2023年 4月 の投稿一覧

FRBの「失敗」報告書

前回のゼミでは「失敗を生かす」というテーマで、まずはゼミ生に(他人に語れるような)失敗談を披露してもらいました。
入浴中にスマホを水没させてしまったとか、家のなかで骨折してしまったとか、肉じゃがを作ったつもりが煮詰めすぎて照り焼きになってしまったとか、皆さんいろいろな失敗をしているのですね。
私も「お湯張りをして風呂に入ろうとしたらお湯が入っていなかった(栓がずれていて、お湯がたまっていなかった)」という失敗談を披露しました(笑)

個人はともかく、組織において失敗は隠すべきものではなく、次に大きな失敗を起こさないための重要な手掛かりとなりうるものです。また、不幸にも大きな失敗をしてしまったときには、表面的な責任追及ではなく、真の原因にどこまで迫れるか、どうやって迫ればいいか。このような話をしてみました。

米FRBが、3月に破綻したシリコンバレー銀行(SVB)の検証結果を公表したというニュース(例えばこちら)を見ると、失敗してしまったのは問題だけど、それを生かそうという国としてのガバナンスはしっかりしていることがうかがえます。
もちろん大きな失敗をすると被害が大きくなるので、その前に対応すべきではありますが…

ちなみに原文はこちらです。ご関心のある方はぜひご覧ください。

※JR九州のクイーンビートル号です。

 

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正常性バイアス

以前このブログで『人はなぜ逃げ遅れるのか』という書籍をご紹介したことがあります。15日に起きた岸田首相襲撃事件の映像を観ていて、この本に書かれていた「正常性バイアス」を思いだしました。正常性バイアスとは「これくらいなら大丈夫だろう」とリスクを過小評価してしまいがちであるという、心理学の用語です。

岸田首相に向かって何かが投げられたときの、警護をしていた和歌山県警のかたの反応は見事なものでした。緊張感をもって任務を遂行していただけではなく、おそらく日ごろから訓練などもしているのでしょう。
他方で、冷静に考えれば、首相にとって危険と考えられる何かは、そこに集まっていた聴衆にとっても危険なものである可能性が高いので、首相と同じようにその場からできるだけ速やかに逃げるのがベストな行動だと思います。
しかし、爆発物が爆発した直後の映像を観ると、何かが投げ込まれてから爆発まで1分近くあったにもかかわらず、多くの人がその場に残っていました(写メを撮っている姿もあったような…)。犯人の取り押さえに人々の注意が向かってしまったのかもしれませんが、もし爆発物の威力が大きければ、人的な被害が出ていたでしょう。
現場にいて危険を速やかに察知し、行動に移すことの難しさを改めて感じました。

私自身も2011年の東日本大震災で似たような経験をしています。これも以前のブログで紹介していますが、学会主催のイベントに参加した際に地震に遭遇し、しばらくしてから会場のシャンデリアが落下したということがありました。
地震発生でTさんのスピーチが止まったあと、私も含めて会場にいた数百人の参加者はそのまま座っていました。私は天井のシャンデリアが揺れているのには気がついていた(自分の頭上ではなかった)ものの、「この程度の揺れで落ちることはないだろう」と思っていました。まさに正常性バイアスが働いたというべきでしょう。学会メンバーのKさんが「シャンデリアの下にいる人は席を離れてください」と叫ばなければ、おそらく怪我人が出ていたはずです。

正常性バイアスから逃れることはできないにせよ、まずは事件や事故、災害などの際にはこのような心理が働くということを知っておきたいものです。

※写真は武蔵小杉のタワーマンションです。

 

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韓国信用市場の動揺

今月に入りIMFは最新版の国際金融安定性報告書(GFSR)のなかで、保険会社を含むノンバンク金融仲介機関の脆弱性が増しているという報告を行いました。報告書の2章を確認したところ、ケーススタディとして「2022年の英国年金基金の流動性危機」「Commodity-trading firms」「Private Credit Markets」とともに、「最近の韓国で生じた信用市場の動揺」というトピックが載っていました。
恥ずかしながら最近の韓国で金融市場の動揺があったことをフォローしていなかったので、IMFの報告書のなかで、昨年11月から12月にかけて、短期の信用スプレッドが200ベーシスを上回ったというグラフを見つけて驚いた次第です。これはリーマンショック以来の高水準となります。

私が「低金利下における生命保険会社の金利リスク対応ー日本・台湾・ドイツ・韓国の事例から考える」を論集に発表した2020年ころまでの韓国は、金利水準の低下局面が10年以上も続いていました。しかしその後、0.5%だった政策金利の引き上げが2021年8月から始まり、直近では3.5%となっています。
そのような金利上昇局面で起きたのが「レゴランド問題」です。エコノミストOnlineの記事によると、テーマパーク(春川のレゴランド)建設の資金調達にプロジェクトファイナンスを活用していたところ、債務保証をしていた地方政府が、いざ履行が必要となった際(2022年9月)に履行しないと言い出したことで、金融市場は大混乱に陥りました。大型開発案件の資金調達が厳しくなっただけではなく、優良企業の社債市場にも混乱が波及し、政府が社債やCPを買い入れるという、緊急の資金供給を実施するに至りました。

日本は金利上昇局面に入ったとまでは言い難い状況ですが、米国のシリコンバレー銀行の破綻を含め、金融市場が大きく動いた際には、何も起きないということはまずないと考えておくべきなのでしょう。

※写真は福岡・大濠公園です。

 

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保険商品の特殊性

今週のInswatch Vol.1180(2023.4.10)に寄稿した記事をご紹介します。
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原材料を仕入れなくても販売できてしまう

保険が他の商品と異なる点として、保険会社は事前に原材料を仕入れなくても保険を提供できてしまうということがあります。
例えば自動車メーカーは、事前に原材料である鉄やゴム、ガラスなどを仕入れることができなければ自動車を製造・販売できません。ですから、原材料価格がよくわからない段階で自動車を販売するようなことはなく、あくまで仕入れが先で、販売が後になります。
レストランも同じです。事前に食材を調達しなければ顧客に食事を提供できませんし、食材の価格が上がれば、メニューの値段を上げるのは当然です(もちろんマーケティング上の理由などから、原材料価格の上昇を承知のうえで値段を維持することはありえます)。

ところが、保険会社が保険金を支払うのは将来のことであり、かつ、将来支払う保険金額は販売時点で確定していません(保険事故が起きなければ支払わないこともあります)。このため、事前に原材料を仕入れていなかったり、原材料価格のことを十分に理解していなかったりしても、保険会社は保険を提供できてしまいます。
とりわけ販売競争が激しくなると、販売数を伸ばすために価格競争に陥りやすく、原価割れの危険が高まります。

販売停止となるのはなぜか

保険会社が保険を提供するにも、やはり原材料が必要です。保険は保険事故が生じた際、契約どおりに保険金を支払うという商品なので、特に長期の保険の場合、保険会社は保険料を受け取れば十分というのではなく、金融市場から将来の保険金支払いに備えたキャッシュフロー(無リスク債券)を仕入れる必要があります。加えて、保険会社は将来の保険金支払いの不確実性というリスクも抱えています。
もしも原材料を仕入れる前に金融市場の変動により原材料価格が上がってしまったり、原材料価格の適切な把握に失敗(例えばパンデミックのリスクを過小評価)してしまったりすると、保険会社の経営に深刻な影響を及ぼすこともあります。

保険を販売する皆さんにとって、売れ筋商品の販売停止はできるだけ避けたい事態だと思いますが、保険会社がしばしば保険商品の販売を停止するのにはこうした背景があるからです。すでに提供してしまった保険を無効にはできませんので、販売停止に踏み切ることで、これ以上傷口を広げないようにしているのです。

販売停止も簡単ではない

保険会社の目線に立つと、実のところ販売停止によるリスクコントロールもそう簡単ではありません。
自動車メーカーなら「100台限り」と決めてしまえば、それ以上売ることはありませんし、レストランも「ランチは30食限定」とすれば、原価割れの値付けだとしても、そこで止まります。いずれも事前に原材料を用意していなければ提供できないからです。

ところが同じことが保険では難しいのです。保険会社は顧客への配慮などから、ただちに販売停止という対応ではなく、「○○日で販売停止」とするので、売れ筋商品であれば必ず駆け込み需要が生じてしまいます。引き受け金額の上限を定めていたとしても、前述のとおり、保険は原材料を仕入れずとも販売できてしまうので、結果として上限を大幅に上回ってしまうこともありえます。
日本の例ではありませんが、昨年、台湾の損害保険業界がコロナ関連保険のリスク管理に失敗し、多くの会社が資本不足に陥りました。現地で確認したところ、その一因として売り止め前の駆け込み需要が殺到し、上限コントロールが実質的に機能しなかった点も挙がっていました。

皆さんが取り扱っている保険という商材にはこうした特殊性があることを改めてご認識していただければと思います。

※今回は共著である『経済価値ベースの保険ERMの本質』(金融財政事情研究会)の一部を参考にしました。
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※大学から博多駅や福岡空港が近くなりました!

 

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クレディ・スイス

経営危機に陥り、同じスイスを拠点とするUBSに買収されることとなったクレディ・スイスの報道を見ていると、この銀行の投資銀行部門が荒っぽいビジネスを行うのは30年前と全く変わっていないことがよくわかりました。
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クレディ・スイスでは近年、ブルガリアの麻薬組織によるマネーロンダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職への関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客データのメディアへの大量リークなど不祥事が相次いでいた。
これに加え、破綻した英金融ベンチャー、グリーンシル・キャピタルの創業者レックス・グリーンシル氏や、破綻に至ったアルケゴス・キャピタル・マネジメントとの関係が明らかになったことで、内部統制の甘さが浮き彫りになった。この結果、多くの顧客が同行に見切りをつけ、2022年後半に前例のない規模の顧客流出が進んだ。
2023年3月16日のBloombergより)
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30年前のほうは、一昨年に話題となった『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』にいろいろと記述がありますので、一部を引用しましょう。

「(1999年に不良債権の『飛ばし』スキームについて調べたところ)一番派手にやっていたのがクレディ・スイス・グループだった。(中略)英当局が自慢した収益力の源泉は『飛ばし』の幇助によるものだった」(66ページ)

「クレディは山一や長銀、日債銀など大手の金融機関に売り込む一方、国際証券グループを手足に使って列島の隅々まで『飛ばし』デリバティブを売りつけた」(73ページ)

「二月に入って、三重県信用組合が国際証券の仲介でクレディの『飛ばし』商品を買っていたことが明らかになった。含み損のある7億円余の株式を飛ばしたのだが、それが二十億円以上の損失になって舞い戻ってきて、三重県信組は債務超過に陥った。損失を隠すつもりが、結局、自らの首を絞めることになった」(74ページ)

「(金融庁がCSFPの銀行免許を取り消したことを受けて)クレディ・スイス・グループの社員の多くがこのとき退職を迫られた。だが、儲かる日本を彼らがみすみす見逃すはずはなかった。一部は香港やシンガポール、スイスに散り、日本向けビジネスの捲土重来を期すことになった」(81ページ)

当時のクレディ・スイス・グループの事例では、株主はむしろ執行サイドの食い物にされたというべきかもしれません。支配株主が存在するからといって、株主からの経営への規律付けが働くとは限らないわけでして、とりわけ金融ビジネスでは健全な企業文化を育てることが重要なのだと思います。

※4月ですね!

 

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外資系生保のガバナンス

インシュアランス生保版(2023年3月号第4集)に寄稿したコラムをご紹介します。3月13日にInswatchに寄稿したコラムと同じく、外資系生保のガバナンスについて書きました。
他の視点として、グループの採用する統治スタイル(中央集権型/分権型)も関係してくると思います。
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2013年以降、政府が成長戦略の一環として進めてきた日本のコーポレートガバナンス改革は、主として上場会社を対象にしている。
日本では支配株主を有する上場会社も少なくないとはいえ、総じて言えば、上場会社では所有(株主)と経営が分かれており、経営が株主の期待どおりに行動しないという問題(狭い意味でのエージェンシー問題)を解消するため、社外取締役の活用や指名委員会等の設置など、ガバナンスを強める取り組みを行ってきた。上場会社が取り組むべき行動原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」では、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出には従業員や顧客、取引先、債権者、地域社会といった様々なステークホルダーとの適切な協働が不可欠としているものの、基本的には株主からの経営への規律付けを念頭に置いている。

ところで生命保険業界に目を転じると、株主のいない相互会社は5社に限られる一方、全28社・グループのうち、実に20社・グループが特定の親会社・グループの傘下にあり、支配株主を持たない保険会社の数は少ない。親会社の傘下にある保険会社では、経営は親会社の選んだ経営者が担うので、所有と経営が実質的に分かれておらず、前述のような狭義のエージェンシー問題は生じにくい。
事業会社に比べると、保険会社など金融機関のガバナンスには大きな特徴がある。それは、株主以外からの経営規律が働きにくいことである(規制当局を除く)。事業会社の債権者といえば銀行や社債の投資家だが、保険会社の債権者の多くは契約者であり、単なる顧客ではない。だからこそ、保険会社の経営が破綻してしまうと、契約者が損失を被ることになるのだが、経営危機時を除き、契約者は通常、加入している保険会社経営への関心は低く、情報も劣位にある。

こうした特徴は支配株主の有無とは関係がない。ただし、親会社を持つ保険会社では、親会社である株主からの規律が働きやすいがゆえに、かえって契約者の利益が守られにくい面もあるのではないか。
グループにおける当該事業の重要性によって、子会社の経営に求める管理水準には違いが見られる。例えば、日本の事業がグループの中核を占めるほど重要であれば、子会社の持続的な成長には契約者をないがしろにするような経営は本来ありえないはず。しかし、それほどの重要性がなく、関心も低ければ、グループとしては一定の数字さえ出してくれれば十分であり、そうなると子会社の経営者は求められた数字を出すことに集中する。最近、外資系生保が相次いで行政処分を受けたのは、背景にこのような構図がある。

上場会社や相互会社のガバナンスだけではなく、親会社を持つ保険会社のガバナンスを強めるにはどうしたらいいかも真剣に考える必要がありそうだ。
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※東京の桜もきれいでした。

 

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