07. 規制・会計基準

実質資産負債差額の弊害

以前のブログで、2016年3月期決算において実質資産負債差額(実質純資産額)が1年前より増えているのは生保の経営実態を反映しておらず、金利水準の低下によって健全性はむしろ悪化していると書きました。2022年9月期決算ではそれとは反対のことが生じました。

実質資産負債差額を公表していない会社も多いので、ソルベンシーマージン総額に有価証券含み損益をすべて反映させ、かつ、負債性資本調達手段等(劣後債務など)を控除した数字を見てみました。すると、実質的な健全性に大きな変化がないか、改善したにもかかわらず、この半年間で数値が大きく減った会社が目立ちました。しかも、いくつかの会社ではおそらく実質資産負債差額がほぼなくなったこともうかがえました。
現行のソルベンシー規制において、実質資産負債差額はソルベンシーマージン比率(SMR)とともに早期是正措置の発動基準となっています。金融庁はSMRが0%を上回っていても、実質資産負債差額が負の値となる場合には、業務停止命令を出すことができます。
ただし、実質資産負債差額から、満期保有目的債券および責任準備金対応債券の時価評価額と帳簿価額の差額を除いた額が正の値となり、かつ、流動性資産が確保されている場合には、原則としてこの区分の措置はとられないこととなっています。
詳しくはこちらをご参照ください。

12月16日に金融庁が公表した「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」によると、金融庁は生命保険協会に対し、次のような話をしたようです(11月18日に開催)。

「特に、海外金利上昇に加え、国内の超長期債金利も上昇傾向にあり、各生命保険会社が保有する債券の評価損が拡大している。こうした中、生命保険会社の財務の健全性に直ちに問題が生じるとは考えていないが、一部の保険会社において、実質資産負債差額が減少するなどの影響が生じていると認識している」

「こうした市場環境を踏まえ、各生命保険会社においては、適切なALM管理を行うとともに保険金支払いに備えた十分な流動性資産を確保することが重要であり、金融庁としては、各生命保険会社における資産の運用状況や運用に係る適切なリスク管理の高度化について、引き続き緊密に意見交換をしていきたい」

2022年9月期決算で各社の実質資産負債差額が大きく減ったのは、主に内外金利の上昇によって資産含み損益が急減したためです。実質資産負債差額は資産のみが時価評価で、保険負債の評価はいわば取得原価ベースなので、本来は金利上昇で経営内容が改善した会社が多いはずなのに、ALMの一環として長期債を保有している会社ほど数値が減ってしまいました。
もちろんALMの観点からは、低金利の時期に獲得した契約が、金利上昇時に解約となる可能性を無視することはできません。しかし、SMRに加えて実質資産負債差額の確保を求めるということは、すべての保険負債が一気になくなっても耐えうる資産を確保するように求めることなので、規制として明らかに行きすぎです。一定の流動性を確保すれば十分であって、おそらく金融庁もそう考えていると思いたいです。

私はかなり前から実質資産負債差額の廃止を主張してきました(例えばこちら(PDF)の10ページ)が、今回の決算をきっかけに、議論が進むことを期待しています。

なお、今回の決算では保険負債とは関係なく、海外金利の上昇によって保有する外国証券の時価が下がり、実質資産負債差額が大きく減ったという会社もありえます。こうした疑念が生じるのは、外貨建ての保険負債がどの程度あるのか公表されていないためでして、業界ないしは金融庁は早期に手を打つべきだと思います。

※京都御所のガイドツアーに参加しました。おすすめですよ。

 

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金融庁の「保険モニタリングレポート」

今週のInswatch Vol.1156(2022.10.17)への寄稿は先月に続いて金融庁ネタでした。ブログでもご紹介いたします。元の資料はこちらになります。
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保険行政に特化したレポート

先月の寄稿では2022事務年度の金融行政方針を取り上げ、保険に関する記述が少ないと悪態をついてしまいました。これに対し、9月30日に金融庁が公表した本レポートは、以下の目的を達成するために策定・公表したもので、全64ページすべてが保険に特化したレポートです。

・保険行政の透明性を高める
・保険会社との対話・モニタリングにより保険行政の高度化を図る
・保険業界が将来にわたり社会的役割を果たすための取り組みを促す

金融庁が考える保険会社の諸課題

レポートで金融庁は、保険会社にとって重要と考えられる課題について、昨年度(事務年度。以下同じ)に行政として何を行い、今年度はどのような方針で取り組むかを示しています。今回のレポートで挙がっている課題は以下の通りです。

【持続可能なビジネスモデル】
・ビジネスモデル対話
 ※中長期的な視点に立ったビジネスモデルの構築:植村注
・デジタル化へ向けた取り組み

【財務・リスク管理】
・グループガバナンスの高度化
・自然災害の多発・激甚化への対応
・財務の健全性の確保
 ※財務上の実態把握と対話、財務上の指標や規制のあり方の見直し
・マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策

【顧客本位の業務運営】
・営業職員管理態勢の高度化
・公的保険を踏まえた保険募集
・節税保険への対応
・外貨建保険の募集管理等の高度化
・保障内容の見直しに関する顧客視点に立った商品設計
・保険代理店管理態勢の高度化

【少額短期保険業者】
・財務の健全性及び業務の適切性の確保
・経過措置適用業者への対応

業界関係者には必読のレポート

金融行政方針の「実績と作業計画」に比べると、課題として挙がっているテーマ数はかなり多くなっていますし、昨年度に金融庁が何を行ったのかをより詳細に知ることができます。保険代理店に関する記述も多いので、関係のありそうなところだけでもご覧いただくことをおすすめします。

もっとも、昨年度版でも感じたことですが、本レポートは基本的には金融庁の活動報告であって、保険会社や保険代理店との対話やモニタリングを通じ、保険行政として現状をどう評価し、今後どうしていきたいのかという記述は控えめです。
例えばレポートによると、金融庁は自然災害リスク管理に関するモニタリングを一昨年度、昨年度と続けて実施していることがわかります。ところが今年度の方針でも「今後の大規模自然災害発生に備え、損害保険会社において、経営レベルでの論議も含め、自然災害リスク管理をどのように行っているか、引き続きモニタリングしていく」とあり、なぜ引き続きモニタリングしていく必要があるのか、これだけでは金融庁の意図がよくわかりません。保険会社には自然災害リスク管理を継続してモニタリングする理由を十分伝えているのかもしれませんが、行政の透明性という目的を踏まえると、今後はもう少し踏み込んだ記述を期待したいです。

なお、巻末のコラムでは「遺伝情報の取扱いについて」「新型コロナウイルス感染症による『みなし入院』に係る入院給付金等について」など、トピック的な行政対応が載っています。ただし、「生命保険会社の健全性と契約者配当について」だけは他のコラムと違い、金融庁が何かを実施したという記述がない「謎コラム」となっていて、秘かに注目しているところです。
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※キャンパスには秋のバラが咲いています。

 

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金融庁の金融行政方針

今週のInswatch Vol.1152(2022.9.12)では金融庁の行政方針を取り上げましたので、ブログでもご紹介いたします。元の資料はこちらになります。
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金融行政の重点課題と取組方針を公表

金融庁は8月31日に2022事務年度の金融行政方針を公表しました(金融庁の事務年度は7月から翌年6月です)。「直面する課題を克服し、持続的な成長を支える金融システムの構築へ」という副題が付き、「概要」「本文」「コラム」「実績と作業計画」を合わせると190ページにもなる大作です。
そのなかで保険に関する記述が少なく、かつ、モニタリング方針に挙がっている項目に前年度から変化がなかったのは、保険会社や代理店に問題がないというのではなく、金融庁の問題意識が今のところ必ずしも高くないというだけだと私は考えています。

以下では「実績と作業計画」に掲載された業種別モニタリング方針から、保険会社に関する作業計画をご紹介します。

保険業界における顧客本位の業務運営

節税(租税回避)手法を活用した保険募集の問題や営業職員による不適切事案の発覚などを受けて、前年度の作業計画に比べると記述がかなり増えました。とりわけ、「財務局との連携を一層強化しつつ、保険代理店の監督を行っていく」「(乗合)代理店の業務品質評価に係る取組みが各生命保険会社に広がるよう促していく」と、保険代理店に関する内容が増えたという印象です(営業職員管理のモニタリングに関する記述もあります)。

なお、外貨建保険の販売に関するフォローアップや、障がい者等への対応については、業態横断的なモニタリング方針のなかで触れています。

ビジネスモデル

引き続き保険会社とのビジネスモデル対話を行うというなかで、「トップラインだけでなくボトムライン(火災保険の収益改善等)の適正化に向けた取組み等をテーマとした対話を検討する」とあり、後述する「自然災害」と合わせ、金融庁が火災保険の収支動向に強い関心を持っていることがうかがえます。

グループガバナンス

大手保険グループの経営管理(海外事業を含む)に関するもので、前年度のフォローアップとみられます。

自然災害

大規模な自然災害に関する保険会社のリスク管理態勢を引き続きモニタリングするというものですが、「災害に便乗した悪質商法等の排除」「水災リスクに応じた火災保険料率の細分化」に関する記述もあります。

経済価値ベースのソルベンシー規制等

金融庁はこの6月に主要論点の暫定決定内容を公表しているので、これに基づいて準備を進めていくとのことです。
個人的には「監督会計のあり方について検討を行う」「IFRS任意適用に関する必要な法令の整備」にも注目しています。

金融行政方針は単に金融庁が作業計画を世に示したというだけではなく、行政として自らを律することになる重要なものです。読者の皆さんもこの機会に金融庁のサイトを確認してみてはいかがでしょうか。
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※鉄道150周年を迎える横浜・桜木町駅です。

 

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SMRからESRへ

6月末に金融庁が新たな健全性政策の暫定決定を公表していますので、今週のInswatch Vol.1148(2022.8.8)ではこちらを取り上げました。ブログでもご紹介いたします。
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SMRの機能不全

保険業界のかたであれば、ソルベンシー・マージン比率(SMR)という保険会社の健全性を示す指標をご存じだと思います。保険業法は保険会社に対し、通常の予測を超えるリスクに応じた支払余力(ソルベンシー・マージン)の確保を求めていて、比率が一定水準を下回ると監督当局が行政命令を出し、保険会社の健全性確保を図るというものです。
しかし、当局の介入基準である200%を直近時点まで上回っていた保険会社が相次いで経営破綻する事態となったことのほか、現行会計では責任準備金を取得原価で評価しており、結果としてSMRが金利水準の変動をうまく反映できていないことなどから、SMRの信頼性は必ずしも高いとは言えない状況です。おそらく皆さんも、1000%前後の数字がずらっと並ぶ各社のSMRをほとんど気にしていないのではないでしょうか。

SMRからESRへ

金融庁はこれまで何も手を打ってこなかったわけではありません。例えば2011年には、あくまで現行の枠組みのなかではありますが、SMRの厳格化を行っています。さらに、金利水準の変動をはじめ、保険会社の財務状況を的確に把握できるよう、金融庁は健全性指標を抜本的に見直す検討を続けてきました。検討に時間がかかったとはいえ、先月(6月)ついに新たな健全性指標の暫定基準を公表するに至りました。
新たな指標は「経済価値ベースのソルベンシー比率(ESR)」と言います。現行会計では負債の大半を占める責任準備金を取得原価で評価しているので、いったん獲得した責任準備金の評価は原則として動きません。これ対し、ESRでは資産も負債も経済価値ベース、簡単に言えば時価ベースで評価するというものなので、金融市場や発生率等の変動による影響をただちに反映することから、当局は健全性の低下した保険会社を早い段階で発見することができます。
特に、長期の負債を抱える生命保険会社にとって、ESRは現行のSMRとはかなり異なる健全性指標となります。損害保険会社もリスク計測の厳格化による影響を受けますので、暫定基準の公表には強い関心を持っているはずです。

すでに公表している会社も多い

もっとも、多くの大手保険会社は金融庁の動向をにらみつつ、すでに独自の基準でESRを計算し、自らのリスク管理に活用しているという実態があります(規制上のESRと区別するため、以下では「個社ESR」と記します)。個社ESRを外部に公表する会社も年々増えており、その動きは上場会社だけではなく、相互会社など非上場会社にも広がってきました。現在では、いわゆる協会長輪番会社が所属する7グループのうち、日本生命を除く6グループが個社ESRを公表しています。

公表されている個社ESRは規制上のESRではないので、各社がそれぞれ独自の基準で計算したものであり、単純に横比較することはできません。ただし、個社を見るにあたっては、参考になるところが多い指標です。
多くの場合、保険会社は個社ESRを基準の1つにしてリスクテイクや資本増強の判断をしています(個社ESRのターゲットレンジを示している会社もあります)。そのため、もし金融市場の変化によって個社ESRが下振れしたら、リスクテイクを抑える、資本増強を行うといったアクションが取られる可能性が高まるでしょう。また、ESRの分子である経済価値ベースの純資産は、現行会計上の純資産に比べると企業価値の評価に近いので、分子が着実に増えているかどうかにも注目です。
メディアの決算報道には取り上げられない個社ESRですが、保険業界人にとって必見の指標だと私は考えています。
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※オープンキャンパスが終わり、大学は夏休みモードです。

 

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新ソルベンシー規制の暫定決定

野党がそろって物価高対策として消費減税・廃止を主張していますね。与党は防衛費を増やすとしていますが、その財源は不明です。
コロナで財政をガンガン出し、国債発行残高が急増した直後なのに、さらに財政を確実に悪化させる公約ばかり。持続可能な政府運営には見えないです。特に「利払費と金利の推移」の図表を見てしまうと、ぞっとします。
財務省のサイトへ

さて、金融庁が6月30日に、経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する暫定決定について公表しました。暫定決定の中心は第1の柱の「標準モデル」と「ESRに関する検証の枠組み」で、ESRに基づく監督措置や第2の柱、第3の柱については主な論点と方向性のみ示してあります。

スケジュールに関しては「現時点においては2025年に新規制を導入することを前提として、引き続き着実な準備・検討を進めていくこととする」とのことで、年2回の報告を求めることも決まりました。初回は2026年3月末のものです(報告期限は未決定)。

技術的な話で恐縮ですが、標準モデルはICSとほぼ同じかと思ったら、保険負債の計算でいろいろと議論になっていたMOCEの計測方法が資本コスト法と決まりました。他方で、相互会社の基金については、国内独自の要件緩和はありませんでした。これらはおそらく当局と業界で相当な議論があったのでしょう。

監督措置のところで驚いたのが、「新規制においても、最も強い監督行動の発動にあたって、ESRの水準だけでなく、実質資産負債差額の状況も考慮する体系を採用するかどうかは、重要な論点となる」というくだりでしょうか。金融庁が進めている今回の健全性政策では、第1の柱として経済価値ベースの評価を導入し、かつ、画一的な規制にならないように3つの柱の考えを採用して保険会社の主体的なリスク管理高度化等を促すのですよね。そのどちらにも妨げとなる実質資産負債差額を残すという選択肢はありえないはずです。

※3年ぶりの夏祭り!

 

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金融機関の気候変動対応

金融庁は4月25日に「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を公表し、現在意見を募集しています(5月26日まで)。
さすがに気候変動の話を耳にしたことがないというかたはいないと思いますが、いろいろな機関がそれぞれペーパーを出しているので、全体像をつかむのはそう簡単ではないと感じます。このペーパーでは最初のほうで「気候変動を巡る議論・背景」をまとめてくれているので、現在の状況がざくっとわかって便利かもしれません。

金融庁が「金融機関」と言う場合、実質的には銀行など預金取扱機関を指すことも多いです(単なるひがみ?)。しかし、このペーパーは保険会社も対象です。例えば、気候変動に関連する機会及びリスクの認識と評価について、「保険会社においては、リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)の一環として、気候変動に関連する機会やリスク、およびそれらを踏まえた戦略やリスク管理、資本の状況の妥当性を評価することも考えられる」という注記があったりします(21ページ)。

顧客支援の具体的な進め方についての記載は、銀行と保険会社に分かれています。
保険会社のところでは、「企業や産業が脱炭素化を進めつつ、自然災害の激甚化への強靭性を高める観点からは、保険会社の役割も重要である」としたうえで、生命保険会社については投資行動を通じた支援、損害保険会社については保険商品の提供を通じた支援に関する記述がみられます(42ページ~)。

もっとも、銀行にしても保険会社(特に損保)にしても、顧客支援として本質的になすべきことは変わらないのではないでしょうか。
顧客企業がやるべきことは、気候変動の影響を把握するだけではなく、気候変動を含めた全社的な機会とリスクの把握です、気候変動による影響だけ頑張って把握し、TCFD開示を行っても、全社的なリスクマネジメントができていなければ、持続可能な経営とはなりません。ですから銀行や保険会社に求められるのは、全社的なリスクマネジメントの構築支援ということになります。
事業会社のリスクマネジメントが総じて発展途上であり、保険の手当てを人事部や総務部が行っている現実を踏まえると、リスクの引き受けを本業としてきた保険会社にとってビジネスチャンス到来と言えるかもしれません。
コーポレートガバナンス改革と気候変動対応を切り口に、事業会社に目覚めてもらいましょう。

※戦前に存在した共同火災という会社のファイアマークを発見しました。竹原(広島県)にて。

 

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2022年の保険行政

あけましておめでとうございます。年末年始は横浜の自宅で過ごしています。

さて、2022年ということで、前回のブログでも言及した「経済価値ベースのソルベンシー規制」について、検討が順調に進めば、金融庁は制度の基本的な内容を暫定的に決定することになります。
少し長いですが、昨年9月開催の生命保険協会との意見交換会で金融庁が示した規制に関するコメントをご覧ください(金融庁は同月開催の日本損害保険協会との意見交換会でも概ね同じコメントを提示)。
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〇経済価値ベースのソルベンシー規制(ESR)については、保険会社における新制度への必要な準備期間を考慮し、2022 年に標準モデルを中心とした制度の基本的な内容を暫定的に決定できるよう検討作業を進めていく。生命保険業界においては、生命保険協会内にワーキンググループを設け、当庁に提言すべく議論いただいていると承知しているが、金融庁としても、引き続き透明性をもって検討状況を示していき、各保険会社との対話も一層密にしてまいりたい。

〇また、ソルベンシー規制の検討と並行して、経済価値ベースの指標を使ったモニタリングの高度化を進めていく。その際、不要となった報告データについてはスクラップアンドビルドを行うなど、各社の負担にも配慮していく。このほか、情報開示の枠組み等についても論点整理を進めていく。

〇これらの取組みの目指すところは、保険会社を取り巻く環境変化が進む中で、将来にわたって保険会社が保険契約者の様々な期待に応えつつその経営管理を高度化していくよう促す監督の枠組みを作ることである。各社におかれては、引き続き様々な検討作業への協力をお願い申し上げるとともに、現状の実務を不断に見直し、必要な態勢整備を着実に進めていただきたい。
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その後金融庁から進捗状況に関する情報発信はありませんが、「引き続き透明性をもって検討状況を示していき」とありますので、遅くとも6月までには何らかの発信があるのでしょう。

保険流通に関しては、金融庁(財務局)は代理店へのヒアリングを開始したようですね。11月の意見交換会資料によると、「公的保険の説明に関するベストプラクティスの収集や、法人向け保険の販売に関する実態把握などを行う予定」「事業報告書の提出代理店に限らずにヒアリングを行うことも想定」とのことです。
検査ではなく、あくまでヒアリングですので、初めてヒアリング対象となった代理店も特段心配する必要はないと思います。

※この年末も実家で栗きんとんを作りました。

 

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生命保険事業への提言

インシュアランス生保版の年末特別企画「生命保険事業への提言」に、いつものコラムより長めのものを寄稿しました(2021年12月号第4集に掲載)。
私のほか、佐々木光信さん(保険医学総合研究所代表取締役)が「新型コロナから考える医療環境の変化と業界への示唆」を、原口典之さん(NGA代表取締役CEO)が「今後の生保業界はリアルとデジタルの二刀流を目指せ」を、宇野典明さん(元中央大学商学部教授)が「真の意味での顧客第一主義を目指せ」を、それぞれ執筆しています。

私が寄稿したのは「新たなソルベンシー規制への対応」という題の文章です。

1.経済価値ベースのソルベンシー規制とは
2.自己規律が試されている
3.保険会社が取り組むべきこと

新たなソルベンシー規制について、今のソルベンシー・マージン比率の計算方法が経済価値ベースに置き換わる点だけに注目するのは正しくありません。金融庁は保険会社にも「3つの柱」の考え方に基づく健全性政策を採用しようとしていて、保険会社の自己規律がこれまで以上に問われるようになります。
3つの柱を組み合わせた規制で先行した銀行業界では、銀行の自己規律に委ねていては健全性を維持できないという考えが規制当局の間で広まってしまい、第1の柱に重点を置いた規制に移ってしまいました(バーゼルIII)。

今のところ保険会社向けの健全性政策は、国際的にも国内的にも、保険会社の自主的な管理を促そうという考えに基づいているように見えます。しかし、何かをきっかけにして、自己規律が働かない業界だというレッテルを張られてしまえば、銀行と同様に事業への制約の強い規制に手足を縛られ、産業としての発展が見込めない世界となってしまいかねません。
このような危機感を共有していただきたいと思い、寄稿しました。機会がありましたらぜひご覧ください。

※津和野の夜景です。今は雪景色かもしれません。

 

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『金融庁戦記』

話題の書籍『金融庁戦記・佐々木清隆の事件簿』を読みました。
金融庁の「ジローラモ(ちょいワルおやじ?)」として有名だった佐々木さん。本書は佐々木さんの独白ではなく、佐々木さんが関わりを持った金融事件を新聞記者である大鹿靖明氏が当時の関係者への取材などで補強し、書籍にしたものです。いわば市場の番人としての金融庁の20年を記した貴重な記録と言えるでしょう。

金融庁というと、銀行や保険会社など金融機関に対する規制を作り、監督をしているというイメージが強そうです。しかし、金融庁には市場の番人という役割もあって、経済のインフラである金融市場の健全性を確保するため、例えば証券市場での不正を防止・摘発したり、監査法人をチェックしたりしています。
佐々木さんは金融検査のほか、こうした金融市場まわりの仕事が多かったため、ライブドアや村上ファンド、AIJ投資顧問、オリンパス、東芝といった市場を揺さぶった数多くの金融事件に関わっています。本書には行政として成功した事例ばかりでなく、むしろ失敗も多かったことや、組織として多くの問題を抱えていた(抱えている?)ことなどがきちんと記されていて、今後の行政の参考となりそうです。

個人的にも、金融庁時代に検査局サイドの上司にあたるのが佐々木さんだった(私は検査局と監督局を実質的に兼務していました)ので、当時を思い出しつつ楽しく読むことができました。

※門司港駅は国の重要文化財に指定されています。

 

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保険モニタリングレポート

金融庁は10日、「2021年 保険モニタリングレポート」を公表しました。
8月31日に公表した「2021事務年度 金融行政方針」の補足資料と重複するところもありますが、金融庁が保険行政において何を課題と考え、どのような対応をしているのか(あるいは、しようとしているのか)を知る手掛かりとなりますので、こうした取り組みは大歓迎です。

せっかくなので、2つほど紹介しましょう。

自然災害の多発・激甚化への対応

金融庁はここ数年、大規模自然災害を踏まえた損害保険会社の対応状況について毎年対話を行ってきたそうで、本事務年度も「損害保険会社において、経営レベルでの論議に基づきどのようなリスク管理を行っているか引き続き注視する」とのことです。
やや引っかかるのは、「資本・リスク・リターンのバランスを踏まえ、再保険によるリスク移転の最適化等を行う統合的リスク管理態勢(ERM)を高度化する」のが重要と考えているにもかかわらず、資本(支払余力)全体ではなく、その一部にすぎない異常危険準備金の残高に強い関心を持っているように見えることです。税金関係を除けば、異常危険準備金は会計損益のスムージングに効果を発揮するというだけで、多額の支払いが発生してしまえば、準備金の取り崩しがあってもなくても実質的な損益は同じはず。ERMの高度化を進める保険会社と当局の間にすれ違いがないといいのですが。

基礎利益の見直し

見直しを行うという話は出ていましたが、新たな計算方式の概要が初めて一般に公表されました。

・為替に係るヘッジコストを含める
・投資信託の解約損益を除外
・有価証券償還損益のうち為替変動部分を除外
・既契約の出再に伴う損益を除外
・基礎利益以外の損益と対応する再保険に関する損益を除外

2022事業年度より反映とのことで、おそらく早期に公表する会社が出てくるものと予想(期待)しています。
もっとも、「ERM視点に基づき、経営レベルで資本・リスク・リターンのバランスを図る」には、新しい基礎利益でも役に立たないのは同じです。基礎利益には資産運用リスクをとった結果のうち、利息配当金収入の部分しか反映されないですし、危険差益はほぼ既契約によるもの。営業活動の成果はプラスには反映されず、保険が売れるほど基礎利益は悪化します。
ただし、本事務年度には「経済価値ベースのリスク管理との整合性や財務会計に関する見直しの動向等も踏まえ、様々な監督会計のあり方について検討を行う」(37ページ)とありますので、ずっとこのままということはないのかもしれません(期待を込めて)。

※写真は唐津城からの眺めです。城内には入れませんでした。

 

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