10月31日の週刊金融財政事情の書評(一人一冊)をこちらでもご紹介します。今回取り上げた書籍は大瀬留美子さんの『ソウル おとなの社会見学』です。
9月24日のブログは、この最後の1行(インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い)を書くために調べたものでした。
以下、引用となります。
旅に出れば見えてくるものがある
20年ほど前、希代の教養人として知られる出口治明さん(立命館アジア太平洋大学学長)と初めてお会いして、意気投合したことがあった。金融界では珍しい歴史学科出身の私が、「格付けアナリストとしてタテ(歴史)とヨコ(地理)を軸に考え、旅に出ることを心掛けている」と話すと、出口さんは大いに共感してくださった。もっとも出口さんは世界1,200都市を訪れている方なので、「意気投合」と言うのはおこがましいかもしれない。
旅に出ることをお勧めするのは、当然ながら「事件は現場で起きている」からであり、実際に足を運ぶとさまざまな気付きを得られるからである。私たちはコロナ禍でオンラインのありがたさとともに、リアルで会うことのメリットも再認識した。
とはいえ、旅に出て何かを見てやろうと思っても、予備知識次第で見えるものがまったく違う。通常のガイドブックに頼るのもいいが、本書のような「短期間の滞在では気付きにくく、興味を持たなければ通り過ぎてしまうテーマの鑑賞ポイントとうんちくをたくさん詰め込んだ」(本書から引用)書籍に巡り合うと、それまで見えなかったものが見えるようになるから不思議だ。
例えば本書では、ソウルの「渋い喫茶店」をテーマの一つに挙げている。ソウルの町を歩くと至る所にしゃれたカフェがあり、おいしいコーヒーやデザートにありつける。しかし、渋い喫茶店とはそのような所ではない。何十年も続く老舗のタバン(茶房)と呼ばれる喫茶店で、コーヒーはインスタントだったりする。ハングルの壁もあり、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。
また、都市部の河川や水路を地中化した暗渠(あんきょ)も興味深いテーマである。ソウルの都市化に伴い、多くの河川が暗渠化された一方、近年では暗渠となっていた川を、市民の憩いの場として復元した所もある。それぞれに経緯があって、著者のうんちくがふんだんに盛り込まれているのがいい。
旅に出るのを勧めるもう一つの理由は、自分の日常を客観的に見ることができるからである。ソウルは日本から近いといっても、外国である。本書を読んでソウルの町歩きを楽しむと、おのずと日本の現状と比べたくなるだろう。それに海外に行けばいやでも円安を実感するし、日本の存在感がどの程度なのかを考えるきっかけにもなる。
インバウンドの復活に比べ、日本人出国者数の回復は鈍い。そろそろ積極的に海外に出るときではないだろうか。
※この3連休は福岡大学の学園祭(七隈祭)でした。