07. 規制・会計基準

サムスン生命のIR資料より

先週訪問した韓国では、今年(2023年1月)から保険会社の会計基準とソルベンシー規制が変わりました。
ソルベンシー規制は、日本のソルベンシー・マージン比率のようなRBC規制から、経済価値ベースのK-ICS(キックスと呼ぶようです)に移行し、会計基準はIFRS4号から17号になりました(より正確にはIFRS9号と17号の組み合わせ)。
日本の経済価値ベースのソルベンシー規制導入は2025年ですし、会計基準は現行のままです。台湾でもIFRS17号と新たなソルベンシー規制を導入するのは2026年となっていますので、東アジアでは韓国が先行したことになります。
もっとも、K-ICSのほうは申請すれば最長10年の移行期間が認められるそうなので、業界全体としてどれだけの会社がIFRS17号とK-ICSの世界に移行したのかは未確認です。

最大手サムスン生命のIR資料を見ると、同社は移行期間を申請せず、会計基準はIFRS17号、ソルベンシー規制はK-ICSのもとで経営管理を行っていることがわかります。

決算結果の概要(Earnings Results)を見ると、2022年までの同社は新契約年換算保険料と純利益、保険引受利益、資産運用利回り(定義は未確認)、RBC比率などを主要指標として示していました。それが2023年上半期では、新契約のCSM(契約サービスマージン)をはじめCSMの動向、保険サービス利益の内訳、資産運用利益の内訳、K-ICS比率などと、主要な指標が大きく変わりました。
とりわけCSMを経営の重要指標としているところが目を引きます。アクサやアリアンツなど欧州大手保険グループの生保事業でも今年から同様の開示が見られるので、グローバル投資家にとっては格段に比較しやすくなったと思います。

こうなってくると、今後の日本勢の動きが気になりますね。

※写真は柳川ひまわり園です。

 

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金融庁の保険モニタリングレポート

こちらのブログに続き、今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1192(2023.7.10)でも「保険モニタリングレポート」を取り上げました(金融庁サイトへのリンクを加筆しました。以下、ご紹介いたします。
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金融庁は6月末に「2023年 保険モニタリングレポート」を公表しました。このレポートは2021年に取りまとめを開始し、今回が3年目となります。金融庁が保険業界をどのように見ていて、どのような保険行政に取り組んできたかを知るうえで貴重な情報となっています。

過去の長期契約が足かせに

損害保険会社との「ビジネスモデル対話( 10ページ~)」の主なテーマは「火災保険の収益改善等」「旅行保険特化の損害保険会社」「ペット保険特化の損害保険会社」「(昨事務年度のフォローアップとして)デジタル戦略・チャネル戦略」でした。このうち最もページ数を割いたのが、恒常的に損失が発生している火災保険の収益改善についてです。
まず、過去に契約した長期契約が構造的に赤字状態になっており、火災保険全体の収益引き下げ要因になっていることが示されています。当然ながら既契約には料率引き上げ効果が及びません。金融庁は今後の料率引き上げに関して、「例えば、新規契約に適正利益を超えた割高な保険料を適用することで、長期契約での赤字を穴埋めするなどといった、保険商品としての合理性・妥当性を欠くものとならないように留意する必要がある」と各社にクギを刺しています。

「2000年代に発生した保険金不払い問題の反省から、各損害保険会社においては、契約者・代理店にとっての分かりやすさの向上や従業員の事務ミス防止を目的に商品のオールリスク化、無免責化、実損てん補化を進めてきた。近年はこれらが保険料アップの一因にもなっており、免責金額の導入や高額化など、見直しの機運が見られる(後略)」というのも気になる記述です。料率引き上げの影響を少しでも緩和するため、揺り戻しが起きているというのですね。
なお、損害率を悪化させている「その他の要因」として、「特定修理業者による影響」「水漏れ損害の増加」「破汚損の増加」に加え、先日の決算発表・IR説明会で注目した「企業火災保険における大規模事故の増加」も挙げられていました。

代理店ヒアリングから引用

顧客本位の業務運営について(39ページ~)では、「営業職員管理態勢の高度化」「保険代理店管理態勢の高度化」「公的保険制度を踏まえた保険募集」「外貨建保険の募集管理等の高度化」などが挙がっていました。
このうち損害保険代理店に関しては、金融庁(財務局)が実施した代理店ヒアリングの結果の一部を示しています。当局は「(代理店手数料ポイントや代理店統廃合の推進に関する)こうした課題は、損害保険会社と保険代理店との民民間の委託契約に基づくものであり、その在り方については当事者間でよく話し合い解決すべき事項であるが」としつつも、「代理店手数料ポイント制度の設計・運用や代理店統廃合が一方的な対応とならないよう、保険代理店の意見をしっかり聴取する等、引き続き、丁寧な対応に努めるよう促した」と述べています。
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※写真は夜の大濠公園です。

 

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金融庁の保険関連レポート

6月30日は金融庁の事務年度末ということで、金融庁のサイトにはなんと30以上の新着情報が並びました。保険関連のレポートもいくつか公表されましたので、ごく簡単に紹介します。

新ソルベンシー規制の検討状況

経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する基準の最終化に向けた検討状況について

金融庁は新たなソルベンシー規制を2025年度に導入しようとしています。このレポートは基準の最終化に向けての論点およびその検討状況を示すものです。例えば、以下について暫定決定したとのことです。

・2026年3月期から新基準に基づくESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)の計算・報告を開始(年度末のほか、中間期末にもESRを報告)
・各社の「保険数理機能」が「保険負債の検証レポート」を年1回作成し、取締役会と当局に提出(保険数理機能の責任者は保険計理人でなくてもいい)
・各社の「ESR検証機能」が「ESR検証レポート」を年1回作成し、取締役会と当局に提出
・ESR=100%で監督介入を開始し、ESR>0%のどこかで最も強い監督を発動する方向
・実質資産負債差額の取り扱いを廃止する方向(会計上の債務超過リスクや流動性リスクは第2の柱で捕捉)
・法定開示はSMRと同じ年1回、年度末から4か月以内とする方向

なお、関連情報としてIAISが「規制資本としてのICSの最終化に向けた案」を公表したというアナウンスもありました。

保険モニタリングレポート

『2023年 保険モニタリングレポート』の公表について

金融庁による保険行政を総括したレポートで、金融庁は2021事務年度から公表しています。

個人的に興味深かったのは、11ページの図表「(参考2)家計火災保険の料率世代別の構成割合の推移」です。かつての個人向け火災保険は最長36年、あるいは2015年10月から2022年9月までは最長10年だったので、2025年になってもこれらが5割は残っているという試算結果が示されています。料率引き上げは既契約には適用されないので、なかなか厳しいですね。

新型コロナ関連の多額の給付金発生について何かコメントがあるかと探したところ、事実を示しているだけでした。2023年3月期には生命保険業界だけで約1兆円もの支払いが発生したのですから、本来はリスク管理上の何らかのコメントがあってしかるべき。あえて触れるのをやめたのでしょうか。
他方で28ページからは、金融庁が相互会社の契約者配当に関する情報提供のあり方やガバナンス向上について問題意識を持っていることが示されています。

営業職員チャネルや代理店チャネルに関する記述も多いので、業界関係者のかたは一読するのをお勧めします。

本質的な話ではないのですが、実はいきなり4ページめの図表「(参考)三利源及び逆ざやの推移」で引っかかってしまいました。「利差損益」と「逆ざや」は同じものだと思うのですが、上の図と下の図で金額が違うようです。何か理由があるのでしょうから、注記してほしいですね。

リスク性商品販売のモニタリング結果

リスク性金融商品の販売会社における顧客本位の業務運営のモニタリング結果

ここで言う「リスク性金融商品」とは投資信託、ファンドラップ、仕組債、そして外貨建て一時払い保険のことです。金融庁がモニタリングした金融機関は主要行等、地域銀行、証券会社等となります。

保険に関して言えば、注目は7ページの図表12~15です。主要行等も地域銀行も継続的に一時払い保険を販売してきたにもかかわらず、主要行等の一時払い保険の預かり資産残高はほぼ横ばい、地域銀行も微増です。資産形成機能があるとはいえ、販売会社は保険の魅力で提供しているのですよね。これって、かなりまずい状態ではないでしょうか。

※博多は夏祭りシーズンとなりました。

 

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FRBの「失敗」報告書

前回のゼミでは「失敗を生かす」というテーマで、まずはゼミ生に(他人に語れるような)失敗談を披露してもらいました。
入浴中にスマホを水没させてしまったとか、家のなかで骨折してしまったとか、肉じゃがを作ったつもりが煮詰めすぎて照り焼きになってしまったとか、皆さんいろいろな失敗をしているのですね。
私も「お湯張りをして風呂に入ろうとしたらお湯が入っていなかった(栓がずれていて、お湯がたまっていなかった)」という失敗談を披露しました(笑)

個人はともかく、組織において失敗は隠すべきものではなく、次に大きな失敗を起こさないための重要な手掛かりとなりうるものです。また、不幸にも大きな失敗をしてしまったときには、表面的な責任追及ではなく、真の原因にどこまで迫れるか、どうやって迫ればいいか。このような話をしてみました。

米FRBが、3月に破綻したシリコンバレー銀行(SVB)の検証結果を公表したというニュース(例えばこちら)を見ると、失敗してしまったのは問題だけど、それを生かそうという国としてのガバナンスはしっかりしていることがうかがえます。
もちろん大きな失敗をすると被害が大きくなるので、その前に対応すべきではありますが…

ちなみに原文はこちらです。ご関心のある方はぜひご覧ください。

※JR九州のクイーンビートル号です。

 

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業界団体との意見交換会

金融庁が2月に行った業界団体との意見交換会が公表されています。生命保険協会との「主な論点」は、営業職員の管理に関する記述や保険商品審査事例集の紹介(法人向け保険について)、代理店業務品質評価運営についてなど、全部で14ページもありました(日本損害保険協会は全11ページ)。
生損保共通で「IFRSの任意適用を前向きに検討いただくことを期待している」といった記述も見られます。

この意見交換会は業態別に金融機関の経営者と金融庁の幹部が集まるもので、金融庁の前身である金融監督庁の時代から行っています。2017年1月からは金融庁が提起した主な論点を公表するようになりました。

金融庁の1年」のバックナンバーをもとに業態ごとの開催回数を確認したところ、次のような傾向が見られました。

・主要行と地銀・第二地銀はほぼ毎月実施

・生損保も当初はほぼ毎月だったものが、2010年代に徐々に回数が減り、近年はそれぞれ年5回実施

・証券会社はしばらく年2、3回だったものが、2016事務年度以降は年7回実施

・当初は銀行(信金・信組を含む)、保険会社、証券会社が中心だったものが、近年は投資顧問会社や貸金業、暗号資産取引業など幅広い業態と実施

このところ年75回前後の意見交換会を行っているようなので、複数の幹部が出席していることを踏まえると、金融庁はかなりの労力をかけていることがうかがえます。もちろん、参加する金融機関のほうも、経営者の予定を確保する必要があるので大変です。
もっとも、2020年3月以降は「書面による伝達事項の通知やテレビ会議システムを用いた開催など」とのこと。今となっては対面よりも実施しやすい反面、雑談を含めたちょっとしたコミュニケーションなどは難しいでしょうから、どうしても一方通行の情報伝達になってしまうのではないでしょうか(小グループでの意見交換など、何か工夫をされているのかもしれませんが)。もし続けるのであれば、やはり対面開催が望ましいのでしょうね。

※本日(19日)は大学の卒業式でした。

 

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「実質純資産額」がさらに減少

生命保険会社の2022年4-12月期決算が大半の会社で公表されたので、実質純資産額(実質資産負債差額)がどうなったのか確認してみました。といっても、そもそも非公表の会社も多いので、公表されているソルベンシーマージン総額から推計するしかないのですが、昨年9月末よりもさらに減少した会社が多く、マイナスとなっている会社もいくつかあるようです
(TDF生命、あんしん生命、MSA生命はマイナスとなった数値を公表しています)。

昨年9月末と比べると、減少の要因は海外金利や為替ではなく、国内金利が上昇した影響が大きかったとみられます。とりわけ、株式や外国証券でリスクテイクをあまり行わず、保険負債の金利リスクヘッジのために多額の超長期国債を保有している会社で、実質純資産額(推計値を含む)が大きく減っています。

生保決算に関する日経報道でも、「純資産額、一時マイナスに(2月15日)」「生保10社、国内債含み損(2月16日)」と、国内金利の上昇による影響に注目しています。
ただし説明として、

「生命保険会社は満期まで債券を持ちきることが多く含み損を抱えても実際の損失として表面化する事態は限られる。『責任準備金対応債券』と呼ばれる会計上のしくみを使えば、保有する債券を時価評価しなくても済む」

「金融庁は一般論としたうえで『実質純資産額がマイナスでも健全性が確保されていれば問題はない』としている」

としか書いていないので、記者さんにはそのような意図がないとしても、含み損を抱えたままなのは不健全だとか、かつての生保危機時に大蔵省が「問題はない」と言っていたけど大本営発表だった、なんてことを読者が思ってしまうのではないかと心配になります
(SNSでそのようなコメントをいくつか目にしています)。

こうした「偽りの経営不安説」がくすぶってしまうのは、つまるところ資産サイドだけを時価評価して、固定金利を保証している保険負債を概ね取得原価で評価しているためです。本当は国内金利の上昇で資産価値が減った以上に負債が小さくなっているので、実質的には純資産は増加しています。
例えば、第一生命グループのEVは海外金利の上昇というマイナス要因があったものの、昨年3月末とほぼ同じ水準ですし、T&DグループのEVは米国再保険事業の評価性損益を除けば、3月末を上回っています。
(EVは生保の企業価値を示す指標とされています)

実質的には純資産が増えたにもかかわらず、会計や規制が保険負債の時価変動を反映しないので、規制上の「実質純資産額」が減少し、資産価格の低下だけに注目が集まる結果となり、生保の経営者が余計な風評にさらされかねないという状況にあります。
このまま放置しておいていいのでしょうか。

※東京・日比谷です。

 

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少額短期保険業者への監督強化

2月1日のブログに続き、今週のInswatch Vol.1172(2023.2.13)でも少額短期保険業者向けの監督指針改正案を取り上げました。そもそも、厳しい経営状況にあるとみられる少短業者が目立つのは、事業基盤や経営管理能力の有無もさることながら、保険金額や保険期間などの制約が厳しく、事業を成り立たせるのが難しい制度となっていることも大きいと思います。
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資金繰りの状況を注視

金融庁は1月末に少額短期保険業者向けの監督指針の改正案を公表しました。昨年、ペッツベスト少額短期保険とユアサイド少額短期保険の経営が破綻し、ジャストインケースがコロナ保険金の減額払いに追い込まれたことなどを受けたもので、「2022年 保険モニタリングレポート」でも、「財務の健全性及び業務の適切性の確保に懸念のある少短業者を早期に把握し適切な対応を促すために、財務局と連携してモニタリング手法の見直しを進める」と表明していました(58ページ)。
改正案をみると、資金繰りに懸念がある少短業者などを対象に早期警戒制度を新設したり、流動性リスク管理態勢の着眼点に資金繰り管理を加えたりしていることから、事前にお金(保険料)を受け取る事業とはいえ、確固とした事業基盤を持たずに新規参入した少短業者の場合には、資金繰りの状況に注意を要すると認識したのでしょう。

参入規制の強化

改正案には新規参入のハードルを高める措置も盛り込まれています。少短業者として登録する際の審査にあたり、本部機能に「企業の経営管理業務に3年以上携わった経験を有する者」の配置を求め(現在は「保険業務を3年以上経験した者」を求めている)、事業計画書では「業務継続のための資金を確保するため、必要な時に親会社や個人オーナーなどの少額短期保険主要株主等から概ね6ヵ月間の事業費相当額程度の確実な資金調達が見込めるか」を確認するとのことです。
保険業務の経験があっても保険会社の経営管理ができるとは限らないことがわかったので、代わりに「企業の経営管理業務の経験」を求めるというのでしょう。ただし、具体的にどのような業務経験があれば規制当局の基準を満たすのか、これだけでは判断しようがありません。

参入規制の強化

さらに厳しいのは後者です。これまでは最低資本金1000万円を求められるだけだった(実際に事業を行うには億円単位の資金が必要でしょう)のに、今後は資本金に加え、主要株主等から事業費半年分の資金提供の確約を得られなければ、新規の参入ができなくなります。規制する立場からすれば(しかも金融庁ではなく、各地の財務局等が担当することを踏まえると)、このような措置を設けようとする動機はわかります。しかし、事後の監督が難しいから事前規制を強めるように見えるこの措置は、果たして消費者にとって望ましいことなのでしょうか。

もともと少額短期保険は、かつて急増した「根拠法のない共済」の受け皿として2005年に創設された制度です。保険金額や保険期間に制約があるにもかかわらず市場が拡大してきたのは、多彩な顔ぶれによる新規参入が続いてきたことが大きいと考えています。
当局の役割は市場の自由度を維持しつつ、適切なアンダーライティングや収益管理を行っているかどうかモニタリングを行い、必要に応じて是正や退出を求めることであって、入口の時点でお金を用意できない参入希望者を排除することではないと思うのですが、いかがでしょうか。
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※創建1300年とはすごいですね。

 

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どうするソルベンシー規制

日本保険・年金リスク学会(JARIP)の事務局から次のようなご案内をいただきました。森本さんがスピーチを行うのですね。
東京ファイナンスフォーラムのサイトへ

経済価値ベースのソルベンシー規制導入が2025年に迫るなかで、おそらく「監督措置をどうするか」「これまでの早期是正措置の発動基準(SMR、実質資産負債差額、保険計理人の3号分析)をどうするか」などの議論を行っていることでしょう。

事業会社の破綻処理では一般債務を削減することで債務超過状態を解消します。すなわち、銀行などの債権者が痛手を被ることになります(株主の価値はすでにゼロになっています)。
これに対し、保険会社の負債の大半は責任準備金なので、過去の破綻処理を振り返ると、債務超過状態の解消は主に既契約者の負担で行われています。責任準備金の削減に加え、予定利率の引き下げを原資に「営業権」を資産計上し、さらに早期解約控除も設定しました。スポンサー企業の出資はバランスシートがきれいになってからです。

破綻生保の資産は例えばバルクセール等によって現金化され、これによって債務超過額が膨らみましたので、経済価値ベースの評価だからといって、破綻処理における契約者負担がなくなるのは難しいかもしれません。しかし、少なくとも現行会計ベースの発動基準よりは早期となり、既契約者の負担軽減につながると考えられます。

あとは契約者価額(≒解約返戻金)との関係でしょうか。金利上昇時の解約に備える必要はあるとしても、既契約者全員の解約返戻金を常に確保しておくことを保険会社に求めるのは、あまりに保守的すぎると思います。

経済価値ベースのソルベンシー規制を導入するということは、現行の「ロックイン方式の責任準備金」「将来収支分析」「SMR・実質資産負債差額」の3点セットから、ESRを軸とした枠組み(ORSA、情報開示を含む)に移ることだと思うのですが、いかがでしょうか。

※太宰府天満宮にもお参りしてきました。

 

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実質資産負債差額の弊害

以前のブログで、2016年3月期決算において実質資産負債差額(実質純資産額)が1年前より増えているのは生保の経営実態を反映しておらず、金利水準の低下によって健全性はむしろ悪化していると書きました。2022年9月期決算ではそれとは反対のことが生じました。

実質資産負債差額を公表していない会社も多いので、ソルベンシーマージン総額に有価証券含み損益をすべて反映させ、かつ、負債性資本調達手段等(劣後債務など)を控除した数字を見てみました。すると、実質的な健全性に大きな変化がないか、改善したにもかかわらず、この半年間で数値が大きく減った会社が目立ちました。しかも、いくつかの会社ではおそらく実質資産負債差額がほぼなくなったこともうかがえました。
現行のソルベンシー規制において、実質資産負債差額はソルベンシーマージン比率(SMR)とともに早期是正措置の発動基準となっています。金融庁はSMRが0%を上回っていても、実質資産負債差額が負の値となる場合には、業務停止命令を出すことができます。
ただし、実質資産負債差額から、満期保有目的債券および責任準備金対応債券の時価評価額と帳簿価額の差額を除いた額が正の値となり、かつ、流動性資産が確保されている場合には、原則としてこの区分の措置はとられないこととなっています。
詳しくはこちらをご参照ください。

12月16日に金融庁が公表した「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」によると、金融庁は生命保険協会に対し、次のような話をしたようです(11月18日に開催)。

「特に、海外金利上昇に加え、国内の超長期債金利も上昇傾向にあり、各生命保険会社が保有する債券の評価損が拡大している。こうした中、生命保険会社の財務の健全性に直ちに問題が生じるとは考えていないが、一部の保険会社において、実質資産負債差額が減少するなどの影響が生じていると認識している」

「こうした市場環境を踏まえ、各生命保険会社においては、適切なALM管理を行うとともに保険金支払いに備えた十分な流動性資産を確保することが重要であり、金融庁としては、各生命保険会社における資産の運用状況や運用に係る適切なリスク管理の高度化について、引き続き緊密に意見交換をしていきたい」

2022年9月期決算で各社の実質資産負債差額が大きく減ったのは、主に内外金利の上昇によって資産含み損益が急減したためです。実質資産負債差額は資産のみが時価評価で、保険負債の評価はいわば取得原価ベースなので、本来は金利上昇で経営内容が改善した会社が多いはずなのに、ALMの一環として長期債を保有している会社ほど数値が減ってしまいました。
もちろんALMの観点からは、低金利の時期に獲得した契約が、金利上昇時に解約となる可能性を無視することはできません。しかし、SMRに加えて実質資産負債差額の確保を求めるということは、すべての保険負債が一気になくなっても耐えうる資産を確保するように求めることなので、規制として明らかに行きすぎです。一定の流動性を確保すれば十分であって、おそらく金融庁もそう考えていると思いたいです。

私はかなり前から実質資産負債差額の廃止を主張してきました(例えばこちら(PDF)の10ページ)が、今回の決算をきっかけに、議論が進むことを期待しています。

なお、今回の決算では保険負債とは関係なく、海外金利の上昇によって保有する外国証券の時価が下がり、実質資産負債差額が大きく減ったという会社もありえます。こうした疑念が生じるのは、外貨建ての保険負債がどの程度あるのか公表されていないためでして、業界ないしは金融庁は早期に手を打つべきだと思います。

※京都御所のガイドツアーに参加しました。おすすめですよ。

 

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金融庁の「保険モニタリングレポート」

今週のInswatch Vol.1156(2022.10.17)への寄稿は先月に続いて金融庁ネタでした。ブログでもご紹介いたします。元の資料はこちらになります。
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保険行政に特化したレポート

先月の寄稿では2022事務年度の金融行政方針を取り上げ、保険に関する記述が少ないと悪態をついてしまいました。これに対し、9月30日に金融庁が公表した本レポートは、以下の目的を達成するために策定・公表したもので、全64ページすべてが保険に特化したレポートです。

・保険行政の透明性を高める
・保険会社との対話・モニタリングにより保険行政の高度化を図る
・保険業界が将来にわたり社会的役割を果たすための取り組みを促す

金融庁が考える保険会社の諸課題

レポートで金融庁は、保険会社にとって重要と考えられる課題について、昨年度(事務年度。以下同じ)に行政として何を行い、今年度はどのような方針で取り組むかを示しています。今回のレポートで挙がっている課題は以下の通りです。

【持続可能なビジネスモデル】
・ビジネスモデル対話
 ※中長期的な視点に立ったビジネスモデルの構築:植村注
・デジタル化へ向けた取り組み

【財務・リスク管理】
・グループガバナンスの高度化
・自然災害の多発・激甚化への対応
・財務の健全性の確保
 ※財務上の実態把握と対話、財務上の指標や規制のあり方の見直し
・マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策

【顧客本位の業務運営】
・営業職員管理態勢の高度化
・公的保険を踏まえた保険募集
・節税保険への対応
・外貨建保険の募集管理等の高度化
・保障内容の見直しに関する顧客視点に立った商品設計
・保険代理店管理態勢の高度化

【少額短期保険業者】
・財務の健全性及び業務の適切性の確保
・経過措置適用業者への対応

業界関係者には必読のレポート

金融行政方針の「実績と作業計画」に比べると、課題として挙がっているテーマ数はかなり多くなっていますし、昨年度に金融庁が何を行ったのかをより詳細に知ることができます。保険代理店に関する記述も多いので、関係のありそうなところだけでもご覧いただくことをおすすめします。

もっとも、昨年度版でも感じたことですが、本レポートは基本的には金融庁の活動報告であって、保険会社や保険代理店との対話やモニタリングを通じ、保険行政として現状をどう評価し、今後どうしていきたいのかという記述は控えめです。
例えばレポートによると、金融庁は自然災害リスク管理に関するモニタリングを一昨年度、昨年度と続けて実施していることがわかります。ところが今年度の方針でも「今後の大規模自然災害発生に備え、損害保険会社において、経営レベルでの論議も含め、自然災害リスク管理をどのように行っているか、引き続きモニタリングしていく」とあり、なぜ引き続きモニタリングしていく必要があるのか、これだけでは金融庁の意図がよくわかりません。保険会社には自然災害リスク管理を継続してモニタリングする理由を十分伝えているのかもしれませんが、行政の透明性という目的を踏まえると、今後はもう少し踏み込んだ記述を期待したいです。

なお、巻末のコラムでは「遺伝情報の取扱いについて」「新型コロナウイルス感染症による『みなし入院』に係る入院給付金等について」など、トピック的な行政対応が載っています。ただし、「生命保険会社の健全性と契約者配当について」だけは他のコラムと違い、金融庁が何かを実施したという記述がない「謎コラム」となっていて、秘かに注目しているところです。
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※キャンパスには秋のバラが咲いています。

 

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