2024年 12月 の投稿一覧

火災保険のモニタリング高度化

12月24日に金融審議会「損害保険業等に関する制度等ワーキング・グループ」報告書が公表されました。
すでに12月10日のブログ「損保WG報告書案が判明」で触れているので、それとは別の観点から2つコメントします。

1つは保険業法だけではなく、「改正金サ法」(2023年に改正された「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」)や「顧客本位の業務運営に関する原則」に関する記述が盛り込まれていることです。
金融審の市場WGでは主に家計における資産形成を念頭に議論が進められ、実際、WGのオブザーバーに損害保険関係の業界団体は入っていませんでした。しかし、今回の報告書を読むと、「保険募集人全般においてもその(=顧客本位の業務運営の)定着が望まれるところであるが(後略)」「改正金サ法により、保険募集人を含む全ての金融サービス提供事業者に対し、顧客等の最善の利益を勘案して誠実かつ公正に業務を遂行する義務が明記されたことも踏まえ(後略)」と、損害保険代理店でも顧客本位原則の採択が当然視されています。

もう1つは、火災保険の赤字構造の改善等のところで、リスクに応じた適切な保険料の設定等が確保されるための態勢をモニタリングしていくとあるのですが、報告書ではそもそも「あるべき姿」としてどのような態勢を念頭に置いているのか気になりました。
21ページの注記には、モニタリング高度化の具体例としていくつか書いてありますが、かなり漠然とした内容です。第1線の営業部門・業務部門による引受規律を期待しているのか、あるいは第2線のリスク管理部門の機能に期待しているのかなども気になりますし、リスクベース・プライシングなのに「資本コスト」「再保険」といった記述が出てこないのも不思議です。
さらに言えば、仮に態勢ができていたとしても、実行されているかどうかを外部からモニタリングするには、かなりの専門性が必要となるように思います。

※今年は飛行機によく乗りました。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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今年の卒論から

11月下旬から12月中旬にかけて学生の論文や報告資料の確認に追われる日々が続き、ようやく一段落しました
(福岡大学商学部の卒業論文は12月中旬が提出期限なのです)。

今年の卒論で興味深かったものを2つ紹介しましょう。

1つは保険会社によるBCP策定支援サービスに関するものです。火災保険の赤字が続くなかで、保険会社はリスク移転の手段として保険を提供するだけではなく、リスクそのものを軽減するサービスの提供に力を入れていると言っているので、実際に自然災害の影響を受けた九州のある地域の中小企業数社を調べてみたところ、BCP策定支援サービスはほとんど普及していなかったというものです。
火災保険の収支改善には料率引き上げだけではなく、リスク軽減策との組み合わせが有効なはずですが、何らかの理由によって、現場ではそれほど進んでいないのかもしれません(=最後は私の感想です)。

もう1つは大学経営に関するものです。私立大学の支出の大半は人件費と教育研究経費なので、収支改善のために支出を減らすと「教育の質」が落ちると考えたのですね。そこで現役の学生(3年生または4年生)が大学の教育に何を期待しているかを調べたところ、そもそも学習意欲の高い学生はあまり多くはなく、入学当初から、あるいは入学後しばらくしてから講義内容よりも単位取得の容易さを優先していることがわかったというものです。つまり、多くの学生は「教育の質」を求めていないということになります。
入学の時点で学ぶ意欲がなければ、それを現場の教員が変えるのは簡単ではありません。ただし、入学後しばらくして学習意欲が下がってしまう学生が多いのであれば、こちらは工夫のしようがありそうです(=最後は私の感想です)。

※写真は博多駅のイルミネーションです。

 

※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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関東部会で報告しました

13日(金)に開催された日本保険学会・関東部会で「ソルベンシー規制『第2の柱』の実効性に関する考察」を報告しました。
当面の間、学会サイトで報告レジュメをご覧いただけます。

今回の報告は、IMFが概ね5年に1回行っている金融セクター評価プログラム(FSAP)の保険行政に関する報告書から、日本の保険行政(特に健全性政策)の現状をつかもうというものです。
2024年のFSAP報告書は日本の保険行政についてかなり辛口な評価となっているのですが、報告書の記載をそのまま鵜吞みにするのではなく、すでに2011年に経済価値ベースのソルベンシー規制を採用し、進んだ保険行政とされるスイスと、日本のように長期固定利率商品が多いドイツのFSAP報告書と比べたり、日本の保険会社(大手・中堅7社)へのヒアリングを実施し、FSAP報告書の記載を確認したりしました。
ただし、報告まで時間がなかったため恥ずかしながら未完成のところもあり、論文として出すまでには完成度を高めるつもりです。

金融庁の保険行政を批判するのが本研究の目的ではなく(現場の皆さんは多くの制約のなかで職務に尽力されています)、新たな健全性規制の導入を契機として、少しでも「あるべき方向」に向かうにはどうしたらいいかを考える材料を提供できればと考えています。

※今年の秋は短かったですね。

 

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損保WG報告書案が判明

少し遅くなりましたが、保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1260(2024.12.09)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
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日経新聞にコメント掲載

報告書案の概要は金融庁のサイト、あるいは本誌をはじめ報道等でご覧いただくとして、ここでは6日付の日本経済新聞に載った自分のコメントについて解説したいと思います。
紙の新聞に載ったコメントは次のとおりです。

(企業向け保険の問題について)福岡大学の植村信保教授は「企業の意識が変わらなければ取引慣行も変わらない」と指摘する。

電子版のほう(会員限定)にはもう1つコメントが載っています。

(損保会社に加え、大規模代理店への監督を強める方針について)植村氏は「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」と話す。

取引慣行を変えるチャンス

ご想像のとおり、取材の際にこの2つしか話さなかったということではありません。紙面の制約もありますし、むしろボツにならなくてよかったと前向きにとらえています。大学の宣伝になるかもしれませんので(笑)
そのうえで、記者さんにお伝えした内容を簡単にご紹介します。

そもそものご質問は、当然ながら「今回の制度改革が損害保険市場や業界を変えることにつながるか」でした。そこで、全体としては前向きにとらえていることを伝えました。保険金不正請求事案にしても保険料調整行為事案にしても、もちろん起きてはならないことです。ただ、両事案が明らかになったことで、かつての規制時代に形成され、その後も温存してきてしまった「いびつな取引慣行」から損保業界が脱却する絶好のチャンスとなっていることは間違いありません。
それぞれの施策がどの程度の実効性を持つかどうかは今後の制度設計によるところが大きいので、あまりコメントしませんでしたが、大規模乗合代理店への規制・監督の強化や保険契約者等への過度な便宜供与の禁止など、改革の方向性は理解できるところです。

改革案に盛り込まれていないこと

そのうえで、今回の制度改革案には必ずしも盛り込まれていないように見える3つの点をお話ししました。
1つめは、企業のリスクマネジメント意識を変えることにつながるような対策がほしいという点です。リスクマネジメントの一環として保険購入があるという当たり前のことを企業経営に理解してもらうには、どうしたらいいのでしょうか。
2つめは、「金融当局のリソース不足も大きな壁になっている」というコメントのとおりです。
3つめは、火災保険の赤字構造の改善について、もう少し踏み込んだ議論をしてほしかったという点です。グループとして、リスク管理の進化形と言われるERM経営を標榜していた損保会社が、現実にはリスクに応じた適切な保険料を顧客に提示できなかったのはどうしてなのでしょうか。これに対し、金融庁による「態勢整備状況のモニタリングを高度化していく必要がある」とありますが、これまでのモニタリングをどう変えていくのか、外部からは全くわかりません。
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※今年のRIS2024も大盛況でした。

 

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予定利率の引き上げ

報道のとおり、日本生命が2025年1月から、平準払いの終身保険や個人年金保険の予定利率を約40年ぶりに引き上げると発表しました。日経報道によると、富国生命も終身保険で予定利率を引き上げる方針とのこと。
背景には、今後の超長期金利が1%を割りこむようなことはもうないだろうという判断と、これまでの内部留保や資本増強などで健全性の面でも不安がないという判断があるのだと想像しますが、実際のところ、どのような議論があったのか興味深いです。

例えば、日本生命が公表している内部管理上の連結ESRは227%と、リスク量の2倍を上回る支払余力を確保しています。富国生命のESRも250.5%とのことです(いずれも2024年9月末)。
拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』でも書いたように、ESRは高ければ高いほどいいというものではありません。相互会社の社員(契約者)は株式会社の株主よりも破綻リスクへの許容度が低いとしても、破綻リスクを極力減らすために支払余力の拡大を続ける経営を求めているとは考えにくいです。なぜなら、同じ保険市場に株式会社と相互会社があるなかで、相互会社の存在意義は、株式会社よりも実質的に安い保険料(契約者への配当還元を含む)で保障を提供することにあるからです。
予定利率の引き上げは今後獲得する新契約に適用されるものなので、既契約者(特に近年の低い予定利率の契約者)への還元についてどのような議論がなされたのか、外部に示してほしいところです。

主要生保の4-9月決算を確認すると、貯蓄性商品の動向でわかりにくいものの、保障性商品をはじめ各社が主力とする商品の販売は引き続き低調だった模様です。おそらくコロナ前の水準を回復できていないのではないでしょうか。
そのようななかでの利率引き上げという判断が、単に営業現場の要請を受けて、あるいは営業現場のてこ入れを主眼としてなされたとしたら、何とも寂しいかぎりです。

※福岡と東京・横浜の湿気の違いにびっくりです。

 

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