14. 書評

最近の読書から

夏休み前ということで(?)、久しぶりにブックレビューを。

「戦前・戦時期の金融市場」

著名ファンドマネジャーである平山賢一さんによる、戦前・戦時期の金融市場に関する研究成果をまとめたものです。
戦前・戦時期の国債市場と株式市場を分析するにあたり、国債と株式のパフォーマンスインデックス(PI)を算出しているのですが、単にデータ収集が大変というだけでなく、当時の市場の特殊要因を調整する必要があるため、ものすごく労力がかかっていることがうかがえます。
このPI算出によってはじめて、戦前・戦間期の金融市場を市場参加者の目線から分析することが可能となったわけで、この点だけでも本書の功績は大きいと思います。

「サイバーセキュリティ」

著者の谷脇康彦さん(総務省総合通信基盤局長)は行政の立場からサイバーセキュリティに携わってきたかたです。
サイバーセキュリティ関連の情報を探すと技術的なものが多く、全体像がよくわからないと思っていたところ、この本に出会いました(正確にはご本人にお会いして、本書を知りました)。
サイバー空間における脅威を正しく理解し、政府・民間、そして国際的な動向をつかみたいかたに、おすすめの書籍です。

「日本軍兵士」

副題に「アジア・太平洋戦争の現実」とあるように、凄惨な戦場の現実を史料やデータから浮き彫りにしたもので、著者は歴史学者の吉田裕さんです。

第1章 死にゆく兵士たち
1 膨大な戦病死と餓死
2 戦局悪化のなかの海没死と特攻
3 自殺と戦場での「処置」

第2章 身体から見た戦争
1 兵士の体格・体力の低下
2 遅れる軍の対応--栄養不良と排除
3 病む兵士の心--恐怖・疲労・罪悪感
4 被服・装備の劣悪化

こうして目次の前半部分だけを取り上げても、戦場の凄惨な現実が見えてきます。

「日本の異国 在日外国人の知られざる日常」

著者の室橋裕和さんはバンコクで10年間暮らした経験があるライターで、本書では大きくなりつつある「日本のなかにある異国」の最前線を紹介しています。
新大久保や高田馬場といった有名どころだけでなく、「こんなところに外国人のコミュニティが!」といったスポットがいくつも紹介されていて、興味深く読みました。
外国人として暮らした経験があるためか、著者の目線が一貫して暖かいのにも好感を持ちました。

※写真は長崎です。坂と階段の町でした。

 

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「国際線機長の危機対応力」を読む

インシュアランス生保版(2019年4月号第1集)のコラム。今回は書評です。
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パイロットの役割

3月にエチオピアで墜落事故を起こしたボーイングの同型機が各地で運航停止になった。本稿の執筆時点で詳しい原因はわかっていないが、同機に搭載された自動操縦装置が何らかの影響を及ぼしたとの指摘がある。
ボーイングとエアバスでは自動操縦の設計思想が異なるとされてきた。国土交通省の資料によると、エアバスは人為的ミスを防ぐ観点からパイロットよりもコンピュータの制御を優先する設計思想なのに対し、ボーイングの考え方は、コンピュータでは判断できない極限状態ではパイロットの制御を優先するというものだ。
いずれであっても現代の飛行機はパイロットの「腕」で飛ばすものではなく、パイロットが自動操縦装置を使って飛行するものである。つまり、操縦技術よりも、複雑なシステムを動かすオペレーターとしての役割が重要となっている。

未来を変えるためにいま行動する

それではパイロットに求められる資質とは何か。
PHP新書「国際線機長の危機対応力」(横田友宏著)によると、「飛行機の操縦とは、未来を変えるためにいま行動すること」であるそうだ。いま起きている事象を見て、それに対処するだけの人間ではダメで、「まだ事実が事実としての実態を持たない、兆しの段階でそれを捕まえ、その兆しがいかなるものに発展するかを見極め、その兆しに対応するために様々な対応を行っておく」(本書より引用。以下同じ)。しかも、時間的に制約があり、かつ、情報の一部しか知りえない状況下で、意思決定をしなければならない。
これは企業のリスクマネジャー、あるいは経営者にも通じるところがあるように思える。

専門職としてのあり方、考え方

教官として何人もの機長を育てた著者がパイロットに求める要件は非常に厳しい。
そもそも最初に出てくるのが、「パイロットの資質を持たない訓練生はパイロットにさせない」である。そして、「機長は単なる操縦士ではない。機長はフライトというプロジェクトを成功に導くためのプロジェクトマネージャーでなければならない」「機長として大事なのは『自我の抹消』である。(中略)機長は一切のとらわれを離れ、気象状態と管制官の指示やほかの飛行機の流れ、飛行機の状態だけを考えなければならない」「機長は、猛々しいライオンであってはならない。機長は長い耳を持つ、臆病なウサギでなければならない」と続く。
余計な雑念を持たず、チームのなかでリーダーシップを発揮する臆病なウサギに、あなたはなれるだろうか。

次のような記述も耳が痛い。「うまくいかない原因を自分以外の周りの責任にして自分は変わろうとしない人間は、絶対に機長にはなれない」「隣の教官やチェッカーがどう考えているかばかり気にしている副操縦士も、機長にはなれない」。
本書はパイロットという特殊な専門職の話を取り扱っているが、保険業界人にとっても、専門職としてのあり方や、マニュアル化するのが難しい「考え方」「哲学」の伝承を考えるうえで、大いに参考になりそうだ。
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※写真は井の頭公園です。

 

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「アジア都市の成長戦略」

アジアの大都市を分析した書籍「アジア都市の成長戦略」の書評が直近の週刊金融財政事情(2019.3.11)に掲載されました。
著者の後藤康浩さんは日経新聞の記者出身で、現在は亜細亜大学・都市創造学部の教授として「ジャーナリスティック・アカデミア」を追求しているのだそうです。

本書はアジアの経済成長を都市という切り口で分析しています。書評では紹介しませんでしたが、最後の第7章「『都市力』がアジアで牽引する」では、深圳、ホーチミン、シンガポール、ヤンゴン、デリーの5都市をケーススタディとして取り上げ、各都市の具体的な成長戦略を確認しているのも本書の魅力です。
もちろん、昨年末のヤンゴン旅行の参考にもなりました。

※同じヤンゴン川でも景色がだいぶ違いますね

 

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ERMに関する意識調査

損保総研・ERM経営研究会が執筆した「保険ERM経営の理論と実践」でも示されているように、3メガ損保グループは金融庁がERM(統合的リスク管理)に注目する前からERMを推進し、外部からも高い評価を得ています(格付会社S&Pの評価など)。

ERMを構築するうえで、ERMを支える企業文化、すなわち、リスクや収益の概念を軸とした議論や意思決定を行う企業文化を、経営陣だけでなく役職員全体に浸透させることは、ERMの構築を進めるうえで最も重要かつ難しい取り組みだと思います。

このERMカルチャーが組織内にどの程度浸透しているのかを知ることは、外部からはもちろん、経営陣であってもそう簡単ではなさそうですが、損保総研の機関誌「損害保険研究」第80巻第4号(2019年2月)に掲載された浅井義裕さんによる論文「ERMに関する意識調査の概要報告」では、ウェブ上で損害保険会社の社員を探し、ERMに関する意識調査を実施しています。
損保総研のサイトへ(論文の閲覧はできません)

調査では、損害保険会社に勤めていると回答した500人(うち67%が3メガ損保グループ勤務と回答)に対してERMに関する質問を行い、損保社員のERMへの意識を把握しようとしています。「概要報告」とあるので、論文にはアンケート調査のすべてが掲載されているのではなさそうですが、なかなか興味深い結果が出ています。

例えば、「ERMの考え方は、あなたの人事評価に反映されていますか?」という質問に対し、「反映されている」「ある程度反映されている」という回答は30%に達しています。また、「上司などからの指示が、『リスクを考慮しながら、リターンを追求する』を意識したものになってきていると思いますか?」に対しては、回答者の40%が「そう思う」「ややそう思う」を選んでいます。
回答者のうち、国内営業部門、営業支援部門、損害サービス部門が全体の7割を占め、保険代理店の役職員も数%含まれていることを踏まえると、これらは非常に高い数値に見えます。

他方で、「貴社におけるERMの位置付けをどのように評価されますか」という質問に対しては、クロス集計表によると、「わからない」という回答が3メガ損保の社員でも38%に上っています(全体では43%)。
同じ質問に対し、「重要である」という回答割合が3メガ損保の社員では31.5%と他の属性よりも高い(その他国内損保は18%、外資系は16%)ことから、浅井先生は論文のなかで、「ERMは3メガ損保にとって特に重要であることが確認できる」と分析していますが、私はむしろ「わからない」という回答が4割近くを占めることに興味を持ちました。

要するに、「ERMは人事評価に反映されたり、ERM的な考えが上司の指示に見えてきているけど、経営としてERMが本当に重要なのかどうかは半信半疑」と考えている3メガ損保の社員がかなり存在するいうことになりますね。

※写真は札幌市電です。環状線になって便利になりました。

 

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きんざいに書評を寄稿しました

江戸幕府 vs 市場経済

週刊金融財政事情の11月12日号に書評を寄稿しました。今回取り上げたのは「大坂堂島米市場(こめいちば)」で、著者は神戸大学の高槻泰郎先生です。
江戸時代の大阪(大坂)で、現物の受け渡しを想定していない「指数先物取引」が行われていたというのも驚きですが、経済学の知見も、参考となる海外事例も存在しないなかで、先物市場に対する政策を検討し、実行した江戸幕府の試行錯誤を、本書で読んで非常に興味深く感じました。

高槻先生は江戸時代の経験や知識が、いかにして明治以降に引き継がれたのか、あるいは引き継がれなかったのかに関心を持っているそうです。江戸時代の金融市場において培われた経験が、明治期の工業化といかに関わるのか、今後の研究成果に注目したいと思います。

保険代理店にとっての顧客本位の業務運営

せっかくの機会なので、もう一冊ご紹介しましょう。栗山泰史さんによる「保険代理店にとっての顧客本位の業務運営」です。
栗山さんはいわば保険業界のオピニオンリーダー的存在ですが、そのかたによる次のような記述にはちょっとしたショックを受けました。

「保険代理店の中には商品の説明さえうまくできないものがいる。保険会社はそうした保険代理店に対して顧客の紹介のみを期待し、そこから先の契約に至るまでのプロセスは保険会社自身が担うということでよしとした。こうしたものも保険代理店の一部にいるから、保険代理店の数はとにかく多い」

「(顧客本位の業務運営に関する)原則は金融事業者を対象とし、保険代理店は金融事業者に含まれる。多くの保険代理店がこのことさえ知らないというのが現状である」

同じ保険代理店といってもピンからキリまで違いがありすぎるというか、何とも言葉を失ってしまいます。
ちなみに本書では「変化は放物線上に生じる」「変化は放物線を描いて起きる」など、「放物線」という言葉が何度も出てきます。ご本人に確認したところ、物を投げる時の放物線ではなく、数学の放物線、つまり下に凸の二次関数の右側の部分をイメージした表現(=徐々に傾きが大きくなる)とのことでした。

※千葉県のローカル線(久留里線)に乗りました。

 

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「戦後70年史」書評の補足

保険毎日新聞に九條守氏の「保険業界戦後70年史」の書評を寄稿したところ、あえてご指摘させていただいた部分について、氏を知る匿名のかたから「誤った認識なので謝罪し、訂正したほうがいい」というご連絡をいただき、ちょっとびっくりしました。

私があえてご指摘させていただいた部分とは、第2章第4節「生保破綻のはじまり」にある次のくだりです(本書160ページ)。

「保険料等収支状況(保険料等収入から保険金等支払金を差し引いた金額)を見ると、大半の会社はマイナスであり、『逆ザヤ』状態でした。プラスを維持している生命保険会社は、大手は日本生命保険と安田生命保険の2社、中堅生命保険会社は太陽生命保険、大同生命保険、富国生命保険の3社だけだったのです。この5社は、保険契約者に迷惑をかけず、生き残ったのです」

これに対し、私は書評のなかで、

「保険収支のマイナス、すなわち全体として資金流出が続くのは経営としてあまり望ましい話ではないが、保険会社は保険金等の支払いに備え、責任準備金を確保しているので、保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして『逆ザヤ』を示すものでもない」

とコメントしました。書評のなかでこのようなご指摘をすべきかどうか悩ましいところですが、自分の専門分野でもあり、悩んだ末に書かせていただきました。
すると、

「責任準備金を積んだからといって安心な訳ではなく、資産の運用の失敗等で保険金や満期金が支払えない状況や高い予定利率で計算された責任準備金を賄う資産運用ができない状況に陥った場合は、まさしく『逆ザヤ』になってしまいます。特にその『逆ザヤ』が多額になれば、資本の部の資本金、剰余金(利益)から穴埋め補填をすることになるのですが、それもかなわない場合、保険会社は経営危機となり、最悪の場合、倒産するのです。『保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして逆ザヤを示すものでもない』と述べておられるのは明らかに誤謬です」

というご指摘をいただきました。

「責任準備金を積んだからといって安心ではなく、責任準備金に対応する資産が十分確保できているかが重要」というのはそのとおりです(加えて、責任準備金そのものの十分性も問われます)。拙著「経営なき破綻 平成生保危機の真実」でも、高予定利率契約への過度な傾斜や資産運用の失敗、ロックイン方式の責任準備金の弱点など、こうした経営危機をもたらした直接的な要因を示したうえで、さらに破綻の根本的な要因を探っています。

ただし、私は書評のなかで「責任準備金を積んでいれば安心」といった話をしたのではなく、「大半の会社は保険収支がマイナスで、逆ザヤ状態だった」「プラスだった5社は生き残った」という記述についてご指摘しています。
生保決算の「保険料等収入⇒責任準備金繰入」「責任準備金戻入⇒保険金等支払金」という流れをご存じであれば、ここであえて保険収支を持ち出すことは考えにくいので、「責任準備金を確保しているので」としました。

保険収支は単にその期に入ってきた保険料収入(月払いも一時払いも含む)から、その期に出ていった保険金や給付金の支払額を差し引いただけなので、責任準備金が十分確保されていれば(もちろん、対応する資産が十分確保されている前提ですが)、マイナスが続いても、保険会社はそう簡単には経営危機に陥ったりしません。
例えば、かんぽ生命の保険収支はマイナスが続いています(2018/3期は保険料等収入が4.2兆円、保険金等支払金が6.9兆円)。大まかにいえば、過去の簡保時代の貯蓄性商品が満期となる一方、いまの低金利時代に魅力的な貯蓄性商品を提供するのは難しく、保障性商品(特約を含む)に力を入れているためです。保険収支としてはマイナスが続いていても、ソルベンシーマージンもEVも堅調であり、高格付けを維持しています。

また、本書では「逆ザヤ」(利差損)とありますが、利差損益、すなわち、運用収益(主にインカムゲイン)と予定利息の差にあたるものが損益計算書のどこに示されるかといえば、運用収益は主に「利息配当金等収入」、予定利息は「責任準備金繰入額(または戻入額)」のなかに含まれていて、少なくとも保険収支とは関係がありません。

ということで、「保険収支のマイナスは経営の健全性とは関係がなく、まして逆ザヤを示すものでもない」ことがご理解いただけるのではないかと思います。

なお、書評の最後に「本書の価値を揺るがすような話ではない」と書いたように、本書はベテラン業界人の目線で戦後70年間の日本の保険業界の歩みをまとめたものであり、とりわけ日々の業務に取り組む今の業界人が読めば、いろいろと気づきを得られるのではないかと考えています。

※写真は京都・島原です。

 

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「経済学者たちの日米開戦」

前回ブログ(書評)の続きです。
本書「経済学者たちの日米開戦」は、経済思想史の研究者である牧野邦昭さんが、主に昭和15~17年(1940~42年)にかけて活動した陸軍の頭脳集団「秋丸機関」の実像を描いたもので、研究を通じて「なぜ日本の指導者たちは、正確な情報に接する機会があったのに、アメリカ、イギリスと戦争することを選んでしまったのか」を考察しています。いわば失敗の本質を探ろうとしたものです。

秋丸機関に関しては、「経済学者が対米戦の無謀さを指摘したにもかかわらず、陸軍はそれを無視して開戦に踏み切ってしまった」というのが通説となっているそうですが、牧野先生はこれを否定しています。
むしろ「専門的な分析をするまでもなく正確な情報は誰もが知っていたのに、極めてリスクの高い『開戦』という選択が行われた」と考えるべきであり、本書では行動経済学や社会心理学を用いて、リスクの高い選択が行われた理由を探っています。
次の2つの選択肢しかない状態のなかで、経済学者は何をすべきだったのかという記述もあり、非常に興味深く読むことができました。

・アメリカの資金凍結・石油禁輸措置により、2、3年後には確実に「ジリ貧」となり、戦わずして屈服する
・アメリカと戦えば、非常に高い確率で致命的な敗北を招く(ドカ貧)。しかし、非常に低い確率で、かつ、他力本願だが、開戦前の国力を維持できるシナリオがある

そもそも、この2つしか選択肢がない状態になってしまうと、指導者は後者を選びがちというのは、会社経営でも同じかもしれません。確かに、経営が悪化した保険会社が一か八かのリスクテイクを行い、かえって傷口を広げてしまったという事例もありました。
こうした状況になる前に手を打つことが重要なのでしょうね。

※大倉山公園に行ったら、見慣れない赤い木(紅葉?)がいくつもありました。

 

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最近の読書から

3日の保険毎日新聞に書評が載りました。せっかくですので、これに加えて最近読んだ本もいくつかご紹介しましょう。

「保険業界戦後70年史」

保険毎日新聞で書評を書いた本です。題名が示すとおり、日本の保険業界が戦後70年間にたどってきた歩みを、ベテラン業界人の目線でまとめたものです。著者の九條守氏(おそらくペンネームでしょうね)は大手損害保険会社を退職した後、保険代理店の指導・教育に携わったかただそうで、特に保険の販売現場に関わっている業界人には読みやすいと思います。
新聞でも取り上げましたが、「この頃の商品認可は、大蔵省の指導によって、開発会社に対して数か月の発売時期の先行メリットが与えられ、その他の会社は開発会社から認可内容が開示された内容で追随認可を得るようになっていました」といったことが1990年代の前半まで続いていたなんて、若い業界人はびっくりするかもしれませんね。

「脳が壊れた」

本書は、41歳で脳梗塞に襲われたルポライターが、自らの闘病体験を冷静に見つめ、記録したものです。
脳梗塞を発症すると、一命を取りとめても何らかの後遺症が残ることが多いようで、筆者の場合には「高次脳機能障害」でした。身体の障害とは違い、高次脳機能障害は外部から(最初は本人にも)わかりにくく、周囲の理解を得るのが大変なのですね。
それにしても筆者の鈴木大介さんは、よくぞここまで自分を冷静に「取材」したものだと感心しました。

「陰謀の日本中世史」

ベストセラーとなった「応仁の乱」の著者である呉座勇一さんの本です。歴史学者としての危機感が本書を執筆した動機の一つなのだそうで、陰謀論を無視するのではなく、客観的・実証的に分析している姿勢に好感を持ちました。
まえがきに書かれている「何が陰謀で何が陰謀でないかを見極める論理的思考能力を身につける必要がある」というのが本書最大のメッセージで、陰謀の法則性を導き出そうとしているのが特徴です。

「検察側の罪人(上・下)」

私の書評にフィクションが出てくるのは珍しいですよね。
木村拓哉と二宮和也というジャニーズの2人が初めて共演した同名の映画を家族で観に行って、いろいろと釈然としないところがあったので、原作をスイス旅行中に読みました。写真のようなアルプスの景色を眺めながら読むのに相応しかったかどうかはわかりません^^
ベテランのエリート検事(映画ではキムタク)と若手検事(ニノ)の対決は、映画よりも原作のほうがスリリングでしたし、ラストで若手検事が慟哭するのは同じでも、原作のほうが現実感がありました。もちろん、現実にこんなことが起きてしまっては困るのですが…

※写真はグリンデルワルトです。

 

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最近の読書から

夏休みシーズンということで、印象に残った本をいくつかご紹介しましょう。

1.八代尚宏「脱ポピュリズム国家」

本書における「ポピュリズム政治」とは、欧米で見られるようなナショナリズムの台頭などではなく、目先の利益ばかりを追求し、社会全体の長期的な利益を犠牲にしている政治のこと。八代氏は日本こそがポピュリズム政治に陥っていると述べています。
だからといって、反アベノミクスで凝り固まった論調ということではなく、そもそも社会保障分野や労働市場、医療・介護、農業といった分野が現在どうなっていて、構造改革として何をしなければならないのかを、事実をもとにわかりやすく解説しています。
週刊金融財政事情の書評「一人一冊」でも取り上げたので、近いうちに掲載されると思います。

2.櫻澤誠「沖縄現代史」

中継貿易で栄えた琉球王国時代の歴史、あるいは、激しい地上戦となった沖縄戦のことはある程度知っていても、戦後の沖縄がどのような歩みをたどってきたのか、多くのヤマトンチュ(本土の人)はあまり理解していないのではないかと思います。基地問題をはじめ、沖縄関連のニュースをみても、今ひとつピンとこないところがあるのは、本土とは違う沖縄の現代史を知らないからかもしれません。
本書は米軍統治から現在に至る戦後70年の沖縄について、政治面を中心に記したものです。例えば、沖縄が本土復帰した1972年5月にNHKが行った世論調査では、復帰に「期待する」が51%、「期待しない」が41%という結果が出ています。地元では復帰を全面的に歓迎する雰囲気ではなかったのですね。

3.釘原直樹「人はなぜ集団になると怠けるのか」

副題は「『社会的手抜き』の心理学」です。
社会的手抜きとは、個人が単独で作業を行うよりも、集団で行ったほうが1人当たりの努力の量が低下する現象のこと。1+1が2を下回ってしまうようなことは、力仕事だけでなく、ブレーン・ストーミングのような頭脳労働でも確認できるそうです。
本書を読むと、世の中「社会的手抜き」のオンパレードという感じですが、社会的手抜きのネガティブな面だけでなく、そもそも社会的手抜きをすべてなくすことが適切かどうかについても考察があります。

4.林宜嗣/中村欣央「地方創生20の提言」

日本政策投資銀行の研究顧問を務める林先生と政投銀のスタッフ(中村さんは私の長年の友人なのです)が、地方創生を実現するために必要な条件と、それに基づいた戦略の策定と実行のあり方を20の提言にまとめたものです。
私はこの分野にあまり明るくはないのですが、「地域別に見た産業構造の特徴」という図表(就業者数でみた産業の集積状況を示したもの)によると、地方圏で上位を占めている産業は、やはりと言うべきか、「農林業」「公務」「建設」「複合サービス(郵便局、協同組合など)」なのですね。
「インバウンド客を中心とする観光振興が注目されているが、実際に観光を主力産業とする地域で人口を維持、増加させている事例は少なく(後略)」という分析結果も示されていて、地域創生がそう簡単ではないことがわかります。

※銀座三越にライオンとスヌーピーがいました。

 

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「絶滅の人類史」

絶滅した旧人類ネアンデルタール人が洞窟の壁画を描いていたというニュースがありました。
これまで洞窟壁画はすべて現生人類(ホモ・サピエンス)が描いたと考えられていたので、新しい発見です。

新たな発見により歴史が見直されるというのはよくある話ですが、とりわけ人類史は私が学生時代に学んだものから大幅に塗り替わっていることが、更科功「絶滅の人類史」(NHK出版新書)を読んでわかりました。
かつて猿人として習ったアウストラロピテクス(約420万年前に登場)のはるか前、約700万年前に(今のところ)最古の化石人類が登場し、これまでに25種くらいの化石人類が見つかっているのだそうです。いま生きているのは現生人類だけなので、他の種はみんな絶滅してしまったということになります。

旧人と新人は並存していた

話題のネアンデルタール人は現生人類が登場する前の「旧人」として習いました。ところが、彼らが生きていた時代は約30万年前から約4万年前までで、現生人類の起源も、本書によると約30万年前までさかのぼれるそうです。
つまり、ネアンデルタール人が絶滅するまでは、地球には少なくとも2種類の人類が並存していたということになります。

ネアンデルタール人の脳はなんと現生人類よりも大きく、発掘調査などにより、抽象的な概念を頭のなかで考えること、すなわち象徴化ができたとみられています。ニュースになった「壁画を描く」という行為はまさに象徴化ですし、本書では「貝殻のネックレス(と考えられているもの)」を紹介しています。
しかも、骨のかたちや使っていた道具などから推測すると、ネアンデルタール人はある程度の言葉を話していたと考えられているそうです。

なぜ私たちだけが生き残ったのか

ただし、結果として生き残ったのは私たち現生人類だけです。私たちよりも脳が平均的に大きく、身体的能力も優れていたネアンデルタール人がなぜ滅んでしまったのか。
そもそもの話として、暮らしやすい森林を出て(追い出されて)、外敵に見つかりやすい直立二足歩行をしていた人類が、なぜその後も生き残ることができたのかという疑問に対しても、本書では解説しています。

進化の不思議さを垣間見ることができる面白い本でした。

※写真は大倉山シリーズ第3弾。東横線開通90周年(渋谷-横浜が開通したのが1928年)を記念して、昔の塗装の電車が走っています。下の案内図はそのころ(昭和初期)のものだそうです。

 

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