02. 保険会社の経営分析

政策保有株式の売却

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1236(2024.6.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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残高ゼロを目指す

保険料調整問題で金融庁から行政処分を受けた大手損害保険グループは、企業保険における歪(いびつ)な取引慣行の一因となっている政策保有株式をなくすと発表し、その決定を株式市場が好感しているようです。
確認のため、3グループの方針を示しておきましょう。

【東京海上】
・政策保有株式を今後3年間で半減させ、2029年度末にゼロにする。
・純投資への単なるラベル替えは行わない。

【MS&AD】
・2029年度末残高ゼロに向け、可能なかぎり前倒しで削減していく。
・資産運用ポートフォリオ最適化の観点から、政策株式の一部を事業投資や純投資へ振替することを検討。

【SOMPO】
・2030年度までに政策株式の保有ゼロを目指し、売却を加速。
・発行体との対話を強化。
・純投資への振替の有無については不明。

売却益は会社価値を高めない

3グループが保有する政策保有株式の時価は、2024年3月末時点で合計9兆円弱、簿価は約1.5兆円なので、売却すると多額の売却益が実現します。つまり、今後数年間は株式売却益によって各社の期間損益がかさ上げされるのはほぼ確実です。売却益を使って株主還元を増やすことができますし、実際、MS&ADとSOMPOは売却益の50%を株主還元すると公表しています。
株式市場がこうした還元強化を好感しているのかどうかはわかりません。とはいえ、理屈からすると、売却益による株主還元が会社価値を高めることはなく、もともと株主資本(純資産)として持っていたものを、税引後で株主に還元していくだけの話です。
いくら会計上の利益が出るからといっても、それで会社価値が高まるというものではありません。

資本効率の向上

それでは政策保有株式の売却は会社価値にどう影響するのでしょうか。
どの事業であっても、会社を経営するには「リスク」「リターン」「資本」の3つをうまくコントロールしなければなりません。資本の出し手は経営者にリターンを求めます。リスクをとらなければリターンは得られません。しかし、リスクをとりすぎた状態で多額の損失が生じると、資本が不足してしまい、事業を続けられなくなるかもしれません。

純投資でも政策保有でも株式を保有すればリスクを抱えることになり、その備えとして資本を持っておかなければなりません。とりわけ政策保有株式の場合、同じだけ資本を使っても株式のリターンを期待しない投資であり、資本効率の低下を招きます。加えて保険会社の場合、2025年度からの新たなソルベンシー規制では、株式保有のリスクに対し、時価の35%の資本(支払余力)の確保を求められます。
株式を売却すれば、リスクに備えて確保していた資本が不要になります。高いリターンが期待できて、かつ、経営者が得意とする分野に新たな投資を行うことが可能です。株式保有リスクが減り、しかも将来の期待リターンが高まるので、会社価値が向上するというストーリーです。
もし、新たな投資を行う分野が見つからないのであれば、不要になった資本を株主に返すのが本筋です。資本はタダで得られているのではないので、現預金などリターンを生まない資産として寝かせておくのは、会社価値を毀損する行為となります。

株主をはじめ、お金を出してくれている外部ステークホルダー(利害関係者)の目線で会社経営を考えるにあたり、今回の「政策保有株式の削減」は優れた教材と言えるでしょう。
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※紫陽花の季節ですね。

 

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生保決算から

生命保険会社の2023年度決算が出そろいました。
ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)関連の開示を増やすなど、経済価値ベースのソルベンシー規制導入を2025年度に控えていることを意識した開示が見られる一方で、ちょっと気になる開示もありました。

主要生保各社は定型の決算資料とともに、補足として説明会・IR資料を公表しています。そこで気になったのが「EV等の金利感応度」です。
例えば、住友生命はIR資料の7ページ「EEVの状況」で、住友生命グループのEEVの推移と増減要因に加え、参考として過去5期分の感応度の推移を棒グラフで示しています。これを見ると、リスク・フリー・レートが50bp低下した場合のEEVの減少額が年々縮小し、2024年3月末時点にはついに小幅増加に転じたことがわかります。つまり、直近時点では、金利が下がってもEEVがほとんど動かないということになります。

それでは住友生命の金利リスクがほぼなくなったのかというと、そうではなさそうです。同じ資料の19ページを見ると、資産と負債のデュレーションギャップが縮小したとはいえ、なくなってはいませんし、20ページには「負債コストを上回る金利水準で、超長期国債等への投資を検討」とあります。
これは、EEVの金利感応度として国内金利だけではなく、海外金利も同時に同じ方向に変化する数字を出していて、たまたま2024年3月末時点では、国内金利の低下によるEEVの減少額と、海外金利の低下によるEEVの増加額がほぼ同じだったということではないかと思います。
同社はこれまでも類似のグラフを出しているとはいえ、公表前にこのグラフを見た関係者は何も思わなかったのでしょうか。国内・海外の内訳がないと、ミスリードを招くとわかりそうなものですが…

参考までに、T&Dホールディングスと明治安田生命、かんぽ生命はEV等の金利感応度を国内・海外の内訳を付けて開示していて、第一生命はIR説明会の資料で国内金利リスクの情報を開示すると思いますが、EEVの金利感応度は住友生命と同じでした。日本生命はそもそもEV等を開示してません。
T&D(太陽生命、大同生命)の決算電話会議資料の19ページを見ると、同じ金利低下でも国内金利だとEVが減少、海外金利だとEVが増加するので、両者を合わせると感応度が相殺されていることがわかります(特に太陽生命)。
外債保有などによって海外金利リスクをある程度抱えているのであれば、内訳の開示は必須です。何のために開示をしているのかという話になります。ESR開示の際には、せめてこの程度の情報は出るものと期待しています。

長くなったので、もう1点だけ短めに。
T&Dホールディングスは先ほど紹介した決算電話会議資料の24ページで、傘下2生保の政策保有株式について「2031年3月末までに業務提携先・協業先を除き残高ゼロを目指す」と示しています。
ただし、同じページの「政策保有株式 縮減実績」を見ると、太陽生命の縮減額の大半は純投資への振替です。25ページの説明によると、「投資効率を最大化するために国内株式を一定程度組み入れる」「資産運用方針や個別銘柄の株価見通し等に基づき資産運用部門で投資行動を判断する」とのこと。振替後の売却実績は簿価ベースで振替額累計の28%だそうです。

これはどういうことなのでしょうか。仮に投資効率の最大化には国内株式を保有するのが正しいとしても、どの程度保有するのがいいと考えているのかを示さなければ、この説明では誰も納得できません。もし、太陽生命が以前から政策保有株式を含めて投資効率の最大化を目指していた、つまり、今の状態が同社にとって投資効率の最大化に近い資産構成なのであれば、純投資に振り替えた後も売却などほとんどできないはずです。そうだとすると、T&Dホールディングスの示す政策保有株式の「残高ゼロ」とは今の状態だということになってしまいます。とはいえ、T&Dホールディングスは(売却率100%を目指すのではないが)株式リスクを削減していくとしています。
「政策保有株式をゼロにする」と「投資効率の最大化には国内株式が必要」を両立するには、政策保有株式をいったん全て売却したうえで、市場で株式を買えばいいのではないでしょうか。純投資を行う投資家にとって、投資効率の議論に含み損益は関係ないはずですから。

いずれにしても、資料と質疑応答ではよくわからなかったので、27日のIRイベントに期待しましょう。

※写真は福岡大学のバラ園です。

 

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大手生保の資産運用動向

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1224(2024.3.11)に大手生保の資産運用動向についての考察を寄稿しました。当ブログでもご紹介しますね。
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生保資産構成の2つの特徴

四半期開示(6月と12月)は情報が限られるとはいえ、保険契約動向と資産構成の変化をある程度把握することができます。例えば、大手生命保険会社4社(日本、第一、住友、明治安田)の過去5年程度の資産構成の推移を確認すると、2つの傾向が見えてきます。
1つは、責任準備金対応債券区分の国内公社債の残高を増やしてきたことです。この区分は保険会社だけに認められた会計処理の方法で、資産と負債のデュレーション・マッチングの実行を前提に、時価評価しなくてもいい区分となっています。この区分の公社債が増えているということは、生命保険会社が保有する超長期の保険負債の金利リスクをヘッジしようという動きが続いているということになります。
金融庁は2025年度に経済価値ベースのソルベンシー規制を導入する予定です。現行のソルベンシーマージン比率には反映されにくい金利変動の影響が、新たな規制では直接反映されるようになります。一時に比べれば長期金利も多少は上昇しているなかで、各社が超長期債を購入することで金利リスクを抑える取り組みを進めていると見られます。

外国株式等の増加

もう1つは、外国証券のうち「外国株式等」の残高を増やしてきたことです。価格変動の影響を受けない取得価額ベースで見た場合、4社合計の国内株式残高が8兆円程度でほぼ横ばいなのに対し、外国株式等はこの5年間で7兆円近く増え、直近では約12兆円となっています。
ただし、各社が海外の株式投資を加速してきたのかというと、どうもそうではなさそうです。この「外国株式等」には株式のほか、オルタナティブ投資と言われるヘッジファンドやプライベート・エクイティ(PE)、外国籍のファンドなども含まれています。「クレジット・オルタナティブ資産の積み増し(日本生命)」「高い収益率が期待できるインフラエクイティやPEファンド等へ投資(住友生命)」といったIR資料の記述や報道内容から判断すると、外国企業の株式投資よりもオルタナティブ投資を拡大してきたのではないかとうかがえます。
一般にオルタナティブ投資は株式などの伝統的な資産との相関が低く、保有資産全体のリスク分散に有効とされています。他方で流動性が低く、現金化しにくいという特徴もあります。

オルタナ投資の現状は不透明

問題はこうしたオルタナティブ投資を(おそらく)大きく増やしてきたにもかかわらず、ごく一部を除き、全く開示されていないことです。
T&Dホールディングスは傘下の大同生命と太陽生命の保有する「外国株式等」の内訳を公表しています。これを見ると、両社ともヘッジファンドとPEが外国株式等の3割程度を占め、外国社債投信も一定規模を占めているとわかります。しかし、T&Dのように外国株式等の内訳を示している会社は数社しかありません。
リスク分散の観点などからオルタナティブ投資を増やしてきたのは理解できるとしても、その現状を外部に示さない経営姿勢は理解できません。そもそも方針や計画を自ら示しているのですから、現状を開示しても「競争上の不都合が生じるおそれ」などないはずです。
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※シエナまで足をのばしました。

 

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保障性商品の販売不振

このところ気になっている生保営業職員チャネルの保障性商品の販売低調について、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1220(2024.2.12)に寄稿しました。当ブログでもご紹介します。
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決算発表の注目点

今週は主な保険会社の決算発表(2023年度第3四半期)が予定されています。損害保険会社では特に、国内の自動車保険、火災保険の収支動向に注目したいと思います。
他方、生命保険会社で気になるのは、営業職員チャネルによる保障性商品の新契約動向です。例えば日本生命グループでは、23年度上半期に営業職員チャネルの新契約年換算保険料(個人保険・個人年金)が増加したものの、IR資料によると、日本生命単体の個人向け保障性商品の販売は大幅に減った模様です。第一生命グループでも、営業職員チャネルによる新契約年換算保険料(同)は大きく伸びている一方、第一生命の商品に限れば前年同期比でマイナスが続いています。

死亡保障の販売は難しい

日本生命の営業職員チャネルの増収は、昨年1月に予定利率を引き上げた一時払い終身保険の販売拡大が大きいとみられます。第一生命では、兄弟会社である第一フロンティア生命の米ドル建て商品などの販売が増収に寄与しました。両社ともに、顧客ニーズの強い貯蓄性商品の販売にチャネルがやや傾斜してしまい、死亡保障などの保障性商品の提供が不振に陥っている構図が見てとれます。
生命保険の販売に携わっている皆さんにとって、「生命保険(個人向けの死亡保障)」「医療保険」「貯蓄性商品」のうち、最も売るのが難しいのはどれでしょうか。顧客基盤によって異なる答えとなることもありえますが、一般的には生命保険の提供が最も難しいと思います。生命保険の本来のニーズは遺族保障であり、保険金を受け取るのは加入者自身ではありません(医療保険や貯蓄性商品は自分が受け取れます)。貯蓄性商品には「お金が増える」といった楽しみもありますが、生命保険が役に立つ場面を想像するのは楽しいことではありません。だからこそ、営業職員をはじめ、対面チャネルによってニーズを掘り起こし、加入の決断を促すという販売手法がとられ、保障性商品の普及が進みました。

過去の事例

一時払いの貯蓄性商品への傾斜に伴い、保障性商品の販売力が弱まった例として、2000年に経営破綻した協栄生命のケースをご紹介しましょう。
協栄生命は特定の企業グループに属していなかったこともあり、教職員団体や各種の同業組合などと提携し、その団体の共済制度として主に保障性商品を提供していました。ところが、他社を後追いする形で1987年から一時払い養老保険の販売に踏み切り、しかも、他社が販売を抑えるようになってからもしばらく売り続けました。これには顧客基盤である提携団体からの強い販売要請に加え、「営業職員が保障性商品を売る力が落ちており、1万人体制を達成するために一時払い養老保険に走った」(当時の本社スタッフの証言)など、貯蓄性商品に傾斜した影響で営業現場の販売力が衰退していたという事情もあったそうです。
チャネルのあり方として、顧客ニーズの強いものを提供すべきというのが正論かもしれません。ただし、ドアノックツールとしての貯蓄性商品の販売にとどまらず、主力商品として新人層からベテラン層までが、比較的売りやすい貯蓄性商品に走り、保障性商品の販売力が落ちてしまうと、時間がたつほど復活が難しくなるということをこの事例は示しています。

*参考文献:植村信保『経営なき破綻 平成生保危機の真実』
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※写真は太宰府天満宮です。

 

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生命保険会社の情報開示

先週は東京で某再保険会社のセミナーでお話をする機会がありました。テーマは損保関連ではなく、経済価値ベースのソルベンシー規制に関するものです。
参加者には生命保険会社のCFOやCROが多かったこともあり、今後のソルベンシー規制として求められる情報開示だけではなく、現状において早急に開示すべき項目についても「直訴」しました。

1.国内公社債の7割を「10年超」が占めているにもかかわらず、その内訳が示されていない

資産・負債のミスマッチに伴う金利リスクを減らすため、各社が多額の超長期債を保有していることはわかります。しかし、10年以内は細分化して示しているのに、肝心の10年超を一くくりで示したままというのは理解できません。
なお、上場会社(第一生命HD、T&D HD)は10年超を2つに分けて開示しています。

2.外国証券に関する情報開示が少ない

メディア向けの資産運用方針の説明にはしばしば「オルタナティブ投資」が出てきます。ところが、ディスクロージャー誌などを探しても開示はありません(上場会社はIR資料で開示)。これらは外国証券のうち「外国株式等」に含まれます。

3.外貨建負債に関する情報が開示されていない

銀行窓販をはじめ、近年では外貨建ての保険を提供している会社が目立ちます。ところが、保険負債に占める外貨建て保険の手掛かりはほとんどありません。外貨負債の情報がないと、外部からALMの現状をつかむのが極めて難しくなります。同じ外債投資でも、外貨負債のリスクヘッジ目的と、追加リターン獲得目的とではリスクに対する考えが全く異なるからです。
先週お話した3つのなかで、これが最も深刻かもしれません。

このブログでも何度か同じ話をしていると思います。しかし、20年以上経ってもそのままというのは一体どういうことなのでしょうか。
市場規律を軽視するということは、つまるところ第1の柱でガチガチに縛られたいということになるのですが。

※もう梅がかなり咲いていました。横浜・大倉山にて。

 

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保険負債がマイナスに!

今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1212(2023.12.12)では、IFRS(国際財務報告基準)に関する話を書きました。当ブログでもご紹介します。
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保険会社の負債

事業会社に比べると、保険会社の財務諸表はかなり特徴的です。なかでも生命保険会社ではバランスシート(貸借対照表)の負債が大きく、その大半を責任準備金などの保険負債が占めています。事業会社の負債は銀行借り入れなど債権者から受け入れた資金なのに対し、保険会社の負債は加入者(保険金受取人)に将来支払うであろう保険金や給付金、解約返戻金などを計上したものです。
ところが今年度に入り、なんと保険負債がマイナスという生命保険会社が現れました。

保険負債がマイナス

ライフネット生命の決算短信でバランスシート(2023年9月末、連結ベース)を確認すると、負債の大半は繰延税金負債となっていて、保険契約負債がほとんどありません。他方で資産のなかに「保険契約資産」という見慣れない項目があって、291億円も計上されています。

財政状態の説明には、次のような記述があります。

「保険契約は一般的には負債として計上されるものの、当社グループは以下の表『保険契約負債の内訳』のとおり、個人保険の保険契約負債はマイナスとなることから保険契約資産として計上しています」

参考までに、同社の2023年3月期の決算短信では、負債530億円のうち保険契約準備金(大半が責任準備金)が509億円を占めていました。どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。

IFRSの採用

理由は、ライフネット生命が今年度から会計基準としてIFRS(国際財務報告基準)を採用したことと、同社の歴史が比較的浅いうえ、保有契約が平準払いの保障性商品だけで、満期保険金や解約返戻金がないことです。

やや専門的になりますが、ライフネット生命の決算短信やIR資料などを参考に説明します。
これまでの会計基準(日本基準)では、契約獲得時の保守的な予定死亡率や予定利率に基づいて算出した責任準備金などを保険負債として計上していました。これに対し、IFRSでは保守性を排除し、会社が最善と考えた前提に基づいて将来キャッシュフローの現在価値を計算し、これに「リスク調整」と「CSM」を加えたものを保険負債として計上します(リスク調整とCSMの説明はとりあえず省略します)。

将来キャッシュフローの現在価値とは、将来の支出(保険金支払額など)の現価から将来の保険料収入の現価を差し引いた金額です。平準払いの「定期保険」「終身医療保険」「就業不能保険」「がん保険」を主力とするライフネット生命の場合、会社が最善と考えた前提に基づいて将来キャッシュフローを計算したところ、おそらく今後の支出が保険料収入を下回る状態が何年も続くのでしょう。全体で見て将来の支出が将来の保険料収入を下回る計算結果となり、保険負債がマイナスになりました。つまり、この前提によれば、同社はいわば加入者への借金を負っていないことになります。

ただし、保険負債がマイナスだから儲かるということではなく、収益性を見るには、先ほど説明を省略したCSMの動きに注目してください。CSMは将来利益を表す負債で、CSMが増えていけば将来利益も総じて増えていきます。
ライフネット生命のCSMは、2023年3月末の836億円から9月末には875億円に増えていることがIR資料からわかります。

保険会計のあり方が問われる

IFRSを採用すれば、財務諸表の利用者は、日本基準では把握できなかった生命保険会社の財政状態をつかむことができるようになります。
ただし、日本ではIFRSの採用は強制ではなく、あくまで任意です。このため、今後はIFRSを採用した会社と、引き続き日本基準でのみ決算結果を公表する会社が併存することになります。さらに、2025年度に経済価値ベースのソルベンシー規制が導入されると、「IFRSの財政状態」と「日本基準のバランスシート」に「経済価値ベースのバランスシート」が加わり、利用者は消化不良に陥ってしまうかもしれません。

これまで本誌でもしばしば取り上げてきたように、保険会社の経営内容を把握するうえで日本基準には問題が多いという現状があります。そろそろ日本の保険会計のあり方について、本格的に方向性を打ち出すべき時期に来ているのではないでしょうか。
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※今月はあと二回、東京に行きます。

 

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大手損保の4-9月期決算から

上場保険会社の決算が出そろいました。これから開催される決算説明会の情報なども参考に、いろいろと分析しようと思います。
今回は3メガ損保の状況を少しだけご紹介しましょう
(今回はと書いてしまいましたが、次回があるかどうかは未定です)。

最初に確認したのは自動車保険のEI損害率です。1年前のEI損害率と比べてみます。

TMN 62.7% ⇒ 68.5%(+5.8p)
MSI 63.9% ⇒ 70.0%(+6.1p)
ADI 63.2% ⇒ 71.1%(+7.9p)
SJ  61.9% ⇒ 68.6%(+6.6p)

上昇分のうち1、2ポイントは自然災害の影響(今年もひょう災がありました)とはいえ、自動車保険の収支が急速に悪化していることがわかります。EIベースのコンバインドレシオ(事業費率は会計ベースで計算)が100%を下回ったのはTMNだけで、他の3社は100%を上回りました。

4-9月期は経済価値ベースの純資産が大きく増えたのも特徴かもしれません。各社が独自に計測・公表しているESR(経済価値ベースのソルベンシー比率・呼称は様々)の分子にあたる純資産を、2023/3末と2023/9末で比べてみます。単位は兆円です。

TM  4.3 ⇒ 4.9(+0.6)
MS&AD 5.4 ⇒ 6.1(+0.7)
SOMPO 3.4 ⇒ 3.9(+0.5)

上半期の利益が貢献したのに加え、国内株式の時価上昇と円安の影響が大きかった模様です
(日経平均株価も円ドル相場も1割以上の変動でした)。

他方でBM事件やカルテル問題の影響は、一部の会社で月次の営業業績(自動車と自賠責)に多少表れているように見えるものの、行政処分が出されたわけでもありませんし、少なくともこれまでのところ、特定の保険会社の業績が極端に悪化するようなことにはなっていないようです。

※写真は先日訪問した大津です。

 

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主要生保の資産運用動向

2023年4-6月期決算が公表されたので、主要生保8社(日本、第一、住友、明治安田、朝日、太陽、大同、富国)の資産構成の変化をざっと確認してみました。

まずは国内公社債です。8月10日の日経「生命保険各社、国債買いに動く」(会員限定)は、タイトルとは裏腹に、4-6月の超長期国債の買い越し額が直近5年で最低水準だったというものでした。決算資料の責任準備金対応債券(取得原価ベース)を見ると、全体として買い控えという傾向はみられず、ただ、日本生命だけは残高が横ばいという状況でした。

脱線ですが、記事の中に「株高で今年度の運用が順調に進んでいるため『現金で持っていても、それほど焦る状況ではない』(大手生保の運用担当者)」という記述が気になりました。売却して実現益を出せば、今年度の目標を達成できるということなのでしょうか。

次に、外国公社債はどうでしょうか。こちらは昨年度末に続いて残高を減らした会社(第一、朝日、太陽、大同、富国)と、一転して残高を増やした会社(日本、住友、明治安田)がありました。4-6月期決算なので詳細はよくわかりませんが、ヘッジコストが高止まりしているなかで、判断が分かれたようです。

※西九州新幹線に乗りました。

 

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保険負債の透明性が低すぎる

インシュアランス生保版(2023年7月号第1集)に寄稿したコラムをご紹介します。今回もしっかり「主張」させていただきました。
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損害保険と比べた生命保険の特徴として、契約期間が長いという点が挙げられる。生命保険会社が提供している医療保険も終身が主流となっているようである。これらの保険を提供する生命保険会社は、いわば遠い将来の約束を果たすために存在している。
このように書くと、生命保険に関わる皆さんは「いまさら何を言っているの?」と首を傾げるかもしれない。では、この5、6月に公表された決算関連資料から、皆さんは生命保険会社が抱えている保険負債の長さを把握できるだろうか。答えはノーである。

もし「そもそも被保険者がいつ亡くなるかわからないのだから、保険会社がいつ約束を果たすのかなんて事前にわかりようがない」とお考えであれば、保険の仕組みを勉強しなおすことをお勧めしたい。死亡率や発生率が概ねわかっているからこそ保険会社は保険料を決め、保障を提供できている。言い換えると、保険会社は保有する契約について、将来のどの時点でどの程度の支払いが発生するのか概ねわかっていて、それに合わせて資産運用を行っている。資産運用と保険引受は車の両輪ではなく、まず保険引受があって、それを全うするために資産運用がある。

資産と負債をどの程度対応させるかは各社の経営判断による。ただし例外を除き、各社は販売時に将来支払う保険金額が決まっている円建ての商品を主力としてきたため、その結果として何十年も先まで円の固定金利(予定利率)を保証している。ちょっと考えただけでも大変なビジネスだとわかるが、問題はその大変さを外部から知る手掛かりがほとんどないことにある。

実は1社だけ、この情報を直接外部に示している会社がある。第一生命ホールディングスは2年前から投資家向けの説明資料のなかで、第一生命の資産・保険負債のキャッシュフロー構造という図表を公表し、今後5年ごとの保険収支見込みなどを示している(最新版は5月29日公表資料の26ページに掲載)。
この図表を見ると、第一生命では現時点で50年先までの保険金支払いを見込んでいて、30年までのところは円金利資産で対応し、そこから先は金利変動のリスクをほぼそのまま抱えていることがわかる。過去に獲得した高利率の契約は今後20年くらいまでのところにあって、円金利資産をあてて金利リスクを小さくしたうえで、負債の高利率を賄うための別の方法を模索しているとみられる。こうした情報開示があって、初めて市場との建設的な対話が成り立つのだと思う。

遠い将来の約束を果たすのがどの程度大変で、それに対して経営がどう対応しているのかという情報は契約者にとっても重要である。こうした情報開示なしに「自己資本を積み上げました」「金利リスクを削減しました」と言っても説得力はない。第一生命に続く保険会社はいつ現れるのだろうか。
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※つかの間の晴天でした。このところ雨ばかりです。

 

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大手生保の新契約

金融庁が主要生損保の令和5年3月期決算の概要を公表していますね。生命保険会社については相変わらず「保険料等収入」「当期純利益(純剰余)」「ソルベンシー・マージン比率」の動きを説明しています。

「保険料等収入は、海外金利の上昇により、一時払外貨建て保険の販売が増加したことなどから、前年に比べ増収」

先日のブログで書いたように、昨年度の保険料等収入は外貨建て一時払い商品の販売が増えたということしかわかりません。
しかも、保険料収入が4.7兆円増えた一方で、解約返戻金も3.4兆円増えました。現場ではどのような販売活動が行われているのか知りたいところです。

では、大手生保が主力としてきた営業職員チャネルによる平準払いの保障性商品はどのくらい売れたのでしょうか。
これが公表資料だけではなかなかつかみにくいのですが、個人保険の新契約年換算保険料(ANP)を軸に、各社の説明資料を参考にしながら動向を探ってみました。
結論を先に言えば、新契約はコロナ前の水準に総じて戻っておらず、生産性の向上が課題となっているようです。

【日本生命】
日本生命は決算説明資料などでチャネル別の新契約ANPを公表しています(国内4社合計、個人保険・個人年金保険)。これによると、はなさく生命が好調な代理店チャネルはコロナ前の2019年度を大きく上回っているものの、営業職員チャネルは2019年度を16%下回りました。
円建ての一時払い貯蓄性商品の販売減少のほか、IR資料によると、営業職員の生産性向上と職員数の維持拡大が課題となっているそうで、おそらくコロナで訪問活動や採用活動が制約されている影響が出ているのではないかと思います。

【第一生命】
投資家・アナリスト向け情報開示が進んでいるうえ、営業職員チャネルは第一生命、銀行窓販は第一フロンティア生命、代理店チャネルはネオファースト生命なので、4社のなかで最も状況を把握しやすいです。
営業職員チャネルは苦戦が続いています。個人保険の新契約ANPはコロナ前の2019年度に比べて半減しており、第三分野だけをみても半減しています。EVの新契約価値も低調です。
IR資料によると、「既契約のお客さまを中心とした営業活動による新たなお客様づくりの遅れ」「生涯設計デザイナー(営業職員)チャネル体制改革を企図した運営変更」等が背景にあるとのことです。

【住友生命】
4社のなかで最も情報が少ないので推測を含みますが、銀行窓販の収入保険料を期間20年で年換算すると、昨年度の営業職員チャネルはほぼ横ばい、2019年度の8割前後の新契約ANPの水準ではないかと思います。
主力商品「Vitality」の新契約件数は、Vitalityスマート(保険契約なしの商品)も含んだ数値ではありますが、2019年度を大きく上回っています。これが新契約ANPにどう影響しているのかは、残念ながら全くわかりません。
代理店チャネルのメディケア生命の新契約ANPは第三分野を中心に200億円をやや下回る水準で推移しており、堅調と言えそうです。

【明治安田生命】
決算説明資料でチャネル別の情報を提供しています。これによると、営業職員チャネルは前期比40%増となりました。ただし、このなかには外貨建て一時払い保険も含まれています(保険料収入で約4100億円の増収)。
そこで「保障性商品新契約ANP」という数値を見ると、こちらは約10%の増収でした。コロナ前の2019年度と比べても2.4%の増収です。
もっとも、明治安田生命はこの間、営業職員の数を約10%増やしている(日本生命と第一生命は減少、住友生命は4%増)ので、その影響もあるかもしれません。

以上になります。ご参考まで。

※前々回のブラタモリは大阪・梅田でしたね(季節外れの写真ですみません)。

 

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