15. 執筆・講演等のご案内

「生保の資産運用方針」

インシュアランス生保版(2021年11月号第4集)に執筆したコラムです。「主張」という名前のコラム欄なので、毎回できるだけ何かを主張するようにしています。
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毎年4月下旬と10月下旬になると、国内系の主要な生命保険会社の資産運用方針に関する記事が出る。直近では「主な生命保険会社による2021年度下期(2021年10~22年3月)の運用計画が27日、出そろった。米国を中心により高い利回りが見込める社債を計6200億円程度、積み増す計画だ」(10月27日の日経電子版より引用)といった記事があった。この報道によると、下期は外国社債投資を増やす会社が目立つとのことだ。

不思議なことに、報道される各社の資産運用方針は一部の報道機関にしか公表されず、契約者をはじめ一般には示されていない。この10月には少なくとも日本生命、第一生命、住友生命、明治安田生命、太陽生命、かんぽ生命が資産運用説明会を開催した模様だが、そこでどのような情報が示されたのかは報道を通じてしか知ることができない。決算発表前のこの時期に、主要生保はなぜメディアに限定した情報開示を行うのだろうか。

疑問は他にもある。生保各社は何のため、誰のために資産運用方針をメディアに公表しているのだろうか。
もし自社の経営内容を伝えるためだとしたら、受け手としては情報の取り扱いに気を付けなければならない。なぜなら、会社によって足元の支払余力の余裕度も、リスクテイク方針も異なるはずなので、例えば同じ「オープン外債を○○億円増やす」という内容でも、その意味は違ってくるからだ。
個社情報の伝達ではなく、金融市場参加者に向けたマーケット情報として資産運用方針を説明しているのかもしれない。そうだとしたら、個社の運用方針の違いに意味はない。全体としてどのような資産を増やす/減らすのかが伝わるような情報提供を行うべきだ。

困ったことに、報道された生保の資産運用方針の実行状況を後から確認しようとしても、決算発表資料やディスクロージャー誌ではわからないことも多い。例えば各社が外国社債への投資を増やす方針だとして、実際どうだったのかを調べようとしても、一部の会社を除き、信用格付け別の開示はないし、そもそも外国社債の残高が公表されていない。為替ヘッジの状況はデリバティブ取引の時価情報でかろうじて推測できるものの、外貨建負債(公表されていない)が少ないことが前提である。先に引用した日経記事に「30年物を軸に超長期の日本国債を買い入れる動きも続く」とあるが、決算発表資料等には「10年超」というくくりの開示しかなく、本当に30年債を軸に購入したのか確認しようがない。

生命保険会社は資産運用方針を一部報道機関のみに説明するのではなく、決算発表時でいいので一般にも公表すべきである。そして少なくともその説明が確認できるような情報開示が必要だ。メディアも単に保険会社が説明する資産運用方針を報じるだけでは、仕事をしたことにはならない。
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※友泉亭公園は黒田藩の別荘だったところです。

 

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新聞は保険会社の経営情報をどう伝えているか

今週のInswatch Vol.1110(2021.11.8)に掲載されたものです。
日本保険学会の全国大会ではこのような報告をしました。
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日本保険学会で報告

10月23日から24日にかけて、日本保険学会の全国大会がオンラインで開催されました(私は福岡から参加)。全国大会は年1回開かれていて、研究者による報告と2つのパネルディスカッション、特別講演や招待報告が主な内容となっています。
今回のパネルディスカッションは「レジリエンスから見た地震リスクと地震保険」「地震リスクに対する企業保険制度の課題」と、いずれも地震リスクに関するものでした。

報道内容の固定化

私は24日の午前中に「保険会社の情報開示とメディアの役割」を報告しました。過去20年間における新聞(日経、朝日、読売)による生損保の決算報道を調査したところ、2000年代前半には各紙が多様な報道を展開していたのに対し、その後は報道内容が固定化していることがわかりました。とりわけ生保決算では、主要会社の「保険料等収入」と「基礎利益」を報じておしまいというパターンが続いています(損保決算は3メガ損保グループの「正味収入保険料」「連結当期純利益」を報じることが多い)。
事業会社と違い、保険会社の経営内容はいわば商品・サービスの一部となっています。もし保険会社の経営が傾けば、将来の 保障(補償)が危うくなりますし、有配当契約の場合には、業績が順調であれば配当還元を期待できます。1年契約が主流の損害保険でも、経営内容は契約更改時の保険料率に影響を与えます。
しかし、経営情報を必要とする消費者(現在および将来の保険契約者)にとって、新聞が掲載するこれらの指標は有益な情報なのでしょうか。いずれも経営の健全性を示すものではありませんし、生保の基礎利益には資産運用収益の一部しか反映されず、損保の当期純利益は異常危険準備金の繰入・戻入に大きく左右されます。

ニュースバリューと新聞社固有の事情が影響

こうした決算報道の固定化の背景を探るため、メディア論の先行研究にあたったほか、主要生損保グループ(相互会社生保5社、上場生保グループ3社、3メガ損保グループ)の広報部門と、メディア関係者(保険担当経験がある記者)へのインタビュー調査を行いました。
そこで見えてきたのが、メディアによるニュースバリューの判断と、報道機関固有の事情です。
新聞は原則としてニュースバリューがあると自身が判断したものを報じます。ですから、近年の保険会社決算にはニュースバリューが小さい、すなわち読者の関心がないと判断していると言えます。読者の関心とは必ずしも読者にとって重要かどうかではなく、注目を集めるかどうかのようです(やや乱暴に表現しています)。
報道機関固有の事情としては、記者に専門性を求めず、頻繁な人事異動を行うことや、新聞社を取り巻く厳しい経営環境のもとで紙面や担当者が減っていること、社会部や政治部の記者とは違い、経済記者は受け身でも最低限の業務ができてしまうことなどが挙げられます。

新聞の苦境が浮き彫りに

特に後者は出口の見えない深刻な状況です。新聞発行部数は年々大きく減っていて、デジタル版へのシフトもあまり進んでいません(日経を除く)。コスト削減のために一般紙では記者が様々な業種を兼務するようになり、なかには保険会社の決算記者会見に参加しない(物理的にできない)ところも出てきているそうです。
このまま事態が進むとどういうことになるか。ネットの経済ニュースの多くも元をたどれば新聞記者によるものだったりしますので、新聞社が既存のビジネスモデルにこだわり続けるのであれば、網羅的かつ信頼できる経済ニュースは絶滅してしまうかもしれません。
今回の研究はあくまで保険会社の決算報道に限ったものではありますが、図らずも新聞の苦境が浮き彫りになりました。
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※NHK福岡に行きました(ATM利用のため)

 

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保険学会の全国大会で報告

10月23日から24日にかけて、日本保険学会の全国大会がオンラインで開催されました。
オンライン開催なので、懇親会等での非公式な意見交換ができないのは残念なのですが、大会に参加しやすいというメリットはありますね。私も福岡にいながらにして報告を行うことができました。

情報開示とメディア

私は3月の九州部会に続き、全国大会でも保険会社の経営情報の伝達について報告しました。
過去20年間の決算報道を調査したところ、平時における報道内容が固定化していることを「発見」したので、その理由を探るため、主要保険会社の広報部門(およびメディア関係者)へのインタビューを行いました。その結果、報道固定化には「メディア自身によるニュースバリューの判断」「報道機関固有の事情」が影響していることが見えてきました。
報告の詳細は今後どこかでご覧いただけるかと思います。

地震リスク

今回の大会では土曜日のシンポジウム、日曜日の共通論題がいずれも地震リスクに関するものでした(金融庁の栗田監督局長による特別講演でも自然災害リスク関連の話がありました)。
シンポジウム「レジリエンスから見た地震リスクと地震保険」は個人の地震リスクと家計向け地震保険についての発表とディスカッション、共通論題「地震リスクに対する企業保険制度の課題」は企業の地震リスクとその対応状況についての発表とディスカッションという内容で、特に後者は知る人ぞ知るという内容だったかもしれません。

共通論題を聞いたうえでの私見ですが、企業の地震リスク対応が進んでいない根底には、日本企業に資本コストを意識した経営が浸透していないことや、そもそも大企業と言えども実質的に事業部門の集合体で、コーポレート部門の機能が弱いという問題があるのだと理解しました(共通論題ではそこまで突っ込んだ議論にはなりませんでしたが)。

なお、シンポジウムではお二人の先生が、地震保険の危険準備金取り崩しをもって「破綻の危機」「財政に懸念」とおっしゃっていて、この点はよくわかりませんでした。
民間準備金が取り崩されてから、官民負担スキーム修正(民間負担分を下げる)までのタイムラグの問題があるとはいえ、地震保険は超長期の収支均衡を意識したプライシングがなされ、政府が再保険というかたちでバックアップするしくみです。もし民間準備金が枯渇し、新たな準備金の蓄積まで政府負担が大半を占めるスキームになったとしても、それをもって「破綻」とみなすのは私には抵抗があります。この保険の存続可能性を問題視するのであれば、論点はリスクに応じたプライシングがなされているか、ではないでしょうか。

※ハロウィンまであと1週間ですね。

 

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生保の乗合代理店

今週のInswatch Vol.1106(2021.10.11)に掲載されたものです。
生保代理店関連のデータがもう少し出てくるといいのですが(特に取り扱い保険料関連)。
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乗合代理店の業務品質評価

先週の本誌(10月4日号)で編集人の中崎さんが、生命保険協会が公表した乗合代理店の業務品質に関する検証について紹介していました。生命保険協会のサイトでスタディーグループの「業務品質評価運営(案)」(*第16回資料3)を確認すると、実態調査にかかるコスト(30万円超を想定)は評価を受ける代理店が負担し、年間150~200店を評価できるようにするそうです。

ただし、一般への公表は「評価付けを獲得した代理店」のみ行うとのことで、「評価付けなし」となった代理店名の公表はなく、「業務品質評価運営に同意いただいた●●●社を対象としており、そのうち、一定項目の充足が確認できた代理店は●社」という情報開示になる模様です。消費者には(あくまでこの基準において)評価が低い代理店と、そもそも評価を受けていない代理店の違いはわかりませんが、消費者が一定水準の評価となった代理店を選ぶことができるという仕組みです。

保険業界による自主的な取り組みとして、業界を挙げて乗合代理店の品質向上を図ること自体は高く評価できると思います。しかし、いざ始まってみたら、基準策定に関わった代理店ばかりが公表されていた、なんて結果になってしまうと、評価制度そのものの信頼性が揺らいでしまいます。評価が高い代理店をできるだけ早期に増やすとともに、マッチポンプと思われないような評価制度の運営体制を築く必要がありそうです。

大型乗合代理店への集中

ところで、同じ資料に「(ご参考)代理店数について」という記載があり、2020年12月時点の代理店数などが載っていました。

 生保の全代理店   82,165店
 うち乗合代理店   21,939店
 うち募集人50名以上  1,132店

上記の通り、生保の全代理店に占める乗合代理店の割合は27%と、損保代理店の23%(2020年度末)とそれほど大きな違いはありません。募集人数とあわせて見ると、損保では募集人のうち73%が乗合代理店に所属しているのに対し、生保代理店では募集人の90%が乗合代理店に属していることが示されています。専属の募集人の多くは営業職員として保険会社に採用されていると考えられます。

他方で、乗合代理店の募集人の約9割が、全部で1千店程度しか存在しない、募集人50名以上の代理店に所属していることもわかりました。金融機関のように、稼働率の低い募集人を多く擁する乗合代理店もあるでしょうから、募集人の数がそのまま契約に直結するわけではないにせよ、おそらく代理店チャネルにより獲得した生命保険契約のうち、これら大型の乗合代理店による割合はかなり大きいと考えるのが自然です。

市場シェアの大きい(と思われる)大規模な乗合代理店をターゲットに業務品質の向上を図り、対応できない中小規模の代理店には市場からの退出を促すのか。そうではなく、規模とは関係なく、代理店全体の業務品質の底上げを目指すのか。メーカーとしての生命保険会社はどちらを意図しているのでしょうか。
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※写真は福岡城址からの景色です。

 

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「一人一冊」の振り返り

週刊金融財政事情 2021年9月21日号の書評「一人一冊」に投稿した記事が載りました。
せっかくなので、直近のものだけではなく、2020年以降の投稿を振り返ってみることにしましょう(敬称略)。

小城武彦『衰退の法則』東洋経済新報社(2017年5月)

こちらが直近号で紹介した書籍です。
事業環境の変化にうまく対応できずに衰退を続け、ついには破綻してしまった日本企業に共通した特徴があることを、学術的に示しています。とりわけ目を引いたのは、破綻企業と優良企業には意外にも共通点が多いという分析結果でした。

戸田山和久『「科学的思考」のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス』NHK出版新書(2011年11月)

2021年4月20日号の掲載です。
「科学的に考えるとはどういうことか」「問題の解決を科学・技術の専門家だけに任せていいのか」を述べています。以前にも触れましたが、学生ばかりでなく、社会人にもおすすめです。

夏目英男『清華大生が見た最先端社会、中国のリアル』クロスメディア・パブリッシング(2020年3月)

2020年12月14日号の掲載です。
本書はアジアトップレベルの清華大学で学び、かつ、世界最先端と言われる中国のデジタル革命による生活の劇的な変化を自ら体感した著者によるものなので、若い目線で見たリアルな中国の姿を知ることができます。

吉田滋『深宇宙ニュートリノの発見』光文社新書(2020年4月)

2020年7月27日号の掲載です。
私と同世代の宇宙物理学者による日々の悪戦苦闘を生々しく記したもので、読めば読むほどうまくいかないことの連続で、華々しい発見の裏には数多くの困難があったことがよくわかります。

沢渡あまね『仕事ごっこ その“あたりまえ”、いまどき必要ですか?』技術評論社(2019年7月)

2020年4月20日号の掲載です。
形骸化した仕事や慣習、仕事のための仕事といった「仕事ごっこ」をなくしましょうというメッセージを、童話を使って非常にわかりやすく訴えています。
そういえば沢渡さん、財務局からの講演依頼でひどい目にあったそうで、その顛末を記したnoteが話題になっていました。

天野馨南子『データで読み解く「生涯独身」社会』宝島社新書(2019年7月)

2020年1月13日号の掲載です。
「50歳になっても一度も結婚歴のない男女が急増している」という日本のリアルな姿について、様々なデータを用いて説明しています。「長期子どもポジション・キープ」が未婚化に影響しているかもしれないという考察は、私にはショッキングでした。

もう少しさかのぼると、こんな感じです。

2019年9月30日号:平山賢一『戦前・戦時期の金融市場 1940年代化する国債・株式マーケット』日本経済新聞出版社(2019年4月)

2019年7月1日号:円谷昭一『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」─大量データからみる真実─』同文舘出版(2017年12月)

2019年3月11日号:後藤康浩『アジア都市の成長戦略 「国の経済発展」の概念を変えるダイナミズム』慶應義塾大学出版会(2018年6月)

2018年11月12日号:高槻泰郎『大坂堂島米市場』講談社現代新書(2018年7月)

2018年8月20日号:八代尚宏『脱ポピュリズム国家』日本経済新聞出版社(2018年5月)

2018年4月9日号:大門正克『語る歴史、聞く歴史 オーラル・ヒストリーの現場から』岩波新書(2017年12月)

2017年12月4日号:小坂井敏晶『社会心理学講義<閉ざされた社会>と<開かれた社会>』筑摩書房(2013年7月)

2017年7月17日号:田邉裕『新版 もういちど読む山川地理』山川出版社(2017年4月)

2017年3月13日号:加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社(2016年8月)

2016年11月14日号:藤井健司『日本の金融リスク管理を変えた10大事件』金融財政事情研究会(2016年9月)

2016年6月13日号:ラウル・アリキヴィ/前田陽二『未来型国家エストニアの挑戦』インプレスR&D(2016年2月)

2016年3月21日号:城山三郎『男子の本懐』新潮文庫(1983年11月)

2015年12月7日号:ティモシー・F・ガイトナー『ガイトナー回顧録 金融危機の真相』日本経済新聞出版社(2015年8月)

2015年9月21日号:松本茂『海外企業買収 失敗の本質 戦略的アプローチ』東洋経済新報社(2014年11月)

2015年6月29日号:花崎正晴『コーポレート・ガバナンス』岩波新書(2014年11月)

2015年3月16日号:倉都康行『12大事件でよむ 現代金融入門』ダイヤモンド社(2014年10月)

2014年12月1日号:入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか』英治出版(2012年11月)

この書評「一人一冊」は自分で書籍を選ぶという恐ろしい企画でして、何が恐ろしいかというと、選んだ書籍と書いたコメントを通じて自分がさらけ出されてしまうのですね。ご覧になった皆さん、いかがでしょうか。

 

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ディスクロージャー誌の公表(活用編)

今週のInswatch Vol.1102(2021.9.13)に掲載されたものです。生命保険協会のサイトは何とかしていただきたいですね。ご参考まで。
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前回(8月9日号)に続いてディスクロージャー誌に関する話です。
私は以前から、生保決算報道の定番となっている「保険料等収入」という指標は、事業会社の売上高にあたるものではないし、生保の経営情報を必要とする消費者(現在および将来の契約者)に伝えるべき情報として適当ではないと主張してきました。今回はその理由を、公表されたディスクロージャー誌を使って説明してみましょう。

保険料収入の多くは既契約によるもの

一部の会社を除いて、保険料収入の多くを占めているのは次年度以降保険料、つまり、当年度よりも前に獲得した契約から得られた保険料です。
論より証拠。ディスクロージャー誌に掲載されている日本生命と第一生命の数字を見てみましょう
(2020年度の個人保険・個人年金保険の合計。単体ベース)。

<日本生命> 
初年度保険料   0.5兆円
次年度以降保険料 2.5兆円
合計       3.0兆円

<第一生命> 
初年度保険料   0.1兆円
次年度以降保険料 1.4兆円
合計       1.5兆円

こうした数値は決算発表時点では入手できません。保険料収入は当年度に保険料として入ってきたお金というだけなので、業績や販売力を示すものではないことがよくわかります。各社のその年度の業績を知りたいのであれば、保険料収入ではなく、新契約年換算保険料のほうがより適切だと言えます。

預かり資産の受け入れは売上高なのか

こちらの数字もご覧ください。20年度における大手4社(日本、第一、住友、明治安田)合計の保険料収入の内訳です。この数字も各社のディスクロージャー誌で入手しました。カッコ内は19年度との差額です。

保険料収入  11.1兆円(▲0.6兆円)
 個人分野   7.9兆円(▲0.4兆円)
 うち一時払  0.8兆円(▲0.4兆円)
 団体年金   2.2兆円(▲0.2兆円)

ディスクロージャー誌で確認すれば、20年度に保険料収入が減少したのは個人分野(個人保険、個人年金)の一時払保険料が減ったことと、団体年金保険の保険料が減ったことだと説明できます。
一時払の生命保険は貯蓄性の極めて強い商品ですし、団体年金は企業年金向けの資産運用商品です。したがって、20年度に保険料収入が減ったのはコロナ禍で販売が制約されたからというよりは、低金利などの影響で受け入れた額(≒貯蓄保険料)が減ったためだとわかります。
銀行の決算発表で、預金の残高を示すことはあっても、当年度の預金受け入れ額を示し、前年度と比べて増えた、減ったと一喜一憂するようなことはありません。同じように生保の決算でも、保険料収入は貯蓄保険料の増減で数値が大きく変わってしまうので、顧客基盤の大きさの手掛かりにも、成長性を表すことにもなりません。預かり資産の規模が重要というのであれば、総資産を見るべきです。

誰が保険料収入にこだわっているのか

調査したところ、全国紙では15年以上もの間、生保決算の主要指標として「保険料等収入」を掲載しています。これだけ続くということは、大手をはじめとした生保業界がこの状況を許容しているのでしょう。実のところ、金融庁も半期ごとに公表している決算概要のなかで「保険料等収入」を掲載し、動向を説明しています。

もしかしたら、会計(損益計算書)の一項目だから数値が信頼できる、比較可能性があると皆さん考えているのでしょうか。
しかし、いくら「数値が信頼できる」「比較可能性がある」といっても、その数値が表している内容に意味がなければ指標として不適切です。ディスクロージャー誌を活用することで「保険料等収入」がどのような指標なのかご理解いただけたと思います(ちなみに「等」は再保険収入です)。会計上の「保険料等収入」を重要指標としてそのまま使い続けるのは、そろそろ終わりにしたほうがいいのではないでしょうか。

なお、ディスクロージャー誌(名称は「○○生命の現状」「アニュアルレポート」「統合報告書」など)は各社のサイトのほか、生命保険協会のサイトにも一括掲載されています。後者は大変便利なのですが、執筆にあたり確認したところ、なぜか肝心のデータ編が掲載されていない会社もあるようなので、その際には個社サイトへのアクセスが必要です。
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※佐賀県小城市は「羊羹王国」なのだそうです。

 

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ディスクロージャー誌の公表

今週のInswatch Vol.1097(2021.8.9)では保険会社のディスクロージャー誌について書きました。ご参考までにブログでもご紹介します。
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前回は1回目のワクチン接種(モデルナ)での副反応についてお伝えしましたが、2回目ではちょうど24時間後に微熱が出て、それが9時間くらい続きました。熱があっても体調は良好で、食欲もあります。接種した左腕の筋肉痛のほか、なぜか腰の右側が痛くて、これらはまだ数日続きそうです。副反応は個人差が大きいですね。ご参考まで。

生損保がディスクロージャー誌を公表

早いもので、今年も保険会社のディスクロージャー誌が出揃う時期となりました(会社によっては「統合報告書」となっています)。さっそく、いくつかの会社のディスクロ誌をざっと確認したところ、近年のコーポレートガバナンス改革の一環として上場会社が情報開示の拡充を求められていることなどを踏まえ、前半の「本編」の記述を大幅に見直した会社があるようです(例えば明治安田生命など)。
ただし、後半の「データ編」の記述には大きな変化はなさそうです。こちらは新たなソルベンシー規制の導入(2025年の予定)とともに掲載内容の充実が図られることを期待することにします。

なぜ経営情報が必要なのか

そもそも保険会社の経営情報が市場関係者だけでなく、保険の利用者にもなぜ必要とされているのか、改めて考えてみましょう。
事業会社の場合、その会社の商品やサービスの利用者だからといって、それを提供する会社の経営内容を知る必要はあまりありません。会社の経営内容が悪化すると、商品やサービスの内容や品質が悪化する可能性もありますが、あくまでも間接的な影響です。ですから、事業会社の経営情報を必要としているのは専ら株主などの市場関係者となります。
これに対し、保険会社の場合、会社の経営内容はいわば商品・サービスの一部となっています。もし、保険会社の経営が傾けば、将来の保障(補償)が危うくなり、破綻した場合には利用者が損失を被ります。さらに、有配当契約であれば、利用者は保険会社の経営内容に応じた配当を期待できます。ですから保険会社の経営情報を必要としているのは市場関係者だけでなく、利用者(現在および将来の保険契約者)にも必要なのです。
だからこそ、保険業法第111条で経営情報の公衆縦覧が規定され、毎年ディスクロージャー誌が公表されています。

経営情報はどう伝わるか

とはいえ、平時に保険会社の経営内容に関心を寄せる利用者は少ないのではないでしょうか。保険の利用者は保障(補償)を得るために保険会社と契約しているので、株主などの市場関係者と違い、保険会社の経営情報を自ら得ようという動機に乏しく、平時であれば、おそらく保険会社の信用リスクを負っているという意識もありません。この20年間、個人分野の配当が低く抑えられてきたこともあり、配当を期待して生命保険に加入した人もごくわずかでしょう。
メディアによる情報伝達も20年前に比べるとかなり減っていて、かつ、画一的なものとなっています。保険会社の決算発表を継続して報道している全国紙の記事を確認したところ、近年の生保決算は「保険料等収入」と「基礎利益」、損保決算は「正味収入保険料」と「当期純利益」を報じるパターンが圧倒的に多く、情報源として不十分な状態が続いています。

ディスクロージャー誌の分量は多く、読みこなすのは大変です。しかも、経営データとして十分な内容かといえば、特に生保については外部環境や経営実態等の変化に開示項目が追いついていないと感じます。
とはいえ、保険の利用者にとって有用な情報が掲載されているのは間違いありません。例えば「業績ハイライト(主要な経営指標を掲載)」「直近5事業年度における主要業務の状況」をフォローすれば、その会社の大まかな経営内容がつかめますし、会社によってはESR(経済価値ベースの健全性を示す指標)や「重要リスク」などの情報も公表しています。保険販売に関わるかたは、平時からこれらの情報に接しておくべきではないでしょうか。
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※写真は福岡・篠栗町にある山王寺です。

 

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法人税のいびつな構造

今回のブログはインシュアランス生保版(2021年8月号第1集)に執筆したコラムのご紹介です(見出しはブログのオリジナルです)。
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国の税収が過去最高を更新

財務省によると、2020年度の国の税収総額が前の年度を4%上回り、過去最高を更新した。コロナショックの影響で名目GDPが4%も減ったにもかかわらず、法人税は増え、19年10月の税率引き上げ効果もあって消費税も増えた。もっとも、一般会計の歳出はコロナ対応もあって税収の2倍に膨れ上がっていて、増収効果は霞んでしまっている。

名目GDPが減っても法人税が増えたのは、「携帯電話やゲーム、自動車、食品といった産業の業績が好調」「米国や中国などの景気回復の恩恵もあり、製造業を中心に業績は底堅い」(いずれも日本経済新聞より引用)とのこと。08年のリーマンショック後には法人税が大きく落ち込んだのとは対照的である。新型コロナの影響で観光業や飲食業を中心に売り上げが大きく落ち込み、各種の中小企業支援策が実行されている状況なのに、「業績が底堅い」とはどういうことなのか。
推測を含むが、今回のコロナショックで影響を受けた中小企業は、もともと法人税をあまり納めていなかったので、税収への影響が小さかったと考えると、納得がいく。

誰が法人税を納めているか

最近公表された国税庁による令和元年度分の会社標本調査によると、利益計上法人は全体(274万社)の38%にすぎず、6割以上が欠損法人である。しかも、当年度の法人税11兆円のうち、会社数では0.6%にすぎない資本金1億円超の法人が約5割を負担し、資本金5千万円超(会社数では2.5%)まで広げると約6割を負担している。つまり、法人税の多くを負担しているのは少数の大企業であり、中小企業は法人税をあまり納めていないという実態が浮かび上がる。

このところ欠損法人の割合は年々下がっている。12年度には70%だったものが、19年度は61%となった。ただし、この間の変化は景気回復による業績の改善を示しているというよりは、高齢化に伴う廃業のほか、国税庁の尽力により、節税対策が年々難しくなってきたことも大きいように思う。経営者の皆さんにも心当たりがあるかもしれない。それでも6割の企業が法人税を納めていないというのはまともな状態ではない。

適切な支援のあり方は

こうした法人税のいびつな構造を踏まえると、政府が税収を増やすには中小企業への補助金的な支援ではなく大企業の生産性向上を支援し、かつ、消費税を支払う消費者を支援するのが合理的という結論になる。おそらく財務省はそんなことはわかっているのだろうけど、政治からの要請もあり、何かあると「中小企業支援」となってしまうのだろう。
見込みを上回った税収も、経済対策として多くが中小企業向けに使われてしまいかねない(国債の償還財源となる分を除く)。給与天引きによって確実に税金を徴収される勤め人のひがみに聞こえるかもしれないが、実際に誰が税金を納めているかを明確に示し、そのうえで税金の使い道を議論してほしい。
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※写真はハウステンボスの夜景です

 

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なぜ「他社の経営経験」なのか

7月16日(金)に日本代協 阪神ブロックWebセミナーで講師を務めました。
演題は「2020年度決算にみる大手損保グループの経営戦略」で、大手損保グループの経営が依然として市場環境の変動によって大きく振れることや、損保4社の各種指標の違いなどをご覧いただいたうえで、中期経営計画の注目点をお話ししました。いかがでしたでしょうか。

阪神ブロックといってもzoomを使ったセミナーだったので、私は福岡でスピーチを行いましたし、おそらく参加者の皆さんも各地に広がっていたのではないかと思います。懇親の場がなく、参加者の反応がわからないのは残念ですが、便利な時代になりました。

社外取締役の要件

最近、授業でコーポレートガバナンスの話をしていて、改めて気になったことがあります。
現在のコーポレートガバナンス・コードの補充原則4-11①の最後に、「独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである」とあるのをご存じでしょうか。2021年6月の改訂時に加わった文言です。
CGコード(修正履歴付きPDF)

改訂について議論したフォローアップ会議の資料によると、「独立社外取締役には、企業が経営環境の変化を見通し、経営戦略に反映させる上で、より重要な役割を果たすことが求められるため、他社での経営経験を有する者を含めることが肝要」なのだそうです。
しかし、そもそも日本のコーポレートガバナンス改革は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すものであり、その背景には日本企業の経営陣が適切なリスクテイクをせず、株主に求められる資本コストを上回るリターンを総じて稼げておらず、世界に差をつけられてしまっていることがあります。それなのに「他社の経営経験を有する者を含めるのが肝要」とはどういうことでしょうか。
他社の経営経験者となると、多くの場合、日本企業の社長OBなどが候補になることを想定しているのでしょう(CEO等の経験者に限られるという趣旨ではないとはありますけど…)。しかし、過去30年間の日本の経営が総じてうまくいかなかったから、政府がガバナンス改革を進めているのですよね。どうしてこのような改訂になったのでしょうか。

なお、ガバナンス特集を組んだ週刊東洋経済(2021年7月10日号)のインタビュー記事で、東レの日覺社長は「(企業によって事業や状況は全く異なるので)よその経営経験者に社外取をお願いして経営方針を相談し、「いい意見をもらった」と喜ぶトップがいるのならば、そのトップはすごくレベルが低いから今すぐ辞めたほうがいい」と語っていました。
日覺社長は「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」とも語っていて、私の問題意識とはやや異なるようですが、社外取締役に何を期待するのかを考えると「他社の経営経験を有する者を含めるのが肝要」という結論にならない点は同じでした。

※15分の船旅を楽しみました。

 

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火災保険の元受保険料と出再保険料

今週のInswatch Vol.1093(2021.7.12)では火災保険の出再保険料について書きました。ご参考までにブログでもご紹介します。
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幸いにも大学の集団接種枠を活用できたので、さっそく1回目のワクチン接種(モデルナ)をしたところ、夜になって微熱が出たり、体がだるくなったりしました。微熱はすぐに下がり、体のだるさも翌朝にはなくなりましたが、接種した左腕の筋肉痛は終日続きました。
接種会場で医師から、「2回目の後は症状が出ることが多いので、予定を入れないほうがいいですよ」と言われました。しかし、1回目でもこうした反応が出ることもありますので、ご参考にしてください。

火災保険の収益改善が進むか

6月25日のinswatchプロフェッショナルレポートでは、大手損保グループの20年度決算について、独自の視点でご紹介しました。そこでは触れなかったのですが、このところ大手損保では、総じて火災保険の元受保険料の伸びを上回るペースで出再保険料が増える傾向が見られます。20年度の各社の元受保険料に占める出再保険料の割合は次のとおりです。

東京海上日動 39.7%(前期比+0.6ポイント)
三井住友海上 43.6%(前期比△2.8ポイント)
あいおいND 42.5%(前期比+1.3ポイント)
損保ジャパン 42.8%(前期比+0.5ポイント)

この背景には、日本の自然災害発生だけでなく、数年前から世界の再保険市場が料率上昇トレンド(いわゆるハードマーケット)になっていることが挙げられます。ハードマーケットで日本の保険会社が前年度と同じ再保険カバーを購入するには、前年度よりも高い再保険料を支払う必要があります。それが嫌だったら再保険カバーを縮小し、自らリスクを引き受ける部分を増やすしかありません。開示情報からは各社の対応状況を正確につかむことはできませんが、出再を抑えた会社もあるように見えます。
世界的には、ハードマーケットは損害保険会社の収益改善が進む経営環境と見られています。原油価格が上がればガソリン代が上がるのと同じように、再保険市場がハード化すれば元受の保険料率も上がるのは本来の市場の姿です。ところが日本では保険料は公共料金のような扱いを受けたり、企業との長期的な関係を意識したりするあまり、価格転嫁が難しい状況が続いてきました。各社とも火災保険の収益が低迷しているのは大規模な自然災害の発生というだけではなく、リスクに見合った保険料を得られていないためと考えられます。
ERM経営を標榜する各社がリスクに応じたプライシングをどこまで追求できるのか、今年度以降の火災保険の収益に注目しましょう。

元受保険料の多くを出再する会社もある

ところで、外資系の損害保険会社では、元受保険料に比べて正味収入保険料が極端に小さい会社がしばしば見られます。例えば、AIG損保の火災保険の正味収入保険料は19年度も20年度も元受保険料の約17%、チャブ損保も約19%です(19年度)。アリアンツやチューリッヒのように火災保険の元受保険料の大半を出再しているところもあります。
これらの会社は多くの場合、同じグループ内の保険会社に出再し、グループ全体で再保険管理を行っていると考えられます。グローバル保険グループとしての引き受け規律を求めるため、国内勢に比べ、総じて市場原理をより意識した引き受けとなる傾向が強いようです。ただし、これだけ出再割合が大きいと、もし何かの理由でグループからの規律が緩んだ場合、日本の会社としての引き受け規律が働くのかと、少し心配になります。
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※梅雨明けしました。キャンパスも暑いです。

 

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