06. リスク管理関連

リスク管理態勢のばらつき

 

あけましておめでとうございます。
2013年はどんな年になるでしょうか。楽しみですね。

さて、昨年で金融庁を卒業し、保険会社のリスク管理に
これまで以上に深く関わるようになったわけですが、
改めて感じるのは、日本の保険会社のリスク管理態勢には
ばらつきが非常に大きいということ。

「進んでいる」「遅れている」といった次元ではなく、
枠組みや管理手法が様々であるという話です。

日本の保険会社といえば、横並び意識が強い業種の
典型のように言われます。
確かに、格付アナリスト時代から15年以上、保険業界を
観察してきた経験からも、そのように感じることがあります。

保険商品やチャネルが多様化したとはいえ、
大手生保は営業職員を通じた保障の提供が主軸ですし、
損保は引き続き自動車保険が販売の中心です。
本社の経営組織が相似形だったりもします。

会社を超えた業界人のつながりが強いのも
この業界の特徴だと思います。
変な例ですが、私が金融庁を離れるという情報は
かなり早い段階から業界で共有されていたようです^^

しかし、どういうわけか、リスク管理態勢に関しては
独自の進化を遂げているようです。

金融庁の「ERMヒアリングの結果について」
(昨年9/6に公表)に、次のような記述があります。
金融庁HPへ

・(リスクレポートの)報告内容は各社ごと様々だった

・(統合リスク管理の具体的な管理方法について)
 各社により独自の枠組みを構築していた
 リスク管理ツールや管理方法が多様だった

・リスク量の計測に際しても(中略)ばらつきが大きかった
 リスク統合に関しても(中略)様々だった

・各社のALMの実施状況は(中略)ばらつきが非常に
 大きかった

もちろん、リスク管理態勢が横並びである必要はありません。
ビジネスモデルが異なれば、当然ながらそれに適した
リスク管理態勢も異なるはずです。

ただ、独自に構築してきた枠組みが、本当に自社に合った
枠組みとなっているのかは気になるところです。
大きなお世話かもしれませんが...

※写真は初詣で行った伊勢山皇大神宮です。

 

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なぜ記録を残すのか

 

年末の片付けをしていたら、御厨貴先生の新聞記事
「公文書管理 記録残さぬ風土 戦後から」が出てきました
(4/30の読売)。

日本には議事録や記録を公文書として残す伝統が
存在しなかったのではなく、敗戦後、大量の公文書を
焼却したうえ、その後の占領統治のなかで、議事録や
記録をなるべく残さぬことが普通になっていったのだそうです。

民間でもリスクマネジメントを構築するとなると、
やれ文書化だ、やれ記録だと、いろいろ面倒なこと(?)
を求められますよね。

なぜ記録を残さなければならないのか。
御厨先生は記事のなかでこう語っています。

 後世に残すためのアーカイブ化と言うと、ずっと後の
 歴史家のために、なぜ今の決済に忙しい我々がという
 官僚諸氏の不平不満が聞こえてくる。そうではないのだ。

 今の決済や決定を明快に行うためにも、記録や議事録という
 同時並行的によりそうブツの存在が必要なのだ。
 そう、今やっている自分を、もう一人の自分がじっと眺めている
 とでも言おうか。

 そしてそうした記録や議事録は、そう遠くない将来、
 同様のコトが起きた場合、まさにすぐさま応用が利く
 成果をもたらすはずだ。

政府でも民間でも同じことだと思います。

※写真はダイコン畑と直売所。三崎まぐろ祭りの帰りに立ち寄りました。
 皆さん、来年もよろしくお願いいたします。

 

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横須賀線の会話

 

帰宅途中の横須賀線。運よく座っていた私の前で
同じ会社の先輩・後輩と思われる二人の男性が
なぜかリスク管理の話を始めたので、思わず聞き耳...^^

後輩 「リスク管理って、わかっていることだけやってたんじゃ、
    リスク管理にならないんですよね。震災の時もそうだったし...」

先輩 「いや、そういうこと言うヤツいるけど、俺は同意しないね。
    キリがないじゃないか。例えば東京で震度9の地震が起きるとか、
    隕石が落ちてくるとか。そんなこと考えても意味がないね」

後輩 「そういう話じゃないんです。地震よりも津波のほうが深刻だなんて、
    今回の震災が発生するまで考えてもいなかったですよね。
    わかっているリスクを管理しているだけだと...」

先輩 「いやいや、もし東日本大震災並みのことが東京で起きたら、
    被害はあんなもんじゃすまないだろう?それに備えておくの?
    みんな高台に住むの?そんな馬鹿な話はないだろう」

後輩 「そうじゃなくて...(続く)」

30代とおぼしき後輩くんは「エマージング(新興)リスク」、つまり、
現在はリスクとして認識されていないリスクについて話しているのに、
40代と思われる先輩は全く理解してくれません。

思わず会話に割り込み後輩くんをサポートしたい衝動にかられましたが、
何とか自制しました(笑)

システム関連の会社の方々だったようです。

※ミッドタウンのイルミネーション(写真左)は見事でした。

 

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「生損保、相次ぎ資本調達」

 

日本の生損保が相次いで資本調達を進めている、
という掲題の日経記事をご覧になったでしょうか(9日)。
予想外に大きなスペースの記事でした。

保険会社の劣後債発行が続いているという話なのですが、
発行の狙いとして、運用環境の低迷が続いているほか、

「資本調達を急ぐ背景には、国際的な資本規制の厳格化がある」
「将来導入が見込まれる規制強化に前倒しで対応する狙い」

といった分析が続き、

「過度の規制強化は大手機関投資家である保険(会社)の
 投資意欲を委縮させ、それが資本市場の低迷を
 長引かせる悪循環を招く懸念がある」

「大手生保首脳は(将来の)規制が足かせになっていると指摘する」

と、規制強化が資本市場の低迷や経済への悪影響を招く
という論調になっています。

保険会社の劣後債発行が続くと、どうして規制強化への懸念が
記事の中心となってしまうのか、私には理解できません。

素直に考えれば、運用環境の悪化や自然災害の多発を受けて、
リスク管理上、資本調達に踏み切ったと書くのが自然な流れです。
それが「規制が強まるから対応が必要」という話になってしまうのは、
「資本調達は規制対応のために行うもの」という発想があるのでしょうか。

もちろん規制資本への対応を無視するわけにはいきませんが、
それは最低限クリアしなければならない条件であって、
多くの会社は自社のリスク管理のなかで資本政策を考えています。

せっかく保険会社がERMやリスク管理の高度化を進めているというのに、
そこを無視した論調は悲しいですね^^
あるいは、「リスク管理イコール規制対応」という会社があるのかも...

さらに加えると、現行規制は20年に一度起こるリスクへの対応しか
求めていません(資産運用の場合)。
多くの保険会社では、自社のリスク管理のなかでは、
はるかに厳しいレベルの対応を行っていると思われます。
このあたりも踏まえてほしかったですね。

※釧路・和商市場では、お店でご飯と刺身やイクラを買い、
 お好みの「勝手丼(海鮮丼)」を楽しむことができます(写真)。

 

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変額年金市場の盛衰

 

日本保険学会「保険学雑誌」の最新号(第618号)に
日本の変額年金について興味深い論文が掲載されています。
武蔵大学の大塚忠義さんによるものです。

もしかしたら「元マニュライフ生命執行役員の大塚さん」
という紹介のほうがいいかもしれませんね。
マニュライフ生命は変額年金の有力プレーヤーでしたので。

日本の変額年金市場は、大塚さんの言葉をお借りすると
2010年には「ほぼ消滅した」のに対し、
本家の米国では依然として高水準の販売が続いています。
どうしてこれほど違うのでしょうか。

大塚さんは論文のなかで、日本の変額年金市場について、

・販売者に専用商品を提供するビジネスモデル
・元本保証付変額年金の開発

という2つの要因によって拡大し、そして縮小したと述べています。

米国では、銀行は販売者の範囲を超えないのに対し、
日本でハートフォード生命が立ち上げたビジネスモデルは
「販売者が製造者の一員として商品開発に参画する」
というもので、販売者の権限が大きいモデルでした。

しかも、日本の変額年金は、最低年金総額保証などにより
リスクのない商品として市場に普及していきます。

米国では最低保証が特約方式となっているそうで、
変額年金はオプション料を支払えばリスクを回避できる
ハイリスク・ハイリターン商品という位置づけです。

これに対し、日本の変額年金は、オプションを組み込むことで
リスクを排除した商品となりました。

外部環境が悪化し、最低保証の提供が難しくなっても、
米国のような特約方式であれば、最低保証の費用を
高くすることで販売を続けることが可能です。

しかし、保証コストを商品に組み込んでいる日本の場合
(しかも、保証とコストの関係が明確に示されていません)、
販売の主導権を販売者が握っていることもあり、
保険会社はリスク軽減や販売コントロールが難しく、
商品の提供を停止し、市場から退出するしかないという見解です。

大塚さんは、保険会社が市場からの退出を迫られたのは、
経営判断の誤りというより、リスクに対する認識が不十分だったため、
正しい判断ができず対処が遅れたことが原因と考えているようです。

論文を拝見した限りでは、
「正しい判断ができず対処が遅れた」というよりは、
「ビジネスモデルに内在するリスクの認識が不十分だった」
ということのように感じました。

私は生保破綻の研究のなかで、破綻リスクを高めた内的要因として
①ビジネスモデル、②経営者、③経営組織に関するものを挙げました。
変額年金の事例では、各社の経営内部を調べたわけではないので
②と③はわかりませんが、少なくとも①に関する要因はありそうですね。

なお、保険学雑誌は学会メンバー以外でも購買できますが、
HPにアップされるのは2年後とのことです。ご参考まで。
日本保険学会HPへ

※写真は前回に続き、奈良井宿です。

 

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事業会社のリスク管理

 

最近、事業会社のリスク管理に関するケーススタディの本を
いくつか読みました。

・上田和勇「事例で学ぶリスクマネジメント入門」
・植村修一「リスク、不確実性、そして想定外」

いずれも興味深く読んだのですが、保険会社と比べると、
事業会社のリスクマネジメントは、どうしても損失の最小化や
復元力の向上といった話が中心になりやすいのですね。

似たような2つの事例で考えてみましょう。

例えば、あるお金持ちが盗難に備えて保険に入った場合、
保険会社はお金持ちに代わり、盗難リスクを引き受けるので、
保険会社のリスクは盗難が想定以上に発生するかどうかです。

これに対し、お金持ちが盗難に備えてガードマンを雇った場合、
ガードマンを派遣した会社は盗難リスクを引き受けたのではなく、
お金持ちの盗難リスクを減らすためのサービス提供を行っています。

したがって、この会社の経営リスクは盗難リスクではなく、
派遣料金が採算割れとなっていないかどうか、すなわち、
ビジネスリスクを抱えているということになります。

こうして比べてみると、事業会社では「ビジネスリスク」という
管理が難しいリスクがリターンの源泉となっているため、
事業会社のリスク管理は管理がしやすい損失の最小化や
復元力の向上が中心テーマとなりやすいように思います。

もっと言えば、経営陣にリスク管理への関心を持たせることが
保険会社よりも大変なのでしょうね。

他方、保険会社の場合には、上記の例でも明らかなように、
リスクを引き受けることでリターンを得るビジネスです。
リスク管理は経営そのものだと理解しやすいはずですよね。

ちなみに、このような公表がありましたので、ご参考まで↓
金融庁HPへ

※右の写真は銀座線の浅草駅です。
 戦前の開業当時の建物なのだそうです。

 

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ロイズのネッシー保険

 

ロイズについて調べ物をしていたら、米山高生先生の
著書「物語で読み解く リスクと保険入門」のなかに、
ネス湖の怪獣ネッシーを捕獲した際の懸賞金の補償を
ロイズが引き受けたという話が載っていました
(ちなみにそれを調べていたわけではありません^^)。

米山先生はこの件について、
・保険集団による危険の分散ができないのに
 ロイズはなぜリスクを引き受けることができたのか?
・このようなリスクの引き受けを保険契約と呼べるか?
という疑問を持ったそうです。

「1つめの疑問はロイズの資本力と再保険ネットワークで
 解決できるとして、ネッシー保険のような保険集団を
 構成しない保険を保険契約と考えるのは妥当なのか」

米山先生は2つめの疑問への暫定意見として、
「保険会社が保険契約の様式でリスク移転の契約を行えば、
 そのリスクをどのように手当てしたとしても保険契約である
 と考えるのが自然」
と述べられていますが、皆さんはいかがでしょうか。

リスクマネジメントという観点からすると、
私の関心はやはり1つめの疑問にあります。

ロイズは「スペシャリティ」と呼ばれる企業向けの
特殊な保険を引き受けることが強みの一つとなっています。
ある程度はモデル等で管理できる部分もあるとはいえ、
基本的にはハイリスク・ハイリターン型のビジネスです。

この本によると、ロイズはギャンブル性の高い契約をしていた
一部のアンダーライターと決別するなど、市場としての規律を
保つための継続的な努力が行われてきたとのこと。

それでも個人が無限責任を負う長年の仕組みは
さすがに困難となり(1990年代初めの「ロイズ危機」)、
現在はほとんどの出資者が有限責任となっています。

ロイズ市場の運営も各シンジケート任せというわけではなく、
コーポレーション・オブ・ロイズがシンジケートを管理し、
リスクを分析しているようです(公表資料を参照)。

ただ、このビジネスの特性を考えると、最後は各シンジケートの
アンダーライターによるところが大きいのだとは思います。

 

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損失発生をどう考えるか

 

前回のブログで、大手損保の自然災害に伴う発生保険金について、
次のように書きました。

 「かなり大きな金額のようにも見えますが、大手損保の純資産は
  やや減ったとはいえ4兆円近くあります。異常危険準備金も約2兆円です」

 「過去最大級の自然災害に伴う発生保険金といっても、その程度
  (=株価が10~15%下がった程度)のインパクトということです」

各社も投資家等に対し、具体的な説明をしています。

 「“資本バッファ”は直近で5500億円レベルを上回っており、絶対額としては
  低いレベルというべきものではありませんが、減少したことも事実ですので、
  保有リスクの削減を従来以上に加速することを検討しております」
  (MS&AD、2/13)

 「2011年9月末のサープラスは約6900億円だったが、その後の要因を
  勘案するとサープラス5000億円程度まで縮小している」(NKSJ、1/27)

多額の支払いで余裕がやや減ったとはいえ、財務基盤は揺らいでいない、
といったところなのでしょう。

ただ、JPモルガンの損失発生をめぐる一連の報道を見ていると、
損失発生による影響を余剰資本の範囲内に収めただけでは、
リスク管理として十分ではないことがうかがえます。

10日にJPモルガンが発表した損失は約20億ドルです。
JPモルガンのTier1コア資本は1220億ドルもありますし、
損失が多少膨れても、期間損益で十分吸収できるレベルでしょう。

しかし、今回の件がJPモルガンの今後のビジネスに与えた影響は
計りしれません。

報道されているだけでも、次のような「衝撃」がありました。

・リスク管理に定評のあった大手銀行による損失発生だった
・金融規制強化の流れのなかでデリバティブ損失が発生してしまった
・特定市場におけるポジションが大きくなりすぎており、
 それを経営陣が十分把握していなかったとみられる
・VaRモデルによるリスク評価の難しさが表面化した
 (モデルの見直しによる影響が報道されています)  など

今回の損失はいまのJPモルガンにとって、
発生させてはいけない損失だったと思われてなりません。
言い換えれば、経営陣がとるべきリスクを間違えたのではないか、と。

リスクの洗い出しとリスク選好(アペタイト)はERMを構築するうえで
極めて重要な要素ですが、そう簡単ではないことがわかりますね。
あのJPモルガンの経営陣でさえ間違えるのですから。

リスク管理の世界は奥が深いです。

※写真は鶴見の総持寺です。初めて境内に入りました。

 

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「データはウソをつく」

 

前回に続き書評もどきということで、谷岡一郎さんの
「データはウソをつく」(ちくまプリマー新書)から。
副題に「科学的な社会調査の方法」とあり、
「事実」を認定するプロセスについて書かれています。

本書では私たちがやってしまいがちな間違いについて、
いくつかの事例を取り上げていて、これが面白いです。

昔、連合軍の戦闘機がドイツ軍にバタバタと撃ち落されるので、
ある連合軍の将軍が、命からがら帰ってきた機体を調べ、
尾翼のダメージがひどいことを発見しました。
そして本国に「尾翼を強化するように」と打電したそうです。

どこがおかしいかわかりますか。

本国からの返事はこうでした。

「尾翼をやられた戦闘機は一応帰ってきた。
 他の場所を撃たれた機が帰ってこなかったとすれば、
 強化するのは別のところではないか」

ということで、将軍は残ったものだけを見て考えた因果モデルを
頭から信じてしまったのですね。

もう一つの事例を紹介しましょう。

「ビール生産 大阪ドーム119杯分」

報道ではこのような表現をよく見かけますよね。
私もかつてメディアのバイトをしていたときに、
「わかりやすい記述」として指導を受けた記憶があります。

著者の谷岡さんはこのような表現について、
「わざとわかりにくくしている」「さっぱり意味をなさない」といいます。

「記事を書く側は、『どうだ、すごいだろ』という感覚で
 書いているのでしょうが、読む側としては、大人一人につき
 『バケツ○杯分』だとか、『大ビン○本分』と書いてくれるほうが、
 少なくとも実感できますからはるかにありがたい」

同感ですね。人間はあまりに大きな数字や小さすぎる数字は
消化できないのです。

リスクを扱っていると、データをもとに説明する機会が多いので、
著者の言う「数字を過信しない」「それだけに頼らない」「常に疑う」
という意識を持っている必要がありそうです。

ただし、だからといって数字を使わないほうがいいという主張では
決してありません。著者も「数字は有力な補強材」としています。
念のため。

※小学校の卒業式に出席しました。
 いまどきの小6女子はこんな感じです。

 

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守備力の評価方法

 

「僕は君たちに武器を配りたい」(講談社)を読みました。
著者は「京大NO.1若手人気教官」の瀧本哲史さんです。

「これから社会に旅立つ、あるいは旅立ったばかりの若者が、
 非常で残酷な日本社会を生き抜くための、『ゲリラ戦』のすすめ」

とありますが、社会に旅立ってからすでに20年以上たつ私にも
興味深い内容でした。

「コモディティ化」の潮流が、世界のあらゆる産業で
同時に進行するなかで、企業や個人にとって重要なのは
「コモディティにならないようにすること」です。

そのために、本書では「投資家的生き方」を勧めています。
詳しくは本書をご覧下さい。

ところで、本書では例え話として、メジャーリーグでの選手の
年棒査定方法を取り上げています(守備について)。

かつての野球選手は、エラーが少ない人ほど守備がうまい、
と見なされていました。

ただ、エラーの数で判断すると、簡単なフライを捕球しても、
エラーの危険を冒して難しい打球に飛びつきアウトにしても、
評価は同じです。難しい球を捕りにいってエラーをするより、
はじめからヒットにしてしまったほうが、評価は悪くなりません。

つまり、この評価方法では簡単にヒットを許してしまうことになり、
点を取られてしまう、すなわち、試合に勝てなくなってしまいます。

そこで現代のメジャーリーグでは、どれだけ自分の守備範囲で
アウトにすることに貢献したか、という観点から守備力を
評価するようになったそうです。
すべてのアウトカウント数27個のうち、その選手がいくつに
関わったかを見ていきます。
これだと積極性が高い選手ほど、評価が高まるわけです。

部分的にはいいと考えても、全体から見ると本末転倒、
ということは、リスク管理の世界でも起こりうる話ですよね。

※ようやく大倉山の梅も見ごろを迎えました

 

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