15. 執筆・講演等のご案内

メソポタミア文明の保険類似制度

まずはセミナーのご案内です。
今年も損保総研でセミナー講師を務めます。演題は「保険会社経営の今後を探る~新たな健全性規制の導入を見据えて~」で、7月9日(水)18時から。Zoomライブ配信です。
損保総研では2000年以降、ほぼ毎年講師を務めていて、決算データを踏まえた保険会社の経営内容や健全性規制の動向など「定点観測」をお伝えする機会となっています。うっかりしていて、締切直前のご案内となってしまいました。7月2日(水)締切とのことですので、ご関心のあるかたはどうぞお越しください。

この週末(6月28日)は福岡大学で日本保険学会・九州部会の例会がありました。
私が司会を務めたのは、西南学院大学・小川浩昭先生の「カタストロフィ・ボンドの起源」という報告で、なんとメソポタミア文明の保険類似制度に関するものでした。
小川先生は近年、保険史の考察に没頭しているとのことで、メソポタミア文明が栄えた紀元前のこの地域に、条件付き債務免除という保険類似制度が登場し、それが古代ギリシャの冒険貸借制度につながったとのこと。「目には目を、歯には歯を」の復讐法で有名なハンムラビ法典には、「嵐や洪水で作物が流されたり、水不足で大麦が実らなかった場合、債権者に大麦を返済しなくてよい。また、その年の利息を支払わなくてよい」という条文があるそうです(48条)。
もちろん、法典としての効果がどの程度あったのかという話もあるのですが、紀元前18世紀のことですので、驚きました。

もう1つの報告「メタバース向け生命保険の法的可能性」(住友生命保険の泉裕章氏による)も興味深い内容でした。

※写真は美々津(宮崎県)の町並みです。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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オープンセミナー2025

昨年に続き、RINGの会オープンセミナーに参加し、今回はパネリストを務めました。
登壇は午前中の第1部で、損保問題を議論した金融審WGメンバーの柳瀬典由・慶應義塾大学教授、緻密な取材活動に定評のある朝日新聞の柴田秀並記者とともに、プロ代理店の経営者(ファシリテーターはRINGの会・矢島護会長)の質問に答える形でセッションを行いました。

今回も柳瀬先生と柴田記者に登壇いただけることになった時点で、私の仕事の半分以上は終わっていたのかもしれませんが、当日は限られた時間のなかで、保険業界ウォッチャーとして、できるだけ本質的なことをスパッとお話しようと努めたつもりです。
例えば・・・

・(規模は考慮されるにしても)保険代理店も「金融機関」である
・自立していない保険代理店の手数料は下がる
・保険会社はコモディティ化した商品に高い手数料を出せない(はず)

有識者会議報告書でもWG報告書でも、保険金不正請求事案への対応として「顧客本位の業務運営の徹底」、保険料調整行為事案への対応として「健全な競争環境の実現」という整理がなされています。しかし、考えてみれば、不適切な便宜供与が横行したり、チャネル属性だけで優遇したりする不健全な市場で顧客本位の業務運営が徹底できるはずはなく、両者は表裏一体の関係にあります。
一連の問題発覚をきっかけに、いびつな業界慣行がなくなり、リスクと保険のプロフェッショナルが報われる世界に少しでも近づくことを期待しています。

なお、柳瀬先生がおっしゃっていた、規制の目線を「成績の悪い子」に合わせるのか、それとも成績に応じて目線を変えるのかというのは極めて重要な論点で、真の契約者保護とは何かという話だと思います。
全体として消費者のリテラシーを高める方向で進めていかないと、つまるところ消費者が負担する規制コストが膨大なものとなってしまいます。こうした議論は時間切れであまりできませんでしたが、代理店の経営にも関わる話だと思いました。

 

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生保の国内公社債運用

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1284(2025.6.9)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。保険代理店向けの内容ではなかったかもしれませんが、生保決算関係の記事ということでご容赦ください。
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国内公社債の含み損が拡大

近年の長期金利の上昇で、生命保険会社が保有する国内公社債の含み損が注目されています。
生保は超長期の保険負債のリスクヘッジを目的に、多額の超長期国債を保有しています。約3年前、2022年3月末の30年国債利回りは1%を下回っていました。当時の大手生保4社(日本、第一、住友、明治安田)の国内公社債は6.6兆円の含み益でした。その後、25年3月末には利回りが2.5%に上昇し、4社の国内公社債は8.5兆円の含み損となりました。

5月26日のブルームバーグニュースは多額の含み損について、生保は一般的に債券を満期保有で保持しているとしたうえで、
(1)債券の時価が帳簿価格よりも50%以上下落した場合は、減損処理実施の可能性が生じる、
(2)大幅な金利上昇に伴う想定外の保険解約があった際には、含み損を抱えた債券の売却による現金化を迫られるなど損失計上につながる可能性もある、
(3)含み損の拡大は運用資産の配分でリスクを取りにくくする要因にもなる、
と述べています。

私の見解を申し上げると、まず(1)はそれほど深刻ではないと考えています。金利要因のみによる価格下落であり、償還時までには必ず額面に戻るため、その債券を持ち続けるという意思を示せるのであれば減損処理は不要なはずです。
(2)は銀行窓販の貯蓄性商品などでは解約が増える可能性があり、商品・チャネルによっては確かに注意が必要です。だからといって、あまりに非現実的な前提を置いて対応するのは、かえって資産構成を歪めることになりかねません。
これらに比べると(3)は意味不明です。金利上昇によって超長期国債の価格が下がる一方で、保険負債の価値も小さくなっています。時価ベースでみれば、生保の経営体力が低下して、リスクを取りにくくなったとは考えられません。来年には各社の経済価値ベースのバランスシートが公表されるので、この記述が意味不明であることがはっきりわかると思います。

債券の入れ替えとは

同じく5月26日の日経は、「生保は債券の長期保有を前提に運用しており足元の影響は限定的」としたうえで、「運用利回りの向上のためには債券の入れ替えが必要になる」と述べています。
日経は24年12月決算発表を受けた2月にも「保有資産の入れ替えが急務となっている」と報じています。
確かに25年3月期決算では、大手4社をはじめ、国内公社債の売却損を計上した会社が目立ちました(富国、ソニー、かんぽなど)。過去に購入した低い利率の債券を売り、利率の高い債券に入れ替える取り組みとみられます。

しかし、売却損を出して債券を入れ替えると、本当に運用利回り(投資のリターン)は向上するのでしょうか。
まずは株式で考えてみましょう。昨年3万円で買ったA社の株式が2万円に下がり、1万円の含み損となってしまったので、入れ替えることにしました。具体的には含み損となったA社の株式を売却し、1万円の売却損を計上したうえで、再びA社の株式を2万円で買いました。その後、株価が3万円に上がり、1万円の含み益となりました。
さて、3万円の株式投資のリターンは、入れ替えによって向上したでしょうか。株式投資のリターンとは含み損益の増減ではなく、投資金額がいくら増えたか(減ったか)なので、入れ替えしてもしなくても、リターンは変わらない(この事例ではゼロ)とわかります。

債券でも同じです。現在、残存期間が5年の国債は、利率0.1%の国債だと価格が約95円、利率2%の国債だと価格が約104円で流通しています。いずれの債券に投資しても、5年後のリターンは同じです。つまり、残存期間が同じ債券を入れ替えて、含み損を消したとしても、そこで高まるのは利率だけで、債券投資のリターンは向上しないはずです。
それにもかかわらず、売却損を出して債券を入れ替えるのは、生保が時価ベースの運用ではなく、利息収入をターゲットとした運用を行っているからなのかもしれません。利回りは同じでも、利息収入が増えれば基礎利益を増やすことができます。
とはいえ、皆さんは時価ベースのリターンをターゲットとしない投資家に資産運用を委ねたいと思うでしょうか。
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※週末は金融学会の大会で久しぶりの東大でした。

 

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書評『日本庭園のひみつ』

今回は週刊金融財政事情(2025年5月27日号)に載った書評「一人一冊」を当ブログでも紹介します。今回は『日本庭園のひみつ-見かた・楽しみかたがわかる本』を取り上げました。以下、引用となります。

日本庭園の「つかみどころ」を示す

評者のようにマンション暮らしで庭と無縁の生活を送っていても、旅先で日本庭園を眺める機会はある。例えば京都に行くと、石庭で世界的に有名な龍安寺(りょうあんじ)や苔寺の愛称で知られる西芳寺をはじめ、美しい庭園のある寺社等がいくつもあって、帰宅後に写真を見ると庭園ばかりということも(仏像と違い、庭園は撮影禁止ではないため)。
とはいえ、いざ庭園に対峙してみると、なんとなく美しいのは分かるし、心が安らぐこともあるけれど、そもそも庭園の何をどう見たらいいのか途方に暮れるのではないだろうか。

私たちが庭園の鑑賞を難しく感じるのは、「庭園が絵画や彫刻、建築などとともに芸術の一分野」(本書「おわりに」)というだけではなく、他の芸術とは違い、「庭園ほどつかみどころのない分野はない」(同)からではないか。
日本庭園は自然の風景を再現したものなので、季節が変われば庭園も姿を変えてしまう。植物には寿命があるので、多くの場合、眺めている植栽は作庭当初のものではない。苔寺の庭園はもともと苔に覆われていなかったと聞いたことがある。枯山水(かれさんすい)の庭に描かれている砂紋も人が引いて作ったものなので、時々デザイン通りに引き直さなければ崩れてしまう。
こうした「つかみどころのない」日本庭園の世界に、本書はやさしく導いてくれる。日本庭園の歴史から始まり、庭園を構成する「池」「滝」「石組」「垣」「灯籠」などにはどのような意図があるのか(意図が分からないこともある)、「死」や「滅び」との関わりなど、超入門のガイドブックにもかかわらず、建築家でもある著書は奥深い庭園の世界に私たちを誘う。
キーとなるメッセージは、「庭とはただ単に自然を楽しみ癒される対象というよりも、むしろ日本人の精神の発祥に関わる神聖な存在」(本書「はじめに」)であろう。

近年、企業経営において美術の素養や審美眼も必要とされるが、本欄でガイドブックを紹介していいものかと若干のためらいはあった。とはいえ、庭に咲いた花が美しい、紅葉が素晴らしいというだけではなく、もう一歩踏み込んで日本庭園を鑑賞したいと思った人が最初に手に取る書籍には、やはりカラーの写真や図表が多いもののほうがいいと考えた。

なおモノクロ版となるが、同じく日本庭園の入門書として、重森千靑著『日本の10大庭園』(祥伝社)もお薦めしたい。著者の重森氏は、昭和を代表する作庭家・重森三玲の孫にあたり、自身も作庭家である。

※写真は苔寺です(2025年3月撮影)。

 

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伝えるのは難しい

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1280(2025.5.12)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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本題に入る前にお知らせです。昨年に続き、今年もRINGの会オープンセミナーに登壇することになりました。午前中の業界展望のセッションで、慶應義塾大学教授で損保WGメンバーだった柳瀬典由さん、朝日新聞記者で著書『損保の闇 生保の裏』をはじめ、取材力に定評のある柴田秀並さんとともにパネリストを務めます。MCはRINGの会の矢島護会長です。
皆さん、6月21日に横浜で会いましょう!

リスクと保険

筆者は大学で「保険論入門」「保険論」の講義を担当しています(前期)。大教室での講義で、今年度の受講生はいずれも300名程度です。どちらの講義でも4月の段階でリスクと保険の関係を説明し、それから各論に入るという構成にしています。
GW前に確認テストを行ったところ、正答率が非常に低い問題があったので、参考としてご紹介しましょう(ちなみに9割くらいの受講生が正答となるように問題を作っているつもりです)。

「保険に加入すれば、リスクを小さくすることができる」(正誤問題)

もちろん、正解は「正しくない」です。保険はリスクファイナンス、すなわち、リスクが現実のものとなり損失が発生した場合の経済的な備えをあらかじめ準備しておく手段の1つなので、当然ながら、保険に加入したからといってリスクは小さくなりません。
講義では「生命保険(死亡保険)に入ったら死亡しなくなる、火災保険に入ったら火事がなくなる、といったことはない(だから保険はリスクを小さくする方法ではない)」などと説明をしているのですが、正答率は5割程度でした。どうも伝え方がうまくなかったようです。

「保険はリスク回避の代表的な方法である」(正誤問題)

この問題も正答率が6割程度でした(正解は「正しくない」)。講義では「保険はリスク移転の代表的な方法」と伝えていて、「回避」「軽減」「保有」とともにリスクへの対応方法を解説しているのですが、この問題は毎年正答率が低いです。
両者に共通しているのは「リスク」についての理解の低さだと思います。リスクを損失としてとらえていて、保険に入れば損失がなくなる(あるいは小さくなる)と直感的に判断してしまうのでしょう。

それにしても、人に何かを正しく伝えるというのは難しいものです。さらに、伝えた知識をもとに行動してもらうとなると、ますます難易度が上がります。保険営業の世界にも通じる話ではありませんか。

目線をどこに置くか

他方で高等教育の現場では、別の悩みもあります。
確認テストで9割くらいの正答率を想定しているということは、結果はともかく、大多数の受講生に対し、保険の正しい知識を身につけてもらおうとしていることになります。実際のところ、単位を9割もの学生に出している「楽単」では全くないのですが、受講生に求める水準としてそれでいいのかという悩みです。
9割が理解できるような内容であれば、わざわざ大学で学ばなくても(その気になれば)自分で身につけることができるでしょう。義務教育ではないのですから、できる学生、やる気のある学生をガンガン鍛えるのが高等教育に求められていることではないかと。
とはいえ、大教室で大半の学生が理解できない講義をするのが正しい姿とも思えず、講義のなかで、できる学生にも刺さる工夫をしていくしかないのでしょうね。
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※GW後半の横浜・山下公園です。

 

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「挑む相互会社の壁」

4月18日にアップされたNIKKEI Financial「ホケンの変革 日本生命保険 挑む相互会社の壁(上)/相互会社で進める大型買収、企業統治改革は道半ば」にコメントが載りました。
有料媒体なので私に関する部分だけ引用します。詳しくはNIKKEI Financialをご覧ください。
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24年5月、韓国で開いた韓国保険学会。元著名保険アナリストで現在は福岡大学で教鞭(きょうべん)をとる植村信保教授は日本の保険会社のM&Aについて出席者から問われると「相互会社が海外の保険会社を買収し、グループとして非社員契約を増やすのは、契約者が会社の構成員(社員)となっている相互会社のあり方として適切なのかという疑問が生じる」と指摘した。
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「元著名保険アナリスト」というのは「元R&Iの格付アナリスト」の誤りではないかと思いますが(笑)、こちらのブログ(日本の保険会社による海外M&A)で書いた内容を参考にしていただいたものです(取材も受けました)。

そもそもは「(日本の保険会社による)海外M&Aの目的は純投資なのか、それとも事業による利益獲得をねらったものか」という質問に対し、純投資ではなく、事業による利益獲得をねらったものと答えたうえで、相互会社についても触れました。引用していただいた内容に続き、「株主と相互会社の社員では、経営陣への期待(リスクのとり方など)も異なると考えるのが妥当」とも述べています。

なお、ブログでは相互会社のガバナンスに関する記事を何度か書いていますので、ご参考まで。

相互会社の保険会社買収(2015.9.13)
週刊ダイヤモンドの保険特集(2018.4.28)
2020年の生保総代会(2020.7.26)
「質疑ゼロの生保総代会」(2023.7.17)

※キャンパスに学生が戻ってきました。

 

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ESR規制の原点に立ち返る

2024年11月に開催された日本アクチュアリー会・年次大会の資料が一部公表となり、以前こちらのブログで紹介した、ERM委員会のパネルディスカッション「経済価値ベースのソルベンシー規制の原点に立ち返る―新規制を有意義なものにするために―(PDF)」の様子をご覧いただけるようになりました。

*念のためこちら(アクチュアリー会サイト)も貼っておきます。

このセッションは、前半がパネリストによる報告(資料あり)、後半がディスカッションという構成でした。
当日を思い出してみると、質問をオンラインで受け付けることになっていて、手元のタブレットに質問がどんどん上がってくるのが進行役(私)にとってプレッシャーでした。後半のディスカッションのなかで多少は取り入れたのですが、想定外の質問が多くなるとパネリストの皆さんに負担をかけてしまう(そうでなくても私からの無茶振りがありましたので…)だけでなく、私たちとして伝えたかったメッセージがうまく届かなくなってしまうかもしれないので、そのバランスに苦心しました。
それでもパネリストの皆さんのおかげで、エッジの効いたセッションになったのではないかと思います。

会員向けのパネルディスカッションなので、多少わかりにくいところがあるかもしれません。ただ、すでに2025年度に入り、新たなソルベンシー規制が導入されつつあるという状況ですので、特に保険業界の皆さんにはぜひご一読をおすすめします。

※西鉄のレストランカーです。

 

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MSIとADIの合併

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1276(2025.4.7)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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合併による経営効率改善へ

MS&ADグループの中核会社である三井住友海上火災保険(MSI)とあいおいニッセイ同和損害保険(ADI)が2027年4月をめどに合併する準備に入りました。
読者の皆さんには釈迦に説法かもしれませんが、MSIは旧財閥系の大手損保どうしが対等に近い形で合併した会社である一方、ADIはパーソナル分野に強い大東京火災がトヨタと親密な千代田火災、日本生命グループとなっていたニッセイ同和損保と一緒になった会社です。同じグループとなって久しいものの、この15年間に両社の融合が進んだようには見えません。国内損保事業の構造的な問題が明らかになるなかで、両社を併存させるメリット(MS&ADの船曳真一郎社長は昨年9月のIR説明会で「代理店シェア最大化のため」と説明)よりも、合併で1つにしたほうがよりメリットが大きいという判断をしたのでしょう。
そう考えると、「それぞれの強みを維持・結集し、さらに拡大するために強力に取組みを進める」(ニュースリリースより引用)というのは、合併によるマイナス効果を何とか最小限にとどめたいという意味であり、1プラットフォーム戦略など、これまで進めてきた一体運営ではさらなる効率化には限界があるので、合併で経営効率の改善を一気に図り、「経営資源の全体最適を実現」(同)させるということだと理解できます。

持株会社によるガバナンス強化

筆者は、国内損保事業の効率改善以上に重要なのは、持株会社によるガバナンス発揮ではないかと考えています。
これまで様々なメディアで、企業向け保険料の事前調整問題と、旧ビックモーターによる保険金の不正請求事件は、損保業界が護送船団行政の時代に形成したコンダクト(企業行動)を、自由化後も温存してきたことが問題の本質であると指摘してきました。情報漏えい問題も同じです。不適切なコンダクトを温存できた要因は、各社がビジネスモデルの見直しではなく、業界再編によって競争相手を減らす戦略を選んだことが大きいと見ていますが、再編で設立された持株会社のガバナンス機能が弱く、グループ管理のダブルスタンダードがまかり通ってきたことも挙げられます。
持株会社は、新たに買収した海外事業の経営者には、当然ながら投資(すなわちリスクテイク)に見合ったリターンを求めるのに対し、国内自然災害と政策保有株式という2大リスクを抱えているにもかかわらず、こうしたリスクベース経営ではなく、規模やシェアを追求する国内損保事業をなかなか変えようとはしませんでした。会社価値の拡大を求める株主からすると、持株会社がむしろ盾(たて)の役割を果たしてきたことになります。

お気付きの通り、これはMS&ADグループだけではなく、同じく中核損保で問題が発覚した他の大手2グループにも共通した課題です。とはいえ、MS&ADでは傘下に中核損保が2つあることで、持株会社が監督・指導よりも、調整や対外説明に労力を費やしていた可能性があります。
筆者は、合併で国内トップシェアの損保が誕生すると誇るのではなく、中核損保の合併を契機に、持株会社のガバナンスを十分に発揮できる体制づくりができるかどうかが重要だと考えています。

※今年は天守台から桜を眺めることができました。福岡にて。

 

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保険の面倒くささ

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1272(2025.3.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
今週は諸般の事情により京都に滞在しています。北野天満宮の梅がきれいでした。
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ネット保険の普及に時間がかかっている

ネット経由の保険販売は徐々に拡大しているとはいえ、まだ広く普及しているとは言えません。自動車保険ではようやく1割程度のシェアに達したところですし、生命保険・医療保険のネット販売は全体の1割未満です。
加入時にネットで情報を得た人は多いのではないかと思いきや、生命保険文化センターの調査によると、生命保険・医療保険加入時の情報入手先(複数回答可)として「ホームページ」を挙げた人は、たったの6%でした。

自動車保険に関して言えば、「1割程度」というのは収入保険料で比べたものなので、仮にネット経由の単価が代理店経由よりも平均して3割安く、かつ、自動車保険市場の4分の1が企業向けだとすると、実質的にはすでに2割程度のシェアと見ることもできます。情報入手先の「6%」も、保険会社や保険比較のサイトにアクセスしなかっただけで、ネットで保険関連の情報に接した人はもっと多いかもしれません。
とはいえ、前向きに表現したとしても「普及に時間がかかっている」のは確かです。

保険の検討は面倒くさい

あくまで個人的な見解になりますが、価格が明らかに安いにもかかわらず代理店経由からダイレクトへのシフトが徐々にしか進んでいないのは、保険を検討する「面倒くささ」が影響しているのではないかと考えています。
例えば、顧客が最初に自動車保険に加入しようとするのは、自動車を購入するときです。しかし、顧客がディーラーで積極的に検討したいのは自動車そのものであって、自動車保険を詳細に検討したいという人は少ないでしょう。そこで多くの人はディーラーに勧められるまま保険に加入するのが一般的でした(今後はどうなるでしょうか?)。
1年後の満期更改は顧客にとって自動車保険を見直すチャンスです。ところが保険は投資商品などとはちがい、ニーズがネガティブなので、どうしても検討するのが面倒くさいと感じてしまいがちです。
さらに生命保険や医療保険では、加入の必要性を頭のどこかで認識していても、それを行動に移すのは面倒くさいことだと思います。

「面倒くささ」をどう克服するか

早稲田大学の星野明雄先生は著書『保険商品開発の理論』のなかで、保険の面倒くささには、「必要だと感じていても、今はやりたくない」という心理的なわずらわしさと、「契約に必要な情報が多く、内容や手続きが煩雑」という内容面のわずらわしさの2つが強く存在すると述べています(星野先生は前者を「保険の重荷感」とも表現しています)。
そして、顧客が面倒くささを乗り越えるには、プッシュ型の勧誘が有効という見方ができるかもしれないとしたうえで、他方で消費者ニーズにそぐわない勧誘販売を正当化してしまうおそれがあると述べています。

もっとも、今は「面倒くさいから販売員の言うなりに保険加入する」という人が多いとしても、もし、「販売員よりもネットのほうが信頼できる」「プッシュ型は顧客本位ではない」が社会的なコンセンサスになれば、どうなるでしょうか。しかも、内容面のわずらわしさに関しては、技術の進展がネット保険のほうにより追い風となるでしょう。リテラシーのちがいによって、「面倒くさいからネットが示した最低限の保険に加入する」という人と、「面倒くさいから保険に入らない」という人に2極化するかもしれません。
いずれにしても、保険は今後も対面販売が中心と、現在の延長線上で判断するのは早計ではないかと思います。
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火災保険の誕生

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1268(2025.2.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
福岡でも積雪を覚悟していたのですが、市内ではほとんど積もることはなく、拍子抜けでした。北九州や佐賀ではだいぶ積もったようなので、不思議なものです。
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雪害の補償

この冬1番の強い寒波の影響で、福岡市の最低気温は氷点下まで下がりました。雪害を被った全国の皆さまにお見舞い申し上げます。
火災保険が実質的に「自然災害保険」になって久しいとはいえ、風水災害だけではなく、雪による災害も火災保険の補償対象となっていることを知らない契約者は意外に多いのではないでしょうか。特に、普段はあまり積雪のない地域では、雪害補償を知らせるいい機会かもしれません。

火災保険のルーツ

もともと火災保険は、文字どおり火災による損害を補償するための保険として登場しました。
イギリスで火災保険が生まれたきっかけは、1666年に発生したロンドン大火と言われています。当時のロンドンではほとんどの家屋が木造で、道路も狭く、この大火によって市街の約8割が燃えてしまいました。
そこで大火後のロンドンでは、非木造の耐火建築が推奨されるとともに、すでに存在していた海上保険をヒントに、火災保険を提供する会社が相次いで設立されました。これが世界の火災保険のルーツの1つとされています。初期の保険会社であっても、火災の発生率や建物の数から保険料を算出していたそうです。

日本での対応

ところで、日本でもロンドン大火と同じころ(1657年)、江戸で明暦(めいれき)の大火が発生し、やはり市街地の大半が焼けてしまいました。その後、道幅を広げるなどの防火対策は取られたものの、大火後の復興期に火災保険のような補償制度が誕生したという記録はなさそうです。
その一方で、江戸幕府は消防制度を充実させていきます。もともとあった大名火消(だいみょうびけし)に加え、大火の翌年には幕府直轄の「定火消(じょうびけし)」を組織しました。さらに18世紀には、町人のための消防組織である町火消(まちびけし)を制度化しています。

ロンドンの消火活動は保険会社が担う

火災保険が生まれた当時のロンドンには、組織的な消防隊がありませんでした。そこで、保険会社は補償を提供するだけではなく、自前の消防隊を持ち、消火活動を行いました。自ら消火活動を行うことで、保険金の支払いを減らそうとしたのですね。火災保険の加入者の家には保険会社の「ファイアマーク」が掲げられ、消火活動の目印となっていました。
ロンドンの消防組織が公営となるのは19世紀になってからです。

同じ17世紀の大火の後、イギリスでは火災保険が生まれ、日本では公的な消防組織ができたのは、あくまで素人考えですが、当時の社会構造の違いが大きかったように思います。
当時のイギリスはピューリタン革命後の王政復古の時代で、王権が絶対的なものではなく、かつ、海上貿易で覇権争いをしていた時代でした。力をつけた商人たちには、自らの財産を自らで守るニーズがあったはずです。そこで、公的な消防組織が整備される前に、民間で消火活動を行う火災保険会社が誕生したのではないでしょうか。
他方、当時の日本は江戸幕府による統治が安定期を迎える一方、貨幣経済の発達はこれからという時代でしたので、イギリスのような民間による民間のためのしくみが登場する素地はなかったと考えられます。

なお、火災保険には他にも源流があります。民間が主体のイギリスとは違い、17世紀のドイツ(ハンブルク)では、規模の小さい複数の相互扶助組織を一本化して、公営の火災保険組織が誕生しました。
明治時代の日本では、当初このドイツの公営火災保険制度の導入を検討したそうです。しかし、政府は最終的には民営を採用し、1888年に日本初の火災保険会社として東京火災保険会社(現在の損害保険ジャパン)が業務を始めました。
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