2021年 5月 の投稿一覧

大手生保の決算報道

生保の決算も概ね出そろいましたね。
まだまだ数字を確認できていないのですが、決算報道があまりにさびしかったので、少しだけコメントします。

以前にも書いたとおり、大手メディアはここ数年、生保決算として「保険料収入」「基礎利益」を伝えてきました。今回も見事に踏襲されていて、次のような見出しが並んでいます(本文は有料が多いです)。

大手生保4社の決算 対面営業の自粛などで減収【NHK】
生保大手、7社が減収 コロナで営業自粛響く 3月期決算【朝日(有料版)】
生保大手4社 減収 3月期 対面営業自粛で【読売(有料版)】
大手生保、8社が減収=上期の営業活動自粛響く【時事】
生保、デジタル移行遅れ 対面営業の限界 鮮明【日経(有料版)】

いずれも「コロナで営業活動が制限された」「(基礎利益を報じたメディアは)保有契約があるので基礎利益は大きく減らないが、減益」と、総じてパッとしない内容だったと伝えています(日経は保険料収入ではなく新契約年換算保険料で業績を語り、資産運用面の好調さにも触れています)。

しかし、EVなど企業価値の手掛かりとなる指標を公表している会社の数値を見ると、ものすごく増えています。

 第一生命HDのEEV +13,492億円
 住友生命のEEV   + 9,050億円
 明治安田生命    +13,200億円
 (グループサープラスを開示)
 かんぽ生命のEEV + 7,019億円

そうした手掛かりのない日本生命にしても、連結決算の包括利益は2019年度の▲6,305億円から、2020年度は2.8兆円と、まさにV字回復です。
昨年度は株価が大きく上がり、超長期金利も上昇(豪ドルも対円で大きく上昇)、死亡率や発生率は改善と、大手生保の主なリスクテイクがほぼすべてプラスに働きました。

ソフトバンクグループの決算は「好決算」と伝えるのに、同じように企業価値を高めた大手生保の決算をパッとしないトーンで報じるのはおかしいと、多くのかたに気づいてほしいです。

ソフトバンクG 最終利益4兆9879億円 東証上場の日本企業で最高【NHK】

※赤いアジサイもきれいですね。

 

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3メガ損保グループの決算

生損保の2021年3月期決算が出そろいつつあります。
オンライン授業の対応などに追われ、ちらっとしか見ることができていないとはいえ、せっかくなので3メガ損保グループについて少しだけコメントしましょう。

コロナ関連の保険金支払いは海外事業が中心で、各社とも上振れはなかった模様です。三井住友海上が52億円、あいおいニッセイ同和が167億円となっていますが、海外受再などが中心のようです。
国内事業でのコロナ関連支払いは3グループともに少なく、むしろ自動車事故の減少で収支にはプラスに効いています。

「大手損保、3社中2社が増益」という型どおりの報道もあり(時事通信など)、確かに連結純利益はそうなっています
IR資料を見ると、東京海上はコロナの影響(海外)や異常危険準備金繰入などにより減益。MS&ADはコロナの影響(海外)等を国内生保の増益がカバーし、ほぼ横ばい。SOMPOもコロナの影響(海外)はあったものの、自動車事故の減少などにより16%の増益。そのような説明ができそうです。

しかし、今回見るべきはこちらの数字ではないでしょうか(記載がないかぎり2020年3月末との対比)。

<包括利益>
 東京海上    27億円 ⇒ 4,650億円
 MS&AD △1,572億円 ⇒ 7,539億円
 SOMPO  △778億円 ⇒ 5,124億円

<連結純資産(経済価値ベース)>
 東京海上 3.1兆円 ⇒ 3.6兆円 ※2020年9月末との対比
 MS&AD  4.4兆円 ⇒ 5.4兆円
 SOMPO  2.7兆円 ⇒ 3.4兆円

いずれも相当な改善でして、なかでもMS&ADは純資産が1兆円も増えました。株価上昇、金利上昇といった市場変動によるところが大きいとみられます。3メガ損保グループともに、いかに市場変動の影響を大きく受けるかがわかります。

※アジサイがもう咲き始めましたね。

 

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なぜ海外から観光客が殺到していたのか

最初にお知らせです。保険代理店の情報交流組織であるRINGの会(私は会のアドバイザーを務めています)が、2年ぶりにオープンセミナーを開催します。
7月3日(土)午後のライブ配信方式で、メインテーマは「実践DX」。デジタル化を実践する保険代理店が登場します。参加費は3,830円です。
保険流通の最新動向に触れたいかたは、ぜひお見逃しなく。申し込みはこちらです。

さて、今回はインシュアランス生保版(2021年5月号第2集)に執筆したコラムをご紹介します(見出しはブログのオリジナルです)。
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世界が「安いニッポン」を発見

新型コロナ感染症で厳しい入国制限が敷かれ、日本を訪れる海外からの観光客が消えた。観光関連業をはじめ、インバウンド需要の恩恵を受けていた業種や地域は、深刻な打撃を受けている。
ここで改めて考えてみたいのは、そもそもなぜ日本を訪れる海外からの観光客が急増していたのかである。ビザの免除・発給要件緩和や海外プロモーションなど、政府による観光立国推進の効果もあったと考えられるが、何より「安いニッポン」が発見され、観光客を引き寄せたことが大きい。日本で生活しているとピンとこないが、欧米ばかりでなく、アジアを含めた海外から見ると、日本の商品・サービスは質の割に安いのである。

100円均一は日本だけ

最近読んだ「安いニッポン『価格』が示す停滞」(2021年3月刊行、日経BP・日本経済新聞出版本部)は、日本経済新聞の連載記事「安いニッポン」をベースに、担当記者の1人だった中藤玲さんが新たな取材を加えて書き下ろしたもの。日本経済の長期停滞を理解するのに格好の書籍である。
失われた20年、いや30年と言われても、(非正規雇用は増えたが)町に失業者があふれていたり、多くの人が極端に貧しくなったりしたわけではなく、読者の皆さんも、厳しいながらも安定した生活を送っているかたが多数ではないだろうか。そのような私たちにとって不都合な真実、すなわち、世界の成長に取り残されてしまった日本の姿を本書は見事に示している。
日本に住む私たちからすると高価なレジャーである東京ディズニーランドは世界で最も安いディズニーランドだというし、ダイソーの商品が100円均一なのも日本だけとのこと(海外はもっと高い)。かつてと違い、このところ海外のどこに行き、何を買っても安いと感じることがなくなっていたが、100円ショップまでもが世界最安値水準とは知らなかった。

安いニッポンは暮らしを豊かにしない

安いニッポンが私たちの暮らしを豊かにしてくれるのであればいい。ところが日本の実質賃金はこの20年間増えていない。賃金が増えないから消費も盛り上がらず、企業は前向きな投資よりもコスト抑制を選び、結果として消費者の低価格志向が続く。この悪循環は日銀の異次元緩和でも変わらず、財政規律の緩みと異常な株式保有構造だけが残った。今後は人手不足を海外から補おうとしても、優秀な人材はだんだん日本の賃金では来てくれなくなるだろう。私たちが強みと考えてきた日本の高品質も、このままでは維持できなくなるかもしれない。
大震災の発生や感染症の拡大、あるいは金融危機のような突発的な事象に対しては、事態の深刻さを共有しやすく、対応方針も定まりやすい。これに対し、真綿で首を絞められるような変化には、そもそも事態を把握するのが難しく、コンセンサスを得にくいが、事態は一段と深刻になっているようだ。
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損保の専業代理店

今週のInswatch Vol.1084(2021.5.10)では損保の専業代理店チャネルについて寄稿しました。ご参考までにこちらでもご紹介します。
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依然として事業規模は小さい

前回、生保の営業職員チャネルを取り上げたのに続き、今回は損保の専業代理店のデータを確認してみましょう。
今から20年前、2001年に発刊した拙著『損保が変わる-問われる信用力』のなかに、「(代理店数全体に占める構成比で)15%の専業代理店が(扱い保険料全体の)34%の保険料を扱う一方、2割弱の特級や上級代理店が8割以上の保険料を稼いでいる」という記述があります。副業代理店にはあまり保険料を稼がない代理店が非常に多い一方で、専業・副業あわせた少数の代理店が大半の保険料を稼いでいて、専業代理店(当時は7万店)の多くは事業規模が極めて小さいことを示しました。

20年後の現在はどうなっているのでしょうか。
日本損害保険協会の統計(2019年度末時点)によると、18%の専業代理店の扱い保険料は全体の約4割で、当時とあまり変わっていません。ただし、統廃合などにより専業代理店の数は約3万店に減り、1店あたり扱い保険料は年間約8千万円と、当時の3、4千万円程度(旧大蔵省の資料から推定)に比べると事業規模はだいぶ大きくなりました。

もっとも、扱い保険料が年間8千万円ということは、仮に代理店手数料を2割とすると、手数料収入は1600万円にすぎず、ここから人件費や物件費が出ていきます。専業代理店の多くは生命保険の販売も行っているので生保の手数料収入もあるでしょう。しかし、他方で保険ショップや直資型をはじめ、少数ながら事業規模の大きい専業代理店も存在します。
2001年に業界共通の代理店制度が廃止となって以降、「特級」「上級」といった代理店の属性を示すデータが公表されなくなったものの、大型化が進んだとはいえ、総じて専業代理店の事業規模は依然として非常に小さいことがうかがえます。

3者間スキームの影響も

ところで、損保協会の統計を時系列で追うと、2014年度末をピークに専業代理店の数が減り、1店あたりの扱い保険料が急速に増えていることがわかります。これは専業代理店の再編が加速しているというのではなく、委託型保険募集人制度の廃止が影響しているとみています。
金融庁が保険会社に対し、委託型募集人の是正を求めたのが2014年です。委託型募集人には委託元の代理店の役員や従業員となる、あるいは、3者間スキームを活用して代理店になるといった選択肢がありましたが、数字を見るかぎり、いったんは代理店に転換した募集人が目立ったようです(専業代理店の募集従事者数はむしろ減っています)。
しかし、その後の推移を見ると、代理店に転換しても長続きはせず、多くは統廃合の道をたどったものと考えられます。

最後にお知らせ

先月末のプロフェッショナルレポートで、拙著『利用者と提供者の視点で学ぶ 保険の教科書』の業界人にとっての読みどころをご紹介しました。ところが、連休中にアマゾンや楽天のサイトでの定価購入が難しくなっていて、皆さまにご迷惑をおかけしたようです(数人のかたからご連絡をいただきました)。
有力サイトでの在庫管理はサイト自身に委ねられているとのことなので、今後も在庫切れでご不便をおかけすることがあるかもしれません。版元の中央経済社のサイトでは購入できます(送料が必要です)ので、あわせてご検討いただければ幸いです。
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※写真は大学内の英国庭園です。学生の姿はありません。

 

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植物博士・牧野富太郎

日本の植物分類学の父と言われる牧野富太郎の生涯に触れる機会がありました。

牧野先生は幕末に高知県佐川町に生まれ、94歳で亡くなるまで生涯を植物の研究に捧げた人物です。東京大学に47年間勤め、理学博士の学位も受けているので、典型的な学者人生を送ったかただと思っていましたが、全くちがいました。
牧野先生は小学校中退という学歴で、本格的に植物の研究を始めた20代には、東大の植物学教室に「出入りを許されていた」という状態。豪商だった実家の支援で研究活動を行っていて、その負担から実家は没落してしまったとか。

その後、31歳で東大助手の職を得ます。でも、それだけでは家族の生活費にも足りず、借金まみれの暮らしぶりとなります(牧野先生にはコストを抑えようという発想がなかったみたいです)。
後年、発見した新種の笹に妻の名をとって「スエコザサ」と名付けていますが、壽衛子夫人の支えがなければ生活は不可能でした。牧野先生は随筆のなかで、「壽衛子は平常、私のことを ”まるで道楽息子を一人抱えているようだ” とよく冗談に言っていましたが、それはほんとうに内心そう思っていたのでしょう」と書いています(平凡社「牧野富太郎 植物博士の人生図鑑」より引用)。夫人の稼ぎを研究費に充てることもあったようです。

さらに、50代になって困窮が極まり、採集した植物標本などを海外の研究所に売ろうとしたこともありました。しかし、それを新聞報道で知った篤志家の支援によって危機を脱します。まるでドラマです。

東京大学での研究活動も常に順調だったわけではなく、植物学教室から突然出入りを禁止されたり、助手や講師になってからも何度か追放されそうになりました。
例えば48歳の時、助手でありながら研究の結果を次々に発表するので、権威や秩序を重んずる東大教授とぶつかり、休職となってしまいます。その後、牧野罷免反対の声が上がり、50歳で講師となりました。それだけ牧野博士が研究者として自由かつ有能だったのだと思いますが、その後も講師のまま77歳で辞職しました。

出身地の佐川町には「『朝ドラに牧野富太郎を』の会」があり、署名活動を行っています。エピソードには事欠かないので、描き方によっては面白いドラマになりそうですね。

 

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企業はリスクを極力避けるべきか

突然ですが質問です。
「大企業は社会的な役割が大きいので、リスクは極力回避すべき」というのは正しいでしょうか?

特に社会人であれば、リスクをとらなければリターンを得られないことをご存じなので、「社会的役割が大きい」という言葉に惑わされず、多くのかたに「正しくない」と答えていただけるように思います(あくまで自分の経験からですが)。

ところが、「リスクにはリターンを得るためにとるリスクと、事業に付随して生じるリスクの2種類がある」と説明したうえで、

「大企業は社会的な役割が大きいので、リターンの源泉となるリスクだけを抱え、事業に付随して生じるリスクは極力回避すべきである」というのは正しいでしょうか?

こう質問すると、結構な割合で「正しい」と答えるかたが出てくるようです。
「社会的な役割が大きい」という文言に引きずられるためか、損失しか発生しないリスクはできるだけ避けたほうがいいと考えてしまうようです。

リスクコントロールによってリスクを軽減するにしても、保険などのリスクファイナンスよってリスクを移転するにしても、対応にはコストがかかります。企業はリスクを避けるためにコストをいくらでもかけることができるかといえば、決してそのようなことはありません。
事業に付随して生じるリスクについても、その効用がコストを上回らなければ企業価値を損ねてしまうので、極力回避するというのは正しくありません。

こう書くと、当り前じゃないかと言われそうです。ただ、学生だけでなく、事業会社のかたと話をするとゼロトレランス、つまり、損失発生を一切許容しないという思想を強く感じることがあるのですね。これだと「リスクは極力回避すべき」となってしまいがちです。結果的にはコスト見合いで対応策がとられているにもかかわらず。

経営陣が「不祥事は絶対に起こしてはならない」「サービス提供を一瞬なりとも中断してはならない」という考えのもとで事業を行うのは理解できます。しかし、現実には不祥事やサービス中断の可能性をゼロにすることはできませんし、コストをかけるにしても限度がありますので、ゼロトレランスという考えはむしろ経営を思考停止に陥らせてしまいかねません。

それよりも、経営としてそのリスクにどの程度対応していると考えているかを明らかにしておく(=リスクアペタイトを明確にしておく)ことが大切ではないでしょうか。経営として重要なリスクに関しては、リターンの源泉となるリスクだけでなく、損失しか発生しないリスクについても、リスクのとりかたを明確にしておくべきだと思います。

※大型書店の店頭には並んでいるのに、なぜかここ数日、アマゾンや楽天では買えない状態が続いているようです(3日現在)。お求めのかたは大型書店のほか、例えば版元の中央経済社のサイトなどをあたっていただければ幸いです。

 

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