15. 執筆・講演等のご案内

教員としての気付き

インシュアランス生保版(2022年2月号第3集)に執筆したコラムです。
1か所訂正があります。原文では「学習指導要領の改訂で4月から中学・高校の金融経済教育が拡充される」となっていましたが、中学校はすでに2021年度から施行されていて、この4月から施行となるのは高校だけでした。お詫びして訂正いたします。
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福岡で専任の大学教員になって2年近くになる。私の教員生活はコロナ禍とともに始まり、今もコロナとの共存を余儀なくされている。それでもこの間、様々な発見があった。

まずは最近実施した定期試験について。選抜を目的とした入学試験とは違い、単位を付与するための試験は、こちらが必要と考える水準に学生が到達しているかの確認が重要である。私なりに試した結果、最も適切な出題方法は、意外にも「穴埋め問題」で、しかも、文章中の空欄に入れる候補となる用語をいくつも示している形式だというのが現時点での感触である。
私が講義で最も伝えたかった内容をきちんと理解している学生であれば、満点かそれに近い得点を取る一方、たとえ毎回講義に参加していても理解が十分ではないと思われる学生(小テストで確認)は、総じて高得点にはならなかった。用語を暗記していたとしても、用語を「知っている」と「理解している」とでは次元が違う。正誤を問う問題であれば対処できても(正誤問題は適当に選んで当たる可能性も高い)、候補となる用語の多い穴埋めは、内容を理解していないと正しく埋まらない。「記述式のほうが試験として優れている」「穴埋め問題は教員の手抜き」ということではなく、要は目的に応じた出題を心掛けるということに尽きるのだろう(穴埋めだとコピペの心配もない)。
もっとも、用語が示してあると解答する側が易しく感じるのか、多くの学生がすぐに解き終えてしまい、時間を持て余していたようだった。次回は何か工夫するとしよう。

学生の反応からも気付きがあった。担当するリスクマネジメント論の講義の中で、企業が取るべきリスクを取らないことは、リスクマネジメントの失敗であるという話をしたところ、反響が大きく、「印象に残った」「リスクを取らないとリターンを得られないというのに納得した」「リスクを避けることがリスクマネジメントではないのですね」といった感想が数多く寄せられた。
社会人経験のない学生にとって、そもそも企業活動をイメージするのが難しい。多くの学生は、「リスクとリターンは表裏一体の関係」「保険などを活用しながら避けたいリスクを避け、取りたいリスクを取るのが経営者の仕事」といったことを学ぶ機会がないまま、社会に出ていく。その結果、リスクという用語が危険や損失としてのみ使われ、社会にはゼロリスクを求める空気が蔓延し、企業も慎重になって稼ぐ力は一向に高まらない、とまで言ってしまうのは飛躍しすぎだろうか。
学習指導要領の改訂で4月から高校の金融経済教育が拡充される。個人としての金融リテラシーを高めるための教育ではあるが、単に金融商品の知識を得るだけにとどまらず、リスクとリターンの考え方など金融の基本的な考え方が普及し、徐々に現状が変わっていくことに期待したい。
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※写真は若松(北九州市)です。

 

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保険マーケティングの課題

今週のInswatch Vol.1124(2022.2.14)に寄稿した記事をご紹介します。保険業界の常識は世間の非常識という例かもしれません。
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東京海上グループで商品開発に長年携わってきた星野明雄さんがこのたび『保険商品開発の理論』(保険毎日新聞社)という書籍を出版しました。
はしがきに「保険商品開発の理論を解説したテキスト」とあるとおり、ご自身の経験を踏まえた商品開発担当者向けのテキストなのですが、販売実務に関わる皆さんにも大いに参考になりそうな内容でした。

レーティングとプライシング

保険業界のかたであれば、保険料はどう決まるのかという勉強を一通りしているのではないかと思います(私も大学の講義で教えています)。保険金額と発生率、必要に応じて安全割増を考慮して計算した純保険料に、保険事業運営の費用を賄う付加保険料を加えたものが保険料(営業保険料)です。本書ではこれをレーティングと呼んでいます。
しかし、こうして決まった保険料は保険会社の都合だけで決まっていて、保険マーケットのことを全く考えていません。価格に応じて販売量がどう増減するかを予測し、これを踏まえて保険料を決めるというのが、市場経済の標準語であるプライシングです。プライシングの世界では、消費者がこの価格であれば買ってもいいと考える値段を付け、社会全体の付加価値を生み出すことを目指します。

保険業界は久しくマーケティングが弱いと言われてきました。とりわけ歴史の長い保険会社は募集活動に大きな経営資源を割いていて、「マーケティングといえば、その販売部隊を管理するチャネルマーケティングを意味するケースが多くみられます」(本書132ページ)。レーティングの世界は市場経済とのつながりがないので、マーケティングと言われてもピンとこなかったというのが正直なところかもしれません。

等級プロテクト特約はなぜ失敗したか

商品開発の失敗例として、本書では自動車保険の等級プロテクト特約を挙げています。
この特約があれば、事故を起こして保険金を請求しても、翌年の等級が下がらず、保険料が値上げにならないということで、人気がありました。ところがこの特約が普及すると、小さな事故でも保険金を請求する契約者が増えてしまい、採算が合わなくなってしまったという結末です。

採算が合わなくなったのは、保険料の設定が甘かったからでしょうか。本書では、より本質的な理由は、この特約が社会全体の利益を高めるものではなかったからと説明しています。
確かに個々の契約者だけを見れば、この特約があれば、等級制度による保険料引き上げから逃れることができました。しかし、この特約が広く普及すると、リスクに応じた保険料という仕組みが機能しなくなってしまい、全体として保険の機能が不安定なものとなりかねません。失敗の本質は、この特約が社会全体に新たな価値を提供するものではなかったところにあります。

保険の価値を学ぶことができる

マーケティングの本は数多くあっても、保険に特化したマーケティングを取り扱った書籍はほとんど見当たりません。あったとしても、総じて販売ノウハウの紹介が中心のようです。「ニーズがネガティブ」という保険商品の特性はわかっていても、それが保険ニーズの分析にどう結びつくのか。割引についてどう考えたらいいのか。本書はこのような話を理路整然と、かつ、非常にわかりやすく示しています。
保険の価値についての考察では、なんと「保険の面倒くささ」についての深い洞察もあり、筆者でなければ書けない内容だと思いました。
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※写真は終着駅シリーズ(?)、香椎線の宇美駅です。

 

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リスクをどう伝えるべきか

今週のInswatch Vol.1119(2022.1.10)に寄稿した記事をご紹介します。リスクマネジメントは奥が深いですね。

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新しい年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

リスクをどう評価するか

読者の皆さんの多くは保険ビジネスに関わっているかただと思いますので、一般の人に比べると「リスク」や「リスクマネジメント」について、より深く理解されているのではないかと思います。
ご存じのとおり、リスクマネジメントを行うにはリスクを認識し、何らかの形で評価する必要があります。
もし、リスクによって生じうる損失や利益の大きさと、そのリスクの発生頻度がわかれば、リスクの大きさを数値で表すことも可能です。例えば3メガ損保グループはいずれも、グループの直面する主要な経営リスクを数値化し、自己資本(広義)と対比するリスクマネジメントを行っています。

2つの思考システム

問題は一般の人がリスクをそのようにとらえているか。つまり、専門家と同じようにリスクを評価するかという点です。

リスク心理学を専門とする中谷内(なかやち)一也先生の著書『リスク心理学』によると、私たち人間の判断や意思決定は「二重の思考システム」に支えられているそうです。
このうちシステム1は、すばやく自動的に働き、大雑把にとるべき方向性を判断するというもの。システム2は、時間がかかるものの意識的に思考し、精緻な判断をしようというもの。そして、日常の判断はシステム1で行われがちだといいます。

論理的な思考を行うシステム2によってリスクを評価するには、多くのデータと、データを分析する技術が必要です。これらがなくても人間が太古の昔から生き残ってきたのは、物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1が有効だったからだと考えられます。

ただし、システム1には「思い出しやすい事象は発生する確率が高いと判断しやすい」「ある数値を一度基準として考えてしまうと、無関係な意思決定に影響を及ぼしてしまう」「自らの感情を手掛かりにリスクや便益の判断を行いやすい」などのクセがあり、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価することにもなりかねません。

例えば、2011年に発生した東日本大震災では、沿岸各地に10メートルを超える巨大津波が押し寄せ、多くの犠牲者が出ました。この「10メートル」という数字が人々の意識に刻み込まれてしまったため、避難すべきと考える津波の高さが大震災の前後で変わってしまい、50センチや1メートル程度の津波であれば避難しなくてもいいと考える人が増えてしまったそう
です(震災前は50センチや1メートルで避難するという人が多かった)。
津波のエネルギーは1メートルでもすさまじく、リスクの過小評価が起きている可能性があります。

システム1の存在を踏まえた伝達を

皆さんをはじめ、専門家による定量的なリスク評価はシステム2によって生み出されます。専門家は一般の人に対し、システム2によって理解され、判断に生かされることを期待して、様々な説明を行います。
ところが多くの場合、提供された情報は人々のシステム1によって処理されてしまうため、リスクが過小評価されたり、過大評価されたりします。

では、どうしたらいいのでしょうか。専門家がリスク評価の考え方を一般の人にわかりやすく説明するというのが正攻法ですが、まずは人間の2つの思考システム(特にシステム1の存在)を知ったうえで、システム1に響くように伝える工夫が求められているのだと思います。
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※写真は「のだめカンタービレ」のロケ地です。

 

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保険会社経営の方向性

日本共済協会の月刊誌「共済と保険」に、昨年9月の講演内容が掲載されました。
講演では大手生損保グループの2020年度決算を解説したうえで、私が注目している保険会社経営の方向性として、次の3点についてお話ししました。

(1) 足元の経営課題への対応
(2) 外部ステークホルダーを重視する経営へ
(3) デジタル社会への対応

ごく簡単に紹介しますと、まず(1)の足元の経営課題としては、生命保険会社では「出口が見えない超低金利下での商品戦略」、損害保険会社では「火災保険の収益改善」を挙げました。
次に(2)では、株主や契約者、その他債権者に対して経営戦略をきちんと説明できるような経営を指向する動きが見られるとして、具体的には第一生命ホールディングスと明治安田生命の事例を取り上げました。
最後の(3)では、同じデジタル化でも「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」では違うことを説明し、後者のデジタライゼーションでは保険ビジネスがこれまでと全く違うビジネスモデルになるかもしれないという話をしました。

ところで、同じ号に「業績回復で明暗分かれた生損保 ー2021年度上半期決算より-」というジャーナリスト高見和也氏の記事があり、何をもって明暗が分かれたとしているのか興味を持ちました。
読んでみると、高見氏は「業績」という言葉をかなり柔軟に使っていることがわかりました。生保では新契約年換算保険料の数字をもとに「4グループのなかでは国内での業績の回復が最も早い」「本体の業績がまだ戻りきってはいません」などと書いている一方で、損保では各社が正味収入保険料や純利益などの予想を変更したことをもって「3メガ損保グループは2021年度末の業績予想を変更」と書いています。実質的に違うものを比べて「明暗が分かれた」と言われても、読者としてはとまどってしまいますね。

上場企業が業績を上方修正したといえば、まずは利益指標の上方修正を指すのが一般的です。売上高を含むことがあっても、業績イコール売上高という人はほとんどいないと思います。
しかし、生保業界では基礎利益が登場するまで利益指標をみる習慣がほとんどなかったためか、業績という言葉が新契約など契約動向を示す言葉として使われてきたという経緯があり、それが混乱のもととなっているのではないかと思います。

※博多の櫛田神社にお参りしました。

 

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生命保険事業への提言

インシュアランス生保版の年末特別企画「生命保険事業への提言」に、いつものコラムより長めのものを寄稿しました(2021年12月号第4集に掲載)。
私のほか、佐々木光信さん(保険医学総合研究所代表取締役)が「新型コロナから考える医療環境の変化と業界への示唆」を、原口典之さん(NGA代表取締役CEO)が「今後の生保業界はリアルとデジタルの二刀流を目指せ」を、宇野典明さん(元中央大学商学部教授)が「真の意味での顧客第一主義を目指せ」を、それぞれ執筆しています。

私が寄稿したのは「新たなソルベンシー規制への対応」という題の文章です。

1.経済価値ベースのソルベンシー規制とは
2.自己規律が試されている
3.保険会社が取り組むべきこと

新たなソルベンシー規制について、今のソルベンシー・マージン比率の計算方法が経済価値ベースに置き換わる点だけに注目するのは正しくありません。金融庁は保険会社にも「3つの柱」の考え方に基づく健全性政策を採用しようとしていて、保険会社の自己規律がこれまで以上に問われるようになります。
3つの柱を組み合わせた規制で先行した銀行業界では、銀行の自己規律に委ねていては健全性を維持できないという考えが規制当局の間で広まってしまい、第1の柱に重点を置いた規制に移ってしまいました(バーゼルIII)。

今のところ保険会社向けの健全性政策は、国際的にも国内的にも、保険会社の自主的な管理を促そうという考えに基づいているように見えます。しかし、何かをきっかけにして、自己規律が働かない業界だというレッテルを張られてしまえば、銀行と同様に事業への制約の強い規制に手足を縛られ、産業としての発展が見込めない世界となってしまいかねません。
このような危機感を共有していただきたいと思い、寄稿しました。機会がありましたらぜひご覧ください。

※津和野の夜景です。今は雪景色かもしれません。

 

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生命保険会社の4-9月期決算から

今週のInswatch Vol.1115(2021.12.13)に生保決算に関する記事が載りましたので、ご紹介いたします。
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11月に各社の決算発表がありましたので、今回は主に新契約年換算保険料(新契約ANP)のデータから、長引くコロナ禍における各社の業績がどうだったのかを探ってみました。

大手生保:営業職員チャネルはコロナ前の8割程度か

昨年度のこの時期(2020年4-9月期)は営業活動の自粛により業績が大きく落ち込んだため、今回のデータを前年と比べてもあまり意味はありません。では、コロナ前の一昨年度(19年4-9月期)と比べればいいかといえば、ご存じのとおり、19年2月の「バレンタイン・ショック」で法人向け保険の販売が大打撃を受けた時期にあたります。足元の回復状況をつかむには、もう少し長い期間を見て判断する必要がありそうです。
そこで、まずは営業職員チャネルを主力とする大手生保(日本、第一、住友、明治安田)について、個人保険の新契約ANPを20年度、19年度、18年度、17年度と比べてみました。

【日本】 159  111  88  65%
【第一】 230   96  88  71%
【住友】 136   84  70  66%
【MY】 126  103  72  89%

日本生命の場合、新契約ANPが昨年度よりも59%増え、19年度と比べても11%増えています。しかし、18年度対比では12%少なく、17年度対比では35%も少ない状況です。19年度に比べるとコロナ前まで回復したように見えますが、日本生命は法人向け保険の販売に積極的だったので、それが落ち込んだ19年度対比でプラスになったと考えられます。
第一生命は昨年度の営業自粛期間が長かった影響が20年度対比の数値に表れていて、18年度対比では12%減、17年度対比では29%減でした。住友生命や明治安田生命は本体で銀行窓販に力を入れているため、その影響も考慮する必要があります(明治安田生命はチャネル別の数値を公表)。
いずれにしても、営業職員チャネルによる個人向け販売はまだコロナ前には戻っておらず、ざっくり言って8割程度と見るのが妥当かと思います。

損保系生保:回復は遅い

【あんしん】 132  132  61  51%
【MSA 】 111  94  53  69%
【ひまわり】 116  109  73  72%

同じように損保系生保3社のデータを見ると、18年度や17年度対比では、先ほどの大手生保よりも低い水準です。
損保系生保の主力チャネルは損保代理店のクロスセルに加え、生保プロ、保険ショップです。生保プロを中心にバレンタイン・ショックの影響を強く受けて以降、それを補うほどの業績を挙げられていないとうかがえます。
ただし、第三分野の新契約ANPは18年度や17年度対比で伸びている(MSA生命は17年度対比のみプラス)ので、収益性はむしろ高まっているものと考えられます。

非対面販売へのシフトは進んでいない?

昨年の4-9月期は自宅にいる消費者が多かったためか、いわゆるネット生保が業績を伸ばしました。この4-9月期を見ると、アクサダイレクト生命の新契約ANPは前年対比で17%増と2ケタ成長を続けたものの、ライフネット生命はほぼ横ばい、SBI生命は7%減でした。他にもネット販売に注力しているとみられる会社の業績は軒並み低調でした(ネット販売が低調だったかどうかは不明です)。
当時の「第1波」に比べると、21年4、5月の「第4波」や7-9月の「第5波」のほうが、感染者数がはるかに多かったのですが、生命保険の巣ごもり需要は高まらなかったようです。日本では幸いコロナによる死者数が国際的にみて少ないがゆえに、コロナで生命保険のニーズが高まるようなこともなく、ネットで保険加入という流れが続かなかったと考えられます。

9月に公表された直近の「生命保険に関する全国実態調査」(21年4~5月調査)によると、今後加入するなら「インターネットを通じて」という回答が17%と過去最高となり(18年調査では12%)、「保険代理店の窓口や営業職員」という回答(12%)を上回っています。
チャネル別の業績データがないので、ネット販売に注力する会社の決算数値などからの推測ですが、潜在的にはネット加入のニーズがあるとはいえ、コロナを契機に非対面チャネルへのシフトが急速に進んでいるという状況ではなさそうです。
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※写真は博多駅です。

 

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「生保の資産運用方針」

インシュアランス生保版(2021年11月号第4集)に執筆したコラムです。「主張」という名前のコラム欄なので、毎回できるだけ何かを主張するようにしています。
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毎年4月下旬と10月下旬になると、国内系の主要な生命保険会社の資産運用方針に関する記事が出る。直近では「主な生命保険会社による2021年度下期(2021年10~22年3月)の運用計画が27日、出そろった。米国を中心により高い利回りが見込める社債を計6200億円程度、積み増す計画だ」(10月27日の日経電子版より引用)といった記事があった。この報道によると、下期は外国社債投資を増やす会社が目立つとのことだ。

不思議なことに、報道される各社の資産運用方針は一部の報道機関にしか公表されず、契約者をはじめ一般には示されていない。この10月には少なくとも日本生命、第一生命、住友生命、明治安田生命、太陽生命、かんぽ生命が資産運用説明会を開催した模様だが、そこでどのような情報が示されたのかは報道を通じてしか知ることができない。決算発表前のこの時期に、主要生保はなぜメディアに限定した情報開示を行うのだろうか。

疑問は他にもある。生保各社は何のため、誰のために資産運用方針をメディアに公表しているのだろうか。
もし自社の経営内容を伝えるためだとしたら、受け手としては情報の取り扱いに気を付けなければならない。なぜなら、会社によって足元の支払余力の余裕度も、リスクテイク方針も異なるはずなので、例えば同じ「オープン外債を○○億円増やす」という内容でも、その意味は違ってくるからだ。
個社情報の伝達ではなく、金融市場参加者に向けたマーケット情報として資産運用方針を説明しているのかもしれない。そうだとしたら、個社の運用方針の違いに意味はない。全体としてどのような資産を増やす/減らすのかが伝わるような情報提供を行うべきだ。

困ったことに、報道された生保の資産運用方針の実行状況を後から確認しようとしても、決算発表資料やディスクロージャー誌ではわからないことも多い。例えば各社が外国社債への投資を増やす方針だとして、実際どうだったのかを調べようとしても、一部の会社を除き、信用格付け別の開示はないし、そもそも外国社債の残高が公表されていない。為替ヘッジの状況はデリバティブ取引の時価情報でかろうじて推測できるものの、外貨建負債(公表されていない)が少ないことが前提である。先に引用した日経記事に「30年物を軸に超長期の日本国債を買い入れる動きも続く」とあるが、決算発表資料等には「10年超」というくくりの開示しかなく、本当に30年債を軸に購入したのか確認しようがない。

生命保険会社は資産運用方針を一部報道機関のみに説明するのではなく、決算発表時でいいので一般にも公表すべきである。そして少なくともその説明が確認できるような情報開示が必要だ。メディアも単に保険会社が説明する資産運用方針を報じるだけでは、仕事をしたことにはならない。
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※友泉亭公園は黒田藩の別荘だったところです。

 

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新聞は保険会社の経営情報をどう伝えているか

今週のInswatch Vol.1110(2021.11.8)に掲載されたものです。
日本保険学会の全国大会ではこのような報告をしました。
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日本保険学会で報告

10月23日から24日にかけて、日本保険学会の全国大会がオンラインで開催されました(私は福岡から参加)。全国大会は年1回開かれていて、研究者による報告と2つのパネルディスカッション、特別講演や招待報告が主な内容となっています。
今回のパネルディスカッションは「レジリエンスから見た地震リスクと地震保険」「地震リスクに対する企業保険制度の課題」と、いずれも地震リスクに関するものでした。

報道内容の固定化

私は24日の午前中に「保険会社の情報開示とメディアの役割」を報告しました。過去20年間における新聞(日経、朝日、読売)による生損保の決算報道を調査したところ、2000年代前半には各紙が多様な報道を展開していたのに対し、その後は報道内容が固定化していることがわかりました。とりわけ生保決算では、主要会社の「保険料等収入」と「基礎利益」を報じておしまいというパターンが続いています(損保決算は3メガ損保グループの「正味収入保険料」「連結当期純利益」を報じることが多い)。
事業会社と違い、保険会社の経営内容はいわば商品・サービスの一部となっています。もし保険会社の経営が傾けば、将来の 保障(補償)が危うくなりますし、有配当契約の場合には、業績が順調であれば配当還元を期待できます。1年契約が主流の損害保険でも、経営内容は契約更改時の保険料率に影響を与えます。
しかし、経営情報を必要とする消費者(現在および将来の保険契約者)にとって、新聞が掲載するこれらの指標は有益な情報なのでしょうか。いずれも経営の健全性を示すものではありませんし、生保の基礎利益には資産運用収益の一部しか反映されず、損保の当期純利益は異常危険準備金の繰入・戻入に大きく左右されます。

ニュースバリューと新聞社固有の事情が影響

こうした決算報道の固定化の背景を探るため、メディア論の先行研究にあたったほか、主要生損保グループ(相互会社生保5社、上場生保グループ3社、3メガ損保グループ)の広報部門と、メディア関係者(保険担当経験がある記者)へのインタビュー調査を行いました。
そこで見えてきたのが、メディアによるニュースバリューの判断と、報道機関固有の事情です。
新聞は原則としてニュースバリューがあると自身が判断したものを報じます。ですから、近年の保険会社決算にはニュースバリューが小さい、すなわち読者の関心がないと判断していると言えます。読者の関心とは必ずしも読者にとって重要かどうかではなく、注目を集めるかどうかのようです(やや乱暴に表現しています)。
報道機関固有の事情としては、記者に専門性を求めず、頻繁な人事異動を行うことや、新聞社を取り巻く厳しい経営環境のもとで紙面や担当者が減っていること、社会部や政治部の記者とは違い、経済記者は受け身でも最低限の業務ができてしまうことなどが挙げられます。

新聞の苦境が浮き彫りに

特に後者は出口の見えない深刻な状況です。新聞発行部数は年々大きく減っていて、デジタル版へのシフトもあまり進んでいません(日経を除く)。コスト削減のために一般紙では記者が様々な業種を兼務するようになり、なかには保険会社の決算記者会見に参加しない(物理的にできない)ところも出てきているそうです。
このまま事態が進むとどういうことになるか。ネットの経済ニュースの多くも元をたどれば新聞記者によるものだったりしますので、新聞社が既存のビジネスモデルにこだわり続けるのであれば、網羅的かつ信頼できる経済ニュースは絶滅してしまうかもしれません。
今回の研究はあくまで保険会社の決算報道に限ったものではありますが、図らずも新聞の苦境が浮き彫りになりました。
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※NHK福岡に行きました(ATM利用のため)

 

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保険学会の全国大会で報告

10月23日から24日にかけて、日本保険学会の全国大会がオンラインで開催されました。
オンライン開催なので、懇親会等での非公式な意見交換ができないのは残念なのですが、大会に参加しやすいというメリットはありますね。私も福岡にいながらにして報告を行うことができました。

情報開示とメディア

私は3月の九州部会に続き、全国大会でも保険会社の経営情報の伝達について報告しました。
過去20年間の決算報道を調査したところ、平時における報道内容が固定化していることを「発見」したので、その理由を探るため、主要保険会社の広報部門(およびメディア関係者)へのインタビューを行いました。その結果、報道固定化には「メディア自身によるニュースバリューの判断」「報道機関固有の事情」が影響していることが見えてきました。
報告の詳細は今後どこかでご覧いただけるかと思います。

地震リスク

今回の大会では土曜日のシンポジウム、日曜日の共通論題がいずれも地震リスクに関するものでした(金融庁の栗田監督局長による特別講演でも自然災害リスク関連の話がありました)。
シンポジウム「レジリエンスから見た地震リスクと地震保険」は個人の地震リスクと家計向け地震保険についての発表とディスカッション、共通論題「地震リスクに対する企業保険制度の課題」は企業の地震リスクとその対応状況についての発表とディスカッションという内容で、特に後者は知る人ぞ知るという内容だったかもしれません。

共通論題を聞いたうえでの私見ですが、企業の地震リスク対応が進んでいない根底には、日本企業に資本コストを意識した経営が浸透していないことや、そもそも大企業と言えども実質的に事業部門の集合体で、コーポレート部門の機能が弱いという問題があるのだと理解しました(共通論題ではそこまで突っ込んだ議論にはなりませんでしたが)。

なお、シンポジウムではお二人の先生が、地震保険の危険準備金取り崩しをもって「破綻の危機」「財政に懸念」とおっしゃっていて、この点はよくわかりませんでした。
民間準備金が取り崩されてから、官民負担スキーム修正(民間負担分を下げる)までのタイムラグの問題があるとはいえ、地震保険は超長期の収支均衡を意識したプライシングがなされ、政府が再保険というかたちでバックアップするしくみです。もし民間準備金が枯渇し、新たな準備金の蓄積まで政府負担が大半を占めるスキームになったとしても、それをもって「破綻」とみなすのは私には抵抗があります。この保険の存続可能性を問題視するのであれば、論点はリスクに応じたプライシングがなされているか、ではないでしょうか。

※ハロウィンまであと1週間ですね。

 

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生保の乗合代理店

今週のInswatch Vol.1106(2021.10.11)に掲載されたものです。
生保代理店関連のデータがもう少し出てくるといいのですが(特に取り扱い保険料関連)。
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乗合代理店の業務品質評価

先週の本誌(10月4日号)で編集人の中崎さんが、生命保険協会が公表した乗合代理店の業務品質に関する検証について紹介していました。生命保険協会のサイトでスタディーグループの「業務品質評価運営(案)」(*第16回資料3)を確認すると、実態調査にかかるコスト(30万円超を想定)は評価を受ける代理店が負担し、年間150~200店を評価できるようにするそうです。

ただし、一般への公表は「評価付けを獲得した代理店」のみ行うとのことで、「評価付けなし」となった代理店名の公表はなく、「業務品質評価運営に同意いただいた●●●社を対象としており、そのうち、一定項目の充足が確認できた代理店は●社」という情報開示になる模様です。消費者には(あくまでこの基準において)評価が低い代理店と、そもそも評価を受けていない代理店の違いはわかりませんが、消費者が一定水準の評価となった代理店を選ぶことができるという仕組みです。

保険業界による自主的な取り組みとして、業界を挙げて乗合代理店の品質向上を図ること自体は高く評価できると思います。しかし、いざ始まってみたら、基準策定に関わった代理店ばかりが公表されていた、なんて結果になってしまうと、評価制度そのものの信頼性が揺らいでしまいます。評価が高い代理店をできるだけ早期に増やすとともに、マッチポンプと思われないような評価制度の運営体制を築く必要がありそうです。

大型乗合代理店への集中

ところで、同じ資料に「(ご参考)代理店数について」という記載があり、2020年12月時点の代理店数などが載っていました。

 生保の全代理店   82,165店
 うち乗合代理店   21,939店
 うち募集人50名以上  1,132店

上記の通り、生保の全代理店に占める乗合代理店の割合は27%と、損保代理店の23%(2020年度末)とそれほど大きな違いはありません。募集人数とあわせて見ると、損保では募集人のうち73%が乗合代理店に所属しているのに対し、生保代理店では募集人の90%が乗合代理店に属していることが示されています。専属の募集人の多くは営業職員として保険会社に採用されていると考えられます。

他方で、乗合代理店の募集人の約9割が、全部で1千店程度しか存在しない、募集人50名以上の代理店に所属していることもわかりました。金融機関のように、稼働率の低い募集人を多く擁する乗合代理店もあるでしょうから、募集人の数がそのまま契約に直結するわけではないにせよ、おそらく代理店チャネルにより獲得した生命保険契約のうち、これら大型の乗合代理店による割合はかなり大きいと考えるのが自然です。

市場シェアの大きい(と思われる)大規模な乗合代理店をターゲットに業務品質の向上を図り、対応できない中小規模の代理店には市場からの退出を促すのか。そうではなく、規模とは関係なく、代理店全体の業務品質の底上げを目指すのか。メーカーとしての生命保険会社はどちらを意図しているのでしょうか。
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※写真は福岡城址からの景色です。

 

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