2024年 5月 の投稿一覧

生保決算から

生命保険会社の2023年度決算が出そろいました。
ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)関連の開示を増やすなど、経済価値ベースのソルベンシー規制導入を2025年度に控えていることを意識した開示が見られる一方で、ちょっと気になる開示もありました。

主要生保各社は定型の決算資料とともに、補足として説明会・IR資料を公表しています。そこで気になったのが「EV等の金利感応度」です。
例えば、住友生命はIR資料の7ページ「EEVの状況」で、住友生命グループのEEVの推移と増減要因に加え、参考として過去5期分の感応度の推移を棒グラフで示しています。これを見ると、リスク・フリー・レートが50bp低下した場合のEEVの減少額が年々縮小し、2024年3月末時点にはついに小幅増加に転じたことがわかります。つまり、直近時点では、金利が下がってもEEVがほとんど動かないということになります。

それでは住友生命の金利リスクがほぼなくなったのかというと、そうではなさそうです。同じ資料の19ページを見ると、資産と負債のデュレーションギャップが縮小したとはいえ、なくなってはいませんし、20ページには「負債コストを上回る金利水準で、超長期国債等への投資を検討」とあります。
これは、EEVの金利感応度として国内金利だけではなく、海外金利も同時に同じ方向に変化する数字を出していて、たまたま2024年3月末時点では、国内金利の低下によるEEVの減少額と、海外金利の低下によるEEVの増加額がほぼ同じだったということではないかと思います。
同社はこれまでも類似のグラフを出しているとはいえ、公表前にこのグラフを見た関係者は何も思わなかったのでしょうか。国内・海外の内訳がないと、ミスリードを招くとわかりそうなものですが…

参考までに、T&Dホールディングスと明治安田生命、かんぽ生命はEV等の金利感応度を国内・海外の内訳を付けて開示していて、第一生命はIR説明会の資料で国内金利リスクの情報を開示すると思いますが、EEVの金利感応度は住友生命と同じでした。日本生命はそもそもEV等を開示してません。
T&D(太陽生命、大同生命)の決算電話会議資料の19ページを見ると、同じ金利低下でも国内金利だとEVが減少、海外金利だとEVが増加するので、両者を合わせると感応度が相殺されていることがわかります(特に太陽生命)。
外債保有などによって海外金利リスクをある程度抱えているのであれば、内訳の開示は必須です。何のために開示をしているのかという話になります。ESR開示の際には、せめてこの程度の情報は出るものと期待しています。

長くなったので、もう1点だけ短めに。
T&Dホールディングスは先ほど紹介した決算電話会議資料の24ページで、傘下2生保の政策保有株式について「2031年3月末までに業務提携先・協業先を除き残高ゼロを目指す」と示しています。
ただし、同じページの「政策保有株式 縮減実績」を見ると、太陽生命の縮減額の大半は純投資への振替です。25ページの説明によると、「投資効率を最大化するために国内株式を一定程度組み入れる」「資産運用方針や個別銘柄の株価見通し等に基づき資産運用部門で投資行動を判断する」とのこと。振替後の売却実績は簿価ベースで振替額累計の28%だそうです。

これはどういうことなのでしょうか。仮に投資効率の最大化には国内株式を保有するのが正しいとしても、どの程度保有するのがいいと考えているのかを示さなければ、この説明では誰も納得できません。もし、太陽生命が以前から政策保有株式を含めて投資効率の最大化を目指していた、つまり、今の状態が同社にとって投資効率の最大化に近い資産構成なのであれば、純投資に振り替えた後も売却などほとんどできないはずです。そうだとすると、T&Dホールディングスの示す政策保有株式の「残高ゼロ」とは今の状態だということになってしまいます。とはいえ、T&Dホールディングスは(売却率100%を目指すのではないが)株式リスクを削減していくとしています。
「政策保有株式をゼロにする」と「投資効率の最大化には国内株式が必要」を両立するには、政策保有株式をいったん全て売却したうえで、市場で株式を買えばいいのではないでしょうか。純投資を行う投資家にとって、投資効率の議論に含み損益は関係ないはずですから。

いずれにしても、資料と質疑応答ではよくわからなかったので、27日のIRイベントに期待しましょう。

※写真は福岡大学のバラ園です。

 

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日本の保険行政

空港の売店で朝日新聞記者の柴田秀並さんの新著『損保の闇 生保の裏』を見つけました。
副題に「ドキュメント保険業界」とあり、ビッグモーター問題に多くの紙面が割かれていますが、目にとまったのが次の記述です。

「金融庁による金融機関へのモニタリングの意義は『リスクの芽を摘むこと』にある。大炎上してから動くのは『敗戦処理』にすぎない」(110ページ)

「金融庁内での保険課の立ち位置は微妙だ。(中略)局長クラスで『銀行のことは詳しくないので』と言ったら金融庁幹部として失格だが、『保険は知らないので』とは言えてしまう風潮が漂う。筆者もかつて保険担当の審議官にこう言われ、面食らった記憶がある」(200-201ページ)

念のため申し添えておくと、私の取材コメントではありません(笑)。とはいえ、当局による保険会社および代理店への実効的な検査・監督を確保するには、今の体制では不十分ではないかと私も思います。

同じような問題意識をIMFも持っていることが示されています。5/14公表の「金融セクター評価プログラム(FSAP)最終報告書」の47ページには、日本の保険監督について、全体的に良好な水準としたうえで、次のような記述が見られます(植村意訳)。

「金融庁の保険監督アプローチは資源の制約のため事後対応となっていることが多い」
「ほとんどの監督は業界全体としてテーマになっていることについて実施され、個社の定期的なリスクアセスメントがなされていない」
「集中的な監督は総じて問題が特定されていることについて、それも多くはリスクが顕在化してから行われる」

そういえば日本金融学会での長官講演(5/18、埼玉大学)でも「損保問題」はスルーされてしまい、がっかりしました。

※週末は東京でした。

 

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日本の保険会社による海外M&A

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1232(2024.5.13)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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韓国保険学会が創立60周年を迎え、日本保険学会を代表するかたちで記念大会に参加し、スピーチをしてきました(5月10日)。日本保険学会と韓国保険学会の関係も50年前から続いているそうで、改めて日韓の近さを感じました。

保険会社のM&Aについて講演

私の講演テーマは「日本の保険会社のM&Aについて」。これは韓国保険学会からのリクエストに応えたものです。
韓国でも少子高齢化が進み、国内市場の将来的な縮小が見込まれるなかで、近年の日本の保険グループによるM&Aを通じた積極的な事業ポートフォリオ見直しに非常に関心があるとのことでした。そこで、日本の保険会社による主な海外M&Aを紹介したうえで、大手損害保険グループのM&Aを通じた海外保険事業(特に先進国市場)の拡大について、次の4つの背景が考えられるという話をしました。

・将来的に国内市場の縮小が見込まれる
・海外再保険会社に頼らずに保険引受リスクの分散ができる
・高い信用力を活用できる
・株主からの資本有効活用への強い期待に応える

海外M&Aのほか、近年では介護事業など、M&Aによる異業種への進出も目立つという話も紹介しました。

なぜM&Aなのか

うれしいことに、講演後には多くの質疑応答がありました。そのなかで特に印象に残った質問は次の2つです。
1つは、「海外に子会社を設けるのではなく、なぜ買収による事業拡大なのか?」という質問です。あくまで私の考えではありますが、簡潔に言えば「時間をお金で買った」という趣旨の説明をしました。
過去の成功事例として、損害保険会社による子会社方式での生命保険事業進出を振り返ってみても、損保の顧客基盤や販売網などを活用できたにもかかわらず、一定規模となるにはかなりの時間を要しています。他方で韓国の大手保険会社による海外M&Aは新興国が中心なので、グループへの利益貢献が非常に小さいとのことでした。
ちなみに、講演のなかではM&Aの失敗事例の話もしています。

純投資なのか事業投資なのか

もう1つは、「海外M&Aの目的は純投資なのか、それとも事業による利益獲得をねらったものか」という質問です。
私の考えでは後者、つまり、事業による利益獲得をねらったものという回答になります。純投資であれば、ある保険会社1社に多額の資金を投じるよりも、同じ金額を使って多数の保険会社に投資したほうが、同じ期待リターンでもリスクは小さくなります(ポートフォリオ理論ですね)。
それでも特定の会社に投資をするというのは、国内中心の事業展開から脱却したほうが将来的にグループ全体としての価値を高めることができるという経営判断が、どこかの時点であったはずです。さらに、自らが大株主となることで、買収先の価値をこれまで以上に高めることができるという期待もあるのでしょう(プレミアムを支払ってまで買収しているので)。

ただし、ここで問題になるのが相互会社の場合です。純投資であればまだ理解できるとしても、成長が期待できるからといって海外の保険会社を買収し、グループとして非社員契約を増やしてしまうのは、契約者が会社の構成員(社員)となっている相互会社のあり方として適切なのかという疑問が生じます。また、株主と相互会社の社員では、経営陣への期待(リスクのとり方など)も異なると考えるのが妥当です。
おそらく質問者にそこまでの意図はなかったでしょうが、これはいい質問だと思いました。
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※韓国の鉄道博物館に行きました。

 

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夢の共演!?

6月22日開催の「RINGの会オープンセミナー」に登壇するという話を4月21日のブログでご案内しましたが、週刊東洋経済の中村正毅記者に加え、週刊ダイヤモンドの藤田章夫記者もお迎えして、3人で損保問題について鼎談することになりました。

東洋経済の中村記者は早くからビッグモーター問題やカルテル問題に注目し、SOMPOホールディングスの調査報告書にもX社として掲載されたほか、最近も損保業界の取引慣行に関する記事を発表しています。
ダイヤモンドの藤田記者は保険業界に長くかかわり、毎年の保険特集を楽しみにしている業界人も多いと思います。今年の特集は「保険 vs 新NISA」という意表を突いたものでしたが、読むと納得の企画でした。

オープンセミナーの参加者は主に保険代理店と保険会社の役職員なので、お二人とも、もしかしたら敵地に乗り込むような気持ちかもしれません。
とはいえ、損保問題について客観的な立場から話ができる貴重な方々ですし、長く保険業界をウォッチしているだけあって、単なる批判では終わらない深みがあります。
当日は3人で大いに語りたいと思いますので、ぜひ横浜のセミナー会場でお会いしましょう。私も今から楽しみです。

※ソウルで鰻を食べました!

 

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裁判官の独立性

4月からNHKの朝ドラ(朝トラ?)を楽しく観ています。
今週(4/29-5/3)は、その前の週の楽しそうなキャンパスライフから一転し、主人公の父が大物政治家による陰謀(共亜事件)に巻き込まれてしまい、主人公たちが恩師とともに裁判で闘うという話でした。

(以下、ネタバレあり)
この事件は実際に1934年に起きた「帝人事件」をモデルにしています。帝国人造絹糸株式会社の株式売買をめぐる汚職疑惑で大蔵省の高官や帝人の社長、台湾銀行の頭取などが次々に逮捕・起訴され、内閣総辞職にまで発展しました。保険関係では富国徴兵保険の支配人だった小林中さんも検挙されています。
しかし、裁判で検察による過酷な取り調べと自白の強要が明らかになり、起訴された被告16名は全員無罪となりました。判決で裁判官は「検事の主張の虚構なること、水中の月影を掬するがごとし」と検察を強く批判しました(ドラマにも同じセリフが出てきましたね)。
大日本帝国憲法のもとでも司法権は行政権から独立していて、帝人事件では裁判所が機能したと言えそうです。

ただし、調べてみると、当時の裁判官は司法大臣(現在の法務大臣)の監督下にあって、司法大臣が裁判官の人事権を持ち、裁判官も検察官も同じ司法官僚として扱われていたそうです。ですから、ドラマの共亜事件で全員無罪となったのは、桂場さんたち裁判官が政府や検察の圧力に屈することなく、相当がんばった結果だということがわかりました。

ちなみに現在の裁判官(最高裁判所を除く)は、最高裁の指名名簿に基づいて内閣が任命することになっていて、さすがに法務大臣の監督下ではありません。

※写真は裁判所ではなく、横浜・大倉山記念館です。

 

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