水災料率の細分化

3月31日に金融庁が火災保険水災料率に関する有識者懇談会の報告書を公表しました。
保険料率を決めるのは金融庁ではなく保険会社(参考純率は損害保険料率算出機構)なので、本報告書は「損保料率機構及び損害保険会社による適切な検討を促すため」に「様々な分野の有識者から聴取した意見を取りまとめたもの」という建て付けになっていて、メンバーの皆さんには申しわけありませんが、何とも不思議な報告書となっています。

すでに料率細分化を行う前提であれば、主要な論点は、高リスク契約者の保険料は高くなるので、どうやって高リスクであることを理解してもらうか(&どこまで保険購入可能性に配慮するか)。そして、水災補償を外す傾向が強い低リスク契約者に対しては、ある程度リスクに応じた料率になるなかで、どうやって補償のメリットを感じてもらうか。この2点に尽きるのはないかと思いますし、具体的な案(通常は複数)をもとに議論しないと一般論から先に進めません。
ただ、資料や議事録を見るかぎり、有識者懇談会では具体的な案について検討した形跡はなく、報告書にも「どの程度の料率較差が望ましい」といった具体的な指針は示されていません。

他方で、3月11日の日経電子版(有料)は「2024年度から導入する個人向けも1.5倍程度の差がつく見通し」と報じました。日経が勝手に数字を作ったとは考えにくく、おそらく業界のリーク情報なのでしょう。読売も3月8日に「損害保険業界は2024年度から新たな区分に基づく保険料を導入する方向で調整」と報道しているので、業界ではすでに準備が進んでいるとうかがえます。

気になるのは懇談会での議論です。業界からの情報提供がなかった(したがって何も議論していない)というのであれば、私がメンバーだったら納得いきませんし、もし懇談会で業界案について議論したのであれば、資料を公表し、報告書に反映すべきです。どうもすっきりしないですね。

ちなみに同じ日経記事に、「保険はリスクの異なる契約者が大量に加入することで保険金を支払う確率が均一化する『大数の法則』が根幹になる」とあります。こんな大数の法則の定義は聞いたことがありませんし、ここで問題となるのは大数の法則ではなく、保険の相互扶助性をどう考えるかです。授業のネタとして取り上げようかな。

※花筏や桜吹雪を楽しみました。

 

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人口減少と生保経営

先週の週刊金融財政事情(2022.3.22)は「激動の生保業界」という名の特集で、インタビュー記事2本(住友生命・高田社長、金融庁・池田保険課長)と、経済価値ベースのソルベンシー規制に関する論考(あずさ監査法人の高橋隆司さん)、営業職員チャネルのデジタル化と新規制対応(編集部)、そして金融庁による外貨建て保険の共通KPIの解説という構成でした。
(先ほどようやく読みました ^^;)。

インタビュー記事のなかでは、いずれも人口減少と生保経営が取り上げられていたのですが、へそ曲がりな私にはどこかしっくりきませんでした。

人口減少によるマーケット縮小への対策として、住友生命の高田社長は「人口減少の局面においてもマーケットの広がりは一定期間見込めるだろう」としたうえで、「保険ビジネスと親和性がある新規事業や海外の保険事業など、将来的な収益源を補う収益事業の展開についても検討している」「(長期的な経営戦略について)当社としては国内事業を盤石にし、相互にシナジーを生み出せる企業や国があれば、出資を検討していくスタンスだ」と述べています。
株式会社の経営者であれば、こうしたコメントに違和感はありません。ただし、住友生命は相互会社です。会社価値の拡大を強く求めるであろう株主は存在しません。海外事業などでリスクを取って成長を追求するような経営戦略をとるのであれば、さまざまな考え方があるなかで、なぜこうしたスタンスをとるのかを語っていただきたかったですし、新たな収益事業の果実を既契約者にどう還元するかについても話してほしいです。

他方、金融庁の池田課長は、「とりわけ人口減少への対応に注目している」と述べ、「人口減少問題を経営レベルで真剣に議論している生命保険会社は少ない印象だ」「(中略)従来の中期経営計画のタイムスパンを超えた、もっと長期のメガトレンドを踏まえて、『いまからどんな手を打っていくべきか』を真剣に議論してほしい」と語っています。
確かに生命保険会社の経営者であれば、長期のメガトレンドを踏まえて自分たちが長期的にどうありたいかを考えるべきだと思います。しかし、それはあくまで経営の話であって、契約者の保護や、(保険業法にはありませんが)金融システムの安定という観点からも重要というのであれば、その説明が必要だと思います。

生命保険は公的年金のような賦課方式ではなく、責任準備金をきちんと積み立てていれば、新契約が細っても経営が揺らぐことはありません。金融庁では大数の法則が効きにくくなるほどの人口減少を想定しているのでしょうか。
仮に人口がイタリア並みの6千万人になれば、今のプレーヤーが全て生き残っているとは考えにくい(だからこそ経営者としては長期戦略が重要)ですが、金融庁にとって重要なのは保険会社ではなく契約者なので、会社の数が減っても、契約者が不利益を被らなければ問題ないはずです。
もしかしたら、金融庁は契約者への還元重視に監督の軸足を変えたのでしょうか。産業としての生命保険業が縮小すると、契約者への還元も期待できなくなるので、それなら理解できなくもありません。

せっかくのインタビューなのですから、金融庁として「とりわけ人口減少への対応に注目している」と言うのであれば、単に人口が減るから経営を真剣に考えろというのではなく、どうして金融庁がそのような問題意識を持つに至ったのか、なぜ金融庁と保険会社の温度差があるのかを語っていただきたかったです。

※福岡の桜はほぼ満開です。

 

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大規模事故の増加

日本損害保険協会が3月10日に「企業向け火災保険の大規模事故が年々増加(自然災害以外)」として、保険金支払額が5億円以上の大規模事故に関するデータを公表しています。
ただし、公表したデータは大規模事故件数の実数ではなく、2015年度を1とした過去5年の比率値だけ(2020年度は2.94)です。

損保協会は事故が増えた背景として、「設備の老朽化が進む一方で、熟練工の大量退職や人手不足により、技術の伝承や暗黙知の共有が困難となっていることも一因」と説明しています。でも、公表された数字は「5年で約3倍」です。大規模事故がそんなに増えていたら、もっと社会問題になっているようにも思うのですが…

引き受けを増やしてきた

そもそも保険金支払額が5億円以上となるような高額契約は多いのでしょうか。
調べてみると、件数ベースでは小さくても、保険金額ベースでは大きいことがわかりました。損害保険料率算出機構によると、一般物件のうち5億円超の新契約は件数ベースで1.3%にすぎませんが、保険金額ベースでは66.0%となります。工場物件では件数ベースで12.6%、保険金額ベースで96.0%です(いずれの2020年度)。
保険金額ベースでは、一般物件と工場物件の高額契約が火災保険全体の6割を占めていますので、高額契約が保険会社の損害率に与える影響は大きいと言えます。

他方で、保険金支払額が5億円以上となるような高額契約が、2015年度に比べるとかなり増えていたこともわかりました。2020年度の高額契約の新契約(保険金額ベース)は、一般物件が2015年度対比で1.44倍、工場物件が同1.63倍です。高額保険金の支払いが増えたのは、保険業界が高額契約の引き受けを増やしたことも一因でした。保険業界の取り組みのほか、企業のリスクマネジメント意識の高まりもあるのかもしれません。
なお、高額契約の引き受けのピークは2019年度で、2020年度は引き受けを抑えた模様です。

発射台が低かった

もう一つ指摘すべき点があります。今回のデータの起点となっている2015年度は、この10年間で火災保険の発生保険金が少なかった年度のようなのですね。
例えば、東京海上日動とあいおいニッセイ同和が公表している火災保険(自然災害を除く)のEI損害率は、2015年度が最も低い数値でした(三井住友海上は2016年度がボトム)。自動車事故に比べると、火災保険の大規模事故の発生は振れが大きいでしょうから、低いところを発射台にすれば、当然ながら足元の比率値は大きく見えてしまいます。
今回のデータも2016年度を起点にすると1.73となり、「5年で約3倍」に比べると、ややマイルドになります。

こうした要因を考慮しても、おそらく高額契約の損害率は上昇傾向にあり、さらなる料率引き上げが必要なのでしょう。とはいえ、もう少し情報を出してくれないと、損保業界は(その意図がないとしても)都合のいい数字だけをピックアップして、保険ニーズの喚起を行っていると思われてしまいます。

※大濠公園の夕日(スタバのそば)です。

 

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金融市場の動揺

このブログのインフラ面を支えていただいているウィズハートの木代さんが、保険代理店業務のほうで「ウクライナ支援付き保険」の販売を始めました。まずは妊婦さん向け医療保険(アイアル少短、エクセルエイド少短)の代理店手数料の50%をウクライナに寄付するというもので、今後さらに他の保険にも広げていくのだそうです。こうした取り組みもあるのですね。

さて、今週のInswatch Vol.1128(2022.3.14)に寄稿した記事をご紹介します。
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期末の市場価格が決算を左右

ウクライナ危機で金融市場が動揺しています。株式リスクや信用リスクの大きい保険会社、あるいは金融市場に連動する保険契約を多く抱える保険会社では、3月末の市場価格によって2022年3月期決算の内容が大きく変わってきます。
ちなみに株式保有と決算の関係ですが、2019年7月に公表された会計基準では、それまであった「期末の貸借対照表価額に期末前1か月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる」という規定がなくなりました。基準を適用した会社では、3月末の株価が会計上の純資産やソルベンシー・マージン比率に直接反映されます(減損の判断基準としては引き続き平均価額を使えるようです)。

どの程度の影響なのか

昨年6月に金融庁が公表した「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する検討状況について」には、新規制導入のためのフィールドテストの結果として、2020年3月末時点における生命保険会社および損害保険会社のESR(経済価値ベースのソルベンシー比率、単体ベースの全社単純合算)とともに、所要資本(リスク量)の構成比が掲載されていました。
所要資本に占める市場リスクと信用リスクの割合は次の通りです。市場リスクによる影響、すなわち、市場価格の変動が保険会社の経営に与える影響は非常に大きいことが改めて確認できます。

 市場リスク  生保:52% 損保:59%
  うち株式  生保:28% 損保:58%
  うち金利  生保:31% 損保: 3%
  うち為替  生保:25% 損保:21%
 信用リスク  生保: 9% 損保: 4%

約2年前の数値ではありますが、その後の資産構成の変化などを踏まえても、傾向として大きく変わっていないと考えられます。ただし、ここでの株式リスクには子会社・関連会社株も含まれているので、特に損保では過大評価となっている可能性がある点にご留意下さい。

上場会社と非上場会社の情報格差は大きい

保険会社のステークホルダーが知りたいのは全社の合算値ではなく、個々の会社の経営リスクでしょう。市場リスクのうち株式リスクであれば、昨年12月末時点の株式保有残高はわかるので、株価下落の影響をある程度つかむことができます。ところが、株式以外の市場リスクや信用リスクに関する情報は非常に少ないのです。金利も為替もクレジット投資も外部からわかることは限られています。
その点、上場会社(持株会社グループなど)は投資家・アナリスト向けに任意の情報開示を行っていて、誰でも各社のサイトからアクセス可能です。例えば第一生命の場合、昨年12月末時点におけるオープン外債(為替リスクのある外債)は一般勘定資産の4.4%を占め、保有する外債の約8割がヘッジ付きであり、外債のうちBBB格のものは外債全体の約10%、といった情報を得ることができます。

各社の経営姿勢が問われる

保険業界には「上場会社はディスクロージャーが進んでいて当然」という感覚があるかもしれません。しかし、保険会社が提供する商品・サービスは自らの経営内容が直接的に影響するという点を忘れてはなりません。もし保険会社の経営が傾けば、将来の 保障(補償)が危うくなりますし、有配当契約の場合には、業績が順調であれば契約者は配当還元を期待できます。1年契約が主流の損害保険であっても、経営内容は引受方針や契約更改時の保険料率に影響を与えます。
ですから、保険会社は法令や業界基準として決められた項目を淡々と開示すればいいのではなく、契約者に有益と考えられる情報を積極的に出していく経営姿勢が求められています。いくらディスクロージャー誌のページ数が多くても、肝心のときに知りたい情報を得られないのであれば、保険業界は情報開示に後ろ向きと言われても仕方がありません。
顧客本位の経営とは保険販売や保険金・給付金の支払いに関することだけではないと思うのですが、いかがでしょうか。
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※写真は特急ゆふいんの森。念願の展望車です。

 

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日経フィナンシャルほか

連日のウクライナ危機のニュースには心が痛みます。保険会社への影響ですが、経済制裁は補償の対象外でしょうし、保険会社のロシア向け与信が大きいとも考えにくいので、まずは、金融市場動揺による影響が気掛かりです。

日経フィナンシャルに投稿

金融ビジネス向けの有料媒体である日経フィナンシャル(NIKKEI Financial)に寄稿した記事が3月8日に掲載されました。題名は「生保決算報道、『真の経営状態』に軸足を」です。

・新聞は生保決算の何を報じてきたか
・「保険料等収入」「基礎利益」が意味するもの
・誰のための報道なのか

本ブログの読者にはこれらの見出しだけでも概ね内容がわかってしまうかもしれません(笑)
とはいえ、これまでの日経フィナンシャルへの寄稿(3回)のうち、「新聞報道を批判する記事をよく日経が載せましたね」などと、これまでで反響が一番多かったです。機会がありましたらぜひご覧ください。
果たして5月の各紙の生保決算報道はどのようなものとなるのでしょうか。

決算公告の実施会社「わずか1.5%」

東京商工リサーチによると、2021年に官報で決算公告した株式会社は全体の1.5%だったそうです。
株式会社は会社法で毎年、決算公告を行う義務があります(罰則規定もあります)。ところが、254万社ある株式会社のうち、わずか4万社しか公告を行っていないというのですね。資本金の小さい株式会社の公告割合が極端に低いことから、東京商工リサーチは「小規模事業者の情報開示への認識が低い」としています。
すべての中小企業に決算公告の義務を課すべきかどうかという議論はありそうですが、少なくとも今の法令で決まっているにもかかわらず、法令違反を当局が何年も黙認しているのはどうしてなのでしょう。
この話(法人税のいびつな構造)とも関係しているのでしょうか。

※八女(やめ)福島の町並みです。静かなところでした。

 

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『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読んで

2月に出たトムソンネット編『図説 生命保険ビジネス【第2版】』を読みました。1つのテーマが見開き2ページで完結していて(左が図表、右が文章)、これだけ多くの図表を用意するのはさぞ大変だったのではないかと思います。

数ある図表のなかで私にとって興味深かったのは生命保険市場に関するのもので、なかでも目を引いたのは「会社グループ別死亡率(契約高ベース)推移」と「第三分野支払給付金の発生率推移」でした(いずれも178ページ)。

まず、生命保険会社の死亡保険金支払額が保有契約高に占める割合を伝統系(日本生命など)、分社系(伝統系のグループ会社)、外資系、損保系、異業種系で比べた図表では、伝統系が着実に上昇しているのに対し、外資系と異業種系はほぼ横ばいとなっています。本書では、伝統系の上昇を「若年層顧客を外資系以下の3つのグループに奪われたことによる保有顧客の相対的な高齢化によるもの」と推測しています。契約高ベースなので、伝統系が死亡保険重視から第三分野重視に移行してきた影響も大きいのでしょうね。
ちなみに分社系と損保系は近年になって上昇していますが、特定会社の影響が大きいのかもしれません。

もう1つの第三分野の支払給付金は、2020年度に発生率が下がったものの、傾向としては徐々に上がってきているようです。ただし、上がったといっても、経過保険料に対する発生保険金額の割合が30%ちょっとということで、いくらなんでも発生率が低すぎるように思えてしまいます。
本書では「高齢化により、特に終身保障のある保険で将来的な発生リスクの増加が懸念されている」と解説しています。とはいえ、賦課方式ではないので、この図表の発生率がどうなるかは別として、個々の契約者の年齢上昇は保険料に織り込まれていて、保有顧客の高齢化はあまり問題がないように思います。むしろ心配なのは、環境変化などにより発生率のトレンドが変わってしまうことでしょう。そのリスクと今の発生率の低さをどう捉えるべきかは悩ましいところですが、終身保障を提供するのがいいのかという疑問にたどり着いてしまいます。

他にも興味深い図表がいくつもあり、勉強になりました。

※写真は糸島(福岡県)です。

 

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教員としての気付き

インシュアランス生保版(2022年2月号第3集)に執筆したコラムです。
1か所訂正があります。原文では「学習指導要領の改訂で4月から中学・高校の金融経済教育が拡充される」となっていましたが、中学校はすでに2021年度から施行されていて、この4月から施行となるのは高校だけでした。お詫びして訂正いたします。
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福岡で専任の大学教員になって2年近くになる。私の教員生活はコロナ禍とともに始まり、今もコロナとの共存を余儀なくされている。それでもこの間、様々な発見があった。

まずは最近実施した定期試験について。選抜を目的とした入学試験とは違い、単位を付与するための試験は、こちらが必要と考える水準に学生が到達しているかの確認が重要である。私なりに試した結果、最も適切な出題方法は、意外にも「穴埋め問題」で、しかも、文章中の空欄に入れる候補となる用語をいくつも示している形式だというのが現時点での感触である。
私が講義で最も伝えたかった内容をきちんと理解している学生であれば、満点かそれに近い得点を取る一方、たとえ毎回講義に参加していても理解が十分ではないと思われる学生(小テストで確認)は、総じて高得点にはならなかった。用語を暗記していたとしても、用語を「知っている」と「理解している」とでは次元が違う。正誤を問う問題であれば対処できても(正誤問題は適当に選んで当たる可能性も高い)、候補となる用語の多い穴埋めは、内容を理解していないと正しく埋まらない。「記述式のほうが試験として優れている」「穴埋め問題は教員の手抜き」ということではなく、要は目的に応じた出題を心掛けるということに尽きるのだろう(穴埋めだとコピペの心配もない)。
もっとも、用語が示してあると解答する側が易しく感じるのか、多くの学生がすぐに解き終えてしまい、時間を持て余していたようだった。次回は何か工夫するとしよう。

学生の反応からも気付きがあった。担当するリスクマネジメント論の講義の中で、企業が取るべきリスクを取らないことは、リスクマネジメントの失敗であるという話をしたところ、反響が大きく、「印象に残った」「リスクを取らないとリターンを得られないというのに納得した」「リスクを避けることがリスクマネジメントではないのですね」といった感想が数多く寄せられた。
社会人経験のない学生にとって、そもそも企業活動をイメージするのが難しい。多くの学生は、「リスクとリターンは表裏一体の関係」「保険などを活用しながら避けたいリスクを避け、取りたいリスクを取るのが経営者の仕事」といったことを学ぶ機会がないまま、社会に出ていく。その結果、リスクという用語が危険や損失としてのみ使われ、社会にはゼロリスクを求める空気が蔓延し、企業も慎重になって稼ぐ力は一向に高まらない、とまで言ってしまうのは飛躍しすぎだろうか。
学習指導要領の改訂で4月から高校の金融経済教育が拡充される。個人としての金融リテラシーを高めるための教育ではあるが、単に金融商品の知識を得るだけにとどまらず、リスクとリターンの考え方など金融の基本的な考え方が普及し、徐々に現状が変わっていくことに期待したい。
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※写真は若松(北九州市)です。

 

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大手生保の資産構成の動向

昨年11月28日のブログと同じように、公表された大手生保の資産運用実績を、10月下旬に各社が特定メディアに説明した資産運用計画と比べてみました。概ね説明通りの実績となっているように思います。

【日本生命】
「2021年度下期の一般勘定資産の運用方針では、海外の社債などクレジット資産を中心に投資する計画だ。米国債や日本の超長期債への投資は足元の金利水準が魅力的ではないとして慎重な姿勢を崩していない」(10月26日ロイター)

クレジット資産かどうかはわかりませんが、9月末と12月末を比べると、外国公社債と外国株式等が増えています。
責任準備金対応債券区分の残高が増えているので、「魅力がない」とする日本の超長期債もおそらく購入が続いているのではないでしょうか。1-3月の動向に注目です。

【第一生命】
「円建て債券は責任準備金対応債券の積み増しにより残高を増やす一方、国内株式はリスクコントロールのため売却する。外貨建て債券については、金利や為替の水準次第だが、足元の水準程度での推移であれば残高の大きな増減は見込んでいない」(10月26日ロイター)

計画の通り、引き続き国内公社債を増やし、国内株式を減らしています。HDのIR資料によると、資産デュレーションは9月末の17.5年から12月末は17.6年と、やや伸ばしたといったところでしょうか。
外国公社債の残高はそこそこ減っているようです。IR資料に「外貨建債券運用の状況」という開示があり(今回が初めてでしょうか?)、外貨建債券の約80%が為替ヘッジ付きだそうです。
今さらですが、プロテクティブの確定利付き資産は、BBB格以下が46%を占めているのですね。

【住友生命】
「長引く低金利環境でのリターン確保を目指し、為替リスクをヘッジしないオープン外債を数千億円規模で積み増すほか、外部委託での海外クレジット投資にも力を入れる方針を示した。一方、国内債券は25年の経済価値ベースの資本規制導入を前に金利リスクを削減するため、超長期国債をメインに1000億円程度積み増す方針」(10月26日ロイター)

為替ヘッジ状況の手掛かりはありませんが、確かに外国公社債が9月末に比べて2000億円以上増えています。外国株式等も増えていて、「外部委託での海外クレジット投資」がここに含まれるのでしょうか。
国内公社債はそれほど増えていないように見えます。

【明治安田生命】
「25年の経済価値ベースの資本規制導入に向けて、円建て債券の積み増しや国内株式の売却によりリスク低減を図る一方、総合的な利回り確保のために外貨建てクレジット資産や外国投信などへの投資にも積極的に取り組む方針を公表した」(10月25日ロイター)

12月末時点では、国内株式の売却はあまり進んでいないように見えますが、責任準備金対応債券区分の残高は引き続き増えています。外国公社債や外国株式等が増えていて、クレジット資産や外国投信に積極的に取り組んだ結果なのかもしれません。

【かんぽ生命】
「円金利資産は総資産が縮小する見込みのため残高を減らす一方、国内株式やオルタナティブ資産を積み増す計画を示した。外貨建て債券については、為替ヘッジ付き・オープンともに残高は横ばいを見込むが、特にオープン外債には慎重な姿勢を見せた」(10月27日)

総資産が3か月で1兆円ほど減るなかで、確かに国内株式や外国株式等は増えていますし、IR資料からも内外株式とオルタナ投資の増加が確認できます。
資産が減っているのは旧区分だけではなく、新区分も減っているのですね。

※終着駅シリーズ。北九州の若松駅です。

 

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保険マーケティングの課題

今週のInswatch Vol.1124(2022.2.14)に寄稿した記事をご紹介します。保険業界の常識は世間の非常識という例かもしれません。
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東京海上グループで商品開発に長年携わってきた星野明雄さんがこのたび『保険商品開発の理論』(保険毎日新聞社)という書籍を出版しました。
はしがきに「保険商品開発の理論を解説したテキスト」とあるとおり、ご自身の経験を踏まえた商品開発担当者向けのテキストなのですが、販売実務に関わる皆さんにも大いに参考になりそうな内容でした。

レーティングとプライシング

保険業界のかたであれば、保険料はどう決まるのかという勉強を一通りしているのではないかと思います(私も大学の講義で教えています)。保険金額と発生率、必要に応じて安全割増を考慮して計算した純保険料に、保険事業運営の費用を賄う付加保険料を加えたものが保険料(営業保険料)です。本書ではこれをレーティングと呼んでいます。
しかし、こうして決まった保険料は保険会社の都合だけで決まっていて、保険マーケットのことを全く考えていません。価格に応じて販売量がどう増減するかを予測し、これを踏まえて保険料を決めるというのが、市場経済の標準語であるプライシングです。プライシングの世界では、消費者がこの価格であれば買ってもいいと考える値段を付け、社会全体の付加価値を生み出すことを目指します。

保険業界は久しくマーケティングが弱いと言われてきました。とりわけ歴史の長い保険会社は募集活動に大きな経営資源を割いていて、「マーケティングといえば、その販売部隊を管理するチャネルマーケティングを意味するケースが多くみられます」(本書132ページ)。レーティングの世界は市場経済とのつながりがないので、マーケティングと言われてもピンとこなかったというのが正直なところかもしれません。

等級プロテクト特約はなぜ失敗したか

商品開発の失敗例として、本書では自動車保険の等級プロテクト特約を挙げています。
この特約があれば、事故を起こして保険金を請求しても、翌年の等級が下がらず、保険料が値上げにならないということで、人気がありました。ところがこの特約が普及すると、小さな事故でも保険金を請求する契約者が増えてしまい、採算が合わなくなってしまったという結末です。

採算が合わなくなったのは、保険料の設定が甘かったからでしょうか。本書では、より本質的な理由は、この特約が社会全体の利益を高めるものではなかったからと説明しています。
確かに個々の契約者だけを見れば、この特約があれば、等級制度による保険料引き上げから逃れることができました。しかし、この特約が広く普及すると、リスクに応じた保険料という仕組みが機能しなくなってしまい、全体として保険の機能が不安定なものとなりかねません。失敗の本質は、この特約が社会全体に新たな価値を提供するものではなかったところにあります。

保険の価値を学ぶことができる

マーケティングの本は数多くあっても、保険に特化したマーケティングを取り扱った書籍はほとんど見当たりません。あったとしても、総じて販売ノウハウの紹介が中心のようです。「ニーズがネガティブ」という保険商品の特性はわかっていても、それが保険ニーズの分析にどう結びつくのか。割引についてどう考えたらいいのか。本書はこのような話を理路整然と、かつ、非常にわかりやすく示しています。
保険の価値についての考察では、なんと「保険の面倒くささ」についての深い洞察もあり、筆者でなければ書けない内容だと思いました。
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※写真は終着駅シリーズ(?)、香椎線の宇美駅です。

 

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エンベディッド・インシュアランス

話題となっていた書籍「エンベディッド・ファイナンス」をようやく読みました。
日本語では「組込型金融」と言ったらいいのでしょうか。非金融企業が既存サービスに金融サービスを組み込んで提供することを指し、本書によると、フィンテックの潮流としては、「フィンテック企業の登場と金融機能のアンバンドル化」「オープンAPIによる銀行とフィンテック企業との協業実現」に続く第3の波に位置付けられるとのことです。

読んでいて気が付いたのは、エンベディッド・インシュアランス(組込型保険)の事例として紹介されているのは損保分野ばかりということです。モバイル端末の補償保険、ANAのキャンセル保険、テスラの自動車保険、マイクロソフトのサイバー保険などなど。
決済、融資、バンキング(口座提供や資金移動など)、保険、投資の5分野のうち、エンベディッド・ペイメント(決済)が最も先行しているのは、物を買うと代金の支払いが必ず伴い、組み込んでシームレスになることで利便性が高まったと消費者に実感してもらいやすいからだと理解しました。とはいえ、本書で紹介されていないだけで、事業会社が提供する商品・サービスの一環として生命保険や医療保険が組み込まれていて、消費者が自然な流れで加入するという事例はすでにありそうですし、今後増えていくのではないかと思います。

損保分野がエンベディッド・インシュアランスとの相性がよさそうなのは、損害保険は何かの商品・サービスを購入したり、利用したりするのと同時に加入することが多いからかもしれません。つまり、シームレスの程度はともかく、加入シーンとしてはもともとエンベディッドされているのですね。
大手損保の販売チャネルを見ても、保険専業の代理店による販売は全体の3割弱で、自動車ディーラーや整備工場、不動産業、金融機関、旅行業といった兼業チャネルが比較的大きなシェアを占めているようです。ですので、技術面の進展次第でエンベディッド・インシュアランスの流れが加速する可能性は高そうですし、あとは保険会社の戦略次第なのでしょう(卸売業者として黒子に徹する、自らがプラットフォーマーとなる、はたまた、時計の針を止める努力をする、などでしょうか)。
このあたりは専門家の話をうかがいたいところです。

※写真は大学近くの梅林(うめばやし)の梅です。

 

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