06. リスク管理関連

正常性バイアス

以前このブログで『人はなぜ逃げ遅れるのか』という書籍をご紹介したことがあります。15日に起きた岸田首相襲撃事件の映像を観ていて、この本に書かれていた「正常性バイアス」を思いだしました。正常性バイアスとは「これくらいなら大丈夫だろう」とリスクを過小評価してしまいがちであるという、心理学の用語です。

岸田首相に向かって何かが投げられたときの、警護をしていた和歌山県警のかたの反応は見事なものでした。緊張感をもって任務を遂行していただけではなく、おそらく日ごろから訓練などもしているのでしょう。
他方で、冷静に考えれば、首相にとって危険と考えられる何かは、そこに集まっていた聴衆にとっても危険なものである可能性が高いので、首相と同じようにその場からできるだけ速やかに逃げるのがベストな行動だと思います。
しかし、爆発物が爆発した直後の映像を観ると、何かが投げ込まれてから爆発まで1分近くあったにもかかわらず、多くの人がその場に残っていました(写メを撮っている姿もあったような…)。犯人の取り押さえに人々の注意が向かってしまったのかもしれませんが、もし爆発物の威力が大きければ、人的な被害が出ていたでしょう。
現場にいて危険を速やかに察知し、行動に移すことの難しさを改めて感じました。

私自身も2011年の東日本大震災で似たような経験をしています。これも以前のブログで紹介していますが、学会主催のイベントに参加した際に地震に遭遇し、しばらくしてから会場のシャンデリアが落下したということがありました。
地震発生でTさんのスピーチが止まったあと、私も含めて会場にいた数百人の参加者はそのまま座っていました。私は天井のシャンデリアが揺れているのには気がついていた(自分の頭上ではなかった)ものの、「この程度の揺れで落ちることはないだろう」と思っていました。まさに正常性バイアスが働いたというべきでしょう。学会メンバーのKさんが「シャンデリアの下にいる人は席を離れてください」と叫ばなければ、おそらく怪我人が出ていたはずです。

正常性バイアスから逃れることはできないにせよ、まずは事件や事故、災害などの際にはこのような心理が働くということを知っておきたいものです。

※写真は武蔵小杉のタワーマンションです。

 

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韓国信用市場の動揺

今月に入りIMFは最新版の国際金融安定性報告書(GFSR)のなかで、保険会社を含むノンバンク金融仲介機関の脆弱性が増しているという報告を行いました。報告書の2章を確認したところ、ケーススタディとして「2022年の英国年金基金の流動性危機」「Commodity-trading firms」「Private Credit Markets」とともに、「最近の韓国で生じた信用市場の動揺」というトピックが載っていました。
恥ずかしながら最近の韓国で金融市場の動揺があったことをフォローしていなかったので、IMFの報告書のなかで、昨年11月から12月にかけて、短期の信用スプレッドが200ベーシスを上回ったというグラフを見つけて驚いた次第です。これはリーマンショック以来の高水準となります。

私が「低金利下における生命保険会社の金利リスク対応ー日本・台湾・ドイツ・韓国の事例から考える」を論集に発表した2020年ころまでの韓国は、金利水準の低下局面が10年以上も続いていました。しかしその後、0.5%だった政策金利の引き上げが2021年8月から始まり、直近では3.5%となっています。
そのような金利上昇局面で起きたのが「レゴランド問題」です。エコノミストOnlineの記事によると、テーマパーク(春川のレゴランド)建設の資金調達にプロジェクトファイナンスを活用していたところ、債務保証をしていた地方政府が、いざ履行が必要となった際(2022年9月)に履行しないと言い出したことで、金融市場は大混乱に陥りました。大型開発案件の資金調達が厳しくなっただけではなく、優良企業の社債市場にも混乱が波及し、政府が社債やCPを買い入れるという、緊急の資金供給を実施するに至りました。

日本は金利上昇局面に入ったとまでは言い難い状況ですが、米国のシリコンバレー銀行の破綻を含め、金融市場が大きく動いた際には、何も起きないということはまずないと考えておくべきなのでしょう。

※写真は福岡・大濠公園です。

 

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保険商品の特殊性

今週のInswatch Vol.1180(2023.4.10)に寄稿した記事をご紹介します。
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原材料を仕入れなくても販売できてしまう

保険が他の商品と異なる点として、保険会社は事前に原材料を仕入れなくても保険を提供できてしまうということがあります。
例えば自動車メーカーは、事前に原材料である鉄やゴム、ガラスなどを仕入れることができなければ自動車を製造・販売できません。ですから、原材料価格がよくわからない段階で自動車を販売するようなことはなく、あくまで仕入れが先で、販売が後になります。
レストランも同じです。事前に食材を調達しなければ顧客に食事を提供できませんし、食材の価格が上がれば、メニューの値段を上げるのは当然です(もちろんマーケティング上の理由などから、原材料価格の上昇を承知のうえで値段を維持することはありえます)。

ところが、保険会社が保険金を支払うのは将来のことであり、かつ、将来支払う保険金額は販売時点で確定していません(保険事故が起きなければ支払わないこともあります)。このため、事前に原材料を仕入れていなかったり、原材料価格のことを十分に理解していなかったりしても、保険会社は保険を提供できてしまいます。
とりわけ販売競争が激しくなると、販売数を伸ばすために価格競争に陥りやすく、原価割れの危険が高まります。

販売停止となるのはなぜか

保険会社が保険を提供するにも、やはり原材料が必要です。保険は保険事故が生じた際、契約どおりに保険金を支払うという商品なので、特に長期の保険の場合、保険会社は保険料を受け取れば十分というのではなく、金融市場から将来の保険金支払いに備えたキャッシュフロー(無リスク債券)を仕入れる必要があります。加えて、保険会社は将来の保険金支払いの不確実性というリスクも抱えています。
もしも原材料を仕入れる前に金融市場の変動により原材料価格が上がってしまったり、原材料価格の適切な把握に失敗(例えばパンデミックのリスクを過小評価)してしまったりすると、保険会社の経営に深刻な影響を及ぼすこともあります。

保険を販売する皆さんにとって、売れ筋商品の販売停止はできるだけ避けたい事態だと思いますが、保険会社がしばしば保険商品の販売を停止するのにはこうした背景があるからです。すでに提供してしまった保険を無効にはできませんので、販売停止に踏み切ることで、これ以上傷口を広げないようにしているのです。

販売停止も簡単ではない

保険会社の目線に立つと、実のところ販売停止によるリスクコントロールもそう簡単ではありません。
自動車メーカーなら「100台限り」と決めてしまえば、それ以上売ることはありませんし、レストランも「ランチは30食限定」とすれば、原価割れの値付けだとしても、そこで止まります。いずれも事前に原材料を用意していなければ提供できないからです。

ところが同じことが保険では難しいのです。保険会社は顧客への配慮などから、ただちに販売停止という対応ではなく、「○○日で販売停止」とするので、売れ筋商品であれば必ず駆け込み需要が生じてしまいます。引き受け金額の上限を定めていたとしても、前述のとおり、保険は原材料を仕入れずとも販売できてしまうので、結果として上限を大幅に上回ってしまうこともありえます。
日本の例ではありませんが、昨年、台湾の損害保険業界がコロナ関連保険のリスク管理に失敗し、多くの会社が資本不足に陥りました。現地で確認したところ、その一因として売り止め前の駆け込み需要が殺到し、上限コントロールが実質的に機能しなかった点も挙がっていました。

皆さんが取り扱っている保険という商材にはこうした特殊性があることを改めてご認識していただければと思います。

※今回は共著である『経済価値ベースの保険ERMの本質』(金融財政事情研究会)の一部を参考にしました。
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※大学から博多駅や福岡空港が近くなりました!

 

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地下鉄サリン事件とリスクマネジメント

RINGの会オープンセミナーはいよいよ今週末です。withコロナにも慣れ、何となく業務は回っているものの、インプット不足に陥ってはいませんか、保険会社の皆さん。
アンケートによると、保険会社(営業担当社員)と代理店の意識ギャップがはっきり表れていますよ。

さて、今週のInswatch Vol.1140(2022.6.13)に寄稿した記事をこちらでもご紹介します。
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聖路加国際病院の奮闘

大学の授業(ゼミ)で、地下鉄サリン事件で多くの命を救った聖路加国際病院のドキュメンタリー番組を観ました(NHKのプロジェクトXです)。
あれからもう27年にもなります。当然ながら学生たちが生まれる前の出来事ですし、もしかしたら本誌の読者にも事件をご存じないかたがいるかもしれませんね。

1995年3月20日、朝の通勤ラッシュで混み合う東京の地下鉄車内に猛毒の化学兵器・サリンが撒かれ、乗客・地下鉄職員13人がサリン中毒で亡くなるという前代未聞のテロ事件が発生しました。私も危うく巻き込まれそうになりました。
事件発生後、聖路加国際病院の救急センターには600人以上が来院し、心肺停止の患者も次々に運ばれてきました。地域の拠点病院であっても、一度に600人以上もの患者が押し寄せることはありません。しかし、日野原院長(当時)は患者を全員受け入れるとスタッフに伝え、スタッフはトリアージで患者を症状ごとに分け、場所を確保するため、病院の礼拝堂も病室に転用しました。

他方、原因が特定できないなかで、重症患者の容体は悪化していきます。副作用のある解毒剤「PAM」を使うべきかどうかを悩む現場のリーダー。そこに、前年に松本市で起きたサリン事件で治療を行った医師からの情報が入り、解毒剤の投与を決断。結果的に多くの患者の命が助かりました。

リスクマネジメントが機能するには

番組を観た後、学生たちに「なぜ聖路加国際病院では多くの患者を受け入れることができて、犠牲者を最小限に抑えることができたのか」を挙げてもらいました。

<学生からの回答例>
・院長が災害時に役に立つような病院を建てていた
・礼拝堂を病室として使えるように設計していた
・院長がいち早く「患者を全員受け入れる」「外来は休む」と決断した
・医師たちが他の病院で起きた経験を研究していた
・他の病院との情報ネットワークがあった
・救急センター以外のスタッフも救命治療を学ぶなど緊急体制があった
・スタッフ一人一人が自ら率先して行動した
・スタッフどうしが助け合う雰囲気があった

これらを見ると、リスクマネジメント(あるいは危機管理)がうまく機能するのに不可欠な3つのことが浮かび上がってきます。「リーダーの決断」「事前の体制整備(ハード&ソフト)」「リスクカルチャー」です。
リーダーに決断力があり、スタッフの意識が高くても、事前の体制整備がなければスタッフができることは限られます。あるいは、組織にリスクカルチャーが根付いていなければ、リーダーが決断し、ハード面が整っていても、対応はうまくいかないでしょう。

このような話をしたのですが、果たして学生たちに響いたでしょうか。
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※宮崎産マンゴー(小さいもの)がなんと198円でした。

 

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金融機関の気候変動対応

金融庁は4月25日に「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を公表し、現在意見を募集しています(5月26日まで)。
さすがに気候変動の話を耳にしたことがないというかたはいないと思いますが、いろいろな機関がそれぞれペーパーを出しているので、全体像をつかむのはそう簡単ではないと感じます。このペーパーでは最初のほうで「気候変動を巡る議論・背景」をまとめてくれているので、現在の状況がざくっとわかって便利かもしれません。

金融庁が「金融機関」と言う場合、実質的には銀行など預金取扱機関を指すことも多いです(単なるひがみ?)。しかし、このペーパーは保険会社も対象です。例えば、気候変動に関連する機会及びリスクの認識と評価について、「保険会社においては、リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)の一環として、気候変動に関連する機会やリスク、およびそれらを踏まえた戦略やリスク管理、資本の状況の妥当性を評価することも考えられる」という注記があったりします(21ページ)。

顧客支援の具体的な進め方についての記載は、銀行と保険会社に分かれています。
保険会社のところでは、「企業や産業が脱炭素化を進めつつ、自然災害の激甚化への強靭性を高める観点からは、保険会社の役割も重要である」としたうえで、生命保険会社については投資行動を通じた支援、損害保険会社については保険商品の提供を通じた支援に関する記述がみられます(42ページ~)。

もっとも、銀行にしても保険会社(特に損保)にしても、顧客支援として本質的になすべきことは変わらないのではないでしょうか。
顧客企業がやるべきことは、気候変動の影響を把握するだけではなく、気候変動を含めた全社的な機会とリスクの把握です、気候変動による影響だけ頑張って把握し、TCFD開示を行っても、全社的なリスクマネジメントができていなければ、持続可能な経営とはなりません。ですから銀行や保険会社に求められるのは、全社的なリスクマネジメントの構築支援ということになります。
事業会社のリスクマネジメントが総じて発展途上であり、保険の手当てを人事部や総務部が行っている現実を踏まえると、リスクの引き受けを本業としてきた保険会社にとってビジネスチャンス到来と言えるかもしれません。
コーポレートガバナンス改革と気候変動対応を切り口に、事業会社に目覚めてもらいましょう。

※戦前に存在した共同火災という会社のファイアマークを発見しました。竹原(広島県)にて。

 

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最新の金融システムレポート

日本銀行が21日に公表した「金融システムレポート」に、ウクライナ情勢が日本の金融システムに及ぼす影響というBOX(巻末のコラム)がありました。
本邦金融機関のロシア向け与信残高は71億ドルと限定的(トップ3はフランス、イタリア、オーストリア)で、ドルを中心とした外貨資金繰りに特段の問題はみられず、ロシア関連の債券・株式の保有も少ないことから、現時点では影響は限られているという結論でした。
もちろん、先行きには大きな不確実性があるとも述べていて、サイバー攻撃の増加にも注意が必要とのことでした。

レポートの本編で今回私が気になったのは、地域金融機関が投資信託の残高を引き続き積み増していることと(本編19ページ)、今さらではありますが、上場銀行のPBRが0.5倍を下回る水準で低迷していること(同70ページ)、つまり、株式市場からの評価が極端に低いことの2つでした。

投資信託のうち、増加が目立つのは「マルチアセット」だそうです。レポートによると「保有投資信託のうち5割程度が、海外金利系投資信託と海外金利を主たるリスクファクターとするマルチアセット型投資信託となっている」「(マルチアセット型は)リスク量の変動を適時に把握することが難しいほか、市場の変動が大きいストレス局面では、必ずしもリスク分散の効果が十分に発揮されなかった事例もみられている」とのことで、「利息配当金の増収を企図して」という発想だとしたら、ちょっと心配ですね。

金融システムレポートには「ハイライト」や「概要」もあり、本編の全体像を知りたい方はこちらが便利です。金融分野の勉強をしている学生の皆さんにも、このレポートは(簡単ではないけど)おすすめです。

※藤の花がきれいでした。

 

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令和3年の犯罪情勢

数回前のブログで、人間の2つの思考システムについて紹介しました。人間には物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1と、論理的な思考を行うシステム2があって、日常の判断は直感的なシステム1で行われがちで、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価しやすいという内容でした。数日前に、まさにその通りのニュース(読売新聞オンライン)を見ました。

警察庁が3日に発表した「令和3年の犯罪情勢」によると、2021年の刑法犯認知件数(警察が犯罪と認めた件数)が戦後最小を更新したそうです。刑法犯認知件数は2002年の285.4万件をピークに減少が続き、昨年は56.8万件でした。このうち強盗や殺人、強制わいせつなどの重要犯罪も減少傾向が続いています。

その一方で、警察庁が昨年11月にインターネットを通じてアンケート調査を行い、「ここ10年で、日本の治安はよくなったと思いますか。それとも悪くなったと思いますか」と聞いたところ、「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人の割合が64.1%に上ったそうです。
「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人に、どのような犯罪が発生している状況を思い浮かべていたかを聞くと、上位は「無差別殺傷事件」「オレオレ詐欺などの詐欺」「児童虐待」「サイバー犯罪」でした(5割以上の回答があったもの)。

統計を見れば治安はかなりよくなっているのに、人々は悪くなったと感じています。
アンケート調査の回答者の多くは、犯罪件数がピーク時の5分の1まで減っていることを知らなかったのかもしれません。しかし、もし知っていたとしても、アンケート直前の10月に京王線での切り付け事件が発生し、NHKでは毎日のように林田アナが「ストップ詐欺被害!」とやっていて、児童虐待の痛ましいニュースに心を痛める人々が、警察のアンケートで日本の治安はよくなったと回答するとは考えにくいです。

警察庁の総括は「一部罪種については増加傾向にあるほか、認知件数の推移からは必ずしも捉えられない情勢があることや新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会の態様の変化の影響等も踏まえると、犯罪情勢は、依然として厳しい状況にある」です。この総括の参考としてアンケート調査の結果を示しています。
この資料にアンケート結果が載るようになったのは、2019年のものからです。やはり日本の治安について聞いていて、「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人の割合は61.4%。警察庁の総括は「必ずしも当該指標(=認知件数)では捉えられない情勢もあり、依然として予断を許さない状況にある」でした。

警察庁は2001年度から2017年度までの間に地方警察官を合計3万人強増やし、それが治安の回復に効果をもたらしたとしています。成果を上げたということですよね。交通事故による死傷者も減っています。すばらしいです。
事件や事故が減ったなら、警察官を減らすべきと言いたいわけではありません。特殊詐欺件数の高止まりやサイバー犯罪の増加などへの対応を強めることは必要だと思いますし、警察官の仕事が広がっている、あるいは変わってきているのかもしれません。
ただ、結果がほぼ明らかなアンケート調査を行い、それを参考にして「犯罪情勢は依然として厳しい状況にある」と総括するのは疑問を感じます。

※季節外れの紅玉を見つけたので、ジャムを作りました。

 

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「組織と職場の社会心理学」

九州大学の山口裕幸先生の書籍『組織と職場の社会心理学』を読みました。
連載コラムを書籍化したもので、社会心理学の実証研究で明らかにされてきた事柄が数多く紹介されています
(前回のInswatchで取り上げた二重の思考システムの話も出てきます)。

例えば、第16章の「説得的コミュニケーション」では、相手の気持ちを動かす効果的な方法について、社会心理学の研究知見をいくつか紹介しています。

「フット・イン・ザ・ドア」手法:最初は相手が容易に無理なく受け入れられる依頼を行い、それが受け入れられたら、次の本来考えていた依頼を行う手法

「ドア・イン・ザ・フェイス」手法:最初に相手が拒否するに違いないほどの大きな要請を行って、まず相手に拒否させておいて、第二段階で、受け入れやすいようなほどほどの大きな要請を行う方法

「ロー・ボール・テクニック」:相手にとって魅力的な受け入れやすい条件を提示して、応諾を引き出したのち、後からその魅力的な条件を取り去るという方法

「ザッツ・ノット・オール法」:時間帯を区切って、通常の値段よりも値引きする方法

「不安・安堵法」:自分が何か避難されるようなことをしでかしたのかと不安を感じさせて、実はそれは思い過ごしであったと判明し、安堵させた直後に要請を行う方法

いずれも、一定の好条件が整ったときでなければ、十分な効果は引き出せないことがわかってきているそうです。ただ、研究が進むほど悪用もされやすくなるという面はありそうですね。

私が最も興味深く読んだのは、第21章「会議は何をもたらすのか」と第22章「会議の落とし穴」です。

・話し合えば的確な決定を導けるのか
・話し合いは創造的アイディアを生み出すか
・話し合いは相違を反映するか
・「裸の王様」現象による決定の歪み
・話し合えば情報共有できるという幻想の罠

これだけ見ても何となくわかると思いますが、例えば「ブレイン・ストーミングを取り入れれば、創造的なアイディアが生み出されるという安易な期待はもたないようにすることが大切」「話し合いの結論は手順一つでコントロールすることが可能」だなんて、ちょっとショックかもしれません。

確認したところ、本書のもとになったコラムは現在も連載中でした。月1の更新でしょうか。
「行動観察コラム」のサイトへ

※吉野家とゴーゴーカレー、奇跡のコラボだそうです。学食(カフェテリア)にて。

 

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相互宝の運用終了

加入者どうしがリスクをシェアし、万一の際には助け合うという仕組みをネットの世界で実現したP2P保険の成功例として紹介されてきた中国の相互宝が、1月28日をもって運営を終了するそうです。詳しくは片山ゆきさんによるこちらのレポートをご覧ください。

2018年のサービス開始からわずか1年間で1億人の加入者を集めたというのもびっくりしましたが、中国当局がオンライン金融事業への規制を強めるなかで、運営終了に追い込まれてしまったというのも驚きです。
片山さんはレポートのなかで、中国当局が昨年になってオンライン金融事業についても既存の金融機関と同様の規制を適用する姿勢を示したなかで、相互宝が保険商品と同様の規制や、保険会社のような厳しい監督・管理を受けていなかった(そもそも当局が保険として認めなかった)ことを述べたうえで、「従来より官(主務官庁)と足並みを揃え、厳しい規制の中で成長した保険会社(民)と、莫大なユーザーを背景に異業種から参入したITプラットフォーマー(民)では、官(主務官庁)との協働関係のあり方に本質的な違いがあったのであろう」とコメントしています。中国ビジネスにおける政府リスクの存在を見せつけられた感があります。

最近のニッセイ基礎研レポートといえば、前金融庁長官の氷見野良三さんが総合政策研究部エグゼクティブ・フェローとして書いたこちら(「金融機関のシステム障害」)も興味深く読みました。
某社のシステム障害についてコメントしたものではなく、「剛構造主義」「ゼロ許容度」から「柔構造主義」「オペ・レジ主義」への転換について述べたものです。私もリスクマネジメントを検討するなかで同じことを時々考えますが、氷見野さんのおっしゃるとおり、社会全体で変わっていく必要があるでしょうね。前回のブログで示したように、そう簡単なことではなさそうですが。

※筑後川昇開橋です。なんと係のかたが橋を動かしてくれました。

 

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リスクをどう伝えるべきか

今週のInswatch Vol.1119(2022.1.10)に寄稿した記事をご紹介します。リスクマネジメントは奥が深いですね。

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新しい年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

リスクをどう評価するか

読者の皆さんの多くは保険ビジネスに関わっているかただと思いますので、一般の人に比べると「リスク」や「リスクマネジメント」について、より深く理解されているのではないかと思います。
ご存じのとおり、リスクマネジメントを行うにはリスクを認識し、何らかの形で評価する必要があります。
もし、リスクによって生じうる損失や利益の大きさと、そのリスクの発生頻度がわかれば、リスクの大きさを数値で表すことも可能です。例えば3メガ損保グループはいずれも、グループの直面する主要な経営リスクを数値化し、自己資本(広義)と対比するリスクマネジメントを行っています。

2つの思考システム

問題は一般の人がリスクをそのようにとらえているか。つまり、専門家と同じようにリスクを評価するかという点です。

リスク心理学を専門とする中谷内(なかやち)一也先生の著書『リスク心理学』によると、私たち人間の判断や意思決定は「二重の思考システム」に支えられているそうです。
このうちシステム1は、すばやく自動的に働き、大雑把にとるべき方向性を判断するというもの。システム2は、時間がかかるものの意識的に思考し、精緻な判断をしようというもの。そして、日常の判断はシステム1で行われがちだといいます。

論理的な思考を行うシステム2によってリスクを評価するには、多くのデータと、データを分析する技術が必要です。これらがなくても人間が太古の昔から生き残ってきたのは、物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1が有効だったからだと考えられます。

ただし、システム1には「思い出しやすい事象は発生する確率が高いと判断しやすい」「ある数値を一度基準として考えてしまうと、無関係な意思決定に影響を及ぼしてしまう」「自らの感情を手掛かりにリスクや便益の判断を行いやすい」などのクセがあり、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価することにもなりかねません。

例えば、2011年に発生した東日本大震災では、沿岸各地に10メートルを超える巨大津波が押し寄せ、多くの犠牲者が出ました。この「10メートル」という数字が人々の意識に刻み込まれてしまったため、避難すべきと考える津波の高さが大震災の前後で変わってしまい、50センチや1メートル程度の津波であれば避難しなくてもいいと考える人が増えてしまったそう
です(震災前は50センチや1メートルで避難するという人が多かった)。
津波のエネルギーは1メートルでもすさまじく、リスクの過小評価が起きている可能性があります。

システム1の存在を踏まえた伝達を

皆さんをはじめ、専門家による定量的なリスク評価はシステム2によって生み出されます。専門家は一般の人に対し、システム2によって理解され、判断に生かされることを期待して、様々な説明を行います。
ところが多くの場合、提供された情報は人々のシステム1によって処理されてしまうため、リスクが過小評価されたり、過大評価されたりします。

では、どうしたらいいのでしょうか。専門家がリスク評価の考え方を一般の人にわかりやすく説明するというのが正攻法ですが、まずは人間の2つの思考システム(特にシステム1の存在)を知ったうえで、システム1に響くように伝える工夫が求められているのだと思います。
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※写真は「のだめカンタービレ」のロケ地です。

 

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