保険業界向けメールマガジン「inswatch」の直近号(Vol.941 2018.08.13)に寄稿しましたのでご紹介します。購読のお申し込みはこちらまで。
保険加入で健康増進
契約時に健康診断の結果を提出すると保険料が安くなったり、がん検診の受診や運動習慣などの健康増進活動で獲得したポイントが翌年の保険料に反映されたりする「健康増進型保険」が登場しています。
生命保険の販売では潜在的な加入者ニーズを掘り起こす必要があり、万一のリスクを強調する「脅し」のようなセールスも多いように思います。これが健康増進型の保険だと、「保険加入をきっかけに、健康になって長生きしましょう」という前向きな提案ができそうです。
健診も運動習慣も改善の余地は大きいが・・・
厚生労働省の国民生活基礎調査(直近は2016年)によると、20歳以上の男女のうち、3人に1人が健康診断を受けていないことがわかりました。特に女性の受診率は低く、30代女性の受診率は56%です。
運動習慣についても確認すると、厚生労働省の国民健康・栄養調査(同)では、運動習慣のある人(1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上続けていると回答した人)は20歳以上男女のうち30%強にすぎません。しかも、この10年間でみると、男性(2016年の「運動習慣あり」が35%)は概ね横ばい、女性(同27%)はなんと低下傾向です。
このような現状を踏まえると、健診を受けたり運動習慣をつけたりするには何かのきっかけがほしいところなので、保険加入を通じて保険会社が健康増進活動を促すことには社会的意義があると言えそうです。
ただし、いくら社会的意義があるとはいえ、「健康増進は自らの話であって、それを保険会社に強制されるなんて」と抵抗を感じる人もそれなりに存在するのではないかと思います。
規制でも自己規律を活用
実は、こうした商品を提供する保険会社に対しても、似たような話があります。
ここ数年、保険会社の中期経営計画などで「ERM」という言葉を目にする機会があると思います。ERMはリスク管理の進化形で、例えば東京海上では「リスクベース経営(ERM)」、MS&ADでは「ERM経営」、SOMPOでは「戦略的リスク経営(ERM)」という用語を使っていますが、ディフェンス重視のリスク管理ではなく、企業価値の持続的な拡大を目指す枠組みという点で共通しています。
この、各社によるERMの取り組みに保険行政が着目し、健全性規制の一環として活用する動きがあります。「ORSA(リスクとソルベンシーの自己評価)」という規制がそれで、保険会社が自らのERMの現状を毎年レポートにまとめて金融庁に提出し、レポートを受け取った金融庁は対話を通じて各社のERMの高度化を促すというものです。
企業価値の拡大を目指す経営の取り組みに、どうして監督当局が口をはさむのかという声があるかもしれません。しかし、金融庁にかぎらず、監督当局はソルベンシー・マージン比率のような資本要件だけで保険会社の健全性を確保することはできないという考えが国際的な潮流となっていて、各国の当局がこうした自己規律を活用した規制を導入しています。
メリットとともに副作用にも留意
リスクマネジメントにおいて、保険はリスクが顕在化した際の備えとして機能しています。これに対し、リスクそのものを小さくしようというのがロスプリベンションで、先ほどの事例では保険会社による健康増進活動のサポートだったり、金融庁によるERM高度化の促進だったりします。
こうした予防活動がリスクマネジメントにとって重要なのは確かですが、本来は自律的に行うべきことを第三者が促すとなると、いわば「自己規律の強制」がもたらす副作用の可能性にも目を配る必要がありそうです。
ご参考ですが、9月3日(月)の夕方に損保総研の特別講座「知っておきたい保険関連の健全性規制の背景と方向性」で講師を務めます。先に述べたような自己規律を活用した健全性規制の話もしますので、ご関心のあるかたはぜひご参加ください。
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あくまで自分の健康増進や企業価値の維持・拡大が重要なのであって、保険料割引や特典獲得、監督当局からの高評価が目的となってしまっては本末転倒ということかと思います。
※暑い日はカレー料理がいいですね。
※いつものように個人的なコメントということでお願いします。
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