07. 規制・会計基準

火災保険のモニタリング高度化

12月24日に金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」報告書が公表されました。
すでに12月10日のブログ「損保WG報告書案が判明」で触れているので、それとは別の観点から2つコメントします。

1つは保険業法だけではなく、「改正金サ法」(2023年に改正された「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」)や「顧客本位の業務運営に関する原則」に関する記述が盛り込まれていることです。
金融審の市場WGでは主に家計における資産形成を念頭に議論が進められ、実際、WGのオブザーバーに損害保険関係の業界団体は入っていませんでした。しかし、今回の報告書を読むと、「保険募集人全般においてもその(=顧客本位の業務運営の)定着が望まれるところであるが(後略)」「改正金サ法により、保険募集人を含む全ての金融サービス提供事業者に対し、顧客等の最善の利益を勘案して誠実かつ公正に業務を遂行する義務が明記されたことも踏まえ(後略)」と、損害保険代理店でも顧客本位原則の採択が当然視されています。

もう1つは、火災保険の赤字構造の改善等のところで、リスクに応じた適切な保険料の設定等が確保されるための態勢をモニタリングしていくとあるのですが、報告書ではそもそも「あるべき姿」としてどのような態勢を念頭に置いているのか気になりました。
21ページの注記には、モニタリング高度化の具体例としていくつか書いてありますが、かなり漠然とした内容です。第1線の営業部門・業務部門による引受規律を期待しているのか、あるいは第2線のリスク管理部門の機能に期待しているのかなども気になりますし、リスクベース・プライシングなのに「資本コスト」「再保険」といった記述が出てこないのも不思議です。
さらに言えば、仮に態勢ができていたとしても、実行されているかどうかを外部からモニタリングするには、かなりの専門性が必要となるように思います。

※今年は飛行機によく乗りました。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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関東部会で報告しました

13日(金)に開催された日本保険学会・関東部会で「ソルベンシー規制『第2の柱』の実効性に関する考察」を報告しました。
当面の間、学会サイトで報告レジュメをご覧いただけます。

今回の報告は、IMFが概ね5年に1回行っている金融セクター評価プログラム(FSAP)の保険行政に関する報告書から、日本の保険行政(特に健全性政策)の現状をつかもうというものです。
2024年のFSAP報告書は日本の保険行政についてかなり辛口な評価となっているのですが、報告書の記載をそのまま鵜吞みにするのではなく、すでに2011年に経済価値ベースのソルベンシー規制を採用し、進んだ保険行政とされるスイスと、日本のように長期固定利率商品が多いドイツのFSAP報告書と比べたり、日本の保険会社(大手・中堅7社)へのヒアリングを実施し、FSAP報告書の記載を確認したりしました。
ただし、報告まで時間がなかったため恥ずかしながら未完成のところもあり、論文として出すまでには完成度を高めるつもりです。

金融庁の保険行政を批判するのが本研究の目的ではなく(現場の皆さんは多くの制約のなかで職務に尽力されています)、新たな健全性規制の導入を契機として、少しでも「あるべき方向」に向かうにはどうしたらいいかを考える材料を提供できればと考えています。

※今年の秋は短かったですね。

 

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損保WG報告書案が判明

少し遅くなりましたが、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1260(2024.12.09)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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日経新聞にコメント掲載

報告書案の概要は金融庁のサイト、あるいは本誌をはじめ報道等でご覧いただくとして、ここでは6日付の日本経済新聞に載った自分のコメントについて解説したいと思います。
紙の新聞に載ったコメントは次のとおりです。

(企業向け保険の問題について)福岡大学の植村信保教授は「企業の意識が変わらなければ取引慣行も変わらない」と指摘する。

電子版のほう(会員限定)にはもう1つコメントが載っています。

(損保会社に加え、大規模代理店への監督を強める方針について)植村氏は「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」と話す。

取引慣行を変えるチャンス

ご想像のとおり、取材の際にこの2つしか話さなかったということではありません。紙面の制約もありますし、むしろボツにならなくてよかったと前向きにとらえています。大学の宣伝になるかもしれませんので(笑)
そのうえで、記者さんにお伝えした内容を簡単にご紹介します。

そもそものご質問は、当然ながら「今回の制度改革が損害保険市場や業界を変えることにつながるか」でした。そこで、全体としては前向きにとらえていることを伝えました。保険金不正請求事案にしても保険料調整行為事案にしても、もちろん起きてはならないことです。ただ、両事案が明らかになったことで、かつての規制時代に形成され、その後も温存してきてしまった「いびつな取引慣行」から損保業界が脱却する絶好のチャンスとなっていることは間違いありません。
それぞれの施策がどの程度の実効性を持つかどうかは今後の制度設計によるところが大きいので、あまりコメントしませんでしたが、大規模乗合代理店への規制・監督の強化や保険契約者等への過度な便宜供与の禁止など、改革の方向性は理解できるところです。

改革案に盛り込まれていないこと

そのうえで、今回の制度改革案には必ずしも盛り込まれていないように見える3つの点をお話ししました。
1つめは、企業のリスクマネジメント意識を変えることにつながるような対策がほしいという点です。リスクマネジメントの一環として保険購入があるという当たり前のことを企業経営に理解してもらうには、どうしたらいいのでしょうか。
2つめは、「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」というコメントのとおりです。
3つめは、火災保険の赤字構造の改善について、もう少し踏み込んだ議論をしてほしかったという点です。グループとして、リスク管理の進化形と言われるERM経営を標榜していた損保会社が、現実にはリスクに応じた適切な保険料を顧客に提示できなかったのはどうしてなのでしょうか。これに対し、金融庁による「態勢整備状況のモニタリングを高度化していく必要がある」とありますが、これまでのモニタリングをどう変えていくのか、外部からは全くわかりません。
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※今年のRIS2024も大盛況でした。

 

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金融庁が新たな健全性規制の法令案を公表

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1256(2024.11.11)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。主に保険流通に関わる皆さんにも知っていただきたい内容です。
アクチュアリー会の年次大会(2日目)は対面・オンラインのハイブリッド開催でしたが、予想以上に対面参加のかたが多く、パネルディスカッションが盛り上がってよかったです。
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新規制の導入が秒読み段階に

金融庁の動向と言えば、保険流通に関わる皆さんには、金融審議会の作業部会で議論が進む制度改革の行方が気になるところだと思います。
他方で金融庁はこの10月末に、「経済価値ベースのソルベンシー規制」と呼ばれることの多い新たな健全性規制の導入に向けて主な法令等の改正案を公表し、意見募集を開始しました。
今回の改正は、現行のソルベンシーマージン比率を中心とした健全性規制を30年ぶりに大きく見直すというもので、規制が求める支払余力の厳格化や、経済価値ベースの考え方の採用など、現行規制の弱点を克服する内容となっています。2025年度決算から新規制に基づく報告が始まる予定なので、保険会社にとって残された時間はそれほど多くありません。
先週都内で開催された日本アクチュアリー会(ア会)の年次大会では、新規制に関連したセッションがいくつもあり、私もその1つ(パネルディスカッション:経済価値ベースのソルベンシー規制の原点に立ち返る-新規制を有意義なものにするために-)で進行役を務めました。

保険数理の専門家・アクチュアリー

アクチュアリーとは、確率や統計などの手法を用いて、将来の不確実な事象の評価を行い、保険や年金、企業のリスクマネジメントなどの多彩なフィールドで活躍する数理業務のプロフェッショナルです(ア会のサイトより引用)。超長期の保障を提供する生命保険や、多様で複雑なリスクに備える損害保険が成り立つには、アクチュアリーによるリスク分析が欠かせません。
24年3月末現在、ア会の会員数は5601人で、このうち2273人が生命保険会社に、863人が損害保険会社に所属しています。一般に「アクチュアリー」とは正会員のことを指し、難関とされるア会の資格試験に合格し、正会員として認定されているのは2121人だけです。
ちなみに私自身はアクチュアリーではなく、主にア会の専門委員会(ERM委員会)のアドバイザーとして関わっています。

保険会社のリスク管理高度化を目指して

話を新規制に戻しましょう。会員向けの年次大会の内容について多くを語ることはできないのですが、私たちのパネルディスカッションでは、「規制が求める新たなソルベンシー比率(ESR)を守りさえすればいいという話ではない」「経済価値ベースの考え方をいかに社内や社外(メディアなど)に浸透させるか」「保険会社のアクチュアリーは何をすべきか」といった議論を行いました。
健全性規制の主な目的は、保険会社の経営が悪化し、契約者が不利益を被るのを避けることです。それには単に規制を厳しくするというのではなく、保険会社自身のリスク管理の高度化を促すべき、というのが近年の健全性規制の考え方となっています。しかし、規制当局が本当に保険会社の経営行動を変えることができるのかという「そもそも論」もあって、今回の新規制にしても、保険会社が「規制が求めるESRを守りさえすればOK」と考えてしまうと、リスク管理の高度化にはつながりません。どのようなことでも、他者に何かを促すというのはそう簡単ではありませんよね。

なお、新規制導入の経緯や規制の本質などに関心のあるかたは、10月末に発売した拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』(日本経済新聞出版)をご覧ください。2008年に出版した『経営なき破綻』の続編という位置づけで、副題に「生保経営大転換を読む」とありますが、新規制のもとでの損保を含めた保険会社経営のあり方について述べています。難しい数式などは一切使っていませんので、ご安心下さい(笑)。
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※実家でタコパ!久しぶりに3兄弟が集まりました。

 

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保険行政の動向

先週27日(金)に金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」での議論が始まりました。事務局説明資料「ご議論いただきたい事項」には、さらなる検討が必要と考えられる論点として以下の4つが挙がっています。

・大規模な保険代理店における募集品質の向上
・保険仲立人(ブローカー:筆者注)制度の活用促進
・企業向け火災保険の赤字継続
・損害保険会社による便宜供与や企業内代理店の目指すべき姿等。

企業向け火災保険の赤字について議論するのであれば、そもそも企業向け火災保険が赤字なのかどうか、情報開示から始めていただきたいです。この点について、メンバーの柳瀬先生が「家計・企業保険別の情報開示が必要」という意見を出していて、心強いかぎりです。

同じ日に金融庁は2024事務年度の金融行政方針(実績と作業計画)を公表しました。
損害保険市場の信頼回復と健全な発展に向けて金融審議会で議論する状況となっているにもかかわらず、例年どおりの「持続可能なビジネスモデル構築に向け、各社の内部管理態勢の高度化も含め、保険会社との対話を実施する」というのはやや違和感があるところですが、他方で保険会社のソルベンシー規制のところには、次の記載がありました。

・2024年秋頃を目途に法令等の改正案をパブリックコメントに付す予定であり、引き続き関係者との対話等を行いつつ、2025 年度の新規制の円滑な導入に向けた準備を進める。

・監督会計について、具体的な論点が明らかな課題について対応する。また、経済価値ベースのリスク管理との整合性や財務会計に関する見直しの動向等も踏まえつつ、そのあり方について検討を行う。

・保険会社から提出される各種データの見直しやリスクとソルベンシーの自己評価に関する報告書(ORSAレポート)の活用等を通じたモニタリングの高度化について、さらなる検討を進める。

1点めは、すでに5月29日公表の「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」で示していたとおりですが、2点めと3点めには注目です。
特に3点めは重要だと思います。新たな規制を導入するのが目的ではなく、規制導入はあくまでスタート地点に立ったということなので、これをどう使っていくかが当局には問われています。今回の作業計画を見て、そのような問題意識を金融庁が持っていることが示されているのではないかと(楽観的に)理解しました。

※写真は東京駅です。

 

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国内債の含み損

生命保険会社の2024年4-6月期決算では、長期金利の上昇によって保有する国内公社債の時価が下がり、各社の「含み損」が拡大。その点に着目した報道がいくつかありました。

生保の国内債含み損、08年以降で最大に(日経・有料記事)
大手生保4社、国内金利上昇で債券評価損が拡大(Bloomberg)

国内債の含み損拡大は、リスクをとった結果、期待に反して損失が発生した、つまり資産運用で失敗したというのではありません。会社全体としては金利リスクを小さくしているにもかかわらず、保険会社が資産サイドの時価情報しか公表していないため、あたかも損失が膨らんだかのように見えてしまうという話です。「満期保有目的の債券」や「責任準備金対応債券」だから時価評価しなくてすむ(したがってソルベンシーマージン比率はほとんど下がらないですよ、Bloombergさん)、というのは本質的な論点ではなく、経営状態を示すうえでの情報開示や説明が足りないということではないかと思います。経済価値ベースのバランスシートが公表されていれば、こうした誤解は起きにくいかもしれません。

とはいえ、現行の保険会計は経済価値ベースのソルベンシー規制導入後もそのままなので、さらに金利が上がり、国内債の含み損が拡大すると、監査人から減損処理を求められるのではないかという懸念はあります。時価下落の原因が信用リスクの増大ではなく、市場金利の上昇だけであれば、オーバーパーの債券でないかぎり「回復見込みがある」と言えそうなものです。どうなのでしょうか。
ただし、解約の可能性をどの程度考えておくべきかという難しい問題はあります。解約返戻金を支払うために、含み損を抱えた国内債の売却を迫られることになるかどうかです。このところ一部で注目されている「ESRの大量解約リスク問題」にも通じるところがあるのですが、経営不安に伴う解約増加の過去データはあっても、金利が上がるとどの程度解約が増えるかという日本の過去データは見当たりません。それに、銀行が預金代替として販売した一時払いの貯蓄性商品と、遺族保障ニーズに応じた平準払いの長期保障性商品では、金利感応度はかなり異なるでしょう。一律に線を引くというのは無理があるように思います。

いずれにしても、メディアの不勉強を責めるのは簡単ですが、金融市場や規制などの経営環境が変わる場面では、とりわけ丁寧な情報開示が必要ではないでしょうか。

※訳あって広島に来ています。

 

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金融庁のリソース拡充を

猛暑が続くなか、ようやく季節行事(定期試験&採点やオープンキャンパス)が終わり、キャンパスが静かになりました。
さて、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1244(2024.8.5)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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有識者会議の指摘

金融庁が6月に公表した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書は、いわゆる「損保問題」を受けた今後の保険業界の動向を知るうえで重要な手掛かりです。
ところで、この報告書の6ページに、次の2つの注記が付いているのをご存じでしょうか。「(大規模代理店に対して)金融庁及び財務局によるモニタリングを強化すべきである」のところです。

「IMFによる日本に対する金融セクター評価プログラムにおいては、金融庁に対し、保険監督に適切な人的リソースを配置し、立入検査を通常の監督プロセスの一部として実施すべきであること、及び大規模代理店等に対しては直接的な監督を行うなど、保険代理店等に対するリスクベースの監督業務のプロセスを開発すべきであること、との指摘もある」

「金融庁及び財務局において、保険会社及び代理店へのモニタリング強化のために必要な人員増強を行うべきである、との指摘もある」

2つめのほうは、会議のなかで(特に第4回)、金融庁の人員強化を図るべきだという意見が複数のメンバーから出たためだと思いますが、1つめのほうは多少解説が必要かもしれません。

IMFの指摘とは

IMF(国際通貨基金)の金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、IMFが加盟国の金融部門の安定性を評価するプログラムで、日本を含む主要国は5年に一度審査を受けています。いわば金融庁が外部から検査を受けるという枠組みです。FSAPの指摘を金融庁は重く受け止めます。
2023年から24年にかけてのFSAPでは、IMFは日本の保険監督について、全体的には良好な水準としたうえで、かなり本質的な指摘をしています。例えば次のような指摘です。

・金融庁の保険監督アプローチはリソースの制約のため事後対応となっていることが多い。

・監督のほとんどは業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個々の保険会社の定期的な監督サイクルの一環として行われていない。

・集中的な監督は主に問題が特定されてから開始され、多くはリスクが顕在化してから行われる。

「リスクの芽を摘むこと」ができるのか

筆者が任期付職員として保険行政に携わっていた約10年前の金融庁では、通常のモニタリングのほか、主要会社には概ね一定の周期ごとに立ち入り検査を行っていました。問題がある会社だから立ち入り検査を行うというのではなく、検査対象の保険会社の事業特性やリスク特性に基づき、当時の保険検査マニュアルから数項目を対象にして検査を実施していました。そして、当時もリソース不足は深刻でした。
その後金融庁の検査・監督方針が変わり、「従来の検査・監督のやり方のままでは、重箱の隅をつつきがちで、重点課題に注力できないのではないか」「バブルの後始末はできたが、新しい課題に予め対処できないのではないか」「金融機関による多様で主体的な創意工夫を妨げてきたのではないか」といった、主に銀行検査に関する問題意識のもとで、検査・監督一体の継続的なモニタリングへ移行し、2018年には検査局が廃止されました。

保険分野は大きな販売部隊(代理店を含む)を抱えているうえ、銀行に比べると、保険会社の経営内容は総じてわかりにくいとされているにもかかわらず、周期的な立ち入り検査をなくしてしまったことで、問題の早期把握が難しくなった点は否めません。
かつての検査が「重箱の隅をつつきがち」だった面はあるにせよ、頻繁な異動等により保険分野の知識が必ずしも十分ではない検査官でも、保険分野に明るいベテラン職員の支援を受けながら、ある程度時間をかければ問題を発見することができました。ところが、現在の「継続的なモニタリング」では、保険分野の知識がないと、表面的になぞっただけで終わってしまいます(保険会社は自らに都合の悪いことを当局に進んで示すでしょうか?)。結果として、近年は問題が発覚してから立ち入り検査を行うというスタイルになってしまったようです。
朝日新聞の柴田秀並記者は近著『損保の闇 生保の裏』のなかで、「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」と述べていますが、まさに同感です。

有識者会議メンバーやIMFが指摘するように、金融庁は保険監督に適切な人的リソースを配置して、保険分野の抱えているリスクや顕在化した問題に対処する必要があるでしょう。少なくとも、たまたま現場に配属された担当者の頑張りだけでは無理があると思います。
あるいはIMFが以前から提案するように、健全な保険市場を育てるためには、政府予算の制約を受けにくい「保険サービス監督機構」のような組織の実現を目指すべきなのかもしれません。
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※週末はオープンキャンパスでした。

 

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新ソルベンシー規制の「残論点の方向性」

金融庁が5月29日に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」を公表しました。あれ?「最終基準案」じゃないんだ?とは思いつつ、ようやくここまでたどり着いたということなのでしょう。お疲れさまでした。
ちなみに「概要」の最終ページ「新規制導入に向けたタイムライン案」には、赤字で「2024年5月 基準案公表」とありますが、この「基準案」とは今回公表した「残論点の方向性等について」を指すようです。

今回の「残論点の方向性等について」(つまり基準案)はこれまで挙がっていた論点に対する暫定案をまとめたもので、逆に言うと、論点として挙がっていなかったことについての記述はほとんどありません。ですので、例えば第1の柱の標準的手法について確認したければ、フィールドテストの仕様書など、他の資料にあたる必要があります。
2024年秋頃の「法令等パブコメ」までには最終基準案としてまとまった資料が出るのでしょうか?

金融庁は早期是正措置として、これまでのソルベンシーマージン比率(SMR)に代わり、ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)を発動基準として、その水準に応じて段階的に監督介入を行うことになります。例えばESRが100%を下回ったら介入を開始し、35%を下回ったら業務停止命令です。
MCR(最低資本要件)の水準を0%ではなく35%としたのは、早期是正措置は事業の継続を前提にした制度であり、MCRも破綻処理のトリガーではないので、「一般に債務不履行のおそれがあるとされるCCC格の一つ上のB格相当の格付における破産確率に概ね対応する水準と仮定した格付機関の公表データに基づく試算や、EUのソルベンシーⅡの事例も参考に」したとのこと。つまり、業務停止命令の発出イコール破綻と捉えるのは正しくないということですね(保険会社が法的破綻を申し出る重大な考慮要素ではあります)。このあたりはもう少し丁寧な説明が必要かもしれません。
なお、これまでSMRとともに早期是正措置の発動基準となっていた実質資産負債差額は、新たな枠組みでは外れることになりました。

注目している第3の柱では、法定開示項目として、これまで出ていた項目のほか、「有価証券に係る補足情報」「保険負債の商品別差異調整に係る情報」が加わりました。定性的な開示事項の「リスク管理情報」には、「ORSAの経営への活用を含む、ORSAに係る基本方針及び体制等」ともあります。
もっとも、具体的な開示内容がまだ私にはわからないので、どこまで有用性の高い情報が出てくるか、引き続き注目していきます。

参考までに、フィールドテスト(2023年)の結果概要では、ESRの感応度分析だけではなく分子、分母それぞれの感応度分析も出ていますし、「金利」ではなく「円金利」と「米ドル金利」の変動に対する感応度となっています(為替の感応度もあります)。

※写真は東京・銀座です。

 

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日本の保険行政

空港の売店で朝日新聞記者の柴田秀並さんの新著『損保の闇 生保の裏』を見つけました。
副題に「ドキュメント保険業界」とあり、ビッグモーター問題に多くの紙面が割かれていますが、目にとまったのが次の記述です。

「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」(110ページ)

「金融庁内での保険課の立ち位置は微妙だ。(中略)局長クラスで『銀行のことは詳しくないので』と言ったら金融庁幹部として失格だが、『保険は知らないので』とは言えてしまう風潮が漂う。筆者もかつて保険担当の審議官にこう言われ、面食らった記憶がある」(200-201ページ)

念のため申し添えておくと、私の取材コメントではありません(笑)。とはいえ、当局による保険会社および代理店への実効的な検査・監督を確保するには、今の体制では不十分ではないかと私も思います。

同じような問題意識をIMFも持っていることが示されています。5/14公表の「金融セクター評価プログラム(FSAP)最終報告書」の47ページには、日本の保険監督について、全体的に良好な水準としたうえで、次のような記述が見られます(植村意訳)。

「金融庁の保険監督アプローチは資源の制約のため事後対応となっていることが多い」
「ほとんどの監督は業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個社の定期的なリスクアセスメントがなされていない」
「集中的な監督は総じて問題が特定されていることについて、それも多くはリスクが顕在化してから行われる」

そういえば日本金融学会での長官講演(5/18、埼玉大学)でも「損保問題」はスルーされてしまい、がっかりしました。

※週末は東京でした。

 

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ESR規制と生保の資産運用

簡易保険加入者協会の委託研究として2022年度から関わってきた「ESR規制と生命保険会社の運用に関する研究会」の報告書が同協会サイトで公表されました。
この研究会は経済価値ベースのソルベンシー規制と生命保険会社の資産運用について、若手を含めた研究者で議論を行うというもので、私が座長を務めました。報告書は前半(第1部)が議論の主な内容、後半(第2部)は議論を踏まえた若手研究者の報告要旨となっています。

座長としてこだわったのは、規制以前の話として、そもそも生命保険会社は顧客に何を提供していて、それにはどのような資産運用が必要となるのかをメンバーで確認することでした。「そこから話をするのか!」と心配する向きもあったそうですが、実際の保険会社の姿を議論の出発点にしてしまうと、どうしてもバイアスがかかると考えたためです。

毎回メンバーどうしの議論が活発に行われ、議論の主な内容は「第6章:本研究会での主な議論・論点」としてまとめていますので、ご覧いただければと思います。
保険会計に関しては、もっと時間があれば「業績とは何か」「会計情報で誰が何を見たいのか」という議論をしたいところでしたが、時間切れで両論併記のようになっています。
他方でメンバーの意見が一致したのが、研究者から見ても「現状の情報開示は不十分」という話で、第5章の最後に以下のコメントを示しています。

・この研究会でわかったのは、データがあまりにも出てきていないということ。開示の底上げが必要で、特定の一部の会社のみが開示しているという状態では研究を進めようがない。

・新たな規制の第3の柱については外部関係者が声をあげないと、どうしても金融庁と業界の検討が中心になってしまい、業界からは積極的に開示したいという声は出にくいので、結果として妥協案的なものにまとまってしまう可能性がある。

・なぜ開示が重要かということを訴えていかなければならない(エージェンシー理論)。単に我々が知りたいというだけではなく、生命保険会社というインフラを機能させるためには開示がないといけない。

・「これだけリターンがありました、でも、これを作り出すためにこれだけのリスクがありました」というように、リスクとリターンを両方開示するといい。

・金融庁の報告書に掲載されている、「各リスクにおける更なる内訳の開示について、会社の戦略的ポジションが明らかとなる情報が含まれる場合、競争上の不都合が生じるおそれがある」という保険会社からの意見について、「競争上の不都合」とは何に対して言っているのか理解できない。

このような厳しい声が研究者からあがっていることを、生命保険業界や金融庁はわかってほしいです。

※キャンパスにいろいろなキッチンカーが出店しています。

 

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