ベトナムの旅(4)

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旅の最後はベトナム中部の港町ホイアンでした。
歴史的な町並みが残り、世界遺産に指定されています。
車やバイクの乗り入れを制限しているので、落ち着いた町でした。

現在残っている町並みは古くても18世紀以降のものですが、
ホイアンが国際貿易港として最も繁栄したのは17世紀です。
17世紀前半には鎖国前の日本からの朱印船が来航し、
大規模な日本人町がありました。

17世紀の東南アジアは国際的な貿易が盛んで、
中国人やオランダ人ばかりでなく、日本人の海外進出も目立ちました。
山田長政がアユタヤで活躍したのもこの時代です。

しかし、江戸幕府の鎖国政策により、状況は一変します。
朱印船の来なくなったホイアンの日本人町は徐々に衰退し、
17世紀末には4、5軒しか住んでいなかったようです。

当時をしのぶ建物はほとんど残っていません。
ただ、町のシンボルとなっている屋根付き橋の名前は通称「日本橋」。
日本人町の入口にあったから、あるいは日本人が作ったからと言われています。

もう一つ、町から少し離れた田んぼのなかに日本人の墓があります
(下の写真)。
鎖国令が出て、多くの日本人が帰国するなかで、
ホイアンにとどまろうとした谷弥次郎兵衛の墓だそうです。

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※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

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