卒論はコスパが悪い?

大学の教員になって早くも5年になります。年度末にかけて自分のところでちょっとがっかりすることがあったのですが、どうやら自分だけではなく、全国的な現象ではないかと思える記事がこちら(卒論はコスパが悪い)に出ていました。

大学生(特に文系)にとって、必修かそうでないかにかかわらず、卒論を書くことはある種の特権だと考えています。たくさんの調べ学習をしたうえで、自分で問いを立てて(これが一番難しい)、またまた調べ学習をしたうえでデータ(できればオリジナルのもの)を集め、他人が納得するような答えを見つけだす(見つからないかもしれません)という経験は、単に知識を詰め込むよりもはるかに社会に出てから役に立ちます。それを「就活のため」「資格取得のため」、あるいは、単位がそろったので、もう取る必要がないといった理由で放棄してしまうのは実にもったいない話です。
でも、目先に就職を控えた学生には、そのことがわからないのでしょうね。弁護士や会計士のように資格がないとその仕事に就けないというのであれば別ですが、まとまった時間が取れる学生時代にどのような頭の使い方をするかは、将来を左右すると思うのですが。

とはいえ、教員としてできるのは機会を提供することと、一緒になって考えることくらいしかなく、やりたくないという学生を無理やり引き留めても仕方がないとは思っています。
他方で新卒採用する会社には、せめて採用活動後には、内定者を研修と称して平日に何度も呼び出したり、XX検定などの資格取得を在学中に求めたりしないでほしいです。

(今回はこの問題について社会としてどうすべきかどうかは論じていません)

※源光庵・悟りの窓です。悟りには程遠いですが。

 

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変額保険は買いか?

3月17日発売の週刊ダイヤモンドは保険特集「保険大激変」でした。
しばらく前から、ネット(ダイヤモンド・オンライン)で記事をアップしてから紙媒体で掲載という形になっていましたが、いよいよ4月から紙媒体の書店売りがなくなるそうです。時代の流れを感じます。

このところの変額保険ブーム?を踏まえ、特集の「Part 1」のトップは変額保険に関する記事でした。
私は現在の変額保険人気についてやや懐疑的に見ていまして、死亡保障として売るのであればともかく、資産運用商品としての加入者にとってのメリットは相続関係だけではないかと思ってしまうのですが、激論!変額保険「推進派vs否定派」という覆面座談会の記事を読んでも、推進派のおっしゃるメリットがよくわかりませんでした。
例えば、「変額保険の運用は、証券会社で口座を開設して自分で投資信託を買って運用するよりも優れていることもある」とありました。しかし、そのような客観的なデータがあるのでしょうか。「膨大な数の投資信託の中から良いものを選ぶのは、とてもハードルが高い」のはそうだとしても、だから選択肢が絞られている変額保険がいいという結論になるのは、やや議論に飛躍があるように思いました。
最近の変額保険の新商品は、保険料払込免除(P免)特約が充実していたり、告知が不要だったりする傾向にあるのですね。もっとも、保険会社はP免特約を賄う保険料を設定しているでしょうし、告知不要への対応もしている(そうでないと認可が下りないと思います)ので、そのぶんだけ資産運用商品としての魅力は削がれているはずですよね。
こうしたことをあれこれ考えるきっかけになる、時宜に合ったいい企画だったと思います。

覆面座談会といえば、代理店に出向している損保会社社員(転籍者を含む)による座談会記事も興味深く読みました。
「出向の場合は、だいたい損保会社に給与の4割程度を負担してもらえますが、転籍させるとそれはなくなる」「以前は出向元から『自社の契約を増やすように営業して、シェアアップを目指せ』と言われていました」なんて発言もありました。
今回問題となったのは乗合代理店ですが、専属代理店のあり方についても見直しが必要なのでしょうね。

※今年も学位記を渡すことができました。

 

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あれから25年&30年

あれから25年というのは、2000年3月8日に中目黒駅の近くで起きた日比谷線の脱線衝突事故で、あれから30年というのは、1995年3月20日のオウム真理教による地下鉄サリン事件です。
私は東京勤務の時は東急東横線と地下鉄日比谷線をよく使っていて、どちらの事件もギリギリのところで巻き込まれずに済んだという経験をしています。

地下鉄サリン事件が発生した1995年当時、私は茅場町のオフィスに毎朝8時ころ出勤する生活をしていました。しかし、この日はなぜか1つ前の八丁堀駅で電車が動かなくなってしまったので、そこからオフィスに向かいました。何となく周りが騒然としていたとはいえ、好奇心旺盛の私でも様子を見に行こうとは考えなかったので、それほど異常な事態が起きているとは現地では全くわからなかったのでしょう。
もっとも、いま思えば、様子を見に行かなくてよかったですよね。自分が乗っていた車両ではなかったようですが、車内に毒ガスがまかれたのですから。
なお、以前のブログで事件当日の聖路加国際病院の奮闘について取り上げていますので、よろしければこちらもご覧ください。

日比谷線の脱線衝突事故では、事故にあった車両に乗っていた乗客5人が死亡しました。事故が起きたのは9時ころで、中目黒駅に入ってくる列車の一番後ろの車両が脱線し、はみ出したところに、中目黒駅を出発した列車が通りかかり、途中の車両がぶつかってしまいました。
当時の勤務先は確か人形町で、私は5年前のような早起き生活ではなかったので、ニアミスとなってしまいました。当時まだ走っていた東横線から日比谷線に直通する電車に乗っていたところ、2つ前の学芸大学駅で動かなくなりました。幸い座席を確保していたので、会社でやろうと思っていた原稿チェックを車内でしていたのですが、事故が発生したという車内アナウンスがあるだけで、何が起きているのかさっぱりわかりませんでした。ただし、そのうちヘリコプターが何台も飛んできたので、どうやら普通の事故ではなさそうだとは思いました。
2時間くらいたってようやく電車が動き出し(日比谷線は不通でしたが、東横線が再開)、中目黒駅を出たところで事故車両が見えましたが、反対側だったのでよくわかりませんでした。しかし、帰りに同じ場所を通ったら、ある車両の側面だけがめちゃくちゃに壊れていて、これにもびっくりしました。

こうした事件・事故をメディアが節目の時に取り上げるのは、意味があることだと思います。
リスクをゼロにはできませんが、リスクマネジメントに関わる者として、過去に起きた事件・事故から学ぶことはたくさんあると考えています。

※京都・曼殊院の盲亀浮木之庭です。

 

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保険の面倒くささ

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1272(2025.3.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
今週は諸般の事情により京都に滞在しています。北野天満宮の梅がきれいでした。
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ネット保険の普及に時間がかかっている

ネット経由の保険販売は徐々に拡大しているとはいえ、まだ広く普及しているとは言えません。自動車保険ではようやく1割程度のシェアに達したところですし、生命保険・医療保険のネット販売は全体の1割未満です。
加入時にネットで情報を得た人は多いのではないかと思いきや、生命保険文化センターの調査によると、生命保険・医療保険加入時の情報入手先(複数回答可)として「ホームページ」を挙げた人は、たったの6%でした。

自動車保険に関して言えば、「1割程度」というのは収入保険料で比べたものなので、仮にネット経由の単価が代理店経由よりも平均して3割安く、かつ、自動車保険市場の4分の1が企業向けだとすると、実質的にはすでに2割程度のシェアと見ることもできます。情報入手先の「6%」も、保険会社や保険比較のサイトにアクセスしなかっただけで、ネットで保険関連の情報に接した人はもっと多いかもしれません。
とはいえ、前向きに表現したとしても「普及に時間がかかっている」のは確かです。

保険の検討は面倒くさい

あくまで個人的な見解になりますが、価格が明らかに安いにもかかわらず代理店経由からダイレクトへのシフトが徐々にしか進んでいないのは、保険を検討する「面倒くささ」が影響しているのではないかと考えています。
例えば、顧客が最初に自動車保険に加入しようとするのは、自動車を購入するときです。しかし、顧客がディーラーで積極的に検討したいのは自動車そのものであって、自動車保険を詳細に検討したいという人は少ないでしょう。そこで多くの人はディーラーに勧められるまま保険に加入するのが一般的でした(今後はどうなるでしょうか?)。
1年後の満期更改は顧客にとって自動車保険を見直すチャンスです。ところが保険は投資商品などとはちがい、ニーズがネガティブなので、どうしても検討するのが面倒くさいと感じてしまいがちです。
さらに生命保険や医療保険では、加入の必要性を頭のどこかで認識していても、それを行動に移すのは面倒くさいことだと思います。

「面倒くささ」をどう克服するか

早稲田大学の星野明雄先生は著書『保険商品開発の理論』のなかで、保険の面倒くささには、「必要だと感じていても、今はやりたくない」という心理的なわずらわしさと、「契約に必要な情報が多く、内容や手続きが煩雑」という内容面のわずらわしさの2つが強く存在すると述べています(星野先生は前者を「保険の重荷感」とも表現しています)。
そして、顧客が面倒くささを乗り越えるには、プッシュ型の勧誘が有効という見方ができるかもしれないとしたうえで、他方で消費者ニーズにそぐわない勧誘販売を正当化してしまうおそれがあると述べています。

もっとも、今は「面倒くさいから販売員の言うなりに保険加入する」という人が多いとしても、もし、「販売員よりもネットのほうが信頼できる」「プッシュ型は顧客本位ではない」が社会的なコンセンサスになれば、どうなるでしょうか。しかも、内容面のわずらわしさに関しては、技術の進展がネット保険のほうにより追い風となるでしょう。リテラシーのちがいによって、「面倒くさいからネットが示した最低限の保険に加入する」という人と、「面倒くさいから保険に入らない」という人に2極化するかもしれません。
いずれにしても、保険は今後も対面販売が中心と、現在の延長線上で判断するのは早計ではないかと思います。
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ベトナムの生保市場

短期間でしたがベトナム(ホーチミン)を訪問する機会がありました。ベトナム訪問は2018年のハノイ以来、ホーチミンは15年ぶりでしたが、相変わらず若い人が多く、活気を感じました。

ベトナムの生命保険市場はまだまだ小さいものの、高い成長を続けているのだろうと勝手に思っていたところ、銀行による保険販売に関するトラブルが続いたこともあって、2023年に新契約が急減し、その後も回復に至っていないことがわかりました。そこで、備忘録を兼ねて、何が起きたのかを記しておきましょう。
ただし、保険市場調査のためのベトナム訪問ではないので、あくまで私の知り得た話ということで、情報源も非開示とさせてください。

ベトナムには1999年まで国営の保険会社(バオベト)しかありませんでした。現在はバオベト(現在も政府系)のほか、プルデンシャル(本社は香港)、第一生命(日本)、マニュライフ(カナダ)、AIA(香港)がトップ5(または香港のFWDを含むトップ6)がシェアを分け合っています。つまり、市場シェアの多くを外資系が押さえている状況です。
現在の主力商品は投資型保険(死亡保障が付いた資産運用商品)で、2010年代半ばから銀行を通じた販売によって高い成長を続けてきました。こちらでは保険会社が銀行と長期間の独占販売契約を結ぶのが一般的なようで、例えば第一生命ベトナムも2015年以降、こうした提携販売を進めています。

ところが、2022年末あたりから、マニュライフの提携銀行による販売で苦情が発生したのをきっかけに、他社の銀行窓販にも波及して、銀行窓販への信頼が大きく損なわれるという事態が生じたそうです。

・銀行の貯蓄性商品だと認識して購入したら、後から保険会社の商品だとわかった
・銀行から融資を受ける際、保険加入を強いられた

加えて、政府による規制が急に厳しくなったということも背景にあるようですが、そもそもベトナムの銀行窓販はかなり歪んだ市場になってしまっていたようです。

監督当局の調査によると、銀行チャネルで加入した契約者の1年後の継続率が20%程度だったとか。大半の加入者が初回の保険料しか支払っていないということで、銀行は「保険に加入するとローンが有利になる」として勧誘し、顧客もそのほうが有利だからとわかったうえで保険に加入する。その原資は保険会社が負担するという構図です。
銀行は保険会社から代理店手数料を受け取る(早期解約時の返還制度はなさそうです)ほか、独占販売契約を結ぶ際にも多額のフィーを受け取っています。だから、顧客に有利なローンを提供できるというわけです。

第一生命のIR資料では、第一生命ベトナムの減収について「業界全体の銀行窓販チャネルのモメンタム低下によって初年度保険料が減少」とあるのですが、こういうことだったのですね。
日本と同じ目線で見ているだけでは海外市場の経営リスクはわからないということを、改めて実感しました。

※ホーチミンのカフェビルです。

 

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急務なのは会計見直しではないか

生命保険会社の第3四半期(4-12月期)決算を受けた報道ですが、さすがにこれはひどいミスリード記事だと思いました。
2月20日の日経「生保 国内含み損11兆円」という記事で、「保有資産入れ替え急務」という小見出しまで付いています(さらに言えば、紙の新聞では同じ面に「農林中金、運用の改革急ぐ」という記事があり、あたかも次は生保と言わんばかりの構成です)。
今回はベトナムの話を書こうと思っていたのですが、こちらを取り上げることにしました。

生命保険会社は多額の超長期債を保有しているため、金利上昇により国内債券の含み損が拡大しているのは事実です。しかし、あたかも生保が資産運用に失敗し、含み損の解消が急務とでも言うような見出しと内容は事実に反しています。
来年度から新たな健全性規制が導入され、経済価値ベースの貸借対照表をベースにしたソルベンシー・マージン比率が入るのは、少なくともご担当のかたならよくご存じのはず。それなのに資産サイドの時価変動だけに注目した記事が大々的に出てしまうのは、いったいどうしてなのでしょうか。

金利上昇によって生じた国内債券の含み損に注目するのであれば、「責任準備金対応債券という保有区分が認められていて、含み損益が実現しなければ収益に与える影響は限定的」などという説明よりも、

・負債サイドの評価はどうなっていて、全体としてどうなのか
・金利上昇でどの程度の解約が生じ、それが債券の実現損につながっているのかどうか
・国内債券の減損を求められる可能性(およびその是非)について
・経済価値ベースでは意味のない国内債券の入れ替えを各社はなぜ行っているのか

などを取り上げてほしいです。
この記事を見た契約者が心配になって解約に走らないことを祈ります。

日経報道だけではなく、Bloombergでも「大手生保3社で国内債売却損4700億円、運用資産健全化-4~12月」と、国内債券の含み損を問題視する論調です。他方で、内部管理上の経済価値評価に基づいた指標を公表していても、どのメディアも報道しません。
特に決算報道では、メディアの関心は会計損益とその変動要因にあるようなので、つまるところ会計を変えないと、せっかく新たな健全性規制を入れても、いまの報道姿勢は大きく変わらないおそれがあります。

拙著『経済価値ベースのソルベンシー規制』の第3章で述べたように、金融庁は契約者保護の観点からも、企業価値の向上を目指す観点からも、保険会社の経営内容を把握するうえで、経済価値ベースのソルベンシー規制と親和的な監督会計(結果として会社法や金商法の会計も変わります)の策定を急ぐべきだと、改めて強く思いました。

念のため、過去のブログ記事もリンクしておきます。
国内債の含み損(2024.8.18)
「中堅生保、債券偏重の死角」(2024.9.14)

※ホーチミンで開業したばかりのメトロに乗りました!

 

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大手損保の第3四半期決算から

旅に出る前に少しだけコメントを。
予想どおりではありますが、政策保有株式の売却益が会計利益を押し上げています。この状況がしばらく続くのでしょう。
含み益が実現益になっただけですので、過去最高益などと言ってもほとんど意味がないことがよくわかります。

他方で、今回の自動車保険のEI損害率を見ると、ADIは何か別の要因がありそうですが、総じて当初の見込みよりも悪化しているのではないでしょうか。

TMN 67.9% ⇒ 71.1%(+3.2p)
MSI 68.2% ⇒ 71.2%(+3.0p)
ADI 70.0% ⇒ 69.4%(-0.6p)
SJ  69.1% ⇒ 72.9%(+3.8p)

※前年同期との比較

ここまで損害率が悪化すると、おそらくコンバインドレシオが100%を大きく上回り、数百億円規模の減益要因となってくるように思います。

ということで、短くてすみません。

※14日は横浜にいてよかったです!

 

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火災保険の誕生

保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1268(2025.2.10)に寄稿した記事を当ブログでもご紹介いたします。
福岡でも積雪を覚悟していたのですが、市内ではほとんど積もることはなく、拍子抜けでした。北九州や佐賀ではだいぶ積もったようなので、不思議なものです。
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雪害の補償

この冬1番の強い寒波の影響で、福岡市の最低気温は氷点下まで下がりました。雪害を被った全国の皆さまにお見舞い申し上げます。
火災保険が実質的に「自然災害保険」になって久しいとはいえ、風水災害だけではなく、雪による災害も火災保険の補償対象となっていることを知らない契約者は意外に多いのではないでしょうか。特に、普段はあまり積雪のない地域では、雪害補償を知らせるいい機会かもしれません。

火災保険のルーツ

もともと火災保険は、文字どおり火災による損害を補償するための保険として登場しました。
イギリスで火災保険が生まれたきっかけは、1666年に発生したロンドン大火と言われています。当時のロンドンではほとんどの家屋が木造で、道路も狭く、この大火によって市街の約8割が燃えてしまいました。
そこで大火後のロンドンでは、非木造の耐火建築が推奨されるとともに、すでに存在していた海上保険をヒントに、火災保険を提供する会社が相次いで設立されました。これが世界の火災保険のルーツの1つとされています。初期の保険会社であっても、火災の発生率や建物の数から保険料を算出していたそうです。

日本での対応

ところで、日本でもロンドン大火と同じころ(1657年)、江戸で明暦(めいれき)の大火が発生し、やはり市街地の大半が焼けてしまいました。その後、道幅を広げるなどの防火対策は取られたものの、大火後の復興期に火災保険のような補償制度が誕生したという記録はなさそうです。
その一方で、江戸幕府は消防制度を充実させていきます。もともとあった大名火消(だいみょうびけし)に加え、大火の翌年には幕府直轄の「定火消(じょうびけし)」を組織しました。さらに18世紀には、町人のための消防組織である町火消(まちびけし)を制度化しています。

ロンドンの消火活動は保険会社が担う

火災保険が生まれた当時のロンドンには、組織的な消防隊がありませんでした。そこで、保険会社は補償を提供するだけではなく、自前の消防隊を持ち、消火活動を行いました。自ら消火活動を行うことで、保険金の支払いを減らそうとしたのですね。火災保険の加入者の家には保険会社の「ファイアマーク」が掲げられ、消火活動の目印となっていました。
ロンドンの消防組織が公営となるのは19世紀になってからです。

同じ17世紀の大火の後、イギリスでは火災保険が生まれ、日本では公的な消防組織ができたのは、あくまで素人考えですが、当時の社会構造の違いが大きかったように思います。
当時のイギリスはピューリタン革命後の王政復古の時代で、王権が絶対的なものではなく、かつ、海上貿易で覇権争いをしていた時代でした。力をつけた商人たちには、自らの財産を自らで守るニーズがあったはずです。そこで、公的な消防組織が整備される前に、民間で消火活動を行う火災保険会社が誕生したのではないでしょうか。
他方、当時の日本は江戸幕府による統治が安定期を迎える一方、貨幣経済の発達はこれからという時代でしたので、イギリスのような民間による民間のためのしくみが登場する素地はなかったと考えられます。

なお、火災保険には他にも源流があります。民間が主体のイギリスとは違い、17世紀のドイツ(ハンブルク)では、規模の小さい複数の相互扶助組織を一本化して、公営の火災保険組織が誕生しました。
明治時代の日本では、当初このドイツの公営火災保険制度の導入を検討したそうです。しかし、政府は最終的には民営を採用し、1888年に日本初の火災保険会社として東京火災保険会社(現在の損害保険ジャパン)が業務を始めました。
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書評『日本の歴史的建造物』

1月31日(金)の夜、NHK大阪「かんさい熱視線」という報道番組に、ファイナンシャルプランナーの清水香さんとともに生出演してきました。関西地区限定の放送ですが、NHKプラスであれば2月7日まで視聴可能です。
テーマは「火災保険の値上げへの対応」で、私は保険会社経営の視点からコメントしました。ご覧になったかたのなかには、「いやいや、火災保険は赤字が続いているかもしれないけれど、大手損保は過去最高益を更新しているのだから、保険会社寄りのコメントをしやがって」と思ったかもしれません。
しかし、火災保険の赤字を生保や海外など他の事業(資産運用収益を含む)で補うという収支構造は、保険会社として健全ではありません。リスクに応じた保険料を集めるのが保険が成り立つ大前提です。それに、もし皆さんが加入している生命保険が大幅な黒字で、保険会社から「これで火災保険の穴埋めをさせてもらいます」と言われたら、納得できるでしょうか。

さて、週刊金融財政事情(2025年1月21日号)に載った書評「一人一冊」をこちらでもご紹介します。今回は光井渉さんによる『日本の歴史的建造物 社寺・城郭・近代建築の保存と活用』を取り上げました。以下、引用となります。

歴史的建造物の「正しい」在り方とは

一昨年の夏、長崎を訪れた際に出島に立ち寄った。説明するまでもなく、出島は鎖国下の江戸時代に、西洋と直接交易を行っていた唯一の場所である。明治になって役目を終えた出島は、周囲の埋め立てで姿を消した。しかし、1950年代から長崎市による復元事業が始まり、今ではオランダ商館長の事務所・住居をはじめ、鎖国期の建物がいくつも復元され、長崎らしい人気の観光スポットとなっている。
見学を終えて、歩き疲れた私は出島内にあるクラシックな洋館(長崎内外倶楽部)のレストランに入り、長崎名物ミルクセーキを味わったのだが、そこでふと気が付いた。この洋館が建てられたのは明治36年とのことなので、当然ながら鎖国時代の出島には存在しなかった建造物である。それなのに、どうして復元した出島に存在しているのだろうか。

本書の第四章によると、当初の整備構想では、史跡的な価値を重視して出島内の洋館群を取り壊し、江戸時代のオランダ商館
を再現することが検討された。だが、他方で長崎市は山手地区などに残る洋館群を町並みとして保存する施策を進めており、洋館の取り壊しはその方針に反する。そこで、出島の範囲を三つに分け、それぞれ異なる時代設定で保存ないしは再現することにした。
商館の再現に当たっては歴史に対する最大限の配慮がされたとはいえ、結果として、かつて一度も存在しなかった景観が出現してしまったのである。

ここまで分かりやすい事例は少ないかもしれないが、歴史的建造物の再現とは、再現時において意識的に選び出した、いわば「理想としての過去」だと気付かされた。
社寺や城郭、あるいは出島のような史跡ではなく、文化的な価値が認められる民家や近代建築(特に都市部)の保存となると、さらなる壁があるという。現代的な活用が提案できないと保存が実現しない一方で、現代的な活用には「リノベーション」が必要で、それによって何らかの文化的な価値を失うことが避けられない。
日本建築史を専門にする著者は、これに対する確たる回答は見出されていないとした上で、部分的な変更や更新を許容しつつ全体としての特質や価値を保持しようとする「インテグリティ」という概念が重視されるようになっていると指摘する。

観光で社寺や城郭を訪れたり、重要伝統的建造物保存地区に選ばれた町並みを散策したりした際には、これらの文化的な価値だけではなく、保存の在り方についても考えてみてはいかがだろうか。

 

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自動車ディーラーの保険金不正請求

報道のとおり、トヨタ自動車直営のディーラーであるトヨタモビリティ東京と、中古車販売大手のグッドスピードに対し、金融庁(関東財務局・東海財務局)は24日に保険業法に基づく業務改善命令を出しました。
処分の理由をそれぞれ読んでみたのですが、まあひどいです。

トヨタモビリティ東京は、2020年2月に保険金の過大請求等が多数判明したと公表し、さらに2021年9月には不正車検で国土交通省から行政処分を受けました。しかし、立入検査を実施したところ、保険金不正請求の社内調査が部分的・限定的で不十分だったうえ、他にも不正請求疑義事案が多数あることが判明したそうです。
「当社経営陣は、保険事業に関しては、『本業ではない』との意識が根底にあり、同事業に保険業法等に精通した十分な人的リソ-ス(質・量)を配賦していないほか、人材育成も行っていない」という指摘まで書いてあります。

他方、グッドスピードも、不適切な保険金請求疑義事案が発生しているとの報道を受けて社内調査を実施し、さらに、取引銀行の意向を踏まえた2回目の社内調査を行ったにもかかわらず、立入検査を実施したところ、十分な調査を行っていない可能性があるうえ、調査委員長が結果内容を改ざんするなど極めて不適切な行為が認められたとのことです。
こちらにも「経営陣は、保険募集に関する業務を全て担当役員任せとし、同役員からリソースの問題を含む保険募集管理態勢の状況を報告させておらず、実態を把握することを怠っており(後略)」という指摘があります。

自動車販売業界は、もはや旧ビッグモーターは特殊な事例だと言えなくなったのではないでしょうか。

なお、自動車ディーラーの収益構造に関する資料を探したのですが、業界団体としては一般に公表していないようです。
以下が役に立つかもしれません。

三井住友銀行「国内自動車ディーラーを取り巻く業界動向(PDF)」(2019年9月)
日産東京販売ホールディングスの決算説明資料(例えば2024年3月期決算説明資料(PDF)

いずれの資料からも、自動車ディーラーでは自動車販売の利益率は低く、整備や保険・金融商品の手数料が経営を支えていることがうかがえます。

同僚の先生の論文もご紹介しましょう。ディーラーの営業スタッフにインタビュー調査を行い、スタッフの専門性を探ったものです。この会社での「付加価値」とは顧客への付加価値ではなく、会社の利益につながるかどうかなのですね。
大卒ホワイトカラーのキャリア形成に関する研究(PDF)

※写真は福岡タワーです。

 

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