSAP)最終報告書」の47ページには、日本の保険監督について、全体的に良好な水準としたうえで、次のような記述が見られます(植村意訳)。

「金融庁の保険監督アプローチは資源の制約のため事後対応となっていることが多い」
「ほとんどの監督は業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個社の定期的なリスクアセスメントがなされていない」
「集中的な監督は総じて問題が特定されていることについて、それも多くはリスクが顕在化してから行われる」

そういえば日本金融学会での長官講演(5/18、埼玉大学)でも「損保問題」はスルーされてしまい、がっかりしました。

※週末は東京でした。

 

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『企業のリスクマネジメントと保険』

最初にご案内です。6月22日(土)のRINGの会オープンセミナーで登壇することになりました。
RINGの会は保険代理店の情報交流組織で、メンバーかぎりの勉強会のほか、広く保険業界に向けたオープンセミナーを毎年開いています。私は午前の部に登場し、早くからBM問題を発信し続けた週刊東洋経済の中村正毅記者と、昨今の損保問題を受けた保険業界の今後の展望について対談します(もしかしたら著名コメンテーターがもう1名加わり、鼎談になるかもしれません)。

会場はいつものパシフィコ横浜・国立大ホール。セミナーは午前1つ、午後2つの三部構成となっていて、休憩時間には保険会社や保険関連企業のブースを見学できます。保険流通に携わる方々が1000人規模で集まる一大イベントですので、ぜひご参加ください。
詳しくはこちらをどうぞ。

さて、慶應義塾大学出版会から『企業のリスクマネジメントと保険』という時宜を得た書籍が出ました。執筆者は慶應義塾大学の柳瀬典由教授ほか保険研究者と実務家の皆さんで、日本企業のリスクマネジメントや保険戦略のあり方に対する強い問題意識が出発点となっているようです。
カルテル問題が表面化する前に書かれた書籍とはいえ、いろいろと参考になる記述やデータがありました。

例えば、第2章「リスクマネジメントと企業価値――企業の保険需要を中心に」には、大企業の保険需要に焦点を当てたサーベイ調査(2021年7月実施)の概要が紹介されています。なかにはこんなデータもありました。

「リスクマネジメントの専任担当者がいる企業は58%」
「リスクコントロール・リスクファイナンス方針を策定しているのは40%」
「リスクマネジメント担当者がリスク情報の開示に関与しているのは49%」
「保険購買管理の担当部門は財務・経理部門が38%、人事・総務部門が33%」

つまり、「日本企業の保険購買は、かなり大規模な企業であっても、企業全体の財務意思決定プロセスの一環になっていないケースが多く、リスクマネジメントに関する投資家とのコミュニケーションにも多くの課題がある」「伝統的な日本企業では、保険管理は管財業務の一環として総務部門が行うことが多く、保険購買は財務意思決定とは異なる論理で、あるいは過去の実務慣行の延長線上で行われていた可能性がある」(いずれも本書45ページより)ということがわかります。

他方で第8章「三菱重工の保険リスクマネジメント改革」では、同社が大型客船建造プロジェクトでの多額損失発生をバネにして、事業ドメインの再編(権限と責任の明確化)とともに、経営トップ主導による全社的な事業リスクマネジメント体制の構築を行い、保険戦略も見直したことを紹介しています。

私は今回のカルテル問題を受けて、企業が単に保険の主幹事会社やシェアを変えるだけで終わるのではなく、株主などが期待する企業価値の向上を図るべく、保険戦略を含めたリスクマネジメントが全社的な意思決定の一環として行われる契機となることを願っています。
そのような世界を展望するうえで、本書から得られるものは多いのではないでしょうか。

※藤の花がきれいでした。

 

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『財閥のマネジメント史』

2024年2月20日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は武藤泰明さんの『財閥のマネジメント史』です。「はじめに」にあるように本書は論文ではなく、マネジメントを専門とする著者が日本企業を独自の視点で解説したものです。

企業集団のルーツに日本企業の本質

本書は、日本企業について理解の深まる労作である。バブル経済の崩壊後、大手銀行が三つに集約されてからは、6大企業集団という言葉を目にすることはほとんどなくなった。それでも依然、巨大企業の4分の1程度が企業集団に属しており、韓国やASEAN諸国の財閥ほどではないにしても、日本経済におけるその存在感は大きい。本書は、「三井」「住友」「三菱」の3大財閥に焦点を当て、その歴史を通じて近代日本の経営史を記し、日本の企業集団の本質に迫ろうとしている。

明治期の財閥は非関連分野の多角化を一気に進めた。現在の発想だと、関連する事業に進出した方がリスクは小さく、シナジー効果も得られると思ってしまう。ところが当時の日本企業には技術やノウハウがないので、すでに海外で起きたイノベーションを導入すれば参入リスクはそれほど大きくなく、つまるところ「多角化していく分野は何でもよかった」。むしろ非関連分野の多角化を進めた方が、戦争に伴う景気変動や恐慌などに耐えることができたという。途上国ならではの経営戦略といえよう。

非関連多角化を進めるには潤沢な資金が必要となる。3大財閥はそれぞれ銀行だけではなく鉱業という資金源を持っていた。政府との距離の近さも、財閥形成期には強みとなった。これに対し、新興財閥の場合には多角化の度合いが低く、グループ内の「機関銀行」に資金調達を依存するケースも多かった。恐慌の際には銀行と事業会社が共倒れとなるリスクを抱えていたわけで、実際そうなったケースも目立つ。

とはいえ、3大財閥は政府に近いが故に、都合よく使われた歴史もある。2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』では、三井の大番頭だった三野村利左衛門が主人公の渋沢栄一と対立する悪役として描かれていた。
しかし本書によると、三井は政府によって散々振り回されたことが分かる。公金取り扱いの問題(戦費調達のため急な返済を求められた)で経営危機に追い込まれたり、政府から中央銀行の設立を頼まれ、わざわざ祖業の越後屋を切り離して準備したにもかかわらず反故にされたりしている。
三井はその後、渋沢栄一(当時は大蔵省にいた)に言われて第一国立銀行を設立したのにオーナーシップを取れず、別途に三井銀行を設立することになった。ドラマとは違い、財閥が政府との関係維持に苦労してきた姿を見てとれる。

※いつも羽田でお世話になっている電車です。

 

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『お金の知識があるだけで・・・』

R&I時代の同僚だった安藤真由美さんが最近、『お金の知識があるだけで あなたが見られるはずの とびきり輝く世界について』という長いタイトルの本を出したということで、拝読してみました。
安藤さんは金融業界で勤務した後、現在はコーチングやコンサルティングを多数手掛けるとともに、女性向けの各種講座を提供しています。

かわいい表紙から若い女性に向けた投資ガイドのように見えますが、もっと本質的な「女性の生き方」についての熱い書籍でした。いわゆる投資の話が出てくるのは、なんと220ページ以降です(全部で342ページ)。
安藤さんは「最高の投資は自分への投資」と言い、「お金はあなたの人生のためにある」「自分の人生の舵を他人に渡してはいけない」と説きます。おそらくコーチングや各種講座などの経験から、自分の軸がなく、自分らしいお金とのつきあいができていない人が多いことを痛感しているのでしょう。

男性には見えにくい、日本社会における女性の生きづらさを伝えてくれる記述も多く、思わず考えさせられます。例えば次のようなものです(本書218ページ)。

「自分がマイノリティになったとき、人は気をつかいます」「(女性は)マイノリティの立場にあるため気をきかさざるを得ない場合が多いのです」「自分は組織で生存するためにどういうキャラがいいか考えたことがないと思った方は、自然体で暮らせるという特権を持っている可能性があります」

209ページの「日本型雇用の組織のイメージ図(金融機関の例)」も多くの人に見てもらいたいですし、(マーケティング上はともかく)女性向けの書籍にとどめるのはもったいないと感じました。

※写真は台北に残る日本家屋です。

 

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『金融リスク管理を変えた大事件20』

金融リスク管理の「語り部」として、藤井健司さんが新たに『金融リスク管理を変えた大事件20』を出版しました。

拝読して改めて思うのは、2013年刊行の『金融リスク管理を変えた10大事件』から10年の間にも大事件が頻繁に起きていたという事実です。新型コロナだけではなく、アルケゴス事件やコインチェック事件、シリコンバレー銀行の破綻など、言われてみればリスク管理が試されるような事件が立て続けに生じ、金融機関のリスクマネジャーは休む暇がなかったのではないかと思います(笑)

すでに『10大事件』『10大事件+X』で書かれていた内容ではあるのですが、『大事件20』を読んでいて、デリバティブ仕組取引の記述に目が留まりました(第5章)。
1990年代に株価リンク債などの仕組債を積極的に購入していたのは、インカム収入がほしかった日本の生命保険会社でした。本書では仕組債について、アレンジする金融機関にとって収益性の高い業務であると述べています。

「仕組取引に組み込まれたスワップやオプション等のデリバティブ取引は相対取引であることから、そもそもその価格が外からはみえない。加えて、複雑な仕組取引を組成するためには、複数の複雑なデリバティブが組み込まれることになり、その原価ともいうべきストラクチャリングのコストは、機関投資家の側からは、よりいっそうわかりにくいものとなった。アレンジャーである金融機関は、複雑で手がかかる仕組取引をアレンジすることで多額の手数料を享受することができたのである。」
(本書94-95ページから引用)

歴史は繰り返されます。低金利が続くなかで、最近まで金融機関は個人・法人に向けて仕組債を積極的に提供していました。

1990年代前半のバンカーズ・トラスト銀行による不適切なデリバティブ販売が発覚し、その後バンカーズからクレディ・スイス銀行に移籍したデリバティブチームの活躍で、1990年代後半の日本で金融機関が餌食となりました。さらには2020年代になって、巨額損失事件でクレディ・スイス銀行は消滅してしまいます。
以前、ブログで書いたとおり、金融ビジネスでは健全な企業文化を育てることが重要かつ難しいのだと思い知らされます。

ということで、金融リスク管理の歴史を学びたい中堅・若手の金融パーソンだけではなく、シニアの業界人にも楽しく読める良書です。

※ガイドブックに出てきそうな写真ですよね。

 

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「ソウル おとなの社会見学」

10月31日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は大瀬留美子さんの『ソウル おとなの社会見学』です。
9月24日のブログは、この最後の1行(インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い)を書くために調べたものでした。
以下、引用となります。

旅に出れば見えてくるものがある

20年ほど前、希代の教養人として知られる出口治明さん(立命館アジア太平洋大学学長)と初めてお会いして、意気投合したことがあった。金融界では珍しい歴史学科出身の私が、「格付けアナリストとしてタテ(歴史)とヨコ(地理)を軸に考え、旅に出ることを心掛けている」と話すと、出口さんは大いに共感してくださった。もっとも出口さんは世界1,200都市を訪れている方なので、「意気投合」と言うのはおこがましいかもしれない。

旅に出ることをお勧めするのは、当然ながら「事件は現場で起きている」からであり、実際に足を運ぶとさまざまな気付きを得られるからである。私たちはコロナ禍でオンラインのありがたさとともに、リアルで会うことのメリットも再認識した。
とはいえ、旅に出て何かを見てやろうと思っても、予備知識次第で見えるものがまったく違う。通常のガイドブックに頼るのもいいが、本書のような「短期間の滞在では気付きにくく、興味を持たなければ通り過ぎてしまうテーマの鑑賞ポイントとうんちくをたくさん詰め込んだ」(本書から引用)書籍に巡り合うと、それまで見えなかったものが見えるようになるから不思議だ。

例えば本書では、ソウルの「渋い喫茶店」をテーマの一つに挙げている。ソウルの町を歩くと至る所にしゃれたカフェがあり、おいしいコーヒーやデザートにありつける。しかし、渋い喫茶店とはそのような所ではない。何十年も続く老舗のタバン(茶房)と呼ばれる喫茶店で、コーヒーはインスタントだったりする。ハングルの壁もあり、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。
また、都市部の河川や水路を地中化した暗渠(あんきょ)も興味深いテーマである。ソウルの都市化に伴い、多くの河川が暗渠化された一方、近年では暗渠となっていた川を、市民の憩いの場として復元した所もある。それぞれに経緯があって、著者のうんちくがふんだんに盛り込まれているのがいい。

旅に出るのを勧めるもう一つの理由は、自分の日常を客観的に見ることができるからである。ソウルは日本から近いといっても、外国である。本書を読んでソウルの町歩きを楽しむと、おのずと日本の現状と比べたくなるだろう。それに海外に行けばいやでも円安を実感するし、日本の存在感がどの程度なのかを考えるきっかけにもなる。
インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い。そろそろ積極的に海外に出るときではないだろうか。

※この3連休は福岡大学の学園祭(七隈祭)でした。

 

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2022年版の生保・損保特集号

週刊東洋経済の臨時増刊『生保・損保特集』2022年版が出ました。
例年どおりの社長インタビューに加え、生保・損保ともに金融庁レポートの解説があり、もう少し中村記者の面白い(鋭い)記事が読みたかったというのが全体としての感想です。この媒体では難しいのかもしれませんが…

そのなかで、ややマニアックではありますが、今回のイチ押しは、トムソンネットの板倉さんによる「世界市場で進む標準化 再保険ビジネスの展望」でした。この20年間で世界の再保険ビジネスがどのように変化し、日本の損害保険会社(元受会社)が現在どのような状況に置かれているかということを、なんと8ページにわたって述べています。
例えばこんな記述もありました。

「(再保険市場で生じた詐欺事件に関連して)再保険のように保険のプロ同士が相手にリスクを転嫁することで自社の財務保全を図るシステムは、もともと逆選択リスクを取引するババ抜きゲームであることを肝に銘じるべきだ」(85ページ)

「日本の損保市場の縮小が続く中、再保険市場から見れば、十分な保険料を得ることができない割には、大規模自然災害で巨額の再保険金を払わされる市場という印象を持たれても仕方がない状況ともいえる」(89ページ)

「アジアにおける再保険を含む外国系損保会社の出先機関のハブは、ほとんどの場合、東京ではない。(中略)東京は、アジアの保険市場のハブとはなりえないということを見せつけられている現象である」(同)

他の記事では、生保の乗合代理店の評価制度を取り上げた「代理店業界の注目集める業務品質評価制度の行方」が、部外者(=私)にも読みやすい記事でした(44ページ~)。
そもそも「業務品質」を評価できるのかという疑問はさておき(業界の自主規制のようなものと考えればいいのでしょうか?)、評価基準を作るうえで契約継続率について保険会社と代理店で意見が分かれ、結果として「(継続率を)定期的に把握・分析し、解約理由・経緯等を踏まえ、必要に応じて改善策を実施している」という評価基準に落ち着いたとのこと。
代理店側の主張は「毎年数多くの新商品が発売される環境で、継続率を気にするあまり、保障内容が見劣りする商品の契約を放置しておくのは、顧客本位に反する」というものだそうですが、顧客からするとやや違和感があります。

例えば定額の保険料を支払い続ける終身医療保険の場合、若いうちはリスクが小さいので、いわば割高な保険料を支払っている状態が続き、保険期間全体でバランスがとれるようになっています。ですから途中で解約してしまうと、確実に損をすることになるはずです(特に解約返戻金がない場合)。顧客本位ということであれば、解約・新規ではなく、既存の商品に新たな保障を追加するのが本来あるべき姿だと思うのですね。
まずは商品を提供するメーカー(保険会社)の問題ではありますが、代理店がそこまで踏まえたうえで主張しているのか、議論のなかでそのような話はなかったのか、知りたいところです。

※キリンコスモスフェスタに行ってきました(先週の写真です)。

 

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『生活に活かす共済と保険』

米山高生先生(東京経済大学教授)の最新刊『生活に活かす共済と保険』を読みました。「共済と保険はどこが同じで、何が違うのか?」をテーマにした著作で、共済のみならず、保険や保険会社について考えるための材料もたくさんありました。

保険会社のビジネスモデルに関する本書の記述は明快です。

「消費者からみれば、保険は現在のキャッシュと将来のキャッシュを交換する『金融商品』である。これを保険会社からみれば、約束した将来のキャッシュを確実に支払うという義務を負うものといえる」(50ページ)。

「他の金融商品と比べて保険商品の特別なことが二つある。第一に、将来のキャッシュ支払いが確率論的に決定されること、そして第二に、消費者のリスクを保険者が引き受けることである。保険会社のビジネスモデルの特徴を形成しているのは、この二つの要素であるといっても過言ではない」(同)

保険会社は約束した将来のキャッシュを確実に支払うという義務を負っているのだから、経営者が最優先すべきはその義務を確実に履行するための経営ということになります。

米山先生はこうも語っています。

「保険には、他の金融商品とはどこか違った『何か』がある。(中略)困った人のためにみんながおカネを拠出し、困った人を助けようという仕組みによって運営されているという面がある」(76ページ)。

「しかし自助の手段として保険・共済という『金融商品』を消費者として合理的に選択しているのなら、『たすけあい』もいいが、契約者保護をより確実なものとしてほしいというのが(消費者の)本音だと思う」(79ページ)。

この「たすけあい」についても深い考察がなされています。
本書では「たすけあい」のうち、リスクプーリングによって結果として生じるものを「たすけあいI」、団体内での内部補助によるものを「たすけあいII」として区別しました。そして前者は保険と共済が共有する機能で、後者は共済においてのみ存在しうると整理しています。

共済に「たすけあいII」が組み込まれやすいのはどうしてなのか。私自身はまだきちんと理解できていないところがあるとはいえ、人間が利他的な行動に対して価値を置くことを踏まえると、団体内での内部補助を(それを構成員が理解したうえで)許容する場があるのは不思議ではないのかもしれません。

※写真のC-3PO ANA JETに乗りました。

 

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