日本の保険会社はどこで資本を使っているか

inswatch Vol.1023(2020.3.9)に寄稿した記事をご紹介します。
金融市場の混乱で株安、円高、金利低下となっているので、まさにリスクテイクが裏目に出ている状況で決算期末を迎えそうです。
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経営リスクの数値化

保険会社のリスクマネジメント手法の1つに、経営リスクを数値で示し、自己資本等と対比するというものがあります。
保険会社の抱える経営リスクのすべてを数値化することはできないにしても、保険引受に伴うリスクや株価下落に伴うリスクなど、主要なリスクカテゴリーに関しては、リスクを1年間に一定の確率で発生しうる損失額として数値(金額)で示す実務が普及しています。
これらを自己資本等と対比することで、経営として抱えているリスクが経営体力の範囲内に収まっているかどうかを確認できます。

資本の活用

同じ話を資本の出し手(株式会社の株主や相互会社の社員)から見るとどうなるでしょうか。
資本の出し手が保険会社に出資しているのは、保険会社の経営者がリスクを引き受けることでリターンを上げ、そこからの還元を受けるためです。リスクを引き受けるとは、すなわち資本を使うということ。だからこそ、リスクのことを「所要資本」とも言います。資本の出し手としては、出資した資本を有効に使ってもらいたいので、保険会社が実際にどこでどれだけ資本を使っているかは重要な情報です。
多くの上場保険グループが内部管理として計測したリスクと自己資本等を公表しているのは、このような背景があります。

どこで資本を使っているか

昨年12月に金融庁が公表した資料「2019年フィールドテストの結果概要」の7、8ページに、金融庁が指定した手法により計測した保険会社の経営リスク(所要資本)の内訳が載っています。
有識者会議の資料(PDF)

<生命保険会社(単体ベース:41社計)>
・保険リスク 34%(解約・失効リスクが最も大きい)
・市場リスク 54%(株式、金利、為替のリスクが大きい)

<損害保険会社(単体ベース:51社計)>
・保険リスク 36%(巨大災害リスクが最も大きい)
・市場リスク 58%(株式リスクが大きい)

いかがでしょうか。PDFファイルで元の図表をご覧いただいたほうが、より明らかなのですが、日本の保険会社は保険引受に伴うリスクよりも、市場リスク、つまり金融市場の変動に伴うリスクのほうがずっと大きいことがわかります。保険会社なのに不思議に思えますよね。

資本の使い方は適切なのか

資金の出し手からすると、保険会社の経営者は資本をいわば「本業」である保険引き受けではなく、主に資産運用でリターンを上げるために使っているという現状をどう考えるかということになります。
もし、日本の保険会社が資産運用に強みを持ち、中長期的に高いリターンを上げることが期待できるというのであれば、適切な資本の使い方をしていると言えるでしょう。ただ、過去のトラックレコードからすると、必ずしも結果が出ていないようにも見えます。
保険会社の経営者は今の資本の使い方について、資本の出し手が納得できるような説明をする必要があります。相互会社であれば、説明の相手は契約者です。
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※写真は早稲田大学です。授業開始は4月20日以降だそうです。

 

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インデックス保険

本日(3月8日)時点では東京海上日動からの正式発表はありませんが、日経が報じた「災害時の保険金、即日払い(有料会員限定)」が気になりました。

この地震リスクを対象にした「インデックス保険」は、損害の有無にかかわらず、あらかじめ決めておいた条件(例えば「横浜市港北区で震度6弱以上の地震が発生」など)に該当すれば、手続きがなくても保険会社が即日で保険金を支払うというものです。
通常の損害保険では保険会社が損害調査を行い、損害の程度に応じて保険金を支払います。ただし、特に大規模な災害になると、損害調査が終わり保険金を支払うまでに相当な時間がかかります。これに対し、新しい「インデックス保険」は、保険金をすぐに受け取りたいというニーズに応えることができます。
損害調査がなく、予め設定した条件に合致すれば支払いが発生するというのは、キャットボンドなどの保険デリバティブと同じですね。

加入者から見たインデックス保険のデメリットとしては、まず、ベーシスリスク(受け取る保険金額と実際の損害額が異なるリスク)が考えられます。同じ震度6弱でも多額の損害額となる場合もあれば、ほとんど損害が発生しない場合もありますが、この保険で受け取れるのは予め定めた金額だけです。
とはいえ、報道によると、保険金額は最大50万円とのことですから、火災保険の地震火災費用特約を独立させたような位置付け(つまり、お見舞金のような役割)なので、ベーシスリスクはあまり問題にならないということなのでしょう。

もう1つは、最大50万円の保険金額に対し、年間保険料が1万円弱というのが妥当なのかという点です。
通常の地震保険と比べるとかなり高いように見えますが、損害調査のコストがかからない一方で、震度6弱以上であれば自動的に保険金を支払うので、通常の地震保険よりも支払額が大きくなりやすいと見込んでいるのでしょうか。あるいは、即日払いのほかに何か加入者のメリットがあるのかもしれません。

この点は、もしネット上にインデックス保険(保険ではなくてもいいのかもしれません)の市場ができて、例えば「横浜市港北区」「震度6以上」で検索すると、複数の会社から価格の提示がある、といった世界になれば、競争原理が働きやすくなるのでしょうね。

<3月9日加筆>
東京海上がインデックス保険(震度連動型地震諸費用保険(PDF))の販売を公表しました。地震発生から最短3日で保険金を受け取ることができるそうです。
契約プランが「プレミアム」「スタンダード」「エコノミー」の3パターンあり、プレミアムとスタンダードは震度6弱以上、エコノミーは震度6強以上で保険金が支払われます。

・プレミアムの保険金額は、震度7で50万円、震度6強で20万円、震度6弱で10万円で、年間保険料は9600円
・エコノミーの保険金額は、震度7で20万円、震度6強で5万円、震度6弱では0円で、年間保険料は2400円

私は鉄筋コンクリート造の建物に住んでいるので、震度7でしか支払われないけど、保険金を50万円受け取れる「プレミアムエコノミー」(年間保険料は5000円くらいでしょうか?)がほしいと思いました。

※写真は横浜アリーナです。

 

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格付情報の活用

かつての生保危機の時代に比べると、保険会社の格付が注目されることは少なくなりました。
それでも格付会社の出す情報は、ディスクロージャー誌やIR資料とともに、保険会社の経営内容をつかむうえで貴重な情報源です。

格付会社の出す情報は格付符号だけではありません。例えば私が以前所属していた格付投資情報センター(R&I)の場合、原則として1年に1回は格付を見直し、格付に変化がなくてもコメントを発表しています。
R&Iのサイトへ

R&Iは2月21日に大手生保グループ4社(日本、第一、住友、明治安田)の格付を維持したと公表しました。
4社ともAAゾーンという高い格付ですが、リスク耐久力に対する次のような共通したコメントに注目しました。

「2019年度はグローバルに金利低下が進行し、ALM(資産・負債の総合管理)リスクが大きい大手生保の経営への逆風は強まっている。国内の超長期金利は8月から9月にかけて2016年6月末以来の水準まで切り下がり、〇〇生命グループの経済価値ベースのリスク耐久力は格付対比で見劣りする状態まで悪化したとR&Iでは考えている」

その後、金利が若干ながら持ち直し、リスク耐久力もやや回復したため、現時点で格付の見直しを行わなかったということですが、R&Iは金利の影響をかなり気にしていることがうかがえます。

公表文を細かく見ると、リスク耐久力の評価に違いがあることも見えてきます。

<日本生命グループ(AA)>
「資産運用リスクの削減に取り組んでいるものの、収益確保の観点から大幅な削減は進められていない。株式リスクも大きく、リスク耐久力は金融・資本市場の変動の影響を受けやすいことからAAゾーン下位と評価している」

<第一生命グループ(AA-)>
「(自己資本の拡充やリスクコントロールなど)これらを勘案すればグループのリスク耐久力はAAゾーンに見合う水準を維持できるとみている」

<住友生命グループ(AA-)>
「(前略)株式など価格変動リスクの保有は大手生保の中でも低く、ALMリスクをコントロールしている。グループのリスク耐久力の安定性は相対的に高く、格付に見合う水準を維持できるとR&Iはみている」

<明治安田生命(AA-)>
「資本の充実度を背景にリスクを取って利回り確保に取り組んでおり、株式リスクなど資産運用リスクの削減はあまり進んでいない。経済価値ベースでみると金利低下の影響が上回り、EV(エンベディッド・バリュー)は減少傾向にある。リスク耐久力はAAゾーン下位と評価している」

保険会社の格付情報がメディアで取り上げられることは滅多にありませんが、生保の経営内容に関心のあるかたは、時々格付会社のサイトをチェックしてみてはいかがでしょうか
(ただし、S&Pとムーディーズは無料で得られる情報は限定されています)。

※エール交換だそうです

 

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アルコール離れ

ニッセイ基礎研究所の久我尚子さんによるレポート「さらに進んだ若者のアルコール離れ」をきっかけに、若者および中高年のアルコール離れが話題になっています。
若者のほうは、飲酒習慣率が下がったということだけでなく、飲めるけど、あえて飲まない「ソーバーキュリアス」が20代の約4分の1を占めているとのこと。ソーバーキュリアス(Sober Curious)とは初めて耳にしましたが、飲まないのがクールという風潮なのでしょう。

せっかくなので、飲酒習慣率(飲酒習慣者の割合)のデータを厚生労働省「国民健康・栄養調査」で確認してみました。
この調査では、週に3回以上飲酒し、飲酒日1日あたり1合以上を飲酒するという回答を飲酒習慣者としています(日本酒1合はビール500ml、ワイン1/4本)。私は毎日は飲みませんが、この定義だと飲酒習慣者です。

まず、飲酒習慣者の割合は男女で大きな差があります。2017年の結果では、男性33.1%に対し、女性8.3%でした。
ただし、かつてに比べ、その差はかなり縮まってきました。男性の飲酒習慣率が下がる一方、女性はどちらかといえば上昇傾向にあるためです。

久我さんは1997年と2017年のデータを比べていて、確かに男性はどの年代でも飲酒習慣者の割合が減っています。
私の世代(50代男性)の2017年の飲酒習慣率は43.8%ですが、20年前の50代男性は61.2%も飲酒習慣者がいたのですね。ついでに言えば、喫煙習慣のある人も6割近かったようで、確かに当時の飲み会はたいてい煙くて嫌でした。

さらに、この20年間を前半の10年間(1997年から2007年)と後半の10年間(2007年から2017年)に分けて比べてみました。すると、30代と40代は継続的に比率が低下しているのに対し、20代および50代以上は前半の10年間のみ下がっています。
飲酒習慣率は30代あたりで高まります。2017年の40代は2007年の30代、1997年の20代に相当するので、それまでの世代とちがい、1997年の20代からは年齢を重ねても飲酒習慣がつきにくくなったと言えそうです。健康志向や職場の飲み会の減少といった世代に共通した理由のほか、雇用環境などこの世代以降に特有の理由があるのかもしれません。

※地元・大倉山の梅祭りです。

 

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地域金融機関の経営統合

2月7日に金融庁は地域金融機関の経営とガバナンスの向上に資する主要論点(コア・イシュー)を公表しました(3月9日までパブコメ受付中)。

「あくまで経営トップや取締役会等が自らの経営やガバナンスの現状を振り返るに当たって、参考として活用されることを目的とするもの」
「金融庁のモニタリングにおいて、本文書を一つの解を前提にチェックリストとして用いるものではなく、いわゆる『コンプライ・オア・エクスプレイン』を求めるものではない」

と明記されていますが、これまでの地域金融機関の動きの鈍さや危機意識の低さに金融庁は業を煮やしているのでしょう。

ところでクイズです。次の銀行持株会社の傘下にある銀行はどこでしょうか?

1.じもとホールディングス
2.めぶきフィナンシャルグループ
3.三十三フィナンシャルグループ
4.西日本フィナンシャルホールディングス
5.九州フィナンシャルグループ

すべて答えられたら、かなりの地銀通ですね♪

金融庁の遠藤長官は昨年末の共同通信のインタビューで、「地方銀行が地域の企業や経済を支える存在であり続けるための手段として有効ならば、他行との経営統合や合併、資本業務提携を進めるべきだ」と述べたそうです。ただし長官は、「金融庁が促しているのは健全性の確保であって再編ではない。統合や合併はそれぞれの経営判断だ」とも語っています。
合併してもビジネスモデルが変わらなければ時間稼ぎにしかなりませんし、持株会社方式の経営統合の場合は、時間稼ぎにもならないかもしれません。

週刊金融財政事情の2月10日号のコラム「支店長室のウラオモテ」にこんなコメントが載っていました。

「本部機能の一部を統合したところで、審査や人事機能が各行ごとのままであれば、行員の行動様式はまったく変わらない」
「(システムの一本化について)それぞれのシステム部門がベンダーの後ろ盾を得て優位性を主張しており、今後も全く話が進みそうにない。そうこうしているうちに、銀行の稼ぐ力は大幅に落ちてしまった。メンツ争いをしている時間的余裕はもうないはず」

金融庁が過剰介入の批判を覚悟して(?)地域金融機関の経営に関わろうとする気持ちもわかります。

<地銀を中核とした銀行持株会社>
・フィデアホールディングス(荘内銀行、北都銀行)
・じもとホールディングス(きらやか銀行:山形しあわせ銀行と殖産銀行が合併、仙台銀行)
・第四北越フィナンシャルグループ(第四銀行、北越銀行)
・めぶきフィナンシャルグループ(常陽銀行、足利銀行) 
・東京きらぼしフィナンシャルグループ(きらぼし銀行:東京都民銀行、八千代銀行、新銀行東京が合併)
・コンコルディア・フィナンシャルグループ(横浜銀行、東日本銀行)
・三十三フィナンシャルグループ(三重銀行、第三銀行)
・ほくほくフィナンシャルグループ(北陸銀行、北海道銀行)
・池田泉州ホールディングス(池田泉州銀行:池田銀行と泉州銀行が合併)
・関西みらいフィナンシャルグループ(関西みらい銀行:関西アーバン銀行と近畿大阪銀行が合併、みなと銀行)
・山口フィナンシャルグループ(山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行)
・トモニホールディングス(香川銀行、徳島大正銀行:徳島銀行と大正銀行が合併)
・ふくおかフィナンシャルグループ(福岡銀行、熊本銀行、親和銀行、十八銀行)
・西日本フィナンシャルホールディングス(西日本シティ銀行:西日本銀行と福岡シティ銀行が合併、長崎銀行)
・九州フィナンシャルグループ(肥後銀行、鹿児島銀行)

 

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国がちがえば主力商品もちがう

inswatch Vol.1019(2020.2.10)に寄稿した記事をご紹介します。
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ドイツ生保市場の変化

保険の国際的な規制を決めるIAIS(保険監督者国際機構)で2017年まで事務局長を務めた河合美宏さんが最近、日本経済新聞(電子版)へ寄稿した文章のなかで、ドイツでは低金利と新たな健全性規制への対応として、生保業界の主力商品が変化したという紹介がありました。
伝統的な利率保証のある長期の貯蓄性商品(養老保険や個人年金保険)から、利率保証が限定(既払い保険料のみ保証)される一方で、伝統的な商品よりも高いリターンが期待できる「ハイブリッド年金保険」という投資性商品にシフトしたというのですね。

主力は個人年金

ドイツ生保の商品構成については、金融庁の「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」第3回の資料に掲載されています。
資料によると、ドイツ生保は定期保険や就業不能保険などの保障性商品も取り扱っているものの、個人年金のように老後に備えた貯蓄性商品を中心に提供していることがわかります。ユニットリンク型(変額型)は意外に普及しておらず、その点は日本と共通しているようです。

これに対し、日本で個人年金保険は生保の主力と言えるほど提供されていません。例えば、2018年度の個人分野の新契約年換算保険料(約3兆円)のうち、個人年金保険は17%(0.5兆円)を占めるにすぎません。新契約件数では、個人分野に占める割合は6%まで下がります。
保険料収入や新契約件数などを総合的にみて、日本の生保市場は死亡保障や生前給付保障、医療保障といった保障性商品が中心と言えるでしょう。

生保市場は地域性が強い

ドイツ以外の国でも、生保といえば貯蓄性商品(または投資性商品)というところは多いようです。
例えば、イギリスで生命保険といえば一時払いの個人年金保険ですし、最低保証のない変額タイプの商品や実績配当型の商品が多くなっています。年金開始前(ペンション)と開始後(アニュイティ)で商品が分かれているのも特徴です。米国も保険料収入で見れば個人年金保険の割合が大きく、大手生保グループの多くは自らを金融サービス事業者と規定しています(他方で米国では健康保険を民間保険会社が提供)。

生保市場は地域性が強く、国や地域によって特性がかなり異なっています(これは販売チャネルについても言えることです)。主力商品をちょっと比べただけでも、同じ「生命保険」「生命保険会社」とはいえ、日本の常識が世界でも同じとは限らないことがよくわかります。
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※大人の修学旅行 in 歌舞伎町。
 由緒あるバーにおじゃましました。

 

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新資本規制とランオフ

有識者会議メンバーが寄稿

国際資本規制、生保『2025年の崖』(有料会員限定)」という記事をご覧になったでしょうか。IAIS(保険監督者国際機構)で事務局長として保険の国際資本規制に長く関わってきた河合美宏さんが書いたものです。
河合さんは金融庁の有識者会議(経済価値ベースのソルベンシー規制見直しに関するもの)のメンバーでもあります。

例えば、次のようなことが書いてあります。

「世界的な金融危機の火種を消そうと健全性確保を強める規制強化で、25年がマイナスの影響に傾いていく『崖』と映るかもしれない。しかし、この新規制は国際競争力を備える契機となる『登山道の入り口』と考えた方がよい。チャンスと捉え、積極的に前向きに準備を急ぐべきだと筆者は考えている」

「国際新規制をいち早く受け入れれば、健全性をタイムリーに把握するだけでなく、自社を客観的に分析でき、不採算事業を整合的に整理することにもつながる。世界的な競争の中で、日本の生保が国際競争力を身につける絶好のチャンスだ」

新資本規制が社会との摩擦を招く?

私が気になったのは河合さんの書いた文章ではなく、これを受けた「編集者から」のコメントです。
この匿名の編集者は、日本で新資本規制を導入した場合、新しい規制に乗り遅れた劣後する生命保険会社が「禁断の領域(=ランオフの実施)」に入るか注目しているそうです。保険契約を一方的に第三者に譲渡することに日本の顧客は抵抗が強く、「新規制は生保が国際競争力を高める好機となる一方で、社会との摩擦が起きそうな予感がする」とのこと。

確かに、現行よりも経営実態を示すであろう新規制のもとでは、早期に退出する会社が出てくるかもしれません。
でも、これは「意図せざる影響」というよりは、むしろ意図どおりの影響です。過去の生保破綻では、健全性に問題があったにもかかわらず、規制をクリアしていたため、結果的に対応が遅れたというケースが多く見られました。日本のソルベンシー規制の見直しはこうした過去の反省に立って行われています。
規制の目的は国際競争力を高めるためではなく、河合さんもそうは書いていません。

ランオフが禁断の領域というのもどうかと思います。
例えば、リーマンショックの後、銀行向け貯蓄性商品を提供していたハートフォード生命や東京海上日動フィナンシャル生命などが新契約の募集を停止し、既契約の維持管理会社となったという事例があります。
その後両社はそれぞれオリックス生命、東京海上日動あんしん生命に吸収されました。顧客の心理的な抵抗はあったかもしれませんが、破綻したわけではなく、もちろん契約条件は元のままです。経営が破綻し、将来受け取れるはずだった保険金額がカットされるような話とはまるで違います。

「資金繰りに窮したり、新規事業へ資源を集中したりする際、国際資本規制下では経済合理的な判断として、事業の選別を強化する方向に傾くとみている」というのも考えてみればおかしな話です。
こうした経営判断は規制の有無にかかわらず行われるものですし、事業の選別はむしろ低金利や高齢化といった外部環境の変化を踏まえ、経営としてどこでリスクをとっていくかという意思(リスクアペタイト)によるところが大きいのではないでしょうか。

そもそも検討されている規制は事業の制約を設けるものではなく、見えにくかったものを見えやすくする規制なので、新たな規制の下でできない事業があるとすると、今でも本当はできないはずなのに、無理をしているということになりますね。

河合さんの文章の後にこうした「解説」を載せるのは、何かの意図があるのでしょうか?

※写真は仙台です。

 

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わりかん保険

日本でもP2P保険がデビュー

インシュアテックのスタートアップ企業であるjustInCase(ジャストインケース)が28日に「わりかん保険」の取り扱いを始めました。
日本初のP2P保険ということで、IT技術を利用した助け合いの実現と、保険料が後払い(かつ低廉)なのが従来の保険にはない特徴です。
政府のサンドボックス制度を活用した実証実験の案件でもあります。

相互宝の加入者は1億人

P2P保険は日本では初めての試みですが、中国には「相互宝」などの成功事例があり、ジャストインケースも参考にしたそうです。
相互宝はアリババグループ傘下のアント・フィナンシャルが運営するP2P保険で、がんを含む重大疾病保障を提供しています。アリペイ(スマホ決済)で加入を受け付けたところ、サービスを始めてからわずか1年間で加入者数が1億人を超えました。
(ちなみにライバルのテンセントは「水滴互助」というP2P保険を提供しており、こちらも加入者が8000万人に達しているそうです)。

若年層に受け入れられるか

「相互宝」が短期間にこれだけ多くの加入者を獲得したのは、アリペイという中国で最も普及した決済プラットフォームを活用したサービスだからでしょう。相互宝では加入手続きも保険料の支払いも給付金の受け取りも、すべてアリババ経済圏のプラットフォームで完結します。
ジャストインケースはこうしたプラットフォームを持たない代わりに、提携企業の力を借りることで加入者を集めようとしています。まずはこの1年間が勝負なのでしょうね。

「相互宝」の存在意義は、会員向けに安い保障を提供している点だけでなく、これまで保険加入機会がなかった層(農村や地方都市に住む層)に保障を提供しているところです。
ジャストインケースの価格設定をみると、やはり保険加入機会に乏しい若年層を取り込もうとしているように見えます。
確かに、助け合いを感じられる仕組みや運営の透明さは、今の20代、30代にフィットしているようです。今の若い人たちは、「がんになった加入者がいなかったので、保険料がゼロ円だった」よりも、「がんになった加入者が○人いたので、保険料をみんなで××円ずつシェアした」という体験のほうに価値を感じるかもしれませんね。

※梅が咲いていました。大倉山公園です。

 

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自賠責保険の値下げ

先週、自賠責保険の料率引き下げについて某テレビ局から取材の打診があったのですが、あえなくキャンセルとなってしまいました
(取材を受けたのに使われなかったという話ではありません)。
せっかくなので、備忘録としてここでも少し書いておこうかと思います。

基準料率を16.4%引き下げ

自賠責保険の基準料率は4月から16.4%下がることになりました。報道によると、平均して年2000円程度の値下げとなるそうです。

内訳は次のとおり。
 <純保険料>
 水準是正による改定:△8.5%
 滞留資金活用による改定:△14.1%
 <付加保険料>
 社費(人件費、物件費など):△1.7%
 代理店手数料:+3.8%

詳しくはこちら(自賠責保険審議会)をご覧ください。

自賠責は値下げ、任意は値上げ

自賠責保険の料率が下がる一方で、任意の自動車保険の料率は上昇傾向にあります。
23日の日経には、「損保大手4社(東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン日本興亜、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険)の任意加入の自動車保険料は1月に約3%の水準で引き上げられた」とありました。

同じ自動車保険なのに、どうして反対の動きなのかというと、補償内容がちがうからですね。
自賠責保険は対人賠償責任(死亡と傷害)のみ補償するのに対し、任意の自動車保険は対人賠償のほか、対物賠償、人身傷害・搭乗者傷害、車両の損害と広くカバーします。

2017年度に支払われた任意保険の保険金のうち、対人賠償は19%にすぎず、対物賠償と車両保険で全体の70%を占めていました。
損害保険料率算出機構によると、対物賠償の保険金の約5割、車両保険の保険金の約8割が修理費とのこと。最近の自動車には安全装置など高価な部品が増えているので、死亡事故は減っているのですが、支払い1件あたりの修理費は増加傾向が続き、これが任意保険の料率に影響しています。

昨年10月の消費増税も任意保険の料率引き上げ要因です。
保険料に消費税はかかりませんが、修理費には消費税がかかるので、増税分を値上げしなければ、保険会社の負担がかさんでしまいます。

人口減の影響はこれから

こうしてみると、当面は任意保険の料率引き下げは考えにくそうですが、人口動態を踏まえると、これまで概ね横ばいだった契約台数が減少基調に向かい、収入保険料の増加は徐々に厳しくなると見られます。
これまでの10年間は、総人口が2008年をピークに減少に転じたとはいえ、自動車保険の加入対象である18歳以上の人口は増加基調でした。しかし、今後は減少に転じますし、増えるのは75歳以上人口なので、車を運転できなくなる人も増えていきます。

しかも、1世帯あたりの保有台数の伸びはすでに止まっています。「一家に一台から一人一台へ」という流れは2007年ころまでの話であって、この10年間は世帯当たりの台数が横ばいのまま、軽自動車へのシフトが続いています。

企業向け自動車保険は人口動態よりも景気動向に左右されますが、個人向けに関しては厳しいマクロ環境が見込まれます。

※写真は日産スタジアムです。

 

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井の中の蛙にならないために

インシュアランス生保版(2020年1月号第2集)にコラムを執筆しました。
なぜ私が旅に出るのかを説明しているようにも読めますね。
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給与水準は東京を上回る

12月中旬の日経新聞の特集記事『安いニッポン』のなかで、データサイエンティストやサイバーセキュリティー・コンサルタントといった専門職の最高給与額を比べた図表があり、いずれも中国が日本を上回っていた。
同じような話を11月に訪れた中国・深圳(しんせん)でも聞いた。すでに中国ではエンジニアの給与が東京と同じ水準であり、BATと呼ばれる中国3大ネット企業(バイドゥ、アリババ、テンセント)ともなると、東京を上回る給与水準とのことだった。

チャイニーズドリームを目指す

実際に深圳の町をまわると、ひと昔前(といっても5年程度だが)の中国のイメージはどこかに吹き飛んでしまう。世界の工場、すなわち、政府が大企業を誘致し、安い賃金を武器に製造業の拠点となっていた時代はとうに終わり、今の深圳は「世界のイノベーションの拠点」である。政府や大手IT企業が起業家向けに大規模なインキュベーション施設(低賃料のスペースやマーケティング支援などを提供するところ)を用意し、中国全土からチャイニーズドリームを目指す若い人材が次々に集まってくる。人口は約1300万人と、隣接する香港(約750万人)をはるかに上回る。ちなみに住民のほとんどが町の外から来た人たちなので、この地域の言語である広東語よりも普通語(標準語)が幅を利かしており、料理についても「深圳料理」というものは存在しないそうだ。

中国では、政府が経済を強力に引っ張る姿を想像しがちだが、今の深圳の発展は、中国情報の提供を専門とするhoppin滝沢氏いわく、「ボトムアップのイノベーション」によるものだ。共産党との関係など中国ならではの事情も見え隠れするとはいえ、起業家を動かしているのは「ビジネスで世の中をよくしたい」、あるいは「成功したい」という、資本主義のマインドそのものである。

模倣からオリジナルへ

また、中国というと、「ニセモノ」「パクリ」というイメージを持つ人も多いだろう。しかし、このイメージも過去のものとなりつつある。深圳には今でも偽ブランド品を大々的に提供するショッピングビルがあるが、全体としてはすでにオリジナルで勝負する段階に入っている。
例えば、最近日本市場に参入した小米(シャオミ)は出荷台数で世界第4位のスマホメーカーだが、深圳のショップ「小米之家」にはスマホに加え、スタイリッシュなデザインのハイテク家電や生活雑貨が並び、しかも安い。テンセントが展開するオン・オフ融合のスーパー「超級物種」ではレジで並ぶ必要がなく、スマホでその場で決済できるうえ、品揃えは日本の成城石井のような高級感を醸し出していた(この分野ではアリババが先行)。
いずれにしても、ハイテクで便利というだけでなく、オシャレなのだ。

私たちはどこかで「日本が世界で1番」と考えているところがあり、確かに水準の高さは否定しない。ただ、それが本当なのか、自分の眼で確かめることをおすすめしたい。
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