14. 書評

きんざいに書評を寄稿しました

江戸幕府 vs 市場経済

週刊金融財政事情の11月12日号に書評を寄稿しました。今回取り上げたのは「大坂堂島米市場(こめいちば)」で、著者は神戸大学の高槻泰郎先生です。
江戸時代の大阪(大坂)で、現物の受け渡しを想定していない「指数先物取引」が行われていたというのも驚きですが、経済学の知見も、参考となる海外事例も存在しないなかで、先物市場に対する政策を検討し、実行した江戸幕府の試行錯誤を、本書で読んで非常に興味深く感じました。

高槻先生は江戸時代の経験や知識が、いかにして明治以降に引き継がれたのか、あるいは引き継がれなかったのかに関心を持っているそうです。江戸時代の金融市場において培われた経験が、明治期の工業化といかに関わるのか、今後の研究成果に注目したいと思います。

保険代理店にとっての顧客本位の業務運営

せっかくの機会なので、もう一冊ご紹介しましょう。栗山泰史さんによる「保険代理店にとっての顧客本位の業務運営」です。
栗山さんはいわば保険業界のオピニオンリーダー的存在ですが、そのかたによる次のような記述にはちょっとしたショックを受けました。

「保険代理店の中には商品の説明さえうまくできないものがいる。保険会社はそうした保険代理店に対して顧客の紹介のみを期待し、そこから先の契約に至るまでのプロセスは保険会社自身が担うということでよしとした。こうしたものも保険代理店の一部にいるから、保険代理店の数はとにかく多い」

「(顧客本位の業務運営に関する)原則は金融事業者を対象とし、保険代理店は金融事業者に含まれる。多くの保険代理店がこのことさえ知らないというのが現状である」

同じ保険代理店といってもピンからキリまで違いがありすぎるというか、何とも言葉を失ってしまいます。
ちなみに本書では「変化は放物線上に生じる」「変化は放物線を描いて起きる」など、「放物線」という言葉が何度も出てきます。ご本人に確認したところ、物を投げる時の放物線ではなく、数学の放物線、つまり下に凸の二次関数の右側の部分をイメージした表現(=徐々に傾きが大きくなる)とのことでした。

※千葉県のローカル線(久留里線)に乗りました。

 

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「戦後70年史」書評の補足

保険毎日新聞に九條守氏の「保険業界戦後70年史」の書評を寄稿したところ、あえてご指摘させていただいた部分について、氏を知る匿名のかたから「誤った認識なので謝罪し、訂正したほうがいい」というご連絡をいただき、ちょっとびっくりしました。

私があえてご指摘させていただいた部分とは、第2章第4節「生保破綻のはじまり」にある次のくだりです(本書160ページ)。

「保険料等収支状況(保険料等収入から保険金等支払金を差し引いた金額)を見ると、大半の会社はマイナスであり、『逆ザヤ』状態でした。プラスを維持している生命保険会社は、大手は日本生命保険と安田生命保険の2社、中堅生命保険会社は太陽生命保険、大同生命保険、富国生命保険の3社だけだったのです。この5社は、保険契約者に迷惑をかけず、生き残ったのです」

これに対し、私は書評のなかで、

「保険収支のマイナス、すなわち全体として資金流出が続くのは経営としてあまり望ましい話ではないが、保険会社は保険金等の支払いに備え、責任準備金を確保しているので、保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして『逆ザヤ』を示すものでもない」

とコメントしました。書評のなかでこのようなご指摘をすべきかどうか悩ましいところですが、自分の専門分野でもあり、悩んだ末に書かせていただきました。
すると、

「責任準備金を積んだからといって安心な訳ではなく、資産の運用の失敗等で保険金や満期金が支払えない状況や高い予定利率で計算された責任準備金を賄う資産運用ができない状況に陥った場合は、まさしく『逆ザヤ』になってしまいます。特にその『逆ザヤ』が多額になれば、資本の部の資本金、剰余金(利益)から穴埋め補填をすることになるのですが、それもかなわない場合、保険会社は経営危機となり、最悪の場合、倒産するのです。『保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして逆ザヤを示すものでもない』と述べておられるのは明らかに誤謬です」

というご指摘をいただきました。

「責任準備金を積んだからといって安心ではなく、責任準備金に対応する資産が十分確保できているかが重要」というのはそのとおりです(加えて、責任準備金そのものの十分性も問われます)。拙著「経営なき破綻 平成生保危機の真実」でも、高予定利率契約への過度な傾斜や資産運用の失敗、ロックイン方式の責任準備金の弱点など、こうした経営危機をもたらした直接的な要因を示したうえで、さらに破綻の根本的な要因を探っています。

ただし、私は書評のなかで「責任準備金を積んでいれば安心」といった話をしたのではなく、「大半の会社は保険収支がマイナスで、逆ザヤ状態だった」「プラスだった5社は生き残った」という記述についてご指摘しています。
生保決算の「保険料等収入⇒責任準備金繰入」「責任準備金戻入⇒保険金等支払金」という流れをご存じであれば、ここであえて保険収支を持ち出すことは考えにくいので、「責任準備金を確保しているので」としました。

保険収支は単にその期に入ってきた保険料収入(月払いも一時払いも含む)から、その期に出ていった保険金や給付金の支払額を差し引いただけなので、責任準備金が十分確保されていれば(もちろん、対応する資産が十分確保されている前提ですが)、マイナスが続いても、保険会社はそう簡単には経営危機に陥ったりしません。
例えば、かんぽ生命の保険収支はマイナスが続いています(2018/3期は保険料等収入が4.2兆円、保険金等支払金が6.9兆円)。大まかにいえば、過去の簡保時代の貯蓄性商品が満期となる一方、いまの低金利時代に魅力的な貯蓄性商品を提供するのは難しく、保障性商品(特約を含む)に力を入れているためです。保険収支としてはマイナスが続いていても、ソルベンシーマージンもEVも堅調であり、高格付けを維持しています。

また、本書では「逆ザヤ」(利差損)とありますが、利差損益、すなわち、運用収益(主にインカムゲイン)と予定利息の差にあたるものが損益計算書のどこに示されるかといえば、運用収益は主に「利息配当金等収入」、予定利息は「責任準備金繰入額(または戻入額)」のなかに含まれていて、少なくとも保険収支とは関係がありません。

ということで、「保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして逆ザヤを示すものでもない」ことがご理解いただけるのではないかと思います。

なお、書評の最後に「本書の価値を揺るがすような話ではない」と書いたように、本書はベテラン業界人の目線で戦後70年間の日本の保険業界の歩みをまとめたものであり、とりわけ日々の業務に取り組む今の業界人が読めば、いろいろと気づきを得られるのではないかと考えています。

※写真は京都・島原です。

 

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「経済学者たちの日米開戦」

前回ブログ(書評)の続きです。
本書「経済学者たちの日米開戦」は、経済思想史の研究者である牧野邦昭さんが、主に昭和15~17年(1940~42年)にかけて活動した陸軍の頭脳集団「秋丸機関」の実像を描いたもので、研究を通じて「なぜ日本の指導者たちは、正確な情報に接する機会があったのに、アメリカ、イギリスと戦争することを選んでしまったのか」を考察しています。いわば失敗の本質を探ろうとしたものです。

秋丸機関に関しては、「経済学者が対米戦の無謀さを指摘したにもかかわらず、陸軍はそれを無視して開戦に踏み切ってしまった」というのが通説となっているそうですが、牧野先生はこれを否定しています。
むしろ「専門的な分析をするまでもなく正確な情報は誰もが知っていたのに、極めてリスクの高い『開戦』という選択が行われた」と考えるべきであり、本書では行動経済学や社会心理学を用いて、リスクの高い選択が行われた理由を探っています。
次の2つの選択肢しかない状態のなかで、経済学者は何をすべきだったのかという記述もあり、非常に興味深く読むことができました。

・アメリカの資金凍結・石油禁輸措置により、2、3年後には確実に「ジリ貧」となり、戦わずして屈服する
・アメリカと戦えば、非常に高い確率で致命的な敗北を招く(ドカ貧)。しかし、非常に低い確率で、かつ、他力本願だが、開戦前の国力を維持できるシナリオがある

そもそも、この2つしか選択肢がない状態になってしまうと、指導者は後者を選びがちというのは、会社経営でも同じかもしれません。確かに、経営が悪化した保険会社が一か八かのリスクテイクを行い、かえって傷口を広げてしまったという事例もありました。
こうした状況になる前に手を打つことが重要なのでしょうね。

※大倉山公園に行ったら、見慣れない赤い木(紅葉?)がいくつもありました。

 

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最近の読書から

3日の保険毎日新聞に書評が載りました。せっかくですので、これに加えて最近読んだ本もいくつかご紹介しましょう。

「保険業界戦後70年史」

保険毎日新聞で書評を書いた本です。題名が示すとおり、日本の保険業界が戦後70年間にたどってきた歩みを、ベテラン業界人の目線でまとめたものです。著者の九條守氏(おそらくペンネームでしょうね)は大手損害保険会社を退職した後、保険代理店の指導・教育に携わったかただそうで、特に保険の販売現場に関わっている業界人には読みやすいと思います。
新聞でも取り上げましたが、「この頃の商品認可は、大蔵省の指導によって、開発会社に対して数か月の発売時期の先行メリットが与えられ、その他の会社は開発会社から認可内容が開示された内容で追随認可を得るようになっていました」といったことが1990年代の前半まで続いていたなんて、若い業界人はびっくりするかもしれませんね。

「脳が壊れた」

本書は、41歳で脳梗塞に襲われたルポライターが、自らの闘病体験を冷静に見つめ、記録したものです。
脳梗塞を発症すると、一命を取りとめても何らかの後遺症が残ることが多いようで、筆者の場合には「高次脳機能障害」でした。身体の障害とは違い、高次脳機能障害は外部から(最初は本人にも)わかりにくく、周囲の理解を得るのが大変なのですね。
それにしても筆者の鈴木大介さんは、よくぞここまで自分を冷静に「取材」したものだと感心しました。

「陰謀の日本中世史」

ベストセラーとなった「応仁の乱」の著者である呉座勇一さんの本です。歴史学者としての危機感が本書を執筆した動機の一つなのだそうで、陰謀論を無視するのではなく、客観的・実証的に分析している姿勢に好感を持ちました。
まえがきに書かれている「何が陰謀で何が陰謀でないかを見極める論理的思考能力を身につける必要がある」というのが本書最大のメッセージで、陰謀の法則性を導き出そうとしているのが特徴です。

「検察側の罪人(上・下)」

私の書評にフィクションが出てくるのは珍しいですよね。
木村拓哉と二宮和也というジャニーズの2人が初めて共演した同名の映画を家族で観に行って、いろいろと釈然としないところがあったので、原作をスイス旅行中に読みました。写真のようなアルプスの景色を眺めながら読むのに相応しかったかどうかはわかりません^^
ベテランのエリート検事(映画ではキムタク)と若手検事(ニノ)の対決は、映画よりも原作のほうがスリリングでしたし、ラストで若手検事が慟哭するのは同じでも、原作のほうが現実感がありました。もちろん、現実にこんなことが起きてしまっては困るのですが…

※写真はグリンデルワルトです。

 

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最近の読書から

夏休みシーズンということで、印象に残った本をいくつかご紹介しましょう。

1.八代尚宏「脱ポピュリズム国家」

本書における「ポピュリズム政治」とは、欧米で見られるようなナショナリズムの台頭などではなく、目先の利益ばかりを追求し、社会全体の長期的な利益を犠牲にしている政治のこと。八代氏は日本こそがポピュリズム政治に陥っていると述べています。
だからといって、反アベノミクスで凝り固まった論調ということではなく、そもそも社会保障分野や労働市場、医療・介護、農業といった分野が現在どうなっていて、構造改革として何をしなければならないのかを、事実をもとにわかりやすく解説しています。
週刊金融財政事情の書評「一人一冊」でも取り上げたので、近いうちに掲載されると思います。

2.櫻澤誠「沖縄現代史」

中継貿易で栄えた琉球王国時代の歴史、あるいは、激しい地上戦となった沖縄戦のことはある程度知っていても、戦後の沖縄がどのような歩みをたどってきたのか、多くのヤマトンチュ(本土の人)はあまり理解していないのではないかと思います。基地問題をはじめ、沖縄関連のニュースをみても、今ひとつピンとこないところがあるのは、本土とは違う沖縄の現代史を知らないからかもしれません。
本書は米軍統治から現在に至る戦後70年の沖縄について、政治面を中心に記したものです。例えば、沖縄が本土復帰した1972年5月にNHKが行った世論調査では、復帰に「期待する」が51%、「期待しない」が41%という結果が出ています。地元では復帰を全面的に歓迎する雰囲気ではなかったのですね。

3.釘原直樹「人はなぜ集団になると怠けるのか」

副題は「『社会的手抜き』の心理学」です。
社会的手抜きとは、個人が単独で作業を行うよりも、集団で行ったほうが1人当たりの努力の量が低下する現象のこと。1+1が2を下回ってしまうようなことは、力仕事だけでなく、ブレーン・ストーミングのような頭脳労働でも確認できるそうです。
本書を読むと、世の中「社会的手抜き」のオンパレードという感じですが、社会的手抜きのネガティブな面だけでなく、そもそも社会的手抜きをすべてなくすことが適切かどうかについても考察があります。

4.林宜嗣/中村欣央「地方創生20の提言」

日本政策投資銀行の研究顧問を務める林先生と政投銀のスタッフ(中村さんは私の長年の友人なのです)が、地方創生を実現するために必要な条件と、それに基づいた戦略の策定と実行のあり方を20の提言にまとめたものです。
私はこの分野にあまり明るくはないのですが、「地域別に見た産業構造の特徴」という図表(就業者数でみた産業の集積状況を示したもの)によると、地方圏で上位を占めている産業は、やはりと言うべきか、「農林業」「公務」「建設」「複合サービス(郵便局、協同組合など)」なのですね。
「インバウンド客を中心とする観光振興が注目されているが、実際に観光を主力産業とする地域で人口を維持、増加させている事例は少なく(後略)」という分析結果も示されていて、地域創生がそう簡単ではないことがわかります。

※銀座三越にライオンとスヌーピーがいました。

 

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「絶滅の人類史」

絶滅した旧人類ネアンデルタール人が洞窟の壁画を描いていたというニュースがありました。
これまで洞窟壁画はすべて現生人類(ホモ・サピエンス)が描いたと考えられていたので、新しい発見です。

新たな発見により歴史が見直されるというのはよくある話ですが、とりわけ人類史は私が学生時代に学んだものから大幅に塗り替わっていることが、更科功「絶滅の人類史」(NHK出版新書)を読んでわかりました。
かつて猿人として習ったアウストラロピテクス(約420万年前に登場)のはるか前、約700万年前に(今のところ)最古の化石人類が登場し、これまでに25種くらいの化石人類が見つかっているのだそうです。いま生きているのは現生人類だけなので、他の種はみんな絶滅してしまったということになります。

旧人と新人は並存していた

話題のネアンデルタール人は現生人類が登場する前の「旧人」として習いました。ところが、彼らが生きていた時代は約30万年前から約4万年前までで、現生人類の起源も、本書によると約30万年前までさかのぼれるそうです。
つまり、ネアンデルタール人が絶滅するまでは、地球には少なくとも2種類の人類が並存していたということになります。

ネアンデルタール人の脳はなんと現生人類よりも大きく、発掘調査などにより、抽象的な概念を頭のなかで考えること、すなわち象徴化ができたとみられています。ニュースになった「壁画を描く」という行為はまさに象徴化ですし、本書では「貝殻のネックレス(と考えられているもの)」を紹介しています。
しかも、骨のかたちや使っていた道具などから推測すると、ネアンデルタール人はある程度の言葉を話していたと考えられているそうです。

なぜ私たちだけが生き残ったのか

ただし、結果として生き残ったのは私たち現生人類だけです。私たちよりも脳が平均的に大きく、身体的能力も優れていたネアンデルタール人がなぜ滅んでしまったのか。
そもそもの話として、暮らしやすい森林を出て(追い出されて)、外敵に見つかりやすい直立二足歩行をしていた人類が、なぜその後も生き残ることができたのかという疑問に対しても、本書では解説しています。

進化の不思議さを垣間見ることができる面白い本でした。

※写真は大倉山シリーズ第3弾。東横線開通90周年(渋谷-横浜が開通したのが1928年)を記念して、昔の塗装の電車が走っています。下の案内図はそのころ(昭和初期)のものだそうです。

 

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「会計学の誕生」

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岩波新書「会計学の誕生――複式簿記が変えた世界」という本が目に留まり、さっそく読んでみました(歴史学科出身ですので^^v)。著者は会計史の研究者である渡邉泉さんです。

簿記や会計の発達は、当然ながら商業の発達と密接な関係があります。
本書によると、複式簿記のルーツは中世に東方貿易や金融業などで栄えた北イタリアの諸都市(ヴェネツィア、フィレンツェなど)までさかのぼれるそうです。それ以前の「(古代)ローマ起源説」「インド起源説」もあるようですが、単なる現金の出納記録ではなく、損益計算の記録としては、13世紀初頭の北イタリアで発生したというのが著者の見解です。

当時はまだ株式会社は存在していません。しかし、血縁ではなく、他人どうしが共同で事業を行うとなると、どこかの時点で利益の分配が必要になり、損益計算が求められます。そこで、最初に実地棚卸に基づくストック計算が行われるようになり、続いて、複式簿記に基づく収益・費用といったフローの側面からの損益計算が確立していったという流れです。

19世紀初め、産業革命期のイギリスの話も興味深かったです。当時のイギリスでは、資金調達のために貸借対照表や損益計算書を作成して企業の安全性や投資の有利性を強調したり、会計上の利益と投資可能な手元現金とのギャップを埋める工夫がなされたり、新しい費用配分法として減価償却が考え出されたりと、会計進化の過程でまさに大きなエポック・メイキングとなった時代でした。優先株の発行も当時すでにあったのですね。

もっとも、僭越ながら本書を読んで違和感を感じた点もありました。
著者の渡邉さんは、次のような趣旨のことを本書で繰り返し述べています。

「ストック面からの損益計算(=資産負債アプローチ)が正しいかどうかを検証するため、フロー面からの損益計算(=収益費用アプローチ)を行うということは、フロー計算がストック計算よりも信頼に足るということを示している」

フローの損益計算がストックの損益計算の証明手段なのだから、フローの損益計算が最も信頼できる会計だという理屈が、私にはどうも理解できません。数学の世界ではこのように考えるのが一般的なのでしょうか?
「会計とは歴史的に見て、実地棚卸に基づくストック面の損益を、複式簿記に基づく収益・費用の損益計算で検証することである」と定義してしまうのであれば、(その是非はともかく)わかるのですが。

もう一つの違和感は、「近年、会計不祥事が多発しているのは、会計の役割として投資意思決定への有用性が強調され、提供する情報の信頼性が置き去りになったため」という著者の主張です。
そして本書では、有用性を重視した公正価値による資産や負債を測定する会計について、「予測による不確実な未来計算」として批判し、事実に基づく取引価格(取得原価)で客観的な情報を提供するのが会計の役割としています。

しかし、いくら取引価格が正しく記録されていても、例えば固定資産は時の経過や使用により価値が下がっていくので、そのままでは信頼性を確保できないということから、19世紀のイギリスで減価償却という手法が考え出されているわけです。
本書には、「時価評価によって一時的に資産の価値を減ずる方法とは、明確に分けて考えなければなりません」とありますが、公正価値会計も発想の根本は同じだと思うのです。何らかの人為的に決めたルールで償却を行う代わりに、決算時点ごとに正しいと見込まれる「現在価値」で評価するということなのですから。

「未来計算は不確実」として公正価値を切り捨てるのであれば、減価償却だって本当に正しい姿を表しているとは思えませんので、著者がここまで公正価値会計に否定的な理由がよくわかりませんでした。あとは、どちらが会計として企業活動の実態に迫っていると考えられるかということではないでしょうか。

とはいえ、本書を読んで、商業の中心が北イタリアからフランドル地方(ベルギー)、オランダ、イギリスへと変わるとともに、簿記や会計も進化してきたことなどを知り、簿記や会計の歴史をたどることは、すなわち、商業都市の盛衰をたどることだと気づかせてくれる、興味深い本でした。

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※前回に続き、地元の写真です(大倉山公園)。

 

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「年金詐欺」

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読者のみなさんはAIJ事件を覚えていらっしゃるでしょうか。
とあるきっかけで最近読んだ、R&Iの永森秀和さんの著書「年金詐欺」は、2012年に資産2000億円の消失が発覚したAIJ事件を扱ったものですが、今の年金制度(特に3階部分)を理解するうえで必読の書かもしれません。

当時永森さんが編集長を勤めていたR&Iの情報誌「年金情報」では、事件発覚の数年前にAIJ事件を予見した記事を書いていて、本書にはその裏話も出ています。

それ以上に考えさせられたのが、副題にもなっている「真犯人」に関する記述です。
AIJ事件をきっかけに年金制度の見直しが進み、事件の舞台となった厚生年金基金の制度は廃止に向かいます。このような流れについて、著者は「明らかに想定外と感じたことが3つある」と言います。

「一つは不祥事における被害額や関係者の多さだ。二つ目は、被害基金のいくつかが『運用の素人』という言葉を盾に、弁明に徹し、受託者責任の意識を持ち合わせていなかったこと。そして三つ目は、年金制度の育成を通じて国民の『老後の安心』を提供するという大義を背負う厚労省が、中小零細企業向けの年金制度を呆気なく廃止しようとし、しかも代わりとなる制度を本気で整備する考えが見られなかったことだ。」
(本書より引用)

著者の言う「真犯人」が誰なのかは、本書をご覧いただければと思います。

事件から5年が経ちましたが、企業年金のガバナンスは、果たして改善されたのでしょうか。日本版スチュワードシップ・コードの受け入れ状況をみても、金融庁の監督下にある運用会社とは格段の違いがあるようです。

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※写真は日比谷公園です。

 

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ナチスの手口と緊急事態条項

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「ナチスの手口と緊急事態条項」という本を出張中に読みました。
この本では、憲法学者の長谷部恭男さん、ドイツ近現代史が専門の石田勇治さんが対談を通じて、ヒトラーがどのようにしてワイマール憲法を無効化し、独裁体制を
築いていったのかを解き明かしています。

本書によると、立憲主義的な民主体制を壊さないように備えた仕掛けだったはずの大統領緊急措置権(=緊急事態条項)が、体制そのものを壊す道具として利用されたというのが歴史的事実のようです。

1930年頃のドイツでは、世界恐慌の影響で社会不安が高まるなか、政党間の対立が激しくなり、国会での合意を形成するのが難しくなっていきます。
そこで政府は規定にあった大統領緊急令に頼るようになります。国会は形骸化し、既存政党に対する国民の信認が低下する一方、ナチス(と共産党)が台頭することになりました。

「ヒトラーは民主主義で大衆に選ばれた」
「ヒトラーは合法的に独裁体制を樹立した」

というのも、しばしば耳にする言説ですが、これらもナチのプロパガンダ(情報宣伝)を引きずったもののようです。

本書はワイマール共和国の経験だけでなく、各国(ドイツ、フランス、米国)に現存している緊急事態条項の内容や設置の経緯なども紹介しています。
選挙の結果次第ではありますが、少なくとも公示前の時点では、なんと8割超が改憲に前向きな勢力となっていますので、本書で事実を確認しておくのは有意義かと思います。

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※化野念仏寺の近くに素敵な町並みがありました。

 

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最近の読書から

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今回の週刊金融財政事情(2017.7.17号)に
書評「一人一冊」が掲載されたこともありまして、
久しぶりに最近読んだ本をいくつか紹介します。

1.「新版 もう一度読む山川地理」

この本を「一人一冊」で紹介しました。

「地理の基礎的な常識がないと、複雑な世界を
 理解することはできないし、間違った情報を
 信じやすくなり、独りよがりにもなりやすい」

そのようなことを書きました。

もちろん、本書だけで地理の基礎的な常識を
学べると言うには無理がありますし、とりわけ
後半の「世界をみわたす」での諸分野の紹介は
広く浅くになっています。

それでも地理と歴史の知識があると、旅行に
行っても、ニュースを見ても、見えてくるものが
違ってくるのではないでしょうか。

もし機会がありましたら、きんざいの私の記事も
ぜひご覧ください。
ちなみに本号の特集は「本格化するESG投資」で、
フィッチ森永さんの損保決算の記事もあります。
きんざいのサイトへ

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2.「誰も語らなかったアジアの見えないリスク」

編著者の越純一郎さんは日本興業銀行出身。
2000年に独立し、企業再生の実務専門家として
活躍しているほか、タイの政府系銀行のシニア・
アドバイザーを務めた経験もある多才なかたです。

本書は日刊工業新聞の連載(2012年3-5月)を
まとめたものなので、金融政策のくだりなど、
やや古くなってしまった記述も見られますが、
「痛い目に遭う前に読む本」という副題の通り、
実務書としてかなり参考になると思います。

豊富な事例(大半が失敗事例)が紹介されて
いるのもさることながら、なぜそのようなことが
起きたのか、どうやってリスクを小さくするか、
といったことも書かれているのがいいですね。

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3.「実践ガバナンス経営」

パルコの内部監査を構築した海永修司さんが
「攻めの経営監査」である「価値創造監査」の
導入とその実践について解説したものです。

まず、セゾングループが解体に向かうなかで
グループの一員だったパルコのコーポレート・
ガバナンスがどのように構築されたのかという
いわばケーススタディが描かれています。

本書の肝の部分は、取り組みが難しいとされる
「経営者に対するガバナンス監査」についての
記述だと思います。「攻めのリスクマネジメント」
に関しても記述があります。

構築した制度にいかに魂を入れるかに腐心する
会社には、考えるヒントになりそうです。

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4.「変わり続ける保険事業」

先日RINGの会オープンセミナーで共演した
栗山泰史さんの最新刊です。
副題は「保険業界の明日を考える」。

本書には、大手損保や損保協会の幹部として
栗山さんが経験された業界に関する様々な
事象がぎっしり詰まっていて、自由化後の
損保市場や業界の動きがよくわかります。

たまに、「損保業界について勉強するのに
何かいい本はありませんか?」と聞かれると、
さすがに15年以上も前に書いた自分の本を
勧めることもできず、返答に窮していましたが、
これからは、損保協会のファクトブックを手元に
置きながら本書を読むよう勧めようと思います。

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※都市対抗野球の応援に行ってきました。
 すごい熱気ですね。

 

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