14. 書評

エンベディッド・インシュアランス

話題となっていた書籍「エンベディッド・ファイナンス」をようやく読みました。
日本語では「組込型金融」と言ったらいいのでしょうか。非金融企業が既存サービスに金融サービスを組み込んで提供することを指し、本書によると、フィンテックの潮流としては、「フィンテック企業の登場と金融機能のアンバンドル化」「オープンAPIによる銀行とフィンテック企業との協業実現」に続く第3の波に位置付けられるとのことです。

読んでいて気が付いたのは、エンベディッド・インシュアランス(組込型保険)の事例として紹介されているのは損保分野ばかりということです。モバイル端末の補償保険、ANAのキャンセル保険、テスラの自動車保険、マイクロソフトのサイバー保険などなど。
決済、融資、バンキング(口座提供や資金移動など)、保険、投資の5分野のうち、エンベディッド・ペイメント(決済)が最も先行しているのは、物を買うと代金の支払いが必ず伴い、組み込んでシームレスになることで利便性が高まったと消費者に実感してもらいやすいからだと理解しました。とはいえ、本書で紹介されていないだけで、事業会社が提供する商品・サービスの一環として生命保険や医療保険が組み込まれていて、消費者が自然な流れで加入するという事例はすでにありそうですし、今後増えていくのではないかと思います。

損保分野がエンベディッド・インシュアランスとの相性がよさそうなのは、損害保険は何かの商品・サービスを購入したり、利用したりするのと同時に加入することが多いからかもしれません。つまり、シームレスの程度はともかく、加入シーンとしてはもともとエンベディッドされているのですね。
大手損保の販売チャネルを見ても、保険専業の代理店による販売は全体の3割弱で、自動車ディーラーや整備工場、不動産業、金融機関、旅行業といった兼業チャネルが比較的大きなシェアを占めているようです。ですので、技術面の進展次第でエンベディッド・インシュアランスの流れが加速する可能性は高そうですし、あとは保険会社の戦略次第なのでしょう(卸売業者として黒子に徹する、自らがプラットフォーマーとなる、はたまた、時計の針を止める努力をする、などでしょうか)。
このあたりは専門家の話をうかがいたいところです。

※写真は大学近くの梅林(うめばやし)の梅です。

 

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「組織と職場の社会心理学」

九州大学の山口裕幸先生の書籍『組織と職場の社会心理学』を読みました。
連載コラムを書籍化したもので、社会心理学の実証研究で明らかにされてきた事柄が数多く紹介されています
(前回のInswatchで取り上げた二重の思考システムの話も出てきます)。

例えば、第16章の「説得的コミュニケーション」では、相手の気持ちを動かす効果的な方法について、社会心理学の研究知見をいくつか紹介しています。

「フット・イン・ザ・ドア」手法:最初は相手が容易に無理なく受け入れられる依頼を行い、それが受け入れられたら、次の本来考えていた依頼を行う手法

「ドア・イン・ザ・フェイス」手法:最初に相手が拒否するに違いないほどの大きな要請を行って、まず相手に拒否させておいて、第二段階で、受け入れやすいようなほどほどの大きな要請を行う方法

「ロー・ボール・テクニック」:相手にとって魅力的な受け入れやすい条件を提示して、応諾を引き出したのち、後からその魅力的な条件を取り去るという方法

「ザッツ・ノット・オール法」:時間帯を区切って、通常の値段よりも値引きする方法

「不安・安堵法」:自分が何か避難されるようなことをしでかしたのかと不安を感じさせて、実はそれは思い過ごしであったと判明し、安堵させた直後に要請を行う方法

いずれも、一定の好条件が整ったときでなければ、十分な効果は引き出せないことがわかってきているそうです。ただ、研究が進むほど悪用もされやすくなるという面はありそうですね。

私が最も興味深く読んだのは、第21章「会議は何をもたらすのか」と第22章「会議の落とし穴」です。

・話し合えば的確な決定を導けるのか
・話し合いは創造的アイディアを生み出すか
・話し合いは相違を反映するか
・「裸の王様」現象による決定の歪み
・話し合えば情報共有できるという幻想の罠

これだけ見ても何となくわかると思いますが、例えば「ブレイン・ストーミングを取り入れれば、創造的なアイディアが生み出されるという安易な期待はもたないようにすることが大切」「話し合いの結論は手順一つでコントロールすることが可能」だなんて、ちょっとショックかもしれません。

確認したところ、本書のもとになったコラムは現在も連載中でした。月1の更新でしょうか。
「行動観察コラム」のサイトへ

※吉野家とゴーゴーカレー、奇跡のコラボだそうです。学食(カフェテリア)にて。

 

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損害保険ダイレクト事業に関する考察

土曜日(12月11日)は日本保険学会の九州部会例会が対面で開催され、福岡大学に約40人の研究者や保険関係者が集まりました。報告テーマは「生命保険の自殺免責について」「地震インデックス保険」で、どちらも興味深い内容でした。
今回も残念ながら懇親会はありませんでしたが、久しぶりに同業の皆さんと直接お会いして、意見交換などをすることができました。オンラインの学会では報告や質疑応答はできても、オフィシャルではない情報交換が難しいのですよね。

※同じような構図でも前回ブログの写真とは雰囲気がだいぶ違いますね^^

自動運転と等級制度

損保総研の専門誌『損害保険研究』の直近号(2021年11月)に掲載された、損害保険料率算出機構OBである大島道雄さんによる論稿「損害保険ダイレクト事業に関する考察」を興味深く拝読しました。
自動車保険を中心としたダイレクト事業の現状を公表資料から詳細に分析し、今後の動向や市場への影響を探った力作です。

大島さんが本稿で提案している「国内損保・外国損保の区分なく一つの市場と捉えること」「損害保険市場の新たな区分が必要であること(=個人市場および企業市場の区分を設けること)」は私も同感です。前者は保険業法の問題というよりは、業界団体が2つに分かれていることから統計が一本化されていないということかもしれません。後者は格付アナリストの時代から業界にリクエストしてきた話でして、大島さんも「損害保険の事業分析も企業向けと個人向けとに分けて行うほうが、より市場特性とその市場に対する個々の企業の対応が明確に把握できる」と述べています。

先週のRISで植村ゼミの学生が発表した「自動運転」に関する話もありました。なかでも、事故防止機能の普及・進化がノンフリート等級別料率制度に影響を与えるというのは、近い未来の話として大きなテーマではないかと思います。
この制度では事故の有無(保険金請求の有無)をもって運転者のリスクの大小とみなしていて、結果として事故を未然に防ぐ機能があります。ところが、レベル3以上の自動運転車が自動運転中に起こした事故は運転車の責任ではなく、原則としてシステムの責任となります。現時点で保険会社はレベル3以上の自動運転中の事故を等級制度の対象外としているようですが、自動運転が広まっていくと、運転者のリスクはどんどん小さくなり、等級制度が不要となるのかもしれません。
大島さんは「高度の事故防止機能を備えたASV等を被保険車両として初めて自動車保険を契約する場合、果たして現在の6等級から開始し、無事故であれば1年毎に等級を挙げるという制度が車の事故防止機能に適合的といえるかどうか」「完全自動運転車に近づくほど20等級以上の安全運転の能力を有している車も発売されるであろう」と述べています。

1年経てば損保総研のサイトから無料でアクセスできるようになるのですが、すぐにご覧になりたいかたは損保総研にオーダーしていただくか、図書館などで探していただければと思います。

※旧プールの跡地に「向月台」ができていました。

 

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『金融庁戦記』

話題の書籍『金融庁戦記・佐々木清隆の事件簿』を読みました。
金融庁の「ジローラモ(ちょいワルおやじ?)」として有名だった佐々木さん。本書は佐々木さんの独白ではなく、佐々木さんが関わりを持った金融事件を新聞記者である大鹿靖明氏が当時の関係者への取材などで補強し、書籍にしたものです。いわば市場の番人としての金融庁の20年を記した貴重な記録と言えるでしょう。

金融庁というと、銀行や保険会社など金融機関に対する規制を作り、監督をしているというイメージが強そうです。しかし、金融庁には市場の番人という役割もあって、経済のインフラである金融市場の健全性を確保するため、例えば証券市場での不正を防止・摘発したり、監査法人をチェックしたりしています。
佐々木さんは金融検査のほか、こうした金融市場まわりの仕事が多かったため、ライブドアや村上ファンド、AIJ投資顧問、オリンパス、東芝といった市場を揺さぶった数多くの金融事件に関わっています。本書には行政として成功した事例ばかりでなく、むしろ失敗も多かったことや、組織として多くの問題を抱えていた(抱えている?)ことなどがきちんと記されていて、今後の行政の参考となりそうです。

個人的にも、金融庁時代に検査局サイドの上司にあたるのが佐々木さんだった(私は検査局と監督局を実質的に兼務していました)ので、当時を思い出しつつ楽しく読むことができました。

※門司港駅は国の重要文化財に指定されています。

 

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IT関連2題

やや強引ですが、ITに関連した2つのテーマを取り上げます。

インシュアテックの未来

「わりかん保険」「コロナ助け合い保険」などで知られるジャストインケースの畑加寿也代表が9月29日に、インシュアテックのホワイトペーパーを公表しました。
ITを中心とした保険の発展の方向性を示したロードマップということで、今後10年間で保険市場がどう変わり、既存の事業者はどう対応したらいいかを述べています。

ペーパーでは、(日本の)保険会社は「他のディスラプトされてきつつある業界と比べると金銭的にも時間的にも猶予が残されている」としたうえで、「多くの保険会社は従来の運用モデルとレガシーシステムから離脱できず、新ビジネスの導入や規模の拡大が遅れたり、急速な市場の変化に追いつくことができないでいる」と指摘。今後ITインフラをどのように進化させるべきか、いくつかの選択肢を示しています。

「システムを作らせる技術」

先のペーパーによる、「IT予算の多くは既存のレガシーシステムの維持管理に使われている」「IT人材が不足するなか、レガシーシステムの維持・運用にIT人材が割かれている」「既存のレガシーシステムの全容を理解している人材がいない」といった指摘は保険会社の経営者にとって耳が痛いものだと思います。
しかし、システム変革の選択肢を示され、「パッケージソフトウェアの購入とクラウドベースとしたSaaS(Software as a Service)の利用のどちらにしますか」「サービスの接続方法はAPIですか、アダプターですか」などと言われても、困ってしまうのではないでしょうか(おまえと一緒にするなという声も聞こえてきそうですが…)。

たまたま最近手に取ったのが、白川克さん、濱本佳史さんによる「システムを作らせる技術~エンジニアではないあなたへ」です。著者のお2人はケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズというITに強みを持つコンサルティング会社のメンバーですが、コンサルの書いた薄っぺらいハウツー本ではありません(確かにページ数も多いのですが、そういう意味ではありません)。
あるようでなかった、システムを作ってもらう人が身につけるべき技術、知っておくべきことを学ぶための本で、極めて実用的に書かれているばかりでなく、その根拠も記されています。

コラムの1つに「ITベンダーは品質など気にしていない!」というものがあり、私にはストンと落ちました。「品質」と「精度」は別の概念なのですね。

※羽田空港で楽しい自販機を見つけました。

 

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「一人一冊」の振り返り

週刊金融財政事情 2021年9月21日号の書評「一人一冊」に投稿した記事が載りました。
せっかくなので、直近のものだけではなく、2020年以降の投稿を振り返ってみることにしましょう(敬称略)。

小城武彦『衰退の法則』東洋経済新報社(2017年5月)

こちらが直近号で紹介した書籍です。
事業環境の変化にうまく対応できずに衰退を続け、ついには破綻してしまった日本企業に共通した特徴があることを、学術的に示しています。とりわけ目を引いたのは、破綻企業と優良企業には意外にも共通点が多いという分析結果でした。

戸田山和久『「科学的思考」のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス』NHK出版新書(2011年11月)

2021年4月20日号の掲載です。
「科学的に考えるとはどういうことか」「問題の解決を科学・技術の専門家だけに任せていいのか」を述べています。以前にも触れましたが、学生ばかりでなく、社会人にもおすすめです。

夏目英男『清華大生が見た最先端社会、中国のリアル』クロスメディア・パブリッシング(2020年3月)

2020年12月14日号の掲載です。
本書はアジアトップレベルの清華大学で学び、かつ、世界最先端と言われる中国のデジタル革命による生活の劇的な変化を自ら体感した著者によるものなので、若い目線で見たリアルな中国の姿を知ることができます。

吉田滋『深宇宙ニュートリノの発見』光文社新書(2020年4月)

2020年7月27日号の掲載です。
私と同世代の宇宙物理学者による日々の悪戦苦闘を生々しく記したもので、読めば読むほどうまくいかないことの連続で、華々しい発見の裏には数多くの困難があったことがよくわかります。

沢渡あまね『仕事ごっこ その“あたりまえ”、いまどき必要ですか?』技術評論社(2019年7月)

2020年4月20日号の掲載です。
形骸化した仕事や慣習、仕事のための仕事といった「仕事ごっこ」をなくしましょうというメッセージを、童話を使って非常にわかりやすく訴えています。
そういえば沢渡さん、財務局からの講演依頼でひどい目にあったそうで、その顛末を記したnoteが話題になっていました。

天野馨南子『データで読み解く「生涯独身」社会』宝島社新書(2019年7月)

2020年1月13日号の掲載です。
「50歳になっても一度も結婚歴のない男女が急増している」という日本のリアルな姿について、様々なデータを用いて説明しています。「長期子どもポジション・キープ」が未婚化に影響しているかもしれないという考察は、私にはショッキングでした。

もう少しさかのぼると、こんな感じです。

2019年9月30日号:平山賢一『戦前・戦時期の金融市場 1940年代化する国債・株式マーケット』日本経済新聞出版社(2019年4月)

2019年7月1日号:円谷昭一『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」─大量データからみる真実─』同文舘出版(2017年12月)

2019年3月11日号:後藤康浩『アジア都市の成長戦略 「国の経済発展」の概念を変えるダイナミズム』慶應義塾大学出版会(2018年6月)

2018年11月12日号:高槻泰郎『大坂堂島米市場』講談社現代新書(2018年7月)

2018年8月20日号:八代尚宏『脱ポピュリズム国家』日本経済新聞出版社(2018年5月)

2018年4月9日号:大門正克『語る歴史、聞く歴史 オーラル・ヒストリーの現場から』岩波新書(2017年12月)

2017年12月4日号:小坂井敏晶『社会心理学講義<閉ざされた社会>と<開かれた社会>』筑摩書房(2013年7月)

2017年7月17日号:田邉裕『新版 もういちど読む山川地理』山川出版社(2017年4月)

2017年3月13日号:加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社(2016年8月)

2016年11月14日号:藤井健司『日本の金融リスク管理を変えた10大事件』金融財政事情研究会(2016年9月)

2016年6月13日号:ラウル・アリキヴィ/前田陽二『未来型国家エストニアの挑戦』インプレスR&D(2016年2月)

2016年3月21日号:城山三郎『男子の本懐』新潮文庫(1983年11月)

2015年12月7日号:ティモシー・F・ガイトナー『ガイトナー回顧録 金融危機の真相』日本経済新聞出版社(2015年8月)

2015年9月21日号:松本茂『海外企業買収 失敗の本質 戦略的アプローチ』東洋経済新報社(2014年11月)

2015年6月29日号:花崎正晴『コーポレート・ガバナンス』岩波新書(2014年11月)

2015年3月16日号:倉都康行『12大事件でよむ 現代金融入門』ダイヤモンド社(2014年10月)

2014年12月1日号:入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか』英治出版(2012年11月)

この書評「一人一冊」は自分で書籍を選ぶという恐ろしい企画でして、何が恐ろしいかというと、選んだ書籍と書いたコメントを通じて自分がさらけ出されてしまうのですね。ご覧になった皆さん、いかがでしょうか。

 

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なぜ海外から観光客が殺到していたのか

最初にお知らせです。保険代理店の情報交流組織であるRINGの会(私は会のアドバイザーを務めています)が、2年ぶりにオープンセミナーを開催します。
7月3日(土)午後のライブ配信方式で、メインテーマは「実践DX」。デジタル化を実践する保険代理店が登場します。参加費は3,830円です。
保険流通の最新動向に触れたいかたは、ぜひお見逃しなく。申し込みはこちらです。

さて、今回はインシュアランス生保版(2021年5月号第2集)に執筆したコラムをご紹介します(見出しはブログのオリジナルです)。
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世界が「安いニッポン」を発見

新型コロナ感染症で厳しい入国制限が敷かれ、日本を訪れる海外からの観光客が消えた。観光関連業をはじめ、インバウンド需要の恩恵を受けていた業種や地域は、深刻な打撃を受けている。
ここで改めて考えてみたいのは、そもそもなぜ日本を訪れる海外からの観光客が急増していたのかである。ビザの免除・発給要件緩和や海外プロモーションなど、政府による観光立国推進の効果もあったと考えられるが、何より「安いニッポン」が発見され、観光客を引き寄せたことが大きい。日本で生活しているとピンとこないが、欧米ばかりでなく、アジアを含めた海外から見ると、日本の商品・サービスは質の割に安いのである。

100円均一は日本だけ

最近読んだ「安いニッポン『価格』が示す停滞」(2021年3月刊行、日経BP・日本経済新聞出版本部)は、日本経済新聞の連載記事「安いニッポン」をベースに、担当記者の1人だった中藤玲さんが新たな取材を加えて書き下ろしたもの。日本経済の長期停滞を理解するのに格好の書籍である。
失われた20年、いや30年と言われても、(非正規雇用は増えたが)町に失業者があふれていたり、多くの人が極端に貧しくなったりしたわけではなく、読者の皆さんも、厳しいながらも安定した生活を送っているかたが多数ではないだろうか。そのような私たちにとって不都合な真実、すなわち、世界の成長に取り残されてしまった日本の姿を本書は見事に示している。
日本に住む私たちからすると高価なレジャーである東京ディズニーランドは世界で最も安いディズニーランドだというし、ダイソーの商品が100円均一なのも日本だけとのこと(海外はもっと高い)。かつてと違い、このところ海外のどこに行き、何を買っても安いと感じることがなくなっていたが、100円ショップまでもが世界最安値水準とは知らなかった。

安いニッポンは暮らしを豊かにしない

安いニッポンが私たちの暮らしを豊かにしてくれるのであればいい。ところが日本の実質賃金はこの20年間増えていない。賃金が増えないから消費も盛り上がらず、企業は前向きな投資よりもコスト抑制を選び、結果として消費者の低価格志向が続く。この悪循環は日銀の異次元緩和でも変わらず、財政規律の緩みと異常な株式保有構造だけが残った。今後は人手不足を海外から補おうとしても、優秀な人材はだんだん日本の賃金では来てくれなくなるだろう。私たちが強みと考えてきた日本の高品質も、このままでは維持できなくなるかもしれない。
大震災の発生や感染症の拡大、あるいは金融危機のような突発的な事象に対しては、事態の深刻さを共有しやすく、対応方針も定まりやすい。これに対し、真綿で首を絞められるような変化には、そもそも事態を把握するのが難しく、コンセンサスを得にくいが、事態は一段と深刻になっているようだ。
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「リスクコミュニケーションの現在」

新型コロナウイルスへの政府の対応やワクチン接種をめぐる社会の反応などを見ると、私たちは過去からあまり学べていないのではないかと考えてしまいます。

放送大学のテキスト『リスクコミュニケーションの現在』(平川秀幸・奈良由美子編著)には、10年前の原発事故後のリスクコミュニケーションについての記述があります。
事故後、福島では放射性物質による汚染や健康被害のリスクが問題となりました。政府や専門家は、自分たちが考える以上に住民が放射線リスクを深刻にとらえるのは、知識が不足しているからと考え、住民に向けて多くの情報を発信しました。
しかし、科学的に正しい情報を発信すれば住民のリスク認識が変わるかといえば、そうではなかったのです。そこには「信頼」が大きく関係していました。それまで安全と言われてきて、そう信じていた原子力発電所によって日常生活が突然奪われた人々は、政府や東京電力、そして科学者を信頼できなくなりました。いったん信頼が崩壊してしまうと、いくら科学的な情報を伝えても、住民のリスク認識を改めることはなかなかできません。

リスク比較の難しさも浮き彫りになりました。本書では「放射線リスクよりも喫煙による発がんリスクのほうが高い」という説明に対し、4割の人が嫌悪感を示したという結果とその理由を紹介しています。

・喫煙者ではないのに喫煙と比較されても意味がない
・生活のなかにはすでにたくさんのリスクがあるのに、そこに上乗せされたのだから、小さいと説明されても拒否感がある
・科学の不確実性を軽視しているのではないか
・小さいリスクだから受け入れろという説得に聞こえてしまう

新型コロナウイルス感染症対策分科会にはリスクコミュニケーションの専門家もいますし、尾身茂会長もリスクコミュニケーションの重要性について繰り返しコメントしています。それでも、専門家でも異なる見解がありえる科学的事象を、専門家ではない人々が理解し、行動につながるようなコミュニケーションをはかるのは難しいということなのでしょう。

 

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「損害保険代理店の教科書」

今般の出張で立ち寄った丸善で見つけ、帰りの飛行機で一気に読みました。
保険代理店の経営者による書籍ということで、なんとなく「厳しい経営環境をどう生き残るか」といった内容を想像していましたが、見事に外れました。

著者の森和彦さんによると、嫌なことや難しいことをしなくても、年収800万円程度であればラクに稼ぐことができるのが損害保険代理店ビジネスだそうです。というのも、そもそも損害保険代理店ビジネスは、

・商品は保険会社が作ってくれる
・売れずに在庫の山を抱える必要がない
・特別な設備は必要ない
・1年契約だが、ほとんどの人が継続し、そのたびに手数料収入が発生する

などなど。確かに他の業界にはなかなかないことかもしれません。
そして、難しくて気が重いことは長続きしないので、「自分にとってラクで楽しい方法で仕事をしよう」です。いかがでしょうか。

「保険代理店は、問題解決能力が自然と身につく仕事」といったことも書いてあります。損害保険代理店ビジネスをここまでポジティブに描いた本はなかなか見当たらないのではないでしょうか。

森さんは「保険代理店は事前告知産業」と繰り返し述べています。保険は自分から売り込むものではなく、「困ったときにはあの人に相談してみよう」とすぐに思い出されるような存在になること。そのために何をしたらいいかを考えるヒントが本書には盛り込まれています。

※写真は杵築(大分県)の町並みです。

 

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日産生命破綻処理に関する覚書き

保険会社の2019年度決算発表が始まりました。
まずは上場生命保険会社グループということで、15日に第一生命ホールディングス、T&Dホールディングス、日本郵政・かんぽ生命の決算発表がありまして、今週は損保決算、(非上場の)生保決算と続きます。

政府の緊急事態宣言が出たのは4月上旬なので、今回の決算発表では対面販売自粛の影響は営業数値にほとんど出てこないのではないかと思います。
他方で、非対面での保険販売を主力とするライフネット生命は4月の業績速報(PDF)で、新契約業績が過去最高を更新したことを明らかにしました。アドバンスクリエイトも4月の業績概要(PDF)で、保険代理店事業において、対面販売が落ち込む一方、通信販売が急増したことを示しています。

予定利率の引下げ

さて、タイトルは「日産生命破綻処理に関する覚書き」でしたね。
生命保険経営学会の機関誌「生命保険経営」最新号(第88巻第3号)に、明治安田生命保険の佐藤元彦さんによる同名の論文が掲載されました。

1997年4月に破綻した日産生命の破綻処理は、その後も相次いだ生保破綻の処理に大きな影響を与えました。
なかでも、「既契約の予定利率引下げ」と「早期解約控除の設定」は、次の東邦生命(1999年破綻)をはじめ、全ての破綻処理で採用されています。

論文によると、保護基金の発動、イコール契約条件の変更ということではなかったそうです。しかし、「収支上の必要性から予定利率引下げは余儀ないものだった」(論文より引用)。論文の注記には、「資金援助上限額2000億円だけで処理が可能だったとしたら、予定利率は引下げなかったであろう」とありましたが、資金不足が大きく、そうもいかなかったようです。

数年後にアクサが日本団体生命を買収し、破綻後ではないので、当然ながら高利率の契約もそのまま引き受けています。当時のアクサがどう判断したのかはわかりませんが、もし将来収支がマイナスでも、顧客基盤や新契約獲得能力など(いわゆる「のれん」ですね)に大きな価値があると判断すれば、条件変更なしでの破綻処理もありえたのかもしれません。
もっとも、破綻により日産生命の事業基盤はダメージを受けており、のれんを高く見積もることもできず、予定利率の引下げはやむを得なかったということなのでしょう。

新日産生命構想

「新日産生命構想」は本当にあったのですね。
破綻した日産生命の既契約の受け皿会社を、日立・日産グループ各社の共同出資で新設するというもので、既契約の維持管理だけでなく、新契約の獲得も行う保険会社を新たに立ち上げる構想でした。日産生命の欠損額が大きく、保護基金の資金援助2000億円では賄いきれないので、「残りの欠損額については、新日産生命の営業力と予定利率引下げ後の既契約の収益力を評価し、営業権として資産計上することで補う」(論文より引用)というスキームです。

残念ながら日立・日産グループからの出資を得られず、新日産生命構想は頓挫しました。論文には早期解約控除についての言及がなく、日立・日産グループの信用が拠りどころということで、出資者としては再破綻の可能性を意識したのかもしれません。

早期解約控除

最終的に日産生命の破綻処理は、生命保険協会の100%出資により、既契約の維持管理のみを行う受け皿会社(あおば生命)を新設し、そこに日産生命の契約を移転するスキームとなりました。既契約に対しては予定利率引下げなど基礎率の変更を行い、さらに、ここで「早期解約控除」が出てきます。

早期解約控除とは、業務再開後の数年間は、通常の解約控除に加え、一定額の解約控除を上乗せするというものです。
初年度の控除率を15%としたのは、「(保護基金からの)資金援助がなされない場合、およそ15%程度の積立金毀損が発生する」との見解を佐藤さんは示しています。この15%が妥当だったのかどうかはわかりませんが、あおば生命の経営を安定させるのに寄与したのは間違いないでしょう。後に生保協会があおば生命を売却できたのも、「既契約の予定利率引下げ」「早期解約控除の設定」をセットで実施したからだと思います。

会員以外のかたが論文を読めるようになるのは2022年1月になってからですが、破綻処理策の原案作成者による覚書きは貴重だと思いまして、ブログで紹介しました。

※緑が濃くなりましたね。

 

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