13. 保険マスコミ時評

生命保険会社の決算報道

インシュアランス生保版(2021年2月号第2集)に執筆したコラムをご紹介します(見出しはブログのオリジナルです)。
生保各社の4-12月期決算は2月12日に公表されましたが、これを報じた全国紙は日経だけ。その日経も「基礎利益が主要9社のうち6社で減った」という、いわゆるベタ記事でした。

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本稿が掲載されるのはおそらく生命保険会社の4-12月期決算発表の前後であろう。
マスメディアは生保決算をどう報じてきたか。大学のデータベースで確認できた経済紙(日経)および一般紙(朝日、毎日、読売)の決算報道を確認すると、例えば2020年4-9月期には、いずれも主要生保の個人分野の新契約年換算保険料と保険料等収入、基礎利益の動きを伝えていた。

「保険料等収入」「基礎利益」を伝えればいいのか

切り口が横並びなのは、どのメディアも主に記者クラブ主催の会見と報道向け資料をもとに記事を作成しているからであろう。直近で新契約年換算保険料を取り上げているのは、新型コロナウイルスの影響で数値が大きく落ち込むという目立った事象への対応であり、ここ数年は「売上高にあたる保険料等収入」「本業のもうけを示す基礎利益」の2つを伝えることをもって、各紙は生保決算というネタを画一的に「処理」してきた。
日経だけでなく、一般紙も概ね半年ごとに一定の紙面を生保決算報道にあててきたことを踏まえると、読者に保険契約者が多いというだけでなく、少なくとも生命保険という産業が日本の経済・社会において無視はできないレベルの存在感があり、ニュースバリューがあると考えているのだろう。ただ、もしメディアが、生保の決算報道には事業会社と決定的な違いがあることを十分理解しているのであれば、生保の経営内容を示すのに適切とは言えない「保険料等収入」「基礎利益」の動きを伝えておしまいとはならないはずだ。

生命保険は経営内容で価値が左右される商品

事業会社の場合、その会社の商品・サービスの利用者だからといって、その会社の経営内容を知る必要はない(知りたくなることはあるかもしれないが)。ところが保険会社の場合には、会社の経営内容もいわば商品・サービスの一部となっている。会社の経営が傾けば将来の保障が危うくなるし、業績が順調であれば(有配当契約の場合)配当還元を期待できる。つまり、生命保険は保険会社の経営内容によってその価値が左右される商品・サービスなのである。
貯蓄性の強い一時払い商品の販売に左右される保険料等収入や、外国証券等の利息配当金収入や団体保険の死差益で「かさ上げ」される基礎利益を報じるだけでは、メディアは社会から期待されている役割を果たしていないどころか、間違ったメッセージを与えているのだと自覚してほしい。

「増減収」「増減益」報道に惑わされないで

本誌の読者の皆さんにも僭越ながらお願いしたい。「保険料等収入でA生命がB生命を〇年ぶりに抜いた」「4社のうちC生命だけが減益だった」といった報道に接しても、決して惑わされないでほしい。メディアで報道されるからといって、毎期の保険料等収入や基礎利益の拡大を競う経営を行うと、かえって企業価値を損ない、契約者をはじめとしたステークホルダーに迷惑をかけることになりかねないためである。
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※動物園に行ってきました♪

 

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保険会社が損失?

数日前にネットで次のようなニュースを見つけました。

東京五輪中止なら保険会社の損失30億ドルも、過去最大

いかにも見出しが独り歩きしそうな記事です。ロイターなので元は英語で、もし東京オリンピックが中止となれば、保険会社の支払額は30億ドルと見込まれ、イベント中止の補償としては過去最大規模という内容でした。英語の loss を「損失」と訳してしまったため、「五輪中止で保険会社が大赤字」といった見出しになってしまったのですね。
業界人であれば、損害率のことを「ロスレシオ」と言ったりするので、こうした失敗はしないと思いますが、一般的にはそうではないのでしょう。

ちなみに30億ドルは決して小さな額ではないとはいえ、2005年に米国を襲ったハリケーン・カトリーナによる保険金支払額は約800億ドル、2012年のハリケーン・サンディは約300億ドルでした。この分野に特化した保険会社であればともかく、保険会社の担保力が損なわれ、料率が急騰するようなことはなさそうです。

気になるメディア用語

今回のロイターは翻訳の問題ですが、NHKや日経をみていて気になる用語の使い方がいくつかあります。

例えばNHKの経済報道では、「前年」や「昨年」を「去年」と表現することが多いようです。NHKが「前年」という言葉を全く使わないのではなさそうですが、経済指標や決算発表のニュースで「去年比で・・・」とやられると、どうもしっくりきません。

日経は一般的な会計用語でも送り仮名を使うのが気になります。その代表例が「繰り延べ税金資産」です。「繰延税金資産」に送り仮名を使うと、なんだか別の話をしているように感じてしまいます。

※写真は福岡・姪浜です。振り返ると全く別の景色が広がっていました(下の写真)。

 

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保険経営の報道は難しいのか?

今週の日経新聞による保険会社に関する報道です。

グループ内再保険

再保険で損益変動抑制 第一生命HDが新会社 ※有料会員限定」(1月7日)

第一生命グループがバミューダに再保険会社を設立するという記事です。「金利の上下に伴う損益変動リスクの抑制に乗り出す」「グループ内で、保険に対して保険をかける『再保険』の引き受けを近く始める。再保険の仕組みを使って損益への影響を和らげる」という説明があるのですが、グループ内でリスクをやり取りしても、実質的な損益変動の抑制にはならないのではないかと疑問に思いますよね。

グループ内に再保険会社を設立するという話は、実のところ昨年11月の機関投資家・アナリスト向け決算・経営説明会で示されていて、質疑応答(PDF)のなかで、グループ内に再保険会社を設立するメリットの説明がありました。
ですから、記事のような不思議な説明にはならないはずなのですが、記者さん自身の問題なのか、あるいは取材に応じた広報部門がうまく伝えなかったということなのでしょうか。

火災保険の損益

火災保険 赤字2000億円超 ※有料会員限定」(1月8日)

大手損保4社の2021年3月期の火災保険の損益が、自然災害の被害が比較的少なかったにもかかわらず、2000億円を超える赤字となる見通しで、収益性の改善が急務となっているという記事です。

火災保険の収支が厳しいというのはその通りです。記事が示すように再保険料の上昇は大きく、4-9月期の出再保険料(火災)は4社合計で前年同期よりも400億円以上増えています。各社とも元受保険料に再保険の上昇分をどれだけ反映できるかが課題となっています。

ただ、火災保険の損益として保険引受利益をそのまま使って説明するというのは、さすがにミスリードではないでしょうか。保険引受利益は「保険料収入から保険金の支払額とかかった事業費を差し引いた」(記事より引用)ものではなく、保険引受収益から保険引受費用と保険引受に係る営業費および一般管理費などを差し引いたもので、保険料と保険金&事業費を比べた指標(コンバインドレシオなど)ではありません。
特に大きな違いは、保険引受利益は異常危険準備金の増減と、長期火災保険や地震保険などの責任準備金の増減によって大きく左右されるということです。

記事には過去の保険引受利益の推移が図表で示され、「火災保険の損益は11年連続赤字」とあります。しかし、この図表を見て、いくら再保険料が増えたとはいえ、今年度の赤字が、過去最大の保険金を支払った2018年度に匹敵する赤字になるというのを不思議に思わなかったのでしょうか。これは、2018年度には多額の異常危険準備金の取り崩しがあったため、保険引受利益がかさ上げされているのに対し、今年度は異常危険準備金が積み増し(=保険引受利益のマイナス要因)となるからです。
念のため過去の火災保険のコンバインドレシオを確認すると、赤字の年度が多いのは同じですが、2015年度は1社を除き黒字(コンバインドレシオが100%未満)でした。同じ年度の保険引受利益が1000億円を超える赤字となったのは、異常危険準備金の積み増しと、期間短縮前のかけ込みで長期火災保険の責任準備金が急増したことが主な要因とみられます。
保険引受利益を使ったのは記者さんの判断なのか、あるいは、どこかの保険会社の広報部門があえてこの数値を提供したのでしょうか。

マスメディアの役割は大きい

私はマスメディア(特に日経)を目の敵にしているのではなく、むしろその逆で、保険マーケットにとってマスメディアの役割は非常に重要だと考えています。
保険会社が提供する商品・サービスは保険会社の経営内容にも左右されるため、保険会社は事業会社とは違い、投資家だけでなく、契約者(消費者)に対しても経営情報を伝える必要があります。他方で契約者(消費者)が保険会社の経営情報を普段から積極的に集めるというのは現実的ではなく、結局のところマスメディアに頼ることが多いはず。ですから、経営情報の仲介者であるマスメディアの役割がより高まる方向に持っていきたいのですが、どうしたらいいのでしょうね。

 

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「半沢頭取」報道に思う

三菱UFJ銀行の頭取に半沢淳一常務が昇格するという人事(24日発表)を先取りする報道が22日にありました(日経、朝日、NHKなど多数)。

「計13人いる副頭取と専務を抜き、同行で初めて常務から頭取になる」(日経)
「テレビドラマ『半沢直樹』の原作者で、1988年に当時の三菱銀行に入行した池井戸潤さんとは同期だったということです」(NHK)

つまるところこの2点だったのですが、何だかなあという感じでしたね。

まず、持株会社の「指名・ガバナンス委員会」ではまだ決定していなかったのに、名前が出てしまったこと。関係者(必ずしもMUFG関係者とは限りません)がリークしたのでしょうけど、もし私が指名・ガバナンス委員会の委員だったらこうした報道は嫌ですよね。委員会とは別のところで人事が決まっているように思われてしまいますので。
トップ人事を発表前に出すのが重要なのは報道業界内部の価値観であって、情報の受け手にとって価値があるとは思えませんし、むしろ迷惑なことが多いと思います。

それから「若返り」「13人抜き」ですが、確かに金融界で55歳は若いです。ただ、「若返り」「13人抜き」という報道は、そもそも新卒生え抜きが経営幹部となることを前提にしたものです。外部人材だったら「〇人抜き」なんて記事にはなりませんよね。
「半沢さん」に話題性があるのはわかります。しかし、グローバル化を進める金融グループの幹部人事を、いつまで「社長が次の社長を決める」「日本人・中高年男性・新卒生え抜き」を前提に語るのでしょうか。

ちょうど数日前に「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」から「コロナ後の企業の変革に向けた取締役会の機能発揮及び企業の中核人材の多様性の確保」という提言が出ていますし、このような資料(取締役会の機能発揮と多様性確保(PDF))も参考になりますので、22日の人事報道に疑問を持たなかったかたはじっくりお読みいただければと思います。

※全くの個人的興味で恐縮ですが、ようやく訪問できました。

 

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第一生命HDの決算報道

「第一生命ホールディングスが13日発表した2020年4~9月期の連結決算は、純利益が前年同期比9%減の833億円だった。株安や円高に備えた金融派生商品の取引で約1000億円の損失が出た。海外での新型コロナウイルス関連の保険金支払い拡大も響いた。」
(11月13日の日経)

短い記事のなかで決算を報じるとなると、増減益だけを伝えることになってしまうのでしょう。
しかし、減益は「金融派生商品の取引で約1000億円の損失が出た」、つまり、ヘッジ会計非適用のデリバティブ取引で損失を計上したということなので、現物資産の価値は上がっているはずですし、実質的には純利益が倍増したとも読めます。もしかしたらこの記事はそう伝えているのでしょうか?

ちなみに少し前の記事ですが、日経新聞は香港に拠点を置くAIAの決算について、次のように報じています。

「アジアの保険大手AIAが12日発表した2019年12月期決算は、新規保険契約の価値を示す新業務価値(VONB)が41億5400万米ドル(約4300億円)と前の期に比べ6%増にとどまった。香港の大規模デモの影響で中国本土から香港に来て保険を買う人が減り、18年12月期の22%増に比べ伸びが大幅に鈍った。(中略)税引き後の営業利益は9%増の57億ドルだった。」
(2020年3月12日)

第一生命HDでも同じように、「4-9月期に獲得した契約の価値を示す新契約価値は256億円と、前の期に比べ60%減った。営業自粛の影響で第一生命の新契約が大きく落ち込んだことが主因。純利益は9%減の833億円だった」といった記述にしたら、多少は意味のある情報になると思います。

なお、第一生命HDのグループEEV(エンベディッド・バリュー)は金融市場の回復を受け、3月末に比べて9400億円増えています。株価上昇と超長期金利の上昇が影響した模様です。

※紅葉八幡宮という神社に行きました。七五三なつかしいです。

 

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今年の「生保・損保特集」

毎年恒例の東洋経済「生保・損保特集」。今年は一月遅れで発売となりました。
ここ数年は保険会社の広報誌のような感じでガッカリすることも多かったのですが、今回の2020年版には以下の興味深い記事がありました。

「健康不安でニーズ急上昇 『医療保険』を徹底比較」(森田直子さん)
「ダイレクト損保、日本上陸から四半世紀の到達点」(大島道雄さん)
「100社超え急拡大 少額短期保険の課題」(トムソンネットの石井さん、板倉さん、森岡さん)

いずれも保険会社に取材して、その内容を紹介しただけというものではなく、ファクトを示し、それに基づいた分析がある記事です。
なかでも森田さんの記事は、22社の医療保険を8項目について比較したものですが、ランキング上位となった保険だけではなく、取り上げたすべての保険を一覧表にしているのが画期的だと思いました。

森田さんは、短期入院でも10万円を超える費用がかかり、かつ、入院が長引くほど費用がかかるため、「短期と長期両面の備えが、これからの時代の医療保険選びのポイントとなる」(本文より引用)と述べています。ここからすると、例えば、「1日でも入院したら10万円の給付金を受け取り、入院が10日以上になったら追加で10万円、30日以上になったらさらに20万円、60日以上になったら50万円の給付金を受け取ることができる」といった商品が望ましいのであって、疾病によって給付内容を変えるとか、手術給付金の保障内容に差をつけるとかいった話は、本来の目的とは関係ないはずです。

充実した公的医療保険があるなかで、民間の医療保険に求められている役割は医療費の補償ではなく、医療サービスを受ける状況になった際の経済的な補償を行うことです。それなのに、一覧表を見ると、どうも保険会社は的外れの競争を繰り広げているようです。しかも、給付を得られる要件がこうも複雑だと、利用者はどう選んだらいいのか。

この一覧表は、日本の医療保険の現状を物語っていて、まさに専門誌の行うべき仕事だと思いました。

 

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減損リスクとは

26日の日経「持ち合い株の価値2.3兆円減 資本目減り 減損リスクも(有料会員限定)」という記事に違和感を覚えました。

最初の部分だけ引用しますと、「新型コロナウイルスの感染拡大による株安が、2020年3月期の企業の利益や資本を直撃する可能性が高まっている。上場企業が保有する政策保有株(持ち合い株)の価値は、25日時点で昨年3月末から2兆3800億円減った。買収した上場子会社の株価が取得価格から5割以上下がった例もあり、減損リスクもくすぶる。(後略)」とのこと。

株安が利益や資本を直撃するというのはいいとして、「減損リスク」とはどのようなリスクなのでしょうか。

日本の会計基準において、政策保有であろうとなかろうと、株式(売買目的区分を除く)を保有していれば、取得原価から50%以上下がると、減損処理(評価損を計上)する必要がありますし、30%以下でも株価の回復可能性により減損することがあります。「減損リスク」とは、株価下落により企業が評価損を計上し、会計上の損益が減ることを指していると考えられます。

しかし、考えてみましょう。株価が49%下がっても、回復可能性があると判断すれば減損処理の必要はなく、損益への影響は全くありません。
これが運用会社であれば、1%分の違いがあるとはいえ、どちらも購入時点に比べて大きな損失を出してしまったと考えるはずです。ところが上場企業となると、会計上は50%下落だと多額の損失計上、49%下落だと損失計上なしですから、これで見てしまうと天と地ほどの差があります
この会計基準がおかしいと主張しているのではありません。ただ、企業価値の拡大を目指すまともな経営者であれば、重要なのは株価下落によって企業価値が下がってしまったことであって、減損の有無ではないはずです。

こうしてみると、記事にある「減損リスク」とは、株価下落によって損失を抱えるリスクではなく、会計上の損益が減損処理によって悪化し、損益を重視する外部ステークホルダー(マスメディアを含む)が悪い評価をする、つまり、一種の評判リスクのことなのでしょう。
会計基準は単なるモノサシなので、企業の実態をつかむ手掛かりにすぎません。それにもかかわらず「減損リスク」として減損の有無に過度に注目するのは、企業の見方としてどうなのかなと疑問に思います。

※浜離宮の菜の花です。

 

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新資本規制とランオフ

有識者会議メンバーが寄稿

国際資本規制、生保『2025年の崖』(有料会員限定)」という記事をご覧になったでしょうか。IAIS(保険監督者国際機構)で事務局長として保険の国際資本規制に長く関わってきた河合美宏さんが書いたものです。
河合さんは金融庁の有識者会議(経済価値ベースのソルベンシー規制見直しに関するもの)のメンバーでもあります。

例えば、次のようなことが書いてあります。

「世界的な金融危機の火種を消そうと健全性確保を強める規制強化で、25年がマイナスの影響に傾いていく『崖』と映るかもしれない。しかし、この新規制は国際競争力を備える契機となる『登山道の入り口』と考えた方がよい。チャンスと捉え、積極的に前向きに準備を急ぐべきだと筆者は考えている」

「国際新規制をいち早く受け入れれば、健全性をタイムリーに把握するだけでなく、自社を客観的に分析でき、不採算事業を整合的に整理することにもつながる。世界的な競争の中で、日本の生保が国際競争力を身につける絶好のチャンスだ」

新資本規制が社会との摩擦を招く?

私が気になったのは河合さんの書いた文章ではなく、これを受けた「編集者から」のコメントです。
この匿名の編集者は、日本で新資本規制を導入した場合、新しい規制に乗り遅れた劣後する生命保険会社が「禁断の領域(=ランオフの実施)」に入るか注目しているそうです。保険契約を一方的に第三者に譲渡することに日本の顧客は抵抗が強く、「新規制は生保が国際競争力を高める好機となる一方で、社会との摩擦が起きそうな予感がする」とのこと。

確かに、現行よりも経営実態を示すであろう新規制のもとでは、早期に退出する会社が出てくるかもしれません。
でも、これは「意図せざる影響」というよりは、むしろ意図どおりの影響です。過去の生保破綻では、健全性に問題があったにもかかわらず、規制をクリアしていたため、結果的に対応が遅れたというケースが多く見られました。日本のソルベンシー規制の見直しはこうした過去の反省に立って行われています。
規制の目的は国際競争力を高めるためではなく、河合さんもそうは書いていません。

ランオフが禁断の領域というのもどうかと思います。
例えば、リーマンショックの後、銀行向け貯蓄性商品を提供していたハートフォード生命や東京海上日動フィナンシャル生命などが新契約の募集を停止し、既契約の維持管理会社となったという事例があります。
その後両社はそれぞれオリックス生命、東京海上日動あんしん生命に吸収されました。顧客の心理的な抵抗はあったかもしれませんが、破綻したわけではなく、もちろん契約条件は元のままです。経営が破綻し、将来受け取れるはずだった保険金額がカットされるような話とはまるで違います。

「資金繰りに窮したり、新規事業へ資源を集中したりする際、国際資本規制下では経済合理的な判断として、事業の選別を強化する方向に傾くとみている」というのも考えてみればおかしな話です。
こうした経営判断は規制の有無にかかわらず行われるものですし、事業の選別はむしろ低金利や高齢化といった外部環境の変化を踏まえ、経営としてどこでリスクをとっていくかという意思(リスクアペタイト)によるところが大きいのではないでしょうか。

そもそも検討されている規制は事業の制約を設けるものではなく、見えにくかったものを見えやすくする規制なので、新たな規制の下でできない事業があるとすると、今でも本当はできないはずなのに、無理をしているということになりますね。

河合さんの文章の後にこうした「解説」を載せるのは、何かの意図があるのでしょうか?

※写真は仙台です。

 

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ムーディーズのレポート

25日の保険毎日新聞で「ムーディーズ 強固な基礎利益と資本基盤で『安定的』」という見出しをみて、ため息をついてしまいました。

この記事はムーディーズが12月5日に公表したレポートを紹介したもので、確かにムーディーズのサイトにも、「日本の生命保険会社は低金利にもかかわらず、強固な基礎利益と資本を維持し、2020年の見通しは安定的」とありました。

記事によると、超低金利にもかかわらず、強固な基礎利益を維持しているのは、保険関係利益(危険差益、費差益)が基礎利益の約80%を占めているからで、「利差益が占める割合は約20%にすぎないため、基礎利益は金利変動の影響を受けにくい」とのことです。
しかし、基礎利益が金利変動の影響を受けにくいのは利差益の占める割合が小さいからではなく、基礎利益の運用収益である利息配当金等収入が金利変動の影響をほとんど受けないためです。金利水準が下がっても、過去に購入した公社債の利息には影響しませんよね
(同様に生命表改定の影響も、団体保険を除けば徐々にしか出てきません)。

資本基盤についても、金利低下による負債価値の増大を見ていないようです。ソルベンシーマージン総額の増加トレンドをもって「資本は継続的に増加」というのは誤解と言わざるを得ません。
ムーディーズが日本の生命保険市場にどの程度の影響力があるのかはわかりませんが、本当にこのような理解で保険会社の信用力を評価しているのでしょうか。保険会社の経営者が、「だから基礎利益が重要なんだ」などと考えていないことを祈ります。

たまたま手元に格付投資情報センター(R&I)の肝付アナリストが寄稿した7月の週刊金融財政事情があったので、こちらも確認してみました。

「(基礎利益など)会計上の利益は増加も、ボラティリティが上昇」「経済価値ベースの健全性は再び悪化」「(ハイブリッド証券の発行などにより)ESRは上昇するものの、資産運用リスクが温存されたままでは、市場ストレスに対する脆弱性の大幅な改善にはつながらない」といった、やや厳しめの評価となっているようです。

格付会社によって見解が異なるのは健全な姿ですし、R&Iの評価が正しいとも限りません。
でも、生保経営に対する理解度がこれほど違うというのは、困ったことだと思います。

※なぜか再び東京ドームでした!

 

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業界専門紙の役割とは

インシュアランス生保版(2019年7月号第1集)にコラムを執筆しました。
改めて石井さんのご冥福をお祈りいたします。

<以下、掲載されたコラムです>
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4月末に急逝した保険ジャーナリスト石井秀樹さんのお別れの会に参加した。石井さんのご冥福をお祈りするとともに、氏が長く保険毎日新聞の記者を務め、独立後もインスウォッチをはじめ、保険業界人が目にする媒体で健筆をふるっていたことから、業界専門紙誌や業界専門ジャーナリストの役割について改めて思いを馳せてみた。

業界専門紙の存在意義は何か

保険業界には本紙「インシュアランス(週刊)」のほか、「保険毎日新聞(日刊)」「新日本保険新聞(週刊)」「保険情報(週刊)」「インスウォッチ(週刊)」といった数々の業界専門紙がある。かつてに比べれば少なくなったとはいえ、1つの産業に複数の業界紙が存在するのは、それだけ保険業界の関係者が多く、かつ、業界に関する情報が必要とされてきたことの表れであろう。

業界専門紙を文字通り「業界人のための専門情報を提供する新聞」と定義すると、業界紙の役割は、一般の新聞や経済誌には載らないような詳細で正確な業界情報を提供したり、同じ情報でも一般紙誌とは違い、業界関係者向けの目線で伝えたりすることである。業界関係者を主な読者層としているのだから、一般紙と同じ目線でニュースを伝えていたのでは存在意義は乏しい。

ネット時代が到来する前は、保険会社のニュースリリースや監督官庁の公表する資料をそのまま掲載するだけでも価値があっただろう。だが、環境は劇的に変わっている。各社の発表をそのまま記事にしたようなものに大きな紙面を割く意義を見出すのは難しい。
亡くなった石井さんは、例えば保険ショップの全体像を取材の積み重ねにより報じていたが、業界紙にはこうした付加価値のある情報提供がますます求められている。

ファクトに基づく継続的な発信を

特に求められるのは、ファクトに基づいた継続的な情報発信であろう。
以前、保険毎日新聞が会社別の変額個人年金保険の販売状況を一覧表にして、それを定期的に掲載していた時期があった。各社の公表資料には保有契約と資産残高くらいしか情報がないなかで、銀行窓販の現状を知る貴重な情報だった。

こうしたニーズは今でもある。例えば各社が公表する「契約高・件数」「年換算保険料」などを見ても、業績動向をつかむのは難しい。年換算保険料が増えていても、貯蓄性の強い外貨建て保険の販売が前年度よりも多かっただけかもしれない。ブームとなっていた経営者向け保険が各社の業績にどの程度反映されているのかも全くわからない。
保険業界の健全な発展のためには米国AMベスト社のような存在が日本にも必要ではないだろうか。

さらに言えば、業界専門紙に期待される役割は関係者向けの情報提供にとどまらない。
サポーターと言うとやや誤解を招きそうだが、業界べったりの代弁者ではなく、業界の内外をつなぐ存在であったり、辛口のご意見番だったりと、関係者に対して「ムラの外ではこう見ている」という、いわば風を吹き込むような役割もあると思う。
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※写真(上)は昨年3月末の椿山荘、
 下はお別れの会のスナップです。

 

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