15. 執筆・講演等のご案内

法人税のいびつな構造

今回のブログはインシュアランス生保版(2021年8月号第1集)に執筆したコラムのご紹介です(見出しはブログのオリジナルです)。
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国の税収が過去最高を更新

財務省によると、2020年度の国の税収総額が前の年度を4%上回り、過去最高を更新した。コロナショックの影響で名目GDPが4%も減ったにもかかわらず、法人税は増え、19年10月の税率引き上げ効果もあって消費税も増えた。もっとも、一般会計の歳出はコロナ対応もあって税収の2倍に膨れ上がっていて、増収効果は霞んでしまっている。

名目GDPが減っても法人税が増えたのは、「携帯電話やゲーム、自動車、食品といった産業の業績が好調」「米国や中国などの景気回復の恩恵もあり、製造業を中心に業績は底堅い」(いずれも日本経済新聞より引用)とのこと。08年のリーマンショック後には法人税が大きく落ち込んだのとは対照的である。新型コロナの影響で観光業や飲食業を中心に売り上げが大きく落ち込み、各種の中小企業支援策が実行されている状況なのに、「業績が底堅い」とはどういうことなのか。
推測を含むが、今回のコロナショックで影響を受けた中小企業は、もともと法人税をあまり納めていなかったので、税収への影響が小さかったと考えると、納得がいく。

誰が法人税を納めているか

最近公表された国税庁による令和元年度分の会社標本調査によると、利益計上法人は全体(274万社)の38%にすぎず、6割以上が欠損法人である。しかも、当年度の法人税11兆円のうち、会社数では0.6%にすぎない資本金1億円超の法人が約5割を負担し、資本金5千万円超(会社数では2.5%)まで広げると約6割を負担している。つまり、法人税の多くを負担しているのは少数の大企業であり、中小企業は法人税をあまり納めていないという実態が浮かび上がる。

このところ欠損法人の割合は年々下がっている。12年度には70%だったものが、19年度は61%となった。ただし、この間の変化は景気回復による業績の改善を示しているというよりは、高齢化に伴う廃業のほか、国税庁の尽力により、節税対策が年々難しくなってきたことも大きいように思う。経営者の皆さんにも心当たりがあるかもしれない。それでも6割の企業が法人税を納めていないというのはまともな状態ではない。

適切な支援のあり方は

こうした法人税のいびつな構造を踏まえると、政府が税収を増やすには中小企業への補助金的な支援ではなく大企業の生産性向上を支援し、かつ、消費税を支払う消費者を支援するのが合理的という結論になる。おそらく財務省はそんなことはわかっているのだろうけど、政治からの要請もあり、何かあると「中小企業支援」となってしまうのだろう。
見込みを上回った税収も、経済対策として多くが中小企業向けに使われてしまいかねない(国債の償還財源となる分を除く)。給与天引きによって確実に税金を徴収される勤め人のひがみに聞こえるかもしれないが、実際に誰が税金を納めているかを明確に示し、そのうえで税金の使い道を議論してほしい。
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※写真はハウステンボスの夜景です

 

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なぜ「他社の経営経験」なのか

7月16日(金)に日本代協 阪神ブロックWebセミナーで講師を務めました。
演題は「2020年度決算にみる大手損保グループの経営戦略」で、大手損保グループの経営が依然として市場環境の変動によって大きく振れることや、損保4社の各種指標の違いなどをご覧いただいたうえで、中期経営計画の注目点をお話ししました。いかがでしたでしょうか。

阪神ブロックといってもzoomを使ったセミナーだったので、私は福岡でスピーチを行いましたし、おそらく参加者の皆さんも各地に広がっていたのではないかと思います。懇親の場がなく、参加者の反応がわからないのは残念ですが、便利な時代になりました。

社外取締役の要件

最近、授業でコーポレートガバナンスの話をしていて、改めて気になったことがあります。
現在のコーポレートガバナンス・コードの補充原則4-11①の最後に、「独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである」とあるのをご存じでしょうか。2021年6月の改訂時に加わった文言です。
CGコード(修正履歴付きPDF)

改訂について議論したフォローアップ会議の資料によると、「独立社外取締役には、企業が経営環境の変化を見通し、経営戦略に反映させる上で、より重要な役割を果たすことが求められるため、他社での経営経験を有する者を含めることが肝要」なのだそうです。
しかし、そもそも日本のコーポレートガバナンス改革は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すものであり、その背景には日本企業の経営陣が適切なリスクテイクをせず、株主に求められる資本コストを上回るリターンを総じて稼げておらず、世界に差をつけられてしまっていることがあります。それなのに「他社の経営経験を有する者を含めるのが肝要」とはどういうことでしょうか。
他社の経営経験者となると、多くの場合、日本企業の社長OBなどが候補になることを想定しているのでしょう(CEO等の経験者に限られるという趣旨ではないとはありますけど…)。しかし、過去30年間の日本の経営が総じてうまくいかなかったから、政府がガバナンス改革を進めているのですよね。どうしてこのような改訂になったのでしょうか。

なお、ガバナンス特集を組んだ週刊東洋経済(2021年7月10日号)のインタビュー記事で、東レの日覺社長は「(企業によって事業や状況は全く異なるので)よその経営経験者に社外取をお願いして経営方針を相談し、「いい意見をもらった」と喜ぶトップがいるのならば、そのトップはすごくレベルが低いから今すぐ辞めたほうがいい」と語っていました。
日覺社長は「会社の大事なことは社外の人間ではなく、事業をよく理解している社内の人間で話し合って決めるべきだ」とも語っていて、私の問題意識とはやや異なるようですが、社外取締役に何を期待するのかを考えると「他社の経営経験を有する者を含めるのが肝要」という結論にならない点は同じでした。

※15分の船旅を楽しみました。

 

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火災保険の元受保険料と出再保険料

今週のInswatch Vol.1093(2021.7.12)では火災保険の出再保険料について書きました。ご参考までにブログでもご紹介します。
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幸いにも大学の集団接種枠を活用できたので、さっそく1回目のワクチン接種(モデルナ)をしたところ、夜になって微熱が出たり、体がだるくなったりしました。微熱はすぐに下がり、体のだるさも翌朝にはなくなりましたが、接種した左腕の筋肉痛は終日続きました。
接種会場で医師から、「2回目の後は症状が出ることが多いので、予定を入れないほうがいいですよ」と言われました。しかし、1回目でもこうした反応が出ることもありますので、ご参考にしてください。

火災保険の収益改善が進むか

6月25日のinswatchプロフェッショナルレポートでは、大手損保グループの20年度決算について、独自の視点でご紹介しました。そこでは触れなかったのですが、このところ大手損保では、総じて火災保険の元受保険料の伸びを上回るペースで出再保険料が増える傾向が見られます。20年度の各社の元受保険料に占める出再保険料の割合は次のとおりです。

東京海上日動 39.7%(前期比+0.6ポイント)
三井住友海上 43.6%(前期比△2.8ポイント)
あいおいND 42.5%(前期比+1.3ポイント)
損保ジャパン 42.8%(前期比+0.5ポイント)

この背景には、日本の自然災害発生だけでなく、数年前から世界の再保険市場が料率上昇トレンド(いわゆるハードマーケット)になっていることが挙げられます。ハードマーケットで日本の保険会社が前年度と同じ再保険カバーを購入するには、前年度よりも高い再保険料を支払う必要があります。それが嫌だったら再保険カバーを縮小し、自らリスクを引き受ける部分を増やすしかありません。開示情報からは各社の対応状況を正確につかむことはできませんが、出再を抑えた会社もあるように見えます。
世界的には、ハードマーケットは損害保険会社の収益改善が進む経営環境と見られています。原油価格が上がればガソリン代が上がるのと同じように、再保険市場がハード化すれば元受の保険料率も上がるのは本来の市場の姿です。ところが日本では保険料は公共料金のような扱いを受けたり、企業との長期的な関係を意識したりするあまり、価格転嫁が難しい状況が続いてきました。各社とも火災保険の収益が低迷しているのは大規模な自然災害の発生というだけではなく、リスクに見合った保険料を得られていないためと考えられます。
ERM経営を標榜する各社がリスクに応じたプライシングをどこまで追求できるのか、今年度以降の火災保険の収益に注目しましょう。

元受保険料の多くを出再する会社もある

ところで、外資系の損害保険会社では、元受保険料に比べて正味収入保険料が極端に小さい会社がしばしば見られます。例えば、AIG損保の火災保険の正味収入保険料は19年度も20年度も元受保険料の約17%、チャブ損保も約19%です(19年度)。アリアンツやチューリッヒのように火災保険の元受保険料の大半を出再しているところもあります。
これらの会社は多くの場合、同じグループ内の保険会社に出再し、グループ全体で再保険管理を行っていると考えられます。グローバル保険グループとしての引き受け規律を求めるため、国内勢に比べ、総じて市場原理をより意識した引き受けとなる傾向が強いようです。ただし、これだけ出再割合が大きいと、もし何かの理由でグループからの規律が緩んだ場合、日本の会社としての引き受け規律が働くのかと、少し心配になります。
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※梅雨明けしました。キャンパスも暑いです。

 

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金融庁が新規制の検討状況を公表

金融庁の事務年度は7月から6月なので、6月末にいろいろと公表されています。そのなかに「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する検討状況について」がありました。
全部で143ページもの資料で、技術的な内容を多く含んでいますが、「はじめに」のところに「2022年に制度の基本的な内容を暫定的に決定することを目標に、検討を継続していく予定である」とあります。昨年6月公表の有識者会議報告書(PDF)を受けて、経済価値ベースのソルベンシー規制導入に向け、金融庁はスケジュール感を持って動いていることが示されました。

第2の柱、第3の柱に関する記述が相変わらず少ないのはやむを得ない(第1の柱の標準モデル検討を優先)のかもしれません。
しかし、少し気になったところもあります。今回の「検討状況」には第2の柱について、有識者報告書の「標準モデルにおいて十分にカバーされていないリスクの捕捉」についての記述はあるのですが、「ERMやORSAの枠組みに関する一定の目線を定め、実態把握に基づいて改善・高度化を促していく」についての記述が見当たりません。
有識者報告書では第1の柱と第2の柱をセットでとらえ、第1の柱を「最大公約数的」「政策措置あり」としたうえで、第2の柱でリスク管理の高度化を促す、こうした規制を想定していると読めます。ですから、技術的な検討とは別に、第2の柱を具体的にどう機能させるのかといった議論が必要であり、今後の課題なのだと理解しました
(もしかしたら別のレポートで何か示されるのかもしれませんが…)。

関連情報(私の備忘録?)として、6月28日付けで日本アクチュアリー会が保険負債検証レポートに関する資料を公表しています(資料の日付は3月5日となっていますね)。
もっとも、検討の背景や検討項目、結果の概要などを一般に示していないので、これだけ見てもよくわからないかもしれません。

執筆のご案内

最後にご案内です。大手損保グループの2020年度の決算発表を踏まえ、今年もInswatch週刊金融財政事情に寄稿しました。もし両媒体を目にする機会がありましたら、ご覧いただけるとうれしいです。
過去10年間に自動車保険の保険料シェアがどう変わったのかを確認しようとしたところ、分母の業界全体の数値が途中で変わってしまい、補正でもしないと実態がよくわからないことが(今さらですが)わかりました。合併によって取れない数値があることも判明し、こういうときにAIだったらどう対応するのだろうなんて余計なことも考えてしまいました。
火災保険の元受保険料に占める出再保険料の割合が4割前後まで高まっているのにも注目すべきかと思います。

※RINGの会オープンセミナーが2年ぶりに開催されました(オンライン開催)。

 

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損保系生保の現状

今週のInswatch Vol.1089(2021.6.14)では大手損保グループの決算をもとに、損保系生保の現状について書きました。ご参考までにこちらでもご紹介します。
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3メガ損保グループの2020年度決算が出ましたので、投資家・アナリスト向けの説明資料から、生損クロスセルを主要なビジネスモデルとしている生命保険3社(あんしん生命、MSA生命、ひまわり生命)の現状を探ってみました。

企業価値に大きく貢献

損保決算と言えば、自然災害による影響や海外保険事業の拡大に注目が集まり、各社の経営陣も国内生保事業の現状をあまりアピールしていない印象があります(あくまで個人の印象です)。
1996年の設立から25年がたち、各社のEVはいずれも1兆円前後に達しました。EVというと皆さん電気自動車を思い起こすかもしれませんが、生命保険会社のEV(エンベディッド・バリュー)は企業価値を表す指標の一つです。各グループの時価総額が1.5~3.5兆円、中核損害保険会社(東京海上日動、三井住友海上、あいおいニッセイ同和、損保ジャパン)の純資産が1.5~3兆円(MS&ADは2社合算)であることを踏まえると、1兆円前後のEVは決して小さい数値ではありません。EVを見るかぎり、生保事業への進出は大成功だったと言えるでしょう。

クロスセル率はじわじわと上昇

各社は生損クロスセルを主要なビジネスモデルとしているとみられます。しかし、公表データが少ないため、損保代理店による生保販売が各社の成長にどの程度貢献しているのか、実のところよくわかりません。
参考として、SOMPOグループが公表したひまわり生命の新契約年換算保険料のチャネル別構成比(2019年度)によると、損保代理店が61%となっていました。ただし、保険ショップでの販売や経営者向け保険(生保プロが主な担い手)の動向などにより、構成比は年度によってかなり異なるのではないかと思います。

クロスセルの現状はどうなっているのでしょうか。MS&ADグループは生保併売率(MSA生命の保有契約者数および損保第三分野の長期契約を、中核損保2社の自動車・火災保険契約者数と対比)を公表し、2020年度には17.6%に達したとのことでした。東京海上グループは生損保一体型の「超保険」をクロスセル推進に活用しており、2020年度の生保・第三分野の付帯率は26.5%だったそうです。
釈迦に説法ではありますが、自動車保険や火災保険の既存顧客に新たな生命保険ニーズがあるとは限りませんし、ニーズ顕在型で毎年の契約更改がある損害保険と、ニーズを掘り起こす必要がある長期の生命保険とでは、マーケティング方法も異なります。生損クロスセルというビジネスモデルは世界的に見て、そう一般的なものではないのかもしれませんが、設立当初からウォッチしてきた目線からすると、一定の成果が出ていると評価すべきなのでしょう。

リスクベース経営

今回の決算発表では、3グループともに生保事業のリスクとリターンに関する説明が目立ちました。
東京海上グループとSOMPOグループは、いずれも主力商品のリスク・リターンのイメージを示しました。両社は保障性商品を中心とした商品戦略により高い収益性を確保していく方針です(あんしん生命は変額保険にも注力)。MSA生命は2020年度に金利リスクを削減し、経済価値ベースのソルベンシー規制やIFRS(国際会計基準)の導入を見据えた取り組みを実施しています。
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※週末に浜辺でビーチラグビーをやっていました。

 

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なぜ海外から観光客が殺到していたのか

最初にお知らせです。保険代理店の情報交流組織であるRINGの会(私は会のアドバイザーを務めています)が、2年ぶりにオープンセミナーを開催します。
7月3日(土)午後のライブ配信方式で、メインテーマは「実践DX」。デジタル化を実践する保険代理店が登場します。参加費は3,830円です。
保険流通の最新動向に触れたいかたは、ぜひお見逃しなく。申し込みはこちらです。

さて、今回はインシュアランス生保版(2021年5月号第2集)に執筆したコラムをご紹介します(見出しはブログのオリジナルです)。
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世界が「安いニッポン」を発見

新型コロナ感染症で厳しい入国制限が敷かれ、日本を訪れる海外からの観光客が消えた。観光関連業をはじめ、インバウンド需要の恩恵を受けていた業種や地域は、深刻な打撃を受けている。
ここで改めて考えてみたいのは、そもそもなぜ日本を訪れる海外からの観光客が急増していたのかである。ビザの免除・発給要件緩和や海外プロモーションなど、政府による観光立国推進の効果もあったと考えられるが、何より「安いニッポン」が発見され、観光客を引き寄せたことが大きい。日本で生活しているとピンとこないが、欧米ばかりでなく、アジアを含めた海外から見ると、日本の商品・サービスは質の割に安いのである。

100円均一は日本だけ

最近読んだ「安いニッポン『価格』が示す停滞」(2021年3月刊行、日経BP・日本経済新聞出版本部)は、日本経済新聞の連載記事「安いニッポン」をベースに、担当記者の1人だった中藤玲さんが新たな取材を加えて書き下ろしたもの。日本経済の長期停滞を理解するのに格好の書籍である。
失われた20年、いや30年と言われても、(非正規雇用は増えたが)町に失業者があふれていたり、多くの人が極端に貧しくなったりしたわけではなく、読者の皆さんも、厳しいながらも安定した生活を送っているかたが多数ではないだろうか。そのような私たちにとって不都合な真実、すなわち、世界の成長に取り残されてしまった日本の姿を本書は見事に示している。
日本に住む私たちからすると高価なレジャーである東京ディズニーランドは世界で最も安いディズニーランドだというし、ダイソーの商品が100円均一なのも日本だけとのこと(海外はもっと高い)。かつてと違い、このところ海外のどこに行き、何を買っても安いと感じることがなくなっていたが、100円ショップまでもが世界最安値水準とは知らなかった。

安いニッポンは暮らしを豊かにしない

安いニッポンが私たちの暮らしを豊かにしてくれるのであればいい。ところが日本の実質賃金はこの20年間増えていない。賃金が増えないから消費も盛り上がらず、企業は前向きな投資よりもコスト抑制を選び、結果として消費者の低価格志向が続く。この悪循環は日銀の異次元緩和でも変わらず、財政規律の緩みと異常な株式保有構造だけが残った。今後は人手不足を海外から補おうとしても、優秀な人材はだんだん日本の賃金では来てくれなくなるだろう。私たちが強みと考えてきた日本の高品質も、このままでは維持できなくなるかもしれない。
大震災の発生や感染症の拡大、あるいは金融危機のような突発的な事象に対しては、事態の深刻さを共有しやすく、対応方針も定まりやすい。これに対し、真綿で首を絞められるような変化には、そもそも事態を把握するのが難しく、コンセンサスを得にくいが、事態は一段と深刻になっているようだ。
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損保の専業代理店

今週のInswatch Vol.1084(2021.5.10)では損保の専業代理店チャネルについて寄稿しました。ご参考までにこちらでもご紹介します。
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依然として事業規模は小さい

前回、生保の営業職員チャネルを取り上げたのに続き、今回は損保の専業代理店のデータを確認してみましょう。
今から20年前、2001年に発刊した拙著『損保が変わる-問われる信用力』のなかに、「(代理店数全体に占める構成比で)15%の専業代理店が(扱い保険料全体の)34%の保険料を扱う一方、2割弱の特級や上級代理店が8割以上の保険料を稼いでいる」という記述があります。副業代理店にはあまり保険料を稼がない代理店が非常に多い一方で、専業・副業あわせた少数の代理店が大半の保険料を稼いでいて、専業代理店(当時は7万店)の多くは事業規模が極めて小さいことを示しました。

20年後の現在はどうなっているのでしょうか。
日本損害保険協会の統計(2019年度末時点)によると、18%の専業代理店の扱い保険料は全体の約4割で、当時とあまり変わっていません。ただし、統廃合などにより専業代理店の数は約3万店に減り、1店あたり扱い保険料は年間約8千万円と、当時の3、4千万円程度(旧大蔵省の資料から推定)に比べると事業規模はだいぶ大きくなりました。

もっとも、扱い保険料が年間8千万円ということは、仮に代理店手数料を2割とすると、手数料収入は1600万円にすぎず、ここから人件費や物件費が出ていきます。専業代理店の多くは生命保険の販売も行っているので生保の手数料収入もあるでしょう。しかし、他方で保険ショップや直資型をはじめ、少数ながら事業規模の大きい専業代理店も存在します。
2001年に業界共通の代理店制度が廃止となって以降、「特級」「上級」といった代理店の属性を示すデータが公表されなくなったものの、大型化が進んだとはいえ、総じて専業代理店の事業規模は依然として非常に小さいことがうかがえます。

3者間スキームの影響も

ところで、損保協会の統計を時系列で追うと、2014年度末をピークに専業代理店の数が減り、1店あたりの扱い保険料が急速に増えていることがわかります。これは専業代理店の再編が加速しているというのではなく、委託型保険募集人制度の廃止が影響しているとみています。
金融庁が保険会社に対し、委託型募集人の是正を求めたのが2014年です。委託型募集人には委託元の代理店の役員や従業員となる、あるいは、3者間スキームを活用して代理店になるといった選択肢がありましたが、数字を見るかぎり、いったんは代理店に転換した募集人が目立ったようです(専業代理店の募集従事者数はむしろ減っています)。
しかし、その後の推移を見ると、代理店に転換しても長続きはせず、多くは統廃合の道をたどったものと考えられます。

最後にお知らせ

先月末のプロフェッショナルレポートで、拙著『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』の業界人にとっての読みどころをご紹介しました。ところが、連休中にアマゾンや楽天のサイトでの定価購入が難しくなっていて、皆さまにご迷惑をおかけしたようです(数人のかたからご連絡をいただきました)。
有力サイトでの在庫管理はサイト自身に委ねられているとのことなので、今後も在庫切れでご不便をおかけすることがあるかもしれません。版元の中央経済社のサイトでは購入できます(送料が必要です)ので、あわせてご検討いただければ幸いです。
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※写真は大学内の英国庭園です。学生の姿はありません。

 

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日経フィナンシャルに寄稿しました

日本経済新聞社が昨年立ち上げた金融専門デジタルメディア「NIKKEI Financial(日経フィナンシャル)」に生命保険会社の契約者配当について寄稿しました。タイトルは「生保、不透明な配当 企業価値を反映させよ」で、23日にアップされています。
有料媒体なので見出しだけ紹介しますと、「個人向け配当総額、非公表が多い」「利益と配当、連動しているように見えず」「1990年代後半以降、内部留保を充実」となっています。

以下では少しだけ補足を。

まず、第一生命だけが個人向け配当総額を公表していると書きましたが、決算資料のなかに「財務・業績の概況(PDF)」という資料があり、このなかで配当準備金繰入額の内訳を公表しています。
この資料は元々は記者クラブ向けに作られたものだと思いますが、第一生命HDは上場会社なので、同じものを投資家向けにも公表しているのでしょう。

生保のディスクロージャー誌のデータ編には「配当準備金明細表」があり、保険種類別の「配当金支払による減少」が載っています。2期前のデータとはいえ、ここから団体保険と団体年金保険の配当総額をつかむことができます。
このデータは配当に割り当てた額ではなく、あくまでその期に配当金として支払った額です。団体保険と団体年金保険の配当は現金で行われますし、配当金の割り当てと実際の支払いはほぼずれません。しかし、個人向けの場合、配当の割り当てと実際の支払いのずれが場合によっては大きいため、ここに載っている「配当金支払」が必ずしも配当に割り当てた金額とは言えないのです。
ですから、記事のなかでお示しした個人向けの配当総額はディスクロ誌の「配当金支払による減少」をそのまま使ったものではなく、配当準備金繰入額をベースに推計しました(団体保険と団体年金保険の「配当金支払による減少」を控除)。

2021年3月期決算では各社の個人向け配当はどうなるでしょうか。配当原資が三利源または利差ということであれば、利息配当金収入は減っているかもしれませんし、単年度で大きく動くことは考えにくいです。ただ、企業価値ということであれば、株高も超長期金利の上昇も大きくプラスに効いているでしょうし、昨年度は新型コロナ対応の副産物として死亡者数が減り、病院の患者数も減った模様です。
一時的な企業価値の拡大をただちに還元することはできないとしても、生保(とりわけ相互会社)は少なくとも何がどうなれば個人向けの配当総額が決まるのかといった目安を出していく必要があると思います。

執筆のご案内といえば、週刊金融財政事情の2021年4月20日号に書評「一人一冊」が載りました。
今回は戸田山和久先生の「『科学的思考』のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス」を取り上げました。学生向けかもしれませんが、社会人にもおすすめです。

※写真は福岡・能古島の花畑です(パーク内)。息をのむ美しさでした。

 

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営業職員チャネルの改革

今週から拙著「利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書(中央経済社)」が店頭に並び始めたようです。週末に大きな本屋さんに行って確かめてきます^^

※15日現在、アマゾンでは定価で買えないようなので、お求めのかたは中央経済社のサイトなどでお願いします。

福岡大学の授業も今週からスタート。キャンパスが賑やかになりました。ただ、大阪では行政が対面授業の中止を要請するとのことで、福岡もこの後どうなるか、いろいろと心配です。


さて、少し遅くなりましたが、今週のInswatch Vol.1080(2021.4.12)では生保の営業職員チャネルについて寄稿しましたので、ご紹介いたします。
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採用後2年で半数が退職

営業職員チャネルを主力とする大手生命保険会社が、評価制度や採用基準の見直しなどに動いている模様です。コロナ禍で対面チャネルのあり方が問われていることもありますが、大量採用・大量脱落のターンオーバー問題の改善は長年の経営課題となっています。

2005年に発覚した保険金不払い問題を経て、在籍する営業職員の3分の1が毎年入れ替わるといった極端なターンオーバーは過去のものとなっています(現在の退職者数は在籍者数の2割を下回っています)。新契約に過度に偏った営業活動を改め、顧客訪問活動など既契約を重視する営業に舵を切ったことや、採用後の教育を重視し、早期退職の減少に取り組んだことなどが一定の効果を上げたと考えられます。
3月31日の日本経済新聞に載った大手生保の営業職員の在籍率は2年目(13月目)で7割前後、3年目(25月目)で5割前後でした。20年ほど前の25月目在籍率は2割程度だったので、実はこれでもかなり改善しています。ただ、採用しても2年で半数が退職してしまうようなチャネル運営でいいのかという疑問は残ります。

ターンオーバーの何が問題なのか

厳しい営業職なので、100人採用しても2年後には50人しか残らないのは仕方がないという考え方もあるでしょう。今のビジネスモデルでは、顧客開拓からクロージングまで、基本的に個人のスキルにかかっているからです。
ただし、100人を採用し、営業職員として育てるには、会社として多額のコストがかかっています(例えば近年、保険会社は新人層の固定給を増やしています)。短期間で半数が退職してしまうのは、いわばコストを無駄にかけているようなものです。

問題はそれだけではありません。早期に退職した職員の獲得した契約は、退職後に解約となってしまう傾向があります。優先順位の低い保険にいわば義理・人情で入っていた顧客も不幸ですし、保険会社にとっても解約は企業価値を減らす要因です。
さらに言えば、早期に退職した職員やその顧客が、その保険会社にいい印象を持つとは思えませんので、保険会社は自らブラックなイメージを世間に広めてしまっていることになります。

超厳選採用かマニュアル化か

明治安田生命は営業職員の固定給制度(1年間の活動内容に応じ、翌年の給与を固定給として支払う)の導入など、チャネル改革を進めていく方針を社長インタビューなどで示しています。また、第一生命ホールディングスは先日公表した中期経営計画で、「過去の成功モデルや量的拡大にこだわらず、真にお客さま満足を高めることができる『高能率層』の拡大に重点を置いた運営に大きく舵を切り、従来の大手社のイメージからは一線を画した水準」を目指すとしています。

もっとも、採用した職員の在籍率を一段と高めるには、採用を3割減らすといったレベル感ではなく、応募者100人のうち営業センスのある1、2人しか採用しないくらいの超厳選採用に踏み切る必要があるのかもしれません。あるいは、業務を徹底的にマニュアル化して、誰もが標準活動を行う固定給のチャネルとすることも考えられます。
どちらも同じ業界に成功例がありますし、少なくとも現在の延長線上では「改革」を繰り返すことになってしまいそうです。
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『保険の教科書』刊行のご案内

新刊のご案内です。この4月に中央経済社から書籍「利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書」が出ることになりました(4月9日発売と聞いています)。単著としては実に2008年以来となります。

保険論は歴史のある学問ですので、保険理論に関する書籍は数多くあります。しかし、昨年から大学で本格的に教えるようになって、保険と保険産業の全体像をわかりやすく記述した初学者向けの書籍が意外にも見当たらないことに気づきました(特に保険産業について)。保険を学ぶのであれば、それを提供している保険産業がどうやってリスクを引き受けているのかも知る必要があると思うのですね。
そこで、出版社と相談したうえで、初めて保険を学ぶ学生のほか、保険産業(保険会社、保険代理店など)で働く若手社員をはじめ、保険に関心を持つ皆さんに向けた入門書を思い切って執筆した次第です。報道関係の皆さんにもぜひ手に取ってほしいです。

当初は前期の「保険論」「保険論入門」の講義と並行して執筆を進める計画でした。ところが、実際はオンライン対応などで7月まではとても執筆にあてる時間をとれるような状況ではなく、夏休みを返上して泣く泣く原稿書きに勤しみ、なんとか4月刊行に滑り込むことができました(中央経済社のHさん、ご尽力ありがとうございました)。

保険は身近な存在であるにもかかわらず、わかりにくいとされる商品・サービスの典型です。保険を提供する保険会社の経営内容はさらに理解されていないと感じます。本書が少しでも「利用者」と「提供者」のギャップを埋めるのに役立つことを願っています。

※写真は岡山県の倉敷です。

 

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