保険商品の特殊性

今週のInswatch Vol.1180(2023.4.10)に寄稿した記事をご紹介します。
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原材料を仕入れなくても販売できてしまう

保険が他の商品と異なる点として、保険会社は事前に原材料を仕入れなくても保険を提供できてしまうということがあります。
例えば自動車メーカーは、事前に原材料である鉄やゴム、ガラスなどを仕入れることができなければ自動車を製造・販売できません。ですから、原材料価格がよくわからない段階で自動車を販売するようなことはなく、あくまで仕入れが先で、販売が後になります。
レストランも同じです。事前に食材を調達しなければ顧客に食事を提供できませんし、食材の価格が上がれば、メニューの値段を上げるのは当然です(もちろんマーケティング上の理由などから、原材料価格の上昇を承知のうえで値段を維持することはありえます)。

ところが、保険会社が保険金を支払うのは将来のことであり、かつ、将来支払う保険金額は販売時点で確定していません(保険事故が起きなければ支払わないこともあります)。このため、事前に原材料を仕入れていなかったり、原材料価格のことを十分に理解していなかったりしても、保険会社は保険を提供できてしまいます。
とりわけ販売競争が激しくなると、販売数を伸ばすために価格競争に陥りやすく、原価割れの危険が高まります。

販売停止となるのはなぜか

保険会社が保険を提供するにも、やはり原材料が必要です。保険は保険事故が生じた際、契約どおりに保険金を支払うという商品なので、特に長期の保険の場合、保険会社は保険料を受け取れば十分というのではなく、金融市場から将来の保険金支払いに備えたキャッシュフロー(無リスク債券)を仕入れる必要があります。加えて、保険会社は将来の保険金支払いの不確実性というリスクも抱えています。
もしも原材料を仕入れる前に金融市場の変動により原材料価格が上がってしまったり、原材料価格の適切な把握に失敗(例えばパンデミックのリスクを過小評価)してしまったりすると、保険会社の経営に深刻な影響を及ぼすこともあります。

保険を販売する皆さんにとって、売れ筋商品の販売停止はできるだけ避けたい事態だと思いますが、保険会社がしばしば保険商品の販売を停止するのにはこうした背景があるからです。すでに提供してしまった保険を無効にはできませんので、販売停止に踏み切ることで、これ以上傷口を広げないようにしているのです。

販売停止も簡単ではない

保険会社の目線に立つと、実のところ販売停止によるリスクコントロールもそう簡単ではありません。
自動車メーカーなら「100台限り」と決めてしまえば、それ以上売ることはありませんし、レストランも「ランチは30食限定」とすれば、原価割れの値付けだとしても、そこで止まります。いずれも事前に原材料を用意していなければ提供できないからです。

ところが同じことが保険では難しいのです。保険会社は顧客への配慮などから、ただちに販売停止という対応ではなく、「○○日で販売停止」とするので、売れ筋商品であれば必ず駆け込み需要が生じてしまいます。引き受け金額の上限を定めていたとしても、前述のとおり、保険は原材料を仕入れずとも販売できてしまうので、結果として上限を大幅に上回ってしまうこともありえます。
日本の例ではありませんが、昨年、台湾の損害保険業界がコロナ関連保険のリスク管理に失敗し、多くの会社が資本不足に陥りました。現地で確認したところ、その一因として売り止め前の駆け込み需要が殺到し、上限コントロールが実質的に機能しなかった点も挙がっていました。

皆さんが取り扱っている保険という商材にはこうした特殊性があることを改めてご認識していただければと思います。

※今回は共著である『経済価値ベースの保険ERMの本質』(金融財政事情研究会)の一部を参考にしました。
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※大学から博多駅や福岡空港が近くなりました!

 

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クレディ・スイス

経営危機に陥り、同じスイスを拠点とするUBSに買収されることとなったクレディ・スイスの報道を見ていると、この銀行の投資銀行部門が荒っぽいビジネスを行うのは30年前と全く変わっていないことがよくわかりました。
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クレディ・スイスでは近年、ブルガリアの麻薬組織によるマネーロンダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職への関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客データのメディアへの大量リークなど不祥事が相次いでいた。
これに加え、破綻した英金融ベンチャー、グリーンシル・キャピタルの創業者レックス・グリーンシル氏や、破綻に至ったアルケゴス・キャピタル・マネジメントとの関係が明らかになったことで、内部統制の甘さが浮き彫りになった。この結果、多くの顧客が同行に見切りをつけ、2022年後半に前例のない規模の顧客流出が進んだ。
2023年3月16日のBloombergより)
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30年前のほうは、一昨年に話題となった『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』にいろいろと記述がありますので、一部を引用しましょう。

「(1999年に不良債権の『飛ばし』スキームについて調べたところ)一番派手にやっていたのがクレディ・スイス・グループだった。(中略)英当局が自慢した収益力の源泉は『飛ばし』の幇助によるものだった」(66ページ)

「クレディは山一や長銀、日債銀など大手の金融機関に売り込む一方、国際証券グループを手足に使って列島の隅々まで『飛ばし』デリバティブを売りつけた」(73ページ)

「二月に入って、三重県信用組合が国際証券の仲介でクレディの『飛ばし』商品を買っていたことが明らかになった。含み損のある7億円余の株式を飛ばしたのだが、それが二十億円以上の損失になって舞い戻ってきて、三重県信組は債務超過に陥った。損失を隠すつもりが、結局、自らの首を絞めることになった」(74ページ)

「(金融庁がCSFPの銀行免許を取り消したことを受けて)クレディ・スイス・グループの社員の多くがこのとき退職を迫られた。だが、儲かる日本を彼らがみすみす見逃すはずはなかった。一部は香港やシンガポール、スイスに散り、日本向けビジネスの捲土重来を期すことになった」(81ページ)

当時のクレディ・スイス・グループの事例では、株主はむしろ執行サイドの食い物にされたというべきかもしれません。支配株主が存在するからといって、株主からの経営への規律付けが働くとは限らないわけでして、とりわけ金融ビジネスでは健全な企業文化を育てることが重要なのだと思います。

※4月ですね!

 

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外資系生保のガバナンス

インシュアランス生保版(2023年3月号第4集)に寄稿したコラムをご紹介します。3月13日にInswatchに寄稿したコラムと同じく、外資系生保のガバナンスについて書きました。
他の視点として、グループの採用する統治スタイル(中央集権型/分権型)も関係してくると思います。
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2013年以降、政府が成長戦略の一環として進めてきた日本のコーポレートガバナンス改革は、主として上場会社を対象にしている。
日本では支配株主を有する上場会社も少なくないとはいえ、総じて言えば、上場会社では所有(株主)と経営が分かれており、経営が株主の期待どおりに行動しないという問題(狭い意味でのエージェンシー問題)を解消するため、社外取締役の活用や指名委員会等の設置など、ガバナンスを強める取り組みを行ってきた。上場会社が取り組むべき行動原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」では、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出には従業員や顧客、取引先、債権者、地域社会といった様々なステークホルダーとの適切な協働が不可欠としているものの、基本的には株主からの経営への規律付けを念頭に置いている。

ところで生命保険業界に目を転じると、株主のいない相互会社は5社に限られる一方、全28社・グループのうち、実に20社・グループが特定の親会社・グループの傘下にあり、支配株主を持たない保険会社の数は少ない。親会社の傘下にある保険会社では、経営は親会社の選んだ経営者が担うので、所有と経営が実質的に分かれておらず、前述のような狭義のエージェンシー問題は生じにくい。
事業会社に比べると、保険会社など金融機関のガバナンスには大きな特徴がある。それは、株主以外からの経営規律が働きにくいことである(規制当局を除く)。事業会社の債権者といえば銀行や社債の投資家だが、保険会社の債権者の多くは契約者であり、単なる顧客ではない。だからこそ、保険会社の経営が破綻してしまうと、契約者が損失を被ることになるのだが、経営危機時を除き、契約者は通常、加入している保険会社経営への関心は低く、情報も劣位にある。

こうした特徴は支配株主の有無とは関係がない。ただし、親会社を持つ保険会社では、親会社である株主からの規律が働きやすいがゆえに、かえって契約者の利益が守られにくい面もあるのではないか。
グループにおける当該事業の重要性によって、子会社の経営に求める管理水準には違いが見られる。例えば、日本の事業がグループの中核を占めるほど重要であれば、子会社の持続的な成長には契約者をないがしろにするような経営は本来ありえないはず。しかし、それほどの重要性がなく、関心も低ければ、グループとしては一定の数字さえ出してくれれば十分であり、そうなると子会社の経営者は求められた数字を出すことに集中する。最近、外資系生保が相次いで行政処分を受けたのは、背景にこのような構図がある。

上場会社や相互会社のガバナンスだけではなく、親会社を持つ保険会社のガバナンスを強めるにはどうしたらいいかも真剣に考える必要がありそうだ。
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※東京の桜もきれいでした。

 

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台北出張メモ

3年ぶりに海外に出かけました。台北への調査旅行です。
出張の成果はどこかで発表するつもりですので、今回は旅の備忘録として何点か記しておきましょう。

出入国

台湾(桃園空港)では入国も出国も非常にスムーズで、コロナ前とほとんど変わりませんでした。
すでに昨年9月末からビザなしでの入国が再開されていて、今年の3月上旬からは入国時の抗原検査義務もなくなりました。
入国後7日目までは自主防疫期間(健康管理期間)となっていて、症状がなければ公共交通機関を使えますし、外食もできます。

他方で、行きの福岡空港での航空会社チェックインと帰りの入国手続きには、それぞれ1時間以上かかりました。
航空会社チェックインは帰国する台湾人が多く、荷物を預けるのに時間がかかっていたようです。保安検査や出国手続きはすぐに終わりました。

福岡空港での入国手続きは、外国人の入国手続きの列がものすごく長くなり、検疫のエリアを超えて伸びてしまっていたため、すべてが滞っていました。
飛行機が空港に到着しても20分くらい機内待機となり、さらに降りてからも1時間近く並びました。せっかくVisit Japan Webサービスで事前に検疫(ファストトラック)の手続きをしていたのに、そこまでたどり着けないのではファストトラックの意味がありません。

マスク着用

台湾でも一部の場所を除き、マスク着用の義務はなくなっていました
(自主防疫期間の渡航者はマスク着用が必要)。
とはいえ、大半の人が屋外でもマスクを着用していました。台湾は暑いので、マスク着用は不快なはずですが、なかなか元には戻らないようです。日本の現状と似ています。

町の賑わい

前回台北を訪れたのは2019年5月でした。今回もMRT(≒地下鉄)に乗り、オフィス街や繁華街を歩き、レストランや夜市にも足を運びましたが、コロナ禍前と賑わいはほとんど変わらないという印象でした。あえて言えば、日本語を耳にすることが少なかったくらいでしょうか
(日本人旅行者も増えてきているようです)。

参考までに、台北では悠遊カード(Easy Card)を入手し、MRTで移動するのが仕事でも観光でもおすすめです。
日本の交通系カードと同じで、チャージしておけば電車やバスに簡単に乗れるほか、コンビニやスタバなどでも使えます。台北にはセブンイレブンやファミリーマートがあちこちにあって、何かと便利です。
MRTはこの10年間で路線網が一段と充実しました。今は環状線を作っているようです。

物価の動向

海外に久しぶりに行くと、物価高に驚くことが多いですよね。しかし、台湾はこの10年間、あまり物価が上がらなかったので、今回もホテル代を除き、値段が高くてびっくり、ということはありませんでした。
もっとも、2022年以降の消費者物価指数は概ね3%台で推移しています。

台湾でありがたいのは、MRTやタクシーなど交通機関の料金が安いことです。MRTの初乗りは約100円ですし、タクシーもちょっとした移動であれば500円くらいで済みます。
食事代も節約できます。レストランではなく、町の食堂に行けば、500円くらいでいろいろなものが食べられます。夜市の屋台も200円から300円くらいのメニューが多いです。

 

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業界団体との意見交換会

金融庁が2月に行った業界団体との意見交換会が公表されています。生命保険協会との「主な論点」は、営業職員の管理に関する記述や保険商品審査事例集の紹介(法人向け保険について)、代理店業務品質評価運営についてなど、全部で14ページもありました(日本損害保険協会は全11ページ)。
生損保共通で「IFRSの任意適用を前向きに検討いただくことを期待している」といった記述も見られます。

この意見交換会は業態別に金融機関の経営者と金融庁の幹部が集まるもので、金融庁の前身である金融監督庁の時代から行っています。2017年1月からは金融庁が提起した主な論点を公表するようになりました。

金融庁の1年」のバックナンバーをもとに業態ごとの開催回数を確認したところ、次のような傾向が見られました。

・主要行と地銀・第二地銀はほぼ毎月実施

・生損保も当初はほぼ毎月だったものが、2010年代に徐々に回数が減り、近年はそれぞれ年5回実施

・証券会社はしばらく年2、3回だったものが、2016事務年度以降は年7回実施

・当初は銀行(信金・信組を含む)、保険会社、証券会社が中心だったものが、近年は投資顧問会社や貸金業、暗号資産取引業など幅広い業態と実施

このところ年75回前後の意見交換会を行っているようなので、複数の幹部が出席していることを踏まえると、金融庁はかなりの労力をかけていることがうかがえます。もちろん、参加する金融機関のほうも、経営者の予定を確保する必要があるので大変です。
もっとも、2020年3月以降は「書面による伝達事項の通知やテレビ会議システムを用いた開催など」とのこと。今となっては対面よりも実施しやすい反面、雑談を含めたちょっとしたコミュニケーションなどは難しいでしょうから、どうしても一方通行の情報伝達になってしまうのではないでしょうか(小グループでの意見交換など、何か工夫をされているのかもしれませんが)。もし続けるのであれば、やはり対面開催が望ましいのでしょうね。

※本日(19日)は大学の卒業式でした。

 

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ガバナンスの死角

今週のInswatch Vol.1176(2023.3.13)に寄稿した記事をご紹介します。保険会社のコーポレートガバナンスに関するものです。
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外資系生保への行政処分

昨年7月のマニュライフ生命保険に続き、金融庁は2月17日にエヌエヌ生命保険に対する行政処分(業務改善命令)を出しました。
本誌2月20日号が報じたとおり、両社への業務改善命令は「節税保険」に関するものです。ただし、金融庁は両社において、保険本来の趣旨を逸脱した商品開発や募集活動そのものだけではなく、これらが経営陣の関与(または黙認・看過)のもとで行われてきたことを問題視しています。背景には営業を優先し、コンプライアンスやリスク管理、内部監査等を軽視する企業文化を醸成してしまったことがあるとも指摘しています。
つまり、不適切な商品開発や保険募集の推進はあくまでも結果であって、根本的な問題は経営管理(ガバナンス)にあるという判断です。

ガバナンス強化に努めていたはずだが

両社の組織形態を確認すると、マニュライフ生命は指名委員会等設置会社、エヌエヌ生命は監査等委員会設置会社でした。
マニュライフ生命は国内の生命保険会社として初めて、2003年7月に委員会等設置会社に移行しました(現在の指名委員会等設置会社)。経営の執行と監督が明確に分離された形態で、従来の監査役会設置会社に比べるとガバナンス強化に有効とされています。しかし、金融庁は「取締役会傘下の監査委員会は基本的な役割および責任を十分果たしていない」などと厳しく評価しました。
エヌエヌ生命も監査・監督機能およびガバナンス強化のため、2016年6月に監査等委員会設置会社に移行しましたが、金融庁から今回、「経営体制の見直しを含む経営管理(ガバナンス)態勢の抜本的な強化」を求められています。
2015年に発覚した東芝の不祥事と同じく(東芝は委員会等設置会社でした)、いくら形式面を整えても、ガバナンス強化につながるとは限らないという事例になってしまいました。

ガバナンスの死角

ガバナンスがうまく機能しなかったのは、外資系の金融機関に固有の統治構造があるのかもしれません。
外資系のように支配株主が存在している会社では、教科書的に言えば、所有(株主)と経営が分かれていないので、経営が株主の期待どおりに行動しないという問題は本来生じにくいはずです。ところが、その事業が現在または将来のグループ利益成長に不可欠というほどの存在ではない場合、グループ本社(または地域統括会社)としては、とりあえず一定の数字(≒利益)さえ出してくれれば十分であり、日本のビジネスモデルがどうなっているか、どうやって業績をあげたか、といったところまでは関心を持たないことも十分ありえます。そうなると経営は株主から評価されるために、株主が求める目先の数字をあげることに集中しがちです。
日本の保険会社でも、例えば、数千億円かけて買収した米国の子会社と、規模が小さく成長性もあまり見込めない海外子会社を、おそらく同レベルの経営資源を使って管理しようとはしないでしょう。

このような構図は保険会社に特有のことではありません。とはいえ、事業会社とはちがい、金融機関の顧客(保険契約者や銀行預金者)は単なる顧客ではなく、金融機関の債権者なので、経営危機の影響を直接受けてしまいます。それにもかかわらず、顧客には通常、自らが保険会社や銀行の債権者であるという自覚はないので、経営への規律付けに多くを期待できません(事業会社の代表的な債権者は銀行であり、規律が働きやすい)。いわば「ガバナンスの死角」というべき状況が生じやすいと考えられます。今回の行政処分のように、監督当局による経営への規律付けが最後の砦となるのかもしれません。
もっとも、金融庁が監督権限を持っているのは日本の保険会社に対してなので、所属するグループの本社や地域統括会社に有効な対応を求めることが実質的にできるのかといった、なかなか悩ましい問題もありそうです。
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※写真は京都のシェアショップ(昼はカフェ、夜はレストラン)です。

 

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出生数半減の衝撃

この20年間で、宮城県を除く東北5県の年間出生数がほぼ半減したという、ショッキングなデータを見ました。
全国平均は2000年⇒2021年で▲32%、東京都だけが出生数をほぼ維持できている(▲5%)という状況です。人口動態リサーチャーとして引っ張りだこのニッセイ基礎研究所・天野馨南子さんのレポートに載っていました。

天野さんはこのところ、合計特殊出生率を地方自治体における少子化対策のベンチマークとする過ちについて、繰り返し述べています。
東京都の出生率は全国で最下位ですが、それは少子化が進んでいるというのではなく、20代前半のほぼ未婚の女性が毎年大量に流入し、出生率の分母となる女性の独身割合が高まるためです。別のレポートで天野さんは、東京への人口集中はどの世代にもまんべんなく起きているのではなく、10代後半から20代までの若者の移動が東京の人口一極集中のすべてであることも明らかにしています。

つまり、地方における少子化とは、既婚女性が子供を産まなくなっていることによるものではなく、地方に住む若い男女(特に女性)が就学や就職の機に地元を離れ、東京に行ってしまうことが原因なのです。そうだとすると、地方の少子化対策として優先すべきは「子育て支援」「婚活支援」ではないのは明らかです。
少なくとも異次元の少子化対策として、全国一律に「子育て支援」を行うような政策は的外れということになりますね。

※写真は同志社大学&同志社女子大学です。

 

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ビジネス教育研究会

大学の同僚のお誘いで、「地方大学におけるビジネス教育研究会」に参加しました。会場は静岡県立大学でした。
この研究会は、主に東京以外の比較的規模の大きい大学で学部生教育を担う教員が、最近取り組んだ授業等の内容を紹介したり、学生の変化について意見交換を行ったりするものです(私の理解が正しければ)。コロナ禍のオンライン開催を経て、久しぶりの対面開催とのことで、当日は7名の先生によるプレゼンテーションがありました。対面開催だと懇親会で続きをやれるので、ありがたいですね。

研究会の内容は基本的にオープンになっていないようなので、私の感想を多少述べてみます。
この3年間といえば、やはりコロナ禍が大学教育に与えた影響を無視できません。単に授業をデジタル化したということにはならず、授業のスタイルも目線も変更を迫られました。
私も講義やゼミの目線をどの水準に置くのがいいのか今でも試行錯誤しているところですが、オンラインだとどうしても標準的なものを提供することになり、面識のない上位層の学生をオンラインでガンガン鍛えるなんてできなかったでしょう。

身近に海外留学や海外旅行の経験者がいないことによる影響についての示唆もありました(ある先生のプレゼン内容の一部として)。もちろん、海外留学にしても何にしても、「誰かが行くから私も!」「僕も!」というものではないでしょう。しかし、身近に経験者がいなければ、そもそも「海外」が選択肢に入ってこないおそれがあります。知らないことは選びようがありません。
海外に限らず、学生時代における各種の経験の少なさは、コロナ禍の大きな弊害と言えるかもしれません。まあ、多くの学生がかなりの時間をスマホでの動画視聴やゲーム、あとはアルバイトに費やしているのは、コロナ禍とは関係ないでしょうけど、意識の高い上位層(という表現が適切かどうかはともかく)には、気の毒だったと思ってしまいます。

※静岡といえばお茶とウナギですね

 

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生保の外債売却

2月21日の日経新聞「生保、損失覚悟の外債売却(有料会員限定)」で報じられていたように、昨年10-12月期に大手生保による外国公社債の売却が行われたことが決算データからも確認できました。ただし、細かく見ると大手5社(日本、第一、住友、明治安田、かんぽ)の動きは必ずしも一様ではなかったようです。

まず、外国公社債の残高が減少に転じた時期は、第一生命が2020年10-12月期あたりからだったのに対し、日本生命は昨年4-6月期から、住友生命とかんぽ生命は7-9月期から、明治安田生命は今回初めてと、会社によって違いがあります。
明治安田生命は銀行窓販チャネルによる外貨建一時払保険の販売増加が影響している面もありそうです。同社は四半期ごとに期末のヘッジポジションを公表していて、今年度に入ってからヘッジポジションが減り続けています(解約返戻金も高水準で推移しています)。

そして、10-12月期に各社とも外国公社債の残高を大きく減らしたものの、日本生命と住友生命、かんぽ生命の減少幅が7-9月期を大きく上回ったのに対し、第一生命は高水準とはいえ7-9月期ほどは残高が減っていません。第一生命HDのIR資料によると、為替ヘッジ付き外債の残高は今後も削減方向とのことで、5月にも確認してみましょう。
日本生命と住友生命もおそらく為替ヘッジ付き外債を売却したのだと思いますが、残念ながら12月期決算ではそこまでの開示がありません。

外国公社債を売却した資金はどこに向かったのでしょうか。全般としては責任準備金対応債券区分の国内公社債を増やしているように見えます。もっとも、このところ日本生命はその他有価証券区分の国内公社債の増加が目立ち、住友生命は10-12月期に限れば現預金が増えています。第一生命が10-12月期に20年超の国債を増やしたことはIR資料でわかるのですが、他社の金利リスクへの対応状況は5月の決算発表で確認できることを期待しています。

※写真は横浜・大倉山の梅林です。

 

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「実質純資産額」がさらに減少

生命保険会社の2022年4-12月期決算が大半の会社で公表されたので、実質純資産額(実質資産負債差額)がどうなったのか確認してみました。といっても、そもそも非公表の会社も多いので、公表されているソルベンシーマージン総額から推計するしかないのですが、昨年9月末よりもさらに減少した会社が多く、マイナスとなっている会社もいくつかあるようです
(TDF生命、あんしん生命、MSA生命はマイナスとなった数値を公表しています)。

昨年9月末と比べると、減少の要因は海外金利や為替ではなく、国内金利が上昇した影響が大きかったとみられます。とりわけ、株式や外国証券でリスクテイクをあまり行わず、保険負債の金利リスクヘッジのために多額の超長期国債を保有している会社で、実質純資産額(推計値を含む)が大きく減っています。

生保決算に関する日経報道でも、「純資産額、一時マイナスに(2月15日)」「生保10社、国内債含み損(2月16日)」と、国内金利の上昇による影響に注目しています。
ただし説明として、

「生命保険会社は満期まで債券を持ちきることが多く含み損を抱えても実際の損失として表面化する事態は限られる。『責任準備金対応債券』と呼ばれる会計上のしくみを使えば、保有する債券を時価評価しなくても済む」

「金融庁は一般論としたうえで『実質純資産額がマイナスでも健全性が確保されていれば問題はない』としている」

としか書いていないので、記者さんにはそのような意図がないとしても、含み損を抱えたままなのは不健全だとか、かつての生保危機時に大蔵省が「問題はない」と言っていたけど大本営発表だった、なんてことを読者が思ってしまうのではないかと心配になります
(SNSでそのようなコメントをいくつか目にしています)。

こうした「偽りの経営不安説」がくすぶってしまうのは、つまるところ資産サイドだけを時価評価して、固定金利を保証している保険負債を概ね取得原価で評価しているためです。本当は国内金利の上昇で資産価値が減った以上に負債が小さくなっているので、実質的には純資産は増加しています。
例えば、第一生命グループのEVは海外金利の上昇というマイナス要因があったものの、昨年3月末とほぼ同じ水準ですし、T&DグループのEVは米国再保険事業の評価性損益を除けば、3月末を上回っています。
(EVは生保の企業価値を示す指標とされています)

実質的には純資産が増えたにもかかわらず、会計や規制が保険負債の時価変動を反映しないので、規制上の「実質純資産額」が減少し、資産価格の低下だけに注目が集まる結果となり、生保の経営者が余計な風評にさらされかねないという状況にあります。
このまま放置しておいていいのでしょうか。

※東京・日比谷です。

 

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