企業向け損害保険

開示情報が少ない

15日付の日経朝刊に載った3メガ損保グループのトップインタビュー(有料会員限定)を読むと、3人のうち2人が企業向け保険の料率が低いことを示唆するコメントをしていました。

柄沢社長(MS&AD HD)「火災保険は老朽化が問題で、インフラを更新したところは保険料を下げていく。(中略)企業の防災体制によっては大幅な値上げが必要になる」

桜田社長(SOMPO HD)「日本の企業保険は世界的にみて保険料が競争的すぎる。背景には、様々な保険の損益を顧客ごとに合算している面がある」

同じ火災保険でも、個人向けと企業向けではリスク特性が異なりますので、それぞれを分析したいのですが、残念ながら情報開示が非常に少なく、企業向けの保険料が競争的と言われても、確認するすべがないというのが現状です。
ディスクロージャー誌でわかる企業向け保険の情報は、賠償責任保険(収支やロストライアングルを開示)くらいではないでしょうか。

算出機構のデータ

業界全体の火災保険については、損害保険料率算出機構の火災保険・地震保険の概況に新契約の件数と保険料が出ているので、一般物件および工場物件の過去8年分の推移を確認してみました。

これによると、新契約件数が2012年度から2015年度あたりまで年々増加し、単価(保険料÷件数)も上昇傾向だったことがわかりました。2011年に東日本大震災やタイ大洪水があり、その後、保険を購入する企業が増え、料率も引き上げやすかったのかもしれません。
もっと過去にさかのぼりたいのですが、残念ながら算出機構のサイトで確認できたのは過去8年分だけでした。

スイス再保険のレポート

企業向け損害保険に関する情報を探していたら、スイス再保険の「日本の企業向け保険市場(PDF)」というレポートを見つけました。

これによると、日本の企業保険の元受保険料は4.5兆円で、日本の損保市場の48%を占めているとのこと。48%はやや高いような気もしますが、そこはスイス再保険の知見なのでしょう。

2017年度は企業保険の約4割(40.2%)を自動車保険(自賠責を含む)が占め、賠償責任保険(19.6%)、企業向け財物保険(18.4%)と続きます。
市場の特徴としては、「自然災害へのエクスポージャーが高い」「保険付保が不十分な日本企業が多く、とりわけ事業中断リスクへの備えが不足している」「多くの日本企業では、リスク軽減を目的とするリスク評価と対策のベストプラクティスを構築できていない」などとありました。

※今年も香川のお雑煮をいただきました。
 白味噌にあんこ入りのお餅です。

 

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保険会社は契約者に何を提供しているのか

inswatch Vol.1014(2020.1.6)に寄稿した記事をご紹介します。
現場のかたを念頭に、保険会社が経済的にみて何を提供しているのかという話を書いたのですが、ご理解いただけたでしょうか?
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将来のキャッシュフローを提供

新年ということもあり、今回はそもそも保険とは何かについて、改めて考えてみたいと思います。

読者の皆さんは保険流通に関わっているかたが多いでしょうから、保険会社が契約者に何を提供しているのかと聞かれると、「安心」「万一への備え」あるいは「愛情」といった答えが返ってきそうです。それはその通りなのですが、もう少し本質的に考えてみると、「キャッシュフロー」という言葉が浮上します。
保険会社は契約者から保険料を受け取り、将来、死亡や事故などのイベントが発生したら、契約者との間で予め決めておいた保険金額(査定による決定額を含む)を支払います。つまり、保険会社は契約者から取得したキャッシュフローをもとに、将来のキャッシュフローを提供しているのです。これは生保でも損保でも同じです。

生保と損保の経営リスクの違い

ただし、生保と損保では一般に契約期間が異なります。生保の契約期間は非常に長く、キャッシュフローの提供がかなり先になることが多いので、保険会社の経営リスクとして最も重要なのは、この間に経済環境や金融市場が大きく変動することです。死亡率や疾病の発生率もそれなりに変化するとはいえ、損保に比べれば限られています。
他方で、損保の契約期間は1年であることが多く、キャッシュフローを提供するまでの期間は短いのですが、事故の内容によって保険金の支払額が大きく変動するため、保険引受リスクの管理が重要となります。

原材料を仕入れる前に価格が上昇

保険が通常の商品と違うのは、原材料を仕入れなくても商品を提供できてしまうところです。
それでも損保の場合には、前述のように保険引受リスクの管理が重要なので、企業物件を中心に、保険会社が引き受け可能と判断した範囲内で保険を提供するのが以前から一般的な実務となってきました。

ところが生保の場合には、原材料を仕入れずに商品を大量に提供してしまったため、後になって困るということが起きています。

保険会社が将来のキャッシュフローを提供するためには、原材料として金融市場からキャッシュフローを仕入れてこなければなりません。原材料の価格は金利水準によって変わり、金利が上がると原材料が安くなり、金利が下がると原材料の価格が上がります(公社債の価格をイメージしていただければいいと思います)。
それを、「今は原材料価格が高いから、後で調達しよう」「そもそも日本では原材料を仕入れるのが難しい」などと後回しにしていたら、金利水準が一段と下がってしまい、仕入れる前に原材料の価格が上がってしまいました。これが今の生保が直面している現状です。

こうした現状は、現在公表されている基礎利益やソルベンシーマージン比率を見てもわかりません。
金融庁が経済価値ベースのソルベンシー規制を導入しようというのは、今の規制や会計の枠組みでは把握できない、保険会社が直面している現状を把握しようという取り組みなのです。
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※私の母が孫娘の着付けをしました。

 

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生保の解約と手数料体系

釜山に出張

写真が先行しましたが、1月4日に韓国・釜山でリスクマネジメントと保険の国際学会(日本、韓国、台湾の保険学者がメンバー)があり、発表をしてきました。
私の発表は、日本、ドイツ、韓国、台湾という、伝統的な生保商品が中心で、かつ、歴史的な低金利に直面しているマーケットにおいて、保険会社がどのような経営行動をとったのかを比較するというもので、このところ継続的に行っているケーススタディのアップデートです。いずれは日本語でもどこかに掲載したいと思っています。

ちなみに発表者の多くはデータを用いた実証分析で、ケーススタディは私だけでした。

手数料と解約の関係

韓国の研究者の発表に、生命保険の解約に関するものがありました。
韓国生保の解約状況を月次データで追うと、契約してから1年後と2年後にピークがあり(特に1年後がどの保険種目でも顕著)、分析の結果、初年度に傾斜した販売者への手数料体系が解約に影響していることがうかがえたとのことです。

韓国や台湾の解約率は日本に比べると相当高いようで、貯蓄性の強い商品をプッシュ型セールスで提供している弊害が表れているのかもしれません。
こうした早期解約と手数料の関係は、おそらく現場では広く知られているのでしょう。ただ、アカデミズムの視点でこの問題を取り上げることが重要なのだと思います。

そういえば、昨年12月18日に公表されたかんぽ生命の特別調査委員会の調査報告書でも、不適正募集を助長した要因として、新規契約獲得に偏った手当等の体系が挙げられていましたし、乗換契約に関する特有の原因として、「社内ルールに不明確な点があったため、形骸化や潜脱を招き、適切な運用がなされていなかった」という指摘がありました。

各社ともリスク管理の一環として解約データの分析を行っているはずですが、どのような分析を行っているのかは会社に委ねられています。
他方で、外部からのモニタリングはデータの制約があり、たいした分析ができません。あとは金融庁がどこまで深くモニタリングを行うかですが、金融庁のリソースにも限りがあります。例えば金融庁が入手した解約等のデータを外部の研究者等に提供し、手数料体系や商品特性、チャネル属性と解約の関係を分析してもらうといった取り組みがあってもいいように思います。

※写真は韓国・釜山港です。

 

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生損保決算のインタビュー

保険毎日新聞にインタビュー記事が載りました。1月8日が生保、9日が損保です。
半年前と同じく、単に決算データの解説をするのではなく、決算数値をもとに保険会社の経営内容についてコメントするというもので、恥ずかしながら写真付きです
(8日と9日で写真が微妙に違うようです)

【生保】大きなイベントの影響、色濃く反映

生保では、現時点では各社が掲げる「保障性商品への回帰」が順調かどうか、決算データからではまだわからないというコメントをしました。

ただ、「これまで経営者向け保険に注力していた保険会社や販売チャネルが一般の個人向け保障性商品の販売に戻れるのかというと、結構難しいと思う」
「経営者向け保険は、節税という明確で顕在化しているニーズがあり、かつ、単価が非常に高い。それに比べて保障性商品は、第三分野であればある程度ニーズは顕在化しているかもしれないが、単価は低く、第一分野の商品であれば、個人にしっかりコンサルティングを行い、ニーズを掘り起こさないと売れない。両者はかなり違う世界だと考えている」とも話しています。

外貨建て保険を中心とした国内系生保のリスクテイクについても、やや踏み込んだ話をしています(といっても、いつもここで書いているような内容です)。

【損保】垣間見えたグループ経営のリスク

損保では、自然災害の影響を受けた国内損保事業ではなく、国内生保事業や海外事業に着目したコメントをしました。
国内生保事業については、クロスセルを行う損保系代理店、経営者向け保険に強みを持っていた生保プロ、保険ショップに代表される乗合代理店といったそれぞれのチャネルが経営リスクを抱えており、今回の決算でマネジメントの難しさが垣間見えたという内容です。
海外事業については、MS&ADグループの「のれんの減損」に着目したコメントをしています。

ということで、機会がありましたらご覧ください。

※写真は韓国・釜山の魚市場です。

 

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日本の新幹線

あけましておめでとうございます。
今年もマイペースで書いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

写真は年末の新横浜駅で見かけたものです。新幹線は約3分おきに出発していて、まるで朝の通勤電車のようです。
高速鉄道はいまや世界中で活躍するようになりましたが、これほどの頻度で走るのは、さすがに日本の新幹線だけではないでしょうか。

新幹線は高速鉄道のパイオニアであり、世界トップ水準のクオリティを維持していると思います。ただ、海外に目を向けると、日本の新幹線の弱点や課題も見えてきます。

写真の白い列車はドイツの高速鉄道ICEで、場所はスイスのチューリヒ中央駅です。
ヨーロッパや中国、韓国では高速鉄道も在来線も同じゲージ(1435ミリメートル)のことが多いので、高速鉄道が在来線に乗り入れたり、高速鉄道のない他国に足を伸ばしたりするのが容易です。
そもそも在来線を部分的に改良すれば高速鉄道を走らせることができてしまいます(後から必要に応じて高速鉄道用の設備を作っているようです)。

日本ではこうはいきません。新幹線専用の設備を一から作らなければならないので、時間もお金もかかります。並行して走る在来線は新幹線が開業すると、一転して長距離列車が走らないローカル線となってしまいます。
逆にいえば、日本の新幹線は専用の設備だけを走るので、時速300キロ近い列車を約3分間隔で走らせることができるのでしょう。

韓国の高速鉄道KTX(写真)では、かなり前からチケットレス化が進んでいます。確か改札も車内検察もなかったように思います。
チケットレス化という点では、日本の新幹線でもネットでチケットを予約し、紙の切符を使わないサービス(JR東海のスマートEX)が普及しつつあるようですが、まだまだ多くの人は紙の切符で改札を通過していますね。

ヨーロッパの高速鉄道は食事のサービスが充実しています。
ドイツのICEやフランスのTGVには食堂車やビュッフェが健在ですし、国際列車であるタリスやユーロスターの1等では食事のサービスがあります。写真の軽食はポーランドの高速鉄道で提供されたものです。
日本の新幹線にもかつては食堂車やビュッフェがあったんですけどね。車内販売もなくなりそうですし、乗る前に駅弁などを用意しなければ、あとは我慢するしかありません。

他方で、海外の高速鉄道に乗ると、座席が後ろ向きや向かい合わせで固定されていて、くつろげないことがしばしばあります。
景色を眺めるのが好きな私にとって、窓も問題です。写真のような大きな窓だと、いきなり前の座席の人にブラインドを下ろされてしまうこともあり、ストレスがたまります。
この点、日本の新幹線は1つの座席に1つの窓となっているので、安心して景色を眺めることができるのですね。

 

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ムーディーズのレポート

25日の保険毎日新聞で「ムーディーズ 強固な基礎利益と資本基盤で『安定的』」という見出しをみて、ため息をついてしまいました。

この記事はムーディーズが12月5日に公表したレポートを紹介したもので、確かにムーディーズのサイトにも、「日本の生命保険会社は低金利にもかかわらず、強固な基礎利益と資本を維持し、2020年の見通しは安定的」とありました。

記事によると、超低金利にもかかわらず、強固な基礎利益を維持しているのは、保険関係利益(危険差益、費差益)が基礎利益の約80%を占めているからで、「利差益が占める割合は約20%にすぎないため、基礎利益は金利変動の影響を受けにくい」とのことです。
しかし、基礎利益が金利変動の影響を受けにくいのは利差益の占める割合が小さいからではなく、基礎利益の運用収益である利息配当金等収入が金利変動の影響をほとんど受けないためです。金利水準が下がっても、過去に購入した公社債の利息には影響しませんよね
(同様に生命表改定の影響も、団体保険を除けば徐々にしか出てきません)。

資本基盤についても、金利低下による負債価値の増大を見ていないようです。ソルベンシーマージン総額の増加トレンドをもって「資本は継続的に増加」というのは誤解と言わざるを得ません。
ムーディーズが日本の生命保険市場にどの程度の影響力があるのかはわかりませんが、本当にこのような理解で保険会社の信用力を評価しているのでしょうか。保険会社の経営者が、「だから基礎利益が重要なんだ」などと考えていないことを祈ります。

たまたま手元に格付投資情報センター(R&I)の肝付アナリストが寄稿した7月の週刊金融財政事情があったので、こちらも確認してみました。

「(基礎利益など)会計上の利益は増加も、ボラティリティが上昇」「経済価値ベースの健全性は再び悪化」「(ハイブリッド証券の発行などにより)ESRは上昇するものの、資産運用リスクが温存されたままでは、市場ストレスに対する脆弱性の大幅な改善にはつながらない」といった、やや厳しめの評価となっているようです。

格付会社によって見解が異なるのは健全な姿ですし、R&Iの評価が正しいとも限りません。
でも、生保経営に対する理解度がこれほど違うというのは、困ったことだと思います。

※なぜか再び東京ドームでした!

 

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ソルベンシー規制の方向性

18日に公表されたかんぽ生命保険契約問題 特別調査委員会の調査報告書をざっと読んでみました。
報道のとおり、募集人アンケート(かんぽ生命の募集業務に従事する日本郵便の職員3万8839人が回答)で、不適正募集を職場で見聞きしたことがあると回答した人が半数程度もいたというのが衝撃的です。多くの職員が不適正募集の事実を知っていたにもかかわらず、その情報が上層部に届くことはなかったのですね。
さらに、監督官庁の1つである総務省の事務方トップが日本郵政の幹部に機密情報を漏らしていたとは。これを契機に法令を改め、監督は金融庁に一本化すべきではないでしょうか(もちろん総務省からの出向も禁止ですね)。

タイムラインを仮置き

さて、本題はこれからです。金融庁が公表した「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議(第5回)」の事務局資料を見ると、金融庁は11月の会議で規制の方向性をある程度示そうとしたことがうかがえます。

例えば4ページには、「単純にESRの水準のみに基づく機械的・画一的な規制とするのではなく、『3本の柱』の考え方に基づく健全性政策全体のあり方を検討していく」(ESRは経済価値ベースのソルベンシー比率のことです)とありますし、1つの考え方として、「第1の柱の基準や監督介入の内容を過度に厳しいものとしない一方で、第2の柱と第3柱を通じて適切な規律が働くような枠組みとする」(5ページ)とも書かれています。

より注目すべきは、「現時点においては2025年からの国内規制の適用開始を一旦の前提とし、それまでの準備期間に必要な対応についても議論を深めていくことが必要ではないか」(6ページ)とタイムラインが示されていることでしょうか。
確かにそうでもしないと、いつまでも先に進まないでしょうから、タイムラインの設定は重要だと思います。これですんなり決まるかどうかはわかりませんが、導入時期が決まれば保険会社も必要な準備を進めることができるでしょう。

実質資産負債差額について

事務局資料には、「経済価値ベース規制への移行時には、ソルベンシー規制からは実質資産負債差額に関する定めを撤廃したうえで、会計ベースのバランスシートに関する補完的な指標として必要な場合に活用していくことが適当ではないか」(11ページ)という記述もありました。

経済価値ベースのソルベンシー規制を導入したら、実質資産負債差額は当然廃止するのだろうと思いきや、メンバー・オブザーバーの意見は必ずしも一致していないようです。
これまでの議事要旨にも廃止に反対する意見が載っています。

「(新規制下においては)経済価値ベース指標のみに機械的に依存するのではない多面的な監督の枠組みを確保することが重要であり、実質資産負債差額はその1つの方策としての可能性はあると思う。仮に廃止するとことになった場合、経済価値ベースの指標のみでデジタルに会社の状況が判断されることがないように、標準責任準備金制度や商品認可制度なども含め多面的な監督の枠組みを確保する必要があると思う(後略)」(11月)

「実質資産負債差額は、解約返戻金もしくは全期チルメルベースの標準責任準備金を上回る時価ベースの資産を保有しているかという指標であり、金利リスクへの対応というよりも別のものを見るためのものと理解している。標準責任準備金制度の中では非常に重要なパーツであり、一定の修正は必要かもしれないが、存置する方向ではないかと思う」(10月)

「実質資産負債差額は、財務諸表を見るための補強材料として機能している部分があるので、そうした観点からの意義はあるのではないか」(10月)

過去の議事要旨やJARIP(日本保険・年金リスク学会)大会での議論などからすると、実質資産負債差額という規制を残したいという声は、どうも業界サイドから上がっているようです。
しかし、解約返戻金または全期チルメル式の標準責任準備金を上回る資産を常に確保しておかなければならないとすると、生命保険会社はどうやってALMを実行したらいいのでしょうか。経済価値ベースの保険負債とロックインの責任準備金を両立させるには、多額の資本を持つしかありません。

それでも事務局資料は一定の方向性を打ち出そうとしたということで、20日の会議を含め、今後の議論に引き続き注目しましょう。

※汐留のクリスマス・イルミネーションです。

 

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ESGと企業価値向上

11日の日経1面で「投資家指針、ESG明記」とあるのを見て、思わず首を傾げてしまいました。
記事には金融庁が、機関投資家の行動原則を定めたスチュワードシップ・コードを2020年春に改訂し、ESG(環境・社会・統治)投資を重視する内容を初めて明記するとあります。でも、私は2014年のコード策定時からESGに関連する記述があったと思っていたので、記憶ちがいかどうか過去の資料を確認してみました
(今はこういうことが簡単にできて、便利になりました)。

確認すると、やはりコード策定時の原則3(機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである)の指針に、ESGに関連する記述がありました。

<指針3-3>
把握する内容としては、例えば、投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、リスク(社会・環境問題に関連するリスクを含む)への対応など、非財務面の事項を含む様々な事項が想定されるが、特にどのような事項に着目するかについては、機関投資家ごとに運用方針には違いがあり、また、投資先企業ごとに把握すべき事項の重要性も異なることから、機関投資家は、自らのスチュワードシップ責任に照らし、自ら判断を行うべきである。(後略)

この時点ではEとSはリスク要因としての位置づけですが、2017年の改訂版では次のように、ESG要素がリスクだけでなく収益機会であることを意識した記述になりました。

<指針3-3>
把握する内容としては、例えば、投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、事業におけるリスク・収益機会(社会・環境問題に関連するものを含む)及びそうしたリスク・収益機会への対応など、非財務面の事項を含む様々な事項が想定されるが、特にどのような事項に着目するかについては、機関投資家ごとに運用方針には違いがあり、また、投資先企業ごとに把握すべき事項の重要性も異なることから、機関投資家は、自らのスチュワードシップ責任に照らし、自ら判断を行うべきである。(後略)

加えて、注記ではありますが、「ガバナンスと共にESG要素と呼ばれる」という記述も加わり、ESGが明記(?)されました。

今回の改定案では、指針3-3は「運用方針」が「投資戦略」に改められただけですが、原則1(機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである)の指針1-1で「ESG」が明記され、確かにこれまで以上にESGの要素を重視する記述となっています
(ここで「ESG」と明記しているので、指針3-3の注記はなくなっています)。

<指針1-1>
機関投資家は、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか投資戦略に応じたESG要素を含む中長期的な持続可能性(以下、「サステナビリティ」という。)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべきである。

もっとも、今回の改訂ではESGがキーワードというよりは、(ESG要素を含む)サステナビリティの考慮が強調されていると理解すべきなのでしょう。

蛇足かもしれませんが、指針1-1や3-3を改めて読むと、ESG(特にEとS)であれば何でもいいのではなく、企業価値の持続的な向上につながるかどうかという視点での記述になっていて、ちょっと安心しました。

※写真は「みなとみらいぷかりさん橋」です。

 

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外貨建資産の増加

inswatch Vol.1010(2019.12.9)に寄稿した記事をご紹介します。
今回は生保の資産運用について取り上げています。
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一般勘定資産の3割を占める

生保の4-9月期決算の発表があり、各社の9月末の資産構成も公表されました。
過去10年間の国内系生保の資産構成(一般勘定)推移を見ると、外貨建資産の割合が一貫して高まっていったことがわかります。9社合計ベースでは、2009年度末には13%だったものが、この9月末には29%となりました。参考までに、国内株式の割合は約10%でほぼ横ばいです。
外貨建資産には外国株式や海外インフラファンドなども含まれますが、その8割以上は外国公社債です。各社が公表するデリバティブ取引の状況から推測すると、外貨建資産の6割強は為替リスクをヘッジした公社債(いわゆるヘッジ付き外債)が占めているようです。

外債投資の狙い

日本の生保が長期資金の担い手としての社会的な役割を果たしてきたのは事実です。ただし、それはあくまで結果であって、生保はそのために保険料を集めているのではありません。
生保の資産運用に求められる役割は次の2つです。1つは長期にわたる保険契約を全うするため、保険商品に内在する金利リスクをヘッジすること。もう1つは追加的なリスクテイクによりリターンを追求することです。優先順位が高いのは当然ながら前者で、金利変動の影響とどう向き合うかが生保資産運用の最大課題となっています。

外債投資の位置づけは、後者の「追加的なリスクテイクによるリターン追求」です。為替リスクのあるオープン外債ではなく、為替リスクを外したヘッジ付き外債であっても、超長期にわたる保険負債の金利リスクをヘッジしようとする投資行動ではなく、前者の役割ではありません。
ヘッジ付き外債は通常、中長期の外債を購入し、短期間の為替ヘッジを継続して行うというものです。現物とヘッジの期間をずらすことで、生保は円建ての公社債よりも高いリターンをねらうことができます。「円金利があまりに低いので、運用利回りを少しでも高めたい。でも、為替リスクは抱えたくない」ということで、今では生保の主力資産となっています。

「基礎利益」が誤ったインセンティブに

外債投資がここまで増えた理由の1つとして、私は「基礎利益」の存在も大きいとみています。
基礎利益はもともと、「生保は毎期の逆ざやを期間損益では吸収できず、体力をすり減らしているのではないか」という外部からの疑問に答える形で公表された指標です。確かに当時(2000年前後)はメディアや保険評論家による誤った情報も多く、公表には一定の効果があったと思います。
しかし、近年の動きを見ると、外債投資に伴う利息収入の増加が基礎利益を支えていて、生保の基礎的な収益力を示す指標とは言いがたい状況となっています。しかも、外債投資に伴う為替リスクやヘッジコスト、あるいは海外金利リスクは基礎利益に反映されません。「メディアに取り上げられるから」「風評リスクが心配」といった目先の理由で基礎利益の拡大を図るのは、長期にわたる保険契約の全うをむしろ難しくしているように思います。

なお、生保が外貨建て保険の販売を増やしていることも、外貨建資産が増える一因となっています。おそらく国内系9社ベースであれば、外貨建ての保険負債の割合は全体の数%だと思いますが、会社によっては外貨建て保険に注力し、かなりの規模となっているところもあるようです。
ところが、生保業界は外貨建て保険負債の規模を公表していません。外貨建て保険の見合いとしてオープン外債を保有するのと、円建て保険で追加的なリターン確保のためにオープン外債を持つのとでは、やっていることの意味がまるで違います。生保の経営リスクを外部に理解してもらい、それこそ余計な風評を発生させないために、速やかな情報開示を求めます。
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※香港の動きも気になります。

 

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「生命保険の不都合な真実」

最近、私よりちょうど20歳若い記者さん(柴田秀並さん)が「生命保険の不都合な真実」という新書を出しました。
2018年から保険業界を担当するようになり(今は金融庁担当とのこと)、取材活動を進めるなかで、生命保険業界が本当に顧客のためになっているのかという疑問を感じたことが、柴田さんが本書を執筆する動機になったようです。
確かに昨年から今年にかけての生命保険業界の話題といえば、外貨建て保険の問題や節税保険をめぐる騒動、乗合代理店へのインセンティブ、そして、かんぽ生命(郵便局)の不正販売と、顧客本位とはかけ離れたことばかりでした。

柴田さんはこう書いています。

「保険の議論をするのは非常にハードルが高い。率直に言って、難しいからだ。一介の新聞記者に対して、業界に精通した人からは『キミが不勉強なだけでみんな知っているよ』とか、『そんなこといまさら書いてどうするの?』といった反応が取材の過程でしばしば返ってきた」

そういう対応もありそうだなあと気の毒に思いつつ、あえて言えば、大手新聞社の記者さんの担当期間が短かすぎるのですね。新聞社のローテーション人事について柴田さんに文句をいっても仕方がないのですが、経済誌のようにある程度じっくり取材活動ができれば、少なくとも決算報道で保険料収入と基礎利益の説明をしておしまいということはなくなるのではないでしょうか。
これから経済価値ベースの規制が入ろうというときに、大手メディアの役割は決して小さくないと思いますので、機会を見つけてインプットを続けていくしかないのかもしれません。

とはいえ、本書は現場でのしっかりした取材をもとに近年の問題を掘り下げているので、生保業界に関心のあるかたには大変参考になると思います
(もし続編があれば、営業職員チャネルについても深掘りしていただきたいです!)。

ちなみに第1章に次のような記述があります。

「ある大手生保の財務企画(資産運用部門の企画部門)にかかわる幹部は、『基礎利益は、会社の成績を見るうえで、いまや弊害のほうが大きいかもしれない』と認めた。だが、それでも業界は表向き、基礎利益の多寡を誇る。『マイナス金利時代には、会社の順位をはかるのは基礎利益ですよ』ある生保企業の広報担当者にこう説得されたことがある。(中略)いま思うと、その人は『確信犯』だったのかもしれない」

確信犯だったらまだいいのですが、本気でそう考えていたら困ってしまいます。

※写真は香港から深圳に入ったところです
(出国・入国審査があります)

 

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