02. 保険会社の経営分析

2025年度の生保運用計画

28日の日経報道で「主要生命保険、保有国債1兆円超削減へ 規制対応一巡で転換(会員限定)」とあったので、大手各社の2025年度運用計画をロイターとBloombergの記事で確認してみたところ、実際には以下の通りでした
(毎回言っていますが、どうしてメディアに説明するだけで、一般に公表しないのでしょう)。

<日本生命>
・過去の利回りが低い(価格が高い)時に購入した債券を売却し、代わりにより利回りの高い(価格の安い)債券を買うため、日本国債については簿価ベースの残高は減るものの、時価ベースで見れば残高は増える。

<第一生命>
・円債については、足元は資産と負債の規模がおおむねマッチしている状況で、年限別のキャッシュフローを踏まえた責任準備金対応債券の入れ替えが中心となり、残高はおおむね横ばいと見込む。

<住友生命>
・円債は、「償還期間10年超」の日本国債を機動的に投資することにより、数千億円規模で積み増す計画。

<明治安田生命>
・金利リスク削減と長期安定的な利配収入確保に向けて、従来通り20年債と30年債を軸とした超長期国債を中心に買い入れる。購入のペース配分は「平準買い」を基本としつつ、金利上昇局面をとらえて追加投資も検討する。ただ償還が買い入れを上回るため、残高は「昨年度の3900億円(簿価ベース)と同程度」減少するという。

<かんぽ生命>
・20年物を中心とした長期・超長期国債に幅広く、「グロスで5000億円程度」の買いを想定している。ただ保有債券の償還が1兆3000億円程度あって投資額を上回るため、残高は減少する見込み。

日本生命は時価ベースでみれば残高を増やす、第一生命は横ばい、住友生命は増加に転じるとのこと。かんぽ生命は資産規模の縮小が続くなかでの残高減少なので、方針として残高を減らすというのは実質的に明治安田生命だけのようです。

記事によると、明治安田生命は1年前(2024年4月下旬)には「平準買いを基本としつつ金利が上昇した局面では積み増す」と述べ、その半年後(2024年10月下旬)にも「金利が上がったら買いに動く」とコメントしていました。
ところがその後、金利が上がったにもかかわらず買いには動かず、「(前年度は)金利先高観により円債の買い入れを抑制」と、国内債を簿価ベースで3900億円減らしたそうです。さらに「(負債と資産のデュレーションのマッチングはほぼ終了しており)円債をどんどん積み増すのは金利リスクが高い」という記述もあり、どうも昨年のコメントとの整合がとれません。

ちなみに日本生命は、1年前は「金利上昇を待って国債買いのペースを加速させる方針」、半年前は「全体としてはやや抑制的なペースで年度を通じて投資」で、今回は「基本は平準ペースで買い入れ、市場動向次第で機動的にペースを調整していく(4月は多めに購入)」ですから、確かに金利上昇に伴って国債を多く買っているようです。
住友生命も、1年前は「金利上昇時には追加投資も検討」、半年前は「金利の上昇局面で少しまとまった金額を投入」で、今回は前述の通り「『償還期間10年超』の日本国債を機動的に投資することにより、数千億円規模で積み増す計画」です。

※ソウルのおしゃれなカフェです。

 

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「挑む相互会社の壁」

4月18日にアップされたNIKKEI Financial「ホケンの変革 日本生命保険 挑む相互会社の壁(上)/相互会社で進める大型買収、企業統治改革は道半ば」にコメントが載りました。
有料媒体なので私に関する部分だけ引用します。詳しくはNIKKEI Financialをご覧ください。
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24年5月、韓国で開いた韓国保険学会。元著名保険アナリストで現在は福岡大学で教鞭(きょうべん)をとる植村信保教授は日本の保険会社のM&Aについて出席者から問われると「相互会社が海外の保険会社を買収し、グループとして非社員契約を増やすのは、契約者が会社の構成員(社員)となっている相互会社のあり方として適切なのかという疑問が生じる」と指摘した。
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「元著名保険アナリスト」というのは「元R&Iの格付アナリスト」の誤りではないかと思いますが(笑)、こちらのブログ(日本の保険会社による海外M&A)で書いた内容を参考にしていただいたものです(取材も受けました)。

そもそもは「(日本の保険会社による)海外M&Aの目的は純投資なのか、それとも事業による利益獲得をねらったものか」という質問に対し、純投資ではなく、事業による利益獲得をねらったものと答えたうえで、相互会社についても触れました。引用していただいた内容に続き、「株主と相互会社の社員では、経営陣への期待(リスクのとり方など)も異なると考えるのが妥当」とも述べています。

なお、ブログでは相互会社のガバナンスに関する記事を何度か書いていますので、ご参考まで。

相互会社の保険会社買収(2015.9.13)
週刊ダイヤモンドの保険特集(2018.4.28)
2020年の生保総代会(2020.7.26)
「質疑ゼロの生保総代会」(2023.7.17)

※キャンパスに学生が戻ってきました。

 

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MSIとADIの合併

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1276(2025.4.7)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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合併による経営効率改善へ

MS&ADグループの中核会社である三井住友海上火災保険(MSI)とあいおいニッセイ同和損害保険(ADI)が2027年4月をめどに合併する準備に入りました。
読者の皆さんには釈迦に説法かもしれませんが、MSIは旧財閥系の大手損保どうしが対等に近い形で合併した会社である一方、ADIはパーソナル分野に強い大東京火災がトヨタと親密な千代田火災、日本生命グループとなっていたニッセイ同和損保と一緒になった会社です。同じグループとなって久しいものの、この15年間に両社の融合が進んだようには見えません。国内損保事業の構造的な問題が明らかになるなかで、両社を併存させるメリット(MS&ADの船曳真一郎社長は昨年9月のIR説明会で「代理店シェア最大化のため」と説明)よりも、合併で1つにしたほうがよりメリットが大きいという判断をしたのでしょう。
そう考えると、「それぞれの強みを維持・結集し、さらに拡大するために強力に取組みを進める」(ニュースリリースより引用)というのは、合併によるマイナス効果を何とか最小限にとどめたいという意味であり、1プラットフォーム戦略など、これまで進めてきた一体運営ではさらなる効率化には限界があるので、合併で経営効率の改善を一気に図り、「経営資源の全体最適を実現」(同)させるということだと理解できます。

持株会社によるガバナンス強化

筆者は、国内損保事業の効率改善以上に重要なのは、持株会社によるガバナンス発揮ではないかと考えています。
これまで様々なメディアで、企業向け保険料の事前調整問題と、旧ビックモーターによる保険金の不正請求事件は、損保業界が護送船団行政の時代に形成したコンダクト(企業行動)を、自由化後も温存してきたことが問題の本質であると指摘してきました。情報漏えい問題も同じです。不適切なコンダクトを温存できた要因は、各社がビジネスモデルの見直しではなく、業界再編によって競争相手を減らす戦略を選んだことが大きいと見ていますが、再編で設立された持株会社のガバナンス機能が弱く、グループ管理のダブルスタンダードがまかり通ってきたことも挙げられます。
持株会社は、新たに買収した海外事業の経営者には、当然ながら投資(すなわちリスクテイク)に見合ったリターンを求めるのに対し、国内自然災害と政策保有株式という2大リスクを抱えているにもかかわらず、こうしたリスクベース経営ではなく、規模やシェアを追求する国内損保事業をなかなか変えようとはしませんでした。会社価値の拡大を求める株主からすると、持株会社がむしろ盾(たて)の役割を果たしてきたことになります。

お気付きの通り、これはMS&ADグループだけではなく、同じく中核損保で問題が発覚した他の大手2グループにも共通した課題です。とはいえ、MS&ADでは傘下に中核損保が2つあることで、持株会社が監督・指導よりも、調整や対外説明に労力を費やしていた可能性があります。
筆者は、合併で国内トップシェアの損保が誕生すると誇るのではなく、中核損保の合併を契機に、持株会社のガバナンスを十分に発揮できる体制づくりができるかどうかが重要だと考えています。

※今年は天守台から桜を眺めることができました。福岡にて。

 

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急務なのは会計見直しではないか

生命保険会社の第3四半期(4-12月期)決算を受けた報道ですが、さすがにこれはひどいミスリード記事だと思いました。
2月20日の日経「生保 国内含み損11兆円」という記事で、「保有資産入れ替え急務」という小見出しまで付いています(さらに言えば、紙の新聞では同じ面に「農林中金、運用の改革急ぐ」という記事があり、あたかも次は生保と言わんばかりの構成です)。
今回はベトナムの話を書こうと思っていたのですが、こちらを取り上げることにしました。

生命保険会社は多額の超長期債を保有しているため、金利上昇により国内債券の含み損が拡大しているのは事実です。しかし、あたかも生保が資産運用に失敗し、含み損の解消が急務とでも言うような見出しと内容は事実に反しています。
来年度から新たな健全性規制が導入され、経済価値ベースの貸借対照表をベースにしたソルベンシー・マージン比率が入るのは、少なくともご担当のかたならよくご存じのはず。それなのに資産サイドの時価変動だけに注目した記事が大々的に出てしまうのは、いったいどうしてなのでしょうか。

金利上昇によって生じた国内債券の含み損に注目するのであれば、「責任準備金対応債券という保有区分が認められていて、含み損益が実現しなければ収益に与える影響は限定的」などという説明よりも、

・負債サイドの評価はどうなっていて、全体としてどうなのか
・金利上昇でどの程度の解約が生じ、それが債券の実現損につながっているのかどうか
・国内債券の減損を求められる可能性(およびその是非)について
・経済価値ベースでは意味のない国内債券の入れ替えを各社はなぜ行っているのか

などを取り上げてほしいです。
この記事を見た契約者が心配になって解約に走らないことを祈ります。

日経報道だけではなく、Bloombergでも「大手生保3社で国内債売却損4700億円、運用資産健全化-4~12月」と、国内債券の含み損を問題視する論調です。他方で、内部管理上の経済価値評価に基づいた指標を公表していても、どのメディアも報道しません。
特に決算報道では、メディアの関心は会計損益とその変動要因にあるようなので、つまるところ会計を変えないと、せっかく新たな健全性規制を入れても、いまの報道姿勢は大きく変わらないおそれがあります。

拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』の第3章で述べたように、金融庁は契約者保護の観点からも、企業価値の向上を目指す観点からも、保険会社の経営内容を把握するうえで、経済価値ベースのソルベンシー規制と親和的な監督会計(結果として会社法や金商法の会計も変わります)の策定を急ぐべきだと、改めて強く思いました。

念のため、過去のブログ記事もリンクしておきます。
国内債の含み損(2024.8.18)
「中堅生保、債券偏重の死角」(2024.9.14)

※ホーチミンで開業したばかりのメトロに乗りました!

 

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大手損保の第3四半期決算から

旅に出る前に少しだけコメントを。
予想どおりではありますが、政策保有株式の売却益が会計利益を押し上げています。この状況がしばらく続くのでしょう。
含み益が実現益になっただけですので、過去最高益などと言ってもほとんど意味がないことがよくわかります。

他方で、今回の自動車保険のEI損害率を見ると、ADIは何か別の要因がありそうですが、総じて当初の見込みよりも悪化しているのではないでしょうか。

TMN 67.9% ⇒ 71.1%(+3.2p)
MSI 68.2% ⇒ 71.2%(+3.0p)
ADI 70.0% ⇒ 69.4%(-0.6p)
SJ  69.1% ⇒ 72.9%(+3.8p)

※前年同期との比較

ここまで損害率が悪化すると、おそらくコンバインドレシオが100%を大きく上回り、数百億円規模の減益要因となってくるように思います。

ということで、短くてすみません。

※14日は横浜にいてよかったです!

 

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大手生保の営業職員

とある原稿執筆の関係で、大手生保4社(日本、第一、住友、明治安田)の営業職員数の推移を確認する機会がありました。
2021年に出した拙著『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』では、第11章で生命保険の営業職員チャネルを取り上げていて、次のような記述があります。

「大手4社のデータを見ると、2000年代前半までは毎年在籍数の4割程度にあたる営業職員が退職していました」(149ページ)

各社のディスクロージャー誌には営業職員の在籍数と採用数が載っているので、そこから試算した退職数をもとにした記述となります。この計算方法では入社した年度内に退職した職員は含まれず、やや過小評価となっていますが、各社のデータを確認すると、1990年代後半から2000年代前半にかけての退職率(期首在籍数に対する退職数の割合)は各社ともざくっと言って4割前後で、当時は在籍数の減少も続いていました。
しかし、2000年代後半から退職率は低下傾向となり、在籍数の減少傾向にも歯止めがかかります。拙著では次のように記しています。

「2005年に発覚した保険金不払い問題を経て、各社は新契約に過度に偏重した営業活動を改め、顧客訪問活動など既契約を重視する営業活動に舵を切りました。採用後の教育を重視し、固定給を増やすなど、早期退職を減らす取り組みもターンオーバーの改善に効果を上げたと考えられます」(150ページ)

それでは足元ではどうなっているかというと、日本生命、第一生命、住友生命の3社は、新型コロナの影響を受けた2020年度をピークに在籍数を年々減らしているのに対し、明治安田生命の在籍数は増加傾向となっています。直近(2023年度)の退職率は日本生命と住友生命が18%台、明治安田生命が17%弱、第一生命が13%強で、第一生命の退職率が際立って低く、明治安田生命は退職率の上昇を抑えつつ在籍数を増やしていることがうかがえます。

他方で4社に共通しているのは営業職員の性別です。例外なく、在籍数に占める女性営業職員の割合は97%以上となっていて、採用した職員もほぼ100%女性となっています。ここまで徹底しているとはちょっと驚きですね。

※写真はソウルでいただいたナツメ茶です。

 

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予定利率の引き上げ

報道のとおり、日本生命が2025年1月から、平準払いの終身保険や個人年金保険の予定利率を約40年ぶりに引き上げると発表しました。日経報道によると、富国生命も終身保険で予定利率を引き上げる方針とのこと。
背景には、今後の超長期金利が1%を割りこむようなことはもうないだろうという判断と、これまでの内部留保や資本増強などで健全性の面でも不安がないという判断があるのだと想像しますが、実際のところ、どのような議論があったのか興味深いです。

例えば、日本生命が公表している内部管理上の連結ESRは227%と、リスク量の2倍を上回る支払余力を確保しています。富国生命のESRも250.5%とのことです(いずれも2024年9月末)。
拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』でも書いたように、ESRは高ければ高いほどいいというものではありません。相互会社の社員(契約者)は株式会社の株主よりも破綻リスクへの許容度が低いとしても、破綻リスクを極力減らすために支払余力の拡大を続ける経営を求めているとは考えにくいです。なぜなら、同じ保険市場に株式会社と相互会社があるなかで、相互会社の存在意義は、株式会社よりも実質的に安い保険料(契約者への配当還元を含む)で保障を提供することにあるからです。
予定利率の引き上げは今後獲得する新契約に適用されるものなので、既契約者(特に近年の低い予定利率の契約者)への還元についてどのような議論がなされたのか、外部に示してほしいところです。

主要生保の4-9月決算を確認すると、貯蓄性商品の動向でわかりにくいものの、保障性商品をはじめ各社が主力とする商品の販売は引き続き低調だった模様です。おそらくコロナ前の水準を回復できていないのではないでしょうか。
そのようななかでの利率引き上げという判断が、単に営業現場の要請を受けて、あるいは営業現場のてこ入れを主眼としてなされたとしたら、何とも寂しいかぎりです。

※福岡と東京・横浜の湿気の違いにびっくりです。

 

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国内債の含み損

生命保険会社の2024年4-6月期決算では、長期金利の上昇によって保有する国内公社債の時価が下がり、各社の「含み損」が拡大。その点に着目した報道がいくつかありました。

生保の国内債含み損、08年以降で最大に(日経・有料記事)
大手生保4社、国内金利上昇で債券評価損が拡大(Bloomberg)

国内債の含み損拡大は、リスクをとった結果、期待に反して損失が発生した、つまり資産運用で失敗したというのではありません。会社全体としては金利リスクを小さくしているにもかかわらず、保険会社が資産サイドの時価情報しか公表していないため、あたかも損失が膨らんだかのように見えてしまうという話です。「満期保有目的の債券」や「責任準備金対応債券」だから時価評価しなくてすむ(したがってソルベンシーマージン比率はほとんど下がらないですよ、Bloombergさん)、というのは本質的な論点ではなく、経営状態を示すうえでの情報開示や説明が足りないということではないかと思います。経済価値ベースのバランスシートが公表されていれば、こうした誤解は起きにくいかもしれません。

とはいえ、現行の保険会計は経済価値ベースのソルベンシー規制導入後もそのままなので、さらに金利が上がり、国内債の含み損が拡大すると、監査人から減損処理を求められるのではないかという懸念はあります。時価下落の原因が信用リスクの増大ではなく、市場金利の上昇だけであれば、オーバーパーの債券でないかぎり「回復見込みがある」と言えそうなものです。どうなのでしょうか。
ただし、解約の可能性をどの程度考えておくべきかという難しい問題はあります。解約返戻金を支払うために、含み損を抱えた国内債の売却を迫られることになるかどうかです。このところ一部で注目されている「ESRの大量解約リスク問題」にも通じるところがあるのですが、経営不安に伴う解約増加の過去データはあっても、金利が上がるとどの程度解約が増えるかという日本の過去データは見当たりません。それに、銀行が預金代替として販売した一時払いの貯蓄性商品と、遺族保障ニーズに応じた平準払いの長期保障性商品では、金利感応度はかなり異なるでしょう。一律に線を引くというのは無理があるように思います。

いずれにしても、メディアの不勉強を責めるのは簡単ですが、金融市場や規制などの経営環境が変わる場面では、とりわけ丁寧な情報開示が必要ではないでしょうか。

※訳あって広島に来ています。

 

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政策保有株式の売却

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1236(2024.6.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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残高ゼロを目指す

保険料調整問題で金融庁から行政処分を受けた大手損害保険グループは、企業保険における歪(いびつ)な取引慣行の一因となっている政策保有株式をなくすと発表し、その決定を株式市場が好感しているようです。
確認のため、3グループの方針を示しておきましょう。

【東京海上】
・政策保有株式を今後3年間で半減させ、2029年度末にゼロにする。
・純投資への単なるラベル替えは行わない。

【MS&AD】
・2029年度末残高ゼロに向け、可能なかぎり前倒しで削減していく。
・資産運用ポートフォリオ最適化の観点から、政策株式の一部を事業投資や純投資へ振替することを検討。

【SOMPO】
・2030年度までに政策株式の保有ゼロを目指し、売却を加速。
・発行体との対話を強化。
・純投資への振替の有無については不明。

売却益は会社価値を高めない

3グループが保有する政策保有株式の時価は、2024年3月末時点で合計9兆円弱、簿価は約1.5兆円なので、売却すると多額の売却益が実現します。つまり、今後数年間は株式売却益によって各社の期間損益がかさ上げされるのはほぼ確実です。売却益を使って株主還元を増やすことができますし、実際、MS&ADとSOMPOは売却益の50%を株主還元すると公表しています。
株式市場がこうした還元強化を好感しているのかどうかはわかりません。とはいえ、理屈からすると、売却益による株主還元が会社価値を高めることはなく、もともと株主資本(純資産)として持っていたものを、税引後で株主に還元していくだけの話です。
いくら会計上の利益が出るからといっても、それで会社価値が高まるというものではありません。

資本効率の向上

それでは政策保有株式の売却は会社価値にどう影響するのでしょうか。
どの事業であっても、会社を経営するには「リスク」「リターン」「資本」の3つをうまくコントロールしなければなりません。資本の出し手は経営者にリターンを求めます。リスクをとらなければリターンは得られません。しかし、リスクをとりすぎた状態で多額の損失が生じると、資本が不足してしまい、事業を続けられなくなるかもしれません。

純投資でも政策保有でも株式を保有すればリスクを抱えることになり、その備えとして資本を持っておかなければなりません。とりわけ政策保有株式の場合、同じだけ資本を使っても株式のリターンを期待しない投資であり、資本効率の低下を招きます。加えて保険会社の場合、2025年度からの新たなソルベンシー規制では、株式保有のリスクに対し、時価の35%の資本(支払余力)の確保を求められます。
株式を売却すれば、リスクに備えて確保していた資本が不要になります。高いリターンが期待できて、かつ、経営者が得意とする分野に新たな投資を行うことが可能です。株式保有リスクが減り、しかも将来の期待リターンが高まるので、会社価値が向上するというストーリーです。
もし、新たな投資を行う分野が見つからないのであれば、不要になった資本を株主に返すのが本筋です。資本はタダで得られているのではないので、現預金などリターンを生まない資産として寝かせておくのは、会社価値を毀損する行為となります。

株主をはじめ、お金を出してくれている外部ステークホルダー(利害関係者)の目線で会社経営を考えるにあたり、今回の「政策保有株式の削減」は優れた教材と言えるでしょう。
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※紫陽花の季節ですね。

 

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生保決算から

生命保険会社の2023年度決算が出そろいました。
ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)関連の開示を増やすなど、経済価値ベースのソルベンシー規制導入を2025年度に控えていることを意識した開示が見られる一方で、ちょっと気になる開示もありました。

主要生保各社は定型の決算資料とともに、補足として説明会・IR資料を公表しています。そこで気になったのが「EV等の金利感応度」です。
例えば、住友生命はIR資料の7ページ「EEVの状況」で、住友生命グループのEEVの推移と増減要因に加え、参考として過去5期分の感応度の推移を棒グラフで示しています。これを見ると、リスク・フリー・レートが50bp低下した場合のEEVの減少額が年々縮小し、2024年3月末時点にはついに小幅増加に転じたことがわかります。つまり、直近時点では、金利が下がってもEEVがほとんど動かないということになります。

それでは住友生命の金利リスクがほぼなくなったのかというと、そうではなさそうです。同じ資料の19ページを見ると、資産と負債のデュレーションギャップが縮小したとはいえ、なくなってはいませんし、20ページには「負債コストを上回る金利水準で、超長期国債等への投資を検討」とあります。
これは、EEVの金利感応度として国内金利だけではなく、海外金利も同時に同じ方向に変化する数字を出していて、たまたま2024年3月末時点では、国内金利の低下によるEEVの減少額と、海外金利の低下によるEEVの増加額がほぼ同じだったということではないかと思います。
同社はこれまでも類似のグラフを出しているとはいえ、公表前にこのグラフを見た関係者は何も思わなかったのでしょうか。国内・海外の内訳がないと、ミスリードを招くとわかりそうなものですが…

参考までに、T&Dホールディングスと明治安田生命、かんぽ生命はEV等の金利感応度を国内・海外の内訳を付けて開示していて、第一生命はIR説明会の資料で国内金利リスクの情報を開示すると思いますが、EEVの金利感応度は住友生命と同じでした。日本生命はそもそもEV等を開示してません。
T&D(太陽生命、大同生命)の決算電話会議資料の19ページを見ると、同じ金利低下でも国内金利だとEVが減少、海外金利だとEVが増加するので、両者を合わせると感応度が相殺されていることがわかります(特に太陽生命)。
外債保有などによって海外金利リスクをある程度抱えているのであれば、内訳の開示は必須です。何のために開示をしているのかという話になります。ESR開示の際には、せめてこの程度の情報は出るものと期待しています。

長くなったので、もう1点だけ短めに。
T&Dホールディングスは先ほど紹介した決算電話会議資料の24ページで、傘下2生保の政策保有株式について「2031年3月末までに業務提携先・協業先を除き残高ゼロを目指す」と示しています。
ただし、同じページの「政策保有株式 縮減実績」を見ると、太陽生命の縮減額の大半は純投資への振替です。25ページの説明によると、「投資効率を最大化するために国内株式を一定程度組み入れる」「資産運用方針や個別銘柄の株価見通し等に基づき資産運用部門で投資行動を判断する」とのこと。振替後の売却実績は簿価ベースで振替額累計の28%だそうです。

これはどういうことなのでしょうか。仮に投資効率の最大化には国内株式を保有するのが正しいとしても、どの程度保有するのがいいと考えているのかを示さなければ、この説明では誰も納得できません。もし、太陽生命が以前から政策保有株式を含めて投資効率の最大化を目指していた、つまり、今の状態が同社にとって投資効率の最大化に近い資産構成なのであれば、純投資に振り替えた後も売却などほとんどできないはずです。そうだとすると、T&Dホールディングスの示す政策保有株式の「残高ゼロ」とは今の状態だということになってしまいます。とはいえ、T&Dホールディングスは(売却率100%を目指すのではないが)株式リスクを削減していくとしています。
「政策保有株式をゼロにする」と「投資効率の最大化には国内株式が必要」を両立するには、政策保有株式をいったん全て売却したうえで、市場で株式を買えばいいのではないでしょうか。純投資を行う投資家にとって、投資効率の議論に含み損益は関係ないはずですから。

いずれにしても、資料と質疑応答ではよくわからなかったので、27日のIRイベントに期待しましょう。

※写真は福岡大学のバラ園です。

 

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