前期の講義を終えて

大学教員1年目の前期講義が終わり、採点などをしています。

同僚の先生がたと情報交換してみると、オンライン講義は出席率が高く、かつ、下がらない傾向があったようです。確かに私の場合もそうでした。
ただし、ゼミ以外の授業では「音声をミュート」「カメラをオフ」にして授業に臨むので、本当に出席しているかどうかは確認しないとわかりません。前期の経験からすると、どうやら1割くらいの学生はその場にいなかったようです。

2回に1回は小テストを行い、時には感想を聞いたりしたところ、「ゆっくり丁寧でわかりやすい」という声と、「難しいのでもう少しゆっくり話してほしい」という声があり、どうしたものかと悩みました。
後期もいろいろと試行錯誤してみることにしましょう。

2つの保険の講義のうち、片方で保険会社の経営破綻に関する話を2回に分けて行いました。
感想を聞くと、保険会社が次々に破綻したという事実を知って驚いたというコメントが多かったですね。「自分は保険に入っているけど、保険会社の破綻など考えたこともなかった」「ビルの名前か何かで聞いたことがある生保が破綻していたなんて」などなど。
中堅生保の経営破綻が相次いだのは2000年前後なので、20歳前後の学生の皆さんがちょうど生まれたころに起きた事件です。社会科の授業で取り上げることもないでしょうから、知らないのも無理はありません(リーマンショックだっておそらくピンとこないでしょう)。

なるほどそうきたか、というコメントもありました。
例えば、「保険会社は破綻しても再出発できるのですね」というもの。保険会社の破綻の話しかしなかったので、比較のためにJALの話でもすればよかったのかもしれません。とはいえ、生命保険会社の場合、債権者の大半が保険契約者であり、既契約の存続が絶対命題としてあるので、特殊な処理なのは確かですね。

破綻生保の既契約を引き継いだ会社が設定する「早期解約控除」について、「うまいこと考えるなぁ」というコメントには、当事者には申しわけありませんが、思わずクスッとしてしまいました。二次破綻を避けるための苦肉の策だと思うのですが、興味深く映ったようです。

※今年は実家での会食をあきらめ、ケーキを切って実家に持っていきました。
 久しぶりに横浜に戻ってきています。

 

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保険市場のダイナミズムはどこへ

今週のInswatch Vol.1045(2020.08.10)に寄稿したものです。
再編が進み、過去の話はどこまで語り継がれているのでしょうか。
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自動車保険の取り組み姿勢の違い

九條守氏の著書『保険業界戦後70年史』に、1970年代の話として、自動車保険の販売戦略の違いによって(収入保険料で見た)業界順位が大きく変わったという記述がありました。
本書によると、「整備工場とタイアップしたり、西日本での販売を控えたりする等、事故率を抑える工夫を凝らしてメリハリを利かせて積極的な募集を展開した」会社が順位を上げ、「自動車保険は損害率が高く収益性が悪いという懸念から、経営を危うくしかねないとの判断で、自動車保険の販売に慎重な姿勢を示す会社」が順位を下げたとのことです。
自動車保険だけを見れば収益性が悪くても、多種目販売を積極的に展開すれば、経営を危うくすることにはならず、増収による規模拡大がはかれるという戦略があったと本書は述べています(その戦略が適切かどうかはとりあえず脇に置いておきます)。

ちなみに、私がかつて所属していた会社も、当時、大手のなかで自動車保険に最も積極的に取り組んだ会社であり、積極経営によって業界地位が高まったという話を何度も耳にしました。業界地位とは市場シェアだけでなく、業界での発言力、影響力なども含まれていたようです。
積極経営はその後の積立保険の販売でも見られ、こんどは大手他社も同じように積極的に「年金払積立傷害保険」などを高い予定利率で提供しました。1990年前後のことです。残念ながら当時の保険負債は、その後の低金利でいまだに経営の重荷として残っています。

現在はどうか

当時の損害保険会社の経営環境は現在とは全く違います。カルテル保険料率だったので料率競争はありませんし、護送船団行政ですから、いわば監督官庁が経営リスクを引き受けていました。経営指標として重視されていたのは収入保険料と市場シェア、それと他社比〇〇という数字で、損益は二の次という雰囲気でしたが、それでも自動車保険という成長分野に対する取り組み姿勢には会社により大きな違いがあったということです。

今はどうでしょうか。3メガ損保グループが国内損害保険市場の大半を分け合うようになって久しく、少なくとも国内事業においては、どの会社の経営戦略も大きな違いがないように見えます。
さすがに市場シェア10%を超える会社では、公共的使命という観点から、かつての某社のように(損害率の高い)西日本での販売を控えるといった戦略を打ち出すのは現実的ではないと思います。ただ、もしかしたら成長分野かもしれないサイバーリスクに注力している会社があるとも聞きませんし、コロナ禍での現場対応も似たり寄ったりに見えます。メリハリというよりは総花的と言えるでしょうか。

規制が厳しかった時代に比べ、規制緩和が進んだ(ただし、寡占化も進んだ)現在のほうが市場のダイナミズムが見られると言えないところが、経済政策の難しさを感じます。
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写真(上)の斤券(きんけん)は炭鉱札の一種で、説明によると、「毎日の賃金支払いに通貨(現金)の代わりに支払われた」「実際にはなかなか(通貨に)交換してもらえず、炭鉱内の売勘場(売店)や炭鉱指定店の中だけで通用していた」「急に現金を必要とする場合は納屋頭や炭鉱指定店、高利貸から両替してもらったが、2割から5割の高い割引料をとられることもあった」とのこと。炭鉱労働の厳しさは事故の危険だけでなく、こんなところにもあったのですね。明治から大正にかけてのことです。

 

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生損保の4-6月期決算から

8月7日までに公表された分だけですが、生損保の4-6月期決算で保険関係の数値を確認してみました。

損害率が低下【損保】

国内損保事業の正味収入保険料は、東京海上日動がほぼ横ばい、他の大手損保は小幅減となりました。ただ、減収は火災保険の再保険コスト上昇によるところが大きいようで、過去の料率引き上げ効果もあり、4-6月期に収入が大きく落ち込むということはありませんでした。

数字が大きく動いたのは支払いのほうです。外出自粛等の影響で発生保険金が減り、損害率が大きく改善しました。
各社の自動車保険のE/I損害率はご覧のとおりです(前年対比)。

 東京海上日動 56.5% ⇒ 46.2%
 三井住友海上 54.7% ⇒ 46.2%
 あいおいND 55.9% ⇒ 48.1%
 損保ジャパン 63.2% ⇒ 48.1%

欧米のようなロックダウンはなくとも、新型コロナ禍が人々の行動を変え、それが数値に現れたということかと思います。

営業自粛で業績落ち込む【生保】

更改契約がある損保に比べると、生保は営業自粛の影響を強く受けた数字となっています。
例えば営業職員チャネルを主力としている会社の「新契約年換算保険料」「新契約件数」(いずれも個人保険、前年同期比)はご覧のとおりです。

 日本生命 ▲59.1% ▲72.1%
 住友生命 ▲54.8% ▲54.4%
 MY生命 ▲35.8% ▲42.3%
 太陽生命 ▲36.8% ▲25.7%
 富国生命 ▲45.3% ▲47.4%

代理店を主力にしている会社として、損保系生保と大同生命の数字も見てみましょう(大同生命は営業職員チャネルの規模も大きいですが、とりあえず)。同じく個人保険の新契約年換算保険料と新契約件数の前年同期比です。

 あんしん生命 ▲21.5% ▲32.9%
 MSA生命  ▲29.2% ▲34.9%
 MSP生命  ▲57.7% ▲73.6%
 ひまわり生命 ▲23.3% ▲31.5%
 大同生命   +26.4% ▲14.3%

MSP生命(三井住友海上プライマリー生命)は銀行窓販専門会社なので傾向が違うのはわかるとして、それ以外の会社は大手よりも落ち込みが小さいように見えます。ただ、2019年4-6月期の数字は経営者保険の提供休止などの影響を受けているので、代理店チャネルのほうが落ち込みが小さいと言っていいものか、まだわかりません。

とりあえず速報ということで。

※石炭記念館に「白蓮夫人」の写真がありました。

 

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過去20年の寄稿から見えるもの

保険ジャーナリスト森田直子さんが直近のinswatch Professional Reportのなかで、この20年間の原稿執筆依頼の変化から保険の販売チャネルの動向が見えるという興味深い記事を書いていました。なるほどと思い、自分の場合はどうだろうと、さっそく過去に新聞や経済誌に寄稿した文章をリストアップして、タイトルを眺めてみました
(ご参考までに最後にリストを載せています…私の備忘録ですね)。

東洋経済の保険特集号に1999年から2017年まで寄稿していた(一時中断あり)こともあり、この20年間、ありがたいことに保険関係の論考をほぼ途切れることなく寄稿してきました。しかし、ここから保険業界の変化が感じとれるかといえば、そうでもなさそうです。

寄稿の特徴としては、

・保険会社の経営分析が多い(「アナリスト」を名乗っているので当然ですね)
・内外の健全性規制の解説も多い
・最も多いのは経営改革を求めるもの

の3点でしょうか。私の求められる役割がこの3点だと言えばそれまでですが、変化というよりは、むしろ一貫して「保険会社の経営改革」を訴え続けてきたということになりそうです。
逆に言えば、20年前も今も「ガバナンス」「リスクマネジメント」「販売至上主義からの脱却」が保険会社の課題であり続けている(少なくとも私にはそう見える)ということですね。

もちろん、保険会社の経営が20年前から全く変わっていないというのではなく、変化はしているのだけど、求められる水準が上がっている、あるいは、事業の多角化などにより、求められる内容も変わってきているのだと思います。

【新聞・経済誌への主な寄稿】
 <格付アナリスト(R&I)>
「生保の予定利率引き下げ」2001.8.20 読売新聞『けいざい講座』
「生保契約者の保護充実を」2001.11.20 日本経済新聞『経済教室』
「経営戦略の『リセット』へ 株式会社化のお勧め」2003.8 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「国内生保の経営改革始まる」2004.7 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「生保危機は去ったのか?求められる社会保障の補完的役割」2005.9 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「顧客に合わせた経営スタイルを構築せよ」2006.8 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「保険不払い、どう考える」2007.5.6 朝日新聞『耕論』
「金融庁が求める基準見直しの狙い」2007.6.26 週刊エコノミスト
「今度こそ『販売至上主義』から『顧客重視』経営への転換を」2007.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「生保経営統治向上急げ」2008.8.22 日本経済新聞『経済教室』
「破綻危機は去ったのか? なお潜伏する経営リスク」2008.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「特集 共済vs.生保-【4 共済の実態】格付けアナリストが深層に迫る-大手共済徹底分析」2008.11.29 週刊東洋経済
「AIGショックに揺れる米国生保 不安視される日本の生保事業の行方」2009.1.31 週刊ダイヤモンド
「保険危機再来に問う『ガバナンスは万全か』」2009.4.18 週刊東洋経済
「2008年度の生保決算分析」2009.8.17 週刊金融財政事情
「ポスト金融危機の保険経営」2009.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「金融危機と保険会社のリスク管理態勢」2009.12.21 週刊金融財政事情

 <金融庁>
「保険会社に対する健全性規制の最近の動向」2011.4.18 週刊金融財政事情

 <キャピタス>
「注目が集まるERM経営」2013.3.9 週刊ダイヤモンド
「異次元緩和下における生保のリスクマネジメント」2013.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「4大共済の実力分析」2013.8.24 週刊東洋経済
「主要生損保のリスク戦略」2014.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「進む保険の国際規制改革」2015.1.17 週刊ダイヤモンド
「大型M&Aがゴールではない 海外展開で問われるERM経営」2015.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「高騰する地震保険料 広がる都道府県の格差」2016.1.16 週刊東洋経済
「マイナス金利政策の導入で問われる生保経営の成熟度」2016.4.23 週刊ダイヤモンド
「未曽有の利回り曲線平坦化に生保経営はどう対応するのか」2016.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「保険会社による適切なリスクテイクとは」2017.10 週刊東洋経済臨時増刊『生保・損保特集』
「超低金利と技術革新が迫るチャネル戦略の再構築」2018.6.18 週刊金融財政事情
「主要生保経営の現状と課題を探る」2019.2.4 週刊金融財政事情
「最高益は見せ掛けにすぎない 生保経営の真実に迫る」2019.6.15 週刊ダイヤモンド

 <福岡大学>
「大手損保グループの2020年3月期決算分析」2020.7.6 週刊金融財政事情

※写真は筑豊電鉄です。
 終点・直方のアーケード街は閑散としていました。

 

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2020年の生保総代会

今回のALS患者嘱託殺人はいろいろと考えさせることが多い事件だとは思います。さらに、医師免許の不正取得なんて話も飛び出しました。
ただ、この事件に限らず、捜査関係者から情報がポロっ、ポロっと出てくるのは、何だかすっきりしません。かんぽ生命の入検情報を漏らすのはダメで(絶対ダメだと思いますが)、同じく公務員である捜査関係者がメディアに情報を漏らすのはOKとされているのは、どうしてなのでしょうか。

委任状による出席が大半

さて、国内系生保のうち6社は相互会社で、いずれも7月2日に総代会を開いています。
相互会社には株主が存在せず、株主総会にあたるのが、社員(契約者)のなかから選ばれた総代が構成する総代会です。総代会では剰余金の処分、定款の変更、取締役の選任などを決議します。

6社の議事録や質疑応答の要旨が公表されたので、確認してみました。
まず例年と大きく異なるのは、リアルな主席者の数です。

日本生命 出席198名(うち委任状141名)
住友生命 出席175名(うち委任状121名)
明治安田生命 出席218名(うち委任状213名)
朝日生命 出席148名(うち委任状138名)
富国生命 出席115名(うち委任状86名)

これを見ると、明治安田生命ではリアルな出席者は5名だったということですね。
日本生命の場合、「委任状による出席者のうち、117名については、支社または東京本部(丸の内ビル)等にて、社内衛星放送を通じ総代会の審議等の状況を確認し、質問等もできる環境で参加していた」とのこと。他社にはそのような記述がないので、前向きな対応ととらえるべきなのかもしれません。ただ、ガバナンスという点では、委任状を出した後での質問にどのような意味があるのかとも思ってしまいます。

質問内容はどうか

質疑応答の要旨を見ると、どの会社でも、新型コロナウイルス感染症に関するものが非常に多かったようです。
特に6社はいずれも営業職員組織による対面販売を主力としているので、「今後の顧客対応をどう考えているか」「対面営業が難しいなか、今後の対応の方向性を説明してほしい」といった質問が相次いだ模様です。

他方で、毎回感じるのですが、社員たる契約者の関心事項であろう経営の健全性や、社員還元に関する質問は必ずしも多くはありません(なぜか商品に関する質問が多いです)。どの質問も広い意味では経営に関することなのですが、実際の数字を踏まえた損益・財務に関する質問は少ないですし、上場生保の大株主のような、経営者の姿勢を問うような厳しい質問もほとんど見かけません。

ちなみに、次のような質問や意見はありました。

「わが国では着実に高齢化が進む中で、海外で社員や契約を増やしたり、あるいは利益を得て国内に還元する戦略や取組みは極めて重要と考えます。今後もそのことを重視した経営をお願い致します」【住友生命】

「損益状況の推移について。保険料等収入が減少しているものの、保険金等支払金も減っているため、経常利益が増えていると理解しています。この収益構造に問題点や課題はないのでしょうか」【朝日生命】

詳しくは各社のサイトをご覧ください。
日本生命
住友生命
明治安田生命
朝日生命
富国生命

※海からの風で松が何となく傾いています。

 

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小笠原長行

週末に佐賀県の唐津に行きました。
福岡市営地下鉄がJR筑肥線に乗り入れていて、約1時間で到着します。

唐津城では、幕末に活躍した小笠原長行(ながみち)という人物に関心を持ちました。

 1822年(文政5年)唐津藩主の長男として生まれる
 ・翌年父が亡くなるが、幼少のため藩主になれず
 ・江戸に出て、学問に励む

 1857年(安政5年)土佐藩主・山内容堂らの推挙により世継ぎとなる
 1862年(文久2年)幕閣に入り、若年寄を経て老中格となる
 ・生麦事件の処理にあたる(賠償金支払い問題)

 1865年(慶応元年)老中となる
 ・長州処分の全権を委任される
 ・第二次長州征討で小倉口総督となるが、敗北

 1868年(慶応4年)大政奉還
 ・戊辰戦争で会津、箱館(函館)まで従軍
 ・その後、東京で隠遁生活を送る

 (唐津城の展示および唐津市サイトより作成)

藩主の長男として生まれたにもかかわらず、お国の事情から世継ぎになれなかった人物が、40歳くらいになって頭角を現し、短期間で異例の昇進を遂げ、老中となっています。しかも、何度も失脚しては、そのたびにカムバックしているのです。
逆に言うと、勝海舟もそうですが、この時代の幕府は必要とあれば柔軟な人事政策をとっていたのですね。

恥ずかしながら私は小笠原長行の存在を全く知りませんでしたが、幕府が滅亡にいたるなかでの重要人物であることは間違いなさそうです。

 

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有価証券報告書の新たな開示

inswatch Vol.1041(2020.7.13)に寄稿した記事のご紹介です。
定性的な開示は定量的な開示と合わせて見ることで理解が深まりますね。

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上場会社の有価証券報告書に「事業等のリスク」という項目があります。従来の記載は、いわば「考えられるリスクの羅列」となっていて、あまり参考にならなかったのですが、昨今のコーポレート・ガバナンス改革の一環として次年度から開示の充実が求められるようになり、前倒しで記載内容を見直す動きがあります。
主な上場保険グループの「事業等のリスク」を確認してみましょう。

東京海上ホールディングス

従来とは異なり、最初にグループ経営におけるリスク管理の考え方(リスクベース経営)を説明したうえで、定性的リスク管理と定量的リスク管理に分け、それぞれ図表を使って具体的な取り組みを紹介しています。
なかでも定性的リスク管理では、これまでのリスクの羅列ではなく、経営レベルで論議し、特定した11の「重要なリスク」と、それぞれにおける主な想定シナリオを示しています。

MS&ADインシュアランスグループホールディングス

前半でリスク管理方針とその体制、ERMをベースにしたグループ経営について説明し、後半でグループの主要なリスクを紹介しています。
定量的な記載が少ないという感もありますが、後半の主要なリスクでは、経営が管理すべきリスクとしてとらえている「グループ重要リスク」に加え、経営が認識すべき「グループエマージングリスク」についての言及もありました。

SOMPOホールディングス

従来のリスクの羅列から記載内容が一変しました。最初にリスク管理の全体像(戦略的リスク経営)を示し、次に、具体的にどのようなリスクコントロールを行っているかを説明しています。自己資本管理についてはコントロール手法だけでなく、実際の管理状況も数値で示しています(決算説明資料でも開示)。
主要なリスクの記載も充実しました。「重大リスク」を示すだけでなく、ヒートマップ(発生可能性・影響度)を使ったリスクの評価を行ったうえで、対応状況の説明があり、さらに新型コロナ関連の記載も別途見られます。

第一生命ホールディングス

経営に重要な影響を及ぼす可能性のある予見可能なリスクとして選定した「重要なリスク」とその選定プロセスの説明が加わりましたが、従来の記載内容と大きく変わってはいません。
他方で第一生命ホールディングスは、決算説明会で定量的なリスクプロファイルや今後のリスクテイク方針の詳細な説明を行っており(説明資料は同社サイトで公表)、次年度は有価証券報告書の記載内容もさらに充実するのではないでしょうか。

T&Dホールディングス

もともと他社よりも記載内容が充実しており、中核生保子会社の事業基盤や収支構造、規制内容に関する具体的な説明までありました。
今回はリスク管理体制に関する説明を加え、あとは従来のものをやや簡素化したという内容です。おそらく次年度にはより充実した記載内容となることが期待されます。

ソニーフィナンシャルホールディングス

記載の形式は従来どおり、リスクを羅列していくものでした。ただし、新型コロナ関連に加え、ソニーによる完全子会社化が計画されているため、記載内容にはかなりの変化が見られました。

かんぽ生命保険

今回から主なリスクを「最も重要なリスク」「重要なリスク」「上記以外のリスク」に分けて開示するようになりました。
記載内容には一定の役職以上の執行役に対するアンケート結果や、リスク管理委員会・経営会議での協議結果などが反映されているとのことで、全部で21ページにも及びます。

いかがでしたでしょうか。せっかく上場会社がコストをかけて開示を充実しても、利用されなければ意味がありません。保険会社のステークホルダーは投資家だけでなく、保険販売にかかわる皆さんも、保険会社の従業員も含まれますので、これらの情報を保険会社(特に経営者)との対話に使ってみてはいかがでしょうか。
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※大学の周辺には池がいくつもあります。

 

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新しい保険商品のアイディア

全国学生保険ゼミナール(Risk and Insurance Seminar, RIS)とは、リスクと保険を学ぶ学生のインターカレッジの集まりで、年に1回、合同で研究発表会を行っています。来年は私のゼミも参加する予定です。
新型コロナの関係でリアルな会合が難しいなか、RISに参加する複数の大学で新しい保険商品の提案発表会を行いました。これがなかなか興味深かったので、自分の担当する講義(保険論入門)でも学生の皆さんに取り組んでもらいました。

ごく限られた時間のなかでのアイディア出しでしたが、「なるほど、そうきたか」というものもあり、こちらも勉強になりました。
主なアイディアは次のとおりです。

「学生の学び継続の保険」
・新型コロナ流行の影響で、経済的に大学に行けなくなった人を支援
 ⇒ 起きてしまったことを後から補償するのは民間の保険では難しいですが、ニーズとしては切実ですよね。

「自動車免許返納保険」
・免許返納後の交通費や生活費を支援することで、高齢者の免許返納を促し、事故をなくす
 ⇒ 高齢者の自動車事故に関する提案は数人からありました。身近な問題なのかもしれません。

「AIによる失業保険」
・AI(人工知能)により仕事を失ったら保険金を受け取ることができる
 ⇒ 私はこれを見て、この保険はAIの普及を促し、失業者を増やすかもしれないと思いました。提案した学生がそこまで考えたかどうかはわかりません。

「出産見守り保険」
・シングルマザーの妊娠中や産後にかかる費用を補償し、子育てを支援する
 ⇒ 出産に関する提案も複数ありました。子どもを産みやすい世の中にしたいという気持ちの表れでしょうか。

「介護保険(介護者支援の保険)」
・身内が要介護状態となり、介護のために仕事ができなくなった人のための就業保障
 ⇒ 身近にそのような事例を見ているのかもしれませんね。

「結婚損失保険」
・離婚した際の慰謝料や結婚詐欺にあった被害額を補償することで、結婚のハードルを下げる
 ⇒ 結婚に関する保険の提案もいくつかありました。この保険を結婚時にどう販売するかですが…

「クレーム保険」
・サービス業で理不尽なクレームを受けたら、代わりに対応してくれるサービス や、お金を受け取ることができる
 ⇒ 「代わりに対応してくれる」というのがいいですね。バイトで理不尽なクレームを目の当たりにしているのかも。

保険商品のアイディアを考えるというのは、私たちが生きている社会の課題を考えるということなのだと、改めて思いました。

 

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最近の執筆・取材対応など

備忘録をかねて、最近発表された論文や記事をまとめてご紹介します
(全文を公表するわけにはいかないので、要点のみ)。

生損保決算に関するもの

保険毎日新聞「生損保決算を読み解く」

7月1日に生保決算、3日に損保決算のインタビュー記事が出ました。
このうち生保ではトップラインの動向のほか、6月7日のブログにも書きましたが、決算対応の売却益計上について、「もしかしたら業界人には違和感がないのかもしれないが、機関投資家である本来の生命保険会社の投資行動としては疑問に感じる」などと述べています。
取材は6月18日にzoomで行われました。

週刊金融財政事情(2020.7.6)「大手損保グループの2020年3月期決算」

「再保険市場ハード化のなか、リスクベース経営の浸透がカギに」という副題が付いています。
後述するInswatch Professional Reportとの違いを出すため、こちらでは出再保険の回収状況や出再保険料の規模などを示しつつ、今後の収支動向に注目としています。記事には書きませんでしたが、データを見ると、東京海上日動と他の大手3社の出再戦略はかなり異なるようです。
なお、きんざいもオンライン版を始めたそうです
(私の記事は有料となります)。

Inswatch Professional Report「2019年度決算発表から-3メガ損保を中心に」

同じ損保決算でも、Inswatchでは新型コロナ関連支払い(見込み)の「内外格差」を多少深掘りしてみました。
おそらく、日本は経済規模の割に企業向け保険が普及していないということは言えるのでしょう。ただ、改めて数字を確認すると、この10年間で新種保険の収入保険料は市場全体を上回るペースで成長しており、企業のリスクマネジメント意識の高まりとともに、さらなる成長が期待できそうです。

論文発表

「保険市場の変化--過去10年と今後の展望」『保険学雑誌』 第649号(2000年6月)
(令和元年度日本保険学会大会シンポジウム「保険法10年の経験と今後の課題」)

「低金利下における生命保険会社の金利リスク対応--日本・台湾・ドイツ・韓国の事例から考える」『生命保険論集』(2020年6月20日発行)

前者は昨年の日本保険学会大会で登壇者の1人として発表したもので、法律の専門家に混じり、保険法制定後の保険市場において象徴的と考えられる動きをいくつか紹介しました。
後者は1月に韓国・釜山で発表したものの日本語版です。次に韓国に行けるのは果たしていつになるのでしょうね。

※NHKに行ったのは出演のためではなく、みずほ銀行のATMを使わせてもらいました^^

 

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有識者会議の報告書

経済価値ベースのソルベンシー規制の導入などについて検討を行ってきた有識者会議の報告書が公表されました。
「ソルベンシー規制の今後あるべき姿として、経済価値ベースで保険会社のソルベンシーを評価する方法を目指すべきである(5ページ)」と提言した2007年4月の報告書(PDF)の公表から10年以上がたち、「保険会社の内部管理において経済価値ベースの考え方を取り入れる動きが進む一方、保険監督者国際機構(IAIS)における国際資本基準(ICS)をはじめとする国際的な動向の進展もみられた」(報告書1ページより)なかで出されたものです。

個人的な注目点をいくつか取り上げてみましょう。

検討タイムラインの設定

2007年の報告書にも「平成22年(2010年)を見据えて不断の作業を進める」とありましたが、今回の報告書では2025年の導入を前提に、より具体的なタイムラインが示されました。

・2022年頃 制度の基本的な内容を暫定的に決定
・2024年春頃 基準の最終化
・2025年4月より施行

まずは2022年をターゲットに、金融庁が来月からの2事業年度で制度の基本的な内容を詰めていくことになります。

第1の柱と第2の柱の関係

報告書では「保険会社の内部管理のあり方も踏まえた多面的な健全性政策」を念頭に、新たな健全性政策の内容を「3つの柱」の考え方に即して整理しています。

・第1の柱(ソルベンシー規制)
・第2の柱(内部管理と監督上の検証)
・第3の柱(情報開示)

第1の柱と第2の柱のバランスは結構難しくて、第1の柱のあり方によって、報告書でも懸念する意見があるように、保険会社のリスク管理の高度化が停滞する可能性があります。さりとて「第2の柱で見ればいい」となってしまうと、監督介入が遅れたり、恣意的なものとなったりしてしまいます。

「経済価値ベースの第1の柱は2025 年に導入することを前提として検討を進めていくべきである。一方、それまでに保険会社の内部管理態勢及び金融庁の監督態勢の双方を高度化し、経済価値ベースの制度への円滑な移行を促す観点からは、第2の柱に関する取組みは、第1の柱の導入を待たずに早期に開始することが適当である」(33ページ)

「リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)上では、割引率につき標準モデル上の手法(終局金利(UFR)に基づく補外等)以外の手法も用いて評価を行うことや、自社の保険契約・運用資産のポートフォリオの特性を反映した粒度の高いデータに基づく、より精緻なリスク計測手法を用いること等も視野に入りうる」(35ページ)

報告書のこうした記述を見るかぎりでは、第1の柱はあくまで「最大公約数」であり、リスク管理の高度化を促すフェーズでは、第2の柱が重要という整理のようです。

「厳格化」には触れず

2007年4月の報告書(PDF)では、ソルベンシー・マージン比率の信頼性を向上させて行く努力が必要として、次の記載がありました。

「段階的な取組みの一歩として、例えば95%程度を信頼水準引上げの目標とするのであれば、保険会社に対する財務上の影響や、健全性評価に対する信頼性の向上の両面からみて適当ではないかと考えられる。(中略)そして、経済価値ベースのリスク評価への移行を前提とした上で、国際的な動向も見据え、更に信頼水準を引き上げていくことが適切である」

所要資本(リスク量)の計算を90%から95%へ引き上げるのはあくまで段階的な取り組みの一歩であり、経済価値ベースの規制に移るとともに、さらにハードルを上げることが提案されていました。

今回の報告書には、第1の柱における信頼水準について記載がありません。
ただ、「国内規制における標準モデルについては、ICSと基本的な構造は共通にしつつ検討を進めていくことが適当である」(14ページ)とあり、これまでの国内フィールドテストでもICSを参照してきたことから、普通に考えればICSの「99.5%」がそのまま採用されるのでしょう。
20年に1回から200年に1回の水準に上がるので、前回の変化よりも大きそうですね。

※宮崎県産の完熟マンゴーと福岡県産のブルーベリーです♪

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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