金融庁のリソース拡充を

猛暑が続くなか、ようやく季節行事(定期試験&採点やオープンキャンパス)が終わり、キャンパスが静かになりました。
さて、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1244(2024.8.5)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
————————————

有識者会議の指摘

金融庁が6月に公表した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書は、いわゆる「損保問題」を受けた今後の保険業界の動向を知るうえで重要な手掛かりです。
ところで、この報告書の6ページに、次の2つの注記が付いているのをご存じでしょうか。「(大規模代理店に対して)金融庁及び財務局によるモニタリングを強化すべきである」のところです。

「IMFによる日本に対する金融セクター評価プログラムにおいては、金融庁に対し、保険監督に適切な人的リソースを配置し、立入検査を通常の監督プロセスの一部として実施すべきであること、及び大規模代理店等に対しては直接的な監督を行うなど、保険代理店等に対するリスクベースの監督業務のプロセスを開発すべきであること、との指摘もある」

「金融庁及び財務局において、保険会社及び代理店へのモニタリング強化のために必要な人員増強を行うべきである、との指摘もある」

2つめのほうは、会議のなかで(特に第4回)、金融庁の人員強化を図るべきだという意見が複数のメンバーから出たためだと思いますが、1つめのほうは多少解説が必要かもしれません。

IMFの指摘とは

IMF(国際通貨基金)の金融セクター評価プログラム(FSAP)とは、IMFが加盟国の金融部門の安定性を評価するプログラムで、日本を含む主要国は5年に一度審査を受けています。いわば金融庁が外部から検査を受けるという枠組みです。FSAPの指摘を金融庁は重く受け止めます。
2023年から24年にかけてのFSAPでは、IMFは日本の保険監督について、全体的には良好な水準としたうえで、かなり本質的な指摘をしています。例えば次のような指摘です。

・金融庁の保険監督アプローチはリソースの制約のため事後対応となっていることが多い。

・監督のほとんどは業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個々の保険会社の定期的な監督サイクルの一環として行われていない。

・集中的な監督は主に問題が特定されてから開始され、多くはリスクが顕在化してから行われる。

「リスクの芽を摘むこと」ができるのか

筆者が任期付職員として保険行政に携わっていた約10年前の金融庁では、通常のモニタリングのほか、主要会社には概ね一定の周期ごとに立ち入り検査を行っていました。問題がある会社だから立ち入り検査を行うというのではなく、検査対象の保険会社の事業特性やリスク特性に基づき、当時の保険検査マニュアルから数項目を対象にして検査を実施していました。そして、当時もリソース不足は深刻でした。
その後金融庁の検査・監督方針が変わり、「従来の検査・監督のやり方のままでは、重箱の隅をつつきがちで、重点課題に注力できないのではないか」「バブルの後始末はできたが、新しい課題に予め対処できないのではないか」「金融機関による多様で主体的な創意工夫を妨げてきたのではないか」といった、主に銀行検査に関する問題意識のもとで、検査・監督一体の継続的なモニタリングへ移行し、2018年には検査局が廃止されました。

保険分野は大きな販売部隊(代理店を含む)を抱えているうえ、銀行に比べると、保険会社の経営内容は総じてわかりにくいとされているにもかかわらず、周期的な立ち入り検査をなくしてしまったことで、問題の早期把握が難しくなった点は否めません。
かつての検査が「重箱の隅をつつきがち」だった面はあるにせよ、頻繁な異動等により保険分野の知識が必ずしも十分ではない検査官でも、保険分野に明るいベテラン職員の支援を受けながら、ある程度時間をかければ問題を発見することができました。ところが、現在の「継続的なモニタリング」では、保険分野の知識がないと、表面的になぞっただけで終わってしまいます(保険会社は自らに都合の悪いことを当局に進んで示すでしょうか?)。結果として、近年は問題が発覚してから立ち入り検査を行うというスタイルになってしまったようです。
朝日新聞の柴田秀並記者は近著『損保の闇 生保の裏』のなかで、「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」と述べていますが、まさに同感です。

有識者会議メンバーやIMFが指摘するように、金融庁は保険監督に適切な人的リソースを配置して、保険分野の抱えているリスクや顕在化した問題に対処する必要があるでしょう。少なくとも、たまたま現場に配属された担当者の頑張りだけでは無理があると思います。
あるいはIMFが以前から提案するように、健全な保険市場を育てるためには、政府予算の制約を受けにくい「保険サービス監督機構」のような組織の実現を目指すべきなのかもしれません。
————————————
※週末はオープンキャンパスでした。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

最近の執筆と講演

備忘録を兼ねて、最近の執筆・講演についてご紹介します。

週刊金融財政事情

2024年7月23日号に「大手損保グループの2024年3月期決算分析(会員限定)」を寄稿しました。
タイトルのとおり決算分析が中心ですが、「国内事業の改革を促す経済価値ベースの新規制」という項目を設け、経済価値ベースのソルベンシー規制の本質を踏まえると、3大損保グループの経営にとっても影響は決して小さくないという話をしています。

インスウオッチ(inswatch)

いつものWeekly版とは別に、7月26日のInswatch professional Reportに「『損保問題』を踏まえた今後の保険業界の方向性を探る」を寄稿しました。
大手損保グループの決算について触れた後、「損保問題」はプロ代理店にとっても影響は大きいと考えるべきと述べています。

「保険会社が何十年も変えられなかったコンダクト(企業行動)をそう簡単に変えられるとは思いませんが、外部環境はそれを許しません。しかも、自ら経営のグローバル化を進めた保険会社において、国内事業だけが過去のままということはありえません。各社の中期経営計画などを見ても、保険会社は過去からの取引慣行を断ち切ろうとしています。『顧客は代理店ではなく契約者』を徹底するでしょうし、トップラインよりも、リスクに応じた引き受けを重視する方向に向かうはずです」(レポートより引用)

日本共済協会

7月19日の「業務研究会」でオンライン講演を行いました。演題は「2023年度決算にみる生損保経営の現状と課題」です。
当日のオンデマンド動画は会員限定ですが、昨年12月8日に「共済理論研究会」で行った講演「保険会社は新型コロナ感染症リスクにどう対応したか--台湾と日本の事例から」はこちらからご覧いただくことができます。

貿易保険の懇談会

4月から6月にかけて経済産業省「貿易保険の在り方に関する懇談会」メンバーとして貿易保険のリスク管理や財務基盤強化の議論を行い、先日その報告書が公表されました。
貿易保険は日本の企業が行う海外取引(輸出・投資・融資)の輸出不能や代金回収不能をカバーする保険で、政府が100%出資する株式会社日本貿易保険(NEXI)が担っています。

他にも「損保総研の損害保険特別講座(7月10日)」「日本代協・近畿阪神ブロック協議会(7月23日)」「投資家向けセミナー」で講師を務め、今週末(8月3日)には福岡大学のオープンキャンパスで「リスクとどう向き合うか」という話をする予定です。

※梅田といえばこれですね!

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

いまどきの野球観戦

久しぶりにプロ野球観戦を楽しみました。福岡ドーム(みずほPayPayドーム)での観戦は初めてです。
福岡ソフトバンクは屈指の人気球団で、入場者数は阪神、読売に次ぐ第3位。当日も大勢の観客でにぎわってました。なかでも女性が多くて驚きました。年齢層も幅広かったですね。

目の前では真剣勝負が繰り広げられていて、チャンスにタイムリーヒットが出ると観客席が盛り上がるのですが、みんなが自分の席に張り付き、観戦に熱中しているかといえば、熱心な応援団が陣取る外野席の一部を除き、意外にそうでもなかったりします。
斜め前に座っていた家族?は、しばらく席を離れていたので帰ったのかと思ったら、終盤になってひょっこり現れたり、隣りのカップルは球場グルメが目的だったのか、席とお店(たぶん)を行ったり来たり。福岡ドームは選手とコラボしたメニューがたくさんあって、確かにこれは楽しそうです。
もちろん、ビールの売り子さんも健在です。ただ、どちらかといえばビール以外の飲み物やアイスクリームのほうが目立っていました。「オヤジがビール片手に観戦」というのは少数派だったかもしれません。

試合の合間にはイニングごとにイベントがあって、こちらもショーのようでした。風船を飛ばす(7回裏)だけではなく、ダンスがあったり、ペンライトを使ったりと大忙し。スポンサーによるイベントも多く、おそらく球団にとって大きな収益源となっているのでしょう。
この日はホークスが勝ったので、最後はヒーローインタビューの後に「勝利の花火」もありました。

いまどきの野球観戦はスポーツ観戦というよりも、いわばエンターテイメントなのですね。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

資産運用成果の報道

GPIF 昨年度の運用実績 過去最大45兆4000億円余の黒字に(NHK)

昨年度のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用実績が45.4兆円の黒字だったという報道です。国内債券はマイナスでしたが、内外株式の時価上昇が大きく寄与しました。ちなみにGPIFの2023年度末の運用資産額は246兆円です。

「大学ファンド」昨年度純利益 1000億円超の黒字 文科省やJST

国が重点的に支援する「国際卓越研究大学」などへの財源として、国が10兆円規模で運用している「大学ファンド」の運用による純利益が1167億円の黒字だったという報道です。こちらはGPIFとはちがい、実現損益に注目していることになります。ちなみに2023年度の大学ファンドの運用実績は9934億円でした。

たまたま情報を入手しやすいNHKニュースを取り上げていますが、他の報道機関も概ね同じ傾向です。同じ資産運用の成果を報道しているのに、どうしてGPIFでは2023年度の収益額(=運用実績)を報道し、大学ファンドでは運用実績ではなく当期純利益(=実現損益)を報道するのでしょうか。大学ファンドの運用成果を知りたいのであれば、実現損益に意味があるとは思えません。売却すれば実現益はいくらでも「操作」できますよね。

私は農林中金の一連の報道にも強い違和感を感じました。農林中金は総資産の6割を占める「市場運用資産」の約7割を外国債券と海外クレジット投資に振り向けた結果、期待に反し、海外金利の上昇で時価が下落してしまいました。すでに2022年度末には時価下落(=運用の失敗)がわかっていたにもかかわらず、大きなニュースになったのは、農林中金が多額の含み損を処理するとなってからでした。
しかし、重要なのは損失の処理ではなく、損失の発生だと思うのですね。実現損益を出さなければ問題にしないのは、会計の呪縛としか言いようがありません。

それとも読者は実現損益を知りたいのであって、こんなことを書く私が少数派(=そういう人は自分で調べればいい)ということなのでしょうか

※韓国・大邱は教会の町でした。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

売買上手のJリーグに

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1240(2024.7.8)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。今回取り上げたのは「カズ」の人気コラムです。
————————————

カズの新たな挑戦

サッカー元日本代表のカズこと三浦知良選手は、私と誕生日が3日違いの同い年で、勝手に親近感を抱いています。先日ポルトガルから帰国し、今月からJFL(公式サイトによると、企業チーム、Jリーグ入会を目指すクラブ、地域のアマチュアクラブなどが参加するリーグ)のアトレチコ鈴鹿クラブに期限付きで移籍加入し、現役選手としてプレーすることになりました。14日から自身の持つJFL最年長ゴール記録の更新を狙い、ゴールと勝利を目指します。
さすがに近年は出場機会が減っているようですが、57歳になってもプロスポーツの世界で挑戦し続ける姿には圧倒されます。

コラム『サッカー人として』

日本経済新聞を読んでいるかたであれば、三浦選手の連載コラム『サッカー人として』をご存じだと思います。私はこのコラムの愛読者でして、時々「本当に本人が書いているんだろうか?」と思うような鋭い内容もあって、おすすめのコラムです。

6月7日掲載の「売買上手のJリーグに」もそうでした。欧州と日本のサッカー市場を比べた内容で、日本のスポーツ界はせいぜい「出したお金の元がとれるかどうか」という発想なのに対し、欧州は投資した資産の価値を高め、ベストの売り時を逃さないという意識でビジネスをやっていて、選手も条件次第で出ていくことにためらいはない。同じサッカーでも全く違う世界だというのですね。
その結果、欧州ではJリーグに所属する選手の商品価値はないに等しく、Jリーグは日本選手をタダ同然で欧州に譲り、そこで活躍して市場価値が跳ね上がるという構図だとか。コラムではわかりやすく極端に述べている面はあるにせよ、これは日本選手の実力の問題ではなく、日本のスポーツビジネスが世界標準ではない、あるいは世界と同じ土俵ではないということなのでしょう。これは強烈な指摘です。

グローバル保険グループを目指している大手保険グループの国内事業が、30年前と変わらないトップライン重視、シェア重視だったり、あるいは、いまだにリスクマネジメントの専任担当者を置かず、保険購買を人事・総務部門や企業内代理店に委ねている大企業が決して少なくなかったりするのを見ると、日本企業がグローバルな資本市場から高く評価されないのは当然かもしれません。カズの指摘と同じなのですから。
————————————
※福岡に来た息子からプレゼント!

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

「モノ言う株主」の株式市場原論

2024年6月18日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は丸木強さんの『「モノ言う株主」の株式市場原論』です。先週の株主総会関連ニュースと合わせてご覧ください。
文体がいつもとやや違うのは、私が間違えて「ですます調」で原稿を出してしまい、それを編集で直していただいたためです。

時代がアクティビストに追いついてきた

「個人的な見解ではあるが、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れしていなければそれでいいとは思っていない」。

誰の発言だろうか。アクティビストにも思えるが、実は金融庁の栗田照久長官。5月に埼玉大学で開催された日本金融学会春季大会の特別講演での発言だ。
東京証券取引所は昨年3月、すべての上場会社を対象に、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請し、特に「PBR1倍割れは、資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは、成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される一つの目安」とした。要請を受けた多くの企業が自社株買いなどでとりあえずPBR1倍超えを目指している現状を踏まえ、その場しのぎの対応に走るのではなく、資本コストを意識した持続的な収益成長が重要だと警鐘を鳴らした。
本書の「はじめに」には「時代がアクティビストに追いついてきた」とあるが、まさにそのことを印象付ける発言だった。

アクティビストは「モノ言う株主」とも称される。著者の丸木氏はあえて書名に使ったのだと思いつつ、評者はいい加減やめたほうがいいと考えている。スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードで株主と経営者の対話を求めるようになってもう10年も経つ。政策保有に代表される「モノを言わない株主」のほうが問題だ。
とはいえ、アクティビストとはどのような投資家で、どのような考えに基づいて活動しているのかを知る上で、アクティビストファンドの当事者による本書は貴重である。読者は、「金の亡者」の自己主張ではなく、資本主義の本質や日本企業の課題を気軽に学ぶことができる。

ただし、著者は株主価値を毀損させる存在には容赦なく切り込んでくるため、読者は覚悟が必要かもしれない。例えば、アクティビスト対策を指南すると喧伝している証券会社や信託銀行等のフィナンシャル・アドバイザー、経営コンサルティング会社、弁護士などについては手厳しい。アクティビストのみならず一般株主の利益にもまったく寄与しないアドバイスを行い、高額の報酬を受け取る「資本市場の寄生虫」だと指摘する。
読者諸氏の仕事は、果たして顧客企業の株主価値向上に寄与しているだろうか。再確認してみてはいかがか。

※この花、最近よく見かけるような気がします。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

オープンセミナーで登壇

6月22日(土)に横浜でRINGの会オープンセミナーが開催され、1000人を超える参加者の前で、無事(?)MC兼コメンテイターを務めました。
今回は週刊ダイヤモンドの藤田章夫記者、週刊東洋経済の中村正毅記者という、一連の損保問題について地道に報道してきたお二人に登壇していただけることになった時点で、私の仕事の半分以上は終わっていたのかもしれません。とはいえ、せっかくお招きしたゲストから貴重なコメントを引き出そうと、私なりに取り組んだつもりですが、いかがでしたでしょうか。

今回の問題発覚をきっかけに損害保険会社は本当に変わるのか。ここに至ってもなお、保険会社が旧来の取引慣行や企業文化を引きずっている事例を報じているお二人からは、悲観的なコメントが相次ぎました。
これに対し、楽観的と言うべきかどうかは微妙ですが、私は昨今のガバナンス改革の流れからしても、このままでいられるはずがないと考えていまして、お二人とは異なるコメントになりました。

セミナーを主催するRINGの会のメンバー(正会員)は、総じて情報感度も経営意識も高い損保プロ代理店です。そこでセミナー前に、今回の一連の問題による代理店経営への影響としてどのようなことを心配しているかをたずねてみたところ、「プロ代理店には影響がない」「むしろ追い風」という見解が多くみられました。
保険会社がほとんど変わらないという前提であれば、その通りかもしれませんし、「追い風」論も間違いではないと思います。しかし、保険会社が求められているのは「有力代理店ではなく顧客を向いた経営への転換」だけではなく、「経済合理性に基づいた企業価値向上を目指した経営への転換」です。
前者だけであれば、RINGメンバーのような顧客と真摯に向き合ってきた代理店には追い風と言えるでしょう。しかし、後者はどうでしょうか。例えば、これまでよりも引受規律を重視するようになった保険会社と代理店はどう付き合っていくのか。あるいは、保険会社が長年の懸案だった「二重構造」を一掃するため、代理店の選別を一段と進めるかもしれません。
そこで、セミナーの後半に、あえて強い口調で「大間違い」というコメントをしました。参加した皆さんにうまく伝わっていればいいのですが…

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

保険料調整行為の調査報告書

週末に登壇を控えていることもあって、どうしても損保問題関連のニュースに目が向いてしまいます。
6月11日に損保ジャパンが公表した「保険料調整行為に関する社外調査委員会による調査報告書」を一読しました。日経だけではなく、こちら(NHKニュース)やこちら(日刊自動車新聞)など、多くのメディアが取り上げていますね。
本調査の目的は独禁法違反をはじめとした不適切行為の事実と直接原因を解明・究明するとともに、「広範囲かつ相当期間にわたって行われてきた根本原因を、組織風土、ガバナンス、業界慣行等多角的な観点から分析した上、再発防止策を提言すること」だそうです(1ページ)。
経営陣による証拠破棄事案とか、金融庁報告で独禁法違反数を極力少なく見せようとしたとか、結構ひどいことを発見し、そのまま書いてあります。

ただし、関係者には申しわけありませんが、私にはどこかモヤモヤ感(?)が残る報告書でした。

報告書では、「全国規模で多くの従業員がさほど抵抗感なく不適切行為に及んでいた」(18ページ)としたうえで、原因として、長年にわたって培ってきた組織風土や、規制時代からの業界慣行などを挙げ、証拠をもって指摘しています。
例えば、G45と呼ばれる営業情報交換システムには、SJのほかTN、MS、ADを含む9社が参加し、こうした情報交換が不適切行為が行われる可能性を高める役割を果たしたという考察や、営業部門重視、営業部門と法務・コンプライアンス部門の不均衡なパワーバランスを端的に示す例として、過去10年の取締役に占める営業部門出身者が76%にのぼることを指摘するなど、確かにその通りだろうと思います。

私のモヤモヤ感がどこから来るのかを考えてみると、2つのことに思い当たりました。

1つは、問題が国内企業(特に大企業)との取引で生じているにもかかわらず、保険を提供してきた保険会社の問題を深掘りする一方で、保険を購入してきた国内企業についての考察がほとんどなされてないことです(企業代理店に関する記述は多少あります)。
大企業は保険会社にだまされ続けてきた被害者なのでしょうか。長年にわたる不適切な行為がなぜ発覚しなかったのか。そこには契約者である企業側の事情もあると考えるのが自然ではないでしょうか。残念ながらそこには踏み込まなかったようです。

もう1つは、「トップライン・マーケットシェアを重視してきた経営戦略を背景に、SJは営業部門の強さによって成長を遂げてきた」(54ページ)というのはわかるものの、それではボトムライン(損益)はどうなっていたのでしょうか。損益の悪化が著しいので不適切な行為が横行するようになったのか、あるいは、そもそもボトムラインには関心がなく、トップラインの獲得のみに走っていたのか。前者と後者では話がだいぶ違うのですが、再保険を含むボトムラインに関する情報が全く示されていないので、報告書を読んでも企業向け保険事業の実態はわからないままです。
報告書はERM(戦略的リスク経営)にも触れていません。例えば保険引受リスク管理に関して、プライシングはどうやって決めることになっていて、それがどうして不適切になってしまったのでしょうか。

厳しい見方をすると、委員会が弁護士のみで構成されている場合には、どうしてもコンダクトの深掘りが中心になってしまいがちなのかもしれません。

※槇文彦さんによる建物です。福岡大学にて。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

政策保有株式の売却

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1236(2024.6.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
————————————

残高ゼロを目指す

保険料調整問題で金融庁から行政処分を受けた大手損害保険グループは、企業保険における歪(いびつ)な取引慣行の一因となっている政策保有株式をなくすと発表し、その決定を株式市場が好感しているようです。
確認のため、3グループの方針を示しておきましょう。

【東京海上】
・政策保有株式を今後3年間で半減させ、2029年度末にゼロにする。
・純投資への単なるラベル替えは行わない。

【MS&AD】
・2029年度末残高ゼロに向け、可能なかぎり前倒しで削減していく。
・資産運用ポートフォリオ最適化の観点から、政策株式の一部を事業投資や純投資へ振替することを検討。

【SOMPO】
・2030年度までに政策株式の保有ゼロを目指し、売却を加速。
・発行体との対話を強化。
・純投資への振替の有無については不明。

売却益は会社価値を高めない

3グループが保有する政策保有株式の時価は、2024年3月末時点で合計9兆円弱、簿価は約1.5兆円なので、売却すると多額の売却益が実現します。つまり、今後数年間は株式売却益によって各社の期間損益がかさ上げされるのはほぼ確実です。売却益を使って株主還元を増やすことができますし、実際、MS&ADとSOMPOは売却益の50%を株主還元すると公表しています。
株式市場がこうした還元強化を好感しているのかどうかはわかりません。とはいえ、理屈からすると、売却益による株主還元が会社価値を高めることはなく、もともと株主資本(純資産)として持っていたものを、税引後で株主に還元していくだけの話です。
いくら会計上の利益が出るからといっても、それで会社価値が高まるというものではありません。

資本効率の向上

それでは政策保有株式の売却は会社価値にどう影響するのでしょうか。
どの事業であっても、会社を経営するには「リスク」「リターン」「資本」の3つをうまくコントロールしなければなりません。資本の出し手は経営者にリターンを求めます。リスクをとらなければリターンは得られません。しかし、リスクをとりすぎた状態で多額の損失が生じると、資本が不足してしまい、事業を続けられなくなるかもしれません。

純投資でも政策保有でも株式を保有すればリスクを抱えることになり、その備えとして資本を持っておかなければなりません。とりわけ政策保有株式の場合、同じだけ資本を使っても株式のリターンを期待しない投資であり、資本効率の低下を招きます。加えて保険会社の場合、2025年度からの新たなソルベンシー規制では、株式保有のリスクに対し、時価の35%の資本(支払余力)の確保を求められます。
株式を売却すれば、リスクに備えて確保していた資本が不要になります。高いリターンが期待できて、かつ、経営者が得意とする分野に新たな投資を行うことが可能です。株式保有リスクが減り、しかも将来の期待リターンが高まるので、会社価値が向上するというストーリーです。
もし、新たな投資を行う分野が見つからないのであれば、不要になった資本を株主に返すのが本筋です。資本はタダで得られているのではないので、現預金などリターンを生まない資産として寝かせておくのは、会社価値を毀損する行為となります。

株主をはじめ、お金を出してくれている外部ステークホルダー(利害関係者)の目線で会社経営を考えるにあたり、今回の「政策保有株式の削減」は優れた教材と言えるでしょう。
————————————
※紫陽花の季節ですね。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。

新ソルベンシー規制の「残論点の方向性」

金融庁が5月29日に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」を公表しました。あれ?「最終基準案」じゃないんだ?とは思いつつ、ようやくここまでたどり着いたということなのでしょう。お疲れさまでした。
ちなみに「概要」の最終ページ「新規制導入に向けたタイムライン案」には、赤字で「2024年5月 基準案公表」とありますが、この「基準案」とは今回公表した「残論点の方向性等について」を指すようです。

今回の「残論点の方向性等について」(つまり基準案)はこれまで挙がっていた論点に対する暫定案をまとめたもので、逆に言うと、論点として挙がっていなかったことについての記述はほとんどありません。ですので、例えば第1の柱の標準的手法について確認したければ、フィールドテストの仕様書など、他の資料にあたる必要があります。
2024年秋頃の「法令等パブコメ」までには最終基準案としてまとまった資料が出るのでしょうか?

金融庁は早期是正措置として、これまでのソルベンシーマージン比率(SMR)に代わり、ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)を発動基準として、その水準に応じて段階的に監督介入を行うことになります。例えばESRが100%を下回ったら介入を開始し、35%を下回ったら業務停止命令です。
MCR(最低資本要件)の水準を0%ではなく35%としたのは、早期是正措置は事業の継続を前提にした制度であり、MCRも破綻処理のトリガーではないので、「一般に債務不履行のおそれがあるとされるCCC格の一つ上のB格相当の格付における破産確率に概ね対応する水準と仮定した格付機関の公表データに基づく試算や、EUのソルベンシーⅡの事例も参考に」したとのこと。つまり、業務停止命令の発出イコール破綻と捉えるのは正しくないということですね(保険会社が法的破綻を申し出る重大な考慮要素ではあります)。このあたりはもう少し丁寧な説明が必要かもしれません。
なお、これまでSMRとともに早期是正措置の発動基準となっていた実質資産負債差額は、新たな枠組みでは外れることになりました。

注目している第3の柱では、法定開示項目として、これまで出ていた項目のほか、「有価証券に係る補足情報」「保険負債の商品別差異調整に係る情報」が加わりました。定性的な開示事項の「リスク管理情報」には、「ORSAの経営への活用を含む、ORSAに係る基本方針及び体制等」ともあります。
もっとも、具体的な開示内容がまだ私にはわからないので、どこまで有用性の高い情報が出てくるか、引き続き注目していきます。

参考までに、フィールドテスト(2023年)の結果概要では、ESRの感応度分析だけではなく分子、分母それぞれの感応度分析も出ていますし、「金利」ではなく「円金利」と「米ドル金利」の変動に対する感応度となっています(為替の感応度もあります)。

※写真は東京・銀座です。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

ブログを読んで面白かった方、なるほどと思った方はクリックして下さい。