金融庁のリソース拡充を

猛暑が続くなか、ようやく季節行事(定期試験&採点やオープンキャンパス)が終わり、キャンパスが静かになりました。
さて、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1244(2024.8.5)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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有識者会議の指摘

金融庁が6月に公表した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書は、いわゆる「損保問題」を受けた今後の保険業界の動向を知るうえで重要な手掛かりです。
ところで、この報告書の6ページに、次の2つの注記が付いているのをご存じでしょうか。「(大規模代理店に対して)金融庁及び財務局によるモニタリングを強化すべきである」のところです。

「IMFによる日本に対する金融セクター評価プログラムにおいては、金融庁に対し、保険監督に適切な人的リソースを配置し、立入検査を通常の監督プロセスの一部として実施すべきであること、及び大規模代理店等に対しては直接的な監督を行うなど、保険代理店等に対するリスクベースの監督業務のプロセスを開発すべきであること、との指摘もある」

「金融庁及び財務局において、保険会社及び代理店へのモニタリング強化のために必要な人員増強を行うべきである、との指摘もある」

2つめのほうは、会議のなかで(特に第4回)、金融庁の人員強化を図るべきだという意見が複数のメンバーから出たためだと思いますが、1つめのほうは多少解説が必要かもしれません。

IMFの指摘とは

IMF(国際通貨基金)の金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、IMFが加盟国の金融部門の安定性を評価するプログラムで、日本を含む主要国は5年に一度審査を受けています。いわば金融庁が外部から検査を受けるという枠組みです。FSAPの指摘を金融庁は重く受け止めます。
2023年から24年にかけてのFSAPでは、IMFは日本の保険監督について、全体的には良好な水準としたうえで、かなり本質的な指摘をしています。例えば次のような指摘です。

・金融庁の保険監督アプローチはリソースの制約のため事後対応となっていることが多い。

・監督のほとんどは業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個々の保険会社の定期的な監督サイクルの一環として行われていない。

・集中的な監督は主に問題が特定されてから開始され、多くはリスクが顕在化してから行われる。

「リスクの芽を摘むこと」ができるのか

筆者が任期付職員として保険行政に携わっていた約10年前の金融庁では、通常のモニタリングのほか、主要会社には概ね一定の周期ごとに立ち入り検査を行っていました。問題がある会社だから立ち入り検査を行うというのではなく、検査対象の保険会社の事業特性やリスク特性に基づき、当時の保険検査マニュアルから数項目を対象にして検査を実施していました。そして、当時もリソース不足は深刻でした。
その後金融庁の検査・監督方針が変わり、「従来の検査・監督のやり方のままでは、重箱の隅をつつきがちで、重点課題に注力できないのではないか」「バブルの後始末はできたが、新しい課題に予め対処できないのではないか」「金融機関による多様で主体的な創意工夫を妨げてきたのではないか」といった、主に銀行検査に関する問題意識のもとで、検査・監督一体の継続的なモニタリングへ移行し、2018年には検査局が廃止されました。

保険分野は大きな販売部隊(代理店を含む)を抱えているうえ、銀行に比べると、保険会社の経営内容は総じてわかりにくいとされているにもかかわらず、周期的な立ち入り検査をなくしてしまったことで、問題の早期把握が難しくなった点は否めません。
かつての検査が「重箱の隅をつつきがち」だった面はあるにせよ、頻繁な異動等により保険分野の知識が必ずしも十分ではない検査官でも、保険分野に明るいベテラン職員の支援を受けながら、ある程度時間をかければ問題を発見することができました。ところが、現在の「継続的なモニタリング」では、保険分野の知識がないと、表面的になぞっただけで終わってしまいます(保険会社は自らに都合の悪いことを当局に進んで示すでしょうか?)。結果として、近年は問題が発覚してから立ち入り検査を行うというスタイルになってしまったようです。
朝日新聞の柴田秀並記者は近著『損保の闇 生保の裏』のなかで、「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」と述べていますが、まさに同感です。

有識者会議メンバーやIMFが指摘するように、金融庁は保険監督に適切な人的リソースを配置して、保険分野の抱えているリスクや顕在化した問題に対処する必要があるでしょう。少なくとも、たまたま現場に配属された担当者の頑張りだけでは無理があると思います。
あるいはIMFが以前から提案するように、健全な保険市場を育てるためには、政府予算の制約を受けにくい「保険サービス監督機構」のような組織の実現を目指すべきなのかもしれません。
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※週末はオープンキャンパスでした。

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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