前回に続き書評もどきということで、谷岡一郎さんの
「データはウソをつく」(ちくまプリマー新書)から。
副題に「科学的な社会調査の方法」とあり、
「事実」を認定するプロセスについて書かれています。
本書では私たちがやってしまいがちな間違いについて、
いくつかの事例を取り上げていて、これが面白いです。
昔、連合軍の戦闘機がドイツ軍にバタバタと撃ち落されるので、
ある連合軍の将軍が、命からがら帰ってきた機体を調べ、
尾翼のダメージがひどいことを発見しました。
そして本国に「尾翼を強化するように」と打電したそうです。
どこがおかしいかわかりますか。
本国からの返事はこうでした。
「尾翼をやられた戦闘機は一応帰ってきた。
他の場所を撃たれた機が帰ってこなかったとすれば、
強化するのは別のところではないか」
ということで、将軍は残ったものだけを見て考えた因果モデルを
頭から信じてしまったのですね。
もう一つの事例を紹介しましょう。
「ビール生産 大阪ドーム119杯分」
報道ではこのような表現をよく見かけますよね。
私もかつてメディアのバイトをしていたときに、
「わかりやすい記述」として指導を受けた記憶があります。
著者の谷岡さんはこのような表現について、
「わざとわかりにくくしている」「さっぱり意味をなさない」といいます。
「記事を書く側は、『どうだ、すごいだろ』という感覚で
書いているのでしょうが、読む側としては、大人一人につき
『バケツ○杯分』だとか、『大ビン○本分』と書いてくれるほうが、
少なくとも実感できますからはるかにありがたい」
同感ですね。人間はあまりに大きな数字や小さすぎる数字は
消化できないのです。
リスクを扱っていると、データをもとに説明する機会が多いので、
著者の言う「数字を過信しない」「それだけに頼らない」「常に疑う」
という意識を持っている必要がありそうです。
ただし、だからといって数字を使わないほうがいいという主張では
決してありません。著者も「数字は有力な補強材」としています。
念のため。
※小学校の卒業式に出席しました。
いまどきの小6女子はこんな感じです。