16. その他

高知の路面電車

 

高知では「とでん」と呼ばれる路面電車が健在です
(土佐電気鉄道なので「とでん」)。
路線長25kmは広島に次ぎ第2位。
日本各地で活躍した車両がゴトゴト走っていて、
なつかしい感じがしました。

ただ、いろいろ見てみると、どうも高知県の交通政策は
相変わらず自動車中心のようで、民間会社が運営する
路面電車はかなり厳しそうです。

何より車両がかなり老朽化しています。
写真右の「ハートラム」は1編成だけ(2002年に導入)。
大半は製造されてから50年もたっている車両のようで、
これにはびっくりです。

レトロな雰囲気はよいのですが、旧型車両は揺れますし、
スピードが非常に遅いので、時間がかかります。
新型車両なら乗り降りも快適なのですが。

JR高知駅とのアクセス改善や路面の芝生化など
何もしていないわけではないのは理解できるのですが。
他の交通機関とのアクセスや停留所の改善など
広島などほかの都市と比べると取り組みはまだまだ。

2010年作成の「高知都市圏の交通計画マスタープラン」では、
人口減少や高齢化、中心市街地の衰退を示したうえで、
「都市機能がコンパクトに集約した都市構造を目指す」
としています。ここまではよくわかる話です。

ところが、このマスタープランのなかで、交通施設の
整備方針として掲げられている内容はなぜか道路の整備ばかり。
公共交通については別途検討するとしていますが、
プランとして中途半端な感は否めません。
高知都市圏の交通計画マスタープラン(PDF)

検討するうちに路面電車が廃止、なんてことにならぬよう
願うばかりです。

 

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高知の喫茶店文化

 

正月休みに高知へ行ってきました。
南国土佐とはいえ、真冬の高知は寒かった...

高知で面白かったのは「喫茶店」です。

喫茶店と言えば名古屋のモーニングが有名ですが、
人口千人当たり喫茶店数は高知県が全国トップです
(ちなみに2位は岐阜県、3位が愛知県)。

しかも、喫茶メニューよりも食事が充実していてびっくり。

私たちがたまたま入った喫茶店「純」の例をあげると、
飲み物は「コーヒー」「カフェオレ」「ミルクティー」「ミルク」
くらいしかないのに、トーストなどの朝食メニューのほか、
「野菜いため定食」「うどん」「親子丼」「卵焼き定食」など、
食事メニューがざっと20くらいありました。

競争が激しいためか、お茶受けが出るのも当然のようです。
私たちはカステラをいただきました。

ネットで調べてみると、高知の喫茶店は独特なようで、
飲み物だけではなく、本格的な食事をする場なのだそうです。
人口が少ないため、専門的な飲食店が成り立ちにくく、
全国チェーンのフードサービスが進出したのも遅かった、
という事情もあるのだとか。

次に高知へ行く機会があれば、カツオのたたきだけではなく、
喫茶店の食事にも挑戦してみたいですね。

 

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今年の重大ニュース

 

早いもので今年も「重大ニュース」や「10大ニュース」
などを見かける季節になりました。

某学習塾が中学入試の社会科対策として選んだ
最重要ニュースは次の6つだそうです
(他に12の注目ニュースも載っていました)。

1.東日本大震災...自然と生活の関連
2.福島第一原発事故...日本のエネルギー問題
3.震災復興と新内閣の誕生...日本の政治
4.小笠原諸島と平泉が世界遺産に登録...自然や文化の保護
5.アジア諸国の躍進と日本の地位...世界経済の動き
6.世界人口が70億人を突破...日本と世界の人口問題

確かにいわゆる時事問題がこの中から出そうな感じがしますね。

※左の写真は戦時中に使われていた軍票です。
 本物かどうかはわかりません...

 

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古都マラッカ

 

マレーシアからの帰国前に強行軍でマラッカに行ってきました
(帰国便の出発までに時間があったので)。

世界地図を見ると、いかにも重要そうなところってありますよね。
アジアとヨーロッパの接点であるイスタンブールや、
大西洋と地中海をつなぐジブラルタルなどがその典型でしょうか。
マラッカもそのような位置にあります。

古くは明の永楽帝の時代(15世紀)に中国からアフリカまで遠征した
鄭和(ていわ)の艦隊もマラッカに寄港していますし、
日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、
マラッカで日本人ヤジローと出会い、日本行きを決めました。

そのような重要な場所なので、重層な歴史を持っています。

14世紀末にマラッカを建設したのはマラッカ王国です。
東西貿易で栄えた国のようで、15世紀にイスラム化していますが、
中国(明)に朝貢していており、影響を受けていたようです。

その後、16世紀初頭にはポルトガルがマラッカを征服、
以来、ヨーロッパ勢力の支配下に置かれることとなります。
17世紀にはオランダ(東インド会社)が占領し、
19世紀半ばからはイギリス領の拠点都市となりました。
数年間ですが日本の軍政下に置かれた時代もあります。

こんな歴史を持っている都市ですから、
歩いていて楽しくないはずがありません。
19世紀からはシンガポールが台頭したためか、
古い町並みが残っているのも魅力的です。
ごく短時間の滞在でしたが、歴史好きにはたまらないところでした。

※写真は16世紀にポルトガルが建てたカトリック教会の跡です。
 ザビエルが布教活動を行っていたそうで、像が立っていました。

 

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巨人軍のコンプライアンス

 

プロ野球・読売巨人軍の清武英利球団代表が行った
記者会見「巨人軍のコンプライアンス上の重要な件」は、
球団幹部の内紛を公にしたものでした。

「大王製紙やオリンパスのように、企業の権力者が会社の
 内部統制やコンプライアンスを破ることはあってはならない」
 (清武代表の会見より)

とオリンパスが出てきたのは興味深かったですが、
事情はあるにせよ、わざわざ日本シリーズの前日に、
プロ野球ファンに名門球団の内紛を見せつけるとは
お粗末なかぎりですね。

この球団は震災後にも開幕を強行しようとしていましたし、
けさ(12日)の新聞の扱いを見ても、この球団とその親会社の
風通しがよくないことが伺えます。

それはともかく、息子が面白い話をしていました。

「巨人軍のコンプライアンス上の重要な件」だったので、
「コンプライアンス?何それ?」ということで、
ネットで「コンプライアンス」を検索する人が殺到したそうです
(私も息子に聞かれたので説明しました)。

「コンプライアンス」という言葉が一気に広まったかもしれませんね。

※写真は横浜のウォーターフロントです。
 そういえば「(球団名に)モバゲーはダメ」というコメントもありました。

 

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高濃度セシウムを検出

17日に横浜市が「港北区で高濃度セシウムを検出」と
発表しましたが、なんと自宅からすぐ近くのところでした。
東京新聞HPへ

「1kg当り4万200ベクレルの放射性セシウムを検出」
と言われてもピンとこないのですが、
国が一時保管を求める焼却灰の暫定規制値が8000ベクレル
だそうですから、かなり高い数値のように思います。

高濃度セシウムが検出されたのは、道路側溝の付近に
たまっていた堆積物からでした。

側溝脇の建物は倉庫のようで、裏も向かいもマンション。
向かいのマンションは、この付近で最も高い14階建てです。
西側には大きな建物はなく、道をはさんで土木事務所や
下水処理施設があり、その奥は鶴見川です。

このような立地が関係しているのかどうかわかりませんが、
何らかの理由でこの場所に、雨水とともに放射性物質が
集まってしまったのでしょう。

それにしても、福島第一原発から250kmも離れた場所で
高濃度の放射性物質が検出されるとは。
近くにある小学校は大丈夫なのでしょうか。

 

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台北の旅

 

2年ぶりに台湾(台北)に行きました。
前回は仕事でしたが、今回は家族旅行です。

前回も感じましたが、台北では日本の存在感が
非常に大きいように思います。

町には日本のコンビニ(セブンやファミマ)があちこちにあり、
そこでは日本のお菓子や雑貨が売られていました。
デパートやファストフードだけでなく、100円ショップ
(こちらでは39元ショップでした)まで進出しています。

圧巻は書店です。
英会話コーナーを凌駕する勢いで
日本語学習の教材が棚にずらっと並んでいます。
ベストセラーの一角には「もしドラ」が入っていました。

これほど親日的な国はなかなか見当たらないでしょうね。

※羽田便が就航したので便利になりましたね。
  週末旅行にもお勧めです。

 

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松崎のなまこ壁

 

西伊豆の松崎に行ってきました。
なまこ壁の建物が残っているところです(写真)。

松崎は今でこそ西伊豆の小さな町にすぎず、
私は漁業の町かと思っていたのですが、
明治時代には養蚕業で繁栄した歴史がありました。

古くから早場繭の産地として知られていたようですが、
養蚕業の近代化をはかるため、あの富岡製糸場に学び、
明治9年には松崎製糸場が設立されています。
松崎の早場繭相場は各地の繭価の標準となったそうです。

高価で手間のかかる「なまこ壁」の建物は、
松崎がいかに繁栄していたかを物語っているのですね。

しかし、各地に鉄道網が発達すると、海上交通が主体の松崎は
徐々に競争力を失っていきます。
さらに、関東大震災により横浜で保管中の生糸が被災した
ダメージが大きかったようです。

ところで、話は現代へと変わります。

平成の市町村合併で、南伊豆地区でも6市町村で
合併する構想が持ち上がりました。

かつては1万人を超えていた松崎町の人口は
約7500人まで減っています。
これといった産業はなく、観光客も減少気味です。

伊豆地区最古の小学校が松崎にあり(明治13年完成)、
その建物は国の重要文化財に指定されているのですが、
隣接する小学校は数年前に廃校になってしまいました。

しかし、松崎町の議会は合併を否決してしまいます。
いくつかの組み合わせが浮上し、住民投票も実施
(合併に前向きな声が多数を占めた)しているのですが、
議会は2009年に合併せずという結論を出しました。

一介の旅行者にはわからない事情があるのでしょう。
ただ、シニア層にはかつての繁栄の記憶が強く残っており、
松崎の名前を捨てられなかったという話を聞きました。

町並みの背景にはいろいろなエピソードがあるのですね。

 

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原子力発電の今後

 

12日に福島第1原発事故の評価が、当初のレベル5から
チェルノブイリ事故と同じレベル7に上がったのはびっくりしました。
一般に格付けが一気に2段階も上がるのは珍しいことです。

4日の汚染水放出も、やむを得ない措置だったのかもしれませんが、
内外からの批判を招きました。

ようやく行程表が示されたとはいえ、放射性物質の放出が
続いている状況はしばらく続きます。

今回の原発事故による日本ブランドへの悪影響は計りしれません。
日本に対する世界の目が「大震災による被害者」から、
加害者へと変わりつつあるのを感じてしまいます。

そのようななか、16、17日に行われた毎日新聞の世論調査では、
電力の約3割を原発でまかなう現在のエネルギー政策について、

 「やむをえない」       40%(男性52%、女性32%)

 「原発は減らすべきだ」   41%(男性33%、女性46%)

 「原発は全て廃止すべきだ」13%(男性12%、女性14%)

という結果でした。

やはり16、17日に実施された朝日新聞の世論調査でも
「原子力発電は今後どうしたらよいか」という質問をしており、

 「増やす方がよい」    5%
 「現状程度にとどめる」 51%
 「減らす方がよい」    30%
 「やめるべきだ」     11%

という結果だったそうです。

また、読売新聞の世論調査は少し前(1~3日)ですが、
「今後国内の原発をどうすべきか」という問いに対し、

 「増やすべきだ」     10%
 「現状を維持すべきだ」 46%
 「減らすべきだ」     29%
 「すべてなくすべきだ」 12%

でした。

いずれの調査でも「やむをえない」「現状を維持すべき」
という回答が多く、「減らす」が意外に少なくて驚きました。

 

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避難生活「戻れない」65%

 

東日本大震災から1か月に合わせ、避難所で暮らす約600人に対し、
NHKが今後の住まいについてアンケートを行ったそうです。

「同じ場所でもう一度生活したいか」と尋ねたところ、
岩手県と宮城県では「戻りたいが戻れない」「戻りたくない」
という回答が、合わせて65%に上ったとのこと。

回答からは、「住み慣れた場所を離れたくはないが、
生活も仕事も失ってしまった現実を直視すると、
戻りようがない」という姿が浮かび上がり、胸が痛みます。

一方、福島県の避難所では88%の人が「戻りたい」
と答えたそうです。岩手県や宮城県とは異なる結果でした。

地震や津波による直接的な被害よりも、原発事故によって
避難しているかたが多いからでしょうか。

ただ、原発事故の発生から1か月たっても事態が
収束する兆しはなく、放射性物質の拡散が続いています。
自宅がほぼ無傷だとしても、放射性物質による影響を
どう考えればいいのか、現時点ではわからない状況です。

まさに被災者が最も気にしていることで、かつ、多くの人は
まだ必ずしも希望を捨ててはいないというタイミングで
今回の「10年、20年住めない」発言が出てしまいました。

※写真は東京・池上本門寺です

 

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