13. 保険マスコミ時評

第一生命HDの決算報道

「第一生命ホールディングスが13日発表した2020年4~9月期の連結決算は、純利益が前年同期比9%減の833億円だった。株安や円高に備えた金融派生商品の取引で約1000億円の損失が出た。海外での新型コロナウイルス関連の保険金支払い拡大も響いた。」
(11月13日の日経)

短い記事のなかで決算を報じるとなると、増減益だけを伝えることになってしまうのでしょう。
しかし、減益は「金融派生商品の取引で約1000億円の損失が出た」、つまり、ヘッジ会計非適用のデリバティブ取引で損失を計上したということなので、現物資産の価値は上がっているはずですし、実質的には純利益が倍増したとも読めます。もしかしたらこの記事はそう伝えているのでしょうか?

ちなみに少し前の記事ですが、日経新聞は香港に拠点を置くAIAの決算について、次のように報じています。

「アジアの保険大手AIAが12日発表した2019年12月期決算は、新規保険契約の価値を示す新業務価値(VONB)が41億5400万米ドル(約4300億円)と前の期に比べ6%増にとどまった。香港の大規模デモの影響で中国本土から香港に来て保険を買う人が減り、18年12月期の22%増に比べ伸びが大幅に鈍った。(中略)税引き後の営業利益は9%増の57億ドルだった。」
(2020年3月12日)

第一生命HDでも同じように、「4-9月期に獲得した契約の価値を示す新契約価値は256億円と、前の期に比べ60%減った。営業自粛の影響で第一生命の新契約が大きく落ち込んだことが主因。純利益は9%減の833億円だった」といった記述にしたら、多少は意味のある情報になると思います。

なお、第一生命HDのグループEEV(エンベディッド・バリュー)は金融市場の回復を受け、3月末に比べて9400億円増えています。株価上昇と超長期金利の上昇が影響した模様です。

※紅葉八幡宮という神社に行きました。七五三なつかしいです。

 

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今年の「生保・損保特集」

毎年恒例の東洋経済「生保・損保特集」。今年は一月遅れで発売となりました。
ここ数年は保険会社の広報誌のような感じでガッカリすることも多かったのですが、今回の2020年版には以下の興味深い記事がありました。

「健康不安でニーズ急上昇 『医療保険』を徹底比較」(森田直子さん)
「ダイレクト損保、日本上陸から四半世紀の到達点」(大島道雄さん)
「100社超え急拡大 少額短期保険の課題」(トムソンネットの石井さん、板倉さん、森岡さん)

いずれも保険会社に取材して、その内容を紹介しただけというものではなく、ファクトを示し、それに基づいた分析がある記事です。
なかでも森田さんの記事は、22社の医療保険を8項目について比較したものですが、ランキング上位となった保険だけではなく、取り上げたすべての保険を一覧表にしているのが画期的だと思いました。

森田さんは、短期入院でも10万円を超える費用がかかり、かつ、入院が長引くほど費用がかかるため、「短期と長期両面の備えが、これからの時代の医療保険選びのポイントとなる」(本文より引用)と述べています。ここからすると、例えば、「1日でも入院したら10万円の給付金を受け取り、入院が10日以上になったら追加で10万円、30日以上になったらさらに20万円、60日以上になったら50万円の給付金を受け取ることができる」といった商品が望ましいのであって、疾病によって給付内容を変えるとか、手術給付金の保障内容に差をつけるとかいった話は、本来の目的とは関係ないはずです。

充実した公的医療保険があるなかで、民間の医療保険に求められている役割は医療費の補償ではなく、医療サービスを受ける状況になった際の経済的な補償を行うことです。それなのに、一覧表を見ると、どうも保険会社は的外れの競争を繰り広げているようです。しかも、給付を得られる要件がこうも複雑だと、利用者はどう選んだらいいのか。

この一覧表は、日本の医療保険の現状を物語っていて、まさに専門誌の行うべき仕事だと思いました。

 

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減損リスクとは

26日の日経「持ち合い株の価値2.3兆円減 資本目減り 減損リスクも(有料会員限定)」という記事に違和感を覚えました。

最初の部分だけ引用しますと、「新型コロナウイルスの感染拡大による株安が、2020年3月期の企業の利益や資本を直撃する可能性が高まっている。上場企業が保有する政策保有株(持ち合い株)の価値は、25日時点で昨年3月末から2兆3800億円減った。買収した上場子会社の株価が取得価格から5割以上下がった例もあり、減損リスクもくすぶる。(後略)」とのこと。

株安が利益や資本を直撃するというのはいいとして、「減損リスク」とはどのようなリスクなのでしょうか。

日本の会計基準において、政策保有であろうとなかろうと、株式(売買目的区分を除く)を保有していれば、取得原価から50%以上下がると、減損処理(評価損を計上)する必要がありますし、30%以下でも株価の回復可能性により減損することがあります。「減損リスク」とは、株価下落により企業が評価損を計上し、会計上の損益が減ることを指していると考えられます。

しかし、考えてみましょう。株価が49%下がっても、回復可能性があると判断すれば減損処理の必要はなく、損益への影響は全くありません。
これが運用会社であれば、1%分の違いがあるとはいえ、どちらも購入時点に比べて大きな損失を出してしまったと考えるはずです。ところが上場企業となると、会計上は50%下落だと多額の損失計上、49%下落だと損失計上なしですから、これで見てしまうと天と地ほどの差があります
この会計基準がおかしいと主張しているのではありません。ただ、企業価値の拡大を目指すまともな経営者であれば、重要なのは株価下落によって企業価値が下がってしまったことであって、減損の有無ではないはずです。

こうしてみると、記事にある「減損リスク」とは、株価下落によって損失を抱えるリスクではなく、会計上の損益が減損処理によって悪化し、損益を重視する外部ステークホルダー(マスメディアを含む)が悪い評価をする、つまり、一種の評判リスクのことなのでしょう。
会計基準は単なるモノサシなので、企業の実態をつかむ手掛かりにすぎません。それにもかかわらず「減損リスク」として減損の有無に過度に注目するのは、企業の見方としてどうなのかなと疑問に思います。

※浜離宮の菜の花です。

 

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新資本規制とランオフ

有識者会議メンバーが寄稿

国際資本規制、生保『2025年の崖』(有料会員限定)」という記事をご覧になったでしょうか。IAIS(保険監督者国際機構)で事務局長として保険の国際資本規制に長く関わってきた河合美宏さんが書いたものです。
河合さんは金融庁の有識者会議(経済価値ベースのソルベンシー規制見直しに関するもの)のメンバーでもあります。

例えば、次のようなことが書いてあります。

「世界的な金融危機の火種を消そうと健全性確保を強める規制強化で、25年がマイナスの影響に傾いていく『崖』と映るかもしれない。しかし、この新規制は国際競争力を備える契機となる『登山道の入り口』と考えた方がよい。チャンスと捉え、積極的に前向きに準備を急ぐべきだと筆者は考えている」

「国際新規制をいち早く受け入れれば、健全性をタイムリーに把握するだけでなく、自社を客観的に分析でき、不採算事業を整合的に整理することにもつながる。世界的な競争の中で、日本の生保が国際競争力を身につける絶好のチャンスだ」

新資本規制が社会との摩擦を招く?

私が気になったのは河合さんの書いた文章ではなく、これを受けた「編集者から」のコメントです。
この匿名の編集者は、日本で新資本規制を導入した場合、新しい規制に乗り遅れた劣後する生命保険会社が「禁断の領域(=ランオフの実施)」に入るか注目しているそうです。保険契約を一方的に第三者に譲渡することに日本の顧客は抵抗が強く、「新規制は生保が国際競争力を高める好機となる一方で、社会との摩擦が起きそうな予感がする」とのこと。

確かに、現行よりも経営実態を示すであろう新規制のもとでは、早期に退出する会社が出てくるかもしれません。
でも、これは「意図せざる影響」というよりは、むしろ意図どおりの影響です。過去の生保破綻では、健全性に問題があったにもかかわらず、規制をクリアしていたため、結果的に対応が遅れたというケースが多く見られました。日本のソルベンシー規制の見直しはこうした過去の反省に立って行われています。
規制の目的は国際競争力を高めるためではなく、河合さんもそうは書いていません。

ランオフが禁断の領域というのもどうかと思います。
例えば、リーマンショックの後、銀行向け貯蓄性商品を提供していたハートフォード生命や東京海上日動フィナンシャル生命などが新契約の募集を停止し、既契約の維持管理会社となったという事例があります。
その後両社はそれぞれオリックス生命、東京海上日動あんしん生命に吸収されました。顧客の心理的な抵抗はあったかもしれませんが、破綻したわけではなく、もちろん契約条件は元のままです。経営が破綻し、将来受け取れるはずだった保険金額がカットされるような話とはまるで違います。

「資金繰りに窮したり、新規事業へ資源を集中したりする際、国際資本規制下では経済合理的な判断として、事業の選別を強化する方向に傾くとみている」というのも考えてみればおかしな話です。
こうした経営判断は規制の有無にかかわらず行われるものですし、事業の選別はむしろ低金利や高齢化といった外部環境の変化を踏まえ、経営としてどこでリスクをとっていくかという意思(リスクアペタイト)によるところが大きいのではないでしょうか。

そもそも検討されている規制は事業の制約を設けるものではなく、見えにくかったものを見えやすくする規制なので、新たな規制の下でできない事業があるとすると、今でも本当はできないはずなのに、無理をしているということになりますね。

河合さんの文章の後にこうした「解説」を載せるのは、何かの意図があるのでしょうか?

※写真は仙台です。

 

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ムーディーズのレポート

25日の保険毎日新聞で「ムーディーズ 強固な基礎利益と資本基盤で『安定的』」という見出しをみて、ため息をついてしまいました。

この記事はムーディーズが12月5日に公表したレポートを紹介したもので、確かにムーディーズのサイトにも、「日本の生命保険会社は低金利にもかかわらず、強固な基礎利益と資本を維持し、2020年の見通しは安定的」とありました。

記事によると、超低金利にもかかわらず、強固な基礎利益を維持しているのは、保険関係利益(危険差益、費差益)が基礎利益の約80%を占めているからで、「利差益が占める割合は約20%にすぎないため、基礎利益は金利変動の影響を受けにくい」とのことです。
しかし、基礎利益が金利変動の影響を受けにくいのは利差益の占める割合が小さいからではなく、基礎利益の運用収益である利息配当金等収入が金利変動の影響をほとんど受けないためです。金利水準が下がっても、過去に購入した公社債の利息には影響しませんよね
(同様に生命表改定の影響も、団体保険を除けば徐々にしか出てきません)。

資本基盤についても、金利低下による負債価値の増大を見ていないようです。ソルベンシーマージン総額の増加トレンドをもって「資本は継続的に増加」というのは誤解と言わざるを得ません。
ムーディーズが日本の生命保険市場にどの程度の影響力があるのかはわかりませんが、本当にこのような理解で保険会社の信用力を評価しているのでしょうか。保険会社の経営者が、「だから基礎利益が重要なんだ」などと考えていないことを祈ります。

たまたま手元に格付投資情報センター(R&I)の肝付アナリストが寄稿した7月の週刊金融財政事情があったので、こちらも確認してみました。

「(基礎利益など)会計上の利益は増加も、ボラティリティが上昇」「経済価値ベースの健全性は再び悪化」「(ハイブリッド証券の発行などにより)ESRは上昇するものの、資産運用リスクが温存されたままでは、市場ストレスに対する脆弱性の大幅な改善にはつながらない」といった、やや厳しめの評価となっているようです。

格付会社によって見解が異なるのは健全な姿ですし、R&Iの評価が正しいとも限りません。
でも、生保経営に対する理解度がこれほど違うというのは、困ったことだと思います。

※なぜか再び東京ドームでした!

 

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業界専門紙の役割とは

インシュアランス生保版(2019年7月号第1集)にコラムを執筆しました。
改めて石井さんのご冥福をお祈りいたします。

<以下、掲載されたコラムです>
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4月末に急逝した保険ジャーナリスト石井秀樹さんのお別れの会に参加した。石井さんのご冥福をお祈りするとともに、氏が長く保険毎日新聞の記者を務め、独立後もインスウォッチをはじめ、保険業界人が目にする媒体で健筆をふるっていたことから、業界専門紙誌や業界専門ジャーナリストの役割について改めて思いを馳せてみた。

業界専門紙の存在意義は何か

保険業界には本紙「インシュアランス(週刊)」のほか、「保険毎日新聞(日刊)」「新日本保険新聞(週刊)」「保険情報(週刊)」「インスウォッチ(週刊)」といった数々の業界専門紙がある。かつてに比べれば少なくなったとはいえ、1つの産業に複数の業界紙が存在するのは、それだけ保険業界の関係者が多く、かつ、業界に関する情報が必要とされてきたことの表れであろう。

業界専門紙を文字通り「業界人のための専門情報を提供する新聞」と定義すると、業界紙の役割は、一般の新聞や経済誌には載らないような詳細で正確な業界情報を提供したり、同じ情報でも一般紙誌とは違い、業界関係者向けの目線で伝えたりすることである。業界関係者を主な読者層としているのだから、一般紙と同じ目線でニュースを伝えていたのでは存在意義は乏しい。

ネット時代が到来する前は、保険会社のニュースリリースや監督官庁の公表する資料をそのまま掲載するだけでも価値があっただろう。だが、環境は劇的に変わっている。各社の発表をそのまま記事にしたようなものに大きな紙面を割く意義を見出すのは難しい。
亡くなった石井さんは、例えば保険ショップの全体像を取材の積み重ねにより報じていたが、業界紙にはこうした付加価値のある情報提供がますます求められている。

ファクトに基づく継続的な発信を

特に求められるのは、ファクトに基づいた継続的な情報発信であろう。
以前、保険毎日新聞が会社別の変額個人年金保険の販売状況を一覧表にして、それを定期的に掲載していた時期があった。各社の公表資料には保有契約と資産残高くらいしか情報がないなかで、銀行窓販の現状を知る貴重な情報だった。

こうしたニーズは今でもある。例えば各社が公表する「契約高・件数」「年換算保険料」などを見ても、業績動向をつかむのは難しい。年換算保険料が増えていても、貯蓄性の強い外貨建て保険の販売が前年度よりも多かっただけかもしれない。ブームとなっていた経営者向け保険が各社の業績にどの程度反映されているのかも全くわからない。
保険業界の健全な発展のためには米国AMベスト社のような存在が日本にも必要ではないだろうか。

さらに言えば、業界専門紙に期待される役割は関係者向けの情報提供にとどまらない。
サポーターと言うとやや誤解を招きそうだが、業界べったりの代弁者ではなく、業界の内外をつなぐ存在であったり、辛口のご意見番だったりと、関係者に対して「ムラの外ではこう見ている」という、いわば風を吹き込むような役割もあると思う。
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※写真(上)は昨年3月末の椿山荘、
 下はお別れの会のスナップです。

 

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週刊ダイヤモンドの保険特集

ランキング以外も充実

今年の保険特集は例年よりもやや遅いタイミングでの刊行でしたが、例年にも増して力作だったという印象です。
プロローグの節税保険では、短期払いスキームというタイムリーな話題のほか、過去の経緯も紹介しています。外貨建て保険の記事にも「保険会社シェア」「銀行が受け取る商品カテゴリー別手数料額」があり、代理店の記事には損保代理店の図解や新手数料体系の分析があるといった、ファクトに基づいた情報を提供しようという姿勢に好感を持ちました
(もちろんデータが正しいという前提で)。

それにしても、これだけの特集なのにスタッフの名前がわずか2人しか出ていないというのも驚きでした。怪奇現象が起きるのもわかります(編集後記を参照)。

緩和型コラムも健在

実のところ個人的に保険特集で最も楽しみにしている記事は、「掲載基準緩和型コラム」という小ネタだったりします
(すみません、本文も読んでいますよ^^)。

今回は畑中元金融庁長官の話とか、地面師グループに元セールスレディ、ADIとトヨタの関係といった、「だからどうなの」という話ではあるのですが、楽しく拝読しました。おそらく骨太の本文があるからこそ、こうした小ネタが生きるのでしょう。
拡大版のコラム「代理店周辺のうわさ話」も関係者にはウケたのではないでしょうか。こうしたメーカー(保険会社)と乗合代理店の関係は将来的にどうなっていくのでしょうね。

見かけと実態のギャップ

自分の原稿についても多少触れておきましょう。
「最高益は見せ掛けにすぎない 生保経営の真実に迫る」というもので、以前のブログでご紹介したように、決算発表報道で示される「保険料等収入」と「基礎利益」では、マイナス金利政策の副作用に苦悩する生保経営の本当の姿は見えてこないという内容です。

少しだけ裏話をしますと、元の原稿のタイトル案は「最高益は見かけにすぎない」だったものが、編集の過程で「最高益は見せ掛けにすぎない」となっていたのに、ボーっとしていてそのまま返してしまい、今になって多少反省しています。「見かけ」と「見せ掛け」ではニュアンスが違いますよね。
本文を読めばわかりますが、保険会社が決算をお化粧しているという趣旨ではありません。

経営者は表面的な会計数値を重視するのでしょうか。
例えば、5月24日に開かれたMS&ADのIR説明会の質疑応答要旨に次のコメントが出ています。

「株主の皆さまへの還元の原資がグループ修正利益であり、基本的に重視する指標は、グループ修正利益です。一方で、マスメディアでの報道等でとりあげられるのは財務会計利益であることもあり、また、財務会計上の利益を重視する投資家もおられることから、マネジメントとしては財務会計利益も重視しています」

異常危険準備金の取り崩しによって高水準となった会計利益が経営実態の手掛かりになるとは考えにくいのですが、「マスメディアに取り上げられるから」という(おそらく)経営トップのコメントをどう受け止めたらいいのでしょうか。
これはメディアに変わってもらうしかないのかもしれません。

※2月の金沢駅の写真もアップ。

 

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責任準備金組入率とは?

毎日新聞の投書欄に「保険批判への反論も載せて」という保険関係者による投書がありました(11日)。
ビジネス誌による生命保険特集に掲載されている保険コンサルタントや評論家による商品評価の内容が、独自の視点による一刀両断といった内容ばかりで、しかも、的外れの内容があまりに多いので、せめて保険会社の言い分も載せるべきという内容でした。
保険数理のプロに「読む度にため息が出る」と言わせてしまうような記事が例えばどのような内容なのか、興味がありますね。心当たりが全くないわけではありませんが…

やや話がずれてしまいますが、私もこの週末に日吉駅の書店(ローカルですみません)で思わずため息が出てしまいました。
保険関係のコーナーにはなぜか三田村さん(大手生保の出身だそうです)というかたの書籍ばかりが並んでいて、いずれも保険会社を見極める指標として「責任準備金組入率(積立率)」を薦めていました
(個社ごとに指標の推移が載っていました)。

ここで言う「責任準備金組入率(積立率)」とは、損益計算書の保険料等収入に対し、経常費用の1項目である「責任準備金等繰入額」の占める割合です。
この数字が概ね40%あれば健全な財務力がある会社と考えられ、数字が低い会社は積み立てるべき責任準備金を積めていないとのこと。
思わずのけぞってしまった読者も多いかもしれませんが、このかたは少なくとも10年以上前から同じ主張を続けています。

当期の保険料等収入と責任準備金等繰入額を比べて何がわかるのでしょうか。
シンプルに説明すれば、保険会社は当期の保険料等収入のうち将来支払う見込みの部分を責任準備金として繰り入れる一方、責任準備金を取り崩す(戻入する)ことで、当期の保険金や給付金の支払いに充てています。ただ、繰入額と戻入額はネット表示なので、満期や解約などが多ければ責任準備金等繰入額が小さくなったり、収益として責任準備金戻入額が計上されたりします。さらに言えば、保険料等収入も、貯蓄性商品の販売により大きく変動します。

ですから、組入率(積立率)が小さいのは、単にその期の保険金等支払金が相対的に大きかったというだけであり、積み立てるべき責任準備金を積めていないわけでは決してありません。
2000年前後に破綻した会社の数字がいずれも小さかったので、この数字を重視しているのかもしれませんが、当時は生保への信用不安が解約の増加につながり、責任準備金の戻入が大きくなったという話です。高水準の解約が続いているので指標が低水準で推移しているというのであればまだしも、単にこの数字の大小をもって生保の健全性を見極めるというのは、どう考えても無理があります。

ということで、今回は「ため息が出る」話でした。

※ビュースポットに立つと富士山が見えました

 

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医療保険の値下げ

16日の日経「医療保険 シェア競争(有料会員限定)」について。

4月の標準生命表改定で平均余命が全般的に伸び、入院や手術の可能性が高まることから、第三分野商品の値上げが必要と言われていたにもかかわらず、実際には保険料を据え置いたり、一部の商品では値下げになったりしているという記事でした。

値上げが難しい競合環境

記事では値上げとならなかった背景として、「医療保険を巡る競争が激しくなっている」「高齢化や医療費の高騰が進むなか、医療保険へのニーズは高まっている」などとありましたが、ニーズが高まっているのであれば、値下げまでしてシェアの確保に走る必要はなさそうです。
医療保険は成長分野と言われつつも、競争が激しく、なかなか値上げができない環境にあるということなのだと思います。特に代理店チャネルでは単品で販売されることが多く、どうしても他社の商品と直接競合する場面が多いのでしょう。

物価上昇率2%を目指した日銀による大規模な金融緩和にもかかわらず、世の中の値上げに対する抵抗が非常に強いということの表れなのかもしれません。

死亡率は一要素にすぎない

では、保険会社はどうして保険料を下げることが可能なのか、保険会社が身を削っているのか、という点も気になりますよね。

保険会社が身を削っているかどうかは正直、手掛かりが少なすぎてわかりません。ただ、医療保険では、死亡率は医療保険の保険料を決める一要素にすぎず、入院や手術の発生率など、他の要素も大きいことは挙げられます。
例えば、入院給付金が日額5000円、手術給付金は20倍(入院の場合)という典型的な医療保険の場合、「平均在院日数は20日程度?(再入院を踏まえれば、もう少し長い?)」「手術を伴う入院は全体の1/3程度?」なんて考えていくと、医療保険といいつつ、入院給付を中心とした保険であると推測されます。入院に関しては、平均在院日数がどんどん短くなっているので、保険会社はこの点では助かっている(=値下げの余地がある)はずです。

医療保険の比較は難しい

保険料の払込方法も関係がありそうです。
例えば同じ終身医療保険でも、60歳まで保険料を払う商品と終身払いの商品を比べると、平均余命が伸びる影響を大きく受けるのは、前者の60歳までしか保険料が保険会社に入ってこない商品のほうです。後者も平均余命が伸びて給付の可能性は高まりますが、保険会社が受け取る保険料も増えると見込まれます。

それにしても、ひと口に終身医療保険といっても、会社ごと、商品ごとにスペックが微妙に違いますね。本当の意味での価格競争にはなっていないような気もします。

※熊本に行ってきました。2年前の地震で傾いた城内の建物がこの6月の大雨で倒壊したとか。

 

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企業の情報開示

企業情報の開示や提供のあり方について検討してきた金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書が公表されました。

政策保有株式の追加開示に注目

コーポレートガバナンス・コードとは違い、こちらは規制そのものに直結する話です。
例えば役員報酬については、経営陣の報酬内容・体系と中長期的な企業価値向上が結びついているかどうかという観点から開示の見直しが進められそうですし、政策保有株式に関しては、開示対象の拡大や買い増し理由の記載、純投資と政策投資の違いの説明などが求められるようになりそうです。

他方で、経営戦略・ビジネスモデル、MD&A、リスク情報などの開示に関しては、昨年12月の事務局説明資料で示された「日本の現状」に対し、WGの回答は「開示内容について具体的に定めるルールを整備するとともに、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促すため、開示内容や開示への取組み方についての実務上のベストプラクティス等から導き出される望ましい開示の考え方・内容・取り組み方をまとめたプリンシプルベースのガイダンスを策定すべきである」といった指摘にとどまりました。
何かに的を絞った議論でないと、こうしたWGでは話が先に進まないのかもしれません。

「超同質集団」

ところで、最近話題になった日経記事「変わる経団連、変われぬ経団連」「経団連、この恐るべき同質集団(有料会員向け)」も、企業のディスクロージャーを活用したものですね。
正副会長19人が全員男性・日本人で転職経験がなく、1人を除き首都圏の大学出身で、最も若い人で62歳という超同質集団が、雇用制度改革や人事制度改革などに本気で取り組めるのかといった内容で、書いたご本人も年齢以外はこの集団と同質だったというオチもありました。

経済メディアには、日本経済が衰退すると新聞等が売れなくなり、広告も得にくくなるということで、もしかしたら広い意味で日本企業の中長期的な価値拡大を促す動機があるのかもしれません。また、ディスクロージャーが進むなかで、経済メディアがうまく活用してくれると、資本市場にとってもプラスの効果が期待できるでしょう。
話題の記事も、多様性を説く経団連のトップの実情を示すいい記事だったと思います。

経済メディアのあり方は

ただし、明日発表される予定の決算数値を今朝の新聞に載せることは、かつての価値観では特ダネとして称賛されたのかもしれませんが、考えてみれば、1日早く決算データの一部を世の中に示すことにどのような価値があるのでしょうか。
多くの人にとって迷惑なだけだと思いますし、仮に株価が動いたとして、喜ぶのは短期的スタンスの投資家であって、中長期的な投資家には余計な仕事が増える(かもしれない)だけです。ここを改めないと、経済メディアが政府から規制される日も近いかもしれません。

※先週の写真ですが、乗り物(?)2題。

 

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