台湾で講師を務めました

アジア生命保険振興センター(OLIS)が4年ぶりに開催した海外セミナーの講師を務めるため、8月下旬に台湾を訪問しました。
OLISは私が生まれた1967年から国内外での保険セミナーなどを通じてアジア諸国の生命保険事業の発展に尽くしてきた財団です。台湾をはじめ、各国の生命保険会社の経営陣や監督官庁にはOLISセミナーの卒業生が数多くいます。今回の台湾でも、セミナー後の懇親会には大手生保の経営トップが何人も集まりました。翌日には保険行政の責任者との意見交換を行ったのですが、彼女もOLIS東京セミナーの卒業生でした。こうした人的つながりはOLISの長年にわたる継続的な取り組みの賜物であり、日本の貴重な財産ではないかと思います。

セミナーの演題は「日本の生命保険業の最近の動向」ということで、午前中に日本の生命保険市場の動向として「主力商品の変化」「歴史的低金利の影響」「新型コロナ感染症への対応」を、午後に保険規制の動向と生命保険業界の対応として「これまでの経緯」「ソルベンシー規制の見直し」をお話ししました。

台湾では海外金利の上昇で外貨建て保険の人気が高まっており、利率の低い台湾元建て保険を解約して外貨建て保険に乗り換える動きが目立つそうで、「解約⇒新規」という動きは日本の銀行窓販と似ています。
また、台湾では2026年からIFRS17号(=保険契約の国際会計基準)とICS(=経済価値ベースのソルベンシー規制)が同時に入るとのことで、日本の規制動向にも非常に関心があった模様です。午後の質疑応答は30分以上に及びました。

翌日の保険行政との意見交換では、3月下旬に調査したコロナ保険について、資本不足に陥った台湾損保のその後を聞いてみました。すると、現在のソルベンシー規制(RBC基準)を6月末に確保できなかった会社が1社あったものの、増資のめどがついていたので大丈夫だったそうです。コロナ保険の支払いも終わり、問題は概ね収束したとのこと。
ただし、別のところで、「台湾では金融持株会社グループとして生保、損保、銀行を兼営しているところが多いので、本来はIFRS・ICS対応として増資が必要なところを、コロナ保険の後始末に費やしてしまった」という声も耳にしました。

保険市場の違いを踏まえる必要はありますが、経済価値ベースの枠組みが各国でどう捉えられていて、どのような影響が出ているのか、日本にとってもいろいろと参考になることが多いです。

※台風が南にそれてラッキーでした。

 

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損害保険会社と代理店

ご承知のとおり、日本では損害保険の約9割を代理店が販売しています。8/8のブログ「損害保険代理店統計」でお示ししたように、代理店には保険販売を本業とする代理店と、自動車ディーラーや整備工場のように、他に本業があって副業として保険販売をしている代理店があります。また、多くの大企業は系列の代理店(企業代理店)を設立し、その代理店を通して保険を購入しています。
保険販売を本業とする代理店(プロ代理店)には、保険ショップのように複数の保険会社の商品を扱う乗合代理店もありますが、損害保険では特定の損害保険会社に専属またはそれに準じた代理店が主力となっている模様です。

この週末にプロ代理店の勉強会に参加して、改めて保険会社の対応や取引慣行がチャネルによって大きく異なることを確認しました。勉強会の内容はオフレコなので、以下の記述はあくまで私のコメントです。

ビッグモーター事件では、保険会社が自動車関連の代理店に対し、保険金の不正請求を見逃したかどうかはともかく、顧客紹介をはじめ様々な支援を行っていることが明らかになりました。企業代理店に対しても、各保険会社がシェアを維持・拡大するために人材を派遣したり、その企業が取り扱う商品の販売をサポートしたりしています。

他方でプロ代理店のうち、専属またはそれに準じた代理店と保険会社の関係は、自動車関連の代理店や企業代理店とは全く違っているうえ、保険会社の方針が数年ごとに変わるので、代理店の経営者が振り回されている印象です。
そもそもプロ代理店は保険会社に所属する募集人ではなく、独立した保険販売会社です。少なくとも意識ある代理店のトップは自らの経営をどうしていくか真剣に考えています。しかし、保険会社は代理店をそのように扱っているのでしょうか。例えばプロ代理店が自らの経営判断として「自動車保険(特にノンフリート)には注力しない」「顧客層を絞るため若手従業員を主体に運営する」などを実行すると、代理店手数料ポイントが下がるそうです。保険会社は手数料ポイントをどのプロ代理店にも一律に当てはめてくるからです。

ビッグモーター事件やカルテル問題が今後どのような展開になるかわかりませんが、保険会社は専業・副業にかかわらず、チャネル戦略を全体としてどのようにしたいのかをきちんと考え、外部に示す必要があると思います。

※写真は岐阜・金華山です。

 

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イタリア生保の経営危機

ニッセイ基礎研究所の中村亮一さんによる8月9日のレポート「金利の急激な上昇やインフレが保険会社の解約率等に与える影響-欧州の保険監督当局等による報告書からの流動性リスク分析結果-」を拝読して、金利上昇局面でイタリアの生命保険会社ユーロヴィータ(Eurovita)が経営危機に陥り、監督当局が同社を特別管理下に置いたということを知りました。

レポートによると、「Eurovitaは、すでに脆弱だった財務基盤が、2022 年の金利上昇等の市場の動きに伴って、さらに悪化し、資本増強が求められていたが、Cinvenが十分な資金を注入することが出来ず、業界によって救済されることになった」ということです。
Cinvenとは英国のPE(プライベートエクイティ)会社で、2016年にミュンヘン再保険グループの保険会社ERGOのイタリア事業を買収し、その後も買収により規模を拡大させていました。

生命保険会社の経営にとって金利上昇はプラスに働くことが多いはず。Eurovitaはなぜ経営危機に陥ってしまったのでしょうか。

日本とは違い、イタリアの生命保険市場では、主力商品が一時払いの貯蓄性商品(定額タイプ、期間10年以内)となっています。また、主力の販売チャネルが銀行や金融系アドバイザーというのも特徴です。近年は変額タイプの商品も一定のシェアを占め、保障性商品の提供に力を入れる会社もあったようですが、報道によると、Eurovitaは伝統的な定額タイプの貯蓄性商品の提供に集中し、マイナス金利時代に新たな株主(Civen)のもとで急速に成長した会社のようです。

2021年まではイタリアの10年国債利回りは概ね1%を下回っていました。しかし、2022年には利回りが4%台まで上昇し、保有資産(公社債)の価格が急激に下がりました。そこでEurovitaが直面したのが解約の増加です。もともと預金よりも有利ということで契約を獲得していたとみられ、金利上昇を受けて解約が増え、含み損を抱えた資産を売却せざるを得なくなった模様です。
解約ペナルティや保険商品に有利な税制の存在などが制約にならなかったのか、よくわからないところもあるのですが、金利上昇時の解約リスクを軽視していたと言うべきなのでしょう。

もっとも、Eurovitaは金利水準がまだ低かった2021年末の時点で、すでに規制が求める資本の水準が十分ではなく、監督当局(IVASS)が介入していたと報じられています。もともと財務基盤がぜい弱なところに金利上昇に伴う資金流出が生じ、株主からの十分な支援も得られず、経営危機に陥りました。
したがって、Eurovitaはかなり特異な事例であって、イタリアの生命保険会社が連鎖的に経営危機に陥るような状況ではなさそうです。とはいえ、中村レポートの次の記述は目を引きました。

「IVASSの報告書によれば、保険料収入に対する解約返戻金の割合は2022年3月の53%と比較して、2023年3 月には平均85%に達しており、特に2023年に入ってからの3か月で急激に上昇している。また、これを販売チャネル別に見た場合、(保険料収入による影響もあるが)銀行・金融アドバイザー・ブローカーを通じて販売された保険契約の数値は、保険代理店・郵便局チャネル等を通じて販売された保険契約の数値の2倍以上になっており、顕著な差異が見られている」

元の図表(PDF、36ページ)も確認しましたが、おそらく販売チャネルによって商品も加入目的も違うので、解約状況に大きな差が出たのでしょう。同じ保険事業でも、ビジネスモデルによって経営リスクが異なることがよく理解できます。

※夏はかき氷ですね!サイズが昨年より小さくなった気もしますが…

 

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主要生保の資産運用動向

2023年4-6月期決算が公表されたので、主要生保8社(日本、第一、住友、明治安田、朝日、太陽、大同、富国)の資産構成の変化をざっと確認してみました。

まずは国内公社債です。8月10日の日経「生命保険各社、国債買いに動く」(会員限定)は、タイトルとは裏腹に、4-6月の超長期国債の買い越し額が直近5年で最低水準だったというものでした。決算資料の責任準備金対応債券(取得原価ベース)を見ると、全体として買い控えという傾向はみられず、ただ、日本生命だけは残高が横ばいという状況でした。

脱線ですが、記事の中に「株高で今年度の運用が順調に進んでいるため『現金で持っていても、それほど焦る状況ではない』(大手生保の運用担当者)」という記述が気になりました。売却して実現益を出せば、今年度の目標を達成できるということなのでしょうか。

次に、外国公社債はどうでしょうか。こちらは昨年度末に続いて残高を減らした会社(第一、朝日、太陽、大同、富国)と、一転して残高を増やした会社(日本、住友、明治安田)がありました。4-6月期決算なので詳細はよくわかりませんが、ヘッジコストが高止まりしているなかで、判断が分かれたようです。

※西九州新幹線に乗りました。

 

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損害保険代理店統計

今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1196(2023.8.7)に寄稿したものを本ブログでもご紹介いたします。
業界データという点では、業界紙にももっと頑張っていただきたいですね。
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代理店数の減少傾向が続く

日本損害保険業界はこの7月末に、2022年度の損害保険代理店統計を公表しました。
22年度末の代理店実在数は15.6万店(前年度末比▲2.7%)と、このところ年3%程度の減少が続いています。新設・廃止の状況を見ると、コロナ禍で廃止数が増えたということはなく、新設数が少ないことが全体の減少に影響しています。
他方、22年度は損害保険の募集従事者数が7.9%も減り、200万人を割り込みました。ただし、減少した15.8万人のうち10.4万人が運輸・通信業なので、何か特殊要因がありそうです。

種目別・チャネル別データの開示が不十分

このところビッグモーター問題などでメディアの取材を受ける機会が増えています。そこで感じるのは、記者さんの多くが残念ながら保険代理店についてほとんど知識を持っていないという現実です。
例えば、「日本では損害保険(元受正味保険料)の9割を代理店が販売している」「保険販売を本業とするプロ代理店と、他に本業があって副業として保険販売をしている代理店がある」「特定の保険会社の商品しか扱わない専属代理店と、複数の保険会社の商品を扱う乗合代理店がある」といった説明をしたうえで話をしないと、ビッグモーターが保険代理店の象徴のように取り上げられ、「消費者の知らないところで保険会社と代理店が好き放題やっている」というトーンで報道されかねません。

ところが私が、「自動車保険を販売しているのはビッグモーターのような自動車関連業の代理店だけではなく、保険専業の代理店の販売シェアも大きい」と説明したくても、この代理店統計に載っている保険募集チャネル別のデータは代理店数と募集従事者数だけで、扱保険料がありません。代理店数で見ると自動車関連業の代理店が全体の5割強を占めているのですが、このなかには小規模のモーターチャネルが数多く含まれているのでしょうから、扱保険料でも5割強ということはないでしょう。
他方で「専業・副業別」「法人・個人別」「専属・乗合別」という統計には代理店数、募集従事者数に加えて扱保険料データも出ています。数のうえでは8割を占める副業代理店が扱保険料の6割を占めていることや、数では23%しかない乗合代理店が扱保険料の7割を占めていることはわかっても、もう少し代理店の属性や種目を細分化していただかないと、保険市場の現状がよくわかりません。

業界全体が不審の目で見られかねない

現在、個社で販売チャネル別の収入保険料データを示しているのは、私の知るかぎりでは東京海上日動(東京海上ホールディングス)だけです。全種目合計ではありますが、22年度の保険料(営業統計保険料)のうち、ディーラーが19%、整備工場が8%でした。
SOMPOホールディングスは2017年度まで損保ジャパン日本興亜(当時)の販売チャネル別・種目別の営業成績(収入保険料)を公表していました。これによると、自賠責保険ではディーラーが42%、整備工場等が45%を占め、自動車保険ではディーラーが23%、整備工場等が16%となっていました。
こうした情報開示がないと、メディアの注目を集めるような現場情報に世の中が左右されてしまい、場合によっては大混乱を招くような規制が導入されてしまうことにもなりかねません。損害保険業界として静観するのではなく、まずは情報開示を進めるのが得策ではないでしょうか。
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※今年もオープンキャンパスで講師を務めました。

 

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クローズアップ現代ほか

ビッグモーターの保険金不正請求問題でNHK「クローズアップ現代」をはじめ、いくつかのメディアに登場しました。備忘録を兼ねてこちらにまとめておきます。

クローズアップ現代(NHK)

7月26日夜の番組「ビッグモーター不正の深層 中古車販売大手でなにが」にゲスト出演しました。前回の出演から約6年ぶりでして、相変わらず生放送は緊張します。
今回も、桑子キャスターも参加する打ち合わせを1時間しっかり行い、だからといって事前に決められた台本に沿って話すことを求められるのではなく、番組の限られた時間で何を伝えるかを全員で丁寧に検討しました。
見逃し配信(8月2日夜まで)が終わっても、こちら(放送記録)で内容をしばらくは確認できそうです。

読売新聞

27日の朝刊「違反認定 険しい道/ビッグモーター/保険販売 金融庁も聴取へ」にコメントが載りました。私のコメント部分だけ引用させていただきます。

・福岡大の植村信保教授(保険論)は「利害が交錯する代理店と損保の関係を根本から見直す問題に発展しかねない」と指摘する。

Nスタ(TBS)

電話取材があり、27日の番組中で私のコメントが使われています。今のところこちらで確認できますね。

「損保会社による厳しいチェックが重要」
「利害が交錯する代理店と損保の関係を業界全体で見直す必要がある」

東京新聞

まだ紙面を確認していませんが、28日に「出向元の責任は?悪質ビッグモーターと損保ジャパンの密接ぶりを示す「37人」と「副社長」」がネット配信され、そのなかにコメントが載りました。私のコメント部分だけ引用させていただきます。

・福岡大の植村信保教授(保険論)は「損保会社が不正を知っていたなら、水増しされた損害額と分かった上で保険金を支払ったことになり問題だ」と話す。さらに「多くの保険を販売したビッグモーターに対し、損保側が強く出られなかった可能性もある」とも述べる。

・不正の背景には、ビッグモーターという一つの社内に車を整備して保険金を受け取る部門と、自動車保険を販売する部門があると語り「切り離した方がいいのではないか」と指摘。一方で「今回と同種の不正が他の中古車販売業者などにもないかなど、確認することが必要ではないか」と強調した。

「切り離したほうがいい」というのはちょっと変なコメントですが(確認が甘くてすみません)、保険金をビジネスとして受け取る会社に本来は代理店委託しないほうがいいし、それが変えられないのであれば、保険会社の保険金支払い部門と営業部門をしっかり遮断して、営業部門の影響が支払部門に及ばないようにする必要があるという意味です。

日曜報道 THE PRIME(フジ)

日曜朝の報道番組で、橋下徹さんがレギュラーコメンテーターを務めています。オンラインでの取材があり、30日の「ビッグモーター不正・損保は被害者か」のなかで私のコメントが使われています。番組内でどのようなやり取りがあったのかは確認できていません。

「有力代理店である大手の車販売会社・整備工場に対し、損保会社の立場は弱い」
「外部の目線を入れるなどして、保険金の不適切な支払いができないような工夫が必要」

長くなりましたが、以上です。

 

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ビッグモーター事件

中古車販売大手ビッグモーターの保険金不正請求問題が連日のように報道されています。
調査報告書を見ると、確かに信じられないようなことがいくつも載っています。
不適切な保険金請求の中身もすごいですが、従業員が5000人を超える大企業にもかかわらず実態はA社長の個人商店のままで、例えば取締役会が開催されていないとか、「経営陣の判断一つで、ある日突然降格処分が下される」とか、少なくとも問題は不正請求に手を染めた板金部門だけではなく、経営組織全体にあることがわかります。

保険会社にとってビッグモーターは、交通事故を起こした保険契約者の自動車を修理する整備工場というだけではなく、自賠責保険や自動車保険を販売する保険代理店でもあります。
販売チャネルに関する情報開示が限られているなかで、損保ジャパンは2017年度まで販売チャネル別・種目別の営業成績(収入保険料)を公表していました。データを見ると、ディーラーと整備工場等が自賠責の9割弱、自動車保険の約4割を販売していました。参考までに、保険専業の代理店の販売シェアは自賠責で6%、自動車保険では4割弱でした。

自賠責・自動車保険は損害保険会社の収入保険料のうち6割弱を占める中核的な種目なので、自動車関連の販売網は保険会社にとって重要な存在であることがわかります。自動車関連の代理店には零細なところも数多くある一方、会社の規模が大きく、多額の保険を取り扱う代理店もあります。そのような副業代理店に対し、保険会社は保険専業の代理店と同じような管理・指導を行っているのでしょうか。
先日問題が発覚した大企業向け保険の世界とともに、古くて新しい問題なのかもしれません。

※旧大和生命ビルは解体工事中でした。

 

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「質疑ゼロ」の生保総代会

14日の保険毎日新聞に「生損保決算を読み解く」というインタビュー記事が掲載されました。今回が生命保険会社だったようなので、おそらく明日にでも損害保険会社に関するコメントが出るのではないかと思います。

さて、7日の日経記事「『質疑ゼロ』の生保総代会 配当に透けるガバナンス不全(有料会員限定)」をご覧になったでしょうか。相互会社各社が7月上旬に総代会を開催したタイミングをとらえ、「金融庁が株主のいない相互会社形態をとる生命保険会社のガバナンスに厳しい目を向けている」と報じました。記者さんがんばっていますね。

この記事が引用した契約者配当に関する記述や図表は、金融庁が6月末に公表した「2023年 保険モニタリングレポート」本文の27~29ページのものです。
記事では日本生命や住友生命の総代会で総代から(事前質問はあったものの)当日の質問・意見がなかったことを問題視しているようですが、金融庁はレポートで「総代会等における質疑応答が少ないこと自体が問題ではない」としています。
ただし、次のようにも述べています。

「健全性向上のための経営努力の成果として、相互会社において内部留保が積み上がっていく中で、配当政策に関する分かりやすい丁寧な説明とともに、保険契約者等のステークホルダーとの間で活発な対話が行われることは、相互会社のガバナンス向上の観点からも望ましい」

「相互会社における保険契約者への契約者配当に関する情報提供のあり方や、資本の維持と契約者配当のバランスを取ることを通じたガバナンス向上の重要性について、相互会社と建設的な対話を行っていく」

つまり、相互会社では配当政策について、経営陣が保険契約者等のステークホルダーに対して十分な情報提供を行っておらず、ステークホルダーとの活発な対話も行われていないのは、ガバナンスの面で問題であると指摘しているように読めます。

このところ保険会社のガバナンスに関する研究を進めていることもあって、上場株式会社と相互会社を比べてみたところ、内部留保の増減トレンドは明らかに違っていて、相互会社は総じて右肩上がりです。他方で上場株式会社(第一生命HD、T&D HD)の株主還元(現金配当と自己株式取得)が増加トレンドなのに対し、相互会社による契約者還元は横ばいから微減となっています。
しかも、日経記事や金融庁レポートが掲載した配当準備金繰入額の多くは団体保険と団体年金の配当所要額で、個人向けは全体の1/4程度というイメージで、こちらも増加トレンドではなさそうです。もっとも、総代会の議案書などを探しても、配当割り当て方法の詳細な説明はあっても、個人向けにいくら割り当てるかという配当総額の情報は見当たりません。団体保険・団体年金の配当は実質的に裁量の余地がないので、個人向けでどの程度配当するのかという情報は極めて重要だと思うのですが。

保険会社にとって資本がどれだけ必要なのかという議論は、現在抱えているリスクに対してどの程度まで備えておくか、つまり、どの程度の損失まで見込んでおくかという議論に終始しがちです。しかし本来は、リスクをどこでどの程度とるべきかという議論が先にあって、その次にそのリスクに対してどの程度備えるかという議論があるはずです。

こうした議論がステークホルダーとできているかどうか。金融庁がそこまで指摘しているかどうかはともかく、ガバナンスが効いた状態とは、経営陣が決めたリスクのとり方や内部留保・社外還元のあり方について、透明性と説明責任が果たされている状態だと思います。それにはこれらを議論できるだけの情報が提供され、かつ、議論ができる「監督者」が存在して初めて成り立つのではないでしょうか。
この「監督者」の役割を現在の総代に求めるのはなかなか難しそうですが、少なくとも社外取締役には担っていただきたいものです。あるいは、新たな工夫を考えてもいいのかもしれません。

資本の有効活用は近年、上場株式会社が株主等から強く求められるようになっていることです。相互会社でも同じではないかと思います。

※15日のRINGの会オープンセミナーは大盛況だったようですね。
 RING会員の皆さん、お疲れさまでした。

 

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金融庁の保険モニタリングレポート

こちらのブログに続き、今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1192(2023.7.10)でも「保険モニタリングレポート」を取り上げました(金融庁サイトへのリンクを加筆しました。以下、ご紹介いたします。
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金融庁は6月末に「2023年 保険モニタリングレポート」を公表しました。このレポートは2021年に取りまとめを開始し、今回が3年目となります。金融庁が保険業界をどのように見ていて、どのような保険行政に取り組んできたかを知るうえで貴重な情報となっています。

過去の長期契約が足かせに

損害保険会社との「ビジネスモデル対話( 10ページ~)」の主なテーマは「火災保険の収益改善等」「旅行保険特化の損害保険会社」「ペット保険特化の損害保険会社」「(昨事務年度のフォローアップとして)デジタル戦略・チャネル戦略」でした。このうち最もページ数を割いたのが、恒常的に損失が発生している火災保険の収益改善についてです。
まず、過去に契約した長期契約が構造的に赤字状態になっており、火災保険全体の収益引き下げ要因になっていることが示されています。当然ながら既契約には料率引き上げ効果が及びません。金融庁は今後の料率引き上げに関して、「例えば、新規契約に適正利益を超えた割高な保険料を適用することで、長期契約での赤字を穴埋めするなどといった、保険商品としての合理性・妥当性を欠くものとならないように留意する必要がある」と各社にクギを刺しています。

「2000年代に発生した保険金不払い問題の反省から、各損害保険会社においては、契約者・代理店にとっての分かりやすさの向上や従業員の事務ミス防止を目的に商品のオールリスク化、無免責化、実損てん補化を進めてきた。近年はこれらが保険料アップの一因にもなっており、免責金額の導入や高額化など、見直しの機運が見られる(後略)」というのも気になる記述です。料率引き上げの影響を少しでも緩和するため、揺り戻しが起きているというのですね。
なお、損害率を悪化させている「その他の要因」として、「特定修理業者による影響」「水漏れ損害の増加」「破汚損の増加」に加え、先日の決算発表・IR説明会で注目した「企業火災保険における大規模事故の増加」も挙げられていました。

代理店ヒアリングから引用

顧客本位の業務運営について(39ページ~)では、「営業職員管理態勢の高度化」「保険代理店管理態勢の高度化」「公的保険制度を踏まえた保険募集」「外貨建保険の募集管理等の高度化」などが挙がっていました。
このうち損害保険代理店に関しては、金融庁(財務局)が実施した代理店ヒアリングの結果の一部を示しています。当局は「(代理店手数料ポイントや代理店統廃合の推進に関する)こうした課題は、損害保険会社と保険代理店との民民間の委託契約に基づくものであり、その在り方については当事者間でよく話し合い解決すべき事項であるが」としつつも、「代理店手数料ポイント制度の設計・運用や代理店統廃合が一方的な対応とならないよう、保険代理店の意見をしっかり聴取する等、引き続き、丁寧な対応に努めるよう促した」と述べています。
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※写真は夜の大濠公園です。

 

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保険負債の透明性が低すぎる

インシュアランス生保版(2023年7月号第1集)に寄稿したコラムをご紹介します。今回もしっかり「主張」させていただきました。
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損害保険と比べた生命保険の特徴として、契約期間が長いという点が挙げられる。生命保険会社が提供している医療保険も終身が主流となっているようである。これらの保険を提供する生命保険会社は、いわば遠い将来の約束を果たすために存在している。
このように書くと、生命保険に関わる皆さんは「いまさら何を言っているの?」と首を傾げるかもしれない。では、この5、6月に公表された決算関連資料から、皆さんは生命保険会社が抱えている保険負債の長さを把握できるだろうか。答えはノーである。

もし「そもそも被保険者がいつ亡くなるかわからないのだから、保険会社がいつ約束を果たすのかなんて事前にわかりようがない」とお考えであれば、保険の仕組みを勉強しなおすことをお勧めしたい。死亡率や発生率が概ねわかっているからこそ保険会社は保険料を決め、保障を提供できている。言い換えると、保険会社は保有する契約について、将来のどの時点でどの程度の支払いが発生するのか概ねわかっていて、それに合わせて資産運用を行っている。資産運用と保険引受は車の両輪ではなく、まず保険引受があって、それを全うするために資産運用がある。

資産と負債をどの程度対応させるかは各社の経営判断による。ただし例外を除き、各社は販売時に将来支払う保険金額が決まっている円建ての商品を主力としてきたため、その結果として何十年も先まで円の固定金利(予定利率)を保証している。ちょっと考えただけでも大変なビジネスだとわかるが、問題はその大変さを外部から知る手掛かりがほとんどないことにある。

実は1社だけ、この情報を直接外部に示している会社がある。第一生命ホールディングスは2年前から投資家向けの説明資料のなかで、第一生命の資産・保険負債のキャッシュフロー構造という図表を公表し、今後5年ごとの保険収支見込みなどを示している(最新版は5月29日公表資料の26ページに掲載)。
この図表を見ると、第一生命では現時点で50年先までの保険金支払いを見込んでいて、30年までのところは円金利資産で対応し、そこから先は金利変動のリスクをほぼそのまま抱えていることがわかる。過去に獲得した高利率の契約は今後20年くらいまでのところにあって、円金利資産をあてて金利リスクを小さくしたうえで、負債の高利率を賄うための別の方法を模索しているとみられる。こうした情報開示があって、初めて市場との建設的な対話が成り立つのだと思う。

遠い将来の約束を果たすのがどの程度大変で、それに対して経営がどう対応しているのかという情報は契約者にとっても重要である。こうした情報開示なしに「自己資本を積み上げました」「金利リスクを削減しました」と言っても説得力はない。第一生命に続く保険会社はいつ現れるのだろうか。
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※つかの間の晴天でした。このところ雨ばかりです。

 

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