14. 書評

『企業のリスクマネジメントと保険』

最初にご案内です。6月22日(土)のRINGの会オープンセミナーで登壇することになりました。
RINGの会は保険代理店の情報交流組織で、メンバーかぎりの勉強会のほか、広く保険業界に向けたオープンセミナーを毎年開いています。私は午前の部に登場し、早くからBM問題を発信し続けた週刊東洋経済の中村正毅記者と、昨今の損保問題を受けた保険業界の今後の展望について対談します(もしかしたら著名コメンテーターがもう1名加わり、鼎談になるかもしれません)。

会場はいつものパシフィコ横浜・国立大ホール。セミナーは午前1つ、午後2つの三部構成となっていて、休憩時間には保険会社や保険関連企業のブースを見学できます。保険流通に携わる方々が1000人規模で集まる一大イベントですので、ぜひご参加ください。
詳しくはこちらをどうぞ。

さて、慶應義塾大学出版会から『企業のリスクマネジメントと保険』という時宜を得た書籍が出ました。執筆者は慶應義塾大学の柳瀬典由教授ほか保険研究者と実務家の皆さんで、日本企業のリスクマネジメントや保険戦略のあり方に対する強い問題意識が出発点となっているようです。
カルテル問題が表面化する前に書かれた書籍とはいえ、いろいろと参考になる記述やデータがありました。

例えば、第2章「リスクマネジメントと企業価値――企業の保険需要を中心に」には、大企業の保険需要に焦点を当てたサーベイ調査(2021年7月実施)の概要が紹介されています。なかにはこんなデータもありました。

「リスクマネジメントの専任担当者がいる企業は58%」
「リスクコントロール・リスクファイナンス方針を策定しているのは40%」
「リスクマネジメント担当者がリスク情報の開示に関与しているのは49%」
「保険購買管理の担当部門は財務・経理部門が38%、人事・総務部門が33%」

つまり、「日本企業の保険購買は、かなり大規模な企業であっても、企業全体の財務意思決定プロセスの一環になっていないケースが多く、リスクマネジメントに関する投資家とのコミュニケーションにも多くの課題がある」「伝統的な日本企業では、保険管理は管財業務の一環として総務部門が行うことが多く、保険購買は財務意思決定とは異なる論理で、あるいは過去の実務慣行の延長線上で行われていた可能性がある」(いずれも本書45ページより)ということがわかります。

他方で第8章「三菱重工の保険リスクマネジメント改革」では、同社が大型客船建造プロジェクトでの多額損失発生をバネにして、事業ドメインの再編(権限と責任の明確化)とともに、経営トップ主導による全社的な事業リスクマネジメント体制の構築を行い、保険戦略も見直したことを紹介しています。

私は今回のカルテル問題を受けて、企業が単に保険の主幹事会社やシェアを変えるだけで終わるのではなく、株主などが期待する企業価値の向上を図るべく、保険戦略を含めたリスクマネジメントが全社的な意思決定の一環として行われる契機となることを願っています。
そのような世界を展望するうえで、本書から得られるものは多いのではないでしょうか。

※藤の花がきれいでした。

 

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『財閥のマネジメント史』

2024年2月20日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は武藤泰明さんの『財閥のマネジメント史』です。「はじめに」にあるように本書は論文ではなく、マネジメントを専門とする著者が日本企業を独自の視点で解説したものです。

企業集団のルーツに日本企業の本質

本書は、日本企業について理解の深まる労作である。バブル経済の崩壊後、大手銀行が三つに集約されてからは、6大企業集団という言葉を目にすることはほとんどなくなった。それでも依然、巨大企業の4分の1程度が企業集団に属しており、韓国やASEAN諸国の財閥ほどではないにしても、日本経済におけるその存在感は大きい。本書は、「三井」「住友」「三菱」の3大財閥に焦点を当て、その歴史を通じて近代日本の経営史を記し、日本の企業集団の本質に迫ろうとしている。

明治期の財閥は非関連分野の多角化を一気に進めた。現在の発想だと、関連する事業に進出した方がリスクは小さく、シナジー効果も得られると思ってしまう。ところが当時の日本企業には技術やノウハウがないので、すでに海外で起きたイノベーションを導入すれば参入リスクはそれほど大きくなく、つまるところ「多角化していく分野は何でもよかった」。むしろ非関連分野の多角化を進めた方が、戦争に伴う景気変動や恐慌などに耐えることができたという。途上国ならではの経営戦略といえよう。

非関連多角化を進めるには潤沢な資金が必要となる。3大財閥はそれぞれ銀行だけではなく鉱業という資金源を持っていた。政府との距離の近さも、財閥形成期には強みとなった。これに対し、新興財閥の場合には多角化の度合いが低く、グループ内の「機関銀行」に資金調達を依存するケースも多かった。恐慌の際には銀行と事業会社が共倒れとなるリスクを抱えていたわけで、実際そうなったケースも目立つ。

とはいえ、3大財閥は政府に近いが故に、都合よく使われた歴史もある。2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』では、三井の大番頭だった三野村利左衛門が主人公の渋沢栄一と対立する悪役として描かれていた。
しかし本書によると、三井は政府によって散々振り回されたことが分かる。公金取り扱いの問題(戦費調達のため急な返済を求められた)で経営危機に追い込まれたり、政府から中央銀行の設立を頼まれ、わざわざ祖業の越後屋を切り離して準備したにもかかわらず反故にされたりしている。
三井はその後、渋沢栄一(当時は大蔵省にいた)に言われて第一国立銀行を設立したのにオーナーシップを取れず、別途に三井銀行を設立することになった。ドラマとは違い、財閥が政府との関係維持に苦労してきた姿を見てとれる。

※いつも羽田でお世話になっている電車です。

 

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『お金の知識があるだけで・・・』

R&I時代の同僚だった安藤真由美さんが最近、『お金の知識があるだけで あなたが見られるはずの とびきり輝く世界について』という長いタイトルの本を出したということで、拝読してみました。
安藤さんは金融業界で勤務した後、現在はコーチングやコンサルティングを多数手掛けるとともに、女性向けの各種講座を提供しています。

かわいい表紙から若い女性に向けた投資ガイドのように見えますが、もっと本質的な「女性の生き方」についての熱い書籍でした。いわゆる投資の話が出てくるのは、なんと220ページ以降です(全部で342ページ)。
安藤さんは「最高の投資は自分への投資」と言い、「お金はあなたの人生のためにある」「自分の人生の舵を他人に渡してはいけない」と説きます。おそらくコーチングや各種講座などの経験から、自分の軸がなく、自分らしいお金とのつきあいができていない人が多いことを痛感しているのでしょう。

男性には見えにくい、日本社会における女性の生きづらさを伝えてくれる記述も多く、思わず考えさせられます。例えば次のようなものです(本書218ページ)。

「自分がマイノリティになったとき、人は気をつかいます」「(女性は)マイノリティの立場にあるため気をきかさざるを得ない場合が多いのです」「自分は組織で生存するためにどういうキャラがいいか考えたことがないと思った方は、自然体で暮らせるという特権を持っている可能性があります」

209ページの「日本型雇用の組織のイメージ図(金融機関の例)」も多くの人に見てもらいたいですし、(マーケティング上はともかく)女性向けの書籍にとどめるのはもったいないと感じました。

※写真は台北に残る日本家屋です。

 

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『金融リスク管理を変えた大事件20』

金融リスク管理の「語り部」として、藤井健司さんが新たに『金融リスク管理を変えた大事件20』を出版しました。

拝読して改めて思うのは、2013年刊行の『金融リスク管理を変えた10大事件』から10年の間にも大事件が頻繁に起きていたという事実です。新型コロナだけではなく、アルケゴス事件やコインチェック事件、シリコンバレー銀行の破綻など、言われてみればリスク管理が試されるような事件が立て続けに生じ、金融機関のリスクマネジャーは休む暇がなかったのではないかと思います(笑)

すでに『10大事件』『10大事件+X』で書かれていた内容ではあるのですが、『大事件20』を読んでいて、デリバティブ仕組取引の記述に目が留まりました(第5章)。
1990年代に株価リンク債などの仕組債を積極的に購入していたのは、インカム収入がほしかった日本の生命保険会社でした。本書では仕組債について、アレンジする金融機関にとって収益性の高い業務であると述べています。

「仕組取引に組み込まれたスワップやオプション等のデリバティブ取引は相対取引であることから、そもそもその価格が外からはみえない。加えて、複雑な仕組取引を組成するためには、複数の複雑なデリバティブが組み込まれることになり、その原価ともいうべきストラクチャリングのコストは、機関投資家の側からは、よりいっそうわかりにくいものとなった。アレンジャーである金融機関は、複雑で手がかかる仕組取引をアレンジすることで多額の手数料を享受することができたのである。」
(本書94-95ページから引用)

歴史は繰り返されます。低金利が続くなかで、最近まで金融機関は個人・法人に向けて仕組債を積極的に提供していました。

1990年代前半のバンカーズ・トラスト銀行による不適切なデリバティブ販売が発覚し、その後バンカーズからクレディ・スイス銀行に移籍したデリバティブチームの活躍で、1990年代後半の日本で金融機関が餌食となりました。さらには2020年代になって、巨額損失事件でクレディ・スイス銀行は消滅してしまいます。
以前、ブログで書いたとおり、金融ビジネスでは健全な企業文化を育てることが重要かつ難しいのだと思い知らされます。

ということで、金融リスク管理の歴史を学びたい中堅・若手の金融パーソンだけではなく、シニアの業界人にも楽しく読める良書です。

※ガイドブックに出てきそうな写真ですよね。

 

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「ソウル おとなの社会見学」

10月31日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は大瀬留美子さんの『ソウル おとなの社会見学』です。
9月24日のブログは、この最後の1行(インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い)を書くために調べたものでした。
以下、引用となります。

旅に出れば見えてくるものがある

20年ほど前、希代の教養人として知られる出口治明さん(立命館アジア太平洋大学学長)と初めてお会いして、意気投合したことがあった。金融界では珍しい歴史学科出身の私が、「格付けアナリストとしてタテ(歴史)とヨコ(地理)を軸に考え、旅に出ることを心掛けている」と話すと、出口さんは大いに共感してくださった。もっとも出口さんは世界1,200都市を訪れている方なので、「意気投合」と言うのはおこがましいかもしれない。

旅に出ることをお勧めするのは、当然ながら「事件は現場で起きている」からであり、実際に足を運ぶとさまざまな気付きを得られるからである。私たちはコロナ禍でオンラインのありがたさとともに、リアルで会うことのメリットも再認識した。
とはいえ、旅に出て何かを見てやろうと思っても、予備知識次第で見えるものがまったく違う。通常のガイドブックに頼るのもいいが、本書のような「短期間の滞在では気付きにくく、興味を持たなければ通り過ぎてしまうテーマの鑑賞ポイントとうんちくをたくさん詰め込んだ」(本書から引用)書籍に巡り合うと、それまで見えなかったものが見えるようになるから不思議だ。

例えば本書では、ソウルの「渋い喫茶店」をテーマの一つに挙げている。ソウルの町を歩くと至る所にしゃれたカフェがあり、おいしいコーヒーやデザートにありつける。しかし、渋い喫茶店とはそのような所ではない。何十年も続く老舗のタバン(茶房)と呼ばれる喫茶店で、コーヒーはインスタントだったりする。ハングルの壁もあり、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。
また、都市部の河川や水路を地中化した暗渠(あんきょ)も興味深いテーマである。ソウルの都市化に伴い、多くの河川が暗渠化された一方、近年では暗渠となっていた川を、市民の憩いの場として復元した所もある。それぞれに経緯があって、著者のうんちくがふんだんに盛り込まれているのがいい。

旅に出るのを勧めるもう一つの理由は、自分の日常を客観的に見ることができるからである。ソウルは日本から近いといっても、外国である。本書を読んでソウルの町歩きを楽しむと、おのずと日本の現状と比べたくなるだろう。それに海外に行けばいやでも円安を実感するし、日本の存在感がどの程度なのかを考えるきっかけにもなる。
インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い。そろそろ積極的に海外に出るときではないだろうか。

※この3連休は福岡大学の学園祭(七隈祭)でした。

 

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2022年版の生保・損保特集号

週刊東洋経済の臨時増刊『生保・損保特集』2022年版が出ました。
例年どおりの社長インタビューに加え、生保・損保ともに金融庁レポートの解説があり、もう少し中村記者の面白い(鋭い)記事が読みたかったというのが全体としての感想です。この媒体では難しいのかもしれませんが…

そのなかで、ややマニアックではありますが、今回のイチ押しは、トムソンネットの板倉さんによる「世界市場で進む標準化 再保険ビジネスの展望」でした。この20年間で世界の再保険ビジネスがどのように変化し、日本の損害保険会社(元受会社)が現在どのような状況に置かれているかということを、なんと8ページにわたって述べています。
例えばこんな記述もありました。

「(再保険市場で生じた詐欺事件に関連して)再保険のように保険のプロ同士が相手にリスクを転嫁することで自社の財務保全を図るシステムは、もともと逆選択リスクを取引するババ抜きゲームであることを肝に銘じるべきだ」(85ページ)

「日本の損保市場の縮小が続く中、再保険市場から見れば、十分な保険料を得ることができない割には、大規模自然災害で巨額の再保険金を払わされる市場という印象を持たれても仕方がない状況ともいえる」(89ページ)

「アジアにおける再保険を含む外国系損保会社の出先機関のハブは、ほとんどの場合、東京ではない。(中略)東京は、アジアの保険市場のハブとはなりえないということを見せつけられている現象である」(同)

他の記事では、生保の乗合代理店の評価制度を取り上げた「代理店業界の注目集める業務品質評価制度の行方」が、部外者(=私)にも読みやすい記事でした(44ページ~)。
そもそも「業務品質」を評価できるのかという疑問はさておき(業界の自主規制のようなものと考えればいいのでしょうか?)、評価基準を作るうえで契約継続率について保険会社と代理店で意見が分かれ、結果として「(継続率を)定期的に把握・分析し、解約理由・経緯等を踏まえ、必要に応じて改善策を実施している」という評価基準に落ち着いたとのこと。
代理店側の主張は「毎年数多くの新商品が発売される環境で、継続率を気にするあまり、保障内容が見劣りする商品の契約を放置しておくのは、顧客本位に反する」というものだそうですが、顧客からするとやや違和感があります。

例えば定額の保険料を支払い続ける終身医療保険の場合、若いうちはリスクが小さいので、いわば割高な保険料を支払っている状態が続き、保険期間全体でバランスがとれるようになっています。ですから途中で解約してしまうと、確実に損をすることになるはずです(特に解約返戻金がない場合)。顧客本位ということであれば、解約・新規ではなく、既存の商品に新たな保障を追加するのが本来あるべき姿だと思うのですね。
まずは商品を提供するメーカー(保険会社)の問題ではありますが、代理店がそこまで踏まえたうえで主張しているのか、議論のなかでそのような話はなかったのか、知りたいところです。

※キリンコスモスフェスタに行ってきました(先週の写真です)。

 

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『生活に活かす共済と保険』

米山高生先生(東京経済大学教授)の最新刊『生活に活かす共済と保険』を読みました。「共済と保険はどこが同じで、何が違うのか?」をテーマにした著作で、共済のみならず、保険や保険会社について考えるための材料もたくさんありました。

保険会社のビジネスモデルに関する本書の記述は明快です。

「消費者からみれば、保険は現在のキャッシュと将来のキャッシュを交換する『金融商品』である。これを保険会社からみれば、約束した将来のキャッシュを確実に支払うという義務を負うものといえる」(50ページ)。

「他の金融商品と比べて保険商品の特別なことが二つある。第一に、将来のキャッシュ支払いが確率論的に決定されること、そして第二に、消費者のリスクを保険者が引き受けることである。保険会社のビジネスモデルの特徴を形成しているのは、この二つの要素であるといっても過言ではない」(同)

保険会社は約束した将来のキャッシュを確実に支払うという義務を負っているのだから、経営者が最優先すべきはその義務を確実に履行するための経営ということになります。

米山先生はこうも語っています。

「保険には、他の金融商品とはどこか違った『何か』がある。(中略)困った人のためにみんながおカネを拠出し、困った人を助けようという仕組みによって運営されているという面がある」(76ページ)。

「しかし自助の手段として保険・共済という『金融商品』を消費者として合理的に選択しているのなら、『たすけあい』もいいが、契約者保護をより確実なものとしてほしいというのが(消費者の)本音だと思う」(79ページ)。

この「たすけあい」についても深い考察がなされています。
本書では「たすけあい」のうち、リスクプーリングによって結果として生じるものを「たすけあいI」、団体内での内部補助によるものを「たすけあいII」として区別しました。そして前者は保険と共済が共有する機能で、後者は共済においてのみ存在しうると整理しています。

共済に「たすけあいII」が組み込まれやすいのはどうしてなのか。私自身はまだきちんと理解できていないところがあるとはいえ、人間が利他的な行動に対して価値を置くことを踏まえると、団体内での内部補助を(それを構成員が理解したうえで)許容する場があるのは不思議ではないのかもしれません。

※写真のC-3PO ANA JETに乗りました。

 

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『決戦!株主総会』

話題の書籍『決戦!株主総会 ドキュメント LIXIL死闘の8カ月』を読みました。
LIXILの件は全くフォローしていなかったので、本書を読んで、ワンマン実力者の影響力を排し、コーポレートガバナンスを機能させるのがいかに難しいかを思い知らされた気がします。

<以下ネタバレあり>

東芝もそうでしたが、LIXILもガバナンスが機能しやすいとされる指名委員会等設置会社でした。しかし、指名委員会や取締役会のメンバーを自分に近い人材で固めることで、創業家出身の実力者は思い通りにならないプロ経営者の首を切ることができてしまいます。
株主総会で会社提案および株主提案の取締役候補を選ぶとした場面でも、ISSやグラスルイスといった議決権行使助言会社は独立社外取締役の数が多いほどいいといった、形式面を重視する姿勢を示しました。

政府主導のガバナンス改革により、2014年には約2割しかなかった「2名以上の独立社外取締役を選任した上場会社」が、短期間のうちに100%近い水準となりました。指名委員会等設置会社は引き続き少ないものの、今や全体の6割以上の上場会社が指名委員会を設置しています。
とはいえ、「社長やCEOが意中の人物を呼び出して、『後は君に任せるから』と言い、それを取締役会が追認する。日本企業の後継者選びはほとんどがそんなプロセスを辿るのだろう」(本書342ページ)というのは、例えば日経新聞の「私の履歴書」を見ていてもうかがえます。当たり前なのかもしれませんが、形だけではガバナンスは機能しないということですね。

「あとがきに代えて」で著者は、2019年の株主総会後にLIXILのガバナンス改革が進んだ要因として、次の3つを挙げています。

・創業家出身の実力者に連なる取締役が一掃されたこと
・「名ばかり社外取締役」ではなく、役割を正しく理解し、自ら手足を動かす社外取締役の存在
・指名委員や社外取締役を、執行部を含む従業員が信頼していること

問題を抱えた会社では、まずは1つめをどうやって達成するか、ですねの。

※写真は「海に最も近い駅」と言われる島原鉄道・大三東駅です。

 

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『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読んで

2月に出たトムソンネット編『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読みました。1つのテーマが見開き2ページで完結していて(左が図表、右が文章)、これだけ多くの図表を用意するのはさぞ大変だったのではないかと思います。

数ある図表のなかで私にとって興味深かったのは生命保険市場に関するのもので、なかでも目を引いたのは「会社グループ別死亡率(契約高ベース)推移」と「第三分野支払給付金の発生率推移」でした(いずれも178ページ)。

まず、生命保険会社の死亡保険金支払額が保有契約高に占める割合を伝統系(日本生命など)、分社系(伝統系のグループ会社)、外資系、損保系、異業種系で比べた図表では、伝統系が着実に上昇しているのに対し、外資系と異業種系はほぼ横ばいとなっています。本書では、伝統系の上昇を「若年層顧客を外資系以下の3つのグループに奪われたことによる保有顧客の相対的な高齢化によるもの」と推測しています。契約高ベースなので、伝統系が死亡保険重視から第三分野重視に移行してきた影響も大きいのでしょうね。
ちなみに分社系と損保系は近年になって上昇していますが、特定会社の影響が大きいのかもしれません。

もう1つの第三分野の支払給付金は、2020年度に発生率が下がったものの、傾向としては徐々に上がってきているようです。ただし、上がったといっても、経過保険料に対する発生保険金額の割合が30%ちょっとということで、いくらなんでも発生率が低すぎるように思えてしまいます。
本書では「高齢化により、特に終身保障のある保険で将来的な発生リスクの増加が懸念されている」と解説しています。とはいえ、賦課方式ではないので、この図表の発生率がどうなるかは別として、個々の契約者の年齢上昇は保険料に織り込まれていて、保有顧客の高齢化はあまり問題がないように思います。むしろ心配なのは、環境変化などにより発生率のトレンドが変わってしまうことでしょう。そのリスクと今の発生率の低さをどう捉えるべきかは悩ましいところですが、終身保障を提供するのがいいのかという疑問にたどり着いてしまいます。

他にも興味深い図表がいくつもあり、勉強になりました。

※写真は糸島(福岡県)です。

 

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エンベディッド・インシュアランス

話題となっていた書籍「エンベディッド・ファイナンス」をようやく読みました。
日本語では「組込型金融」と言ったらいいのでしょうか。非金融企業が既存サービスに金融サービスを組み込んで提供することを指し、本書によると、フィンテックの潮流としては、「フィンテック企業の登場と金融機能のアンバンドル化」「オープンAPIによる銀行とフィンテック企業との協業実現」に続く第3の波に位置付けられるとのことです。

読んでいて気が付いたのは、エンベディッド・インシュアランス(組込型保険)の事例として紹介されているのは損保分野ばかりということです。モバイル端末の補償保険、ANAのキャンセル保険、テスラの自動車保険、マイクロソフトのサイバー保険などなど。
決済、融資、バンキング(口座提供や資金移動など)、保険、投資の5分野のうち、エンベディッド・ペイメント(決済)が最も先行しているのは、物を買うと代金の支払いが必ず伴い、組み込んでシームレスになることで利便性が高まったと消費者に実感してもらいやすいからだと理解しました。とはいえ、本書で紹介されていないだけで、事業会社が提供する商品・サービスの一環として生命保険や医療保険が組み込まれていて、消費者が自然な流れで加入するという事例はすでにありそうですし、今後増えていくのではないかと思います。

損保分野がエンベディッド・インシュアランスとの相性がよさそうなのは、損害保険は何かの商品・サービスを購入したり、利用したりするのと同時に加入することが多いからかもしれません。つまり、シームレスの程度はともかく、加入シーンとしてはもともとエンベディッドされているのですね。
大手損保の販売チャネルを見ても、保険専業の代理店による販売は全体の3割弱で、自動車ディーラーや整備工場、不動産業、金融機関、旅行業といった兼業チャネルが比較的大きなシェアを占めているようです。ですので、技術面の進展次第でエンベディッド・インシュアランスの流れが加速する可能性は高そうですし、あとは保険会社の戦略次第なのでしょう(卸売業者として黒子に徹する、自らがプラットフォーマーとなる、はたまた、時計の針を止める努力をする、などでしょうか)。
このあたりは専門家の話をうかがいたいところです。

※写真は大学近くの梅林(うめばやし)の梅です。

 

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