令和3年の犯罪情勢

数回前のブログで、人間の2つの思考システムについて紹介しました。人間には物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1と、論理的な思考を行うシステム2があって、日常の判断は直感的なシステム1で行われがちで、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価しやすいという内容でした。数日前に、まさにその通りのニュース(読売新聞オンライン)を見ました。

警察庁が3日に発表した「令和3年の犯罪情勢」によると、2021年の刑法犯認知件数(警察が犯罪と認めた件数)が戦後最小を更新したそうです。刑法犯認知件数は2002年の285.4万件をピークに減少が続き、昨年は56.8万件でした。このうち強盗や殺人、強制わいせつなどの重要犯罪も減少傾向が続いています。

その一方で、警察庁が昨年11月にインターネットを通じてアンケート調査を行い、「ここ10年で、日本の治安はよくなったと思いますか。それとも悪くなったと思いますか」と聞いたところ、「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人の割合が64.1%に上ったそうです。
「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人に、どのような犯罪が発生している状況を思い浮かべていたかを聞くと、上位は「無差別殺傷事件」「オレオレ詐欺などの詐欺」「児童虐待」「サイバー犯罪」でした(5割以上の回答があったもの)。

統計を見れば治安はかなりよくなっているのに、人々は悪くなったと感じています。
アンケート調査の回答者の多くは、犯罪件数がピーク時の5分の1まで減っていることを知らなかったのかもしれません。しかし、もし知っていたとしても、アンケート直前の10月に京王線での切り付け事件が発生し、NHKでは毎日のように林田アナが「ストップ詐欺被害!」とやっていて、児童虐待の痛ましいニュースに心を痛める人々が、警察のアンケートで日本の治安はよくなったと回答するとは考えにくいです。

警察庁の総括は「一部罪種については増加傾向にあるほか、認知件数の推移からは必ずしも捉えられない情勢があることや新型コロナウイルスの感染拡大に伴う社会の態様の変化の影響等も踏まえると、犯罪情勢は、依然として厳しい状況にある」です。この総括の参考としてアンケート調査の結果を示しています。
この資料にアンケート結果が載るようになったのは、2019年のものからです。やはり日本の治安について聞いていて、「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と回答した人の割合は61.4%。警察庁の総括は「必ずしも当該指標(=認知件数)では捉えられない情勢もあり、依然として予断を許さない状況にある」でした。

警察庁は2001年度から2017年度までの間に地方警察官を合計3万人強増やし、それが治安の回復に効果をもたらしたとしています。成果を上げたということですよね。交通事故による死傷者も減っています。すばらしいです。
事件や事故が減ったなら、警察官を減らすべきと言いたいわけではありません。特殊詐欺件数の高止まりやサイバー犯罪の増加などへの対応を強めることは必要だと思いますし、警察官の仕事が広がっている、あるいは変わってきているのかもしれません。
ただ、結果がほぼ明らかなアンケート調査を行い、それを参考にして「犯罪情勢は依然として厳しい状況にある」と総括するのは疑問を感じます。

※季節外れの紅玉を見つけたので、ジャムを作りました。

 

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国民健康保険の発祥地

日経新聞の電子版で、国民健康保険のルーツが福岡にあるという記事(「健康保険、江戸期の互助が源(有料会員限定)」を読み、散歩がてら訪れてみました。場所は福岡市からほど近い、福津市です。

こちらのコラム(「発足80年を迎えた国保の大改革」)によると、国民健康保険の発祥地とされている場所は福津市のほか、埼玉県越谷市、山形県戸沢村にもあり、それぞれ由来があるとのこと。共通しているのは、昭和の初期に当時の内務省社会局が農村の支援策として公的医療保険の整備を検討していた際、これらの地域にはすでに相互扶助の取り組みが存在していて、内務省はこれらを参考にしたということです。

福津市など宗像地区には定礼(じょうれい)という仕組みがありました。福津市の図書館で見つけた「やさしい福間町の歴史」によると、この仕組みは、医者に定まった収入を約束して無医村となるのを防ぎ、貧しい人でも治療代の支払いを心配しないで医者にかかることができるようにするために始まったもので、江戸時代後期の天保年間(1830~43)までさかのぼれます。
内務省が調査した昭和初期の定礼は、各家から玄米を集め、それを診療所の医者に差し出せば、1年間無料で治療を受けられました。村のほとんどの人が加入していて、豊かな人は多くの米を提供し、貧しい人は少しの米を出せばよかったとか。

同じ定礼でも地区によって多少の違いがありました。写真の石碑がある手光・津丸地区では、明治時代に地区の人々が米を出し合って村立の医院を作り、医者を招いたそうです。他にも次のような記述がありました。

「明治時代から昭和時代にわたる60数年間、定礼医として親子2代の医師が、貧しさに耐えて医療奉仕をしてくれました(畦町地区)」

「他のほとんどの地区には1人の定礼医がいたので、村人は自由に医者を選ぶことができませんでした。しかし、内殿地区は無医村のため、他の地区の好きな医者を選んで診てもらうことができました」「他の地区のように米を出し合って治療代を負担してもらうのではなく、お金を出し合った中から自分の治療代の3割を補助してもらい、残りは自己負担でした」

(いずれも「やさしい福間町の歴史」より)

定礼は村人どうしの相互扶助というだけではなく、医師の生活保障という面もあったと考えられます。国民健康保険のルーツの1つがこのような制度だったとは、大変興味深いですね。

 

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「組織と職場の社会心理学」

九州大学の山口裕幸先生の書籍『組織と職場の社会心理学』を読みました。
連載コラムを書籍化したもので、社会心理学の実証研究で明らかにされてきた事柄が数多く紹介されています
(前回のInswatchで取り上げた二重の思考システムの話も出てきます)。

例えば、第16章の「説得的コミュニケーション」では、相手の気持ちを動かす効果的な方法について、社会心理学の研究知見をいくつか紹介しています。

「フット・イン・ザ・ドア」手法:最初は相手が容易に無理なく受け入れられる依頼を行い、それが受け入れられたら、次の本来考えていた依頼を行う手法

「ドア・イン・ザ・フェイス」手法:最初に相手が拒否するに違いないほどの大きな要請を行って、まず相手に拒否させておいて、第二段階で、受け入れやすいようなほどほどの大きな要請を行う方法

「ロー・ボール・テクニック」:相手にとって魅力的な受け入れやすい条件を提示して、応諾を引き出したのち、後からその魅力的な条件を取り去るという方法

「ザッツ・ノット・オール法」:時間帯を区切って、通常の値段よりも値引きする方法

「不安・安堵法」:自分が何か避難されるようなことをしでかしたのかと不安を感じさせて、実はそれは思い過ごしであったと判明し、安堵させた直後に要請を行う方法

いずれも、一定の好条件が整ったときでなければ、十分な効果は引き出せないことがわかってきているそうです。ただ、研究が進むほど悪用もされやすくなるという面はありそうですね。

私が最も興味深く読んだのは、第21章「会議は何をもたらすのか」と第22章「会議の落とし穴」です。

・話し合えば的確な決定を導けるのか
・話し合いは創造的アイディアを生み出すか
・話し合いは相違を反映するか
・「裸の王様」現象による決定の歪み
・話し合えば情報共有できるという幻想の罠

これだけ見ても何となくわかると思いますが、例えば「ブレイン・ストーミングを取り入れれば、創造的なアイディアが生み出されるという安易な期待はもたないようにすることが大切」「話し合いの結論は手順一つでコントロールすることが可能」だなんて、ちょっとショックかもしれません。

確認したところ、本書のもとになったコラムは現在も連載中でした。月1の更新でしょうか。
「行動観察コラム」のサイトへ

※吉野家とゴーゴーカレー、奇跡のコラボだそうです。学食(カフェテリア)にて。

 

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相互宝の運用終了

加入者どうしがリスクをシェアし、万一の際には助け合うという仕組みをネットの世界で実現したP2P保険の成功例として紹介されてきた中国の相互宝が、1月28日をもって運営を終了するそうです。詳しくは片山ゆきさんによるこちらのレポートをご覧ください。

2018年のサービス開始からわずか1年間で1億人の加入者を集めたというのもびっくりしましたが、中国当局がオンライン金融事業への規制を強めるなかで、運営終了に追い込まれてしまったというのも驚きです。
片山さんはレポートのなかで、中国当局が昨年になってオンライン金融事業についても既存の金融機関と同様の規制を適用する姿勢を示したなかで、相互宝が保険商品と同様の規制や、保険会社のような厳しい監督・管理を受けていなかった(そもそも当局が保険として認めなかった)ことを述べたうえで、「従来より官(主務官庁)と足並みを揃え、厳しい規制の中で成長した保険会社(民)と、莫大なユーザーを背景に異業種から参入したITプラットフォーマー(民)では、官(主務官庁)との協働関係のあり方に本質的な違いがあったのであろう」とコメントしています。中国ビジネスにおける政府リスクの存在を見せつけられた感があります。

最近のニッセイ基礎研レポートといえば、前金融庁長官の氷見野良三さんが総合政策研究部エグゼクティブ・フェローとして書いたこちら(「金融機関のシステム障害」)も興味深く読みました。
某社のシステム障害についてコメントしたものではなく、「剛構造主義」「ゼロ許容度」から「柔構造主義」「オペ・レジ主義」への転換について述べたものです。私もリスクマネジメントを検討するなかで同じことを時々考えますが、氷見野さんのおっしゃるとおり、社会全体で変わっていく必要があるでしょうね。前回のブログで示したように、そう簡単なことではなさそうですが。

※筑後川昇開橋です。なんと係のかたが橋を動かしてくれました。

 

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リスクをどう伝えるべきか

今週のInswatch Vol.1119(2022.1.10)に寄稿した記事をご紹介します。リスクマネジメントは奥が深いですね。

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新しい年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

リスクをどう評価するか

読者の皆さんの多くは保険ビジネスに関わっているかただと思いますので、一般の人に比べると「リスク」や「リスクマネジメント」について、より深く理解されているのではないかと思います。
ご存じのとおり、リスクマネジメントを行うにはリスクを認識し、何らかの形で評価する必要があります。
もし、リスクによって生じうる損失や利益の大きさと、そのリスクの発生頻度がわかれば、リスクの大きさを数値で表すことも可能です。例えば3メガ損保グループはいずれも、グループの直面する主要な経営リスクを数値化し、自己資本(広義)と対比するリスクマネジメントを行っています。

2つの思考システム

問題は一般の人がリスクをそのようにとらえているか。つまり、専門家と同じようにリスクを評価するかという点です。

リスク心理学を専門とする中谷内(なかやち)一也先生の著書『リスク心理学』によると、私たち人間の判断や意思決定は「二重の思考システム」に支えられているそうです。
このうちシステム1は、すばやく自動的に働き、大雑把にとるべき方向性を判断するというもの。システム2は、時間がかかるものの意識的に思考し、精緻な判断をしようというもの。そして、日常の判断はシステム1で行われがちだといいます。

論理的な思考を行うシステム2によってリスクを評価するには、多くのデータと、データを分析する技術が必要です。これらがなくても人間が太古の昔から生き残ってきたのは、物事を直感的にざっくりと捉えるシステム1が有効だったからだと考えられます。

ただし、システム1には「思い出しやすい事象は発生する確率が高いと判断しやすい」「ある数値を一度基準として考えてしまうと、無関係な意思決定に影響を及ぼしてしまう」「自らの感情を手掛かりにリスクや便益の判断を行いやすい」などのクセがあり、結果としてリスクを過大に、あるいは過小に評価することにもなりかねません。

例えば、2011年に発生した東日本大震災では、沿岸各地に10メートルを超える巨大津波が押し寄せ、多くの犠牲者が出ました。この「10メートル」という数字が人々の意識に刻み込まれてしまったため、避難すべきと考える津波の高さが大震災の前後で変わってしまい、50センチや1メートル程度の津波であれば避難しなくてもいいと考える人が増えてしまったそう
です(震災前は50センチや1メートルで避難するという人が多かった)。
津波のエネルギーは1メートルでもすさまじく、リスクの過小評価が起きている可能性があります。

システム1の存在を踏まえた伝達を

皆さんをはじめ、専門家による定量的なリスク評価はシステム2によって生み出されます。専門家は一般の人に対し、システム2によって理解され、判断に生かされることを期待して、様々な説明を行います。
ところが多くの場合、提供された情報は人々のシステム1によって処理されてしまうため、リスクが過小評価されたり、過大評価されたりします。

では、どうしたらいいのでしょうか。専門家がリスク評価の考え方を一般の人にわかりやすく説明するというのが正攻法ですが、まずは人間の2つの思考システム(特にシステム1の存在)を知ったうえで、システム1に響くように伝える工夫が求められているのだと思います。
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※写真は「のだめカンタービレ」のロケ地です。

 

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保険会社経営の方向性

日本共済協会の月刊誌「共済と保険」に、昨年9月の講演内容が掲載されました。
講演では大手生損保グループの2020年度決算を解説したうえで、私が注目している保険会社経営の方向性として、次の3点についてお話ししました。

(1) 足元の経営課題への対応
(2) 外部ステークホルダーを重視する経営へ
(3) デジタル社会への対応

ごく簡単に紹介しますと、まず(1)の足元の経営課題としては、生命保険会社では「出口が見えない超低金利下での商品戦略」、損害保険会社では「火災保険の収益改善」を挙げました。
次に(2)では、株主や契約者、その他債権者に対して経営戦略をきちんと説明できるような経営を指向する動きが見られるとして、具体的には第一生命ホールディングスと明治安田生命の事例を取り上げました。
最後の(3)では、同じデジタル化でも「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」では違うことを説明し、後者のデジタライゼーションでは保険ビジネスがこれまでと全く違うビジネスモデルになるかもしれないという話をしました。

ところで、同じ号に「業績回復で明暗分かれた生損保 ー2021年度上半期決算より-」というジャーナリスト高見和也氏の記事があり、何をもって明暗が分かれたとしているのか興味を持ちました。
読んでみると、高見氏は「業績」という言葉をかなり柔軟に使っていることがわかりました。生保では新契約年換算保険料の数字をもとに「4グループのなかでは国内での業績の回復が最も早い」「本体の業績がまだ戻りきってはいません」などと書いている一方で、損保では各社が正味収入保険料や純利益などの予想を変更したことをもって「3メガ損保グループは2021年度末の業績予想を変更」と書いています。実質的に違うものを比べて「明暗が分かれた」と言われても、読者としてはとまどってしまいますね。

上場企業が業績を上方修正したといえば、まずは利益指標の上方修正を指すのが一般的です。売上高を含むことがあっても、業績イコール売上高という人はほとんどいないと思います。
しかし、生保業界では基礎利益が登場するまで利益指標をみる習慣がほとんどなかったためか、業績という言葉が新契約など契約動向を示す言葉として使われてきたという経緯があり、それが混乱のもととなっているのではないかと思います。

※博多の櫛田神社にお参りしました。

 

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2022年の保険行政

あけましておめでとうございます。年末年始は横浜の自宅で過ごしています。

さて、2022年ということで、前回のブログでも言及した「経済価値ベースのソルベンシー規制」について、検討が順調に進めば、金融庁は制度の基本的な内容を暫定的に決定することになります。
少し長いですが、昨年9月開催の生命保険協会との意見交換会で金融庁が示した規制に関するコメントをご覧ください(金融庁は同月開催の日本損害保険協会との意見交換会でも概ね同じコメントを提示)。
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〇経済価値ベースのソルベンシー規制(ESR)については、保険会社における新制度への必要な準備期間を考慮し、2022 年に標準モデルを中心とした制度の基本的な内容を暫定的に決定できるよう検討作業を進めていく。生命保険業界においては、生命保険協会内にワーキンググループを設け、当庁に提言すべく議論いただいていると承知しているが、金融庁としても、引き続き透明性をもって検討状況を示していき、各保険会社との対話も一層密にしてまいりたい。

〇また、ソルベンシー規制の検討と並行して、経済価値ベースの指標を使ったモニタリングの高度化を進めていく。その際、不要となった報告データについてはスクラップアンドビルドを行うなど、各社の負担にも配慮していく。このほか、情報開示の枠組み等についても論点整理を進めていく。

〇これらの取組みの目指すところは、保険会社を取り巻く環境変化が進む中で、将来にわたって保険会社が保険契約者の様々な期待に応えつつその経営管理を高度化していくよう促す監督の枠組みを作ることである。各社におかれては、引き続き様々な検討作業への協力をお願い申し上げるとともに、現状の実務を不断に見直し、必要な態勢整備を着実に進めていただきたい。
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その後金融庁から進捗状況に関する情報発信はありませんが、「引き続き透明性をもって検討状況を示していき」とありますので、遅くとも6月までには何らかの発信があるのでしょう。

保険流通に関しては、金融庁(財務局)は代理店へのヒアリングを開始したようですね。11月の意見交換会資料によると、「公的保険の説明に関するベストプラクティスの収集や、法人向け保険の販売に関する実態把握などを行う予定」「事業報告書の提出代理店に限らずにヒアリングを行うことも想定」とのことです。
検査ではなく、あくまでヒアリングですので、初めてヒアリング対象となった代理店も特段心配する必要はないと思います。

※この年末も実家で栗きんとんを作りました。

 

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生命保険事業への提言

インシュアランス生保版の年末特別企画「生命保険事業への提言」に、いつものコラムより長めのものを寄稿しました(2021年12月号第4集に掲載)。
私のほか、佐々木光信さん(保険医学総合研究所代表取締役)が「新型コロナから考える医療環境の変化と業界への示唆」を、原口典之さん(NGA代表取締役CEO)が「今後の生保業界はリアルとデジタルの二刀流を目指せ」を、宇野典明さん(元中央大学商学部教授)が「真の意味での顧客第一主義を目指せ」を、それぞれ執筆しています。

私が寄稿したのは「新たなソルベンシー規制への対応」という題の文章です。

1.経済価値ベースのソルベンシー規制とは
2.自己規律が試されている
3.保険会社が取り組むべきこと

新たなソルベンシー規制について、今のソルベンシー・マージン比率の計算方法が経済価値ベースに置き換わる点だけに注目するのは正しくありません。金融庁は保険会社にも「3つの柱」の考え方に基づく健全性政策を採用しようとしていて、保険会社の自己規律がこれまで以上に問われるようになります。
3つの柱を組み合わせた規制で先行した銀行業界では、銀行の自己規律に委ねていては健全性を維持できないという考えが規制当局の間で広まってしまい、第1の柱に重点を置いた規制に移ってしまいました(バーゼルIII)。

今のところ保険会社向けの健全性政策は、国際的にも国内的にも、保険会社の自主的な管理を促そうという考えに基づいているように見えます。しかし、何かをきっかけにして、自己規律が働かない業界だというレッテルを張られてしまえば、銀行と同様に事業への制約の強い規制に手足を縛られ、産業としての発展が見込めない世界となってしまいかねません。
このような危機感を共有していただきたいと思い、寄稿しました。機会がありましたらぜひご覧ください。

※津和野の夜景です。今は雪景色かもしれません。

 

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新契約ANPの減少傾向

前回のブログ(Inswatch掲載記事の紹介)では、「(大手生保の)営業職員チャネルによる個人向け販売はまだコロナ前には戻っておらず、ざっくり言って8割程度と見るのが妥当かと思います」と書きました。
コロナ禍による落ち込みからの回復度合いとしてはこれでいいのだと思いますが、時系列で見ると、2017年度あたりから新契約年換算保険料(ANP)は減少傾向にあります。つまり、新契約ANPの減少傾向はコロナ以前からの動きでして、4-9月期で減少傾向に歯止めがかかったかどうかは微妙なところです。

この背景には、前回触れた「経営者(法人)向け保険」の影響のほか、日銀のマイナス金利政策と長期金利の低下を受けて、予定利率が下がった影響も大きいと考えられます(2017年4月に一時払い保険以外の標準利率が1%から0.25%に下がりました)。
予定利率の引き下げで貯蓄性のある商品の販売が難しくなり、税制見直しで経営者向け保険の販売がダメージを受け、第三分野に注力することで新契約価値を確保しようとしてきたのが、ここ数年の大手生保の姿だと言えそうです(ただし、この4-9月期に2019年度の第三分野ANPを上回ったのは4社のうち明治安田のみ)。とりわけ新人層にとって、ドアノック商品がなくなり、コロナで顧客訪問もままならないというのは厳しい環境でしょう。

保険料明細表の廃止

ところで、保険分析業界(?)で愛用されているインシュアランス生命保険統計号に、令和元年版から「払込方法別収入保険料明細表」の掲載がなくなったことに(今さらですが)気が付きました。金融庁に提出する様式のうち「保険料明細表」が廃止されたためだそうです。
この統計には「初年度保険料」と「次年度以降保険料」の区分や、初年度保険料に占める「一時払」「年払」「月払」といったデータが示されていて、タイムラグを考慮する必要がある(未経過保険料も計上されるため)とはいえ、貯蓄性保険や経営者向け保険の販売動向などを知る貴重な手掛かりでした。
おそらく各社ディスクロージャー誌の「保険料明細表」と、生命保険協会の「生命保険事業概況(CD版)」があれば、引き続き個社データを取ることはできそうです。ただ、金融庁が様式を廃止したというのが気になります。他の統計と重複しているのであれば廃止は妥当ですが、果たしてそうなのでしょうか。

※小倉駅のモノレールです。駅ビルに入っていく姿はどこか「近未来」を感じさせます。

 

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生命保険会社の4-9月期決算から

今週のInswatch Vol.1115(2021.12.13)に生保決算に関する記事が載りましたので、ご紹介いたします。
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11月に各社の決算発表がありましたので、今回は主に新契約年換算保険料(新契約ANP)のデータから、長引くコロナ禍における各社の業績がどうだったのかを探ってみました。

大手生保:営業職員チャネルはコロナ前の8割程度か

昨年度のこの時期(2020年4-9月期)は営業活動の自粛により業績が大きく落ち込んだため、今回のデータを前年と比べてもあまり意味はありません。では、コロナ前の一昨年度(19年4-9月期)と比べればいいかといえば、ご存じのとおり、19年2月の「バレンタイン・ショック」で法人向け保険の販売が大打撃を受けた時期にあたります。足元の回復状況をつかむには、もう少し長い期間を見て判断する必要がありそうです。
そこで、まずは営業職員チャネルを主力とする大手生保(日本、第一、住友、明治安田)について、個人保険の新契約ANPを20年度、19年度、18年度、17年度と比べてみました。

【日本】 159  111  88  65%
【第一】 230   96  88  71%
【住友】 136   84  70  66%
【MY】 126  103  72  89%

日本生命の場合、新契約ANPが昨年度よりも59%増え、19年度と比べても11%増えています。しかし、18年度対比では12%少なく、17年度対比では35%も少ない状況です。19年度に比べるとコロナ前まで回復したように見えますが、日本生命は法人向け保険の販売に積極的だったので、それが落ち込んだ19年度対比でプラスになったと考えられます。
第一生命は昨年度の営業自粛期間が長かった影響が20年度対比の数値に表れていて、18年度対比では12%減、17年度対比では29%減でした。住友生命や明治安田生命は本体で銀行窓販に力を入れているため、その影響も考慮する必要があります(明治安田生命はチャネル別の数値を公表)。
いずれにしても、営業職員チャネルによる個人向け販売はまだコロナ前には戻っておらず、ざっくり言って8割程度と見るのが妥当かと思います。

損保系生保:回復は遅い

【あんしん】 132  132  61  51%
【MSA 】 111  94  53  69%
【ひまわり】 116  109  73  72%

同じように損保系生保3社のデータを見ると、18年度や17年度対比では、先ほどの大手生保よりも低い水準です。
損保系生保の主力チャネルは損保代理店のクロスセルに加え、生保プロ、保険ショップです。生保プロを中心にバレンタイン・ショックの影響を強く受けて以降、それを補うほどの業績を挙げられていないとうかがえます。
ただし、第三分野の新契約ANPは18年度や17年度対比で伸びている(MSA生命は17年度対比のみプラス)ので、収益性はむしろ高まっているものと考えられます。

非対面販売へのシフトは進んでいない?

昨年の4-9月期は自宅にいる消費者が多かったためか、いわゆるネット生保が業績を伸ばしました。この4-9月期を見ると、アクサダイレクト生命の新契約ANPは前年対比で17%増と2ケタ成長を続けたものの、ライフネット生命はほぼ横ばい、SBI生命は7%減でした。他にもネット販売に注力しているとみられる会社の業績は軒並み低調でした(ネット販売が低調だったかどうかは不明です)。
当時の「第1波」に比べると、21年4、5月の「第4波」や7-9月の「第5波」のほうが、感染者数がはるかに多かったのですが、生命保険の巣ごもり需要は高まらなかったようです。日本では幸いコロナによる死者数が国際的にみて少ないがゆえに、コロナで生命保険のニーズが高まるようなこともなく、ネットで保険加入という流れが続かなかったと考えられます。

9月に公表された直近の「生命保険に関する全国実態調査」(21年4~5月調査)によると、今後加入するなら「インターネットを通じて」という回答が17%と過去最高となり(18年調査では12%)、「保険代理店の窓口や営業職員」という回答(12%)を上回っています。
チャネル別の業績データがないので、ネット販売に注力する会社の決算数値などからの推測ですが、潜在的にはネット加入のニーズがあるとはいえ、コロナを契機に非対面チャネルへのシフトが急速に進んでいるという状況ではなさそうです。
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※写真は博多駅です。

 

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