リスクをどう伝えるべきか

今週のInswatch Vol.1119(2022.1.10)に寄稿した記事をご紹介します。リスクマネジメントは奥が深いですね。

——————————
新しい年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

リスクをどう評価するか

読者の皆さんの多くは保険ビジネスに関わっているかただと思いますので、一般の人に比べると「リスク」や「リスクマネジメント」について、より深く理解されているのではないかと思います。
ご存じのとおり、リスクマネジメントを行うにはリスクを認識し、何らかの形で評価する必要があります。
もし、リスクによって生じうる損失や利益の大きさと、そのリスクの発生頻度がわかれば、リスクの大きさを数値で表すことも可能です。例えば3メガ損保グループはいずれも、グループの直面する主要な経営リスクを数値化し、自己資本(広義)と対比するリスクマネジメントを行っています。

2つの思考システム

問題は一般の人がリスクをそのようにとらえているか。つまり、専門家と同じようにリスクを評価するかという点です。

リスク心理学を専門とする中谷内(なかやち)一也先生の著書『リスク心理学』によると、私たち人間の判断や意思決定は「二重の思考システム」に支えられているそうです。
このうちシステム1は、すばやく自動的に働き、大雑把にとるべき方向性を判断するというもの。システム2は、時間がかかるものの意識的に思考し、精緻な判断をしようというもの。そして、日常の判断はシステム1で行われがちだといいます。

論理的な思考を行うシステム2によってリスクを評価するには、多くのデータと、データを分析する技術が必要です。これらがなくても人間が太古の昔から生き残ってきたのは、物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1が有効だったからだと考えられます。

ただし、システム1には「思い出しやすい事象は発生する確率が高いと判断しやすい」「ある数値を一度基準として考えてしまうと、無関係な意思決定に影響を及ぼしてしまう」「自らの感情を手掛かりにリスクや便益の判断を行いやすい」などのクセがあり、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価することにもなりかねません。

例えば、2011年に発生した東日本大震災では、沿岸各地に10メートルを超える巨大津波が押し寄せ、多くの犠牲者が出ました。この「10メートル」という数字が人々の意識に刻み込まれてしまったため、避難すべきと考える津波の高さが大震災の前後で変わってしまい、50センチや1メートル程度の津波であれば避難しなくてもいいと考える人が増えてしまったそう
です(震災前は50センチや1メートルで避難するという人が多かった)。
津波のエネルギーは1メートルでもすさまじく、リスクの過小評価が起きている可能性があります。

システム1の存在を踏まえた伝達を

皆さんをはじめ、専門家による定量的なリスク評価はシステム2によって生み出されます。専門家は一般の人に対し、システム2によって理解され、判断に生かされることを期待して、様々な説明を行います。
ところが多くの場合、提供された情報は人々のシステム1によって処理されてしまうため、リスクが過小評価されたり、過大評価されたりします。

では、どうしたらいいのでしょうか。専門家がリスク評価の考え方を一般の人にわかりやすく説明するというのが正攻法ですが、まずは人間の2つの思考システム(特にシステム1の存在)を知ったうえで、システム1に響くように伝える工夫が求められているのだと思います。
——————————

※写真は「のだめカンタービレ」のロケ地です。

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。