保険料調整行為の調査報告書

週末に登壇を控えていることもあって、どうしても損保問題関連のニュースに目が向いてしまいます。
6月11日に損保ジャパンが公表した「保険料調整行為に関する社外調査委員会による調査報告書」を一読しました。日経だけではなく、こちら(NHKニュース)やこちら(日刊自動車新聞)など、多くのメディアが取り上げていますね。
本調査の目的は独禁法違反をはじめとした不適切行為の事実と直接原因を解明・究明するとともに、「広範囲かつ相当期間にわたって行われてきた根本原因を、組織風土、ガバナンス、業界慣行等多角的な観点から分析した上、再発防止策を提言すること」だそうです(1ページ)。
経営陣による証拠破棄事案とか、金融庁報告で独禁法違反数を極力少なく見せようとしたとか、結構ひどいことを発見し、そのまま書いてあります。

ただし、関係者には申しわけありませんが、私にはどこかモヤモヤ感(?)が残る報告書でした。

報告書では、「全国規模で多くの従業員がさほど抵抗感なく不適切行為に及んでいた」(18ページ)としたうえで、原因として、長年にわたって培ってきた組織風土や、規制時代からの業界慣行などを挙げ、証拠をもって指摘しています。
例えば、G45と呼ばれる営業情報交換システムには、SJのほかTN、MS、ADを含む9社が参加し、こうした情報交換が不適切行為が行われる可能性を高める役割を果たしたという考察や、営業部門重視、営業部門と法務・コンプライアンス部門の不均衡なパワーバランスを端的に示す例として、過去10年の取締役に占める営業部門出身者が76%にのぼることを指摘するなど、確かにその通りだろうと思います。

私のモヤモヤ感がどこから来るのかを考えてみると、2つのことに思い当たりました。

1つは、問題が国内企業(特に大企業)との取引で生じているにもかかわらず、保険を提供してきた保険会社の問題を深掘りする一方で、保険を購入してきた国内企業についての考察がほとんどなされてないことです(企業代理店に関する記述は多少あります)。
大企業は保険会社にだまされ続けてきた被害者なのでしょうか。長年にわたる不適切な行為がなぜ発覚しなかったのか。そこには契約者である企業側の事情もあると考えるのが自然ではないでしょうか。残念ながらそこには踏み込まなかったようです。

もう1つは、「トップライン・マーケットシェアを重視してきた経営戦略を背景に、SJは営業部門の強さによって成長を遂げてきた」(54ページ)というのはわかるものの、それではボトムライン(損益)はどうなっていたのでしょうか。損益の悪化が著しいので不適切な行為が横行するようになったのか、あるいは、そもそもボトムラインには関心がなく、トップラインの獲得のみに走っていたのか。前者と後者では話がだいぶ違うのですが、再保険を含むボトムラインに関する情報が全く示されていないので、報告書を読んでも企業向け保険事業の実態はわからないままです。
報告書はERM(戦略的リスク経営)にも触れていません。例えば保険引受リスク管理に関して、プライシングはどうやって決めることになっていて、それがどうして不適切になってしまったのでしょうか。

厳しい見方をすると、委員会が弁護士のみで構成されている場合には、どうしてもコンダクトの深掘りが中心になってしまいがちなのかもしれません。

※槇文彦さんによる建物です。福岡大学にて。

 

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政策保有株式の売却

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1236(2024.6.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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残高ゼロを目指す

保険料調整問題で金融庁から行政処分を受けた大手損害保険グループは、企業保険における歪(いびつ)な取引慣行の一因となっている政策保有株式をなくすと発表し、その決定を株式市場が好感しているようです。
確認のため、3グループの方針を示しておきましょう。

【東京海上】
・政策保有株式を今後3年間で半減させ、2029年度末にゼロにする。
・純投資への単なるラベル替えは行わない。

【MS&AD】
・2029年度末残高ゼロに向け、可能なかぎり前倒しで削減していく。
・資産運用ポートフォリオ最適化の観点から、政策株式の一部を事業投資や純投資へ振替することを検討。

【SOMPO】
・2030年度までに政策株式の保有ゼロを目指し、売却を加速。
・発行体との対話を強化。
・純投資への振替の有無については不明。

売却益は会社価値を高めない

3グループが保有する政策保有株式の時価は、2024年3月末時点で合計9兆円弱、簿価は約1.5兆円なので、売却すると多額の売却益が実現します。つまり、今後数年間は株式売却益によって各社の期間損益がかさ上げされるのはほぼ確実です。売却益を使って株主還元を増やすことができますし、実際、MS&ADとSOMPOは売却益の50%を株主還元すると公表しています。
株式市場がこうした還元強化を好感しているのかどうかはわかりません。とはいえ、理屈からすると、売却益による株主還元が会社価値を高めることはなく、もともと株主資本(純資産)として持っていたものを、税引後で株主に還元していくだけの話です。
いくら会計上の利益が出るからといっても、それで会社価値が高まるというものではありません。

資本効率の向上

それでは政策保有株式の売却は会社価値にどう影響するのでしょうか。
どの事業であっても、会社を経営するには「リスク」「リターン」「資本」の3つをうまくコントロールしなければなりません。資本の出し手は経営者にリターンを求めます。リスクをとらなければリターンは得られません。しかし、リスクをとりすぎた状態で多額の損失が生じると、資本が不足してしまい、事業を続けられなくなるかもしれません。

純投資でも政策保有でも株式を保有すればリスクを抱えることになり、その備えとして資本を持っておかなければなりません。とりわけ政策保有株式の場合、同じだけ資本を使っても株式のリターンを期待しない投資であり、資本効率の低下を招きます。加えて保険会社の場合、2025年度からの新たなソルベンシー規制では、株式保有のリスクに対し、時価の35%の資本(支払余力)の確保を求められます。
株式を売却すれば、リスクに備えて確保していた資本が不要になります。高いリターンが期待できて、かつ、経営者が得意とする分野に新たな投資を行うことが可能です。株式保有リスクが減り、しかも将来の期待リターンが高まるので、会社価値が向上するというストーリーです。
もし、新たな投資を行う分野が見つからないのであれば、不要になった資本を株主に返すのが本筋です。資本はタダで得られているのではないので、現預金などリターンを生まない資産として寝かせておくのは、会社価値を毀損する行為となります。

株主をはじめ、お金を出してくれている外部ステークホルダー(利害関係者)の目線で会社経営を考えるにあたり、今回の「政策保有株式の削減」は優れた教材と言えるでしょう。
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※紫陽花の季節ですね。

 

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新ソルベンシー規制の「残論点の方向性」

金融庁が5月29日に「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性等について」を公表しました。あれ?「最終基準案」じゃないんだ?とは思いつつ、ようやくここまでたどり着いたということなのでしょう。お疲れさまでした。
ちなみに「概要」の最終ページ「新規制導入に向けたタイムライン案」には、赤字で「2024年5月 基準案公表」とありますが、この「基準案」とは今回公表した「残論点の方向性等について」を指すようです。

今回の「残論点の方向性等について」(つまり基準案)はこれまで挙がっていた論点に対する暫定案をまとめたもので、逆に言うと、論点として挙がっていなかったことについての記述はほとんどありません。ですので、例えば第1の柱の標準的手法について確認したければ、フィールドテストの仕様書など、他の資料にあたる必要があります。
2024年秋頃の「法令等パブコメ」までには最終基準案としてまとまった資料が出るのでしょうか?

金融庁は早期是正措置として、これまでのソルベンシーマージン比率(SMR)に代わり、ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)を発動基準として、その水準に応じて段階的に監督介入を行うことになります。例えばESRが100%を下回ったら介入を開始し、35%を下回ったら業務停止命令です。
MCR(最低資本要件)の水準を0%ではなく35%としたのは、早期是正措置は事業の継続を前提にした制度であり、MCRも破綻処理のトリガーではないので、「一般に債務不履行のおそれがあるとされるCCC格の一つ上のB格相当の格付における破産確率に概ね対応する水準と仮定した格付機関の公表データに基づく試算や、EUのソルベンシーⅡの事例も参考に」したとのこと。つまり、業務停止命令の発出イコール破綻と捉えるのは正しくないということですね(保険会社が法的破綻を申し出る重大な考慮要素ではあります)。このあたりはもう少し丁寧な説明が必要かもしれません。
なお、これまでSMRとともに早期是正措置の発動基準となっていた実質資産負債差額は、新たな枠組みでは外れることになりました。

注目している第3の柱では、法定開示項目として、これまで出ていた項目のほか、「有価証券に係る補足情報」「保険負債の商品別差異調整に係る情報」が加わりました。定性的な開示事項の「リスク管理情報」には、「ORSAの経営への活用を含む、ORSAに係る基本方針及び体制等」ともあります。
もっとも、具体的な開示内容がまだ私にはわからないので、どこまで有用性の高い情報が出てくるか、引き続き注目していきます。

参考までに、フィールドテスト(2023年)の結果概要では、ESRの感応度分析だけではなく分子、分母それぞれの感応度分析も出ていますし、「金利」ではなく「円金利」と「米ドル金利」の変動に対する感応度となっています(為替の感応度もあります)。

※写真は東京・銀座です。

 

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生保決算から

生命保険会社の2023年度決算が出そろいました。
ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)関連の開示を増やすなど、経済価値ベースのソルベンシー規制導入を2025年度に控えていることを意識した開示が見られる一方で、ちょっと気になる開示もありました。

主要生保各社は定型の決算資料とともに、補足として説明会・IR資料を公表しています。そこで気になったのが「EV等の金利感応度」です。
例えば、住友生命はIR資料の7ページ「EEVの状況」で、住友生命グループのEEVの推移と増減要因に加え、参考として過去5期分の感応度の推移を棒グラフで示しています。これを見ると、リスク・フリー・レートが50bp低下した場合のEEVの減少額が年々縮小し、2024年3月末時点にはついに小幅増加に転じたことがわかります。つまり、直近時点では、金利が下がってもEEVがほとんど動かないということになります。

それでは住友生命の金利リスクがほぼなくなったのかというと、そうではなさそうです。同じ資料の19ページを見ると、資産と負債のデュレーションギャップが縮小したとはいえ、なくなってはいませんし、20ページには「負債コストを上回る金利水準で、超長期国債等への投資を検討」とあります。
これは、EEVの金利感応度として国内金利だけではなく、海外金利も同時に同じ方向に変化する数字を出していて、たまたま2024年3月末時点では、国内金利の低下によるEEVの減少額と、海外金利の低下によるEEVの増加額がほぼ同じだったということではないかと思います。
同社はこれまでも類似のグラフを出しているとはいえ、公表前にこのグラフを見た関係者は何も思わなかったのでしょうか。国内・海外の内訳がないと、ミスリードを招くとわかりそうなものですが…

参考までに、T&Dホールディングスと明治安田生命、かんぽ生命はEV等の金利感応度を国内・海外の内訳を付けて開示していて、第一生命はIR説明会の資料で国内金利リスクの情報を開示すると思いますが、EEVの金利感応度は住友生命と同じでした。日本生命はそもそもEV等を開示してません。
T&D(太陽生命、大同生命)の決算電話会議資料の19ページを見ると、同じ金利低下でも国内金利だとEVが減少、海外金利だとEVが増加するので、両者を合わせると感応度が相殺されていることがわかります(特に太陽生命)。
外債保有などによって海外金利リスクをある程度抱えているのであれば、内訳の開示は必須です。何のために開示をしているのかという話になります。ESR開示の際には、せめてこの程度の情報は出るものと期待しています。

長くなったので、もう1点だけ短めに。
T&Dホールディングスは先ほど紹介した決算電話会議資料の24ページで、傘下2生保の政策保有株式について「2031年3月末までに業務提携先・協業先を除き残高ゼロを目指す」と示しています。
ただし、同じページの「政策保有株式 縮減実績」を見ると、太陽生命の縮減額の大半は純投資への振替です。25ページの説明によると、「投資効率を最大化するために国内株式を一定程度組み入れる」「資産運用方針や個別銘柄の株価見通し等に基づき資産運用部門で投資行動を判断する」とのこと。振替後の売却実績は簿価ベースで振替額累計の28%だそうです。

これはどういうことなのでしょうか。仮に投資効率の最大化には国内株式を保有するのが正しいとしても、どの程度保有するのがいいと考えているのかを示さなければ、この説明では誰も納得できません。もし、太陽生命が以前から政策保有株式を含めて投資効率の最大化を目指していた、つまり、今の状態が同社にとって投資効率の最大化に近い資産構成なのであれば、純投資に振り替えた後も売却などほとんどできないはずです。そうだとすると、T&Dホールディングスの示す政策保有株式の「残高ゼロ」とは今の状態だということになってしまいます。とはいえ、T&Dホールディングスは(売却率100%を目指すのではないが)株式リスクを削減していくとしています。
「政策保有株式をゼロにする」と「投資効率の最大化には国内株式が必要」を両立するには、政策保有株式をいったん全て売却したうえで、市場で株式を買えばいいのではないでしょうか。純投資を行う投資家にとって、投資効率の議論に含み損益は関係ないはずですから。

いずれにしても、資料と質疑応答ではよくわからなかったので、27日のIRイベントに期待しましょう。

※写真は福岡大学のバラ園です。

 

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日本の保険行政

空港の売店で朝日新聞記者の柴田秀並さんの新著『損保の闇 生保の裏』を見つけました。
副題に「ドキュメント保険業界」とあり、ビッグモーター問題に多くの紙面が割かれていますが、目にとまったのが次の記述です。

「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」(110ページ)

「金融庁内での保険課の立ち位置は微妙だ。(中略)局長クラスで『銀行のことは詳しくないので』と言ったら金融庁幹部として失格だが、『保険は知らないので』とは言えてしまう風潮が漂う。筆者もかつて保険担当の審議官にこう言われ、面食らった記憶がある」(200-201ページ)

念のため申し添えておくと、私の取材コメントではありません(笑)。とはいえ、当局による保険会社および代理店への実効的な検査・監督を確保するには、今の体制では不十分ではないかと私も思います。

同じような問題意識をIMFも持っていることが示されています。5/14公表の「金融セクター評価プログラム(FSAP)最終報告書」の47ページには、日本の保険監督について、全体的に良好な水準としたうえで、次のような記述が見られます(植村意訳)。

「金融庁の保険監督アプローチは資源の制約のため事後対応となっていることが多い」
「ほとんどの監督は業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個社の定期的なリスクアセスメントがなされていない」
「集中的な監督は総じて問題が特定されていることについて、それも多くはリスクが顕在化してから行われる」

そういえば日本金融学会での長官講演(5/18、埼玉大学)でも「損保問題」はスルーされてしまい、がっかりしました。

※週末は東京でした。

 

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日本の保険会社による海外M&A

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1232(2024.5.13)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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韓国保険学会が創立60周年を迎え、日本保険学会を代表するかたちで記念大会に参加し、スピーチをしてきました(5月10日)。日本保険学会と韓国保険学会の関係も50年前から続いているそうで、改めて日韓の近さを感じました。

保険会社のM&Aについて講演

私の講演テーマは「日本の保険会社のM&Aについて」。これは韓国保険学会からのリクエストに応えたものです。
韓国でも少子高齢化が進み、国内市場の将来的な縮小が見込まれるなかで、近年の日本の保険グループによるM&Aを通じた積極的な事業ポートフォリオ見直しに非常に関心があるとのことでした。そこで、日本の保険会社による主な海外M&Aを紹介したうえで、大手損害保険グループのM&Aを通じた海外保険事業(特に先進国市場)の拡大について、次の4つの背景が考えられるという話をしました。

・将来的に国内市場の縮小が見込まれる
・海外再保険会社に頼らずに保険引受リスクの分散ができる
・高い信用力を活用できる
・株主からの資本有効活用への強い期待に応える

海外M&Aのほか、近年では介護事業など、M&Aによる異業種への進出も目立つという話も紹介しました。

なぜM&Aなのか

うれしいことに、講演後には多くの質疑応答がありました。そのなかで特に印象に残った質問は次の2つです。
1つは、「海外に子会社を設けるのではなく、なぜ買収による事業拡大なのか?」という質問です。あくまで私の考えではありますが、簡潔に言えば「時間をお金で買った」という趣旨の説明をしました。
過去の成功事例として、損害保険会社による子会社方式での生命保険事業進出を振り返ってみても、損保の顧客基盤や販売網などを活用できたにもかかわらず、一定規模となるにはかなりの時間を要しています。他方で韓国の大手保険会社による海外M&Aは新興国が中心なので、グループへの利益貢献が非常に小さいとのことでした。
ちなみに、講演のなかではM&Aの失敗事例の話もしています。

純投資なのか事業投資なのか

もう1つは、「海外M&Aの目的は純投資なのか、それとも事業による利益獲得をねらったものか」という質問です。
私の考えでは後者、つまり、事業による利益獲得をねらったものという回答になります。純投資であれば、ある保険会社1社に多額の資金を投じるよりも、同じ金額を使って多数の保険会社に投資したほうが、同じ期待リターンでもリスクは小さくなります(ポートフォリオ理論ですね)。
それでも特定の会社に投資をするというのは、国内中心の事業展開から脱却したほうが将来的にグループ全体としての価値を高めることができるという経営判断が、どこかの時点であったはずです。さらに、自らが大株主となることで、買収先の価値をこれまで以上に高めることができるという期待もあるのでしょう(プレミアムを支払ってまで買収しているので)。

ただし、ここで問題になるのが相互会社の場合です。純投資であればまだ理解できるとしても、成長が期待できるからといって海外の保険会社を買収し、グループとして非社員契約を増やしてしまうのは、契約者が会社の構成員(社員)となっている相互会社のあり方として適切なのかという疑問が生じます。また、株主と相互会社の社員では、経営陣への期待(リスクのとり方など)も異なると考えるのが妥当です。
おそらく質問者にそこまでの意図はなかったでしょうが、これはいい質問だと思いました。
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※韓国の鉄道博物館に行きました。

 

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夢の共演!?

6月22日開催の「RINGの会オープンセミナー」に登壇するという話を4月21日のブログでご案内しましたが、週刊東洋経済の中村正毅記者に加え、週刊ダイヤモンドの藤田章夫記者もお迎えして、3人で損保問題について鼎談することになりました。

東洋経済の中村記者は早くからビッグモーター問題やカルテル問題に注目し、SOMPOホールディングスの調査報告書にもX社として掲載されたほか、最近も損保業界の取引慣行に関する記事を発表しています。
ダイヤモンドの藤田記者は保険業界に長くかかわり、毎年の保険特集を楽しみにしている業界人も多いと思います。今年の特集は「保険 vs 新NISA」という意表を突いたものでしたが、読むと納得の企画でした。

オープンセミナーの参加者は主に保険代理店と保険会社の役職員なので、お二人とも、もしかしたら敵地に乗り込むような気持ちかもしれません。
とはいえ、損保問題について客観的な立場から話ができる貴重な方々ですし、長く保険業界をウォッチしているだけあって、単なる批判では終わらない深みがあります。
当日は3人で大いに語りたいと思いますので、ぜひ横浜のセミナー会場でお会いしましょう。私も今から楽しみです。

※ソウルで鰻を食べました!

 

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裁判官の独立性

4月からNHKの朝ドラ(朝トラ?)を楽しく観ています。
今週(4/29-5/3)は、その前の週の楽しそうなキャンパスライフから一転し、主人公の父が大物政治家による陰謀(共亜事件)に巻き込まれてしまい、主人公たちが恩師とともに裁判で闘うという話でした。

(以下、ネタバレあり)
この事件は実際に1934年に起きた「帝人事件」をモデルにしています。帝国人造絹糸株式会社の株式売買をめぐる汚職疑惑で大蔵省の高官や帝人の社長、台湾銀行の頭取などが次々に逮捕・起訴され、内閣総辞職にまで発展しました。保険関係では富国徴兵保険の支配人だった小林中さんも検挙されています。
しかし、裁判で検察による過酷な取り調べと自白の強要が明らかになり、起訴された被告16名は全員無罪となりました。判決で裁判官は「検事の主張の虚構なること、水中の月影を掬するがごとし」と検察を強く批判しました(ドラマにも同じセリフが出てきましたね)。
大日本帝国憲法のもとでも司法権は行政権から独立していて、帝人事件では裁判所が機能したと言えそうです。

ただし、調べてみると、当時の裁判官は司法大臣(現在の法務大臣)の監督下にあって、司法大臣が裁判官の人事権を持ち、裁判官も検察官も同じ司法官僚として扱われていたそうです。ですから、ドラマの共亜事件で全員無罪となったのは、桂場さんたち裁判官が政府や検察の圧力に屈することなく、相当がんばった結果だということがわかりました。

ちなみに現在の裁判官(最高裁判所を除く)は、最高裁の指名名簿に基づいて内閣が任命することになっていて、さすがに法務大臣の監督下ではありません。

※写真は裁判所ではなく、横浜・大倉山記念館です。

 

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ESR規制と生保の資産運用

簡易保険加入者協会の委託研究として2022年度から関わってきた「ESR規制と生命保険会社の運用に関する研究会」の報告書が同協会サイトで公表されました。
この研究会は経済価値ベースのソルベンシー規制と生命保険会社の資産運用について、若手を含めた研究者で議論を行うというもので、私が座長を務めました。報告書は前半(第1部)が議論の主な内容、後半(第2部)は議論を踏まえた若手研究者の報告要旨となっています。

座長としてこだわったのは、規制以前の話として、そもそも生命保険会社は顧客に何を提供していて、それにはどのような資産運用が必要となるのかをメンバーで確認することでした。「そこから話をするのか!」と心配する向きもあったそうですが、実際の保険会社の姿を議論の出発点にしてしまうと、どうしてもバイアスがかかると考えたためです。

毎回メンバーどうしの議論が活発に行われ、議論の主な内容は「第6章:本研究会での主な議論・論点」としてまとめていますので、ご覧いただければと思います。
保険会計に関しては、もっと時間があれば「業績とは何か」「会計情報で誰が何を見たいのか」という議論をしたいところでしたが、時間切れで両論併記のようになっています。
他方でメンバーの意見が一致したのが、研究者から見ても「現状の情報開示は不十分」という話で、第5章の最後に以下のコメントを示しています。

・この研究会でわかったのは、データがあまりにも出てきていないということ。開示の底上げが必要で、特定の一部の会社のみが開示しているという状態では研究を進めようがない。

・新たな規制の第3の柱については外部関係者が声をあげないと、どうしても金融庁と業界の検討が中心になってしまい、業界からは積極的に開示したいという声は出にくいので、結果として妥協案的なものにまとまってしまう可能性がある。

・なぜ開示が重要かということを訴えていかなければならない(エージェンシー理論)。単に我々が知りたいというだけではなく、生命保険会社というインフラを機能させるためには開示がないといけない。

・「これだけリターンがありました、でも、これを作り出すためにこれだけのリスクがありました」というように、リスクとリターンを両方開示するといい。

・金融庁の報告書に掲載されている、「各リスクにおける更なる内訳の開示について、会社の戦略的ポジションが明らかとなる情報が含まれる場合、競争上の不都合が生じるおそれがある」という保険会社からの意見について、「競争上の不都合」とは何に対して言っているのか理解できない。

このような厳しい声が研究者からあがっていることを、生命保険業界や金融庁はわかってほしいです。

※キャンパスにいろいろなキッチンカーが出店しています。

 

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『企業のリスクマネジメントと保険』

最初にご案内です。6月22日(土)のRINGの会オープンセミナーで登壇することになりました。
RINGの会は保険代理店の情報交流組織で、メンバーかぎりの勉強会のほか、広く保険業界に向けたオープンセミナーを毎年開いています。私は午前の部に登場し、早くからBM問題を発信し続けた週刊東洋経済の中村正毅記者と、昨今の損保問題を受けた保険業界の今後の展望について対談します(もしかしたら著名コメンテーターがもう1名加わり、鼎談になるかもしれません)。

会場はいつものパシフィコ横浜・国立大ホール。セミナーは午前1つ、午後2つの三部構成となっていて、休憩時間には保険会社や保険関連企業のブースを見学できます。保険流通に携わる方々が1000人規模で集まる一大イベントですので、ぜひご参加ください。
詳しくはこちらをどうぞ。

さて、慶應義塾大学出版会から『企業のリスクマネジメントと保険』という時宜を得た書籍が出ました。執筆者は慶應義塾大学の柳瀬典由教授ほか保険研究者と実務家の皆さんで、日本企業のリスクマネジメントや保険戦略のあり方に対する強い問題意識が出発点となっているようです。
カルテル問題が表面化する前に書かれた書籍とはいえ、いろいろと参考になる記述やデータがありました。

例えば、第2章「リスクマネジメントと企業価値――企業の保険需要を中心に」には、大企業の保険需要に焦点を当てたサーベイ調査(2021年7月実施)の概要が紹介されています。なかにはこんなデータもありました。

「リスクマネジメントの専任担当者がいる企業は58%」
「リスクコントロール・リスクファイナンス方針を策定しているのは40%」
「リスクマネジメント担当者がリスク情報の開示に関与しているのは49%」
「保険購買管理の担当部門は財務・経理部門が38%、人事・総務部門が33%」

つまり、「日本企業の保険購買は、かなり大規模な企業であっても、企業全体の財務意思決定プロセスの一環になっていないケースが多く、リスクマネジメントに関する投資家とのコミュニケーションにも多くの課題がある」「伝統的な日本企業では、保険管理は管財業務の一環として総務部門が行うことが多く、保険購買は財務意思決定とは異なる論理で、あるいは過去の実務慣行の延長線上で行われていた可能性がある」(いずれも本書45ページより)ということがわかります。

他方で第8章「三菱重工の保険リスクマネジメント改革」では、同社が大型客船建造プロジェクトでの多額損失発生をバネにして、事業ドメインの再編(権限と責任の明確化)とともに、経営トップ主導による全社的な事業リスクマネジメント体制の構築を行い、保険戦略も見直したことを紹介しています。

私は今回のカルテル問題を受けて、企業が単に保険の主幹事会社やシェアを変えるだけで終わるのではなく、株主などが期待する企業価値の向上を図るべく、保険戦略を含めたリスクマネジメントが全社的な意思決定の一環として行われる契機となることを願っています。
そのような世界を展望するうえで、本書から得られるものは多いのではないでしょうか。

※藤の花がきれいでした。

 

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