15. 執筆・講演等のご案内

保険会社は契約者に何を提供しているのか

inswatch Vol.1014(2020.1.6)に寄稿した記事をご紹介します。
現場のかたを念頭に、保険会社が経済的にみて何を提供しているのかという話を書いたのですが、ご理解いただけたでしょうか?
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将来のキャッシュフローを提供

新年ということもあり、今回はそもそも保険とは何かについて、改めて考えてみたいと思います。

読者の皆さんは保険流通に関わっているかたが多いでしょうから、保険会社が契約者に何を提供しているのかと聞かれると、「安心」「万一への備え」あるいは「愛情」といった答えが返ってきそうです。それはその通りなのですが、もう少し本質的に考えてみると、「キャッシュフロー」という言葉が浮上します。
保険会社は契約者から保険料を受け取り、将来、死亡や事故などのイベントが発生したら、契約者との間で予め決めておいた保険金額(査定による決定額を含む)を支払います。つまり、保険会社は契約者から取得したキャッシュフローをもとに、将来のキャッシュフローを提供しているのです。これは生保でも損保でも同じです。

生保と損保の経営リスクの違い

ただし、生保と損保では一般に契約期間が異なります。生保の契約期間は非常に長く、キャッシュフローの提供がかなり先になることが多いので、保険会社の経営リスクとして最も重要なのは、この間に経済環境や金融市場が大きく変動することです。死亡率や疾病の発生率もそれなりに変化するとはいえ、損保に比べれば限られています。
他方で、損保の契約期間は1年であることが多く、キャッシュフローを提供するまでの期間は短いのですが、事故の内容によって保険金の支払額が大きく変動するため、保険引受リスクの管理が重要となります。

原材料を仕入れる前に価格が上昇

保険が通常の商品と違うのは、原材料を仕入れなくても商品を提供できてしまうところです。
それでも損保の場合には、前述のように保険引受リスクの管理が重要なので、企業物件を中心に、保険会社が引き受け可能と判断した範囲内で保険を提供するのが以前から一般的な実務となってきました。

ところが生保の場合には、原材料を仕入れずに商品を大量に提供してしまったため、後になって困るということが起きています。

保険会社が将来のキャッシュフローを提供するためには、原材料として金融市場からキャッシュフローを仕入れてこなければなりません。原材料の価格は金利水準によって変わり、金利が上がると原材料が安くなり、金利が下がると原材料の価格が上がります(公社債の価格をイメージしていただければいいと思います)。
それを、「今は原材料価格が高いから、後で調達しよう」「そもそも日本では原材料を仕入れるのが難しい」などと後回しにしていたら、金利水準が一段と下がってしまい、仕入れる前に原材料の価格が上がってしまいました。これが今の生保が直面している現状です。

こうした現状は、現在公表されている基礎利益やソルベンシーマージン比率を見てもわかりません。
金融庁が経済価値ベースのソルベンシー規制を導入しようというのは、今の規制や会計の枠組みでは把握できない、保険会社が直面している現状を把握しようという取り組みなのです。
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※私の母が孫娘の着付けをしました。

 

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生損保決算のインタビュー

保険毎日新聞にインタビュー記事が載りました。1月8日が生保、9日が損保です。
半年前と同じく、単に決算データの解説をするのではなく、決算数値をもとに保険会社の経営内容についてコメントするというもので、恥ずかしながら写真付きです
(8日と9日で写真が微妙に違うようです)

【生保】大きなイベントの影響、色濃く反映

生保では、現時点では各社が掲げる「保障性商品への回帰」が順調かどうか、決算データからではまだわからないというコメントをしました。

ただ、「これまで経営者向け保険に注力していた保険会社や販売チャネルが一般の個人向け保障性商品の販売に戻れるのかというと、結構難しいと思う」
「経営者向け保険は、節税という明確で顕在化しているニーズがあり、かつ、単価が非常に高い。それに比べて保障性商品は、第三分野であればある程度ニーズは顕在化しているかもしれないが、単価は低く、第一分野の商品であれば、個人にしっかりコンサルティングを行い、ニーズを掘り起こさないと売れない。両者はかなり違う世界だと考えている」とも話しています。

外貨建て保険を中心とした国内系生保のリスクテイクについても、やや踏み込んだ話をしています(といっても、いつもここで書いているような内容です)。

【損保】垣間見えたグループ経営のリスク

損保では、自然災害の影響を受けた国内損保事業ではなく、国内生保事業や海外事業に着目したコメントをしました。
国内生保事業については、クロスセルを行う損保系代理店、経営者向け保険に強みを持っていた生保プロ、保険ショップに代表される乗合代理店といったそれぞれのチャネルが経営リスクを抱えており、今回の決算でマネジメントの難しさが垣間見えたという内容です。
海外事業については、MS&ADグループの「のれんの減損」に着目したコメントをしています。

ということで、機会がありましたらご覧ください。

※写真は韓国・釜山の魚市場です。

 

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外貨建資産の増加

inswatch Vol.1010(2019.12.9)に寄稿した記事をご紹介します。
今回は生保の資産運用について取り上げています。
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一般勘定資産の3割を占める

生保の4-9月期決算の発表があり、各社の9月末の資産構成も公表されました。
過去10年間の国内系生保の資産構成(一般勘定)推移を見ると、外貨建資産の割合が一貫して高まっていったことがわかります。9社合計ベースでは、2009年度末には13%だったものが、この9月末には29%となりました。参考までに、国内株式の割合は約10%でほぼ横ばいです。
外貨建資産には外国株式や海外インフラファンドなども含まれますが、その8割以上は外国公社債です。各社が公表するデリバティブ取引の状況から推測すると、外貨建資産の6割強は為替リスクをヘッジした公社債(いわゆるヘッジ付き外債)が占めているようです。

外債投資の狙い

日本の生保が長期資金の担い手としての社会的な役割を果たしてきたのは事実です。ただし、それはあくまで結果であって、生保はそのために保険料を集めているのではありません。
生保の資産運用に求められる役割は次の2つです。1つは長期にわたる保険契約を全うするため、保険商品に内在する金利リスクをヘッジすること。もう1つは追加的なリスクテイクによりリターンを追求することです。優先順位が高いのは当然ながら前者で、金利変動の影響とどう向き合うかが生保資産運用の最大課題となっています。

外債投資の位置づけは、後者の「追加的なリスクテイクによるリターン追求」です。為替リスクのあるオープン外債ではなく、為替リスクを外したヘッジ付き外債であっても、超長期にわたる保険負債の金利リスクをヘッジしようとする投資行動ではなく、前者の役割ではありません。
ヘッジ付き外債は通常、中長期の外債を購入し、短期間の為替ヘッジを継続して行うというものです。現物とヘッジの期間をずらすことで、生保は円建ての公社債よりも高いリターンをねらうことができます。「円金利があまりに低いので、運用利回りを少しでも高めたい。でも、為替リスクは抱えたくない」ということで、今では生保の主力資産となっています。

「基礎利益」が誤ったインセンティブに

外債投資がここまで増えた理由の1つとして、私は「基礎利益」の存在も大きいとみています。
基礎利益はもともと、「生保は毎期の逆ざやを期間損益では吸収できず、体力をすり減らしているのではないか」という外部からの疑問に答える形で公表された指標です。確かに当時(2000年前後)はメディアや保険評論家による誤った情報も多く、公表には一定の効果があったと思います。
しかし、近年の動きを見ると、外債投資に伴う利息収入の増加が基礎利益を支えていて、生保の基礎的な収益力を示す指標とは言いがたい状況となっています。しかも、外債投資に伴う為替リスクやヘッジコスト、あるいは海外金利リスクは基礎利益に反映されません。「メディアに取り上げられるから」「風評リスクが心配」といった目先の理由で基礎利益の拡大を図るのは、長期にわたる保険契約の全うをむしろ難しくしているように思います。

なお、生保が外貨建て保険の販売を増やしていることも、外貨建資産が増える一因となっています。おそらく国内系9社ベースであれば、外貨建ての保険負債の割合は全体の数%だと思いますが、会社によっては外貨建て保険に注力し、かなりの規模となっているところもあるようです。
ところが、生保業界は外貨建て保険負債の規模を公表していません。外貨建て保険の見合いとしてオープン外債を保有するのと、円建て保険で追加的なリターン確保のためにオープン外債を持つのとでは、やっていることの意味がまるで違います。生保の経営リスクを外部に理解してもらい、それこそ余計な風評を発生させないために、速やかな情報開示を求めます。
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※香港の動きも気になります。

 

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損保総研で講師を務めます

セミナーのご案内です。
12月17日(火)に損保総研の特別講座で講師を務めます。
演題は「内外ソルベンシー規制の動向と経済価値ベースの保険ERM再考」です。

損保総研では2000年以降、ほぼ毎年講師を務めていまして、保険会社の経営内容や健全性規制などの「定点観測」をお伝えする機会となっています。
例えば10年前の2009年12月には「金融危機と保険会社経営」という演題で、保険会社の経営分析やリスク管理の現状などをお話ししました。
一昨年の演題は「今だからこそ問われる保険会社のERM」、昨年は「知っておきたい保険関連の健全性規制の背景と方向性」でした。

今回は、内外ソルベンシー規制にいろいろと動きがありましたので、まずはその話をしたうえで、後半は規制以外の話をしようと考えています。
師走のご多忙な時期だとは思いますが、機会がありましたらぜひご参加ください。

※ユーザー数が11億とは驚きです

 

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貯蓄と保険のちがい

inswatch Vol.1006(2019.11.11)に寄稿した記事をご紹介します。
本文中にある「終身年金パズル」とは、長生きリスクには貯蓄よりも終身年金のほうが有利にもかかわらず、民間が提供する終身年金があまり普及しないという現象のことです。
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長生きリスクへの備え

例えば90歳を超えて長生きした際の経済的な負担に対しては、貯蓄(資産形成)と終身年金(社会保険を含む)が代表的な手段となっています。
貯蓄の場合、自分が何歳まで生きるかわからないので、多め多めにお金を用意しておく必要があり、結果として多額の貯金を残して亡くなることになりがちです。
これに対し、保険の仕組みを使えば、長生きリスクに対して合理的に備えることができます。もちろん、平均寿命が将来的にどうなるかはわかりませんが、個々人ではなく集団として備えるので、これまで培ってきた保険の技術で対応することが可能です。

貯蓄ではなく保険

しかし、終身年金やトンチン年金など、長生きリスクに備えた保険を貯蓄としてとらえる発想が根強いようです。これだと、支払う保険料と受け取る給付の金額を比べ、損だ得だという話になってしまいます。
日本生命が2016年に「ニッセイ長寿生存保険」を発売した際も、「平均寿命まで生きた場合でも、年金の受取総額は保険料の支払い総額よりも少なく、損失が出る」という批判がありました。
こちらもご参照(過去のブログです)

長生きリスクに保険で備えようという発想であれば、このような考え方は誤りです。保険ですから、例えば90歳以降の保障を受け取るために、いわば掛け捨ての保険料を支払うというように考えるべきです。
一般的な生命保険(死亡保障)のことを考えていただければ、よりわかりやすいかもしれません。例えば40歳で20年間の定期保険に入った場合、60歳までの間に加入者が死亡したら、遺族に保険金が支払われます。加入者は60歳までの20年間の死亡リスクに対する備えとして保険に入ったのであって、60歳になって「これまで保険料を支払ってきたのに何も受け取れなかった」と保険会社に文句をいうのは筋違いだとわかります。
長生きリスクに保険で備えようとした場合もこれと同じことです。貯蓄として保険商品を提供するのであればともかく、保障を提供するのであれば、「返戻率が高い」といった話法からは卒業したほうがいいと思います。

民間保険会社の役割に期待

先ほど「長生きリスクへの備えとしては、貯蓄と終身年金が代表的な手段」と書きましたが、実のところ、民間の保険会社はこの分野で必ずしも大きな役割を発揮していないように見えます。というのも、終身年金の主な担い手は社会保険(国民年金、厚生年金など)であって、保険会社が提供する終身年金は主力商品とはなっていないためです。

平均寿命が延びるなかで、民間として長生きリスクを引き受けるのが難しいのは確かですが、他方で終身保険を提供しているので、両者でセルフヘッジ(終身の長生きリスクと死亡リスクが打ち消し合う)効果がえられるはずです。今の金利水準では魅力ある商品の提供が難しいということもあるとは思いますが、主力商品となっていないのは、保険会社のリスク管理上の制約というよりは、むしろ終身年金が顧客にあまり選ばれてこなかったというべきでしょうか
(「終身年金パズル」と言われています)。

しかし、貯蓄と社会保険だけでは老後を豊かに過ごせるかどうか不安が高まっているなかで、より長生きのリスクだけに焦点を絞った商品を民間の保険会社が積極的に提供していくべきではないでしょうか。
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※写真は慶大矢上キャンパスです。9日にJARIPの年次大会がありました。

 

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「生活協同組合研究」に寄稿

生協のシンクタンク(生協総合研究所)が毎月発行している「生活協同組合研究」2019.11に寄稿しました。

本号の特集「生協の共済を取り巻く事業環境」のなかで、私が書いたのは「生命保険における健全性規制の動向と保険会社の対応状況」というもの。
リクエストが保険会社の健全性規制でしたので、共済についてはほとんど触れていません。1か所だけ生命保険の責任準備金を説明した際、比較のために「一律保障・一律掛金」タイプの共済商品は「加入者の高齢化が進み、平均年齢が想定よりも高まると運営が難しくなる」という特徴を述べています。

他にも、著名FPである藤川太さんの「人生100年時代のライフプランと共済」や、保険のなかでも新たな業態である少額短期保険による商品開発の動向、ニッセイ基礎研究所の松岡博司さんによる「米国生保市場の動向」など、いずれも直接的に共済について述べたものではありませんが、興味深い論稿が載っていました。

機会がありましたらご覧ください。

※写真はワルシャワのトラムです。

 

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予定利率ゼロの時代

inswatch Vol.1002(2019.10.14)に寄稿した記事をご紹介します。
月次寄稿となってから生保関係の話を書いていて、今回は標準責任準備金を取り上げています。

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生命保険は加入してからの契約期間が長いため、将来の保険金や給付金の支払いに備えた「責任準備金」の確保が保険会社経営のキモとなります。そこで今回は「標準責任準備金」という規制について取り上げてみましょう。

標準責任準備金制度

生保には損保の参考純率のようなものはなく、会社が保険料率を自由に決めることができます(商品認可は必要です)。とはいえ、まったく縛りがないのかと言うとそうではなく、政府は生保の責任準備金を規制することで、保険会社の健全性を確保しようとしています。
定期保険や終身保険、養老保険などの、いわゆる生命保険は「標準責任準備金」規制の対象で、行政当局が定めた「標準生命表」「標準利率」に基づいた責任準備金を積み立てなければなりません(付加保険料や第三分野の入院・手術等の発生率は規制の対象外です)。

例えば、通常の生命保険(平準払い)の標準利率は現在0.25%です。保険会社はそれよりも高い予定利率を使い、保険料を低く設定することは可能ですが、責任準備金は標準利率で計算したものを積む必要があります。
つまり、予定利率を標準利率よりも高く設定してしまうと、顧客から受け取った保険料だけでは責任準備金を積むことができず、不足分を会社が補わなければなりません。それでは経営が持たないということで、標準責任準備金が生保の価格競争の歯止めとなっています。

一時払い終身の標準利率は0%に

標準生命表のほうは、2018年4月の改定に合わせ、多くの保険会社が保険料を変えたり、商品そのものを見直したりしたので、記憶に新しいかもしれません。トレンドとしては長寿化が続いているため、生命表の改定があると、定期保険のような死亡保障の保険料は下がり、個人年金のような生存保障の保険料は上がります。
これに対し、標準利率は一貫して引き下げが続いてきました。標準利率は責任準備金を計算するうえでの割引率なので、利率が下がると、より多くの責任準備金を積まなければならず、保険料は上がります。

標準利率は長期国債の利回りをベースに決めています。ただし、通常の平準払いの生命保険と一時払いの貯蓄性商品では設定方法が異なります。
通常の生命保険では、10年国債利回りの3年平均と10年平均の低いほうをもとに利率を設定するのに対し、一時払いの貯蓄性商品では、利回りの3か月平均と1年平均の低いほうをもとに設定します(一時払い終身保険では10年国債利回りのほか、20年国債利回りも活用)。

すなわち、一時払いの貯蓄性商品は標準利率が金利変動に連動しやすい仕組みとなっているのですが、一部で報道されているように、最近の低金利を受けて、来年1月から一時払い終身保険の標準利率がついに0%に下がることになりました。生保にとって厳しい経営環境が続きます。
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※写真はポーランドの古都クラクフです。旧市街全体が世界遺産とのこと。

 

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保険法のシンポジウム

インシュアランス生保版(2019年9月号第4集)にコラムを執筆しましたので、ご紹介します。
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保険学会で登壇

10月26、27日に関西大学で開催される日本保険学会の全国大会で、シンポジウム「保険法10年の経験と今後の課題」に登壇することになった。

おそらく読者の皆さんがコンプライアンス等で意識する法律としてまず頭に浮かぶのは保険業法であろう。保険業法は保険会社に対する監督について定めたものであり、保険契約者等の保護を目的としているが、契約当事者間のルールについて定めたものではない。これに対し、08年に制定された保険法は保険契約に関する一般的なルールを定めたもので、「保険契約の締結から終了までの間における、保険契約における関係者の権利義務等が定められている」(生命保険文化センターHPより引用)。
もっとも、保険法にも保険契約者等の保護が規定され、これらは片面的強行規定(法律の規定よりも保険契約者等に不利な内容の約款の定めを無効とする規定)とされているので、契約者保護という点で両者は共通したところがある。

保険市場の変化

保険契約の締結という観点から過去10年間の保険市場を振り返ると、銀行や保険ショップといった、保険会社から実質的に独立した販売チャネルの台頭と、16年の改正保険業法の施行により、保険会社に加えて保険募集人も対象にした新たな保険募集の基本的ルールが創設されたことが挙げられよう。

例えば、生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査(平成30年度)」によると、直近加入契約の加入チャネルが大きく変化したことが示されている。営業職員チャネルが最大シェアであることに変わりはないが、平成21年調査の68%から平成30年調査では54%に低下した。その一方で、銀行・証券会社・保険代理店を合計すると、9%だったものが23%まで拡大した(いずれもかんぽ生命を除く)。
1社専属で保険専業の営業職員と、他の金融商品とともに保険も提供する銀行、あるいは消費者の比較ニーズに応える形で品ぞろえを誇る保険ショップでは、同じ保険者(保険会社)と保険契約者の契約であっても、その距離感は異なるだろう。10年前に制定された保険法はこうした市場の変化に対応したものとなっているだろうか。

次の10年

さらに、次の10年間を踏まえると、技術革新の進展による影響を無視できない。もしビックデータ等の活用により、情報の非対称性(保険会社は加入者の情報を知らない)が限りなく解消するとしたら、告知の有無を問う必要がなくなるかもしれないし、むしろ保険会社がリスクを保険料率にきちんと反映しているかどうか(不当に高い保険料となっていないか)が問われるのかもしれない。
契約者同士でグループを作り、リスクをシェアするP2P保険のように、これまでの保険契約法では想定していないようなサービスも登場しつつある。

シンポジウムではこうした過去および将来の保険市場の変化について、実務家として議論のたたき台を示せればと考えている。
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保険会社の健全性政策の見直し

inswatch Vol.999(2019.9.23)に寄稿した記事をご紹介します。
今回は健全性規制見直しの話を寄稿しました。
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有識者会議が始まる

ソルベンシー・マージン比率規制に代表される保険会社の健全性政策を全面的に見直そうという動きがあります。
現行のソルベンシー・マージン比率の導入は1996年でした(比率に基づく早期是正措置の導入は1999年)。しかし、その後相次いだ生損保の経営破綻を防ぐことはできず、破綻会社の契約者は何らかの不利益を被ることになりました。金融庁は2010年にリスク計測やマージン算入の厳格化を行いましたが、これは段階的見直しの第1弾と位置付けられており、本格的な見直しはまだ実現していません。
こうしたなかで、金融庁は5月末に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」を設置し、6月以降、国際的な議論も踏まえた国内規制の方向性について検討を進めています。

「意図せざる影響」への懸念

第一回事務局説明資料「4.主要な論点」には、新たな規制の導入が関係者にどのような便益をもたらすかといった点に加え、規制導入による「意図せざる影響」を考慮すべきという姿勢がうかがえます。
同じ資料の「3.保険会社の現状」に、「資本市場における保険会社の位置づけ」「保険会社の資産運用の状況」「保険商品の変遷」が示されているのを見ても、新たな規制導入によって保険会社の資産運用や商品戦略が変わりうることを意識しているのでしょう。

検討されている「経済価値ベースのソルベンシー規制」では、資産・負債を時価評価することで、現行規制よりも保険会社(特に生命保険会社)の経営実態やリスク特性をとらえたものとなる見込みです。
実のところ自己規律がしっかりしていれば、新たな規制が入ったとしても基本的には経営戦略を大きく変える必要はないと考えられます。ただし、仮に緩い内部管理に基づいて資産運用や商品開発を行っている会社があれば、新たな規制の導入は経営戦略の見直しを迫ることになるのでしょう。

社会的な役割よりも優先すべきもの

懸念されている「意図せざる影響」のなかには、長期投資家としての機能など、生命保険会社が果たしてきた社会的な役割が果たせなくなるというものがあります。
しかし、そもそもの当局の「意図」として、現行規制を見直すことで、保険会社の健全性を確保したいということはあるはずです(それ以上の意図はわかりませんが)。社会的役割が果たせなくなるからといって、不十分な規制となってしまったら、それこそ本末転倒です。

今後の有識者会議でどのような方向性が示されるのか、今後の議論に注目したいと思います。
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※写真はタイのメークローン市場です。

 

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減収は増益要因

inswatch Vol.993(2019.8.12)に寄稿した記事の紹介です。
メディアが生保会計を理解したうえで報じてくれるといいのですが、そうでないと不信感をあおることになってしまいそうです。

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日本郵政グループの不適切な保険販売は、商品供給を担うかんぽ生命や日本郵便の上層部と、現場で販売を担っている郵便局の距離の遠さをはじめ、グループ固有の要因が大きいのかもしれません。
それでも、他の保険関係者にとって対岸の火事と言い切れるでしょうか。「こんなことありえない」と切り捨てるのではなく、自らに置き換えて考えてみることが代理店経営を強くするのではないかと思います。

業績予想は「修正なし」

ところで、かんぽ生命の植平社長は7月の会見で、2020年3月期の業績予想は今のところ「修正なし」とコメントしています。
かんぽ生命は上場会社なので、当期純利益などの大幅な増減が見込まれるようであれば、適時開示制度に基づいて速やかに公表しなければなりません。当面は積極的な営業活動を行わない方針を打ち出したこともあり、今期の新契約が大きく落ち込むのは避けられないでしょう。それにもかかわらず「修正なし」というのは、影響の大きさが現時点ではよくわからないというだけではなく、保険会計の特殊性が関係していると考えられます。

新契約の減少は増益要因

生命保険会社が新契約を獲得すると、その年度に入ってくる保険料を「保険料収入」として計上します。平準払(回払)であれば、契約者は何年もかけて保険料を支払うので、当期の決算に計上されるのは実際に払い込まれた数回分の保険料だけです。
他方で、保険会社が事業を遂行するための経費は、発生した時点で「事業費」として計上します。新契約を獲得するには代理店手数料や広告宣伝費をはじめ、多額のコストがかかります。大手生保(かんぽ生命を含む)の場合、事業費総額の3、4割が営業活動費です。
保険料収入として計上するのは実際に払い込まれた数回分にもかかわらず、新契約獲得のためにかかった費用はその時点で計上しなければならないため、新契約を獲得すればするほど減益となり、反対に、前年度よりも新契約が減れば増益要因となる、というのが現行の保険会計です。

新契約価値は減少へ

もちろん、新契約が落ち込んだにもかかわらず増益になったとしても、保険会社の経営にとって喜ばしい話ではありません。エンベディッド・バリュー(EV)を公表している会社であれば、新契約価値の減少がEV成長の足かせとなっていることが公表資料からわかるはずです。
さらにいえば、保険会社の会社価値には、将来にわたり新契約を獲得する能力も含まれています。営業基盤の悪化はただちに会計損益に表れるものではありませんが、会社価値には深刻な影響を及ぼします。
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※写真は伊東温泉です(8/3撮影)。

 

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