15. 執筆・講演等のご案内

保険負債の透明性が低すぎる

インシュアランス生保版(2023年7月号第1集)に寄稿したコラムをご紹介します。今回もしっかり「主張」させていただきました。
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損害保険と比べた生命保険の特徴として、契約期間が長いという点が挙げられる。生命保険会社が提供している医療保険も終身が主流となっているようである。これらの保険を提供する生命保険会社は、いわば遠い将来の約束を果たすために存在している。
このように書くと、生命保険に関わる皆さんは「いまさら何を言っているの?」と首を傾げるかもしれない。では、この5、6月に公表された決算関連資料から、皆さんは生命保険会社が抱えている保険負債の長さを把握できるだろうか。答えはノーである。

もし「そもそも被保険者がいつ亡くなるかわからないのだから、保険会社がいつ約束を果たすのかなんて事前にわかりようがない」とお考えであれば、保険の仕組みを勉強しなおすことをお勧めしたい。死亡率や発生率が概ねわかっているからこそ保険会社は保険料を決め、保障を提供できている。言い換えると、保険会社は保有する契約について、将来のどの時点でどの程度の支払いが発生するのか概ねわかっていて、それに合わせて資産運用を行っている。資産運用と保険引受は車の両輪ではなく、まず保険引受があって、それを全うするために資産運用がある。

資産と負債をどの程度対応させるかは各社の経営判断による。ただし例外を除き、各社は販売時に将来支払う保険金額が決まっている円建ての商品を主力としてきたため、その結果として何十年も先まで円の固定金利(予定利率)を保証している。ちょっと考えただけでも大変なビジネスだとわかるが、問題はその大変さを外部から知る手掛かりがほとんどないことにある。

実は1社だけ、この情報を直接外部に示している会社がある。第一生命ホールディングスは2年前から投資家向けの説明資料のなかで、第一生命の資産・保険負債のキャッシュフロー構造という図表を公表し、今後5年ごとの保険収支見込みなどを示している(最新版は5月29日公表資料の26ページに掲載)。
この図表を見ると、第一生命では現時点で50年先までの保険金支払いを見込んでいて、30年までのところは円金利資産で対応し、そこから先は金利変動のリスクをほぼそのまま抱えていることがわかる。過去に獲得した高利率の契約は今後20年くらいまでのところにあって、円金利資産をあてて金利リスクを小さくしたうえで、負債の高利率を賄うための別の方法を模索しているとみられる。こうした情報開示があって、初めて市場との建設的な対話が成り立つのだと思う。

遠い将来の約束を果たすのがどの程度大変で、それに対して経営がどう対応しているのかという情報は契約者にとっても重要である。こうした情報開示なしに「自己資本を積み上げました」「金利リスクを削減しました」と言っても説得力はない。第一生命に続く保険会社はいつ現れるのだろうか。
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※つかの間の晴天でした。このところ雨ばかりです。

 

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大手損保の国内事業戦略

最初にご案内です。6月28日の夜(18:00-19:00)に損保総研の特別講座で講師を務めます。演題は「保険会社経営の今後を探る ~最近の環境変化を踏まえて~」でして、ここ数年、定点観測的にお話をしているものです。
今回も対面ではなく、オンラインによるライブ配信ですので、ご関心のあるかたはぜひお申し込みくださいね。

さて、今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1188(2023.6.12)に寄稿したコラムをご紹介します(IR資料へのリンクを加筆しました)。
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3メガ損保グループはそれぞれ四半期ごとに投資家・アナリスト向けに決算説明会(電話会議を含む)を開催しているほか、半期ごとにグループ戦略を説明するIRミーティングを行っています。
直近のIRミーティングが5月下旬にありましたので、今回は各グループによる国内損害保険事業の取り組み方針の概要を紹介します(詳細な情報は各社のIRサイトで確認できます)。

東京海上(5月24日開催)

東京海上グループは「国内損保事業でNo.1の成長とマーケット対比優位な収益性を実現している」とアピールしたうえで、着実な保険引受利益の成長のために次の5点にフォーカスすると説明しています(資料はこちらです)。

・自動車保険の収益維持
・火災保険の収益改善
・新種保険の拡大
・事業効率の向上
・新たなビジネスモデル

事業効率の向上に関して、現在の中期経営計画(2021~23年度)では約400億円のデジタル投資を行い、社内事務を徹底的に削減することでコンバインドレシオの改善を図るとしています。今回のIRでも、事務量削減の進捗状況と、それによって生まれた資源の再配分について定量的な説明がありました。

MS&AD(5月25日開催)

MS&ADグループは企業価値向上への取り組みとして、国内損保事業の主要戦略として次の4点を掲げています(資料はこちらです)。

・自動車保険の利益維持
・火災保険の利益改善
・新種保険の利益拡大
・事業費の削減

事業費の削減については、2022年度からのグループ中期経営計画で打ち出した1プラットフォーム戦略(ミドル・バック部門の共通化・共同化・一体化)の進捗状況を示しました。例えば、一部SCでの同居やコンタクトセンターの拠点同居(関西)が順次始まっていくそうです。

SOMPO(5月26日)

SOMPOグループからは「事業環境の悪化を踏まえ、収益回復に向けた新たなアクションを開始する」という説明がありました(資料はこちらです)。事業環境の悪化とは、インフレによる保険金増加や激甚自然災害の頻発化などのことです。収益回復に向けた新たなアクションとしては、以下を示しています。

・踏み込んだ収益改善策(火災保険・自動車保険・新種保険)
・更なる生産性向上策

更なる生産性向上策としては、商品の統廃合・簡素化による物件費の削減と組織体制の最適化によって、5年後の事業費率を31%台に下げる方針を打ち出しています(直近は33.9%)。

チャネル戦略への言及なし

こうして見ると、自動車保険の収支悪化にどうやって歯止めをかけるか、火災保険を赤字体質からどうやって脱却させるか、事業費のうち社費(人件費と物件費)をどうやって削減するか、というのが国内損保事業についての共通した関心事項だとわかります。
他方で国内損保事業のビジネスモデルの根幹をなす、代理店を軸としたチャネル戦略に関する記述は各グループともにほぼ見当たりませんでした。各社は中計で、「代理店システムの刷新等により、代理店の顧客接点および営業力を高度化」「オンライン商談等を活用した新たな募集モデルの構築」(いずれも東京海上グループ)、「代理店の高品質化・自立化を中心とした販売網構造改革に注力」(SOMPOグループ)などを掲げ、各社の代理店あたり収入保険料も着実に増加しているのですが、全く言及がないというのは不思議な気がします。
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週刊ダイヤモンドに寄稿

6月5日発売の週刊ダイヤモンドに「台湾・損保のコロナ保険危機 リスク管理上の二つの教訓」という論文を寄稿しました。紙媒体のほか、有料会員はダイヤモンドオンラインでも読むことができます。

ダイヤモンドオンライン(有料会員限定)
前編
後編

以前このブログでもご紹介したとおり、コロナ保険を大々的に提供していた台湾の損害保険会社が、政府の政策変更によって相次いで資本不足に陥るという「事件」が発生しました。2022年のコロナ保険の収入保険料が業界全体で約250億円(円換算)だったのに対し、支払保険金はなんと約1兆円(同)に達しました。東京海上グループが2022年度決算で台湾コロナ保険に伴う損失を約1000億円計上したのもこの事件によるものです。

この事件を表面的にとらえると、政府のゼロコロナ政策がずっと続くと過信した台湾損保業界が目先の販売拡大に走り、突然はしごを外されてひどい目にあったという話です。とはいえ、この失敗から学ぶべきことも多いと思います。
論文では、「リスクマネジャーは政策変更リスクを常に意識し、リスクへの感度を高めなければならない」「業界全体が一つの方向に向かっているときに、自社だけが別の行動をとるにはどうしたらいいか」という2つの教訓を示しました。詳細はぜひ週刊ダイヤモンドまたはダイヤモンドオンラインをご覧ください。

なお、論文では行政の対応について、「当局がコロナ保険の販売を促したかどうかについては証言が分かれたが、業界をうまく指導できなかったとはいえるだろう」と書きました。日本もそう言われていますが、台湾の保険当局もコロナ禍における保険業界としての積極的な取り組みを求めたようです。「(ゼロコロナ政策が続いているなかで)コロナ保険の提供をやめようとした会社がいくつかあったが、当局がいい顔をしなかった」という証言もありました。参考までに記しておきます。

 

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感染症リスク引き受けの難しさ

週末は一橋大学で対面開催された日本金融学会の春季大会に参加していた(つまり東京にいた)ので、ブログはInswatchに寄稿したコラムのご紹介です。
今週のInswatch Vol.1184(2023.5.15)に掲載されました。
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「みなし入院」への支払いが終了

ご承知のとおり、5月8日から新型コロナウイルス感染症の法律上の位置付けが5類感染症となったことを受けて、各保険会社はいわゆる「みなし入院」でも入院給付金を支払う特例措置を終了しました。
社会的要請に応える形で2020年4月に導入したこの特例措置ですが、感染力の強いオミクロン株の登場によって感染者数が急激に増えてしまい、例えば生命保険業界だけで約1兆円という多額の給付金を支払う結果となりました。生保業界全体の保険金等支払金は年間30兆円前後、21年度末の純資産は約27兆円なので、健全性が揺らぐような支払いではないにせよ、22年度決算を圧迫したのは間違いありません。

感染症リスクの特徴

支払いがここまで増えた理由の1つは、変異株の出現による感染者数の増加を事前に予想できなかったことが挙げられます。ウイルスが変異するということは知られていても、それがどのタイミングでどの程度感染者数を増やすのかを事前につかむのは、現在のところ不可能だと思います。
保険会社にとって感染症は、保険として引き受けるのが非常に難しいリスクです。保険を提供するには、保険金や給付金を支払うべき出来事の発生率をある程度把握したうえで、契約者から集める保険料を決める必要があります。新型コロナは文字通り「新型」なので、参考となる過去の観測データはありませんでしたし、過去に生じた他の感染症の事例を参考にしたとは思いますが、限界があります。
加えて、保険会社は通常、発生率の不確かさを補うため、様々な工夫をしています。例えば生命保険や自動車保険では、大数の法則を活用するため、リスクを広く大規模に引き受けることで、発生率の安定を図っています。ところが感染症の場合、いくらリスクを広く大規模に引き受けても、感染が広がってしまえば感染者が一気に増えてしまい、大数の法則が働きません。グローバル展開をしていても、世界的な流行ともなれば、リスク分散の効果も得られません。

1兆円をどう見るか

保険会社は「みなし入院」への支払いを検討するに際し、頭を抱えたのではないでしょうか。新たにコロナ保険を販売するのではなく、既存の医療保険の保障対象を広げるという話なので、リスク管理に失敗した場合の影響は甚大なものとなりえます。
おそらく各社はストレステストを実施したのではないかと想像します。ただし、どこまで深刻なストレスシナリオを設定できたでしょうか。感染者数が1日数百人という時点で、1日2万人以上が新たに感染するという事態を織り込むことができたかどうか。できたとしても、自社だけが特例措置を行わないという経営行動に踏み切れたかどうか。
そう考えると、やや遅れたとはいえ昨年9月に「みなし入院」への支払い対象を絞ることに成功し、結果として約1兆円の支払いにとどまったのは、もちろん関係者の努力があったにせよ、不幸中の幸いだったと言えるのかもしれません。
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※前回に続きソウルの写真です。

 

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保険商品の特殊性

今週のInswatch Vol.1180(2023.4.10)に寄稿した記事をご紹介します。
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原材料を仕入れなくても販売できてしまう

保険が他の商品と異なる点として、保険会社は事前に原材料を仕入れなくても保険を提供できてしまうということがあります。
例えば自動車メーカーは、事前に原材料である鉄やゴム、ガラスなどを仕入れることができなければ自動車を製造・販売できません。ですから、原材料価格がよくわからない段階で自動車を販売するようなことはなく、あくまで仕入れが先で、販売が後になります。
レストランも同じです。事前に食材を調達しなければ顧客に食事を提供できませんし、食材の価格が上がれば、メニューの値段を上げるのは当然です(もちろんマーケティング上の理由などから、原材料価格の上昇を承知のうえで値段を維持することはありえます)。

ところが、保険会社が保険金を支払うのは将来のことであり、かつ、将来支払う保険金額は販売時点で確定していません(保険事故が起きなければ支払わないこともあります)。このため、事前に原材料を仕入れていなかったり、原材料価格のことを十分に理解していなかったりしても、保険会社は保険を提供できてしまいます。
とりわけ販売競争が激しくなると、販売数を伸ばすために価格競争に陥りやすく、原価割れの危険が高まります。

販売停止となるのはなぜか

保険会社が保険を提供するにも、やはり原材料が必要です。保険は保険事故が生じた際、契約どおりに保険金を支払うという商品なので、特に長期の保険の場合、保険会社は保険料を受け取れば十分というのではなく、金融市場から将来の保険金支払いに備えたキャッシュフロー(無リスク債券)を仕入れる必要があります。加えて、保険会社は将来の保険金支払いの不確実性というリスクも抱えています。
もしも原材料を仕入れる前に金融市場の変動により原材料価格が上がってしまったり、原材料価格の適切な把握に失敗(例えばパンデミックのリスクを過小評価)してしまったりすると、保険会社の経営に深刻な影響を及ぼすこともあります。

保険を販売する皆さんにとって、売れ筋商品の販売停止はできるだけ避けたい事態だと思いますが、保険会社がしばしば保険商品の販売を停止するのにはこうした背景があるからです。すでに提供してしまった保険を無効にはできませんので、販売停止に踏み切ることで、これ以上傷口を広げないようにしているのです。

販売停止も簡単ではない

保険会社の目線に立つと、実のところ販売停止によるリスクコントロールもそう簡単ではありません。
自動車メーカーなら「100台限り」と決めてしまえば、それ以上売ることはありませんし、レストランも「ランチは30食限定」とすれば、原価割れの値付けだとしても、そこで止まります。いずれも事前に原材料を用意していなければ提供できないからです。

ところが同じことが保険では難しいのです。保険会社は顧客への配慮などから、ただちに販売停止という対応ではなく、「○○日で販売停止」とするので、売れ筋商品であれば必ず駆け込み需要が生じてしまいます。引き受け金額の上限を定めていたとしても、前述のとおり、保険は原材料を仕入れずとも販売できてしまうので、結果として上限を大幅に上回ってしまうこともありえます。
日本の例ではありませんが、昨年、台湾の損害保険業界がコロナ関連保険のリスク管理に失敗し、多くの会社が資本不足に陥りました。現地で確認したところ、その一因として売り止め前の駆け込み需要が殺到し、上限コントロールが実質的に機能しなかった点も挙がっていました。

皆さんが取り扱っている保険という商材にはこうした特殊性があることを改めてご認識していただければと思います。

※今回は共著である『経済価値ベースの保険ERMの本質』(金融財政事情研究会)の一部を参考にしました。
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※大学から博多駅や福岡空港が近くなりました!

 

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外資系生保のガバナンス

インシュアランス生保版(2023年3月号第4集)に寄稿したコラムをご紹介します。3月13日にInswatchに寄稿したコラムと同じく、外資系生保のガバナンスについて書きました。
他の視点として、グループの採用する統治スタイル(中央集権型/分権型)も関係してくると思います。
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2013年以降、政府が成長戦略の一環として進めてきた日本のコーポレートガバナンス改革は、主として上場会社を対象にしている。
日本では支配株主を有する上場会社も少なくないとはいえ、総じて言えば、上場会社では所有(株主)と経営が分かれており、経営が株主の期待どおりに行動しないという問題(狭い意味でのエージェンシー問題)を解消するため、社外取締役の活用や指名委員会等の設置など、ガバナンスを強める取り組みを行ってきた。上場会社が取り組むべき行動原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」では、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出には従業員や顧客、取引先、債権者、地域社会といった様々なステークホルダーとの適切な協働が不可欠としているものの、基本的には株主からの経営への規律付けを念頭に置いている。

ところで生命保険業界に目を転じると、株主のいない相互会社は5社に限られる一方、全28社・グループのうち、実に20社・グループが特定の親会社・グループの傘下にあり、支配株主を持たない保険会社の数は少ない。親会社の傘下にある保険会社では、経営は親会社の選んだ経営者が担うので、所有と経営が実質的に分かれておらず、前述のような狭義のエージェンシー問題は生じにくい。
事業会社に比べると、保険会社など金融機関のガバナンスには大きな特徴がある。それは、株主以外からの経営規律が働きにくいことである(規制当局を除く)。事業会社の債権者といえば銀行や社債の投資家だが、保険会社の債権者の多くは契約者であり、単なる顧客ではない。だからこそ、保険会社の経営が破綻してしまうと、契約者が損失を被ることになるのだが、経営危機時を除き、契約者は通常、加入している保険会社経営への関心は低く、情報も劣位にある。

こうした特徴は支配株主の有無とは関係がない。ただし、親会社を持つ保険会社では、親会社である株主からの規律が働きやすいがゆえに、かえって契約者の利益が守られにくい面もあるのではないか。
グループにおける当該事業の重要性によって、子会社の経営に求める管理水準には違いが見られる。例えば、日本の事業がグループの中核を占めるほど重要であれば、子会社の持続的な成長には契約者をないがしろにするような経営は本来ありえないはず。しかし、それほどの重要性がなく、関心も低ければ、グループとしては一定の数字さえ出してくれれば十分であり、そうなると子会社の経営者は求められた数字を出すことに集中する。最近、外資系生保が相次いで行政処分を受けたのは、背景にこのような構図がある。

上場会社や相互会社のガバナンスだけではなく、親会社を持つ保険会社のガバナンスを強めるにはどうしたらいいかも真剣に考える必要がありそうだ。
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※東京の桜もきれいでした。

 

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ガバナンスの死角

今週のInswatch Vol.1176(2023.3.13)に寄稿した記事をご紹介します。保険会社のコーポレートガバナンスに関するものです。
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外資系生保への行政処分

昨年7月のマニュライフ生命保険に続き、金融庁は2月17日にエヌエヌ生命保険に対する行政処分(業務改善命令)を出しました。
本誌2月20日号が報じたとおり、両社への業務改善命令は「節税保険」に関するものです。ただし、金融庁は両社において、保険本来の趣旨を逸脱した商品開発や募集活動そのものだけではなく、これらが経営陣の関与(または黙認・看過)のもとで行われてきたことを問題視しています。背景には営業を優先し、コンプライアンスやリスク管理、内部監査等を軽視する企業文化を醸成してしまったことがあるとも指摘しています。
つまり、不適切な商品開発や保険募集の推進はあくまでも結果であって、根本的な問題は経営管理(ガバナンス)にあるという判断です。

ガバナンス強化に努めていたはずだが

両社の組織形態を確認すると、マニュライフ生命は指名委員会等設置会社、エヌエヌ生命は監査等委員会設置会社でした。
マニュライフ生命は国内の生命保険会社として初めて、2003年7月に委員会等設置会社に移行しました(現在の指名委員会等設置会社)。経営の執行と監督が明確に分離された形態で、従来の監査役会設置会社に比べるとガバナンス強化に有効とされています。しかし、金融庁は「取締役会傘下の監査委員会は基本的な役割および責任を十分果たしていない」などと厳しく評価しました。
エヌエヌ生命も監査・監督機能およびガバナンス強化のため、2016年6月に監査等委員会設置会社に移行しましたが、金融庁から今回、「経営体制の見直しを含む経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化」を求められています。
2015年に発覚した東芝の不祥事と同じく(東芝は委員会等設置会社でした)、いくら形式面を整えても、ガバナンス強化につながるとは限らないという事例になってしまいました。

ガバナンスの死角

ガバナンスがうまく機能しなかったのは、外資系の金融機関に固有の統治構造があるのかもしれません。
外資系のように支配株主が存在している会社では、教科書的に言えば、所有(株主)と経営が分かれていないので、経営が株主の期待どおりに行動しないという問題は本来生じにくいはずです。ところが、その事業が現在または将来のグループ利益成長に不可欠というほどの存在ではない場合、グループ本社(または地域統括会社)としては、とりあえず一定の数字(≒利益)さえ出してくれれば十分であり、日本のビジネスモデルがどうなっているか、どうやって業績をあげたか、といったところまでは関心を持たないことも十分ありえます。そうなると経営は株主から評価されるために、株主が求める目先の数字をあげることに集中しがちです。
日本の保険会社でも、例えば、数千億円かけて買収した米国の子会社と、規模が小さく成長性もあまり見込めない海外子会社を、おそらく同レベルの経営資源を使って管理しようとはしないでしょう。

このような構図は保険会社に特有のことではありません。とはいえ、事業会社とはちがい、金融機関の顧客(保険契約者や銀行預金者)は単なる顧客ではなく、金融機関の債権者なので、経営危機の影響を直接受けてしまいます。それにもかかわらず、顧客には通常、自らが保険会社や銀行の債権者であるという自覚はないので、経営への規律付けに多くを期待できません(事業会社の代表的な債権者は銀行であり、規律が働きやすい)。いわば「ガバナンスの死角」というべき状況が生じやすいと考えられます。今回の行政処分のように、監督当局による経営への規律付けが最後の砦となるのかもしれません。
もっとも、金融庁が監督権限を持っているのは日本の保険会社に対してなので、所属するグループの本社や地域統括会社に有効な対応を求めることが実質的にできるのかといった、なかなか悩ましい問題もありそうです。
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※写真は京都のシェアショップ(昼はカフェ、夜はレストラン)です。

 

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少額短期保険業者への監督強化

2月1日のブログに続き、今週のInswatch Vol.1172(2023.2.13)でも少額短期保険業者向けの監督指針改正案を取り上げました。そもそも、厳しい経営状況にあるとみられる少短業者が目立つのは、事業基盤や経営管理能力の有無もさることながら、保険金額や保険期間などの制約が厳しく、事業を成り立たせるのが難しい制度となっていることも大きいと思います。
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資金繰りの状況を注視

金融庁は1月末に少額短期保険業者向けの監督指針の改正案を公表しました。昨年、ペッツベスト少額短期保険とユアサイド少額短期保険の経営が破綻し、ジャストインケースがコロナ保険金の減額払いに追い込まれたことなどを受けたもので、「2022年 保険モニタリングレポート」でも、「財務の健全性及び業務の適切性の確保に懸念のある少短業者を早期に把握し適切な対応を促すために、財務局と連携してモニタリング手法の見直しを進める」と表明していました(58ページ)。
改正案をみると、資金繰りに懸念がある少短業者などを対象に早期警戒制度を新設したり、流動性リスク管理態勢の着眼点に資金繰り管理を加えたりしていることから、事前にお金(保険料)を受け取る事業とはいえ、確固とした事業基盤を持たずに新規参入した少短業者の場合には、資金繰りの状況に注意を要すると認識したのでしょう。

参入規制の強化

改正案には新規参入のハードルを高める措置も盛り込まれています。少短業者として登録する際の審査にあたり、本部機能に「企業の経営管理業務に3年以上携わった経験を有する者」の配置を求め(現在は「保険業務を3年以上経験した者」を求めている)、事業計画書では「業務継続のための資金を確保するため、必要な時に親会社や個人オーナーなどの少額短期保険主要株主等から概ね6ヵ月間の事業費相当額程度の確実な資金調達が見込めるか」を確認するとのことです。
保険業務の経験があっても保険会社の経営管理ができるとは限らないことがわかったので、代わりに「企業の経営管理業務の経験」を求めるというのでしょう。ただし、具体的にどのような業務経験があれば規制当局の基準を満たすのか、これだけでは判断しようがありません。

参入規制の強化

さらに厳しいのは後者です。これまでは最低資本金1000万円を求められるだけだった(実際に事業を行うには億円単位の資金が必要でしょう)のに、今後は資本金に加え、主要株主等から事業費半年分の資金提供の確約を得られなければ、新規の参入ができなくなります。規制する立場からすれば(しかも金融庁ではなく、各地の財務局等が担当することを踏まえると)、このような措置を設けようとする動機はわかります。しかし、事後の監督が難しいから事前規制を強めるように見えるこの措置は、果たして消費者にとって望ましいことなのでしょうか。

もともと少額短期保険は、かつて急増した「根拠法のない共済」の受け皿として2005年に創設された制度です。保険金額や保険期間に制約があるにもかかわらず市場が拡大してきたのは、多彩な顔ぶれによる新規参入が続いてきたことが大きいと考えています。
当局の役割は市場の自由度を維持しつつ、適切なアンダーライティングや収益管理を行っているかどうかモニタリングを行い、必要に応じて是正や退出を求めることであって、入口の時点でお金を用意できない参入希望者を排除することではないと思うのですが、いかがでしょうか。
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※創建1300年とはすごいですね。

 

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自動車保険の苦戦

今週のInswatch Vol.1168(2023.1.16)に寄稿した拙文をこちらでもご紹介します。同じ号で牧野司さんが最近話題のChatGPTを取り上げていますね。
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営業成績速報より

大手損害保険会社は投資家・アナリスト向けに月次の営業成績速報を公表しています。昨年12月までの累計(前年比)はご覧のとおりでした。

 東京海上日動  一般計:103.4%  自動車: 99.4%
 三井住友海上  一般計:103.1%  自動車: 99.0%
 あいおいND  一般計:103.5%  自動車:100.2%
 損保ジャパン  一般計:103.8%  自動車: 99.6%

各社とも一般計では3%程度の増収で、主に火災保険と海上保険がけん引役となっています。このうち火災保険に関しては、長期契約が昨年10月から5年に短縮となり、いわゆる駆け込み需要が営業成績を押し上げた効果もあったとみられます。加えて、料率引き上げによる影響もありそうです。
なお、12月の東京都区部の消費者物価指数が40年ぶりに4%台に達したことが話題になりましたが、上昇に寄与した主な内訳のなかに「火災・地震保険料(前年同月比6.2%)」という品目もありました。

他方で最大種目の自動車保険では、各社とも苦戦していることがうかがえます。12月単月で見ると、各社とも小幅ながら増収となっているものの、上半期の減収を挽回するほどの勢いはありません。料率引き下げが一段落しつつあるとはいえ、肝心の台数が伸びていないとみられ、コロナ禍の3年で最も厳しい営業成績となる可能性が高まっています。

自動車保険の収支も悪化

トップラインばかりでなく、自動車保険は収支も急速に悪化しているおそれがあります。昨年度決算では損害率が予想に反してコロナ前の水準まで戻らず、各社とも良好な収支を確保しました。ところが、4-9月期決算では一転して損害率が上昇に転じ、MS&AD傘下2社の損害率はコロナ前の水準を上回りました。自然災害による影響(上半期はひょう災があった)を除いたEI損害率です。
分母の収入保険料の伸びに期待ができないなかで、懸念されるのは物価上昇による影響です。申し上げるまでもなく、自動車保険の保険金は定額給付ではなく実損てん補なので、原材料費や人件費の上昇によって修理費が膨らむと、保険会社が支払う保険金も増加します。11月の決算発表時点では、各社とも「インフレの影響はまだ出ていない」とコメントしていましたが、さすがに足元では影響が出ているのではないでしょうか。今後の決算発表などに注目したいと思います。
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※写真は東京・湯島天神と不忍池です。

 

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地震保険の加入状況

今週のInswatch Vol.1164(2022.12.12)に寄稿した拙文をこちらでもご紹介します。ご協力いただきました皆さま、ありがとうございました。
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地震保険の付帯率

福岡大学・植村ゼミでは全国学生保険学ゼミナール(RIS)という、リスクと保険を学ぶ大学ゼミの交流組織に参加し、全国大会での発表を3年生の活動の柱としています。今年のRIS全国大会(12月3日~4日、慶應義塾大学)では13大学16ゼミが研究成果を発表し、大学を超えた学生間の交流も見られました。
たまたま植村ゼミの1つのチームが「地震保険の付帯率(住宅物件の火災保険に地震保険が付帯されている割合)」をテーマに据えて、「付帯率が上がれば、35%程度にとどまっている世帯加入率も高まるはず」と考え、研究を行いました。私としても改めて地震保険の普及の難しさを知るいい機会となりました。

都道府県別に特徴がある

全国レベルで見ると、地震保険の付帯率は概ね直線的に高まっています。しかし、都道府県別の推移を追うと、付帯率の水準がバラついているだけでなく、過去の推移にも都道府県ごとの特徴があるとわかりました。
例えば、2016年の熊本地震で甚大な被害を受けた熊本県の付帯率は、震災後に急上昇して、その後も上がり続けています。これに対し、南海トラフ巨大地震の発生で大きな被害が想定されている静岡県では、保険料率の上昇が続いたこの5年間は付帯率があまり高まらず、ついには全国平均を下回ってしまいました。他方で高知県のように、保険料率の上昇が続いても高水準の付帯率を維持している県もあります。
地震保険の普及を進めるには、リスク認知の状況をはじめ、地域の実情に合った取り組みが必要ということを改めて確認できました。

販売の担い手は誰か

ゼミの研究では地域の実情を少しでも探るため、ある静岡県の保険代理店(プロ代理店)にインタビューを行わせていただきました。そこで出てきたのが「来る来る詐欺(=子どものころから大地震が来ると脅されてきたけど一向に来ない)」「金融機関が地震保険を積極的に勧めない」という話です。うちの学生は「来る来る詐欺」のほうに強い関心を持ったようですが、オブザーブ参加していた私には後者が引っかかりました。住宅向けの火災保険を販売しているのは誰なのか。恥ずかしながらこれまであまり意識したことがなかったからです。

残念ながら、保険種目別にチャネル別の業績を公表している会社はなく、業界団体の統計も見当たりません。SOMPOホールディングスが2017年度末までチャネル別営業成績を種目別に公表していたので、そのデータを確認したところ、金融機関の販売シェアは全種目合計では7%、火災保険では18%となっていました。この「火災保険」には企業物件や工場物件なども含まれるので、住宅物件に限れば金融機関の販売シェアはさらに高い可能性があります(データをご存じのかたはぜひご教示ください)。
現場の声とはいえ、1つの代理店の見解だけで決めつけることはできません。しかし、金融機関やハウスメーカーといった兼業代理店が地震保険をどの程度重視しているかというのは、注目に値するポイントだと思います。
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※京都で「朝のおつとめ」に参加しました。浄教寺にて。

 

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