03. 保険市場の動向

活版印刷の発明と海上保険

この週末(25日)は日本保険学会九州部会の例会があり、福岡大学での対面&オンライン(zoom)開催でした。こちらから当日のプログラムやレジュメをご覧いただくことができます(確か期間限定だったと思います)。

2人の報告者のうち、最初に登壇した神戸大学の若土先生の報告「活版印刷技術が及ぼした中世海上保険証券への影響」は、『海事交通研究』第70集に掲載されたこちらの論文(PDF)のアップデートだったようです。中世イタリアをはじめ、スペイン、ポルトガル、オランダ、ドイツなど、これだけの古文書(主に保険証券)を発掘するにはかなりの労力がかかったのではないでしょうか。

『海事交通研究』の論文を拝見したところ、15世紀にグーテンベルクが発明した活版印刷技術が、それまで全て手書きだった海上保険証券の定型部分に導入されていったことを、文献だけではなく、若土先生自らが収集した史料をもとに検証したものでした。

グーテンベルクの活版印刷技術は火薬、羅針盤とともに「中世の3大発明」の1つと言われ、その後のヨーロッパ社会に大きな影響を与えました。この技術を使えば写本よりも早く、安く、大量に読み物を作ることができるので、情報が広く一般に普及するようになります。確かにこれは革命的です。
ただ、海上保険の保険証券を早く、安く、大量に印刷する必要はなさそうなので、両者がどう結びつくのかが疑問でした。これに対し、本論文では16世紀末のアムステルダムで保険証券の定型部分に活版印刷が利用されたことについて、2つの理由を挙げています。

「登記の手間の削減や保険手続きの簡素化や迅速化といった時代のニーズに対応できるよう、恐らく証券書面の統一化を図るため証券上の定型的な部分に活版印刷技術を導入していったのではないかと筆者は考えている」

「取引市場のエリアが拡大し(中略)有力商人たちは企業化しネットワーク網が広がり、契約した重要な補償内容を現地・本部のいずれでも確認できる需要が強まり、証券の定型部分を活版印刷によって記載する動きに繋がったのではないかとみている」

いずれもまだ仮説のようですが、興味深いですね。僭越ながら研究が進み、活版印刷技術と保険の関係がより明らかになることを期待しています。

※アジサイにもいろいろな種類があるのですね。

 

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日本企業のリスクマネジメント意識が変わる?

今週のInswatch Vol.1136(2022.5.16)に寄稿した記事をご紹介します。
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企業のリスク意識の低さ

以前(2020年6月)のプロフェッショナルレポートで、「(変化の兆しが見られるとはいえ)日本企業のリスクマネジメントに対する意識が総じて低く、最低限の保険にしか加入していない」と書きました。
例えば、2011年の東日本大震災による経済損失が20兆円規模だったのに対し、支払われた保険金額は1兆円をはるかに下回るものでした(家計向けの地震保険を除く)。また、3メガ損保グループによるコロナ関連の保険金支払いはそれぞれ数百億円に達したものの、そのほとんどは海外事業によるものでした。
日本企業が最低限の保険にしか加入していなくても、経営者が直接コントロールできない外部環境の急激な変化による損失発生は「仕方がないもの」として許される雰囲気があったのかもしれません。あるいは、企業向け保険の主要チャネルが企業代理店となっていて、企業のリスクマネジメント部門との十分な連携がないままに保険を手配してきたのかもしれません。

ガバナンス改革の進展

しかし、ここにきて、日本企業のリスクマネジメント意識を高めるような風(保険ビジネスにとっては追い風)が強まっているのを皆さんはご存じでしょうか。
1つはコーポレートガバナンス改革の進展です。松田千恵子先生の著書 『コーポレートガバナンスの進化』(2021年、日経BP)から引用すると、「戦後以来強固であったメインバンクガバナンスの枠組みも、90年代後半には揺らぎをみせます。それまでのメインバンクガバナンス(主要取引銀行によるガバナンス)から、エクイティガバナンス(株主によるガバナンス)へ、世の中は移り行くことになったのでした。コーポレートガバナンス・コードはこうした流れを決定的にしました(44ページ)」ということで、日本企業の経営者は債権者思考から株主思考への対応を迫られています。

利息収入が得られる債権者とは違い、株主は出資した企業の価値が高まらなければ、リターンを得られません。ですから、株主は経営者に対し、出資先のリスクに応じたリターンを求めます。
問題は企業がどのようなリスクを抱えているかです。コーポレートガバナンス・コードは、適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを上場会社の取締役会に求めています。外部環境の変化を自らのリスクとして捉えず、経営努力の範囲外なので「仕方がない」とする経営姿勢を、これまで債権者は許してきたとしても、株主は許しません。メインバンクガバナンスが過去のものとなった現在において、経営者はリスクマネジメント体制を構築し、取るべきリスクや避けるべきリスクを明確にしたうえで、事業を遂行する必要があるのです。リスクのプロである保険業界の出番が増えそうですね。

気候変動リスクへの対応

もう1つは近年、企業が気候変動リスクへの対応を強く求められるようになったことが挙げられます。保険会社も事業を通じ、顧客企業の気候変動対応の支援を求められています(金融庁「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方(案)」を参照)。
気候変動リスクへの対応がなぜ「追い風」なのか。顧客が気候変動に備えて保険に加入するようになるからでしょうか。いえいえ、この話はそのような表面的なものではありません。
考えてみましょう。顧客企業は気候変動の影響を把握するだけでいいのでしょうか。そうではありません。経営者に求められているのは、気候変動を含めた全社的な機会とリスクを把握することです。気候変動リスクだけを把握しても、そもそも全社的なリスクマネジメントができていなければ、当然ながら持続可能な経営とはなりません。

保険業界はコーポレートガバナンス改革の進展と気候変動対応という2つの追い風を生かし、日本企業のリスクマネジメント意識改革に大いに貢献していただきたいと思います。
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※写真は舞鶴公園のシャクナゲです。

 

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3年ぶりのリアル開催

23回目となるRINGの会オープンセミナーは6月18日(土)、3年ぶりのリアル開催です。場所はいつものパシフィコ横浜となります(ライブ配信も行います)。
お申し込みはこちらからどうぞ。

今回のプログラムはこちらです。「NEXT MOVE」をテーマにした3部構成となります。
第1部は感染症の専門家として知られる松本哲哉先生による基調講演と対談です。私は対談相手として登壇することになっています。
続く第2部は保険業界の働き方改革を探るというもので、組織変革の専門家として注目されている沢渡あまねさんが、旧態然とした保険業界に物申す企画(と私は勝手に解釈しています)です。第三者に言われないとわからないことは多いので、個人的には最も注目しています。
最後の第3部は、第1部と第2部を踏まえ、RINGの会のメンバーである保険代理店の経営者がディスカッションを行うというものです。今年のセミナーの裏テーマ(?)は「保険会社と共に考える」とのことですが、代理店評価制度にも切り込むとのことで、どこまで踏み込んだ話ができるか期待しましょう。

毎年1000名を超える規模で開催してきたオープンセミナー。コロナ禍の直撃を受けて2020年は中止となり、昨年はライブ配信を行いました。今回はいよいよ観客を迎えての開催となります。

オンライン配信には、全国どこにいても視聴できるというメリットがあります。昨年のクオリティを考えると、プログラムから学ぶだけであれば、オンライン参加でも十分かもしれません。
しかし、この2年間、数多くのオンライン会議やセミナーに参加し、オンラインでの講演や授業を行ってきた経験からすると、わざわざ週末の横浜まで出向くだけの価値はあると思います。
とりわけ登壇者からすると、こちらから一方的に話をする状況であっても、出席者の反応がわかるかどうかは大きいのですね。もちろん、オンライン配信や録画であっても最大限の努力をするのですが、オンライン配信を経験したおかげで、対面の場合には無意識のうちに参加者の反応に合わせて話し方を変えたり、内容を調整したりしているとわかりました。

ということで、貴重なリアル開催のイベントですし、久しぶりに仲間と会える機会になるかもしれません(ただし、懇親会はありません)。横浜で多くの方にお会いできることを楽しみにしています。

 

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生命保険・医療保険の加入状況

シニア向け医療保障が好調?

土曜日の日経に「マネーのまなび」というページがあり、そのなかで「生命保険文化センターの調査では、医療保険や医療特約に加入する80歳以上の世帯は2021年に8割超と18年の6~7割程度から増加した」という記述と図表を見つけました
(記事のタイトルは「認知症、家族が保険手続き 事前登録で支払い請求も」)。
実態調査にこんな図表があったかなぁと思い、同センターのサイトを確認してみたところ、速報版には掲載がなく、確定版になってから掲載される図表でした。

図表を見ると、確かに70代や80代の医療保険・医療特約の世帯加入率が前回調査よりも大きく上がり、他の年代と遜色ない高水準となっています。この統計には振れがありそうだとはいえ、これだけの変化が生じたのは記事のとおり、シニア層が医療保障に新たに加入したためではないかと考えられます。
総じてシニア層には貯蓄があり、日額5000円の入院保障と最大10万円程度の手術保障を得るために、年間8万円とか10万円とかの保険料を支払う(しかも終身払い)ような保険に加入するのが合理的とは思えないのですが、ニーズがあるということなのでしょう
(先進医療給付金がアピールポイントなのでしょうか?)

死亡保険金額の減少

他方で、保障中核層の死亡保障の充足状況はどうなっているのでしょうか。結論を先に言うと、実態調査を眺めただけではよくわかりませんでした。

30代や40代が世帯主である世帯の普通死亡保険金額(民保ベース)は年々小さくなっています。下記のように、15年前の2006年調査と比べると、2021年は当時の約7割の水準です。世帯主だけだと保険金額は2000万円前後まで小さくなります。

 30代前半 3221 ⇒ 2273
 30代後半 3782 ⇒ 2589
 40代前半 4164 ⇒ 2516
 40代後半 3991 ⇒ 2837
 (単位は万円)

世帯年収別の図表では、死亡保険金額が年収が高くなるほど大きくなっているので、家計に余裕がなく、必要な保障を得られていない30代や40代世帯が増えているのかもしれません。
ただし、保険会社(特に伝統系)の商品戦略の影響で、この統計に反映されないと思われる、生前給付保障など死亡保障の代替となる保険に切り替わっている可能性もあります。

ちなみに、加入保障内容の充足感をたずねた図表では、「十分」「ほぼ十分」という回答が調査のたびに増え、今回初めて5割を超えました(「不十分」「やや不十分」という回答は30%台で安定しています)。
皆さん、本当に十分と言えるほどの保障を確保しているのでしょうか?

※キャナルシティ博多でミニライブをやっていました。

 

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保険料率の納得感

今週のInswatch Vol.1132(2022.4.11)に寄稿した記事をご紹介します。
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水災料率の細分化

これまで全国一律だった火災保険の水災料率が、リスクに応じた料率に細分化される見込みです(2024年度から導入と報道されています)。水災リスクが低いにもかかわらず、高リスク契約者と同じ保険料率を負担するのは確かに納得感がなく、結果として低リスク層の水災補償離れが進み、付帯率は年々下がっています。
リスクに応じた料率を導入しても、そもそも火災保険は強制加入の保険ではなく、低リスク層の水災補償離れに歯止めをかけるのは簡単ではないかもしれません。家森信善教授が実施した意識調査によると、住宅購入前にハザードマップ等で自然災害のリスクを確認したという回答が全体の8割に達しており、水災リスクを確認したうえで住宅を購入するという行動はかなり定着している模様です。付帯率を下げ止まらせるには、料率をハザードマップ等とリンクさせることに加え、低リスクであっても無リスクではないことを住宅保有者に理解してもらい、加入を促す取り組みが求められます。

「一律掛金・一律保障」共済の場合

リスクの異なる加入者が同じ料率というのは、低リスク加入者が高リスク加入者を支えているということなので、強制加入でもないかぎり、このような仕組みは長続きしないはずです。
ところが探してみると、死亡率や入院発生率の異なる加入者が同一の掛金で同一の保障を得られる仕組みがあります。それは生協共済の「一律掛金・一律保障」タイプの商品です。
例えば、福岡県民共済の総合保障2型の場合、死亡保障や入院保障などのパッケージの月掛金は、18歳から60歳まで一律2000円となっています。18歳から60歳までの死亡リスクや入院リスクが同じはずはなく、若い加入者がシニア加入者を支えていることになります。それでは、加入者の多くがシニア層かといえば、少なくとも数年前に全国生協連を取材した時点では、そのようなことはありませんでした。
比較的若く、低リスクであるにもかかわらず、多くの人が自発的にこの共済に加入する理由はよくわかっていません。共済を提供する協同組織は相互扶助を理念としていますが、その理念に共感した加入者が多いとも考えにくく、つまるところ、月々2000円という掛金の絶対水準の魅力が大きいのではないでしょうか(他にも「割戻金が期待できるから」「長く続ければ自分が支えられる側に回るから」「保険会社は利益優先だと思うから」といった理由も考えられます)。この金額であれば、厳密に考えると不利だとわかっても、納得感があるということではないかと思います。

自動車保険の等級制度の場合

他方、個人向け自動車保険はご承知の通り、「ノンフリート等級制度」や「型式別料率クラス」などにより、リスクに応じた保険料率に近づける仕組みとなっています。
とはいえ、等級制度が本当にリスクに応じた料率を実現しているかといえば、少し考えればそうではないとわかります。運転者のリスクが毎年変わるということはなく、ただ、保険会社には運転者のリスクがよくわからないので、実際にリスクが顕在化した(=保険金を請求した)かどうかに基づいて料率を動かす仕組みとしています。ですから、事故を起こしやすい高リスク運転者によるものであっても、慎重なドライバーがたまたま巻き込まれてしまったものであっても、事故が発生し、保険金を請求すれば等級は同じように下がります。それでも等級制度が長年続いているのは、この仕組みが社会から相応の納得感を得られているためではないでしょうか。

納得感のある料率を実現できるか

以上のように、「一律掛金・一律保障」共済やノンフリート等級制度のように、保険の原理としてはリスクに応じた料率が望ましいとしても、納得感があると考えられているのであれば、必ずしもそうではない料率の仕組みであっても長続きしている事例があるとわかりました。
低リスク層の水災補償離れに歯止めがかかるかどうかは、低リスク層にとって納得感のある料率(あるいは仕組み)となるかどうかにかかっていると言えそうです。
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※写真は長府の功山寺。高杉晋作が挙兵したところだそうです。

 

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契約内容の変更

今回は保険約款に基づいて契約内容を変更する(した)というニュースを2つ取り上げます。

総合医療保険の保障内容変更

少額短期保険のjustinCase(ジャストインケース)は4月6日、「コロナ助け合い保険」をはじめ、同社が販売した全ての総合医療保険において、みなし入院の保険金額を10分の1に減らすと発表しました(7日から適用)。
ニュースリリースはこちら
よくあるご質問

保険会社が既契約の保障内容を変更できるという内容を約款で定めているのは今回のジャストインケースだけではありません。ただし、この条項が発動され、契約者に不利益な内容の変更が行われた事例はこれまで聞いたことがありませんでした
(契約者に有利な内容の変更が行われた事例は耳にしたことがあります)。

ニュースリリースの下のほうにある「保険料収入と保険金支出の推移」を見ると、オミクロン株の爆発的な感染拡大を予測できなかったというよりも、おそらく逆選択を避けられなかった、つまり、濃厚接触者になったらこの保険に加入する、PCR検査を受ける予定の人が先にコロナ保険に加入しておく、といった動きを読めなかったのではないでしょうか。

保険会社にとってコロナ感染症に関連する保障(補償)の提供は、感染症なのでリスクが独立していない(=大数の法則が働かない)ということだけみても取り扱いが難しいとわかります。ジャストインケースはもともと、エッセンシャルワーカーなどの不安解消を念頭に、2020年5月という早期にコロナ助け合い保険を発売しており、善意が悪意に打ち負かされてしまったようにも思えます。
とはいえ、抜かずの宝刀が抜かれてしまった影響について、保険業界としてはしばらく注意してみていく必要があるかもしれません。

団年一般勘定の予定利率引き下げ

ん?と思った方がいるかもしれませんが、団体年金一般勘定の予定利率見直しは、約款に定める基礎率変更権に基づくものです。日本生命は4月6日、予定利率を現行の1.25%から、2023年4月1日から0.50%に引き下げると発表しました。

すでに2021年10月に第一生命が予定利率を引き下げているので、NHKをはじめ、ここまで多くのメディアが取り上げるとは思いませんでした。日本生命が何かをしようとすると、メディアにニュースバリューが大きいと見なされてしまうので、これでは機動的な動きがとりにくく、この点は経営者に同情してしまいます。

もっとも、2020年12月20日のブログで書いたように、今の団体年金一般勘定はリスクに見合ったリターンが得られにくく、ALMも難しいと考えていますので、タイミングとしても、0.50%という水準にしても、もう少し説明してほしいというのが率直な感想です。

団体年金一般勘定の資産構成をサイトで公表しているのは第一生命だけのようです。各社とも契約者向けの公表資料を作成していて、古巣のR&Iがこの資料をもとにニューズレター『年金情報』で時々取り上げています。これによると、日本生命は第一生命よりも「外国公社債」の割合が低く、「貸付金」「外国株式等」の割合が高いとのこと。詳細は『年金情報』2021年6月21日号をご覧いただければと思いますが、それなりに資産運用リスクを抱えているのは間違いなさそうです。

※写真は長府毛利邸(山口県下関市)です。ミツバツツジがきれいでした。

 

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水災料率の細分化

3月31日に金融庁が火災保険水災料率に関する有識者懇談会の報告書を公表しました。
保険料率を決めるのは金融庁ではなく保険会社(参考純率は損害保険料率算出機構)なので、本報告書は「損保料率機構及び損害保険会社による適切な検討を促すため」に「様々な分野の有識者から聴取した意見を取りまとめたもの」という建て付けになっていて、メンバーの皆さんには申しわけありませんが、何とも不思議な報告書となっています。

すでに料率細分化を行う前提であれば、主要な論点は、高リスク契約者の保険料は高くなるので、どうやって高リスクであることを理解してもらうか(&どこまで保険購入可能性に配慮するか)。そして、水災補償を外す傾向が強い低リスク契約者に対しては、ある程度リスクに応じた料率になるなかで、どうやって補償のメリットを感じてもらうか。この2点に尽きるのはないかと思いますし、具体的な案(通常は複数)をもとに議論しないと一般論から先に進めません。
ただ、資料や議事録を見るかぎり、有識者懇談会では具体的な案について検討した形跡はなく、報告書にも「どの程度の料率較差が望ましい」といった具体的な指針は示されていません。

他方で、3月11日の日経電子版(有料)は「2024年度から導入する個人向けも1.5倍程度の差がつく見通し」と報じました。日経が勝手に数字を作ったとは考えにくく、おそらく業界のリーク情報なのでしょう。読売も3月8日に「損害保険業界は2024年度から新たな区分に基づく保険料を導入する方向で調整」と報道しているので、業界ではすでに準備が進んでいるとうかがえます。

気になるのは懇談会での議論です。業界からの情報提供がなかった(したがって何も議論していない)というのであれば、私がメンバーだったら納得いきませんし、もし懇談会で業界案について議論したのであれば、資料を公表し、報告書に反映すべきです。どうもすっきりしないですね。

ちなみに同じ日経記事に、「保険はリスクの異なる契約者が大量に加入することで保険金を支払う確率が均一化する『大数の法則』が根幹になる」とあります。こんな大数の法則の定義は聞いたことがありませんし、ここで問題となるのは大数の法則ではなく、保険の相互扶助性をどう考えるかです。授業のネタとして取り上げようかな。

※花筏や桜吹雪を楽しみました。

 

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大規模事故の増加

日本損害保険協会が3月10日に「企業向け火災保険の大規模事故が年々増加(自然災害以外)」として、保険金支払額が5億円以上の大規模事故に関するデータを公表しています。
ただし、公表したデータは大規模事故件数の実数ではなく、2015年度を1とした過去5年の比率値だけ(2020年度は2.94)です。

損保協会は事故が増えた背景として、「設備の老朽化が進む一方で、熟練工の大量退職や人手不足により、技術の伝承や暗黙知の共有が困難となっていることも一因」と説明しています。でも、公表された数字は「5年で約3倍」です。大規模事故がそんなに増えていたら、もっと社会問題になっているようにも思うのですが…

引き受けを増やしてきた

そもそも保険金支払額が5億円以上となるような高額契約は多いのでしょうか。
調べてみると、件数ベースでは小さくても、保険金額ベースでは大きいことがわかりました。損害保険料率算出機構によると、一般物件のうち5億円超の新契約は件数ベースで1.3%にすぎませんが、保険金額ベースでは66.0%となります。工場物件では件数ベースで12.6%、保険金額ベースで96.0%です(いずれの2020年度)。
保険金額ベースでは、一般物件と工場物件の高額契約が火災保険全体の6割を占めていますので、高額契約が保険会社の損害率に与える影響は大きいと言えます。

他方で、保険金支払額が5億円以上となるような高額契約が、2015年度に比べるとかなり増えていたこともわかりました。2020年度の高額契約の新契約(保険金額ベース)は、一般物件が2015年度対比で1.44倍、工場物件が同1.63倍です。高額保険金の支払いが増えたのは、保険業界が高額契約の引き受けを増やしたことも一因でした。保険業界の取り組みのほか、企業のリスクマネジメント意識の高まりもあるのかもしれません。
なお、高額契約の引き受けのピークは2019年度で、2020年度は引き受けを抑えた模様です。

発射台が低かった

もう一つ指摘すべき点があります。今回のデータの起点となっている2015年度は、この10年間で火災保険の発生保険金が少なかった年度のようなのですね。
例えば、東京海上日動とあいおいニッセイ同和が公表している火災保険(自然災害を除く)のEI損害率は、2015年度が最も低い数値でした(三井住友海上は2016年度がボトム)。自動車事故に比べると、火災保険の大規模事故の発生は振れが大きいでしょうから、低いところを発射台にすれば、当然ながら足元の比率値は大きく見えてしまいます。
今回のデータも2016年度を起点にすると1.73となり、「5年で約3倍」に比べると、ややマイルドになります。

こうした要因を考慮しても、おそらく高額契約の損害率は上昇傾向にあり、さらなる料率引き上げが必要なのでしょう。とはいえ、もう少し情報を出してくれないと、損保業界は(その意図がないとしても)都合のいい数字だけをピックアップして、保険ニーズの喚起を行っていると思われてしまいます。

※大濠公園の夕日(スタバのそば)です。

 

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『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読んで

2月に出たトムソンネット編『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読みました。1つのテーマが見開き2ページで完結していて(左が図表、右が文章)、これだけ多くの図表を用意するのはさぞ大変だったのではないかと思います。

数ある図表のなかで私にとって興味深かったのは生命保険市場に関するのもので、なかでも目を引いたのは「会社グループ別死亡率(契約高ベース)推移」と「第三分野支払給付金の発生率推移」でした(いずれも178ページ)。

まず、生命保険会社の死亡保険金支払額が保有契約高に占める割合を伝統系(日本生命など)、分社系(伝統系のグループ会社)、外資系、損保系、異業種系で比べた図表では、伝統系が着実に上昇しているのに対し、外資系と異業種系はほぼ横ばいとなっています。本書では、伝統系の上昇を「若年層顧客を外資系以下の3つのグループに奪われたことによる保有顧客の相対的な高齢化によるもの」と推測しています。契約高ベースなので、伝統系が死亡保険重視から第三分野重視に移行してきた影響も大きいのでしょうね。
ちなみに分社系と損保系は近年になって上昇していますが、特定会社の影響が大きいのかもしれません。

もう1つの第三分野の支払給付金は、2020年度に発生率が下がったものの、傾向としては徐々に上がってきているようです。ただし、上がったといっても、経過保険料に対する発生保険金額の割合が30%ちょっとということで、いくらなんでも発生率が低すぎるように思えてしまいます。
本書では「高齢化により、特に終身保障のある保険で将来的な発生リスクの増加が懸念されている」と解説しています。とはいえ、賦課方式ではないので、この図表の発生率がどうなるかは別として、個々の契約者の年齢上昇は保険料に織り込まれていて、保有顧客の高齢化はあまり問題がないように思います。むしろ心配なのは、環境変化などにより発生率のトレンドが変わってしまうことでしょう。そのリスクと今の発生率の低さをどう捉えるべきかは悩ましいところですが、終身保障を提供するのがいいのかという疑問にたどり着いてしまいます。

他にも興味深い図表がいくつもあり、勉強になりました。

※写真は糸島(福岡県)です。

 

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相互宝の運用終了

加入者どうしがリスクをシェアし、万一の際には助け合うという仕組みをネットの世界で実現したP2P保険の成功例として紹介されてきた中国の相互宝が、1月28日をもって運営を終了するそうです。詳しくは片山ゆきさんによるこちらのレポートをご覧ください。

2018年のサービス開始からわずか1年間で1億人の加入者を集めたというのもびっくりしましたが、中国当局がオンライン金融事業への規制を強めるなかで、運営終了に追い込まれてしまったというのも驚きです。
片山さんはレポートのなかで、中国当局が昨年になってオンライン金融事業についても既存の金融機関と同様の規制を適用する姿勢を示したなかで、相互宝が保険商品と同様の規制や、保険会社のような厳しい監督・管理を受けていなかった(そもそも当局が保険として認めなかった)ことを述べたうえで、「従来より官(主務官庁)と足並みを揃え、厳しい規制の中で成長した保険会社(民)と、莫大なユーザーを背景に異業種から参入したITプラットフォーマー(民)では、官(主務官庁)との協働関係のあり方に本質的な違いがあったのであろう」とコメントしています。中国ビジネスにおける政府リスクの存在を見せつけられた感があります。

最近のニッセイ基礎研レポートといえば、前金融庁長官の氷見野良三さんが総合政策研究部エグゼクティブ・フェローとして書いたこちら(「金融機関のシステム障害」)も興味深く読みました。
某社のシステム障害についてコメントしたものではなく、「剛構造主義」「ゼロ許容度」から「柔構造主義」「オペ・レジ主義」への転換について述べたものです。私もリスクマネジメントを検討するなかで同じことを時々考えますが、氷見野さんのおっしゃるとおり、社会全体で変わっていく必要があるでしょうね。前回のブログで示したように、そう簡単なことではなさそうですが。

※筑後川昇開橋です。なんと係のかたが橋を動かしてくれました。

 

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