01. 保険経営全般

有識者会議の報告書

経済価値ベースのソルベンシー規制の導入などについて検討を行ってきた有識者会議の報告書が公表されました。
「ソルベンシー規制の今後あるべき姿として、経済価値ベースで保険会社のソルベンシーを評価する方法を目指すべきである(5ページ)」と提言した2007年4月の報告書(PDF)の公表から10年以上がたち、「保険会社の内部管理において経済価値ベースの考え方を取り入れる動きが進む一方、保険監督者国際機構(IAIS)における国際資本基準(ICS)をはじめとする国際的な動向の進展もみられた」(報告書1ページより)なかで出されたものです。

個人的な注目点をいくつか取り上げてみましょう。

検討タイムラインの設定

2007年の報告書にも「平成22年(2010年)を見据えて不断の作業を進める」とありましたが、今回の報告書では2025年の導入を前提に、より具体的なタイムラインが示されました。

・2022年頃 制度の基本的な内容を暫定的に決定
・2024年春頃 基準の最終化
・2025年4月より施行

まずは2022年をターゲットに、金融庁が来月からの2事業年度で制度の基本的な内容を詰めていくことになります。

第1の柱と第2の柱の関係

報告書では「保険会社の内部管理のあり方も踏まえた多面的な健全性政策」を念頭に、新たな健全性政策の内容を「3つの柱」の考え方に即して整理しています。

・第1の柱(ソルベンシー規制)
・第2の柱(内部管理と監督上の検証)
・第3の柱(情報開示)

第1の柱と第2の柱のバランスは結構難しくて、第1の柱のあり方によって、報告書でも懸念する意見があるように、保険会社のリスク管理の高度化が停滞する可能性があります。さりとて「第2の柱で見ればいい」となってしまうと、監督介入が遅れたり、恣意的なものとなったりしてしまいます。

「経済価値ベースの第1の柱は2025 年に導入することを前提として検討を進めていくべきである。一方、それまでに保険会社の内部管理態勢及び金融庁の監督態勢の双方を高度化し、経済価値ベースの制度への円滑な移行を促す観点からは、第2の柱に関する取組みは、第1の柱の導入を待たずに早期に開始することが適当である」(33ページ)

「リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)上では、割引率につき標準モデル上の手法(終局金利(UFR)に基づく補外等)以外の手法も用いて評価を行うことや、自社の保険契約・運用資産のポートフォリオの特性を反映した粒度の高いデータに基づく、より精緻なリスク計測手法を用いること等も視野に入りうる」(35ページ)

報告書のこうした記述を見るかぎりでは、第1の柱はあくまで「最大公約数」であり、リスク管理の高度化を促すフェーズでは、第2の柱が重要という整理のようです。

「厳格化」には触れず

2007年4月の報告書(PDF)では、ソルベンシー・マージン比率の信頼性を向上させて行く努力が必要として、次の記載がありました。

「段階的な取組みの一歩として、例えば95%程度を信頼水準引上げの目標とするのであれば、保険会社に対する財務上の影響や、健全性評価に対する信頼性の向上の両面からみて適当ではないかと考えられる。(中略)そして、経済価値ベースのリスク評価への移行を前提とした上で、国際的な動向も見据え、更に信頼水準を引き上げていくことが適切である」

所要資本(リスク量)の計算を90%から95%へ引き上げるのはあくまで段階的な取り組みの一歩であり、経済価値ベースの規制に移るとともに、さらにハードルを上げることが提案されていました。

今回の報告書には、第1の柱における信頼水準について記載がありません。
ただ、「国内規制における標準モデルについては、ICSと基本的な構造は共通にしつつ検討を進めていくことが適当である」(14ページ)とあり、これまでの国内フィールドテストでもICSを参照してきたことから、普通に考えればICSの「99.5%」がそのまま採用されるのでしょう。
20年に1回から200年に1回の水準に上がるので、前回の変化よりも大きそうですね。

※宮崎県産の完熟マンゴーと福岡県産のブルーベリーです♪

 

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対面販売の自粛を活かす

インシュアランス生保版(2020年5月号第4集)に執筆したコラムです。
東日本大震災の時も感じましたが、非常時には元々抱えていた経営課題も浮き彫りになります。
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非対面販売の活用

新型コロナ対応で保険営業の対面販売の自粛が続くなか、営業職員による訪問販売を主力とする大手生保が、既契約者とその家族に限り、一部の商品について非対面での加入解禁に踏み切るとのこと。代理店に対しても、限定的にではあるが、非対面による加入を認める動きが徐々に広がりつつあるようだ。
対面での営業活動を、オンライン営業を含めた非対面に置き換えるのはそう簡単ではない。zoomなどを使ったオンライン営業であれば、対面とほぼ同じことができるとはいえ、相手のネット環境にも左右されるうえ、長時間になるとリアルな打ち合わせよりも集中力がなくなってしまいがちだ。

しかし、特効薬が登場するまで、ウイルスとの共存を余儀なくされるのであれば、対面販売を再現するという発想ではなく、非対面ならではの販売モデル確立に向けて、いち早く動くべきではないかと考える。
オンライン営業を含めた非対面販売には、移動時間がかからない、証拠を残しやすい、同じ場所に集まらなくても打ち合わせができる、などの特徴がある。消費者としては、これまでは家庭や職場で営業パーソンから一対一で話を聞いていたものが、オンラインであれば他の家族にも打ち合わせに加わってもらいやすくなるし、保険に詳しい知人に同席してもらうのもハードルが低くなる。個人的な感覚かもしれないが、セールスを受けているという圧迫感もオンラインのほうが弱い。

職人芸からの脱却を図る

何よりも、これまで営業パーソンの「職人芸」に頼っていた営業活動を共有化することで、組織としてのマーケティング活動ができることが大きい。とりわけ伝統的な生保の営業職員チャネルでは、そもそも新型コロナ以前からビジネスモデルの賞味期限が取りざたされていた。かつてに比べればやや改善したとはいえ、大量採用・大量脱落の構造は今も残り、顧客開拓からクロージングまで、基本的に個人のスキルにかかっている。
今回の対面販売の自粛がなくても、こうしたモデルの限界は意識されていたことだろう。この機会に、例えばデータサイエンスを全面的に用いるなどして、新しい時代に合った販売モデルを模索すべきである。

保険販売、特に生命保険は訪問販売でなければ売れないという声も根強い。確かに、ニーズが顕在化している自動車保険などに比べると、生命保険(死亡保険)は自らが保険金を受け取ることはなく、遺族保障の必要性を想像してもらわなければならない。各種の保障を組み合わせた商品も多く、業界以外の人は説明を受けても理解するのが難しい(業界人は、例えば携帯電話の説明を受けたときのことを思い出してほしい)。
ただ、せっかく新型コロナ禍で家族のきずなが強まり、保障に対する人々の意識も変化していると思われるのに、一歩踏み出さなければ、みすみすその機会を逃すことになりかねない。もはや危機対応の段階から、新たなビジネスモデルを模索する段階にきているのではないか。
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※写真は福大オリジナルクッキーです

 

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日産生命破綻処理に関する覚書き

保険会社の2019年度決算発表が始まりました。
まずは上場生命保険会社グループということで、15日に第一生命ホールディングス、T&Dホールディングス、日本郵政・かんぽ生命の決算発表がありまして、今週は損保決算、(非上場の)生保決算と続きます。

政府の緊急事態宣言が出たのは4月上旬なので、今回の決算発表では対面販売自粛の影響は営業数値にほとんど出てこないのではないかと思います。
他方で、非対面での保険販売を主力とするライフネット生命は4月の業績速報(PDF)で、新契約業績が過去最高を更新したことを明らかにしました。アドバンスクリエイトも4月の業績概要(PDF)で、保険代理店事業において、対面販売が落ち込む一方、通信販売が急増したことを示しています。

予定利率の引下げ

さて、タイトルは「日産生命破綻処理に関する覚書き」でしたね。
生命保険経営学会の機関誌「生命保険経営」最新号(第88巻第3号)に、明治安田生命保険の佐藤元彦さんによる同名の論文が掲載されました。

1997年4月に破綻した日産生命の破綻処理は、その後も相次いだ生保破綻の処理に大きな影響を与えました。
なかでも、「既契約の予定利率引下げ」と「早期解約控除の設定」は、次の東邦生命(1999年破綻)をはじめ、全ての破綻処理で採用されています。

論文によると、保護基金の発動、イコール契約条件の変更ということではなかったそうです。しかし、「収支上の必要性から予定利率引下げは余儀ないものだった」(論文より引用)。論文の注記には、「資金援助上限額2000億円だけで処理が可能だったとしたら、予定利率は引下げなかったであろう」とありましたが、資金不足が大きく、そうもいかなかったようです。

数年後にアクサが日本団体生命を買収し、破綻後ではないので、当然ながら高利率の契約もそのまま引き受けています。当時のアクサがどう判断したのかはわかりませんが、もし将来収支がマイナスでも、顧客基盤や新契約獲得能力など(いわゆる「のれん」ですね)に大きな価値があると判断すれば、条件変更なしでの破綻処理もありえたのかもしれません。
もっとも、破綻により日産生命の事業基盤はダメージを受けており、のれんを高く見積もることもできず、予定利率の引下げはやむを得なかったということなのでしょう。

新日産生命構想

「新日産生命構想」は本当にあったのですね。
破綻した日産生命の既契約の受け皿会社を、日立・日産グループ各社の共同出資で新設するというもので、既契約の維持管理だけでなく、新契約の獲得も行う保険会社を新たに立ち上げる構想でした。日産生命の欠損額が大きく、保護基金の資金援助2000億円では賄いきれないので、「残りの欠損額については、新日産生命の営業力と予定利率引下げ後の既契約の収益力を評価し、営業権として資産計上することで補う」(論文より引用)というスキームです。

残念ながら日立・日産グループからの出資を得られず、新日産生命構想は頓挫しました。論文には早期解約控除についての言及がなく、日立・日産グループの信用が拠りどころということで、出資者としては再破綻の可能性を意識したのかもしれません。

早期解約控除

最終的に日産生命の破綻処理は、生命保険協会の100%出資により、既契約の維持管理のみを行う受け皿会社(あおば生命)を新設し、そこに日産生命の契約を移転するスキームとなりました。既契約に対しては予定利率引下げなど基礎率の変更を行い、さらに、ここで「早期解約控除」が出てきます。

早期解約控除とは、業務再開後の数年間は、通常の解約控除に加え、一定額の解約控除を上乗せするというものです。
初年度の控除率を15%としたのは、「(保護基金からの)資金援助がなされない場合、およそ15%程度の積立金毀損が発生する」との見解を佐藤さんは示しています。この15%が妥当だったのかどうかはわかりませんが、あおば生命の経営を安定させるのに寄与したのは間違いないでしょう。後に生保協会があおば生命を売却できたのも、「既契約の予定利率引下げ」「早期解約控除の設定」をセットで実施したからだと思います。

会員以外のかたが論文を読めるようになるのは2022年1月になってからですが、破綻処理策の原案作成者による覚書きは貴重だと思いまして、ブログで紹介しました。

※緑が濃くなりましたね。

 

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新型コロナウイルスと保険会社経営

inswatch Vol.1028(2020.4.13)に寄稿した記事のご紹介です。

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4月から東京を離れ、福岡市にある福岡大学商学部で研究および教育活動を行うことになりました。主に「保険論」「リスクマネジメント論」の講義を受け持ちます。キャピタスコンサルティングにも非常勤として残るので、福岡と東京の二重生活となる予定です。

とはいえ、福岡にも非常事態宣言が出され、東京に戻るどころか、大学への立ち入りも原則として禁止です。新生活のスタートがこのようなものになるとは全く予想していませんでしたが、ネット環境が快適とは言えないまでも、何とかこちら(福岡の自宅)で仕事をできるようにはなりました。IT技術の進展はありがたいです。

昨年度決算はそれほど深刻なものではなさそう


さて、本年度もしばらく生保経営に関する話を続けることにしましょう。

4月となり、保険会社では昨年度決算の取りまとめが行われているところです。非常事態宣言が出るようななかで、作業は例年よりも大変だと思いますが、おそらく保険引受面での影響はほとんどありません(インフルエンザの発生が少なかったというプラス要因もあります)。
2月下旬からの株価急落には肝を冷やしましたが、通期で見れば、株価指数は10%程度の下落にとどまりました。主要通貨も豪ドルを除き、総じてやや円高といった程度なので、ソルベンシーマージン比率などの健全性指標がひどく悪化するようなことはなさそうです。

景気低迷による保険需要の減退


もちろん、今後の金融市場の動きは予断を許しませんし、日本銀行がマイナス金利の深掘りをしてしまい、超長期金利の水準が一段と下がるという悪夢のシナリオも否定はできません。
とはいえ、金融市場の急激な変動はリーマンショックで経験済みですし、海外事例を見ても、新型コロナの死亡者数が日本全体で数十万人に達するとは考えにくく(保険会社はその程度のシナリオまで想定して経営しています)、今のところ財務面の心配はそれほどしなくても大丈夫かと思います。

これに対し、営業面には深刻な影響が出るかもしれません。
パンデミックの発生が特定地域ではないため、ほぼ全国で営業活動に支障があります。会社専属の営業職員チャネルを主力とする会社でも、独立チャネルを中心に展開する会社でも、対面販売ができないのは非常に厳しく、事態がいかに早く収束に向かうかにかかっています。

新型コロナが人々の行動を変える


もし事態が収束に向かったとしても、単にそれ以前の状態に戻るということはないと思います。
2011年に発生した東日本大震災の後、対面販売チャネル、とりわけ顧客のもとに足を運ぶ訪問販売が再評価されました。ネット生保の苦戦もそのようななかで起きました。

今回はどうでしょうか。新型コロナの感染者数が頭打ちになっても、顧客が来訪者を気軽に受け入れるには、よほど親しくないかぎり、相当な時間を要するかもしれません。
ネット環境も一段と身近なものとなります。半ば強制的にとはいえ、テレワークやオンライン会議が日常となった顧客が、保障を得たいと思ったときに、どのようなチャネルを選ぶでしょうか(単純にネット生保に移行するということではないかもしれませんが)。

東日本大震災の後で人々の行動が変化したように、ポスト新型コロナの世界でも、人々の行動が変わることは間違いなさそうですし、それに応じたビジネスモデルの見直しが求められることでしょう。
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※週末にミートソースを作りました。
 30分以上も煮込んだ力作(?)です。

 

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保険会社は契約者に何を提供しているのか

inswatch Vol.1014(2020.1.6)に寄稿した記事をご紹介します。
現場のかたを念頭に、保険会社が経済的にみて何を提供しているのかという話を書いたのですが、ご理解いただけたでしょうか?
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将来のキャッシュフローを提供

新年ということもあり、今回はそもそも保険とは何かについて、改めて考えてみたいと思います。

読者の皆さんは保険流通に関わっているかたが多いでしょうから、保険会社が契約者に何を提供しているのかと聞かれると、「安心」「万一への備え」あるいは「愛情」といった答えが返ってきそうです。それはその通りなのですが、もう少し本質的に考えてみると、「キャッシュフロー」という言葉が浮上します。
保険会社は契約者から保険料を受け取り、将来、死亡や事故などのイベントが発生したら、契約者との間で予め決めておいた保険金額(査定による決定額を含む)を支払います。つまり、保険会社は契約者から取得したキャッシュフローをもとに、将来のキャッシュフローを提供しているのです。これは生保でも損保でも同じです。

生保と損保の経営リスクの違い

ただし、生保と損保では一般に契約期間が異なります。生保の契約期間は非常に長く、キャッシュフローの提供がかなり先になることが多いので、保険会社の経営リスクとして最も重要なのは、この間に経済環境や金融市場が大きく変動することです。死亡率や疾病の発生率もそれなりに変化するとはいえ、損保に比べれば限られています。
他方で、損保の契約期間は1年であることが多く、キャッシュフローを提供するまでの期間は短いのですが、事故の内容によって保険金の支払額が大きく変動するため、保険引受リスクの管理が重要となります。

原材料を仕入れる前に価格が上昇

保険が通常の商品と違うのは、原材料を仕入れなくても商品を提供できてしまうところです。
それでも損保の場合には、前述のように保険引受リスクの管理が重要なので、企業物件を中心に、保険会社が引き受け可能と判断した範囲内で保険を提供するのが以前から一般的な実務となってきました。

ところが生保の場合には、原材料を仕入れずに商品を大量に提供してしまったため、後になって困るということが起きています。

保険会社が将来のキャッシュフローを提供するためには、原材料として金融市場からキャッシュフローを仕入れてこなければなりません。原材料の価格は金利水準によって変わり、金利が上がると原材料が安くなり、金利が下がると原材料の価格が上がります(公社債の価格をイメージしていただければいいと思います)。
それを、「今は原材料価格が高いから、後で調達しよう」「そもそも日本では原材料を仕入れるのが難しい」などと後回しにしていたら、金利水準が一段と下がってしまい、仕入れる前に原材料の価格が上がってしまいました。これが今の生保が直面している現状です。

こうした現状は、現在公表されている基礎利益やソルベンシーマージン比率を見てもわかりません。
金融庁が経済価値ベースのソルベンシー規制を導入しようというのは、今の規制や会計の枠組みでは把握できない、保険会社が直面している現状を把握しようという取り組みなのです。
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※私の母が孫娘の着付けをしました。

 

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ソルベンシー規制の方向性

18日に公表されたかんぽ生命保険契約問題 特別調査委員会の調査報告書をざっと読んでみました。
報道のとおり、募集人アンケート(かんぽ生命の募集業務に従事する日本郵便の職員3万8839人が回答)で、不適正募集を職場で見聞きしたことがあると回答した人が半数程度もいたというのが衝撃的です。多くの職員が不適正募集の事実を知っていたにもかかわらず、その情報が上層部に届くことはなかったのですね。
さらに、監督官庁の1つである総務省の事務方トップが日本郵政の幹部に機密情報を漏らしていたとは。これを契機に法令を改め、監督は金融庁に一本化すべきではないでしょうか(もちろん総務省からの出向も禁止ですね)。

タイムラインを仮置き

さて、本題はこれからです。金融庁が公表した「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議(第5回)」の事務局資料を見ると、金融庁は11月の会議で規制の方向性をある程度示そうとしたことがうかがえます。

例えば4ページには、「単純にESRの水準のみに基づく機械的・画一的な規制とするのではなく、『3本の柱』の考え方に基づく健全性政策全体のあり方を検討していく」(ESRは経済価値ベースのソルベンシー比率のことです)とありますし、1つの考え方として、「第1の柱の基準や監督介入の内容を過度に厳しいものとしない一方で、第2の柱と第3柱を通じて適切な規律が働くような枠組みとする」(5ページ)とも書かれています。

より注目すべきは、「現時点においては2025年からの国内規制の適用開始を一旦の前提とし、それまでの準備期間に必要な対応についても議論を深めていくことが必要ではないか」(6ページ)とタイムラインが示されていることでしょうか。
確かにそうでもしないと、いつまでも先に進まないでしょうから、タイムラインの設定は重要だと思います。これですんなり決まるかどうかはわかりませんが、導入時期が決まれば保険会社も必要な準備を進めることができるでしょう。

実質資産負債差額について

事務局資料には、「経済価値ベース規制への移行時には、ソルベンシー規制からは実質資産負債差額に関する定めを撤廃したうえで、会計ベースのバランスシートに関する補完的な指標として必要な場合に活用していくことが適当ではないか」(11ページ)という記述もありました。

経済価値ベースのソルベンシー規制を導入したら、実質資産負債差額は当然廃止するのだろうと思いきや、メンバー・オブザーバーの意見は必ずしも一致していないようです。
これまでの議事要旨にも廃止に反対する意見が載っています。

「(新規制下においては)経済価値ベース指標のみに機械的に依存するのではない多面的な監督の枠組みを確保することが重要であり、実質資産負債差額はその1つの方策としての可能性はあると思う。仮に廃止するとことになった場合、経済価値ベースの指標のみでデジタルに会社の状況が判断されることがないように、標準責任準備金制度や商品認可制度なども含め多面的な監督の枠組みを確保する必要があると思う(後略)」(11月)

「実質資産負債差額は、解約返戻金もしくは全期チルメルベースの標準責任準備金を上回る時価ベースの資産を保有しているかという指標であり、金利リスクへの対応というよりも別のものを見るためのものと理解している。標準責任準備金制度の中では非常に重要なパーツであり、一定の修正は必要かもしれないが、存置する方向ではないかと思う」(10月)

「実質資産負債差額は、財務諸表を見るための補強材料として機能している部分があるので、そうした観点からの意義はあるのではないか」(10月)

過去の議事要旨やJARIP(日本保険・年金リスク学会)大会での議論などからすると、実質資産負債差額という規制を残したいという声は、どうも業界サイドから上がっているようです。
しかし、解約返戻金または全期チルメル式の標準責任準備金を上回る資産を常に確保しておかなければならないとすると、生命保険会社はどうやってALMを実行したらいいのでしょうか。経済価値ベースの保険負債とロックインの責任準備金を両立させるには、多額の資本を持つしかありません。

それでも事務局資料は一定の方向性を打ち出そうとしたということで、20日の会議を含め、今後の議論に引き続き注目しましょう。

※汐留のクリスマス・イルミネーションです。

 

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損保総研で講師を務めます

セミナーのご案内です。
12月17日(火)に損保総研の特別講座で講師を務めます。
演題は「内外ソルベンシー規制の動向と経済価値ベースの保険ERM再考」です。

損保総研では2000年以降、ほぼ毎年講師を務めていまして、保険会社の経営内容や健全性規制などの「定点観測」をお伝えする機会となっています。
例えば10年前の2009年12月には「金融危機と保険会社経営」という演題で、保険会社の経営分析やリスク管理の現状などをお話ししました。
一昨年の演題は「今だからこそ問われる保険会社のERM」、昨年は「知っておきたい保険関連の健全性規制の背景と方向性」でした。

今回は、内外ソルベンシー規制にいろいろと動きがありましたので、まずはその話をしたうえで、後半は規制以外の話をしようと考えています。
師走のご多忙な時期だとは思いますが、機会がありましたらぜひご参加ください。

※ユーザー数が11億とは驚きです

 

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損保の安定経営とは

NHKニュースでコメント

19日に大手損保グループの4-9月期決算発表があり、これに合わせてNHKニュースの電話取材を受け、その日の夜9時のニュースに出演(?)しました。
火災保険の保険料がテーマでして、先ほど確認したところ、「保険料が上がるというのは、消費者としてはうれしくないが、保険会社としては妥当」「(料率を上げるのであれば)効率化が求められる」といったコメントが使われていました。

来年の自然災害がどうなるかはわかりませんが、少なくとも昨年、今年と大型の災害が続いたので、考えてみればかなりのニーズ喚起になっているはず。そのような話もしたのですが、使われなかったようです。

損保の安定経営とは

翌日の日経は「損保の災害準備金、半減」「安定経営にきしみ」という見出しで損保決算を大きく報じていました。
大手3グループの異常危険準備金が2年前に比べて半減する見通しとなり、「損保経営の安定がきしみ始めた」というものです。

確かに異常危険準備金は毎期の期間損益を安定させる効果があります。ただ、損保の「安定経営」とは、こうした見かけ上の損益が安定して推移することではなく、毎期の損益は自然災害の発生などで振れるとしても、リスクに対する支払余力に常に一定の余裕があることではないでしょうか。
自然災害リスクを事業として引き受けているのですから、損益が振れるのはむしろ当然とも言えます。それに、異常危険準備金は支払余力の一部にすぎませんので、そこだけ取り出してもあまり意味がないように思います。

再保険のハード化が進むか

NHKの取材では、「損保はリスクを再保険に出しているのに、なぜ値上げとなるのか?」という質問もありました。
「翌年の再保険料が上がるから」というのが1つの回答だと思いますが、実のところ、再保険市場が今後も料率上昇トレンドで推移するとまで言い切る自信はありません。
世界的な金融緩和のなかで再保険市場への資金流入はまだまだ続きそうなので、このところ多額の保険金支払い発生が続いたとはいえ、局地的にはともかく、全体としては思ったほどマーケットがハード化しないことも考えられます。

※写真は多摩川です。

 

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予定利率ゼロの時代

inswatch Vol.1002(2019.10.14)に寄稿した記事をご紹介します。
月次寄稿となってから生保関係の話を書いていて、今回は標準責任準備金を取り上げています。

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生命保険は加入してからの契約期間が長いため、将来の保険金や給付金の支払いに備えた「責任準備金」の確保が保険会社経営のキモとなります。そこで今回は「標準責任準備金」という規制について取り上げてみましょう。

標準責任準備金制度

生保には損保の参考純率のようなものはなく、会社が保険料率を自由に決めることができます(商品認可は必要です)。とはいえ、まったく縛りがないのかと言うとそうではなく、政府は生保の責任準備金を規制することで、保険会社の健全性を確保しようとしています。
定期保険や終身保険、養老保険などの、いわゆる生命保険は「標準責任準備金」規制の対象で、行政当局が定めた「標準生命表」「標準利率」に基づいた責任準備金を積み立てなければなりません(付加保険料や第三分野の入院・手術等の発生率は規制の対象外です)。

例えば、通常の生命保険(平準払い)の標準利率は現在0.25%です。保険会社はそれよりも高い予定利率を使い、保険料を低く設定することは可能ですが、責任準備金は標準利率で計算したものを積む必要があります。
つまり、予定利率を標準利率よりも高く設定してしまうと、顧客から受け取った保険料だけでは責任準備金を積むことができず、不足分を会社が補わなければなりません。それでは経営が持たないということで、標準責任準備金が生保の価格競争の歯止めとなっています。

一時払い終身の標準利率は0%に

標準生命表のほうは、2018年4月の改定に合わせ、多くの保険会社が保険料を変えたり、商品そのものを見直したりしたので、記憶に新しいかもしれません。トレンドとしては長寿化が続いているため、生命表の改定があると、定期保険のような死亡保障の保険料は下がり、個人年金のような生存保障の保険料は上がります。
これに対し、標準利率は一貫して引き下げが続いてきました。標準利率は責任準備金を計算するうえでの割引率なので、利率が下がると、より多くの責任準備金を積まなければならず、保険料は上がります。

標準利率は長期国債の利回りをベースに決めています。ただし、通常の平準払いの生命保険と一時払いの貯蓄性商品では設定方法が異なります。
通常の生命保険では、10年国債利回りの3年平均と10年平均の低いほうをもとに利率を設定するのに対し、一時払いの貯蓄性商品では、利回りの3か月平均と1年平均の低いほうをもとに設定します(一時払い終身保険では10年国債利回りのほか、20年国債利回りも活用)。

すなわち、一時払いの貯蓄性商品は標準利率が金利変動に連動しやすい仕組みとなっているのですが、一部で報道されているように、最近の低金利を受けて、来年1月から一時払い終身保険の標準利率がついに0%に下がることになりました。生保にとって厳しい経営環境が続きます。
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※写真はポーランドの古都クラクフです。旧市街全体が世界遺産とのこと。

 

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保険資本規制の有識者会議

経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議(第1回)の資料と議事要旨が、開催から2か月近くたってようやく公表されました。
金融庁のサイトへ

事務局説明資料の最後のほうにある「主要な論点」に示されている基本的な着眼点(の案)は次のとおりです。

・規制導入がどのような便益をもたらすと考えられるか
・規制導入がどのような経路でどのような意図せざる影響をもたらし得ると考えられるか
・制度設計上の各論点の方向性
・移行措置と今後のタイムライン

この資料にはこれまでの検討状況のほか、国際的な議論の状況や保険会社の現状も出ているので、保険業界に関心のあるかたには参考になりそうです。
ただし、諸外国として取り上げられているのが欧州(ソルベンシーII)と米国だけなのがちょっと残念でして、例えばアジア各国ではすでに経済価値ベースの資本規制(あるいはそれに親和的なもの)が次々に導入されつつあります。

2018年11月の「生命保険経営」に掲載された「アジア太平洋地域の生保資本規制と国際資本基準」によると、著者Wang Luさんが所属する第一生命グループが事業展開している5か国(オーストラリア、タイ、インドネシア、インド、ベトナム)のうち、インドとベトナムを除く3か国で経済価値ベースとの親和性が一定程度認められる規制が導入されているとのことです
(タイは2019年の導入予定)。

他にも、中国では2016年からリスクベースおよび市場に基づく評価を特徴としたC-ROSS (China Risk Oriented Solvency System)を導入していますし、シンガポールも導入済みという認識です。
韓国では最近、金融当局がIFRS17号の採用と同じタイミングでK-ICS(Korean Insurance Capital Standard)を導入するとアナウンスしています
(長期間の移行措置が設けられるようですが)。

つまり、導入の賛否は別として、アジア・太平洋地域の主要国で経済価値ベースのソルベンシー規制を導入していない(または導入時期を示していない)国はもはや少数派と言える状況なのですね。

※スイーツ三昧!

 

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