15. 執筆・講演等のご案内

書評『日本の歴史的建造物』

1月31日(金)の夜、NHK大阪「かんさい熱視線」という報道番組に、ファイナンシャルプランナーの清水香さんとともに生出演してきました。関西地区限定の放送ですが、NHKプラスであれば2月7日まで視聴可能です。
テーマは「火災保険の値上げへの対応」で、私は保険会社経営の視点からコメントしました。ご覧になったかたのなかには、「いやいや、火災保険は赤字が続いているかもしれないけれど、大手損保は過去最高益を更新しているのだから、保険会社寄りのコメントをしやがって」と思ったかもしれません。
しかし、火災保険の赤字を生保や海外など他の事業(資産運用収益を含む)で補うという収支構造は、保険会社として健全ではありません。リスクに応じた保険料を集めるのが保険が成り立つ大前提です。それに、もし皆さんが加入している生命保険が大幅な黒字で、保険会社から「これで火災保険の穴埋めをさせてもらいます」と言われたら、納得できるでしょうか。

さて、週刊金融財政事情(2025年1月21日号)に載った書評「一人一冊」をこちらでもご紹介します。今回は光井渉さんによる『日本の歴史的建造物 社寺・城郭・近代建築の保存と活用』を取り上げました。以下、引用となります。

歴史的建造物の「正しい」在り方とは

一昨年の夏、長崎を訪れた際に出島に立ち寄った。説明するまでもなく、出島は鎖国下の江戸時代に、西洋と直接交易を行っていた唯一の場所である。明治になって役目を終えた出島は、周囲の埋め立てで姿を消した。しかし、1950年代から長崎市による復元事業が始まり、今ではオランダ商館長の事務所・住居をはじめ、鎖国期の建物がいくつも復元され、長崎らしい人気の観光スポットとなっている。
見学を終えて、歩き疲れた私は出島内にあるクラシックな洋館(長崎内外倶楽部)のレストランに入り、長崎名物ミルクセーキを味わったのだが、そこでふと気が付いた。この洋館が建てられたのは明治36年とのことなので、当然ながら鎖国時代の出島には存在しなかった建造物である。それなのに、どうして復元した出島に存在しているのだろうか。

本書の第四章によると、当初の整備構想では、史跡的な価値を重視して出島内の洋館群を取り壊し、江戸時代のオランダ商館
を再現することが検討された。だが、他方で長崎市は山手地区などに残る洋館群を町並みとして保存する施策を進めており、洋館の取り壊しはその方針に反する。そこで、出島の範囲を三つに分け、それぞれ異なる時代設定で保存ないしは再現することにした。
商館の再現に当たっては歴史に対する最大限の配慮がされたとはいえ、結果として、かつて一度も存在しなかった景観が出現してしまったのである。

ここまで分かりやすい事例は少ないかもしれないが、歴史的建造物の再現とは、再現時において意識的に選び出した、いわば「理想としての過去」だと気付かされた。
社寺や城郭、あるいは出島のような史跡ではなく、文化的な価値が認められる民家や近代建築(特に都市部)の保存となると、さらなる壁があるという。現代的な活用が提案できないと保存が実現しない一方で、現代的な活用には「リノベーション」が必要で、それによって何らかの文化的な価値を失うことが避けられない。
日本建築史を専門にする著者は、これに対する確たる回答は見出されていないとした上で、部分的な変更や更新を許容しつつ全体としての特質や価値を保持しようとする「インテグリティ」という概念が重視されるようになっていると指摘する。

観光で社寺や城郭を訪れたり、重要伝統的建造物保存地区に選ばれた町並みを散策したりした際には、これらの文化的な価値だけではなく、保存の在り方についても考えてみてはいかがだろうか。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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ガバナンス改革とメディア

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1264(2025.1.13)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。前回のブログ記事(次期社長の選任)がやや舌足らずだったので、同じテーマを取り上げました。
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次期社長の選任

皆さま、本年もよろしくお願いいたします。
さて、新年最初の個人ブログ(保険アナリスト植村信保のブログ)では、気になるニュースとして日本生命保険の社長人事報道を取り上げました。
日本生命は2022年にコーポレートガバナンス体制を刷新し、監査等委員会設置会社に移行するとともに、社外取締役が過半数を占める「指名・報酬諮問委員会」を設置しました。つまり、社長選任のプロセスが従来とは大きく変わったはずなのですが、残念ながら今回の社長人事でも、「現社長から『次を頼む』と告げられ、即断した」という記事はあっても、新たな選任プロセスを踏まえた報道は見当たりませんでした。

「社長が社長を選ぶ」でいいのか

読者の皆さんのなかには、今の社長が次の社長を選ぶのは当然と考えているかたが多いかもしれません。しかし、コーポレートガバナンスの観点、すなわち経営者への規律付けという観点からすると、現社長が次期社長を選ぶのは好ましくありません。現社長が有能な後継者を選ぶとは限りませんし、社長OBがいつまでも社内で力を持ち続けることになりかねません。
社長やCEO(最高経営責任者)の選解任は取締役会の仕事であり、持続的な成長のためには無能な経営者を選ばないように、客観性・透明性の高い手続きが求められています。

上場企業の行動原則を定めた「コーポレートガバナンス・コード」には、「取締役会は、CEOの選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏まえ、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきである」(補充原則4-3(2))とあります。

ガバナンス改革とメディアの役割

日本生命は上場企業ではなく、コーポレートガバナンス・コードの適用対象ではありませんが、相互会社に該当しないと考えられるものを除き、ガバナンス・コードの各原則のすべてを実施しているとのことです。日本生命が任意に設置した指名・報酬諮問委員会は、社長の選解任を支援する機関であり、ガバナンス・コードに沿った取り組みでもあります。
しかも、日本生命の社外取締役で、指名・報酬諮問委員会の委員長を務めている牛島信弁護士のインタビュー記事によると、前回の社長選任でも社外取締役との打ち合わせが何度も行われたそうなので、今回もガバナンス上、きちんとしたプロセスを踏んで社長を選任したのではないかと思います。

問題はこうした選任プロセスを報じないメディアの姿勢です。もちろん、詳細な説明をしない会社にも問題はありますが、メディアは記者会見などでもっとガバナンスに関する説明を求めるべきです。
ガバナンス改革が進み、形式面だけではなく実体を伴っているかが問われているなかで、メディアはいつになったら「社長が社長を選ぶのを当然視したかのような報道はおかしい」と気づくのでしょうか。
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※今年最初の海外旅行はソウルでの学会発表でした。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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関東部会で報告しました

13日(金)に開催された日本保険学会・関東部会で「ソルベンシー規制『第2の柱』の実効性に関する考察」を報告しました。
当面の間、学会サイトで報告レジュメをご覧いただけます。

今回の報告は、IMFが概ね5年に1回行っている金融セクター評価プログラム(FSAP)の保険行政に関する報告書から、日本の保険行政(特に健全性政策)の現状をつかもうというものです。
2024年のFSAP報告書は日本の保険行政についてかなり辛口な評価となっているのですが、報告書の記載をそのまま鵜吞みにするのではなく、すでに2011年に経済価値ベースのソルベンシー規制を採用し、進んだ保険行政とされるスイスと、日本のように長期固定利率商品が多いドイツのFSAP報告書と比べたり、日本の保険会社(大手・中堅7社)へのヒアリングを実施し、FSAP報告書の記載を確認したりしました。
ただし、報告まで時間がなかったため恥ずかしながら未完成のところもあり、論文として出すまでには完成度を高めるつもりです。

金融庁の保険行政を批判するのが本研究の目的ではなく(現場の皆さんは多くの制約のなかで職務に尽力されています)、新たな健全性規制の導入を契機として、少しでも「あるべき方向」に向かうにはどうしたらいいかを考える材料を提供できればと考えています。

※今年の秋は短かったですね。

 

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損保WG報告書案が判明

少し遅くなりましたが、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1260(2024.12.09)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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日経新聞にコメント掲載

報告書案の概要は金融庁のサイト、あるいは本誌をはじめ報道等でご覧いただくとして、ここでは6日付の日本経済新聞に載った自分のコメントについて解説したいと思います。
紙の新聞に載ったコメントは次のとおりです。

(企業向け保険の問題について)福岡大学の植村信保教授は「企業の意識が変わらなければ取引慣行も変わらない」と指摘する。

電子版のほう(会員限定)にはもう1つコメントが載っています。

(損保会社に加え、大規模代理店への監督を強める方針について)植村氏は「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」と話す。

取引慣行を変えるチャンス

ご想像のとおり、取材の際にこの2つしか話さなかったということではありません。紙面の制約もありますし、むしろボツにならなくてよかったと前向きにとらえています。大学の宣伝になるかもしれませんので(笑)
そのうえで、記者さんにお伝えした内容を簡単にご紹介します。

そもそものご質問は、当然ながら「今回の制度改革が損害保険市場や業界を変えることにつながるか」でした。そこで、全体としては前向きにとらえていることを伝えました。保険金不正請求事案にしても保険料調整行為事案にしても、もちろん起きてはならないことです。ただ、両事案が明らかになったことで、かつての規制時代に形成され、その後も温存してきてしまった「いびつな取引慣行」から損保業界が脱却する絶好のチャンスとなっていることは間違いありません。
それぞれの施策がどの程度の実効性を持つかどうかは今後の制度設計によるところが大きいので、あまりコメントしませんでしたが、大規模乗合代理店への規制・監督の強化や保険契約者等への過度な便宜供与の禁止など、改革の方向性は理解できるところです。

改革案に盛り込まれていないこと

そのうえで、今回の制度改革案には必ずしも盛り込まれていないように見える3つの点をお話ししました。
1つめは、企業のリスクマネジメント意識を変えることにつながるような対策がほしいという点です。リスクマネジメントの一環として保険購入があるという当たり前のことを企業経営に理解してもらうには、どうしたらいいのでしょうか。
2つめは、「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」というコメントのとおりです。
3つめは、火災保険の赤字構造の改善について、もう少し踏み込んだ議論をしてほしかったという点です。グループとして、リスク管理の進化形と言われるERM経営を標榜していた損保会社が、現実にはリスクに応じた適切な保険料を顧客に提示できなかったのはどうしてなのでしょうか。これに対し、金融庁による「態勢整備状況のモニタリングを高度化していく必要がある」とありますが、これまでのモニタリングをどう変えていくのか、外部からは全くわかりません。
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※今年のRIS2024も大盛況でした。

 

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RIS2024全国大会

早いもので今年もRIS(全国学生保険学ゼミナール)の全国大会が近づいてきました。
今年のRIS2024の会場は日本大学商学部のある東京・世田谷区の砧キャンパスです。昨年は福岡大学での開催だったので、皆さんをお迎えする準備だけすればよかったのですが、今年は自分の学生を引率しなければなりません(といっても現地集合ですが)。
おそらく新宿で小田急線に乗り換える学生が多いはずなので、念のため下見に行ったところ、写真のとおり大工事をしていて、私も迷ってしまいました。
まあ、そうは言ってもスマホがあれば、何とかたどり着けるでしょう。

大会要綱によると、今年のRIS2024には13大学15ゼミが参加し、12月7日(土)午後から8日(日)にかけて、2日間にわたり報告を行う予定です。
昨年もお伝えしたとおり、RISの大会は大学生と教員だけで閉じられたものではありません。毎年多くの実務家にご参加いただき、報告への質問・コメントをいただいています。土曜日の夕方には懇親会もありますので、リスクと保険を学ぶいまの大学生に触れる貴重な機会となるかもしれません。
現在、大会参加の申し込みを受け付けていますので、ご興味のあるかたはぜひご参加いただければ幸いです。詳しくは大会要綱の7ページをご覧ください。

肝心の報告内容ですが、植村ゼミは3班とも本番直前の今になっても、データ収集や分析、考察に取り組んでいるという状況でして、時間との戦いとなっています(討論ゼミの皆さまにはご迷惑をおかけしてすみません)。

自分の指導力のなさを棚に上げたうえで、今年に限らず、そもそも課題を見つけるのが苦手な学生が多いように思います。さすがに大学生なので「少子高齢化」「AI」「SDGs」「地域活性化」といった今どき?の知識はあるものの、あくまでも学校などで学んだ知識(というか用語)であって、知識が体系的に身についていないというか、頭の中でうまく整理されていないのですね。だから、いろいろとヒントを出しても引き出しから何も出てきません。
これは推薦入試の面接試験でも感じることでして、今の高校では「総合的な探求の時間」など社会課題を見つけ、解決策を探るといったこともやっていて、自分たちが何をしたかを説明することはできます。しかし、その説明に関して何か質問すると、途端に回答に詰まってしまう生徒が目立ちます。知識量の問題ではなく、それぞれの知識がつながっていない、あるいはつなげて考える習慣がないということなのでしょうか。

大学の教員ができることは限られているとはいえ、RISの活動を通じて少しでも彼らが成長してくれればいいですね。

※新宿西口です!

 

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金融庁が新たな健全性規制の法令案を公表

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1256(2024.11.11)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。主に保険流通に関わる皆さんにも知っていただきたい内容です。
アクチュアリー会の年次大会(2日目)は対面・オンラインのハイブリッド開催でしたが、予想以上に対面参加のかたが多く、パネルディスカッションが盛り上がってよかったです。
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新規制の導入が秒読み段階に

金融庁の動向と言えば、保険流通に関わる皆さんには、金融審議会の作業部会で議論が進む制度改革の行方が気になるところだと思います。
他方で金融庁はこの10月末に、「経済価値ベースのソルベンシー規制」と呼ばれることの多い新たな健全性規制の導入に向けて主な法令等の改正案を公表し、意見募集を開始しました。
今回の改正は、現行のソルベンシーマージン比率を中心とした健全性規制を30年ぶりに大きく見直すというもので、規制が求める支払余力の厳格化や、経済価値ベースの考え方の採用など、現行規制の弱点を克服する内容となっています。2025年度決算から新規制に基づく報告が始まる予定なので、保険会社にとって残された時間はそれほど多くありません。
先週都内で開催された日本アクチュアリー会(ア会)の年次大会では、新規制に関連したセッションがいくつもあり、私もその1つ(パネルディスカッション:経済価値ベースのソルベンシー規制の原点に立ち返る-新規制を有意義なものにするために-)で進行役を務めました。

保険数理の専門家・アクチュアリー

アクチュアリーとは、確率や統計などの手法を用いて、将来の不確実な事象の評価を行い、保険や年金、企業のリスクマネジメントなどの多彩なフィールドで活躍する数理業務のプロフェッショナルです(ア会のサイトより引用)。超長期の保障を提供する生命保険や、多様で複雑なリスクに備える損害保険が成り立つには、アクチュアリーによるリスク分析が欠かせません。
24年3月末現在、ア会の会員数は5601人で、このうち2273人が生命保険会社に、863人が損害保険会社に所属しています。一般に「アクチュアリー」とは正会員のことを指し、難関とされるア会の資格試験に合格し、正会員として認定されているのは2121人だけです。
ちなみに私自身はアクチュアリーではなく、主にア会の専門委員会(ERM委員会)のアドバイザーとして関わっています。

保険会社のリスク管理高度化を目指して

話を新規制に戻しましょう。会員向けの年次大会の内容について多くを語ることはできないのですが、私たちのパネルディスカッションでは、「規制が求める新たなソルベンシー比率(ESR)を守りさえすればいいという話ではない」「経済価値ベースの考え方をいかに社内や社外(メディアなど)に浸透させるか」「保険会社のアクチュアリーは何をすべきか」といった議論を行いました。
健全性規制の主な目的は、保険会社の経営が悪化し、契約者が不利益を被るのを避けることです。それには単に規制を厳しくするというのではなく、保険会社自身のリスク管理の高度化を促すべき、というのが近年の健全性規制の考え方となっています。しかし、規制当局が本当に保険会社の経営行動を変えることができるのかという「そもそも論」もあって、今回の新規制にしても、保険会社が「規制が求めるESRを守りさえすればOK」と考えてしまうと、リスク管理の高度化にはつながりません。どのようなことでも、他者に何かを促すというのはそう簡単ではありませんよね。

なお、新規制導入の経緯や規制の本質などに関心のあるかたは、10月末に発売した拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』(日本経済新聞出版)をご覧ください。2008年に出版した『経営なき破綻』の続編という位置づけで、副題に「生保経営大転換を読む」とありますが、新規制のもとでの損保を含めた保険会社経営のあり方について述べています。難しい数式などは一切使っていませんので、ご安心下さい(笑)。
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※実家でタコパ!久しぶりに3兄弟が集まりました。

 

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『経済価値ベースのソルベンシー規制』

新刊のご案内です。今週25日に『経済価値ベースのソルベンシー規制 生保経営大転換を読む』が日本経済新聞出版から出ることになりました。

本書は絶版となってしまった『経営なき破綻 平成生保危機の真実』(2008年、日本経済新聞出版社)のいわば続編にあたります。『経営なき破綻』から早くも15年以上が経ち、ようやく2025年度末に新たな規制が実現するこのタイミングで本書を世に出す意義は、主に次の2つと考えています。

1つは、「経済価値ベースのソルベンシー規制」と呼ばれることの多い新たな規制の本質を示すことです。
新たな規制の詳細を解説するのが目的ではなく、保険会社の経営は新たな規制にどう向き合うべきなのか、新たな規制が期待どおり機能するうえでどのような課題があるのか、などを論じています。
経済価値ベースのソルベンシー規制導入に反対姿勢をとってきた富国生命・米山社長と、規制導入を有識者としてリードしてきたキャピタスの森本代表のインタビューも、それぞれ読みごたえのある内容となっています。

もう1つは、過去の生保破綻から新たな規制導入に至るまでの経緯を示すことです。
かつての生保危機を当事者として知る人の多くは現役を退いています。しかし、過去の経緯を知らないと、いま、どうしてそれがそうなっているのかを理解するのは難しいことです。
そこで本書の第1章で生保危機から新規制までの「歴史」を振り返るとともに、破綻生保の内部で何が起きていたのかを記録として残すため、編集担当のご理解を得て、『経営なき破綻』の中核である破綻事例の検証を巻末付録としてそのまま掲載しました。その結果、付録が90ページもある書籍となっていますが、とりわけ『経営なき破綻』を手に取ったことのない若い皆さまの参考になるのではないかと考えています。

加えて、福岡大学に移籍してから手掛けた研究の成果もいくつか盛り込んでいますので、全体として他に類を見ない内容になったのではないかと自負しています。
ポケットマネーで購入するにはやや高いかもしれませんが(3200円+税です)、保険業界に関心を持つ多くのかたの目に触れるとうれしいです。

 

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「お祝い金」がもらえる保険は得なのか

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1252(2024.10.14)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。今回は大学の講義(保険論など)の一部をご紹介します。
3連休が多いので、月曜日の授業は遅れがちです。
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根強い「掛け捨ては損」という考え

大学の講義のなかで、次のような質問をすることがあります。保険のプロである皆さんには釈迦に説法で恐縮ですが、どうかお付き合いください。

【どちらのほうが経済的に得でしょうか?(保険会社は1も2も同じ)】

1.いわゆる「掛け捨て」の定期保険
 死亡保険金額:1000万円
 保険期間:10年
 毎月の保険料:1000円(20歳加入)

2.死亡しなかったら「お祝い金」がもらえる保険
 死亡保険金額:1000万円
 保険期間:10年
 毎月の保険料:6000円(20歳加入)
 お祝い金:60万円(死亡しなかった場合)

当然ながら正解は1です。それでも「2のほうが得」「1と2は経済的に同じ」と答える学生が相当数います。

お祝い金の原資は保険料

念のため、1のほうが経済的に得である理由を説明しておきましょう。
同じ保険会社なので、2は1の定期保険に貯蓄機能が加わったものと考えられます。毎月の保険料6000円のうち、1000円が定期保険の保険料で、5000円が貯蓄に回ります。保険期間の10年は120か月なので、5000円×120=60万円という計算になります。
ただし、お祝い金がもらえるのは「死亡しなかった場合」です。保険期間中に死亡したら、死亡保険金1000万円は受け取れますが、毎月の保険料から貯蓄に回っていたはずのお金は返ってきません。

では、死亡した場合にも「おくやみ金」として貯蓄部分を受け取れるとしたらどうでしょうか。それでも1のほうが経済的に得です。
2と比べやすくするため、1の保険に加入するとともに、毎月5000円を銀行に預けるとしましょう。1では、わずかですが預金利息が付くので、10年後の預金残高は60万円を超えます。
理由はそれだけではありません。1の銀行預金はいつでも貯まっている分を使うことができます。でも、2の貯蓄部分は10年経たないと受け取ることができません。貯蓄といっても自由に使えないお金です。
2の保険加入では、いわば強制的にお金を貯めることができるとはいえ、果たして経済的なデメリットを上回るほどの効用があるでしょうか。

顧客本位なのか

今回お示ししたのは定期保険(死亡保険)の例で、かつ「お祝い金」が経済的にみて低く設定されていました。しかし、お祝い金を経済合理的に設定したとしても、死亡保険よりも給付金額の小さい医療保険では、より悩ましい問題が起こり得ます(給付金を受け取るとお祝い金がもらえない場合)。
というのも、給付金とお祝い金を天秤にかけ、場合によっては給付金の請求をしないほうが多くの金額を受け取ることができるからです。こうなってくると、そもそも何のために医療保険に加入したのか、よくわからなくなってきます。

もしかしたら、お祝い金のある保険のほうが経済的に得となる料率設定をしている会社があるのかもしれません。とはいえ、それを比較検討するのは至難の業です。そうだとすると、いくら顧客ニーズが強いからといっても、この手の商品を勧めるのが顧客本位とは考えにくいですね。
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※日田彦山線BRTに乗りました。

 

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ディーラー代理店の是非

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1248(2024.9.9)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。まずは保険業界や自動車業界の都合に縛られずに考えたうえで、実現可能な方向に近づけていくというアプローチが望ましいのではないでしょうか。
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250万件の情報漏えい

保険金不正請求事件に続き、大型の兼業乗合代理店に関連した大規模な顧客情報漏えいが発覚しました。4社の発表によると、情報漏えい250万件のうち226万件は、自動車ディーラー代理店等が契約者情報を保険会社4社と「共有」していたというものです。

こうなってくると、次に何が出てくるかと待ち構えてしまいますが、一連の損保問題であきらかになった「いびつな取引慣行」「トップラインやシェアの確保を最優先する企業文化」を変えるには、まずはこの機会に過去の膿を出し切るべきでしょう。例えば、代理店への「過度な便宜供与」の実態を公にしたらいかがでしょうか。

兼業乗合代理店の構造的な弱さ

もちろん、専属や専業の代理店に問題がないとは言えません。しかし、代理店の「乗合」「兼業」が、それぞれ契約者保護のうえで構造的な弱さを抱えているのは確かでしょう。

乗合代理店は複数の保険会社と代理店委託契約を結んでいるがゆえに、個々の保険会社が代理店をコントロールできない状況になりやすいという構造にあります。突き詰めると、顧客の代理ではなく、あくまで保険会社の代理である代理店が、果たして複数の保険会社の代理をしてもいいのかという話です。
他方で、兼業代理店は自動車販売などの本業がほかにあり、代理店としての役割がおろそかになりやすいという構造にあります。実態を踏まえると、リスクや保険の専門性がない組織が代理店を営んでもいいのかという話です。
ディーラー代理店は「乗合」「兼業」なので、両者の弱さをあわせ持っています。

現在の代理店に「乗合」「兼業」が認められているのは過去からの経緯が大きいと理解していますが、こうした構造的な弱さを上回る顧客メリットがあると考えられてきたからでもあるのでしょう。

顧客メリットはあるのか

顧客にとっての乗合代理店のメリットは、複数の保険会社の商品を比較検討できることや、専属代理店よりも多様な商品ラインナップを享受できることです。また、兼業代理店のメリットは、自動車購入など本業利用のついで
に保険に加入できる利便性にあります。
しかし、旧ビックモーターのテリトリー制に象徴されるように、ディーラー代理店は顧客メリットよりも自社または保険会社の都合を優先する場合も多いことが明らかになりましたし、「ついで加入」は確かに便利かもしれませんが、ディーラー代理店、顧客の双方に関心があるのは自動車のことなので、保険は「とりあえず何か入っていればいい」となりがちですし、ネット普及に伴い、ディーラー以外での保険加入のハードルも下がっています。

そう考えると、「乗合」「兼業」には、構造的な弱さを上回る顧客メリットがあるというのも怪しくなってきます。保険会社との利益相反を招きやすい点を含め、もはやディーラーが代理店であり続けることの是非が問われているのではないでしょうか。
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※写真はドイツのバッハラハというライン川沿いの小さな町です。

 

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金融庁のリソース拡充を

猛暑が続くなか、ようやく季節行事(定期試験&採点やオープンキャンパス)が終わり、キャンパスが静かになりました。
さて、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1244(2024.8.5)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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有識者会議の指摘

金融庁が6月に公表した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書は、いわゆる「損保問題」を受けた今後の保険業界の動向を知るうえで重要な手掛かりです。
ところで、この報告書の6ページに、次の2つの注記が付いているのをご存じでしょうか。「(大規模代理店に対して)金融庁及び財務局によるモニタリングを強化すべきである」のところです。

「IMFによる日本に対する金融セクター評価プログラムにおいては、金融庁に対し、保険監督に適切な人的リソースを配置し、立入検査を通常の監督プロセスの一部として実施すべきであること、及び大規模代理店等に対しては直接的な監督を行うなど、保険代理店等に対するリスクベースの監督業務のプロセスを開発すべきであること、との指摘もある」

「金融庁及び財務局において、保険会社及び代理店へのモニタリング強化のために必要な人員増強を行うべきである、との指摘もある」

2つめのほうは、会議のなかで(特に第4回)、金融庁の人員強化を図るべきだという意見が複数のメンバーから出たためだと思いますが、1つめのほうは多少解説が必要かもしれません。

IMFの指摘とは

IMF(国際通貨基金)の金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、IMFが加盟国の金融部門の安定性を評価するプログラムで、日本を含む主要国は5年に一度審査を受けています。いわば金融庁が外部から検査を受けるという枠組みです。FSAPの指摘を金融庁は重く受け止めます。
2023年から24年にかけてのFSAPでは、IMFは日本の保険監督について、全体的には良好な水準としたうえで、かなり本質的な指摘をしています。例えば次のような指摘です。

・金融庁の保険監督アプローチはリソースの制約のため事後対応となっていることが多い。

・監督のほとんどは業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個々の保険会社の定期的な監督サイクルの一環として行われていない。

・集中的な監督は主に問題が特定されてから開始され、多くはリスクが顕在化してから行われる。

「リスクの芽を摘むこと」ができるのか

筆者が任期付職員として保険行政に携わっていた約10年前の金融庁では、通常のモニタリングのほか、主要会社には概ね一定の周期ごとに立ち入り検査を行っていました。問題がある会社だから立ち入り検査を行うというのではなく、検査対象の保険会社の事業特性やリスク特性に基づき、当時の保険検査マニュアルから数項目を対象にして検査を実施していました。そして、当時もリソース不足は深刻でした。
その後金融庁の検査・監督方針が変わり、「従来の検査・監督のやり方のままでは、重箱の隅をつつきがちで、重点課題に注力できないのではないか」「バブルの後始末はできたが、新しい課題に予め対処できないのではないか」「金融機関による多様で主体的な創意工夫を妨げてきたのではないか」といった、主に銀行検査に関する問題意識のもとで、検査・監督一体の継続的なモニタリングへ移行し、2018年には検査局が廃止されました。

保険分野は大きな販売部隊(代理店を含む)を抱えているうえ、銀行に比べると、保険会社の経営内容は総じてわかりにくいとされているにもかかわらず、周期的な立ち入り検査をなくしてしまったことで、問題の早期把握が難しくなった点は否めません。
かつての検査が「重箱の隅をつつきがち」だった面はあるにせよ、頻繁な異動等により保険分野の知識が必ずしも十分ではない検査官でも、保険分野に明るいベテラン職員の支援を受けながら、ある程度時間をかければ問題を発見することができました。ところが、現在の「継続的なモニタリング」では、保険分野の知識がないと、表面的になぞっただけで終わってしまいます(保険会社は自らに都合の悪いことを当局に進んで示すでしょうか?)。結果として、近年は問題が発覚してから立ち入り検査を行うというスタイルになってしまったようです。
朝日新聞の柴田秀並記者は近著『損保の闇 生保の裏』のなかで、「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」と述べていますが、まさに同感です。

有識者会議メンバーやIMFが指摘するように、金融庁は保険監督に適切な人的リソースを配置して、保険分野の抱えているリスクや顕在化した問題に対処する必要があるでしょう。少なくとも、たまたま現場に配属された担当者の頑張りだけでは無理があると思います。
あるいはIMFが以前から提案するように、健全な保険市場を育てるためには、政府予算の制約を受けにくい「保険サービス監督機構」のような組織の実現を目指すべきなのかもしれません。
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※週末はオープンキャンパスでした。

 

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