inswatch Vol.1041(2020.7.13)に寄稿した記事のご紹介です。
定性的な開示は定量的な開示と合わせて見ることで理解が深まりますね。
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上場会社の有価証券報告書に「事業等のリスク」という項目があります。従来の記載は、いわば「考えられるリスクの羅列」となっていて、あまり参考にならなかったのですが、昨今のコーポレート・ガバナンス改革の一環として次年度から開示の充実が求められるようになり、前倒しで記載内容を見直す動きがあります。
主な上場保険グループの「事業等のリスク」を確認してみましょう。
東京海上ホールディングス
従来とは異なり、最初にグループ経営におけるリスク管理の考え方(リスクベース経営)を説明したうえで、定性的リスク管理と定量的リスク管理に分け、それぞれ図表を使って具体的な取り組みを紹介しています。
なかでも定性的リスク管理では、これまでのリスクの羅列ではなく、経営レベルで論議し、特定した11の「重要なリスク」と、それぞれにおける主な想定シナリオを示しています。
MS&ADインシュアランスグループホールディングス
前半でリスク管理方針とその体制、ERMをベースにしたグループ経営について説明し、後半でグループの主要なリスクを紹介しています。
定量的な記載が少ないという感もありますが、後半の主要なリスクでは、経営が管理すべきリスクとしてとらえている「グループ重要リスク」に加え、経営が認識すべき「グループエマージングリスク」についての言及もありました。
SOMPOホールディングス
従来のリスクの羅列から記載内容が一変しました。最初にリスク管理の全体像(戦略的リスク経営)を示し、次に、具体的にどのようなリスクコントロールを行っているかを説明しています。自己資本管理についてはコントロール手法だけでなく、実際の管理状況も数値で示しています(決算説明資料でも開示)。
主要なリスクの記載も充実しました。「重大リスク」を示すだけでなく、ヒートマップ(発生可能性・影響度)を使ったリスクの評価を行ったうえで、対応状況の説明があり、さらに新型コロナ関連の記載も別途見られます。
第一生命ホールディングス
経営に重要な影響を及ぼす可能性のある予見可能なリスクとして選定した「重要なリスク」とその選定プロセスの説明が加わりましたが、従来の記載内容と大きく変わってはいません。
他方で第一生命ホールディングスは、決算説明会で定量的なリスクプロファイルや今後のリスクテイク方針の詳細な説明を行っており(説明資料は同社サイトで公表)、次年度は有価証券報告書の記載内容もさらに充実するのではないでしょうか。
T&Dホールディングス
もともと他社よりも記載内容が充実しており、中核生保子会社の事業基盤や収支構造、規制内容に関する具体的な説明までありました。
今回はリスク管理体制に関する説明を加え、あとは従来のものをやや簡素化したという内容です。おそらく次年度にはより充実した記載内容となることが期待されます。
ソニーフィナンシャルホールディングス
記載の形式は従来どおり、リスクを羅列していくものでした。ただし、新型コロナ関連に加え、ソニーによる完全子会社化が計画されているため、記載内容にはかなりの変化が見られました。
かんぽ生命保険
今回から主なリスクを「最も重要なリスク」「重要なリスク」「上記以外のリスク」に分けて開示するようになりました。
記載内容には一定の役職以上の執行役に対するアンケート結果や、リスク管理委員会・経営会議での協議結果などが反映されているとのことで、全部で21ページにも及びます。
いかがでしたでしょうか。せっかく上場会社がコストをかけて開示を充実しても、利用されなければ意味がありません。保険会社のステークホルダーは投資家だけでなく、保険販売にかかわる皆さんも、保険会社の従業員も含まれますので、これらの情報を保険会社(特に経営者)との対話に使ってみてはいかがでしょうか。
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※大学の周辺には池がいくつもあります。