植村信保のブログ

保険アナリスト植村信保のブログ

2017年12月16日

「会計学の誕生」

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岩波新書「会計学の誕生――複式簿記が変えた世界」という本が目に留まり、さっそく読んでみました(歴史学科出身ですので^^v)。著者は会計史の研究者である渡邉泉さんです。

簿記や会計の発達は、当然ながら商業の発達と密接な関係があります。
本書によると、複式簿記のルーツは中世に東方貿易や金融業などで栄えた北イタリアの諸都市(ヴェネツィア、フィレンツェなど)までさかのぼれるそうです。それ以前の「(古代)ローマ起源説」「インド起源説」もあるようですが、単なる現金の出納記録ではなく、損益計算の記録としては、13世紀初頭の北イタリアで発生したというのが著者の見解です。

当時はまだ株式会社は存在していません。しかし、血縁ではなく、他人どうしが共同で事業を行うとなると、どこかの時点で利益の分配が必要になり、損益計算が求められます。そこで、最初に実地棚卸に基づくストック計算が行われるようになり、続いて、複式簿記に基づく収益・費用といったフローの側面からの損益計算が確立していったという流れです。

19世紀初め、産業革命期のイギリスの話も興味深かったです。当時のイギリスでは、資金調達のために貸借対照表や損益計算書を作成して企業の安全性や投資の有利性を強調したり、会計上の利益と投資可能な手元現金とのギャップを埋める工夫がなされたり、新しい費用配分法として減価償却が考え出されたりと、会計進化の過程でまさに大きなエポック・メイキングとなった時代でした。優先株の発行も当時すでにあったのですね。


もっとも、僭越ながら本書を読んで違和感を感じた点もありました。
著者の渡邉さんは、次のような趣旨のことを本書で繰り返し述べています。

「ストック面からの損益計算(=資産負債アプローチ)が正しいかどうかを検証するため、フロー面からの損益計算(=収益費用アプローチ)を行うということは、フロー計算がストック計算よりも信頼に足るということを示している」

フローの損益計算がストックの損益計算の証明手段なのだから、フローの損益計算が最も信頼できる会計だという理屈が、私にはどうも理解できません。数学の世界ではこのように考えるのが一般的なのでしょうか?
「会計とは歴史的に見て、実地棚卸に基づくストック面の損益を、複式簿記に基づく収益・費用の損益計算で検証することである」と定義してしまうのであれば、(その是非はともかく)わかるのですが。

もう一つの違和感は、「近年、会計不祥事が多発しているのは、会計の役割として投資意思決定への有用性が強調され、提供する情報の信頼性が置き去りになったため」という著者の主張です。
そして本書では、有用性を重視した公正価値による資産や負債を測定する会計について、「予測による不確実な未来計算」として批判し、事実に基づく取引価格(取得原価)で客観的な情報を提供するのが会計の役割としています。

しかし、いくら取引価格が正しく記録されていても、例えば固定資産は時の経過や使用により価値が下がっていくので、そのままでは信頼性を確保できないということから、19世紀のイギリスで減価償却という手法が考え出されているわけです。
本書には、「時価評価によって一時的に資産の価値を減ずる方法とは、明確に分けて考えなければなりません」とありますが、公正価値会計も発想の根本は同じだと思うのです。何らかのルールにより人為的に決めたルールで償却を行う代わりに、決算時点ごとに正しいと見込まれる「現在価値」で評価するということなのですから。

「未来計算は不確実」として公正価値を切り捨てるのであれば、減価償却だって本当に正しい姿を表しているとは思えませんので、著者がここまで公正価値会計に否定的な理由がよくわかりませんでした。あとは、どちらが会計として企業活動の実態に迫っていると考えられるかということではないでしょうか。


とはいえ、本書を読んで、商業の中心が北イタリアからフランドル地方(ベルギー)、オランダ、イギリスへと変わるとともに、簿記や会計も進化してきたことなどを知り、簿記や会計の歴史をたどることは、すなわち、商業都市の盛衰をたどることだと気づかせてくれる、興味深い本でした。

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※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

※前回に続き、地元の写真です(大倉山公園)。

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2017年12月13日

政策保有株式の削減

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直近のinswatch(2017.12.11)に寄稿しましたので、ご紹介します。
今回は政策保有株式について書きました。

他にも「人工知能と保険ビジネス」「1000年企業の作り方」などの記事が出ていますね。ご関心のあるかたはこちら ⇒ inswatchのサイトへ

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 政策保有株式の削減

◇自然災害の影響で業績予想を下方修正
北米ハリケーンなど国内外の自然災害の影響等により、3メガ損保は2017年度4-9月期決算発表時にいずれも2017年度の業績予想を下方修正しました。
今年度の自然災害による保険金支払額は、東日本大震災やタイ大洪水が発生した2011年度以来の規模となりそうです。

<3メガ損保の自然災害発生保険金(各社発表ベース)>
 東京海上HD 982億円(国内251億円、海外731億円)
 MS&AD HD 1122億円(国内248億円、海外874億円)
 SOMPO HD 962億円(国内256億円、海外706億円)

ただし、これほどの発生保険金にもかかわらず、下方修正後の利益水準が堅調なのは、好調な国内損保事業(自然災害を除く)に加え、政策保有株式の売却益が結果的に利益を下支えしていることも挙げられます。

◇ガバナンス改革と政策保有株式
政策保有株式の削減は損保業界固有の話ではありません。近年、取り組みが加速しているコーポレートガバナンス改革では、日本企業の政策保有株式に厳しい視線が注がれています。
例えば、東京証券取引所は2015年にコーポレートガバナンス・コードを制定し、上場会社の行動原則を示していますが、そのなかには政策保有株式に関する原則もあり、政策保有株式を持つ会社に対し、その方針を開示し、保有の狙いや合理性を説明するよう求めています。

純粋な投資行動ではない政策保有の場合、資本効率が下がる(=ROEを押し下げる)のが一般的ですし、議決権が適切に行使されず、株主という立場からの監視機能が形骸化することにもつながります。
しかし、そのような状況にもかかわらず、事業法人では政策保有株式の縮減が必ずしも進んでいない模様です。

◇損保や大手銀行はなぜ売却を進めているのか
他方、3メガ損保や大手銀行の政策保有株式は、足元では依然として高水準とはいえ、具体的な削減計画を公表し、実際に売却が進んでいます。
例えば、東京海上ホールディングスの2017年9月末の簿価ベースで見た政策保有株式の残高は、2003年度末の41%まで減っていますし、SOMPOホールディングスでも、2001年3月末の40%の水準です。

3メガ損保が政策保有株式の売却を進めているのは、ガバナンス改革の観点からというよりは、株価変動リスクを抱えすぎているという認識に基づいたリスク管理の面から、あるいは企業価値向上を目指したERMの観点からという側面が強いのではないかと思います。

なお、大手生保も多額の株式を保有していますが、その大半は政策保有ではなく、純投資という位置付けです。一般勘定で多額の株式を保有する合理性があるとは考えにくいのですが...


※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

※写真は地元・大倉山駅前のツリーです。

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2017年12月10日

遺伝情報と保険

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報道によると、生損保33社の保険約款などに、遺伝や家族の病歴が保険内容に影響しうると解釈できる記載が見つかり、金融庁が削除を求めているそうです
(遺伝情報の利用についてはいずれの会社も否定)。

今回の件は単に「誤解を招く表記」というだけで終わるのかもしれません。しかし、昨年3月のブログでご紹介した、弁護士の吉田和央さんの論文「遺伝子検査と保険の緊張関係に係る一考察」のとおり、日本には、保険会社による遺伝情報の要求や活用を制限する法律等はありませんので、遺伝子解析の技術が進むなかで、保険会社は動きがとりづらい状況です(倫理上問題と指摘されてしまうので)。

※本論文はこちら(PDFファイル)でご覧いただけるようになりました。

米国では2008年に「遺伝情報差別禁止法(連邦法)」が成立し、医療保険における遺伝子差別が禁止されています(生命保険や就業不能保険は対象外)。
ただし、米国の医療保険は、日本における公的な健康保険制度の役割を担っていますので、日本の医療保険とは社会的な位置付けがかなり異なります。そもそも日本の公的な健康保険では危険選択を行っていませんよね。

吉田論文によると、ドイツでは医療保険のほか、一定金額以下の生命保険や就業不能保険などでも遺伝子の活用が禁止されています。裏を返せば、一定金額以上の生命保険等では、遺伝情報の活用が可能ということです。ちなみに、ドイツでは民間医療保険を公的な健康保険の代替として活用することが可能な制度となっています。

こうしてみると、民間保険の危険選択に遺伝情報を活用することの是非は、公的保険と民間保険がどのように役割を分担しているかによるところが大きいと考えられます
(もちろん、文化的背景をはじめ、他の要因も大きいと思います)。

「生保が遺伝情報を活用するのはケシカラン」と倫理上の観点から切り捨てるのは簡単ですが、それが顧客本位とは必ずしも言えないでしょう。
遺伝子検査が普及し、例えばがんになりやすいとわかった人が率先してがん保険に加入するようになると、保険会社はこうした逆選択に苦慮するでしょうし、加入者間の公平性も確保できないからです。

日本でもそろそろこの問題について議論を進めるべきではないでしょうか。


※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

※左は帝国ホテル、右はGINZA SIX(銀座シックス)です。
 銀座の歩行者天国はすごい賑わいでした。

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2017年12月06日

コメントと書評

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週刊金融財政事情(2017.12.4)の生保決算の記事のなかで、コメントが載りました。
「円安・株高の影響で各社軒並み増益」という見出しではありますが、私のコメントは次のとおりです。

「基礎利益の増加は総じて運用リスクテイクの結果であり、基礎的な収益力とは言いがたい」
「むしろ、各社が進める保障性シフトなどが一定の成果を上げていることに注目したい」

先日のブログ(生保の4-9月期決算から)では、保険料等収入だけではなく、他の指標をあわせて見ましょうという話をしましたが、基礎利益については言及しなかったので、ちょうどよかったかもしれません。
ただし、字数の制約から「外債投資など資産運用リスクを積極的に取った結果」と言うべきところを「運用リスクテイクの結果」、「保障性商品に重点を置いた営業戦略へのシフト」を単に「保障性シフト」としてしまいましたが、きんざいの読者ということで、こちらでお許し願います。


たまたま同じ号に、数か月ぶりに執筆した「一人一冊」(=書評です)も載っています。
今回取り上げた「社会心理学講義」(著者は小坂井敏晶さん)は、さらっと読めるような本ではありませんでしたが、じっくり読み進めると、何というか心をしばしば揺さぶられました。機会がありましたら、ぜひご覧ください。

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※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

※左の写真が山野楽器のツリー、右が和光のショーウィンドーです。


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2017年12月03日

「年金詐欺」

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読者のみなさんはAIJ事件を覚えていらっしゃるでしょうか。
とあるきっかけで最近読んだ、R&Iの永森秀和さんの著書「年金詐欺」は、2012年に資産2000億円の消失が発覚したAIJ事件を扱ったものですが、今の年金制度(特に3階部分)を理解するうえで必読の書かもしれません。

当時永森さんが編集長を勤めていたR&Iの情報誌「年金情報」では、事件発覚の数年前にAIJ事件を予見した記事を書いていて、本書にはその裏話も出ています。

それ以上に考えさせられたのが、副題にもなっている「真犯人」に関する記述です。
AIJ事件をきっかけに年金制度の見直しが進み、事件の舞台となった厚生年金基金の制度は廃止に向かいます。このような流れについて、著者は「明らかに想定外と感じたことが3つある」と言います。

「一つは不祥事における被害額や関係者の多さだ。二つ目は、被害基金のいくつかが『運用の素人』という言葉を盾に、弁明に徹し、受託者責任の意識を持ち合わせていなかったこと。そして三つ目は、年金制度の育成を通じて国民の『老後の安心』を提供するという大義を背負う厚労省が、中小零細企業向けの年金制度を呆気なく廃止しようとし、しかも代わりとなる制度を本気で整備する考えが見られなかったことだ。」
(本書より引用)

著者の言う「真犯人」が誰なのかは、本書をご覧いただければと思います。

事件から5年が経ちましたが、企業年金のガバナンスは、果たして改善されたのでしょうか。日本版スチュワードシップ・コードの受け入れ状況をみても、金融庁の監督下にある運用会社とは格段の違いがあるようです。

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※いつものように個人的なコメントということでお願いします。

※写真は日比谷公園です。

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