生保の国内公社債運用

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1284(2025.6.9)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。保険代理店向けの内容ではなかったかもしれませんが、生保決算関係の記事ということでご容赦ください。
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国内公社債の含み損が拡大

近年の長期金利の上昇で、生命保険会社が保有する国内公社債の含み損が注目されています。
生保は超長期の保険負債のリスクヘッジを目的に、多額の超長期国債を保有しています。約3年前、2022年3月末の30年国債利回りは1%を下回っていました。当時の大手生保4社(日本、第一、住友、明治安田)の国内公社債は6.6兆円の含み益でした。その後、25年3月末には利回りが2.5%に上昇し、4社の国内公社債は8.5兆円の含み損となりました。

5月26日のブルームバーグニュースは多額の含み損について、生保は一般的に債券を満期保有で保持しているとしたうえで、
(1)債券の時価が帳簿価格よりも50%以上下落した場合は、減損処理実施の可能性が生じる、
(2)大幅な金利上昇に伴う想定外の保険解約があった際には、含み損を抱えた債券の売却による現金化を迫られるなど損失計上につながる可能性もある、
(3)含み損の拡大は運用資産の配分でリスクを取りにくくする要因にもなる、
と述べています。

私の見解を申し上げると、まず(1)はそれほど深刻ではないと考えています。金利要因のみによる価格下落であり、償還時までには必ず額面に戻るため、その債券を持ち続けるという意思を示せるのであれば減損処理は不要なはずです。
(2)は銀行窓販の貯蓄性商品などでは解約が増える可能性があり、商品・チャネルによっては確かに注意が必要です。だからといって、あまりに非現実的な前提を置いて対応するのは、かえって資産構成を歪めることになりかねません。
これらに比べると(3)は意味不明です。金利上昇によって超長期国債の価格が下がる一方で、保険負債の価値も小さくなっています。時価ベースでみれば、生保の経営体力が低下して、リスクを取りにくくなったとは考えられません。来年には各社の経済価値ベースのバランスシートが公表されるので、この記述が意味不明であることがはっきりわかると思います。

債券の入れ替えとは

同じく5月26日の日経は、「生保は債券の長期保有を前提に運用しており足元の影響は限定的」としたうえで、「運用利回りの向上のためには債券の入れ替えが必要になる」と述べています。
日経は24年12月決算発表を受けた2月にも「保有資産の入れ替えが急務となっている」と報じています。
確かに25年3月期決算では、大手4社をはじめ、国内公社債の売却損を計上した会社が目立ちました(富国、ソニー、かんぽなど)。過去に購入した低い利率の債券を売り、利率の高い債券に入れ替える取り組みとみられます。

しかし、売却損を出して債券を入れ替えると、本当に運用利回り(投資のリターン)は向上するのでしょうか。
まずは株式で考えてみましょう。昨年3万円で買ったA社の株式が2万円に下がり、1万円の含み損となってしまったので、入れ替えることにしました。具体的には含み損となったA社の株式を売却し、1万円の売却損を計上したうえで、再びA社の株式を2万円で買いました。その後、株価が3万円に上がり、1万円の含み益となりました。
さて、3万円の株式投資のリターンは、入れ替えによって向上したでしょうか。株式投資のリターンとは含み損益の増減ではなく、投資金額がいくら増えたか(減ったか)なので、入れ替えしてもしなくても、リターンは変わらない(この事例ではゼロ)とわかります。

債券でも同じです。現在、残存期間が5年の国債は、利率0.1%の国債だと価格が約95円、利率2%の国債だと価格が約104円で流通しています。いずれの債券に投資しても、5年後のリターンは同じです。つまり、残存期間が同じ債券を入れ替えて、含み損を消したとしても、そこで高まるのは利率だけで、債券投資のリターンは向上しないはずです。
それにもかかわらず、売却損を出して債券を入れ替えるのは、生保が時価ベースの運用ではなく、利息収入をターゲットとした運用を行っているからなのかもしれません。利回りは同じでも、利息収入が増えれば基礎利益を増やすことができます。
とはいえ、皆さんは時価ベースのリターンをターゲットとしない投資家に資産運用を委ねたいと思うでしょうか。
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※週末は金融学会の大会で久しぶりの東大でした。

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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