15. 執筆・講演等のご案内

生保の規制対応が一巡

最初にセミナーのご案内です。
今年も損保総研の特別講座で講師を務めることになりました。
保険会社経営の今後を探る ~最近の環境変化を踏まえて~」という演題で、6月28日(火)の18:00開催となっています(申込締切は21日)。zoomによるライブ配信なので、お茶の水の損保総研に行かなくても参加可能です。ご関心のあるかたはぜひご参加ください。

さて、主要生保の2021年度決算が出そろい、5月27日の日経には決算のまとめ記事のほか、「超長期債 買い手消える日(有料会員限定)」という記事が出ていました(ポジションというコラムです)。

「資本規制への対応で買ってきた生命保険会社の対応が一巡した(後略)」

「(市場参加者のコメント)『買い増しは昨年度までに一巡した。需給面で生保の超長期債への買い圧力は今後弱まる』と話す」

このようなことが書いてあったので、文字通りポジショントークとは思いつつ、まずは「一巡した」と言えるほど買い増しが進んだのか、決算発表で残存期間別の公社債残高を公表している主要生保10社の数字を確認してみました。
この1年間で10年超の公社債を増やした会社は7社ありましたが、前年度よりも増加が目立ったのは第一と大同くらいでした。住友や朝日のように、10年超の公社債を数期連続して減らしている会社もありました。

次に、規制対応が必要なのかどうかです。
各社が任意で公表しているESR(第一、明治安田、T&D、富国、ソニー)や金融庁フィールドテストなどから判断すると、そもそも新規制になると資本不足状態という主要生保はおそらくなさそうです。ただ、金利リスクの占める割合が大きく、金利変動によりESRが大きく動いてしまうので、金利リスクを減らしたいと考えている会社が超長期債の購入などを行っています(金利が下がると分子の資本が減るうえ、分母のリスク量も増えてしまう会社が一般的なようです)。

このあたりの判断は会社によって異なっていますし、2016年のマイナス金利政策の導入以降、生保業界の超長期債購入ペースは明らかに鈍化しました(金利リスクを減らしたいと考えていても、超長期金利があまりに低い水準になって実行を躊躇した)。これが全体として買い増しに転じたのは2020年度からなので、わずか2年間で金利リスクを減らしたいと考えている会社が目標を達成したとは考えにくいです。

なお、金利リスクの手掛かりとなるEVの金利感応度は、円金利だけではなく海外金利も同時に変動するので、要注意です。円金利の上昇はEVにプラス(超長期の負債を抱えているため)、海外金利の上昇はマイナス(保有資産の価格が下がるため)なので、これだけ外国公社債の残高が増えると相殺される度合いが大きくなり、感応度分析の役割を果たさなくなりつつあります。
実際、2021年度決算では海外金利の上昇によって外国公社債の価格が下がり、円金利の上昇によるプラス効果を打ち消すという事態が生じました。
会社の経営状況を外部ステークホルダーに伝えるには、いくつかの会社が今回の決算発表で行ったように、円金利と海外金利に分けた感応度を開示すべきだと思います。

※写真はドーム球場近くのビーチです。

 

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日本企業のリスクマネジメント意識が変わる?

今週のInswatch Vol.1136(2022.5.16)に寄稿した記事をご紹介します。
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企業のリスク意識の低さ

以前(2020年6月)のプロフェッショナルレポートで、「(変化の兆しが見られるとはいえ)日本企業のリスクマネジメントに対する意識が総じて低く、最低限の保険にしか加入していない」と書きました。
例えば、2011年の東日本大震災による経済損失が20兆円規模だったのに対し、支払われた保険金額は1兆円をはるかに下回るものでした(家計向けの地震保険を除く)。また、3メガ損保グループによるコロナ関連の保険金支払いはそれぞれ数百億円に達したものの、そのほとんどは海外事業によるものでした。
日本企業が最低限の保険にしか加入していなくても、経営者が直接コントロールできない外部環境の急激な変化による損失発生は「仕方がないもの」として許される雰囲気があったのかもしれません。あるいは、企業向け保険の主要チャネルが企業代理店となっていて、企業のリスクマネジメント部門との十分な連携がないままに保険を手配してきたのかもしれません。

ガバナンス改革の進展

しかし、ここにきて、日本企業のリスクマネジメント意識を高めるような風(保険ビジネスにとっては追い風)が強まっているのを皆さんはご存じでしょうか。
1つはコーポレートガバナンス改革の進展です。松田千恵子先生の著書 『コーポレートガバナンスの進化』(2021年、日経BP)から引用すると、「戦後以来強固であったメインバンクガバナンスの枠組みも、90年代後半には揺らぎをみせます。それまでのメインバンクガバナンス(主要取引銀行によるガバナンス)から、エクイティガバナンス(株主によるガバナンス)へ、世の中は移り行くことになったのでした。コーポレートガバナンス・コードはこうした流れを決定的にしました(44ページ)」ということで、日本企業の経営者は債権者思考から株主思考への対応を迫られています。

利息収入が得られる債権者とは違い、株主は出資した企業の価値が高まらなければ、リターンを得られません。ですから、株主は経営者に対し、出資先のリスクに応じたリターンを求めます。
問題は企業がどのようなリスクを抱えているかです。コーポレートガバナンス・コードは、適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを上場会社の取締役会に求めています。外部環境の変化を自らのリスクとして捉えず、経営努力の範囲外なので「仕方がない」とする経営姿勢を、これまで債権者は許してきたとしても、株主は許しません。メインバンクガバナンスが過去のものとなった現在において、経営者はリスクマネジメント体制を構築し、取るべきリスクや避けるべきリスクを明確にしたうえで、事業を遂行する必要があるのです。リスクのプロである保険業界の出番が増えそうですね。

気候変動リスクへの対応

もう1つは近年、企業が気候変動リスクへの対応を強く求められるようになったことが挙げられます。保険会社も事業を通じ、顧客企業の気候変動対応の支援を求められています(金融庁「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を参照)。
気候変動リスクへの対応がなぜ「追い風」なのか。顧客が気候変動に備えて保険に加入するようになるからでしょうか。いえいえ、この話はそのような表面的なものではありません。
考えてみましょう。顧客企業は気候変動の影響を把握するだけでいいのでしょうか。そうではありません。経営者に求められているのは、気候変動を含めた全社的な機会とリスクを把握することです。気候変動リスクだけを把握しても、そもそも全社的なリスクマネジメントができていなければ、当然ながら持続可能な経営とはなりません。

保険業界はコーポレートガバナンス改革の進展と気候変動対応という2つの追い風を生かし、日本企業のリスクマネジメント意識改革に大いに貢献していただきたいと思います。
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※写真は舞鶴公園のシャクナゲです。

 

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3年ぶりのリアル開催

23回目となるRINGの会オープンセミナーは6月18日(土)、3年ぶりのリアル開催です。場所はいつものパシフィコ横浜となります(ライブ配信も行います)。
お申し込みはこちらからどうぞ。

今回のプログラムはこちらです。「NEXT MOVE」をテーマにした3部構成となります。
第1部は感染症の専門家として知られる松本哲哉先生による基調講演と対談です。私は対談相手として登壇することになっています。
続く第2部は保険業界の働き方改革を探るというもので、組織変革の専門家として注目されている沢渡あまねさんが、旧態然とした保険業界に物申す企画(と私は勝手に解釈しています)です。第三者に言われないとわからないことは多いので、個人的には最も注目しています。
最後の第3部は、第1部と第2部を踏まえ、RINGの会のメンバーである保険代理店の経営者がディスカッションを行うというものです。今年のセミナーの裏テーマ(?)は「保険会社と共に考える」とのことですが、代理店評価制度にも切り込むとのことで、どこまで踏み込んだ話ができるか期待しましょう。

毎年1000名を超える規模で開催してきたオープンセミナー。コロナ禍の直撃を受けて2020年は中止となり、昨年はライブ配信を行いました。今回はいよいよ観客を迎えての開催となります。

オンライン配信には、全国どこにいても視聴できるというメリットがあります。昨年のクオリティを考えると、プログラムから学ぶだけであれば、オンライン参加でも十分かもしれません。
しかし、この2年間、数多くのオンライン会議やセミナーに参加し、オンラインでの講演や授業を行ってきた経験からすると、わざわざ週末の横浜まで出向くだけの価値はあると思います。
とりわけ登壇者からすると、こちらから一方的に話をする状況であっても、出席者の反応がわかるかどうかは大きいのですね。もちろん、オンライン配信や録画であっても最大限の努力をするのですが、オンライン配信を経験したおかげで、対面の場合には無意識のうちに参加者の反応に合わせて話し方を変えたり、内容を調整したりしているとわかりました。

ということで、貴重なリアル開催のイベントですし、久しぶりに仲間と会える機会になるかもしれません(ただし、懇親会はありません)。横浜で多くの方にお会いできることを楽しみにしています。

 

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生保の情報開示充実は喫緊の課題

インシュアランス生保版(2022年4月号第4集)に執筆したコラムです(見出しはブログのオリジナル)。このブログの読者には目新しい内容ではありませんが、経営情報の利用者として繰り返し声をあげていきます。
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最近、生命保険会社のディスクロージャーの現状について改めて確認する機会があった。経済価値ベースのソルベンシー規制(新たな情報開示を含む)の導入まで、まだ数年を要することを踏まえると、契約者保護の観点から緊急性の高い最低限の情報として次の3点の早期開示を強く求めたい。

資産内容の開示不足

まず、資産内容の開示として、「10年超の公社債の内訳」「信用格付別の資産」「外国証券・その他の証券の内訳」を示す必要がある。
生保にとって金利リスクの管理は極めて重要だが、「有価証券残存期間別残高」の開示が「10年超」でひとくくりとなっていて、外部からは管理状況がほとんどわからない。
また、昨年11月の本欄で「生保の資産運用方針」を取り上げた際にも多少触れたが、生保がメディア向けに資産運用方針を説明し、「海外クレジット投資に注力」「オルタナティブ投資を強化」などと報じられても、開示情報が乏しく、実際の行動がどうだったのかを確認できない事態が続いている。

外貨建負債の情報がない

2つめは、外貨建負債の残高開示である。外貨建ての保険の販売状況も開示情報からはよくわからないのだが、円建てよりも予定利率が高い外貨建保険を提供している会社は少なくないとみられる。ところが、各社のバランスシートに保険負債としてどの程度外貨建ての負債が積み上がっているかを示す情報はほとんどないに等しい。
おそらく外貨建負債の為替リスクは外貨建資産を持つことでヘッジしているはずなので、現在入手できる情報だけでは、外貨建資産が増えたからといっても、それが資産運用戦略の一環なのか、あるいは外貨建負債が増えたからなのかを判断できない。
漢字生保の場合、外貨建資産は一般勘定資産の3割程度を占め、重箱の隅をつつくような話ではない。

個人向け配当のタイムリーな開示を

3つめは、個人向け有配当商品の契約者配当総額である。各社は決算発表時に「配当準備金繰入額」を示しているものの、このなかには団体保険や団体年金保険の配当原資も含まれている。
団体保険は基本的に1年間の保障を提供するもので、その配当は保険料の事後精算という性格が強い。団体年金保険は運用商品であり、その配当は保証利率を上回る運用成果を還元するものである。いずれも個人向け保険の配当とは性格が異なるため、これらを合わせて「配当性向」「配当還元割合」などとして示しても、個人保険や個人年金保険の契約者にとって有益な情報ではない。
多くの会社が年度決算の結果、個人向け保険としてどの程度の配当を実施したのかを知る手掛かりを出していないのは異常である。

以上の3点は最近浮上した課題ではなく、筆者は何年も前から開示を求めてきたものである(上場会社はいずれも自発的に情報を開示するようになった)。非上場会社には自発的な開示を期待できないというのであれば、あとは制度開示に期待するしかなさそうだ。
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※キャンパスの緑が濃くなりました。ツツジもきれいです。

 

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保険料率の納得感

今週のInswatch Vol.1132(2022.4.11)に寄稿した記事をご紹介します。
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水災料率の細分化

これまで全国一律だった火災保険の水災料率が、リスクに応じた料率に細分化される見込みです(2024年度から導入と報道されています)。水災リスクが低いにもかかわらず、高リスク契約者と同じ保険料率を負担するのは確かに納得感がなく、結果として低リスク層の水災補償離れが進み、付帯率は年々下がっています。
リスクに応じた料率を導入しても、そもそも火災保険は強制加入の保険ではなく、低リスク層の水災補償離れに歯止めをかけるのは簡単ではないかもしれません。家森信善教授が実施した意識調査によると、住宅購入前にハザードマップ等で自然災害のリスクを確認したという回答が全体の8割に達しており、水災リスクを確認したうえで住宅を購入するという行動はかなり定着している模様です。付帯率を下げ止まらせるには、料率をハザードマップ等とリンクさせることに加え、低リスクであっても無リスクではないことを住宅保有者に理解してもらい、加入を促す取り組みが求められます。

「一律掛金・一律保障」共済の場合

リスクの異なる加入者が同じ料率というのは、低リスク加入者が高リスク加入者を支えているということなので、強制加入でもないかぎり、このような仕組みは長続きしないはずです。
ところが探してみると、死亡率や入院発生率の異なる加入者が同一の掛金で同一の保障を得られる仕組みがあります。それは生協共済の「一律掛金・一律保障」タイプの商品です。
例えば、福岡県民共済の総合保障2型の場合、死亡保障や入院保障などのパッケージの月掛金は、18歳から60歳まで一律2000円となっています。18歳から60歳までの死亡リスクや入院リスクが同じはずはなく、若い加入者がシニア加入者を支えていることになります。それでは、加入者の多くがシニア層かといえば、少なくとも数年前に全国生協連を取材した時点では、そのようなことはありませんでした。
比較的若く、低リスクであるにもかかわらず、多くの人が自発的にこの共済に加入する理由はよくわかっていません。共済を提供する協同組織は相互扶助を理念としていますが、その理念に共感した加入者が多いとも考えにくく、つまるところ、月々2000円という掛金の絶対水準の魅力が大きいのではないでしょうか(他にも「割戻金が期待できるから」「長く続ければ自分が支えられる側に回るから」「保険会社は利益優先だと思うから」といった理由も考えられます)。この金額であれば、厳密に考えると不利だとわかっても、納得感があるということではないかと思います。

自動車保険の等級制度の場合

他方、個人向け自動車保険はご承知の通り、「ノンフリート等級制度」や「型式別料率クラス」などにより、リスクに応じた保険料率に近づける仕組みとなっています。
とはいえ、等級制度が本当にリスクに応じた料率を実現しているかといえば、少し考えればそうではないとわかります。運転者のリスクが毎年変わるということはなく、ただ、保険会社には運転者のリスクがよくわからないので、実際にリスクが顕在化した(=保険金を請求した)かどうかに基づいて料率を動かす仕組みとしています。ですから、事故を起こしやすい高リスク運転者によるものであっても、慎重なドライバーがたまたま巻き込まれてしまったものであっても、事故が発生し、保険金を請求すれば等級は同じように下がります。それでも等級制度が長年続いているのは、この仕組みが社会から相応の納得感を得られているためではないでしょうか。

納得感のある料率を実現できるか

以上のように、「一律掛金・一律保障」共済やノンフリート等級制度のように、保険の原理としてはリスクに応じた料率が望ましいとしても、納得感があると考えられているのであれば、必ずしもそうではない料率の仕組みであっても長続きしている事例があるとわかりました。
低リスク層の水災補償離れに歯止めがかかるかどうかは、低リスク層にとって納得感のある料率(あるいは仕組み)となるかどうかにかかっていると言えそうです。
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※写真は長府の功山寺。高杉晋作が挙兵したところだそうです。

 

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金融市場の動揺

このブログのインフラ面を支えていただいているウィズハートの木代さんが、保険代理店業務のほうで「ウクライナ支援付き保険」の販売を始めました。まずは妊婦さん向け医療保険(アイアル少短、エクセルエイド少短)の代理店手数料の50%をウクライナに寄付するというもので、今後さらに他の保険にも広げていくのだそうです。こうした取り組みもあるのですね。

さて、今週のInswatch Vol.1128(2022.3.14)に寄稿した記事をご紹介します。
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期末の市場価格が決算を左右

ウクライナ危機で金融市場が動揺しています。株式リスクや信用リスクの大きい保険会社、あるいは金融市場に連動する保険契約を多く抱える保険会社では、3月末の市場価格によって2022年3月期決算の内容が大きく変わってきます。
ちなみに株式保有と決算の関係ですが、2019年7月に公表された会計基準では、それまであった「期末の貸借対照表価額に期末前1か月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる」という規定がなくなりました。基準を適用した会社では、3月末の株価が会計上の純資産やソルベンシー・マージン比率に直接反映されます(減損の判断基準としては引き続き平均価額を使えるようです)。

どの程度の影響なのか

昨年6月に金融庁が公表した「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する検討状況について」には、新規制導入のためのフィールドテストの結果として、2020年3月末時点における生命保険会社および損害保険会社のESR(経済価値ベースのソルベンシー比率、単体ベースの全社単純合算)とともに、所要資本(リスク量)の構成比が掲載されていました。
所要資本に占める市場リスクと信用リスクの割合は次の通りです。市場リスクによる影響、すなわち、市場価格の変動が保険会社の経営に与える影響は非常に大きいことが改めて確認できます。

 市場リスク  生保:52% 損保:59%
  うち株式  生保:28% 損保:58%
  うち金利  生保:31% 損保: 3%
  うち為替  生保:25% 損保:21%
 信用リスク  生保: 9% 損保: 4%

約2年前の数値ではありますが、その後の資産構成の変化などを踏まえても、傾向として大きく変わっていないと考えられます。ただし、ここでの株式リスクには子会社・関連会社株も含まれているので、特に損保では過大評価となっている可能性がある点にご留意下さい。

上場会社と非上場会社の情報格差は大きい

保険会社のステークホルダーが知りたいのは全社の合算値ではなく、個々の会社の経営リスクでしょう。市場リスクのうち株式リスクであれば、昨年12月末時点の株式保有残高はわかるので、株価下落の影響をある程度つかむことができます。ところが、株式以外の市場リスクや信用リスクに関する情報は非常に少ないのです。金利も為替もクレジット投資も外部からわかることは限られています。
その点、上場会社(持株会社グループなど)は投資家・アナリスト向けに任意の情報開示を行っていて、誰でも各社のサイトからアクセス可能です。例えば第一生命の場合、昨年12月末時点におけるオープン外債(為替リスクのある外債)は一般勘定資産の4.4%を占め、保有する外債の約8割がヘッジ付きであり、外債のうちBBB格のものは外債全体の約10%、といった情報を得ることができます。

各社の経営姿勢が問われる

保険業界には「上場会社はディスクロージャーが進んでいて当然」という感覚があるかもしれません。しかし、保険会社が提供する商品・サービスは自らの経営内容が直接的に影響するという点を忘れてはなりません。もし保険会社の経営が傾けば、将来の 保障(補償)が危うくなりますし、有配当契約の場合には、業績が順調であれば契約者は配当還元を期待できます。1年契約が主流の損害保険であっても、経営内容は引受方針や契約更改時の保険料率に影響を与えます。
ですから、保険会社は法令や業界基準として決められた項目を淡々と開示すればいいのではなく、契約者に有益と考えられる情報を積極的に出していく経営姿勢が求められています。いくらディスクロージャー誌のページ数が多くても、肝心のときに知りたい情報を得られないのであれば、保険業界は情報開示に後ろ向きと言われても仕方がありません。
顧客本位の経営とは保険販売や保険金・給付金の支払いに関することだけではないと思うのですが、いかがでしょうか。
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※写真は特急ゆふいんの森。念願の展望車です。

 

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日経フィナンシャルほか

連日のウクライナ危機のニュースには心が痛みます。保険会社への影響ですが、経済制裁は補償の対象外でしょうし、保険会社のロシア向け与信が大きいとも考えにくいので、まずは、金融市場動揺による影響が気掛かりです。

日経フィナンシャルに投稿

金融ビジネス向けの有料媒体である日経フィナンシャル(NIKKEI Financial)に寄稿した記事が3月8日に掲載されました。題名は「生保決算報道、『真の経営状態』に軸足を」です。

・新聞は生保決算の何を報じてきたか
・「保険料等収入」「基礎利益」が意味するもの
・誰のための報道なのか

本ブログの読者にはこれらの見出しだけでも概ね内容がわかってしまうかもしれません(笑)
とはいえ、これまでの日経フィナンシャルへの寄稿(3回)のうち、「新聞報道を批判する記事をよく日経が載せましたね」などと、これまでで反響が一番多かったです。機会がありましたらぜひご覧ください。
果たして5月の各紙の生保決算報道はどのようなものとなるのでしょうか。

決算公告の実施会社「わずか1.5%」

東京商工リサーチによると、2021年に官報で決算公告した株式会社は全体の1.5%だったそうです。
株式会社は会社法で毎年、決算公告を行う義務があります(罰則規定もあります)。ところが、254万社ある株式会社のうち、わずか4万社しか公告を行っていないというのですね。資本金の小さい株式会社の公告割合が極端に低いことから、東京商工リサーチは「小規模事業者の情報開示への認識が低い」としています。
すべての中小企業に決算公告の義務を課すべきかどうかという議論はありそうですが、少なくとも今の法令で決まっているにもかかわらず、法令違反を当局が何年も黙認しているのはどうしてなのでしょう。
この話(法人税のいびつな構造)とも関係しているのでしょうか。

※八女(やめ)福島の町並みです。静かなところでした。

 

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教員としての気付き

インシュアランス生保版(2022年2月号第3集)に執筆したコラムです。
1か所訂正があります。原文では「学習指導要領の改訂で4月から中学・高校の金融経済教育が拡充される」となっていましたが、中学校はすでに2021年度から施行されていて、この4月から施行となるのは高校だけでした。お詫びして訂正いたします。
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福岡で専任の大学教員になって2年近くになる。私の教員生活はコロナ禍とともに始まり、今もコロナとの共存を余儀なくされている。それでもこの間、様々な発見があった。

まずは最近実施した定期試験について。選抜を目的とした入学試験とは違い、単位を付与するための試験は、こちらが必要と考える水準に学生が到達しているかの確認が重要である。私なりに試した結果、最も適切な出題方法は、意外にも「穴埋め問題」で、しかも、文章中の空欄に入れる候補となる用語をいくつも示している形式だというのが現時点での感触である。
私が講義で最も伝えたかった内容をきちんと理解している学生であれば、満点かそれに近い得点を取る一方、たとえ毎回講義に参加していても理解が十分ではないと思われる学生(小テストで確認)は、総じて高得点にはならなかった。用語を暗記していたとしても、用語を「知っている」と「理解している」とでは次元が違う。正誤を問う問題であれば対処できても(正誤問題は適当に選んで当たる可能性も高い)、候補となる用語の多い穴埋めは、内容を理解していないと正しく埋まらない。「記述式のほうが試験として優れている」「穴埋め問題は教員の手抜き」ということではなく、要は目的に応じた出題を心掛けるということに尽きるのだろう(穴埋めだとコピペの心配もない)。
もっとも、用語が示してあると解答する側が易しく感じるのか、多くの学生がすぐに解き終えてしまい、時間を持て余していたようだった。次回は何か工夫するとしよう。

学生の反応からも気付きがあった。担当するリスクマネジメント論の講義の中で、企業が取るべきリスクを取らないことは、リスクマネジメントの失敗であるという話をしたところ、反響が大きく、「印象に残った」「リスクを取らないとリターンを得られないというのに納得した」「リスクを避けることがリスクマネジメントではないのですね」といった感想が数多く寄せられた。
社会人経験のない学生にとって、そもそも企業活動をイメージするのが難しい。多くの学生は、「リスクとリターンは表裏一体の関係」「保険などを活用しながら避けたいリスクを避け、取りたいリスクを取るのが経営者の仕事」といったことを学ぶ機会がないまま、社会に出ていく。その結果、リスクという用語が危険や損失としてのみ使われ、社会にはゼロリスクを求める空気が蔓延し、企業も慎重になって稼ぐ力は一向に高まらない、とまで言ってしまうのは飛躍しすぎだろうか。
学習指導要領の改訂で4月から高校の金融経済教育が拡充される。個人としての金融リテラシーを高めるための教育ではあるが、単に金融商品の知識を得るだけにとどまらず、リスクとリターンの考え方など金融の基本的な考え方が普及し、徐々に現状が変わっていくことに期待したい。
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※写真は若松(北九州市)です。

 

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保険マーケティングの課題

今週のInswatch Vol.1124(2022.2.14)に寄稿した記事をご紹介します。保険業界の常識は世間の非常識という例かもしれません。
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東京海上グループで商品開発に長年携わってきた星野明雄さんがこのたび『保険商品開発の理論』(保険毎日新聞社)という書籍を出版しました。
はしがきに「保険商品開発の理論を解説したテキスト」とあるとおり、ご自身の経験を踏まえた商品開発担当者向けのテキストなのですが、販売実務に関わる皆さんにも大いに参考になりそうな内容でした。

レーティングとプライシング

保険業界のかたであれば、保険料はどう決まるのかという勉強を一通りしているのではないかと思います(私も大学の講義で教えています)。保険金額と発生率、必要に応じて安全割増を考慮して計算した純保険料に、保険事業運営の費用を賄う付加保険料を加えたものが保険料(営業保険料)です。本書ではこれをレーティングと呼んでいます。
しかし、こうして決まった保険料は保険会社の都合だけで決まっていて、保険マーケットのことを全く考えていません。価格に応じて販売量がどう増減するかを予測し、これを踏まえて保険料を決めるというのが、市場経済の標準語であるプライシングです。プライシングの世界では、消費者がこの価格であれば買ってもいいと考える値段を付け、社会全体の付加価値を生み出すことを目指します。

保険業界は久しくマーケティングが弱いと言われてきました。とりわけ歴史の長い保険会社は募集活動に大きな経営資源を割いていて、「マーケティングといえば、その販売部隊を管理するチャネルマーケティングを意味するケースが多くみられます」(本書132ページ)。レーティングの世界は市場経済とのつながりがないので、マーケティングと言われてもピンとこなかったというのが正直なところかもしれません。

等級プロテクト特約はなぜ失敗したか

商品開発の失敗例として、本書では自動車保険の等級プロテクト特約を挙げています。
この特約があれば、事故を起こして保険金を請求しても、翌年の等級が下がらず、保険料が値上げにならないということで、人気がありました。ところがこの特約が普及すると、小さな事故でも保険金を請求する契約者が増えてしまい、採算が合わなくなってしまったという結末です。

採算が合わなくなったのは、保険料の設定が甘かったからでしょうか。本書では、より本質的な理由は、この特約が社会全体の利益を高めるものではなかったからと説明しています。
確かに個々の契約者だけを見れば、この特約があれば、等級制度による保険料引き上げから逃れることができました。しかし、この特約が広く普及すると、リスクに応じた保険料という仕組みが機能しなくなってしまい、全体として保険の機能が不安定なものとなりかねません。失敗の本質は、この特約が社会全体に新たな価値を提供するものではなかったところにあります。

保険の価値を学ぶことができる

マーケティングの本は数多くあっても、保険に特化したマーケティングを取り扱った書籍はほとんど見当たりません。あったとしても、総じて販売ノウハウの紹介が中心のようです。「ニーズがネガティブ」という保険商品の特性はわかっていても、それが保険ニーズの分析にどう結びつくのか。割引についてどう考えたらいいのか。本書はこのような話を理路整然と、かつ、非常にわかりやすく示しています。
保険の価値についての考察では、なんと「保険の面倒くささ」についての深い洞察もあり、筆者でなければ書けない内容だと思いました。
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※写真は終着駅シリーズ(?)、香椎線の宇美駅です。

 

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リスクをどう伝えるべきか

今週のInswatch Vol.1119(2022.1.10)に寄稿した記事をご紹介します。リスクマネジメントは奥が深いですね。

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新しい年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

リスクをどう評価するか

読者の皆さんの多くは保険ビジネスに関わっているかただと思いますので、一般の人に比べると「リスク」や「リスクマネジメント」について、より深く理解されているのではないかと思います。
ご存じのとおり、リスクマネジメントを行うにはリスクを認識し、何らかの形で評価する必要があります。
もし、リスクによって生じうる損失や利益の大きさと、そのリスクの発生頻度がわかれば、リスクの大きさを数値で表すことも可能です。例えば3メガ損保グループはいずれも、グループの直面する主要な経営リスクを数値化し、自己資本(広義)と対比するリスクマネジメントを行っています。

2つの思考システム

問題は一般の人がリスクをそのようにとらえているか。つまり、専門家と同じようにリスクを評価するかという点です。

リスク心理学を専門とする中谷内(なかやち)一也先生の著書『リスク心理学』によると、私たち人間の判断や意思決定は「二重の思考システム」に支えられているそうです。
このうちシステム1は、すばやく自動的に働き、大雑把にとるべき方向性を判断するというもの。システム2は、時間がかかるものの意識的に思考し、精緻な判断をしようというもの。そして、日常の判断はシステム1で行われがちだといいます。

論理的な思考を行うシステム2によってリスクを評価するには、多くのデータと、データを分析する技術が必要です。これらがなくても人間が太古の昔から生き残ってきたのは、物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1が有効だったからだと考えられます。

ただし、システム1には「思い出しやすい事象は発生する確率が高いと判断しやすい」「ある数値を一度基準として考えてしまうと、無関係な意思決定に影響を及ぼしてしまう」「自らの感情を手掛かりにリスクや便益の判断を行いやすい」などのクセがあり、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価することにもなりかねません。

例えば、2011年に発生した東日本大震災では、沿岸各地に10メートルを超える巨大津波が押し寄せ、多くの犠牲者が出ました。この「10メートル」という数字が人々の意識に刻み込まれてしまったため、避難すべきと考える津波の高さが大震災の前後で変わってしまい、50センチや1メートル程度の津波であれば避難しなくてもいいと考える人が増えてしまったそう
です(震災前は50センチや1メートルで避難するという人が多かった)。
津波のエネルギーは1メートルでもすさまじく、リスクの過小評価が起きている可能性があります。

システム1の存在を踏まえた伝達を

皆さんをはじめ、専門家による定量的なリスク評価はシステム2によって生み出されます。専門家は一般の人に対し、システム2によって理解され、判断に生かされることを期待して、様々な説明を行います。
ところが多くの場合、提供された情報は人々のシステム1によって処理されてしまうため、リスクが過小評価されたり、過大評価されたりします。

では、どうしたらいいのでしょうか。専門家がリスク評価の考え方を一般の人にわかりやすく説明するというのが正攻法ですが、まずは人間の2つの思考システム(特にシステム1の存在)を知ったうえで、システム1に響くように伝える工夫が求められているのだと思います。
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※写真は「のだめカンタービレ」のロケ地です。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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