2023年 6月 の投稿一覧

大手損保のカルテル事件

私のゼミでは年に数回、金融・保険分野の実務家をゲストとしてお招きしています。
先週(22日)は福岡財務支局の永松さんに金融リテラシー向上をテーマにした授業をお願いしました。その様子がニッキンオンラインで紹介されています(こちら)。
グループワークには福岡信用金庫の若手職員にも加わっていただき、中身の濃い授業になりました。関係者の皆さま、ありがとうございました。

さて、東急向けの保険契約で保険料の調整行為が行われていたというカルテル事件が発覚しました。
幹事会社である東京海上日動をはじめ、共同保険に関わっていた保険会社が関与を認め、リリースを公表しました
三井住友海上あいおいニッセイ同和損保ジャパン)。

共同保険とは、複数の保険会社が分担してリスクを引き受けるもので、保険会社は引受割合に応じて責任を負います(連帯責任ではありません)。顧客の意向で入札が行われるのが一般的で、本件では顧客が入札時の保険料水準に疑念を持った(4社の保険料が同水準だった)ことを契機にカルテルが発覚したそうです。

東京海上日動によると、複数の社外弁護士を起用した特別調査委員会を設置し、事実関係の確認に努めているとのことです。
現時点でわかっていることとして、4社とも東急の株式を政策目的で保有し、最も保有数が多い東京海上日動が主幹事を務めているという話があります。ただし、上位10社を占めるほどの大株主ではありません。

東京海上日動 4,388,338株(2023/3末)
三井住友海上 1,467,105株(2022/3末)
あいおいND   913,814株(2022/3末)
損保ジャパン 3,235,785株(2023/3末)

ところで、各社のリリースにも報道にも「代理店」が出てこないのはどうしてなのでしょうか。
一般的には大企業向け保険の多くが直扱い、すなわち、保険会社が企業に直接販売する、というのではなく、企業がグループ内に設立した企業代理店(機関代理店)を通した契約となっています。東急グループにも東急保険コンサルティングという専業保険代理店があり、2022年3月期の売上高は17.4億円に上ります。
保険料率が自由化される以前であれば、大企業といえども保険会社と価格交渉する余地がなかったので、企業は代理店を作り、保険会社から代理店手数料を受け取るのが合理的だったのかもしれません。しかし、料率が自由化された今では、価格交渉によって保険料が減ると、企業代理店の収入も減ってしまいます。もちろん企業からすれば、優先すべきは自らのリスクマネジメントを効率的に行うことであり、そのための専門人材(リスクマネジャー)も必要なのですが、他方で企業代理店は総じて企業OBの受け皿となっていて、専門的な仕事は保険会社の営業担当社員や保険会社からの出向者が行っていたりします(東急グループの話ではなく、あくまで一般論です)。
このような市場慣行があるなかで今回の件が生じたのかどうかはわかりません。ただ、大企業向け損害保険の世界は外部から見て謎が多いのは確かです。

※写真は東京・新橋駅です。

 

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大手生保の新契約

金融庁が主要生損保の令和5年3月期決算の概要を公表していますね。生命保険会社については相変わらず「保険料等収入」「当期純利益(純剰余)」「ソルベンシー・マージン比率」の動きを説明しています。

「保険料等収入は、海外金利の上昇により、一時払外貨建て保険の販売が増加したことなどから、前年に比べ増収」

先日のブログで書いたように、昨年度の保険料等収入は外貨建て一時払い商品の販売が増えたということしかわかりません。
しかも、保険料収入が4.7兆円増えた一方で、解約返戻金も3.4兆円増えました。現場ではどのような販売活動が行われているのか知りたいところです。

では、大手生保が主力としてきた営業職員チャネルによる平準払いの保障性商品はどのくらい売れたのでしょうか。
これが公表資料だけではなかなかつかみにくいのですが、個人保険の新契約年換算保険料(ANP)を軸に、各社の説明資料を参考にしながら動向を探ってみました。
結論を先に言えば、新契約はコロナ前の水準に総じて戻っておらず、生産性の向上が課題となっているようです。

【日本生命】
日本生命は決算説明資料などでチャネル別の新契約ANPを公表しています(国内4社合計、個人保険・個人年金保険)。これによると、はなさく生命が好調な代理店チャネルはコロナ前の2019年度を大きく上回っているものの、営業職員チャネルは2019年度を16%下回りました。
円建ての一時払い貯蓄性商品の販売減少のほか、IR資料によると、営業職員の生産性向上と職員数の維持拡大が課題となっているそうで、おそらくコロナで訪問活動や採用活動が制約されている影響が出ているのではないかと思います。

【第一生命】
投資家・アナリスト向け情報開示が進んでいるうえ、営業職員チャネルは第一生命、銀行窓販は第一フロンティア生命、代理店チャネルはネオファースト生命なので、4社のなかで最も状況を把握しやすいです。
営業職員チャネルは苦戦が続いています。個人保険の新契約ANPはコロナ前の2019年度に比べて半減しており、第三分野だけをみても半減しています。EVの新契約価値も低調です。
IR資料によると、「既契約のお客さまを中心とした営業活動による新たなお客様づくりの遅れ」「生涯設計デザイナー(営業職員)チャネル体制改革を企図した運営変更」等が背景にあるとのことです。

【住友生命】
4社のなかで最も情報が少ないので推測を含みますが、銀行窓販の収入保険料を期間20年で年換算すると、昨年度の営業職員チャネルはほぼ横ばい、2019年度の8割前後の新契約ANPの水準ではないかと思います。
主力商品「Vitality」の新契約件数は、Vitalityスマート(保険契約なしの商品)も含んだ数値ではありますが、2019年度を大きく上回っています。これが新契約ANPにどう影響しているのかは、残念ながら全くわかりません。
代理店チャネルのメディケア生命の新契約ANPは第三分野を中心に200億円をやや下回る水準で推移しており、堅調と言えそうです。

【明治安田生命】
決算説明資料でチャネル別の情報を提供しています。これによると、営業職員チャネルは前期比40%増となりました。ただし、このなかには外貨建て一時払い保険も含まれています(保険料収入で約4100億円の増収)。
そこで「保障性商品新契約ANP」という数値を見ると、こちらは約10%の増収でした。コロナ前の2019年度と比べても2.4%の増収です。
もっとも、明治安田生命はこの間、営業職員の数を約10%増やしている(日本生命と第一生命は減少、住友生命は4%増)ので、その影響もあるかもしれません。

以上になります。ご参考まで。

※前々回のブラタモリは大阪・梅田でしたね(季節外れの写真ですみません)。

 

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大手損保の国内事業戦略

最初にご案内です。6月28日の夜(18:00-19:00)に損保総研の特別講座で講師を務めます。演題は「保険会社経営の今後を探る ~最近の環境変化を踏まえて~」でして、ここ数年、定点観測的にお話をしているものです。
今回も対面ではなく、オンラインによるライブ配信ですので、ご関心のあるかたはぜひお申し込みくださいね。

さて、今週の保険代理店向けメールマガジンInswatch Vol.1188(2023.6.12)に寄稿したコラムをご紹介します(IR資料へのリンクを加筆しました)。
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3メガ損保グループはそれぞれ四半期ごとに投資家・アナリスト向けに決算説明会(電話会議を含む)を開催しているほか、半期ごとにグループ戦略を説明するIRミーティングを行っています。
直近のIRミーティングが5月下旬にありましたので、今回は各グループによる国内損害保険事業の取り組み方針の概要を紹介します(詳細な情報は各社のIRサイトで確認できます)。

東京海上(5月24日開催)

東京海上グループは「国内損保事業でNo.1の成長とマーケット対比優位な収益性を実現している」とアピールしたうえで、着実な保険引受利益の成長のために次の5点にフォーカスすると説明しています(資料はこちらです)。

・自動車保険の収益維持
・火災保険の収益改善
・新種保険の拡大
・事業効率の向上
・新たなビジネスモデル

事業効率の向上に関して、現在の中期経営計画(2021~23年度)では約400億円のデジタル投資を行い、社内事務を徹底的に削減することでコンバインドレシオの改善を図るとしています。今回のIRでも、事務量削減の進捗状況と、それによって生まれた資源の再配分について定量的な説明がありました。

MS&AD(5月25日開催)

MS&ADグループは企業価値向上への取り組みとして、国内損保事業の主要戦略として次の4点を掲げています(資料はこちらです)。

・自動車保険の利益維持
・火災保険の利益改善
・新種保険の利益拡大
・事業費の削減

事業費の削減については、2022年度からのグループ中期経営計画で打ち出した1プラットフォーム戦略(ミドル・バック部門の共通化・共同化・一体化)の進捗状況を示しました。例えば、一部SCでの同居やコンタクトセンターの拠点同居(関西)が順次始まっていくそうです。

SOMPO(5月26日)

SOMPOグループからは「事業環境の悪化を踏まえ、収益回復に向けた新たなアクションを開始する」という説明がありました(資料はこちらです)。事業環境の悪化とは、インフレによる保険金増加や激甚自然災害の頻発化などのことです。収益回復に向けた新たなアクションとしては、以下を示しています。

・踏み込んだ収益改善策(火災保険・自動車保険・新種保険)
・更なる生産性向上策

更なる生産性向上策としては、商品の統廃合・簡素化による物件費の削減と組織体制の最適化によって、5年後の事業費率を31%台に下げる方針を打ち出しています(直近は33.9%)。

チャネル戦略への言及なし

こうして見ると、自動車保険の収支悪化にどうやって歯止めをかけるか、火災保険を赤字体質からどうやって脱却させるか、事業費のうち社費(人件費と物件費)をどうやって削減するか、というのが国内損保事業についての共通した関心事項だとわかります。
他方で国内損保事業のビジネスモデルの根幹をなす、代理店を軸としたチャネル戦略に関する記述は各グループともにほぼ見当たりませんでした。各社は中計で、「代理店システムの刷新等により、代理店の顧客接点および営業力を高度化」「オンライン商談等を活用した新たな募集モデルの構築」(いずれも東京海上グループ)、「代理店の高品質化・自立化を中心とした販売網構造改革に注力」(SOMPOグループ)などを掲げ、各社の代理店あたり収入保険料も着実に増加しているのですが、全く言及がないというのは不思議な気がします。
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週刊ダイヤモンドに寄稿

6月5日発売の週刊ダイヤモンドに「台湾・損保のコロナ保険危機 リスク管理上の二つの教訓」という論文を寄稿しました。紙媒体のほか、有料会員はダイヤモンドオンラインでも読むことができます。

ダイヤモンドオンライン(有料会員限定)
前編
後編

以前このブログでもご紹介したとおり、コロナ保険を大々的に提供していた台湾の損害保険会社が、政府の政策変更によって相次いで資本不足に陥るという「事件」が発生しました。2022年のコロナ保険の収入保険料が業界全体で約250億円(円換算)だったのに対し、支払保険金はなんと約1兆円(同)に達しました。東京海上グループが2022年度決算で台湾コロナ保険に伴う損失を約1000億円計上したのもこの事件によるものです。

この事件を表面的にとらえると、政府のゼロコロナ政策がずっと続くと過信した台湾損保業界が目先の販売拡大に走り、突然はしごを外されてひどい目にあったという話です。とはいえ、この失敗から学ぶべきことも多いと思います。
論文では、「リスクマネジャーは政策変更リスクを常に意識し、リスクへの感度を高めなければならない」「業界全体が一つの方向に向かっているときに、自社だけが別の行動をとるにはどうしたらいいか」という2つの教訓を示しました。詳細はぜひ週刊ダイヤモンドまたはダイヤモンドオンラインをご覧ください。

なお、論文では行政の対応について、「当局がコロナ保険の販売を促したかどうかについては証言が分かれたが、業界をうまく指導できなかったとはいえるだろう」と書きました。日本もそう言われていますが、台湾の保険当局もコロナ禍における保険業界としての積極的な取り組みを求めたようです。「(ゼロコロナ政策が続いているなかで)コロナ保険の提供をやめようとした会社がいくつかあったが、当局がいい顔をしなかった」という証言もありました。参考までに記しておきます。

 

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保険料等収入は売上高ではない

このブログでは何度も指摘していますが、生命保険会社の保険料等収入は売上高ではありません。しかし、今回も主要紙は、保険料等収入を生保の売上高として生保決算を報じました。

日経「生保の売上高指標の一つである保険料等収入は主要16社で約37兆6000億円と2割近く増えた」

朝日「外貨建て商品の売れ行きが好調で、扱いの多い第一生命は売上高にあたる保険料等収入で日本生命を抜き、8年ぶりに首位に立った」

読売「生命保険大手4社の2023年3月期連結決算が24日出そろい、売上高にあたる保険料等収入で、第一生命保険が日本生命保険を上回った」

毎日「米国など海外金利の上昇に伴い、外貨建て保険の販売が増えたことから、売上高に当たる保険料等収入は4グループとも増収だった」

(いずれも5月25日の朝刊より引用)

保険料等収入を売上高として決算結果を語るのがなぜダメなのか。

例えば、第一生命(単体)の前期の保険料等収入は約2.2兆円、第一フロンティア生命も約2.2兆円でした。
しかし、第一生命は保険料を月々受け取る契約が大半なので、おそらく2.2兆円のうち2兆円は前期に販売したものではなく、それ以前に獲得した契約からの保険料収入です。
他方、第一フロンティア生命は保険料を契約時に一括して受け取る商品を主に提供する会社なので、2.2兆円はほぼ前期に販売した契約からの保険料収入です。
両者を合計した数値に「売上高」としての意味があるでしょうか。

別の例を示しましょう。
例えば前期に保険金額1000万円の終身保険を一時払いで販売した場合、一時払い保険料が950万円だとしたら、前期の保険料収入は950万円です。
同じく前期の3月に保険金額1000万円の終身保険を月払いで販売した場合、毎月の保険料が15,000円だとしたら、前期の保険料等収入は15,000円です。
つまり、全く同じ保障の生命保険を販売しているのに、一括払いだと保険料収入は950万円、3月に販売した月払いだと15,000円ということになります。これらを合計して何が語れるというのでしょうか。

参考までに私が2022年に保険学雑誌に投稿した論文「保険会社の情報開示とメディアの役割」が公表されましたので、こちらもご覧ください。保険料等収入に関しては148ページ以降で触れています。

保険料等収入に注目するのであれば、前期は保険料等収入を伸ばした会社(おそらく一時払いによる)では、解約返戻金も増えている傾向があるので、その背景を報じてほしいです。おそらく外貨建ての保険に関する動きだと思うのですが、公表資料からははっきりしたことがわからないので、メディアの出番ではないかと思います。

※写真は鹿児島の仙厳園(磯庭園)です

 

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